2026.334けは、2011(平成23)年の東日本大震災でした。当時、同市内の公務員住宅に被災地から多くの人が避難してきて、地域住民が支援活動を始めたことが現在のサービスにつながったそうです。島袋さんらは、福島県から避難してきた人から「息が詰まりそう。畑仕事がしたい」という声を聞き、市内の農家の協力を得て、被災者らと農作業を行う活動を進めました。「一緒に作物を育て、収穫し、料理して食べることを通じて、参加者がみんな笑顔になった」(島袋さん)経験に大きな影響を受けているといいます。そらまめは2012年4月、島袋さんを含む地域の主婦6人によって設立されました。6人はいずれも、被災者の支援にたずさわっていたのですが、支援活動を続けるためには、「拠点となる事業所が必要」との考えで一致。「避難者のなかには、高齢の家族の介護が必要な方がいらっしゃいました。6人のなかには看護師やケアマネジャー、介護福祉士、ヘルパー(介護職員初任者研修)の資格を持つ人がいたので、『あなたたちだったら、高齢者を支援するデイサービスを立ち上げられる』と、私たちの活動を見ていた労協センター事業団の人に声をかけられた」(島袋さん)ことで、事業所の核となる事業をデイサービスにすることを決めたといいます。支援活動も「仕事」支援活動も「仕事」地域貢献の実績に「1000万円」が集まる地域貢献の実績に「1000万円」が集まる6人は当時50〜60代で、全員が別の仕事をしていました。島袋さんも、調理師として市内の保育所でパート勤務をしており、支援活動はボランティアで続けるつもりでしたが、「島袋さんたちがしている支援活動も、労協センター事業団にとっては仕事なのです」といわれたことで、気持ちが変わったといいます。「『本来、地域の必要に応える仕事おこしが労働者協同組合です』と説明を受け、『そんな働き方があるんだ』と思いました」と、島袋さんは笑顔で語ります。「市民が自分の町に貢献できる仕事を、自分たちで出資し、自分たちで職場をつくり、自分たちで運営していくのが協同労働だと聞いて、おもしろいと感じましたし、同じ仕事だったら、そんなやりがいのある仕事にチャレンジするのもいいなと考えました」それから6人は、労協センター事業団の組合員となり、事業本部のサポートを受けつつ、お互いに話し合いを重ねて、そらまめをスタートさせました。当初は、メンバーが所有していた一軒家で、定員7人のデイサービスと、少し離れた場所にある畑での農作業の活動を展開していましたが、「定員10人程度に拡大できたら」、埼玉県の南西部に位置するふじみ野市。東京の都心部から30㎞圏内ながら、緑が多く残る住宅地に地域密着型デイサービス「そらまめ」(以下、「そらまめ」)はあります。「自分の親を預けたいと思えるデイサービス」を合言葉に、利用者一人ひとりに合ったきめ細かい支援を行い、地域の人々との交流を大切にしています。「食は元気の源」ととらえ、食事にこだわっているのも特徴で、毎日提供している昼食やおやつは手づくりで、併設する「そらまめファーム」で収穫した新鮮野菜をふんだんに使っているそうです。定員10人、平屋の古民家を拠点とするそらまめは、労働者協同組合労協センター事業団埼玉事業本部の一事業として、同本部に所属する22人の組合員によって運営されています。60歳以上の組合員は、介護職が7人、ドライバーが3人、調理、清掃担当が各1人の計12人。うち70歳以上は、所長の島しま袋ぶくろ俊とし子こさん(71歳)を筆頭に計5人が活躍しており、最高齢者は75歳です。きっかけは東日本大震災きっかけは東日本大震災「主婦6人」の活動がデイサービスに発展「主婦6人」の活動がデイサービスに発展島袋さんによると、そらまめ誕生のきっか支援活動から生まれたシニアが主役の協同労働支援活動から生まれたシニアが主役の協同労働事2例労働者協同組合 労協センター事業団 埼玉事業本部地域密着型デイサービス「そらまめ」(埼玉県ふじみ野市)
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