エルダー2025年10月号
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エルダー63須森さんが重視するのは基本技術の確実な習得だ。「上塗りばかりじゃなく、下塗り、中塗りがきちんとできないと、きれいな仕上がりにはなりません」と、見た目の派手さではなく、基礎の重要性を後輩たちに伝えている。若手から求められれば、いついかなる場合も指導にあたる。しかし、技術の教え方には限界があることも認めている。「『どうすればそんなにうまく塗れるんですか』と聞かれても、言葉で説明するのはむずかしい。上手な人をまねて、経験を積むしかありません」これまでをふり返り、「この仕事が自分には向いていたんじゃないかと思います」と須森さん。伝統技術を次の世代に継承する使命感を胸に、今日も後輩たちと現場で汗を流す。𠮷村興業株式会社TEL:03(3990)3876https://www.yoshimurasakan.com(撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英)て全国左官技能競技大会に出場。2度目の挑戦で優勝を果たした。「それからのほうが大変でしたね。周囲の見る目が違うので」優勝は大きなプレッシャーをもたらしたが、その一方で技術向上への大きな励みとなった。「左官で一番むずかしいのが、壁を平らに塗る技術です。手の感覚ですから、やはり数をこなさないと身につきません。昔は『10年はかかる』といわれたものです。自分もいまだに、まだまだだと思っています。一生勉強じゃないでしょうか」現場に足を運び若手の技術指導に尽力須森さんは現在も毎日のように現場に足を運び、若い職人たちに技術指導を行っている。「なるべく自分では壁を塗らないようにしているのですが、後輩たちを見ていると、『そうじゃない』とつい手を出しちゃうんですよ(笑)」顧客の依頼を受け、提供された資料をもとにカービング(彫刻)の技法で製作したサンプル。店舗の入口に飾られる予定のもの左官は材料を練るところから始まる。材料ごとに調合の基本は決まっているが、気候によって塗りやすさが変わるため、水の割合を変えることもある𠮷村興業の倉庫には、若手職人が左官技能士の資格取得のために練習する場所が用意されている。練習の様子を見ながらアドバイスをする須森さん(左)須森さんがふだん使用している道具の数々。下の大小さまざまなコテは鍛冶職人の手によるもので、現在は入手困難だそうだ。上は造形用のコテ資料を見ることもなく、あっという間に描かれた木の模様。材料を練り始めてから、この形ができあがるまで30分もかかっていない須森さんが手がけた蔵。漆喰で平らに塗られた壁の美しさに、技術の高さがうかがえる(写真提供:𠮷村興業株式会社) vol.356

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