エルダー2025年9月号
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高齢者に聞くエルダー37ます気合が入りました。取材は長南工業団地の一角にある社屋で行われた。工業団地ができてから30年以上が経つが、白はく亜あの社屋はいまも美しい。外観はもちろん、社内のレイアウトにも、同社のセンスのよさが感じられた。再び製本の世界へ製造部門のトップとして150人以上の部下たちの先頭を走り続けてきた自分も気がつけば定年を迎える年齢になっていました。当社は60歳で定年、その後は再雇用という立場で65歳まで働き続けることができました。65歳で退職して、さあ、憧れていた悠々自適の日々が待っているとわくわくしたものです。ところが、いざ退職してみると、退屈な毎日が続きました。50代のころから漠然と退職後の世界に夢を抱いていましたが、思えば働いていたからこそ見ることができた夢だったのかもしれません。もちろん少しは自由な時間を満まん喫きつしましたが、働きたいという思いは日に日に強くなっていきました。ハローワークに行こうかと迷っていたころ、思いがけなく会社からオファーがありました。もう一度雇ってくれるというのです。退職して8カ月が経った夏、私は再び働く場を得たのです。8カ月ぶりに戻ったのは、印刷の現場ではなく製本の現場でした。高校を卒業して初めて飛び込んだ世界へ帰ることになりました。印刷部門での仕事が長かったため、ブランクがありましたが、かつて先輩の職人から学んだ技術を身体が覚えていました。とはいうものの製本の世界も近代化され、新しく覚えることが山のようにありましたが、それもまた働くことの喜びでした。「毎日ふらふらしていた私を見かねた仲間たちが私を会社に戻してくれたのだと思っています」と田所さん。気さくで明るい性格は若い人たちからも愛され、日々の交流がそのまま若手育成にもつながっている。働き続けるというぜいたくいまは製本の現場で梱包の作業に従事しています。通常の勤務は8時半から17時半までですが、立ち仕事が多いので、9時から16時までの短時間勤務です。ただ、以前とは異なり、新しい機械が導入されているので、仕事そのものはずいぶん軽減されました。たくさんの若い人たちと一緒に働いていますが、仕事に余計な口出しはしません。作業のマニュアルが完備されていますので、先輩の背中を見て仕事を盗むようなことはなくなりつつあるのです。くり返しになりますが、印刷業はとても変化が激しい業界です。1991年に長南町へ移ってきたころは250人ほどの従業員がいましたが、その後のデジタル化により、現在は130人ほどの陣容です。慢性的な人手不足が続いた時代とは、隔かく世せいの感があります。高校を卒業してこの世界に入って半世紀が過ぎました。同期入社の4人と、会社が借り上げてくれた寮で生活をともにした日々が懐かしく思い出されます。私が長く働き続けてこられたのは、モノづくりの現場は苦労も多いけれど、創意工夫によって工程を改善する喜びがあったからだと思います。また、自分たちが手がけた仕事が形になって自分の目で確かめられるところも、モチベーションの向上につながっています。若い人には、少々つらいことがあったとしても、少しがまんして働き続ければ、新しい世界が開けてくるということを伝えたい。そもそも趣味がない私に、悠々自適の生活など無理があったようです。8カ月でその生活に音ねを上げたとき、必要としてくれた会社があったからいまの自分がいます。だれかの役に立っているという自覚こそが、生涯現役を続ける肝きもではないでしょうか。生涯現役で働くためにまずは健康でいたいと、昼休みには緑豊かな会社の周りをせっせとウォーキングしています。ウグイスの声に聞きほれたり、名も知らぬ小さな花にいやされたり、ぜいたくな時間に感謝して、明日もまた現場に立ち続けようと思います。

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