2025.662経験が重要な工程の一つが生地の裁断だ。生地によって伸び率が異なるため、それを考慮した型をつくり、その型を使って生地を1枚ずつ裁断していく日本橋茅かや場ば町ちょうにある株式会社市いち原はらである。「自社ブランドの紳士傘を中心に、企画から製造、販売まで一貫して手がけています」そう話すのは、代表取締役の奥田正子さん。同社は奥田さんの父が1946(昭和21)年、紳士向けの服飾雑貨を製造・販売する会社として創業した。奥田さんは2005年に4代目社長に就任。経営をになうかたわら、東京洋傘の伝統工芸士として、傘づくりにたずさわっている。美しいフォルムを実現するための技洋傘の製作工程は、材料の選定から裁断、縫製、仕上げまで多岐にわたる。なかでも重要なのが、生地の特性を見きわめて裁断することだという。傘は骨が8本なら、8枚の三角形の生地(こま)を裁断し、縫いあわせて1枚の傘カバーに仕立てる。「生地は種類や織り柄によって伸縮性が異なります。それを計算に入れて裁断しないと、傘を開いたときの美しいフォルムは実現できません。そのため、当社では生地の種類ごとに異なる木型をつくり、さらに柄をあわせるために1枚ずつ裁断するようにしています」百貨店などで販売する同社の主力商品は、もう一人の伝統工芸士が担当し、奥田さんはおもにサンプルや注文品などの一点物を担当する。例えば61ページ写真の左は大島紬の反物から、右はちりめんの着物から仕立てたものだ。一点物の場合、つねにその生地にあわせた型が必要になる。奥田さんは、長年服飾業界にたずさわってきた経験をもとに、生地の伸び率をふまえて計算し、最適な寸法の型紙を起こす。そして、柄がきれいにあうように生地を裁断して縫製する。東京洋傘の特徴の一つに「関東縫い」がある。三角形の生地同士「学んだことを、ただそのとおりやるだけではなく、自分なりのやり方を加味して、よりよいものづくりを目ざしてほしいと思います」
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