エルダー2025年9月号
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経歴詐称の問題4採用活動において、求職者の経歴は非常に重要視されています。特に、中途採用においては、自社の業務内容や風土とマッチするかどうかを判断するために重要と考えられています。他方で、使用者としては、基本的に、求職者から提供される情報を基にして採否の判断を行うことにならざるを得ません。経歴についても、履歴書や職務経歴書を提出してもらうことで、採否の判断の一要素とすることが一般的です。つまり、使用者側としては、求職者の提出した資料が正しいことを前提に、内定の判断をせざるを得ない、ということになります。経歴は、前述の通り採用活動において重視されている一方で、労働者側の申告に依存せざるを得ないため、これが詐称されてしまうと、採用活動そのものが不安定になってしまうことが懸念されます。また、求職者の経歴は、採否の判断の決め手になることもあるため、経歴詐称が判明した場合には、採用内定の判断が覆る可能性があります。さらに、経歴に関する詐称が判明した場合には、信頼関係に傷が入ることが考えられますので、そのような観点からも採否の判断が覆ることがあり得るでしょう。経歴詐称による内定取消し5中途採用者の経歴詐称に関し、内定取消しを認めた裁判例として、アクセンチュア事件(東京高裁令和6年12月17日判決)があります。本裁判例は、中途採用者として採用内定を受けていた原告が、その後の経歴調査により虚偽の経歴の申告が判明したなどとして内定を取り消されたため、会社に対して、労働者たる地位の確認を求めた事案です。本裁判例では、上述の一般的な留保解約権の行使に関する基準にとどまらず、中途採用における経歴詐称の事案にプロパーの下位基準として「単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは事実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、①労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は、②企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、上記解約権の行使として有効なものと解すべき」(数字は筆者追記)と判示している点が注目されます。本判決では、会社が中途採用者の経歴やコミュニケーション能力を重視していたこと、虚偽の記載がない旨の確認を書面にて受領していたこと、原告が前職での紛争を隠すために経歴詐称に及んだこと、面接の場においても経歴詐称が判明しないよう誤解を招くような受答えに終始していたことなどの事情を重視して、「企業内にとどめおくことができないほどの不正義性」を肯定し、留保解約権の行使を有効と認めました。本判決の基準によれば、単に経歴詐称があったのみでは内定取消しは有効とはならず、詐称された経歴の重要性、経歴詐称の動機、経歴詐称の態様などを考慮して、事案ごとに有効性が判断されることになります。会社としては、内定者のリファレンスチェックを行うとともに、採用手続きの過程では、求職者からの書面に虚偽の記載がないことの確認を書面にて取得しておく、経歴に不信な点があれば面接時に具体的な質問を行うなどの対応が考えられるでしょう。エルダー45知っておきたい労働法A&Q

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