エルダー2026年1月号
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高齢者に聞く第 回2026.140物流部門を四半世紀歩き続けて私は東京都渋しぶ谷や区くで産声をあげました。父はNHKのアナウンサーで、NHKの社宅で育ちました。中なか野の、世せ田た谷がやと転居を重ね、中学2年生の時に町まち田だ市しに落ち着きました。父はアナウンサーとしてニュースを読むかたわら、歌舞伎を始めとする古典芸能の番組で解説をしていました。机に向かって原稿を書いている姿が印象的でした。私はとても同じ道には進めないと考え、慶應義塾大学商学部を卒業すると同時に食用油関係の会社に就職しました。就職がなかなか厳しい時代だったので、従業員数1000人の企業で大卒の同期はたった14人でした。入社と同時に営業の世界に足を踏み入れ、家庭用・業務用の食用油や食品原料の営業の道を歩きました。宣伝や販売管理の仕事を経て、40歳の時に物流部門に移り、65歳の定年まで物流をメインに担当したサラリーマン生活でした。最後は物流子会社に出向・転籍しましたが、一貫して同じ会社のグループで働けたことに感謝しています。物流が大きく変化する時代の到来によって、物流構造改革が求められ、改革によるコストダウンや受注・需給センターの設立などさまざまな課題に取り組んだ日々には、やりがいもありました。ふり返れば、自分にマッチした仕事だったと思います。順風満帆という言葉が、竹内さんの職業人生にはふさわしい。もちろんさまざまな葛藤はあったはずだが、往年の慶應ボーイは、60代後半のいまでも十分にかっこいい。父と同じ道には進まなかったものの、血は争えず、竹内さんの低音ボイスはとても耳に心地よい。中小企業について一から学んだ日々2021(令和3)年に65歳で定年を迎えました。それから1年くらいは、いわゆる“サンデー毎日”の日々を過ごしましたが、だんだん毎日が退屈になってきました。一念発起してハローワークに出向き、いくつか仕事の紹介を受けましたが、見事にすべて不採用。少しばかりショックを受けましたが、あきらめずにハローワークに顔を出したときに、東京しごと財団が主催する「シニア中小企業サポート人材プログラム」のことを知り、応募しました。幸いなことに、2カ月間で13回の講座を受講することができました。私も含め、受講者の多くは大企業で仕事をしてきた人たちで、私たちは中小企業のマインドと会社に役立つための具体的な仕事を一から学びました。とても新鮮な時間でした。講座の最終日に、受講者一人ひとりが、自分はどういう人間でこれからどんな仕事をしていきたいかというシートを書きました。これは「私を雇ってみませんか」というアピールな認定特定非営利活動法人経営支援NPOクラブ竹たけ内うち 一かず夫おさん 竹内一夫さん(69歳)は、食用油関係の会社で営業や物流管理などの分野で活躍した後、現在は長年の経験を活かしてNPO法人の一員として社会貢献を 目ざして働くとともに、自じ己こ研けん鑽さんに励んでいる。自分の生きがいを追求する 竹内さんが、生涯現役で働くヒントを語る。111

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