エルダー2025年11月号
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くプロセスを説明します。具体的には、目標を絞り込む「選択」、持てる資源を活かす「最適化」、そして失われた能力をほかの手段で補う「補償」の三つの方略です。この考え方は、シニア社員のジョブ・クラフティングにも直結します。例えば、役職定年後にマネージメント業務を手放す代わりに、経験を活かして後進指導に注力することは「選択」と「最適化」の実践といえます。また、体力的にむずかしい作業を若手に任せ、自分は安全点検や知識の伝承をになうそして、メーカーに勤務し、ある製品の修理・点検業務をになっているシニア社員は、自らの仕事を「製品の外科医・内科医」と意味づけています。仕事を「単なる修理・点検」から、「製品を延命化する医療的役割」と意味づけを変えることで、誇りを持って仕事をすることにつながっています。ほかにも、別の会社のある工場で再雇用されたシニア社員は、「単純作業のくり返し」に見えていた検品業務を、「製品品質の最終防波堤」ととらえ直しました。「自分が確認を怠れば、お客さまの信頼を失う」と考えるようになり、作業の一つひとつに責任感が生まれました。こうした認知の変化は、「仕事のなかに新しい価値を見いだす」ジョブ・クラフティングの核心です。自らの役割を再定義し、「いまの自分にしかできない貢献」を見つけることが、シニア期の働きがいを支える原動力となるのです。SOC理論とSOC理論とジョブ・クラフティングジョブ・クラフティング6シニア社員がジョブ・クラフティングを実践する際には、加齢にともなう変化への適応が欠かせません。その手がかりとなるのが、心理学者バルテスらが提唱したSOC理論(選択・最適化・補償理論)です(図表)。SOC理論は、人が年齢を重ねるなかでかぎられた資源を有効に使い、失われたものを補いながら適応していことは「補償」にあたります。さらには、シニアのジョブ・クラフティングは、「拡張的」と「縮小的」の二つの側面が交錯するのが特徴です。筆者の研究調査でも、定年後の再雇用社員が拡張的クラフティング(新たな役割を引き受ける工夫)と縮小的クラフティング(仕事の比重を減らす工夫)を組み合わせながら、無理なく職場に適応していることが明らかになっています★1。例えば、次世代への知識継承や新しい役割をになうことは拡張的クラフティングであり、仕事量を調整したり生活全体での仕事の比重を下げたりする工夫は縮小的クラフティングです。拡張と縮小をうまく組み合わせることで、シニア社員は喪失感や不安を抱えながらも、無理なく働き続けることができるのです。シニア社員とシニア社員とジョブ・クラフティングジョブ・クラフティング7シニア社員がジョブ・クラフティングを実践すると、次のような効果が期待できます。第1に、シニア社員本人への効果として、ジョブ・クラフティングの実践は働きがいの向上、心身の健康維持、仕事への前向きな姿勢といったものにつながります。第2に、組織への効果として、知識や技術の伝承、若手の成長支援、チーム全体の活性化が2025.1150図表 SOC理論とジョブ・クラフティング出典:高尾義明(2024).『50代からの幸せな働き方ー働きがいを自ら高める「ジョブ・クラフティング」という技法』ダイヤモンド社.p.146.図表6-4.を加筆修正仕事への適用(ジョブ・クラフティング)選択仕事量を減らす最適化目標達成に必要なスキルを維持することに時間を使う補償他者の助けを借りる

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