くことはできません。事後的な無期転換申込権の放棄2事前の無期転換申込権の放棄については、無効と考えられていますが、他方で、契約を更新して無期転換申込権が発生した後であれば、これを労働者に放棄させることは可能と考えられています。しかしながら、無期転換申込権も重要な労働条件の一部であるため、その放棄を容易に認めてよいとは考えられておらず、「労働者の自由な意思」による同意が前提になると考えられています。「労働者の自由な意思」とは、賃金債権の放棄に関する判例における表現として用いられた用語ですが(シンガー・ソーイング・メシーン事件、最高裁昭和48年1月19日判決)、近年では、賃金債権の放棄にかぎらず重要な労働条件の変更も含めて、労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していることが必要と判断される傾向にあり、このことは無期転換申込権の放棄についても同様に考えられています。「労働者の自由な意思」であるかは、労働者自身の同意に関する行為の有無だけではなく、当該変更によりもたらされる労働者の不利益の内容および程度、労働者による当該行為がされるに至った経緯および態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供または説明の内容などに照らして判断されると考えられています(山梨県民信用組合事件、最高裁平成28年2月19日判決)。したがって、無期転換申込権を行使しないことと引き換えに、手当や賞与の上乗せを行うことを検討されているようですが、契約の更新後(無期転換申込権の発生後)にこのような条件を提示してこれに労働者が応じたときに、無期転換申込権を労働者が自由な意思により放棄したと評価されるのかどうかが問題となります。労働者に生じる不利益の判断3労働者に生じる不利益の内容や程度としては、無期転換申込権を行使しないことによって更新されるか否かについて再評価が必要になることで、雇用の安定性という観点からは労働者に不利益があることが主要な点として考えられます。他方で、無期転換申込権を行使せずに次の更新を迎えたときには、あらためて無期転換申込権が発生すると考えられていますので、更新されたときにはあらためて無期転換申込権を行使するかを決定できるという意味では、その期間は限定的ともいえます。他方で、裁判例においては、不利益の内容や程度だけではなく、その経緯や態様、情報提供または説明の内容といった手続的な側面が重視される傾向があります。上記のような不利益の内容と程度について十分な説明を尽くして、労働者自身がメリットとデメリットを正確に把握して、比較検討した結果として、無期転換申込権を行使せずに放棄するという決断をした場合には、その効力を否定することにはならないと考えられます。ただし、前述の通り、次回更新までの間の無期転換申込権の行使を制限するにとどまり、有期労働契約の期間満了後に更新した場合には、あらためて無期転換申込権を行使しないことを自由な意思により決断する機会が与えられることになりますので、その範囲は限定的です。有期労働契約の労働条件通知書において契約更新時の考慮要素として、無期転換申込権を行使しないことを合意した場合には更新しないといった条件が付加されるとすれば、そのような無期転換申込権の放棄は、実質的に事前放棄に等しく、不利益の程度は非常に大きくなり、無効と判断される可能性も高いと考えられます。また、労働契約法第19条が定める雇止めに関する規制が適用されなくなるわけではないので、雇用の流動性を確保するという観点からは無期転換申込権の行使を制限するだけではなく、更新への期待可能性や通常の労働者との社会通念上の同一性といった労働契約法第19条の適用可能性に対する配慮は別途必要になるでしょう。エルダー43知っておきたい労働法A&Q
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