エルダー2026年3月号
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2026.362「ダシ縫い機」という海外製の機械で高級靴の革底と甲の部分を縫製する。材料である革の質や厚みによって細かい調整が必要で、自在に扱える職人は少ない7)年度の「新宿ものづくりマイスター」に認定された。つちかった技術力と人柄で得意先を一から開拓哲学堂靴修理店は、1945(昭和20)年、靴職人だった折田さんの父が創業。当初は靴をつくって販売していた。ところが、折田さんが9歳のときに父が急逝。16歳で靴職人になることを決意し、高校卒業後、2年間の修業を経て1968年に家業を継いだ。しかし、そのころから大手メーカーの既製靴が市場に出回るようになり、靴は履き捨ての時代に変わりつつあった。「つくって並べても価格が合わず、売れない。なんとかしないと、と思いついたのが靴の修理でした」 周辺の駅前にあった靴の小売店を一軒一軒回り、修理の仕事を開拓。話し好きな人柄と技術が信用され、30店以上と取り引きするまでになった。忙しい修理の合間を縫い、週に3日はたくさんの靴を積んでバイクで集配する日々が続いた。「毎日大変でしたが、とにかく仕事があることがうれしかった」 30代後半に転機が訪れる。営業で回る折田さんの姿を見ていた問屋から声がかかり、大手小売店が販売した靴の修理を一手に請け負うことになったのだ。背景には、折田さんの技術への信頼があった。やがて、その技術は欧米の高級ブランドにも認められるようになる。本国に送ると費用も時間もかかるため、国内で対応できる技術を持つ折田さんのもとに依頼が集まった。「靴づくりの工程を1から10まで熟知しているので、靴を見ただけで壊れている状態がどうなのか、修理をするにはどこから手をつけたらよいのかが即座にわかります。お客さまの要望を聞き、自分なりに工夫してやってきたという意味では、お客さまから教わっ「修理する靴は千差万別。状態が悪い靴は、どう直すか夜通し考えることもあります。何よりお客さまに喜んでもらうことが一番です」

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