【表紙】 画像データです。 【表紙裏】 令和6年度 「高年齢者活躍企業フォーラム」 「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」 アーカイブ配信のご案内  10月に開催した「高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)」、10月〜11月にオンライン配信で開催した「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をアーカイブ配信します。  基調講演や先進企業の最新事例発表など、お手元の端末(パソコン、スマートフォン等)でいつでもご覧いただけます。 視聴方法 JEEDホームページのトップページより STEP.01 機構について STEP.02 広報活動 (組織紹介動画・メルマガ・啓発誌・各種資料等) STEP.03 YouTube動画(JEED CHANNEL) STEP.04 「高齢者雇用(イベント・啓発活動)」の欄からご視聴ください ※事前申込不要(すぐにご覧いただけます) 以下の内容を配信中です 2024年10月4日(金)開催 高年齢者活躍企業フォーラム ●表彰式 ●事例発表 ●基調講演 ●トークセッション 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム ●基調講演等 ●事例発表 ●事例発表者とコーディネーターによるパネルディスカッション 2024年10月10日(木)開催 「ジョブ型」人事から考える 〜シニア人材の戦力化 2024年10月25日(金)開催 役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化 2024年11月28日(木)開催(12月中配信予定) ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 https://www.jeed.go.jp JEEDのYouTube 公式チャンネルはこちら https://youtube.com/@jeedchannel2135 JEED CHANNEL 検索 【P1-4】 Leaders Talk No.115 生涯現役で働ける環境を整え地域の高齢者の雇用の受け皿に 株式会社サラダコスモ 取締役 人事部長 中田澄美香さん なかだ・すみか 2009(平成21)年に株式会社サラダコスモに入社し、同社が運営する「ちこり村」の副支配人に就任。2018年より人事部長を務める。ちこり村の現場で高齢社員と一緒に業務を行ってきた経験を活かし、“高齢者の気持ちのわかる人事部”を実践している。  2024(令和6)年に第14回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」で地方創生大臣賞を受賞した株式会社サラダコスモ。同社が岐阜県中津川(なかつがわ)市で運営する「ちこり村」は、地域の高齢者の雇用の受け皿となっており、多くの高齢者が活き活きと働いています。今回は同社取締役人事部長の中田澄美香さんにご登場いただき、高齢者雇用に積極的に取り組む背景や、高齢スタッフの活躍状況などについてお話をうかがいました。 経験豊富な高齢者とともに「ちこり村」で地域の課題解決に取り組む ―株式会社サラダコスモは、2024(令和6)年の第14回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞」で地方創生大臣賞を受賞されました。受賞理由には、多くの高齢者が働き地域の雇用を支えていることなどがあげられています。多くの高齢者が活躍している経緯についてお聞かせください。 中田 当社は、1980(昭和55)年に無添加・無漂白のもやしの栽培を本格的にスタートさせました。それ以前はラムネの製造・販売がメインで、副業としてもやしの生産を行っていたのですが、現社長(中田(なかだ)智洋(ともひろ)氏)がラムネ事業からの撤退を決断し、もやし生産を本業にしたのです。  その後、もやし以外に無化学肥料のかいわれ大根、ブロッコリーなどのスプラウト(発芽野菜)の生産を開始し、近年ではカット野菜の生産・販売も行っています。現在、当社の商品を取り扱う店舗は、北海道から九州まで約2万店におよび、多くのお客さまにご好評をいただいています。  そして2006(平成18)年に、西洋野菜の“ちこり”をテーマにした農業・商業・観光・文化・教育活動の一体型施設である「ちこり村」をオープンしました。きっかけは、中田が「もやしやかいわれ大根以外にもう一つの別の柱になる野菜はないか」と探しているとき、ヨーロッパを視察し「ちこり」という野菜に出会ったことです。水耕栽培でつくる野菜ですが、当社の水耕栽培の技術を使えば、もっと安全・安心なちこりがつくれるのではないかと考えました。ちょうど同じころ、地域の人たちから「休耕地を活用してもらえないか」という話をいただいており、普通の野菜では地元の農家と競合することから、「輸入野菜の国産化」という新しいテーマでちこりの栽培に挑戦しました。そして、「どうせやるなら休耕地対策だけではなく、地域で働くことを希望する高齢者とともに、地域活性化の課題解決に取り組んでいこう」という思いから、「ちこり村」を開設しました。 ―ちこり村では、レストラン、パン工房、地域特産物の販売、ちこりの根を原料とした焼酎の製造・販売など、幅広い事業を運営していますね。 中田 ちこり村を開設する以前は、新規事業は若い社員が中心となり取り組んでいたのですが、地域のとある会社が土・日曜日を中心に高齢者を雇用し、その方々が活躍されていることを知り、当社でもちこりという新しい野菜栽培に挑戦するためには、経験豊富な高齢者の存在が不可欠と考えたのです。そこで人生の第二の挑戦として、生きがいややりがいを持って働きたいという高齢者の募集を開始しました。  当時はいまと違い、高齢者の職がない時代でした。新聞の折込みチラシで、「週何日、1日何時間でもOK」という条件で、レストランおよび売場のスタッフを募集したところ、120人以上の応募があり、最初は20人を採用しました。その後、売上げの拡大にともない、高齢者の採用も増やしていきました。  現在、ちこり村の従業員は99人ですが、60歳以上が59人、65歳以上は51人働いています。最高年齢者は85歳です。 個々の事情に合わせた柔軟な働き方を実現一人ひとりとの面談を通して意欲を鼓舞 ―ちこり村の高齢スタッフは当初から柔軟な働き方をされており、雇用の上限年齢もないということですが、具体的にはどのような働き方をされているのでしょうか。 中田 ちこり村で働く正社員は15人で、残りが非正規のスタッフになります。営業時間は8時半から17時までですが、朝7時半に出勤して3時間勤務で帰る人もいれば、フルタイム勤務の人もいます。また、週1日勤務の人もいれば5日勤務の人もおり、各部門のリーダーがメンバーの都合を聞いてシフトを組んでいます。週1日勤務の人でも、希望があれば随時変更できますし、「忙しいから来てほしい」とお願いすると、週2・3日でも来てくれます。ときには、「家族が入院した」、「家族の介護のためしばらく休みたい」という人もいますので、それぞれの事情に合わせて柔軟に対応しています。 ―働く高齢者の処遇などに違いはあるのでしょうか。 中田 事業はパン、焼酎、レストラン、売店、通販、農産部などの部門に分かれます。ちこり村の支配人が各部門のリーダーを何人か決めており、気が利く人、コミュニケーションがうまい人を選んでいます。時給は仕事の内容や専門性の高さなど役割に応じて決めています。例えば忙しい時期はレジがたいへんなので、高めに設定したり、また、秋には繁忙期手当なども支給しています。  支配人が一人ひとりと面談し、「いまの仕事だけではなく、こんな仕事もできるようになってほしい」、「時給も上げますよ」など、意欲を鼓舞するようにしています。 ―売場を拝見しましたが、みなさんが活き活きと働いているのが印象的でした。活躍をうながすために工夫していることは何でしょうか。 中田 オープン当初から支配人が心がけているのは、必ず毎日少しでも変化し、自分が成長していくことを実感してもらうようにすることです。高齢者だから決まったことしかやらないのではなく、新しいことを覚え、覚えたらまた別のことに挑戦していく。例えば、「モンブランを何個売る」といった数値目標を持つなど、今日の仕事で何か一つ目標を持ってやることで変化を感じ取ってもらうことが、施設や会社の成長につながると思っています。  実際に売場の商品は頻繁に変わりますし、覚えることがたくさんあります。3日休むと売場のレイアウトも変わるので、みなさん一生懸命に対応しています。多分ここで働く高齢者のみなさんは、一般的な65歳以上のイメージではなく、40〜50代の現役並みの働きぶりだと思います。忙しい時期は施設内だけで普通に1万5000歩も歩きます。それぐらい体力、気力も必要な仕事ですが、だれも休んだり、辞めたりしないのです。勤続年数も長く、オープン当初から働いている人もいますし、10年以上勤務している人がほとんどです。また、休みの日は家族連れでやってきて、孫に職場を見せたり、食事や買い物をして帰るという人も多いです。  ちこり村では、高齢者を採用するため、継続的に募集を出しています。人手が足りないときに募集するのではなく、基本的には「高齢者であってもこの先10年、20年一緒に働きたいと思える人を採用したい」という思いがあるからです。人手は足りていますが、だからこそ、新しい仕事をつくり出さないといけませんし、実際にこれまでそうやって事業を拡大してきました。これにより、多くの高齢者が新しいことにチャレンジし、活躍につながっています。 お互いに声をかけ合える関係・環境が働く高齢者の安心・安全につながる ―高齢者を雇用していくうえでは、健康や安全面への配慮も欠かせません。どういった点に留意していますか。 中田 採用面接の際に、ざっくばらんに「身体にどこか悪いところはないですか」、「飲んでいる薬はありますか」などを聞いています。そのうえで、公表できる人には職場で共有してもよいかを確認し、職場にも伝えています。支配人が全員に目が行き届くわけではありません。ある程度健康状態を仲間内で共有することで、忙しいときは「薬を飲む時間ではないですか」とお互いに声をかけ合うようにしています。あるいは体調が悪そうであれば、「今日はもう帰ったほうがよいのではないか」と、お互いにいい合える職場の雰囲気があります。 ―健康で元気に働いてもらうためにもコミュニケーションが大切ですね。読者にとっても貴重なアドバイスです。 中田 これまで健康や安全面において何も問題が起きなかったのは、スタッフ同士のコミュニケーションが取れているからだと思います。取れていないと、健康状態に何か不安があってもいい出せません。お互いに情報を共有しているからこそ、「あの人はちょっと心配だから気をつけてあげたほうがいいね」という情報が、速やかに支配人にも上がってきます。管理する側とのコミュニケーションだけではなく、職場内のコミュニケーションがうまくいっているからこそ、健康状態の把握もしやすくなります。  職場には20代や30代のスタッフもいますが、60代、70代の高齢スタッフと一緒に働くことで、お互いにそれぞれの仕事を尊重し、気を遣う関係が生まれています。仲もよく、一緒に食事に出かけたり、世代を超えたコミュニケーションも活発です。このような関係性が、仕事のやりがい、ひいては生きがいにつながっているのではないでしょうか。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/上木鉄也) 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、”年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト KAWANO Ryuji 2024 December No.541 特集 6 女性視点で見る高齢者雇用 7 総論 70歳就業時代の女性高齢者雇用の課題と展望 株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部 ジェロントロジー推進室兼任 准主任研究員 坊美生子 11 解説1 定年前後の中高年女性社員のホンネとは 株式会社Next Story 代表取締役 西村美奈子 15 解説2 生涯現役で働く女性の健康管理 福島県立医科大学 ふくしま子ども・女性医療支援センター 特任教授 小川真里子 19 事例1 株式会社ファンケル(神奈川県横浜市) セカンドキャリア形成も醸成する女性活躍支援と、高齢期向け健康診断 23 事例2 株式会社東横イン(東京都大田区) 働き方の選択肢を広げ生涯現役で活躍できる職場づくりを推進 26 資料 内閣府『令和6年版 男女共同参画白書』より 1 リーダーズトーク No.115 株式会社サラダコスモ 取締役 人事部長 中田澄美香さん 生涯現役で働ける環境を整え地域の高齢者の雇用の受け皿に 29 日本史にみる長寿食 vol.373 柚子は木になる“風邪薬” 永山久夫 30 新連載 偉人たちのセカンドキャリア 第1回 社会改良に心血を注いだセカンドキャリア 板垣退助 歴史作家 河合敦 32 高齢者の職場探訪 北から、南から 第150回 栃木県 滝沢ハム株式会社 36 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第99回 株式会社テラサワ 代表取締役 寺澤防子さん(85歳) 38 加齢による身体機能の変化と安全・健康対策 新連載 【第1回】 職場における「腰痛」の予防と対策 今井鉄平 42 知っておきたい労働法Q&A《第78回》 定年後の職務発明に関する紛争、年俸決定の裁量権 家永 勲 46 新連載 地域・社会を支える高齢者の底力 【第1回】 銚子市地域おこし協力隊・榊建志さん 48 いまさら聞けない人事用語辞典 第52回 「労働基準法」 吉岡利之 50 特別寄稿 70歳雇用の推進と「高齢社員に期待する役割を知らせる」仕組みと「高齢社員の能力・意欲を知る」仕組みの整備 玉川大学経営学部 教授 大木栄一 54 「令和7年度高年齢者活躍企業コンテスト」のご案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.346 サンドブラスト技法でガラスを削り濃淡を表現 彫刻硝子作家 山田浩子さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第90回] 平成クイズ(平成11年〜15年のできごと) 篠原菊紀 【P6】 特集 女性視点で見る高齢者雇用  1986(昭和61)年に「男女雇用機会均等法」が施行され38年。このころに大学を卒業して就職した人たちが60歳の節目を迎えています。かつては結婚・出産を機に、勤めている会社を退職する女性は少なくありませんでしたが、女性の社会進出や労働力人口の減少、育児・介護休業法をはじめとする各種法制度の整備により、いまではキャリアを途切れさせることなく、働き続けられる環境が整ってきています。今後は、正社員として定年を迎える女性が増加していくことが予想されます。  そこで今回は、「女性視点で見る高齢者雇用」と題し、働く女性が定年後を見すえてキャリアを継続していくうえで、事業者に求められる対応などについて解説します。 【P7-10】 総論 70歳就業時代の女性高齢者雇用の課題と展望 株式会社ニッセイ基礎研究所生活研究部 ジェロントロジー推進室兼任 准主任研究員 坊(ぼう)美生子(みおこ) 1 はじめに  結婚・出産後も働き続ける女性が徐々に増加してきたことや、未婚率が上昇したことなどにより、中高年の女性社員数はかつてないボリュームになっています。2022(令和4)年時点で、正社員として働く45歳から59歳までの中高年女性は初めて400万人を超えました(図表1)。  これにともなって、定年に到達する女性や、70歳前後まで定年後も働き続ける女性は、今後、増加していくと考えられます。これまでは「高齢者雇用」というと、無意識のうちにシニア男性を想定した議論が多かったのではないかと思いますが、これからは、シニア女性の雇用課題についても考えていく必要があるでしょう。 2 中高年女性の定年への意識  まず、中高年女性の定年への意識からみていきましょう。2023年10月、一般社団法人定年後研究所と株式会社ニッセイ基礎研究所が大企業で働く45歳以上の女性正社員を対象に行ったインターネット調査「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査〜『一般職』に焦点をあてて〜」によると、中高年女性社員の約7割は、定年まで、もしくは、定年を超えて長く働きたいという意識を持っていることがわかりました(図表2)。  現在50代の女性が働き始めたころは、男女雇用機会均等法施行から間もなく、採用や昇進での男女均等な取扱いは努力義務だったため、実際には、配置や賃金に男女格差が残っていた企業も多かったでしょう。そのような状況でも職場に適応し、中高年まで働き続けてきた女性は、高齢期も働くことへの意欲が強いといえるでしょう。 3 中高年女性が高齢期まで働き続けるための希望は  女性個人が、高齢期まで働き続けたいと思っていたとしても、仕事や職場に対する満足度が低ければ、転職したり、退職して家族のケアを優先したりするかもしれません。そこで、上述した共同研究では、職場にどのような取組みや制度があれば、高齢になるまで働き続けたいかを複数回答でたずねました。  その結果、最も目立ったのは、「待遇改善」や「適切な評価」、「昇進、昇給」といった評価・待遇に関する項目で、いずれも3割弱から4割弱となりました(図表3)。また、「職場の人間関係が良いこと」も3割を超えました。  ほかに多かった項目を見ると、「勤務時間に融通が利く(フレックスタイムなど)」や「短時間勤務(1日6時間や4時間など)ができる」、「勤務場所に融通が利く(テレワークなど)」など、働き方に関する希望が2割を超えました。  このような結果から、女性が高齢まで働き続けるための希望を総括すると、「働きがい」と「働きやすさ」という二つのキーワードに集約されるでしょう。仕事ぶりが適切に評価され、給料に反映され、高齢になっても昇進・昇給のチャンスが提供されるなら、「働きがい」を感じられます。また、働く時間や場所が柔軟で、フルタイムではない働き方も選択でき、職場の雰囲気もよければ、「働きやすさ」を感じられます。  もちろん、これらは労働者側の希望ですから、実際の職場で何をどのように取り入れていくかは、労使で話し合う事柄になるでしょう。ただ、高齢期であっても、女性は単に「働きやすければよい」と考えている訳ではなく、「働きがい」を求めているという点は重要な示唆だといえます。体力低下など、加齢にあわせた雇用管理に重心を置くよりも、あくまで戦力として役割を付与し、成果を期待し、評価対象とすることが重要となってくるのではないでしょうか。 4 中高年女性のキャリアの特徴  中高年女性社員を高齢期まで雇い続け、能力発揮してもらうためには、何が必要になるのでしょう。それを考えるために、いったん、中高年女性社員のこれまでのキャリアの特徴について、上述の共同研究からみてみます。  そうすると、例えば人事・配置面では、「転勤を伴う異動」を経験したことがある女性は2割弱、「転勤を伴わない異動」は4割強でした(図表4)。図表にはありませんが、転勤の有無にかかわらず異動経験がなく、入社以来、ずっと同じ部署で働いているという女性が約4割にものぼりました。また、「チームリーダーの仕事」を経験した女性は3割強など、全体的に、職務経験が浅い傾向があることがわかりました。  次に教育面についてみると、「実務スキル研修」を除くいずれの研修でも、受講経験がある女性は1〜3割にとどまりました。つまり、教育機会も十分ではなかったといえます。しかし回答をよく見ると、いずれの研修も「経験はないが、希望している」が1割〜2割弱います。つまり、本人は教育によるスキルアップを望んでいるのに、その機会が提供されてこなかった女性たちがいるということになります。 5 中高年女性社員のリスキリング・学び直しへの意  企業による育成が乏しく、キャリアが浅い中高年女性社員にこそ、今後、本人の能力を発揮して、企業に貢献してもらうために、リスキリングが必要だといえるでしょう。  じつは、女性側の意欲も強いことが、先の共同研究からわかりました(図表5)。じつに、「学び直しに経験・関心がある」と回答した女性は、全体の6割弱にものぼったのです。キャリアが浅いうえ、勤め先では研修のチャンスすら乏しいことから、自ら学んでスキルアップしようとしている、という姿が浮かび上がってきました。  したがって、企業が女性を高齢期まで雇い続けるうえで必要なのは、社内研修を提供するなどしてリスキリングに取り組んでもらい、性や年齢で排除するのではなく、個人の意欲や能力に応じて、基幹的な職務にも配置するなど、中高年からでも育成に取り組むことではないでしょうか。なかには、高齢期でも管理職候補となる女性が出てくるでしょう。 6 中高年女性の老後のためにも  最後に、女性の老後の観点からも、長く働き続けたり、働けるうちにスキルアップ・キャリアアップしたりしておくことは、たいへん重要だとつけ加えておきます。紙幅の関係で、本稿では詳しく説明できませんが、女性は、老後に受け取れる年金水準が男性に比べて低いからです。厚生労働省の推計※によると、例えば2024年度に50歳になる女性だと、6割弱の方が、65歳から受け取る国民年金と厚生年金の合計は、月10万円未満だと見込まれているのです(過去30年並みの経済状況が続く場合)。近年は未婚や離婚などのシングルが増え、夫の収入に頼れない方が増えているので、女性の低年金は深刻な問題です。  企業は、中高年女性社員たちに対して、マネープランを取り入れたキャリア研修を提供するなどして、本人の老後の暮らしまで見通したキャリアデザインを描いてもらい、仕事へのモチベーションを上げることが求められるのではないでしょうか。 7 おわりに  現在、どの業界でも人手不足が深刻になっていますが、出生数の推移からいえば、今後、若年層の採用難は、加速度的に進行していくでしょう。  企業にとっても今後は、増加しつつある中高年女性を、いかに活用していくかが課題になる見込みです。女性たちに長く活躍してもらうことが、女性たちの老後のためにも、メリットにもなるといえるでしょう。 ※ 厚生労働省 第16回社会保障審議会年金部会「令和6(2024)年財政検証関連資料A−年金額の分布推計−」 図表1 正社員として働く中高年女性(45〜59歳)の人数推移 (万人) 1987年 246 1992年 294 1997年 336 2002年 293 2007年 305 2012年 290 2017年 338 2022年 416 出典:総務省「就業構造基本調査」より筆者作成 図表2 中高年女性社員は現在の会社でいつまで働きたいと思っているか n=1,326 今すぐ退職したい 8.4% 定年より前に早期退職したい 13.9% 定年まで働きたい 27.7% 定年を経て、継続雇用の上限まで働きたい 17.9% 働けるうちはいつまでも働きたい 20.0% その他 0.3% 分からない 11.9% 出典:定年後研究所、ニッセイ基礎研究所「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査〜『一般職』に焦点をあてて〜」(2023) 図表3 中高年女性社員が高齢になっても同じ会社で働き続けるために会社に望む制度や取組み(複数回答) 大項目 小項目 割合 評価・待遇 待遇改善 36.0% 適切な評価 35.7% 昇進、昇給 28.9% 職場 職場の人間関係が良いこと 33.3% 人事・配置 経験のある業務や職場で働き続けられること 27.8% 中高年の女性社員に役割や居場所があること 20.6% 中高年の女性社員がキャリアアップできる制度と風土があること 13.6% 職種転換 6.9% 働き方 勤務時間に融通が利くこと(フレックスタイムなど) 29.9% 短時間勤務(1日6時間や4時間など)ができること 25.4% 勤務場所に融通がきくこと(テレワークなど) 24.1% 短日勤務(週3日勤務など)ができること 23.5% 有給休暇を申請しやすい職場の協力体制や雰囲気があること 21.9% 時間単位で有給休暇を取れること 15.8% 副業できること 11.7% 健康管理 健康管理が充実していること 17.1% 組織運営 上司に仕事やプライベート(健康面や家庭の事情等)について相談しやすいこと 9.2% 同僚とのコミュニケーションが多いこと 9.0% 同僚とのコミュニケーションが少ないこと 1.2% その他 0.3% 分からない・該当しない 7.4% 高齢になるまで同じ会社で働き続けたくない 4.5% 出典:定年後研究所、ニッセイ基礎研究所「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査〜『一般職』に焦点をあてて〜」(2023) 図表4 中高年女性社員の職場での経験 人事・配置 転勤を伴う異動 経験がある16.5% 経験はないが、希望している2.3% 経験がなく、希望もしていない68.7% 分からない・該当しない12.4% 転勤を伴わない異動 経験がある44.1% 経験はないが、希望している5.5% 経験がなく、希望もしていない39.0% 分からない・該当しない11.4% チームリーダーの仕事 経験がある34.3% 経験はないが、希望している4.4% 経験がなく、希望もしていない49.1% 分からない・該当しない12.2% 教育 実務スキル研修の受講 経験がある46.3% 経験はないが、希望している10.5% 経験がなく、希望もしていない30.9% 分からない・該当しない12.3% ビジネススキル研修(プレゼン、IT等)の受講 経験がある32.5% 経験はないが、希望している11.2% 経験がなく、希望もしていない41.8% 分からない・該当しない14.6% キャリアデザイン研修の受講 経験がある21.9% 経験はないが、希望している10.6% 経験がなく、希望もしていない48.0% 分からない・該当しない19.5% 管理職登用研修の受講 経験がある10.4% 経験はないが、希望している8.6% 経験がなく、希望もしていない59.0% 分からない・該当しない22.0% 専門知識、スキル習得のための研修受講 経験がある28.4% 経験はないが、希望している16.4% 経験がなく、希望もしていない38.5% 分からない・該当しない16.7% 語学研修の受講 経験がある11.1% 経験はないが、希望している15.1% 経験がなく、希望もしていない53.1% 分からない・該当しない20.7% その他の研修の受講 経験がある19.5% 経験はないが、希望している10.6% 経験がなく、希望もしていない42.5% 分からない・該当しない27.4% 出典:定年後研究所、ニッセイ基礎研究所「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査〜『一般職』に焦点をあてて〜」(2023) 図表5 中高年女性社員の「学び直し」の経験や関心 学び直しの経験がある(学び直し中も含む)12.8% 学び直しの経験はないが、関心がある26.4% 学び直しの経験はなく、関心はあるが、実際に行う時間がない17.1% 学び直しに関心はない27.6% 分からない・該当しない16.1% 出典:定年後研究所、ニッセイ基礎研究所「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査〜『一般職』に焦点をあてて〜」(2023)より著者作成 【P11-14】 解説1 定年前後の中高年女性社員のホンネとは 株式会社Next Story代表取締役 西村(にしむら)美奈子(みなこ) 1 はじめに  NHKの朝ドラ『虎に翼』が好評でした。  昭和のはじめに女性初の裁判官としてさまざまな偏見や慣習と戦いながら道を切り拓き、自分の夢をかなえていく逞たくましい女性の物語です。主演の伊藤(いとう)沙莉(さいり)さんの演技がとても魅力的だったのですが、それだけでなく、伊藤さんが演じる寅子(ともこ)が「はて?」といいながら目の前にある(当時の)社会の慣習に疑問を持ち、その理不尽さに立ち向かって正義を追求する姿が、女性だけでなく幅広い層に支持されていたようです。  寅子ほどではないにしろ、女性が社会に進出していくのはそれなりに苦労があり、そういった苦労を重ねた各世代の先輩たちが、後に続く女性たちに道をつけてきたのは間違いありません。「女性の幸せは結婚して子どもを持ち、幸せな家庭を築くこと」といわれた時代から、女性も自分の能力を活かして社会に貢献していく時代となり、経済的にも男性に100%依存しなくてもよいようになりました。  いまや、子どもを持つ女性が働きに出ることも特別なことではなくなりましたが、38年前の昭和の終わりはいまと比較して、まだまだ女性が男性と対等に働くことが厳しい時代でした。38年前、ちょうど男女雇用機会均等法が施行された1986(昭和61)年前後に就職した人たちが、いまの60歳です。彼女たちが就職した当時、同法により男女の雇用の平等は、表向きは確保されたものの、実際の職場にはさまざまな偏見や男女差別が存在しました。「共働きで女を働かせているその旦那も甲斐性がない」と職場の男性から直接いわれた人もいました。「寿退社」という言葉が存在したように、結婚、あるいは出産を機に仕事を辞める人がまだまだ多かった時代は、女性が働き続けるための支援制度も整備されていませんでした。戦前と違い、男女平等の教育を受けてきた彼女たちにとって、社会に出て初めて男女差別を実感したという人たちも少なくありません。さらに、長年働いていても、男性との処遇の差、賃金や昇進の格差は、令和のいまでも存在している企業もあります。  そういうなかで定年まで勤め続けた女性たちは、一人ひとりそれぞれがさまざまな葛藤のなかで、工夫しながら働き続けてきました。総務省統計局「労働力調査」によると、2023(令和5)年の45歳から54歳の正規の職員・従業員(役員含む)の女性は310万人、55歳から64歳では169万人で、さらに65歳以上でも41万人、彼女たちが働き続ければ、今後20年間で約520万人の女性たちが定年を迎える可能性があるということができます。 2 約7割の女性が「定年後も働きたい」と思っている  かつて定年は男性のものでしたが、女性も定年を考える時代です。では、定年を前にして女性たちは何を思っているのでしょうか?  もちろん生活のために仕方なく働いてきた人もかなりいるでしょう。一方で、苦労しながら定年まで働き続けた多くの女性が、働くことの喜びを知っているのも事実です。特に男性同等に責任ある立場で働いてきた女性の多くが、「働くことが生きがいだった」と語っています。ある女性は、「就職したころは定年といわれる年まで働くとは全然思っていなかったけれど、だんだん仕事にのめりこんでいって、気がついたら定年まで働き続けてきた。辞めないことをモットーにしていたわけではないけれど、やっぱりおもしろいから続けてきたのかな」とふり返っています。きっと、仕事に喜びを少しも見いだせない人たちは、どこかの時点で仕事を辞めてしまったかもしれません。  女性の平均寿命が87.14歳となり※1、現代の60代はまだまだ若く、定年後、孫の世話だけではあきたらないというのが実態です。  2024年9月の敬老の日の総務省統計局の発表※2によると、総人口が減少するなかで65歳以上の人口が総人口に占める割合は29.3%と過去最高になり、さらに働く高齢者も20年連続で増加して、就業者のおよそ7人に1人を65歳以上の就業者が占めています。高齢者が人口の3分の1に迫ろうとしている日本で、シニアになっても働きたい人は多く、これは男性にかぎったことではありません。  2020年発表の電通シニアラボの調査によれば、正規雇用で働く55〜59歳の女性で「定年まで働きたい・働く予定」と回答した人は69.0%。そのうち「定年後も働く・働きたい」と回答した人は67.4%、「定年後は働かない」と答えた人はわずか8.0%(全体の5.5%)です(図表1)。そして、その理由として、経済的なことだけでなく、「社会と関わっていたい」、「働くこと/仕事が好き」などの回答をしている人も少なくありません。  ただし、60代、70代になっても働き続けたいという女性たちも、現役並みの働き方はさすがにたいへんだと思っています。肉体的に若いころのようにはもう働けないし、そういう働き方は卒業したいのが本音です。それに、自分の自由な時間も確保したいという声も多く聞かれます。特に子どもを持った女性たちは自分の自由な時間がなかなか確保できなかった分、自由な時間も欲しい。でも、何もせずにただぼんやりと一日を過ごすのは嫌という声です。つまり、彼女たちは、「働き続けたい一方で精神的に豊かな生活も送りたい」といっているのです。 3 女性が考える「キャリアの成熟」とは  立命館大学社会学部の前田(まえだ)信彦(のぶひこ)教授が、管理職経験者のうち女性は男性と比べて「キャリアの成熟度」が高いという興味深い論文を発表しています※3。ここでいう「キャリアの成熟」とは、若年期のような「上昇」や「成功」といった経済的達成を機軸とするのではなく、「経済的、体力的『下降』、『衰退』のなかに、生活の質の向上や精神的な豊かさを含むキャリアの概念」とのことで、女性管理職経験者は、男性管理職経験者に比べて、定年後に仕事以外の領域で活動を選好する傾向がみられ、必ずしも(有償労働=仕事における)「生涯現役」を志向しているとはかぎらないとのことです。  これは、女性たちが企業で働き続けることを否定しているというのではなく、前田氏がいうところの、「男性管理職が会社一辺倒の人生観に偏る」のに対して、女性管理職経験者は、「(『会社だけ』ではない)地域生活に根づいた『生活者』として、人間的に成熟した人生を送るというキャリア像」であり、「男性とは異なり、女性は管理職を経験しても生活とのバランスを考慮しながらキャリアを構築している点で、柔軟なキャリア形成を志向している」(前田氏)ということです。  これまで働き続けた女性たちは、キャリア構築の過程において、「組織メンバー」、「母親」、「地域住民」など、さまざまな役割をになってきました。もちろん男性にもさまざまな役割がありますが、つねに「組織メンバー」としての役割が優先される傾向が強いのに対して、女性たちの場合、そうしたさまざまな役割(役割認知としてのサブアイデンティティ)がときとしてお互いにコンフリクトな関係性を生み、つねに揺らぎながら優先度を変化させてきました。そして、総体としてアイデンティティを形成して環境や社会の変化に適応する力(アダプタビリティ)に働きかけ、仕事を続けてきました(図表2)。  前田氏は、「男性管理職」と「女性管理職」とでのジェンダーの違いを指摘していますが、これは、「女性管理職」のいわゆる「雄化」の議論に対して、ジェンダー差を論じたものです。女性は男性以上に多様で、「女性」と一括りにして語るのはむずかしいのですが、定年を迎えるまで働き続けた女性たちは、管理職経験の有無にかかわらず、仕事に対しては前向きに取り組んできた人が多いと推測され、仕事を通じて、先に述べた「働くことの喜び」や、「達成感」、「自己の成長」、「社会活動への参加意識」を得た経験を持っていると思います。 4 キャリア後期は働く意味≠ニプライベートの充実≠重視する  彼女たちに共通するのは、まず第一に、働くということをポジティブにとらえていることです。「60代も働く時代」を「働かなければいけない」というのではなく、積極的に「働く」ことを選択している。そしてそれは必ずしも高い給料を目ざしているとはかぎらないということです。もちろん、給料は高いに越したことはありません。でも、それだけではない。給料の多寡を最優先とするのではなく、場合によっては無償(ボランティア)もあり得るということです。つまり、前述の前田氏の「定年後に仕事以外の領域で活動を選好する傾向がみられ、必ずしも(有償労働=仕事における)『生涯現役』を志向しているとは限らない」ということです。実際にボランティアで「子ども食堂をやりたい」、「地域に貢献したい」という女性たちもいます。とはいえ、可能ならいまの会社で継続就業したいという女性たちも多いのは事実です。  彼女たちが「安い給料で都合よく働いてくれる存在」だと誤解されると困るのですが、彼女たちにとって、(特にキャリアの後期は)仕事の意味合いが重要となってきます。女性は男性と比べて働くことの内的動機が高いといわれます。要は男性よりも「やりがい重視」ということですが、これはキャリア後期になってその傾向がさらに高まると思われます。働く女性の多くが、「仕事を通じて社会の役に立ちたい」という想いを持ち、それはキャリア後期になってあらためて自分の人生と向き合ったとき、より強くなってくるのではないでしょうか。また、「キャリアを重ねて成長したい」という想いも、若い人だけでなく中高年になっても持ち続ける人が多いようです。いま流行りの「リスキリング」も会社の都合だけで「新しいことを学べ」といってもモチベーションが上がらない。その必要性がその先の「やりがい」に結びついたとき、彼女たちは積極的に学ぶ姿勢を見せるのだと思います。  第二に、多くの定年を前にした女性たちから聞こえてくるのは、「これまでは一生懸命仕事をしてきましたが、これから楽しく生きるようにモードチェンジしたい」と、これからは「働きながらも人生も楽しみたい」という声です。  定年前に大手企業を辞めて転職したある女性は、現役時代は責任ある立場についていましたが、ストレスの多い職場で、コロナ禍で在宅勤務となったことで公私の区別がつかなくなり、かえって勤務時間が増えてこれ以上は無理だと退職をされました。いまは、老舗の小さな会社に勤める一方で自身でもやりたいことを追求し、「収入は3分の1に減ったけれど、自由な時間(可処分時間)は5倍に増えて幸せだ」と語っています。  また、定年後の活躍の場として地域活動に興味を持つ女性も少なくありません。長年働いてきた女性たちの多くはこれまで地域コミュニティとは縁が薄く、ほとんど興味はなかったという人もいます。これまで地域コミュニティの主役は専業主婦の女性たちでしたが、働く女性たちのなかからも、「定年後はもっと地域にかかわっていきたい」と考える人たちがでてきています。一方で「どうしたらよいのかわからない」という声も聞こえます。地域デビューも現役時代に少しずつ入っていくのがよいようです。 5 おわりに  女性向けの雑誌に登場する「ていねいな生活」、「シンプルな生活」という表現が、これまで仕事中心に日々忙しく生きてきた女性たちに憧れを感じさせ、時間ができたらそういう暮らしをしたいと思う人も多く、仕事でのやりがいや充実感とともに求められているものでもあります。  経済的に許されるなら、副業や地域活動に参加できる時間を確保できるような、「成熟度」をあげられるような、よりフレキシブルな働き方をしていきたいというのが本音なのだと思います。そして、そういう女性たちが企業に求めているのは、やりがいを感じながら働き続けられる環境、フルタイム勤務だけでなく、週に数回あるいは、一日の勤務時間を短くというような柔軟な働き方ができる環境です。例えば複数人で現役一人分の仕事をこなすワークシェアなどがもっと普及してもよいと思います。なによりも、画一的ではなく、女性たち一人ひとりが選択できるようにしていくことが大事なのだと思います。 ※1 厚生労働省「令和5年簡易生命表」(2024年) ※2 総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者−敬老の日にちなんで−」(2024年) ※3 前田信彦「女性の職業キャリアにおける管理職経験と定年後のライフスタイル」、立命館大学産業社会学部『立命館産業社会論集』第59巻第2号(2023年) 図表1 定年前後の働く意欲 定年まで働きたい・働く予定69.0% わからない・まだ決めていない23.0% 早期退職する予定4.0% 早期退職を検討中4.0% 「定年後も働く・働きたい」計67.4% 定年後も働くことが決まっている18.1% 決まってはいないが、定年後も働きたい49.3% 定年後は働かない(リタイアする)8.0% わからない・まだ決めていない24.6% 出所:電通シニアラボ「定年女子調査」(2020)を基に筆者作成 図表2 アイデンティティとアダプタビリティ アイデンティティ A B C A B C A B C 形を変え、優先度を変えながら相互にコンフリクトの関係にあるサブ・アイデンティティ Push アダプタビリティ 出典:田中研之輔、西村美奈子『プロティアンシフト:定年を迎える女性管理職のセカンドキャリア選択』(千倉書房)より(筆者作成) 【P15-18】 解説2 生涯現役で働く女性の健康管理 福島県立医科大学 ふくしま子ども・女性医療支援センター 特任教授 小川(おがわ)真里子(まりこ) 1 はじめに  総務省「労働力調査」によると、日本国内の就業者における女性の割合は、2002(平成14)年には41.0%であったものが毎年徐々に上昇し、2021(令和3)年では44.7%にまで増加したと報告されています。そのようななか、女性特有の疾患が仕事のパフォーマンスに影響していることが明らかとなってきました。  更年期の症状はほとんどの女性が経験することであるにもかかわらず、それについての知識を得る機会が少ないために、当事者の女性にとっても、そして周囲の人々にとっても、対応に苦慮する場面がみられているようです。さらに、女性は閉経を迎え、エストロゲンの分泌が低下すると、脂質異常症や骨粗(こつそ)しょう症(しょう)などのリスクが急増します。  そこで本稿では、更年期と更年期障害、その後の健康リスクについて概説するとともに、企業における女性の健康への支援について、考えてみたいと思います。 2 更年期障害によるパフォーマンス低下が社会経済に与える影響  2018年の経済産業省の報告によると、女性従業員の18%が更年期障害のために勤務先で困った経験をしたと回答していました※1。また、2021年のNHKの調査によると、更年期症状のために仕事を辞めた、雇用形態が変わった、労働時間や業務量が減った、降格した、昇進を辞退したという女性は15.3%を占めていたといいます※2。さらに2024年の経済産業省からの報告で、更年期障害による離職や欠勤、パフォーマンス低下が日本経済に与える影響が1.9兆円にものぼるとされ※3、企業における対応が急務となっています。 3 女性の更年期と更年期障害 (1)更年期障害とは  では、更年期、そして更年期障害とは、何をさすのでしょうか。日本における更年期の定義は、「閉経前の5年間と閉経後の5年間をあわせた10年間」とされています。そして、「閉経前後にあらわれるさまざまな症状で、ほかの疾患によるものではなく、またその症状のために何らかの支障をきたしている状態」が更年期障害です。なお、日本人女性の閉経年齢の中央値は50.54歳と報告されています※4。  更年期に入ると、卵巣から分泌される女性ホルモンであるエストロゲンが、大きく揺らぎながら減少し、閉経するとその分泌はほとんどなくなります(図表1)。このエストロゲンの変動が、更年期症状のおもな原因になります。 (2)更年期にみられる症状  更年期にみられる症状は非常に多彩です。しかもその多くは更年期にだけみられるわけでなく、ほかの疾患でもみられるものです。さらに、さまざまな症状がかわるがわる出現することも多く、不定愁訴(ふていしゅうそ)とも呼ばれます。  更年期症状を大きく分けると、ほてり、発汗、動悸などの血管運動神経症状、うつ、不安、イライラ、情緒不安定、意欲の低下、不眠などの精神的症状、尿もれ、頻尿、性交痛などの泌尿生殖器症状、肩こり、めまいなどのその他に大別されます。とはいえ、経験する症状の種類や出現の仕方、QOL(生活の質)に与える影響などには個人差があります。 (3)更年期障害のセルフケア  更年期障害に対し、何か自分でできる対策を、と考えられた場合、まず行っていただきたいのは、生活習慣の見直しです(図表2)。なかでも、喫煙していれば禁煙、食生活の改善、運動、睡眠、そしてストレスケアとしてのリラクゼーションがすすめられます。更年期症状の緩和だけでなく、その後の健康を考えたうえでも、生活習慣の見直しは重要です。  食生活改善としては、骨に必要な栄養素を積極的に摂取することや、脂質異常症予防のために食物繊維や青魚を摂り、動物性脂肪やアルコールの摂取を減らすことが推奨されます。健康的とされる和食や地中海式の食事がよいでしょう。運動としては、有酸素運動とレジスタンス運動を組み合わせて行うのがよいでしょう。国際閉経学会の指針によると、有酸素運動を週150分以上、レジスタンス運動を週2回以上行うことが推奨されています。とはいえ、最も重要なのは、この時期までに運動習慣を身につけることといえます。  そのほかのセルフケアとしては、大豆イソフラボンのサプリメントなど、更年期障害への効果が確認されているものもあり、よく用いられます。ただし、症状のために仕事のパフォーマンスに影響するようなら、医療機関に相談することも考えてください。がまんを重ねるよりも、早い段階で産婦人科に相談することをおすすめします。 (4)更年期障害の治療  更年期障害に対し、医療機関で行う治療は、おもに薬物療法です。ホルモン補充療法(hormone replacement therapy; HRT)、漢方療法のいずれかがよく用いられます。うつや不安が強い場合は、抗うつ薬が処方されることもあります。薬物療法以外には、カウンセリングや心理療法も行われます。 @ホルモン補充療法(HRT)  更年期症状が、女性ホルモン分泌の減少に関連して起きていると考えると、これを補うという点で理にかなった治療法です。更年期症状全般に有効なだけでなく、閉経後の女性の健康問題として重要な、骨粗しょう症や脂質異常症への予防効果もあります。ただし、乳がんや血栓症の既往のある方などは、使用できません。 A漢方療法  日本でおもに使われている漢方薬は、複数の生薬の合剤であり、さまざまな症状を同時に示す更年期障害の治療として、こちらも理にかなった方法だといえます。なかでも、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遥散(かみしょうようさん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、三大漢方婦人薬と呼ばれ、更年期障害に対してもよく使用されます。漢方療法は、HRTが行えない患者さんに対しても有用です。 4 女性の更年期以降の健康リスク (1)平均寿命と健康寿命  日本人が長寿であることは、だれもが知るところです。しかし、みんながその寿命のすべてを元気に生活できているかというと、必ずしもそうとはいえません。「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」、すなわち介護などを必要とせず自分で自分のことが問題なくできる期間を健康寿命といいます。厚生労働省の報告では、2019年の日本人女性の平均寿命は87.45歳であるのに対し、健康寿命は75.38歳と、12.06年の乖離があることがわかります(図表3)※5。すなわち、女性は人生の約14%を、日常生活に制限のある状態で生きていることになります。この期間は当事者にとって苦痛なうえ、それにかかる医療費を考慮すると、昨今の超高齢社会では社会保障制度の持続にもかかわる問題として重要視されています。  65歳以上の女性において、介護が必要となった原因として、最も多いものは認知症ですが、次いで、脳血管疾患(脳卒中)、骨折および転倒があげられます。脳血管疾患は動脈硬化症、そして骨折は骨粗しょう症が原因となります。それらは女性においては、閉経後に急速に増悪することが知られています。 (2)女性の動脈硬化症  女性ホルモンであるエストロゲンは、動脈硬化を抑える方向に働いています。悪玉コレステロールであるLDLコレステロールは、50歳未満では女性は男性よりも低値ですが、50歳を過ぎると上昇し、男性よりも高値になります。中性脂肪も同様に、50歳以降に上昇します。  動脈硬化の予防、すなわちコレステロールや中性脂肪が高くならないようにするためには、適切な食事や運動などの、生活習慣改善が主体となります。さらに、血液検査の結果によっては、薬物療法の開始も検討する必要があります。 (3)骨粗しょう症  骨の強度が弱くなり、骨折をしやすくなる疾患を、骨粗しょう症といいます。骨の強度は、おもに骨密度で決まります。骨密度は女性ホルモンであるエストロゲンと関係しており、閉経してエストロゲンが分泌されなくなると、急激に低下します。そのため、骨粗しょう症は圧倒的に女性に多い疾患です。80歳以上の女性の6割以上が骨粗しょう症であるという報告もあります。  骨粗しょう症は、それ自体はなんの自覚症状もありませんが、高齢になってから転倒した際に骨折をすると、そのまま寝たきりとなる原因になります。骨粗しょう症になっているかどうかを知るには、骨密度を計測するしかありません。骨粗しょう症検診は、40〜70歳の女性に5歳刻みで実施している自治体が多いです。しかしその受診率は非常に低く、2022年の調査では5.5%であったといいます※6。まずは、更年期に入ったら骨密度を測定しましょう。  骨粗しょう症と診断されたら、早めに治療を開始することも重要です。現在さまざまな骨粗しょう症治療薬が使用されており、医師と相談して適切な治療法を選択してください。先に説明したHRTは、骨量増加や骨折リスク減少の効果もありますので、更年期の女性の場合は選択肢になります。 5 更年期以降の女性の健康課題への企業における対応  現時点では日本国内において、企業で更年期障害やそれ以降の女性の健康課題に、どう対応すべきかについての明確な指針はありません。しかし、更年期障害やそれ以降の女性の健康課題、そして仕事に与える影響について、当事者だけでなく、上司や同僚など周囲の人々の双方が知識を得る機会を持つことが、最初の一歩となるでしょう。そして相談しやすい環境をつくったうえで、適切な治療を受ける機会を与えることが重要であるといえます。  不調に悩む当事者が、テレワークなどを適宜取り混ぜられるようにすることも効果的であると感じています。また、更年期障害を含むさまざまな疾患に対し、治療が必要になった際には、通院しやすいよう、お互いにサポートし合える環境があるとよいでしょう。フレキシブルな勤務体制を、女性だけでなくみんなが享受できるように、検討することも望まれます。 6 おわりに  女性の人生は、初経を迎えたときから閉経後まで、女性ホルモンの変動に翻弄されています。また女性ホルモンに守られていた臓器は、閉経後にはトラブルを起こしやすくなります。  更年期障害や更年期以降の健康トラブルに対し、まずその存在を知り、適切な健診とセルフケアを行ったうえ、必要に応じて治療を行うことが、仕事のパフォーマンスを向上させ、日々を健やかに過ごすことにもつながると考えます。 ※1 経済産業省「健康経営のさらなる発展に向けて」(2018) https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/award_panel1_meti.pdf ※2 NHK、JILPT、一般社団法人女性の健康とメノポーズ協会、特定非営利活動法人POSSE による共同企画「更年期と仕事に関する調査」(2021) ※3 経済産業省「女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について」(2024) https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/jyosei_keizaisonshitsu.pdf ※4 日本産科婦人科学会教育・用語委員会報告「本邦女性の閉経年齢について」に関する委員会提案理由.日産婦誌47:449-451,1995 ※5 厚生労働省「令和4年版厚生労働白書」(2022) ※6 公益財団法人骨粗鬆症財団「検診者数及び各都道府県の骨粗鬆症検診率」(2022) 図表1 女性のライフサイクルと女性ホルモンの変動 エストロゲン プロゲステロン 小児期 思春期 性成熟期 閉経 更年期 ※筆者作成 図表2 更年期とそれ以降の女性に推奨されるセルフケア ●(喫煙していれば)禁煙 ●食生活の見直し  骨粗しょう症予防  カルシウム、ビタミンD、ビタミンK、マグネシウム、ビタミンC、ビタミンBなど  脂質異常症予防  食物繊維や青魚を摂取、動物性脂肪やアルコールの摂取を減らす ●運動  有酸素運動とレジスタンス運動(筋力トレーニング)の組み合わせ ●睡眠 ●ストレスケアとしてのリラクゼーションヨガ、マインドフルネスなど ※筆者作成 図表3 平均寿命と健康寿命の差(2019年) 男性 平均寿命 健康寿命 8.73年 女性 平均寿命 健康寿命 12.06年 女性において健康寿命を短縮させる原因 1.認知症 2.脳卒中 3.骨折・転倒 ※厚生労働省「令和4年版厚生労働白書」(2022)を基に筆者作成 【P19-22】 事例1 セカンドキャリア形成も醸成する女性活躍支援と、高齢期向け健康診断 株式会社ファンケル(神奈川県横浜市) 65歳からは「アクティブシニア社員」年齢上限なしの雇用制度を導入  株式会社ファンケルは1980(昭和55)年に個人創業し、1981年に設立された化粧品および健康食品の研究開発・製造・販売会社。化粧品による肌トラブルが社会問題になっていた時代に無添加化粧品の普及・開発に取り組むとともに、栄養補助食品を「サプリメント」の呼称で世間に定着させ、青汁・発芽米など健康志向のニーズに応えた商品を提供。「世の中の不安や不便などの『不』を解消したい」と掲げた企業理念のもと、進取の気概を持って成長してきた企業である。  研究、製造、企画から販売までを自社で行う「製販一貫体制」が強みのファンケルには、幅広い職域があり、また、創業時から工場や配送部門において多くの女性が活躍してきた。  管理本部人事部人事企画グループ課長の和田(わだ)聡美(さとみ)さんは、「当社で長く働いている社員に、いままでつちかったスキルや経験を引き続き発揮してもらいたいという期待から、2017(平成29)年にアクティブシニア社員制度を導入しました」と話す。  「アクティブシニア社員制度」は、65歳以上の人材を対象とした1年契約の時給制で、雇用の年齢上限を設けず、本人の希望と会社の要望があれば何歳まででも働くことができる。週4日勤務や1日5時間勤務など、勤務日数や時間については希望に沿った柔軟な働き方が可能だ。2024(令和6)年10月末時点で27人のアクティブシニア社員が在籍しており、女性が20人、男性が7人となっている。64歳まで所属していた部署で引き続き勤務するケースが大半で、バックオフィスであるお客さまの返品交換対応の伝票処理、品質保証部門などのほか、役職経験者も活躍している。最高年齢者は77歳だ。  また、アクティブシニア社員制度を導入した3年後の2020年には、正社員の定年を60歳から65歳に延長した。設立から40数年の比較的若い会社であるため、これまでごく少数しか定年到達者は出ていなかったが、人員構成から次第に定年到達者が増えることを見すえて、かねてより定年制度の見直しを検討していたという。それまでは60歳定年後の5年間は再雇用の嘱託社員、65歳からアクティブシニア社員に雇用形態を変更していたが、現在は65歳の定年を迎えた後はアクティブシニア社員に切り替わる。  「現在、60〜65歳の社員は50人程度です。今後はこの層がさらに増えていきますし、同時にアクティブシニア社員も増えていきます。いまはまだ人数が少ないなかで運用しているので、人数が増えたときにどういう課題が出てくるのかは引き続き注視していきます」(和田さん) 手厚い両立支援策により復帰率100%出産・育児休暇をブランクにしない風土  同社は女性社員の比率が高く、全体の約3分の2を占めており、女性管理職の比率は49%と、日本有数の女性活躍企業である。その要因の一つが、仕事と育児の両立を支援する制度の充実だ。例えば、育児時短勤務は子どもの小学校卒業まで適用可能なうえ、18歳になるまで月額1万円の手当が支給され、看護休暇も法定より多く取得できる仕組みがある。  「創業当時から女性社員が多い状況は変わっていません。当初は個人創業だったので、近くに住んでいる女性たちを頼りに事業を行っており、女性の活躍なしには会社の成長はなかったという歴史があるので、女性活躍推進に向けて、早い段階からさまざまな制度を導入してきました」(和田さん)  女性が出産・育児をきっかけに退職するケースは一般的に珍しくないが、ファンケルでは手厚い仕事と育児の両立支援制度の活用が浸透しており、「退職することはほぼない」と和田さんは明言する。  「出産・育児休業の取得はもちろん、復帰した後も時短勤務があたり前という文化ができています。そのため、社員の定着率も非常に高くなっています。また、仕事と育児を両立しながら活躍する女性管理職の比率も高くなっています」(和田さん)  休職者が所属するグループの運営は、業務内容にもよるが、派遣社員を活用して補充したり、組織内での人員配置を見直して対応している。  「それで100%すべてが対応できるかといえば必ずしもそうではないので、対応できない場合は人員が欠けた状態でグループを運営していくことになります。この場合、欠員をカバーして全員で目標を達成したら、加点として評価し賞与に紐づける仕組みをつくっています」(和田さん)  このように、報酬に絡めて欠員の不平等感を払拭し、精神的な負担を軽減する工夫に取り組んでいる。 女性活躍をテーマに研修を実施し多様な考えに触れ自身の不安を払拭  多くの女性が活躍し、その活躍を支援するための仕組みを数多く導入している同社だが、特に女性活躍推進研修などによるアプローチをしてきたわけではないという。創業当時から女性が多く、女性管理職も意識して増やしてきたのではなく、結果として高い比率となっていたそうだ。しかし、2年前、「女性の役職者向けに女性活躍について考える場を設けてはどうか」と研修を実施することになった。研修の目的は、女性のなかにもさまざまな価値観があることを知り、「自分らしい」リーダー像を描けるようになることだ。  研修には31〜59歳までの87人が参加し意見交換を実施。忌憚のない意見が飛び交い、「グループにおいて自分ががんばって耐えるという気持ちがある」と自己犠牲を払っていると感じている人や、「自分のあり方はこうでなくてはいけない」と「あるべき姿」に固執する辛さを吐露する人、「子どもが小さく手がかかる間は子育てを優先したい」と考えるなど、それぞれの立場から、さまざまな意見があがった。  これにより、さまざまなバックグラウンドと考え方を持った女性管理職がいることが明らかとなり、参加者した女性役職者たちはこの結果を受け、お互いの環境の違いを認め合い、交流と結束を深める場になったという。また、管理職だからといって男性と同じ働き方をする必要はなく、もちろんほかの女性管理職と同じでなくてもよく、一人ひとりが自分の考えを持って自己実現を達成するという目標を共有できる機会になった。  女性活躍をテーマにした研修は、個々の不安を吐露するなかで参加者同士が気づきを得て、自分の考えを肯定するに至り、キャリア形成に対する不安の軽減・解消につながる機会となっている。 研修にてアクティブシニア社員が女性視点のセカンドキャリアを語る  キャリア研修については女性に限定せず、年代別に研修を実施している。そのうち50歳以降を対象にした研修では、60歳以降のキャリア、あるいは正社員を退職した後も含めた長期視点でのキャリアを考えるプログラムを実施した。その際、アクティブシニア社員が登壇し、自身の正社員時代のキャリアの積み重ね方をはじめ、何を達成したか、アクティブシニア社員に切り替わってからの変化、雇用形態が変わってから留意した点、周囲との関係性の変化について語ってもらっている。  「受講者である50代社員のなかには、定年後も引き続き働きたいと考える社員が多くいました。アクティブシニア社員は時給制ですので、フルタイムでも短時間勤務でも個人の希望が柔軟に反映されるため、正社員のときよりも、仕事と仕事以外とのバランスが柔軟にとれるような設計になっています」(和田さん) 高齢女性特有の健康管理に対し健康診断の項目を追加しフォロー  60歳以降も活躍してもらうために、女性の健康課題対策にも力を入れている同社では、社内に「健康支援室」という組織を設け、6人の保健師がファンケルの社員として常駐しており、そのうち5人が女性である。幅広い医療の専門知識を活かし、グループ会社含めて約3000人の社員の健康管理、心身の健康における保持増進の役割をになっている。  女性特有の心身の悩みについても、間に人や情報を介さず直接保健師に相談できるシステムを導入しており、デリケートな内容を他者に知られず、安心して健康相談ができると好評だ。  さらに、2024年からは、40〜70歳までの女性社員を対象に骨密度検査の項目を健康診断に追加した。骨密度の低下により骨折を引き起こす骨粗しょう症は、閉経後、女性ホルモン分泌の低下にともない骨量が急激に減少するため、男性より発症しやすい。そのほか、女性のためのがん検診などもすでに実施している。  美容と健康の分野を扱うだけに社員個々の健康意識も高いが、会社として女性に長く元気に働いてもらうための健康サポートは手厚く、フォローアップ体制をつねに整備している。 物流一筋のプロ人材。役職を経験後アクティブシニア社員として活躍  アクティブシニア社員の多くは、所属する部署の業務に長年たずさわってきた人たちなので、そこで蓄積した知見や経験は会社にとって非常に大きな財産と認識されている。そのなかの一人、管理本部物流部関東物流センターに所属する松丸(まつまる)よし江(え)さん(66歳)は、36歳で入社したときから物流部門一筋。発送にかかわる仕事全般を経験し、勤務先の物流センターが立ち上がったときから事業にたずさわってきた。おもに通信販売の出荷管理を担当し、本社の営業部門から届く出荷指示や問合せに対応。提携する配送会社ならびに出荷現場との調整を行っている。  「出荷現場では指示通りに動くのではなく、気づきを持って声をあげてほしいと常々口にしてきました。届いた声をもとに、設定の修正や指示の変更を行うことで、お客さまにきちんとした荷物を届けることができます。出荷繁忙期に、お客さまから『商品の到着が迅速だった』、『梱包の状態がきれいだった』という声を聞くとうれしいです」(松丸さん)  入社した際はちょうど子育ての真っ只中だったが、家族の協力を得て仕事との両立を図ってきた。現在は週5日、フルタイムで勤務している。  「朝から晩まで働きたい思いがあります。もう子どもも成人しているので手間がかかりません。上司に恵まれ、自分がやりたいと思うことをやらせてもらえたことがキャリアのうえでは大きかったです。挑戦してそれが身になって、成功したときの喜びがありました」(松丸さん)  56歳のときに課長に昇進し、定年までセンター長を務めた。「マネジメント業務にも全力で取り組んできただけに、定年で役割が変わった際は寂しさを感じました」と話す松丸さん。その後も勝手を知る物流部門で知見を活かして発送の現場を支えている。ふり返れば「あっという間の30年間」だったという。  「最近は年齢的なこともあって、若いころや管理職時代に比べると、体力などが落ちてきていることを感じることはあります。自分の子どもと同じくらいの年代の同僚に、自分の経験をうまく伝えられたらよいなと思って仕事をしています。体が元気なうちはがんばって働き続けたいです」(松丸さん)  いずれは時短勤務を活用することを考えており、「本当にこの会社が好き」といってはばからないファンケルで働き続ける意向を示した。  和田さんは最後に、「人事部に異動してから、外部の企業を知る機会があり、当社と比較してみると、当社ではあたり前となっている文化や制度が、外部ではあたり前ではないことにあらためて気づきました。当社の理念は『不の解消』で、全社的に理念は浸透しており、社員は『“不”に対してもっと何かできるはず』という軸でさまざまなことを考えています。美と健康を事業の軸にしている会社ですので、社員である自分自身がいつまでも美しく健やかであることを体現していくために、社員の高齢期の働き方、健康対策も含めて、今後も取り組んでいきます」と力強く話してくれた。  出産や育児において休みやすく復帰しやすい仕組みに加えて、高齢期の健康管理支援が、女性のキャリア形成と会社への愛着を生み、定年後も長く活躍する人材の育成につながっているファンケル。  社会課題である女性活躍推進を難なく実現し、女性の高齢期における雇用についてロールモデルを育成しつつある同社の取組みから、ますます目が離せない。 写真のキャプション 管理本部人事部人事企画グループ課長の和田聡美さん アクティブシニア社員の松丸よし江さん 【P23-25】 事例2 働き方の選択肢を広げ生涯現役で活躍できる職場づくりを推進 株式会社東横(とうよこ)イン(東京都大田区) 女性管理職比率の高さNo.1 ホテル支配人は90%以上が女性  株式会社東横インは、1986(昭和61)年に東京都大田区蒲田(かまた)に「東横INN」1号店をオープン。以来、「清潔・安心・値ごろ感」をコンセプトにビジネスホテルのスタンダードを構築し、多くの利用者に親しまれ、日本最大級の客室数を有するホテルチェーンに成長した。2024(令和6)年9月現在、国内外で計355店のホテルを運営しており、総客室数は、7万8000室超にのぼる。企業使命に「あらゆる人の移動を応援する基地となる」を掲げ、全国同一レベルのサービスの維持・向上に努めており、2024年6月には、国内333店の「東横INN」において、経済産業省が創設した、サービス品質を見える化するための規格認証制度「おもてなし規格認証『紺』認証」を取得している。  2024年9月時点の社員数は、正社員3805人、パート社員1万2543人。創業当初から女性が多く、正社員の約75%、パート社員の約81%が女性である。さらに、黒田(くろだ)麻衣子(まいこ)社長をはじめ、リーダーシップを発揮して活躍する女性が多いことも同社の特徴だ。厚生労働省が公表している「女性管理職比率の高い企業ランキング※」によると、同社の「女性管理職比率(課長級以上)」は96.8%で、従業員5001人以上の企業のなかで第1位である(2024年11月1日時点)。  年齢構成に目を向けると、正社員における60歳以上の社員は2.4%(98人)だが、現場のパート社員では、32.5%(4401人)が60歳以上となっている。  同社では2024年4月に就業規則を改定し、正社員・パート社員の定年を60歳から65歳に延長した。定年後は1年ごとに更新の継続雇用で、正社員・パート社員いずれも年齢上限なく働くことができる。ただし正社員の場合、定年以降は嘱託社員となり、賃金は月給制。パート社員の場合は時間給となる。  執行役員・管理本部総務部長の平賀(ひらが)幸浩(ゆきひろ)さんは、65歳への定年延長と年齢上限のない継続雇用制度について、「当社では、60歳定年以降もほとんどの社員が継続して働いているほか、ホテルでは80歳を超えても元気に働いている人も多いという当社の実態に合わせたものです」と説明する。 支配人、フロント、客室清掃などあらゆる場面で女性が活躍  同社では、支配人、フロント、メイク(客室清掃)などさまざまな業務で、女性が活躍している。  きっかけは、1986年開業の1号店の支配人に、たまたま女性を起用したことだったという。ホテルの仕事は未経験という50代の女性だったが、見事に期待に応えてくれたそうだ。このことが、現在のホテル運営の起点となった。管理本部総務部担当部長の植松(うえまつ)青哉(せいや)さんは、「きめ細かい応対や施設をきれいに保つこと、温かい雰囲気づくり、作業の効率化などにおいて、そういったことが得意な人の力が活かせる仕事だと考えています」と女性の積極的な登用に取り組む意図を語る。 1年間の研修制度に加え、悩みごとを相談できる機会もつくる  同社の黒田社長は、「日本一女性が働きがいのある職場をつくること」を目標に掲げており、仕事と子育ての両立を図るための制度を手厚くするなどして、2022年には「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」に基づく優良企業として、「えるぼし」認定で3つ星を取得している。  また、採用と育成について、例えば支配人は、性別や年齢だけでなく、ホテルで働いた経験の有無を問わず、さまざまな経験を重視して中途採用を行っており、特に30〜50代前半くらいまでの女性を採用することが多いという。  展開するホテルでは、それぞれが一つのチームという考え方のもと、支配人はそのリーダーとして、スタッフの採用・教育・指導・勤怠管理、信頼関係の構築など、チームで協力し合う職場環境づくりが求められる。さらに、ホテル施設の管理、収支管理、数値分析、地元へのPR活動など、運営に関するすべてを任せられている。  そのため、ホテル支配人の育成は、支配人候補として入社後、次の流れで行われる。 @本社において「スタートアップ研修」(2カ月間、基礎研修と店舗研修を行い、ホテルの仕事すべてを経験する)の受講 Aその後、支配人として着任し、6カ月間は新人支配人のサポートのための「ひよこクラブ」の一員として、毎月1回本社に集合し、悩みや問題点の解決を図る Bその後も「ベーシック研修」(6カ月間)を毎月1回受講し、支配人業務についてより理解を深める。この間、資格取得など自らスキルアップに励み、特に簿記3級は支配人の必須資格で、取得のための費用は会社が負担する  このように、研修中は東京の本社に毎月通うというハードな日々となるが、研修講師は支配人が務めており、先輩として、新支配人の悩みごとなどの相談にものる。  また、支配人は全国12エリアと韓国に分かれ、月一回「エリア会議」を行っており、支配人同士で情報交換や好事例の共有、課題解決などの話合いを通して、悩みも相談できる場となっている。また、「委員会」という仕組みがあり、各委員会にエリアを代表する支配人が参加しており、委員会活動を通じて、予算や清掃、人事管理の仕組みなどの新しい知識を身につけたり、会社全体に影響を及ぼしたりする活動も行っている。  研修制度やこうした支配人同士でのコミュニケーションにより、切磋琢磨する環境があることも、働き続けるうえで大きな支えになっている。 支配人は65歳で退任、その後は研修講師など多様な場所で活躍  支配人は重責であり、24時間365日稼働するホテルのリーダーとして、心身にかかる負担の大きさなどを考慮して、だれもが65歳で退任することとしている。  退任後は、支配人の経験を活かして、フロント研修センター講師をはじめ、リクルーターなど、本社やグループ会社を含めて多様な仕事に就いて活躍し続けている。  「配属先は、本人の希望と特性、勤務場所などをふまえて決めています。65歳を迎える支配人は今後増えていきますので、グループ会社での活躍も含めて、より多様な配属先を考えていきます」と平賀総務部長は今後を見すえて語る。 短時間勤務の「RMS」を導入 両立支援にも有効  一方、パート社員はほとんどの場合、65歳以降もそれまでと同じ業務を続ける。メイクやパントリー(朝食準備)は採用時から年齢の高い社員が多く、女性の最高齢者は、朝食づくりを担当している89歳のパート社員。男性の最高齢者は90歳で、駐車場管理に就いている。  ベッドメイクや、客室・浴室の清掃では、腰をかがめたり、熱湯を使用したりする作業を短時間で効率よく行う必要があり、熟練者はかけがえのない存在だという。しかし、高齢になり体力の低下を感じる社員もいることから、本人の希望で担当客室数を減らす「プラチナコース」という働き方が選べる制度を導入しているほか、担当客室を持つ社員をサポートする役割の「ルームメイクサポーター職(RMS)」も設け、負担を減らしながら働き続けることができる環境を整えている。  また、パート社員は、働く時間帯や勤務時間を柔軟に選ぶことが可能で、1日の勤務は最短3時間から選ぶことができる。「入社後は3時間の勤務から始めて、慣れてきたら時間を増やすことも可能です。体力的に負担を軽減したい人、家庭と仕事の両立を図りたい人などが利用しやすいよう、柔軟性を持たせています。現場はシフトを組むのがたいへんになりますが、長く働き続けられる制度として、よりよいものにしていきたいです」と植松担当部長は話す。 健康と安全の確保に向けて現場の声を聞き、よりよい職場へ  女性がリーダーとして活躍し、定年後も継続して働くことを希望する社員が多い職場風土は、どのようにして築かれてきたのだろうか。顧客満足推進本部ブランド戦略部の菊地(きくち)真鈴(まりん)さんは、「就職活動をしていたとき、社長が女性であることから、『女性がリーダーシップを発揮できる会社なのだ』と思いました。実際に入社すると女性管理職が多く、その活躍する姿を見てきたので、女性が管理職になることをごく自然なことと受けとめています。産休・育休、育児のための時短勤務はあたり前で、“お互いさま”の気持ちでサポートできる組織になっていることも大きなポイントだと思います」と語ってくれた。  平賀総務部長は、「性別や年齢で制限をせず未経験でも歓迎してきたこと、リーダーシップややる気を重視して採用に取り組んできたこともよかったのだと思います」と採用活動における姿勢をあげる。  今後は、高齢になる社員も増えていくことから、健康と安全の確保がより重要になるという。清掃作業などについては、将来的にロボットの導入も視野に入れて研究を重ねているが、お客さま対応をはじめ、朝食準備など、社員が行う作業を大切にしていることから、現場の声の把握に努めながら、今後も社員にとって働きがいのある働き方や職場環境を追求していく構えだ。 ※ https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/ranking 写真のキャプション 平賀幸浩総務部長(後列左から3人目)、植松青哉総務部担当部長(後列右)、菊地真鈴さん(前列右から3番目)と管理本部総務部のみなさん。本社でも多くの女性社員が活躍している 【P26-28】 資料 内閣府『令和6年版 男女共同参画白書』より  内閣府では、男女共同参画基本法に基づき年次報告書である『男女共同参画白書』を毎年発行しています。本稿では、2024(令和6)年6月に公開された『令和6年版男女共同参画白書』特集「仕事と健康の両立〜全ての人が希望に応じて活躍できる社会の実現に向けて〜」より、中高年女性の就業に関係する項目を抜粋し紹介します(編集部)。  ※前略 (1)我が国の人口構造の変化  現在の社会保障制度・日本型雇用慣行が形作られた昭和時代と現在とでは、社会の人口構造が大きく変化している。我が国の総人口は、平成20(2008)年をピークに減少が始まっているが、生産年齢人口(15〜64歳の人口)は平成7(1995)年をピークに減少しており、今後は更に大きく減少していくことが予測されている。就業者の構成も大きく変化し、就業者数における男女差は小さくなっている。また、昭和55(1980)年時点では女性は20代前半、男性は30代前半にあった就業者数のピークが、令和2(2020)年時点では、男女ともに40代後半となるなど、就業者の年齢構成も変化している(図表1)。 (2)就業状況の変化 (労働力人口比率と正規雇用比率)  かつて、我が国の女性の年齢階級別労働力人口比率は、結婚・出産期に当たる25〜29歳及び30〜34歳を底とするM字カーブを描いていたが、令和5(2023)年時点では、M字はほぼ解消し、20代から50代まで台形に近い形を描いている。  一方、正規雇用比率をみると、女性は男性と比べて正規雇用比率が低く、男性は20代後半から50代まで7〜8割で台形を描いている一方、女性は25〜29歳の59.4%をピークとし、年代が上がるとともに低下する、L字カーブを描いている(図表2)。  女性の正規雇用比率の推移を年齢階級別にみると、平成の前半までは、正規雇用比率のピークが20〜24歳にあり、平成4(1992)年時点で59.3%となっていた。その後、就職氷河期にピークが低下するとともに、大学進学率の上昇などを背景に25〜29歳に移動した。25〜29歳の正規雇用比率は平成14(2002)年時点では41.8%となっており、その後、しばらく40%台で推移していたが、平成24(2012)年以降、20代から40代を中心に正規雇用比率が上昇し、令和4(2022)年時点では61.1%となっている。  一方、男性は、就職氷河期に正規雇用比率のピークが若干低下したものの、その後大きな変化はなく78〜79%台で推移し、年齢階級別にみても、台形を描いている(図表3)。  一方、出生コーホート別に、世代による変化をみると、近年は出産・育児によるとみられる女性の正規雇用比率の低下幅は小さくなっており、ほぼ全ての年代で、以前に比べ、高水準で推移している。この状況が続けば、今後も女性の正規雇用比率の高まりが期待される。 ※中略 (3)育児・介護の担い手の変化  ※中略 (家族の介護)  家族の介護をしている者は、令和4(2022)年時点で629万人で、10年前の平成24(2012)年時点(557万人)と比べ、71万人増加している。  就業状況別にみると、家族の介護をしている無業者が10年間で2万人減少している一方、有業者は74万人(女性48万人、男性26万人)増加しており、男女ともに介護をしながら働く者が増加している。  年代別にみると、男女ともに50代以上が多いが、特に50代以上の女性が家族の介護をしている者の半数を占めている。  団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に差し掛かりつつあることから、夫や妻、親の介護をする者が増えてきているものと推測される。  ※中略 (出産・育児、介護による離職)  過去1年間(令和3(2021)年10月〜令和4(2022)年9月)に前職を辞めた者について、離職理由別にみると、「出産・育児のため」とする者は、女性14.1万人(女性離職者のうち4.6%)、男性0.7万人(男性離職者のうち0.3%)、「介護・看護のため」とする者は、女性で8万人(女性離職者のうち2.6%)、男性で2.6万人(男性離職者のうち1.1%)となっている。  離職理由別の過去1年間の離職者の推移をみると、「出産・育児のため」とする離職者は減少している一方、「介護・看護のため」とする離職者は横ばいから増加傾向にある。  働きながら介護をするというワーキングケアラーの時代が到来している。今後の更なる高齢化や生産年齢人口の急減予測を踏まえると、介護離職は大きな問題である。また、介護離職は企業にとっても大きな損失であるため、仕事と介護が両立できるように取り組んでいく必要がある。そのためには、介護をしながらも、介護だけにとらわれず、自らの希望する生き方を実現できる環境や支援体制の整備が極めて重要である。ここでも柔軟な働き方への支援が求められる。  一方、「出産・育児のため」、「介護・看護のため」を理由とする離職者は、いずれも女性の割合が高く、今後、高齢化が進展していく中で、就業継続のために更なるサポートが望まれる。  前述のとおり、我が国の現状は、いわゆる「M字カーブ」の問題は解消に向かっているものの、「L字カーブ」の存在に象徴されるように、様々なライフイベントに際し、キャリア形成との二者択一を迫られるのは、依然として多くが女性であり、その背景には、長時間労働を前提とした雇用慣行や女性への家事・育児等の無償労働時間の偏り、それらの根底にある固定的な性別役割分担意識などの構造的な課題が存在している。 図表1 人口構造の変化(男女、年齢階級、就業状況別・15歳以上) 昭和55(1980)年 (万人) 85歳以上 80〜84歳 75〜79歳 70〜74歳 65〜69歳 60〜64歳 55〜59歳 50〜54歳 45〜49歳 40〜44歳 35〜39歳 30〜34歳 25〜29歳 20〜24歳 15〜19歳 令和2(2020)年 (万人) 男性/就業者 男性/非就業者 女性/就業者 女性/非就業者 (備考)1.総務省「国勢調査」より作成。 2.令和2(2020)年は、「令和2年国勢調査に関する不詳補完結果」を用いている。 3.非就業者=当該年齢階級別人口−就業者。なお、昭和55(1980)年の「非就業者」には、労働力状態「不詳」が含まれている。 図表2 就業状況別人口割合(男女、年齢階級別・令和5(2023)年) (%) 女性 15歳以上人口:5,696万人 労働力人口:3,124万人 15〜19歳 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65歳以上 役員 正規の職員・従業員 非正規の職員・従業員 自営業主 家族従業者 従業上の地位不詳 完全失業者 労働力人口比率 正規雇用比率 3.0 40.6 59.4 49.5 41.5 38.2 37.1 34.0 30.2 17.5 18.7 3.5 22.8 76.6 88.2 82.6 80.1 82.1 83.2 80.7 76.4 65.3 男性 (%) 15歳以上人口:5,321万人 労働力人口:3,801万人 15〜19歳 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65歳以上 役員 正規の職員・従業員 非正規の職員・従業員 自営業主 家族従業者 従業上の地位不詳 完全失業者 労働力人口比率 正規雇用比率 4.2 40.8 72.8 76.5 78.6 79.2 79.1 76.9 73.7 45.0 10.2 19.1 74.5 94.0 95.4 96.1 95.9 95.7 94.8 93.9 86.8 34.8 (備考)1.総務省「労働力調査(基本集計)」より作成。 2.労働力人口比率は、当該年齢階級人口に占める労働力人口(就業者+完全失業者)の割合。 3.正規雇用比率は、当該年齢階級人口に占める「役員」及び「正規の職員・従業員」の割合。 図表3 正規雇用比率の推移(男女、年齢階級別) 女性 15〜19歳 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65歳以上 昭和57(1982)年 昭和62(1987)年 平成4(1992)年 平成9(1997)年 平成14(2002)年 平成19(2007)年 平成24(2012)年 平成29(2017)年 平成4(1992)年 59.3 令和4(2022)年 61.1 平成14(2002)年 41.8 男性 15〜19歳 20〜24歳 25〜29歳 30〜34歳 35〜39歳 40〜44歳 45〜49歳 50〜54歳 55〜59歳 60〜64歳 65歳以上 昭和57(1982)年 昭和62(1987)年 平成4(1992)年 平成9(1997)年 平成14(2002)年 平成19(2007)年 平成24(2012)年 平成29(2017)年 平成4(1992)年 85.6 平成14(2002)年 80.8 令和4(2022)年 79.0 (備考)1.総務省「就業構造基本調査」より作成。 2.正規雇用比率は、当該年齢階級人口に占める「役員」及び「正規の職員・従業員」の割合。 【P29】 日本史にみる長寿食 FOOD 373 柚子は木になる“風邪薬” 食文化史研究家● 永山久夫 香り高い柚子 昔は、たいがいの家の庭先に、柚子が植えてあり、柚子のしぼり汁をいろいろな料理に用いたものです。  柚子はミカン科の仲間で、初夏に香りの強い白い花をつけ、初冬のころに実を結びます。秋に出回る柚子は、まだ青い実ですが、10月を過ぎると黄色くなります。  この黄色い外皮は、香りがよいので、薄くそいで汁物の吸い口などにします。  また、柚子の中身をくり抜いて、中に和え物や魚介類を詰め、柚子釜にして、季節料理として楽しみました。  そのほかにも、浅漬けや湯豆腐、吸い物などに、柚子の皮を添えて香りを楽しめます。 柚子湯で風邪予防  日本人は、古くから柚子のしぼり汁に砂糖を加え、お湯を注いで柚子湯をつくり、寒い日などに飲用して、風邪予防に役立ててきました。柚子にはビタミンCが豊富に含まれるため、免疫力が強化されるのです。  寒い東北地方では、木になる「風邪薬」と呼び、どこの家の庭にも植えられていました。私も、雪の降る東北の生まれで、小学生のころは、学校から帰ると、冬は毎日のように柚子湯を飲まされました。  おかげさまで、あまり風邪もひかず、現在92歳になりました。自宅の庭先に柚子の木が2本植えてあり、冬になると黄色い柚子がたくさん実をつけます。いまでも、この柚子で柚子湯を飲んでおり、風邪をひいたことがありません。 美味なのは柚子味噌  柚子味噌は、柚子の皮をみじん切りにし、しぼり汁といっしょに味噌などを混ぜ、甘めに整えていき、フライパンなどで加熱しながら練りあげていきます。  新米ごはんにのせて食べると、とっても食が進みます。お茶漬けにすると、3、4杯は軽く平らげてしまいます。風邪の季節を前に、柚子をしっかり食べて、インフルエンザなどに対する免疫力を強化していきましょう。 【P30-31】 新連載 偉人たちのセカンドキャリア 歴史作家 河合(かわい)敦(あつし) 第1回 社会改良に心血を注いだセカンドキャリア 板垣(いたがき)退助(たいすけ) 明治維新を戦い抜き政府要職へ63歳で政界から引退  歴史人物のなかには、功成遂げてから悠々自適の晩年を送らず、まったく違ったセカンドキャリアを過ごす人物も少なくありません。そこで今回からは意外な後半生を送った偉人たちを紹介していきます。  板垣退助は自由民権運動のリーダーとして知られ、かつては百円札の肖像でしたので、その容貌を思い出せる方も多いと思います。暴漢に襲われたとき「板垣死すとも、自由は死せず」と叫んだという逸話も有名ですね。  退助は1837(天保8)年、土佐藩士乾(いぬい)正成(まさしげ)の長男として高知城下に生まれ、幕末になると、藩の上士武士でありながら郷士(下級武士)と結んで倒幕派の中心となり、戊辰(ぼしん)戦争では土佐軍を率いて抜群の活躍をしました。そのため新政府から永世禄千石を下賜(かし)され、幼なじみの後藤(ごとう)象二郎(しょうじろう)とともに政府の参議になりました。けれど1873(明治6)年、征韓論(朝鮮を武力で征伐するという主張)に敗れ、薩摩の西郷(さいごう)隆盛(たかもり)らと下野(げや)(辞職)します。  翌年、退助は下野した参議たちと民撰議院(国会)設立の建白書を政府へ提出、有司(一部の人々)専制を批判します。この主張は人々に感銘を与え、自由民権運動のきっかけとなり、やがて退助は日本初の政党・自由党を創設して総裁(党主)となり、政党内閣を目ざして薩長藩閥政府と激しく対立しました。  日清戦争後、自由党は伊藤(いとう)博文(ひろぶみ)に近づき、第二次伊藤内閣で退助は内務大臣を務めますが、その後袂たもとを分かち、大隈(おおくま)重信(しげのぶ)の進歩党と合同して憲政党をつくり、1898年、同党を背景に組織された第一次大隈内閣で、退助は副総理格として内務大臣に就任します。しかし数カ月後、与党内不一致で同内閣は瓦解してしまいました。  このころから退助は、党利党略による醜い争い、政治家の金権体質、ひどく解散を恐れる代議士など、政治の世界に愛想を尽かすようになり、翌1899年に引退を表明しました。63歳でした。  ただ、その後に悠々自適な人生を送ったわけではありません。社会改良運動に力を注いでいったのです。 政界引退後、社会のさまざまな問題を解決するための活動をスタート  翌1900年2月、退助は西郷(さいごう)従道(じゅうどう)(隆盛の弟)と中央風俗改良会を立ち上げ、従道を会長に自分は副会長として社会改良運動を始めました。この運動は、家庭の改良、自治体の改良、公娼の廃止、小作や労働者の待遇改善といった、社会のさまざまな問題を解決して日本をよりよくしようという幅広いものでした。  退助は、社会をよくするためにはまず家庭の改良に着手することが必要だといいます。  「家庭は人類の共同生活の第一段階で、人は家庭のなかで智徳を養成し、社会の一員として活動することができるからだ。ところが日本の家族制度は家父長制という封建制度の悪しき風習が残っており、家族はずっと家長に絶対服従を強いられてきた。これはまるで、専制国家の君主と人民の関係だ。すでに我が国では立憲制が確立されている。その仕組みを家庭にも取り入れ、個人の自由を加味するなどして家長は家族を立憲制下の国民のように取り扱う必要がある」※1  そう語っています。さらに退助は、第二段階として自治体の改善も主張します。  「自治体は老年組、中年組、青年組の三組織で構成し、村から不良者が出たときは同年齢集団でこれを矯正し、争いも各集団で仲裁する。それでも治まらないときは三組織の連合会を開いて解決すべきだ。また、自治体は常に基金を蓄え、内部の貧者や困窮者に対して救護すべきだ」※2と述べています。  退助はこうした独自の考え方を各地で講演し、積極的に新聞取材にも応じ国内に広めて行こうと努め、1903年には風俗改良会の機関誌『友愛』を創刊します。  翌年、日露戦争が勃発し、戦死者や負傷兵も膨大な数に上りました。退助は兵士の遺族や身体に障害を負った兵士を支援する活動も積極的に展開していきました。  1907年、退助は850人の華族(元大名・公卿(くぎょう)、維新の功労者の家柄)に自分の意見書を送りました。華族という名称をなくし、爵位の世襲を廃止すべきだというものでした。退助は書面で意見に対する賛否を問いましたが、回答したのは37人。賛同者はそのうち12人でした。  退助は皇室を除いて、国民一般の間に階級という垣根を設けることは四民平等の理念に反すると考えており、華族(爵位)が世襲されることに疑問を持っていました。退助は、刑罰が子孫に及ばないのと同様、爵位の恩典も子孫に及ぼすべきではないとして「一代華族論」を主張、天皇と国民のあいだに華族という特権階級をつくれば、両者の間に溝をつくることになると非難しました。  さらに退助は、小作人の保護、公娼の廃止をとなえ、女性犯罪者の子どもを保護する施設を支援し、目の不自由な人から職を奪わぬよう、健常者が按摩(あんま)になることを禁止すべきだと主張しました。  ユニークなのは「米麦官営論」です。国民の常食である米や麦が投機の対象として価格が変動しているのを憂い、国が米麦を管理して国民に安く提供し、生活の心配を取り除くべきだと主張したのです。労働者のストライキについても、労働者の正当防衛だと擁護しています。ただ、暴力に訴えることには反対しました。 私財を投げ打って社会改良運動に後半生を注ぐ  人間平等や弱者に優しい社会をつくろうとした退助でしたが、社会主義や共産主義には賛同しませんでした。社会主義は無競争を生みだし、個人の才能や特技を発揮することができず、勤勉な人を怠け者にする考え方だと断じています。個人間や集団間での競争こそが、人類を進歩・向上させるのだという信念を持っていたのです。  功成り遂げた人間が、余暇と財産を持てあまして慈善事業に走るケースがありますが、退助の場合は単なる金持ちの道楽ではありませんでした。社会改良運動では己のもてる財産、賜金、寄付金などすべてを投げ出して活動しています。このため家屋敷も手放し、晩年住んでいたのは竹内(たけうち)綱(つな)からもらった屋敷でした。部屋が20以上もある大邸宅ですが、金がないので手入れもできず、すべての部屋が雨漏りするほどだったそうです。  このように退助は後半生、ほとんど政党とかかわりを持たず、社会改良会の総裁に就き、もっぱら社会問題の解決に後半生を注いだのです。  1919(大正8)年7月16日、退助は83歳で没しました。生前、一代華族論をとなえて世襲制に反対していたため、その子・鉾太郎(ほこたろう)は、亡父の遺志を継いで爵位を受けませんでした。 ※1・2 板垣(いたがき)守正(もりまさ)編『板垣退助全集』(原書房)より 【P32-35】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第150回 栃木県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 長く元気に働く高齢社員を追いかけ、雇用上限年齢を再度引上げへ 企業プロフィール 滝沢ハム株式会社(栃木県栃木市) 創業 1918(大正7)年 業種 食肉および食肉加工品の製造・販売 社員数 671人 (60歳以上男女内訳) 男性(98人)、女性(74人) (年齢内訳) 60〜64歳 87人(13.0%) 65〜69歳 63人(9.4%) 70歳以上 22人(3.3%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員70歳まで継続雇用。最高年齢者は事務職の76歳  関東地方北部に位置する栃木県は、四方を福島県、茨城県、群馬県、埼玉県に囲まれた内陸県で、首都圏に位置する地理的優位性もあり、バランスの取れた産業活動を展開しています。  JEEDの栃木支部高齢・障害者業務課の大原(おおはら)秀洋(ひでひろ)課長は、県の産業と支部の取組みについて次のように説明します。  「半世紀以上にわたり生産量が日本一のいちごが有名ですが、そのほかにも多くの農産物が全国上位を占め、地域性豊かな農業生産を展開しています。一方で、多様な工業製品を製造する『ものづくり県とちぎ』として、自動車産業をはじめとする製造業も盛んです。また、世界遺産である『日光の社寺』をはじめ、自然豊かな観光地の那須・塩原、益子焼に代表される伝統工芸品など、魅力的な観光資源に恵まれ、国内外から多くの観光客が訪れています。  相談・助言活動では、業種や規模を問わず、各企業において社内の高齢化・人手不足が顕著ですが、まず改正高年齢者雇用安定法のポイントをご理解いただいたうえで、個別の事情に応じた定年・継続雇用制度の改善提案を行うように心がけています」  同支部で活躍するプランナーの一人、島田(しまだ)忠彦(ただひこ)さんは中小企業診断士の資格を活かし、11年間にわたってプランナーを務めています。朗らかで笑顔を絶やさず、「一般企業を中心に訪問していますが、まれに医療、福祉、教育法人を訪問し助言も行っています。そこでは違う知見を得ることもでき、充実したプランナー活動を行っています」と語り、やわらかな物腰でさまざまな分野の事業所を訪問しています。  今回は、島田プランナーの案内で、「滝沢ハム株式会社」を訪れました。 栃木県を代表する老舗食肉加工会社  滝沢ハム株式会社は1918(大正7)年、食肉加工会社として創業、1950(昭和25)年に株式会社を設立。おいしさと品質を追求して、一手間、二手間かけたていねいなものづくりを貫き、1976年にヨーロッパの権威ある食肉加工コンテストで日本初の金メダルを受賞。以来、数々のコンテストで200個以上の金メダルを獲得してきた、いわば「ハムの金メダリスト」です。  同社の商品は、スーパーやコンビニエンスストアのほか、全国展開する飲食チェーン店にも供給されています。人事部長の鈴木(すずき)昌子(まさこ)さんは、「お肉のおいしさを特長に、日本の食肉文化をさらに豊かにし、おいしさでは日本一を目ざしています。また、地元栃木県の自然や美味しい水に恵まれた地理的優位性を活かして、地方の魅力ある会社の一つでありたいと考えています」と語ります。 希望者全員70歳までの継続雇用制度を導入  同社では、定年60歳、希望者全員65歳、基準該当者70歳までの継続雇用制度がありましたが、2023(令和5)年に制度を改定し、希望者全員70歳までの継続雇用制度を導入しました。60歳を過ぎると、なかには退職を希望する人が出てくるものの、健康であればごく自然な成り行きで70歳まで働く人が多い実態もあり、制度改定に至ったそうです。  「60歳、65歳、70歳のタイミングで人事部面談を実施する際、とても元気で仕事にやりがいを持っている社員が多くいました。人手不足のなかやる気のある人材が退職してしまうのはもったいないと考えており、希望者全員継続雇用の年齢上限を70歳に引き上げました。最近では60歳を超えてから入社する方も増えています。まだまだ60代は働ける年齢ですし、高齢社員のみなさんが『仕事に来るのが楽しい』といってくれるのは、とてもうれしいですね」(鈴木部長)  工場では60歳以降もフルタイム勤務で、水曜日と日曜日が休みというのが基本的な働き方になりますが、時短勤務希望者などもおり、そういった要望には個別に対応しています。  同社にはこれまで、島田プランナーを含め2人のプランナーが訪問しています。いずれも実態に合わせた定年年齢の引上げと継続雇用制度の導入を提案したそうです。希望者全員70歳までの継続雇用への改定後、同社をあらためて訪問した島田プランナーは、「現状に留まることなく、70歳以降の継続雇用制度の導入に前向きであることが確認できたので、企業内外の多様なステークホルダーにとって有効かつ納得感のある制度を導入するための課題整理や創意工夫点などについて、具体的なアドバイスをしました」と話します。  同社における高齢社員が働きやすい仕組みの一つが、水曜日と日曜日が休みなこと(工場の場合)。水曜日が休みのため、病院への定期的な通院がしやすい環境となっています。社員の健康管理について、特別な取組みは行っていないそうですが、自ずと高齢社員が規則正しい生活を送り、健康を維持するのに寄与している様子がうかがえます。  また、高齢社員に期待する役割の一つとして、若い世代への技術伝承があげられます。同社では、技能実習生と特定技能実習生の合わせて90人以上の若いベトナム人が活躍しています。若手社員と技能実習生に仕事のコツを教えているのが高齢社員をはじめとしたベテラン社員です。特にベトナムでは高齢者を敬う文化があるそうで、両者が互いによい関係を築いています。  そこで、高齢社員や技能実習生が働きやすいように、掲示物を大きくし、ベトナム語を交えわかりやすい内容にあらためるなど、だれもが働きやすい職場環境づくりに努めています。  また、2011(平成23)年から本社内に保育園を創設して社員のお子さんを預かっており、近年は社員の家族が里帰り出産をした際などの「孫預かり」にも対応しているそうです。  今回は、製造部門で元気に働くお二人にお話をうかがいました。 体を動かす仕事が天職の明るいムードメーカー  板垣(いたがき)一枝(かずえ)さん(75歳)は、51歳のときに知人の紹介で同社に入社しました。「とにかく体を動かすことが好きでこの仕事は本当に合っています」と笑顔で話します。  板垣さんは、入社当初からローストビーフの製造を担当しています。作業のポイントは、真空機に入るギリギリの大きさを見きわめ、真空包装に空気が入らないよう傷(穴)がないか素早く確認することだそうです。扱う肉は一個あたり3kg以上で、体に負担がかからないよう、力の入れ具合を模索し工夫してきました。日々体のケアをして、仕事に備えています。  安全面にも細心の注意を払っており、「機械の調子が悪いときは無理に作業を続けないことが大切です。若い世代はつい無理をして行動することがあり危ないので、必ず機械を止めるよう注意しています」と話します。  同社で長く働き、作業の多くを知っているからこそ、周りの様子が気になるとのこと。いまの若い世代は、厳しい言葉は受け入れられないこともあるので、伝え方に苦慮することもあるそうです。  レ・ヴァン・クエンさん(35歳)は、板垣さんを「おばさん」と呼んで慕う特定技能実習生です。「ベトナムでは高齢の人は仕事をしません。日本に来てみんな元気に働いているからびっくりしました。おばさん(板垣さん)はわからないことがあるとていねいに教えてくれるのでとても助かっています」と笑顔で話してくれました。  「とにかく元気で明るい板垣さんは職場のムードメーカーです。『明るく声をかけてくれるので仕事が楽しい』と話す同僚の声をよく聞きます」(鈴木部長)  板垣さんは「職場のみんなは仲間ですし、毎日会えるのが楽しいです。あと数年はがんばります」と充実した表情を見せていました。 若手と二人三脚で商品開発する元料理人  調理師免許を持つ上野(うえの)修司(しゅうじ)さん(68歳)は、50歳で同社に入社する前は、洋食店の料理人でした。やりがいはあったそうですが、土・日曜日や祝日は休めず、家族との時間を大切にしたいという理由で同社に転職。「いまは家族と過ごす時間が増えて満足しています」と話します。  入社後、肉処理・整形の部門を経て、現在は惣菜製造課で、商品開発部門からの依頼に基づいて商品を考案しています。「味つけやメニューづくりは上野さんの技術によるところが大きい」(鈴木部長)というほど重要な役割をになっています。  「前職のような洋食店の調理場なら1日につくる料理は多くて50食程度ですが、工場ではその10倍、100倍と量が多いのでたいへんです。工程を工夫して量産に対応しています」(上野さん)  上野さんから指導を受けたことがある管理課係長の茂木(もてぎ)翔也(しょうや)さん(30歳)は、「上野さんは技術があるだけでなく、謙虚な人柄でやさしい方です。私が入社1年目にゴミの処理で他部署の課長に叱責された際、上野さんが間に入って収めてくれました。そのときのことは忘れられません」とふり返ります。  惣菜製造課で上野さんとコンビを組む小野口(おのぐち)聖輝(まさき)さん(25歳)は、「高い調理技術があるだけではなく、試食をすると味に何が足りないかなどすぐにわかったりと、見習うべきところがたくさんあります」と全幅の信頼を寄せています。  二人のコンビネーションは抜群で、なんでも相談し合って進めています。上野さんの味つけに小野口さんが若い感性で意見をしながら着地点を探したり、小野口さんが業務スケジュールを組む際にも、上野さんにアドバイスをもらったりしているそうです。  65歳を超え体力の低下を感じることなどもあり、小野口さんに相談し業務量を調整することも。以前は残業することもありましたが、いまは小野口さんに任せて定時に帰宅しているそうです。  取材時には、板垣さんと上野さんのほか、「レジェンド」と呼ばれる高齢社員の名前が何人も上がりました。「65歳で退職したものの、卓越した技術を持つことから業務委託で働き続けている人など、当社にはそういうレジェンドがたくさんおり、会社を支えてくれています。継続雇用の年齢上限を70歳に引き上げたところですが、75歳への引上げも検討が必要ですね」と鈴木部長はさらなる雇用延長の可能性について示しました。  島田プランナーは「すでにすばらしい取組みを展開されていますが、さらによい取組みが見られそうですね」と今後に期待を寄せていました。 (取材・西村玲) 島田忠彦 プランナー アドバイザー・プランナー歴:11年 [島田プランナーから] 「自身が、経営者、従業員、外部コンサルタントという三つの立場を経験してきたことを活かして、多様な視点からのアドバイスを心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆栃木支部高齢・障害者業務課の大原課長は島田プランナーについて「ていねいなヒアリングにより課題を的確に把握した提案は、各事業所における雇用制度改善に向けた検討につながっています。コンプライアンスや情報管理にも気を配って活動しており、支部が信頼を寄せるプランナーの一人です」と話します。 ◆栃木支部高齢・障害者業務課は、JR 宇都宮駅から北西へ約5km、バスで約20分の住宅街に立地する栃木職業能力開発促進センター内にあります。近隣にはとちぎ福祉プラザ、栃木県障害者スポーツセンター、栃木県立聾学校など、さまざまな福祉関連の施設があります。 ◆同県では、7人のプランナーが活動し、事業所訪問を実施しています。2023(令和5)年度は304事業所を訪問し、101件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●栃木支部高齢・障害者業務課 住所:栃木県宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 電話:028-650- 6226 写真のキャプション 栃木県栃木市★ 本社社屋 鈴木昌子人事部長 ローストビーフの製造の一翼をになう板垣一枝さん(左)とレ・ヴァン・クエンさん(右) 惣菜部門で商品開発にたずさわる上野修司さん(中央)、小野口聖輝さん(右)、管理課の茂木翔也さん(左) 【P36-37】 第99回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは  寺澤防子さん(85 歳)は、定年退職後に産業用ろ過機の開発・製造会社を立ち上げ、いまも現場の第一線に立つ。本職はもちろん、地域の環境保全の取組みや民泊の運営など、周囲が驚くほど精力的に活動している。  「生涯現役」という言葉がだれよりも似合う寺澤さんが、日々の活力の源を語る。 株式会社テラサワ 代表取締役 寺澤(てらさわ)防子(ほうこ)さん 「夢」を追いかけて夢中で歩いた日々  私は埼玉県秩父郡(ちちぶぐん)横瀬町(よこぜまち)に生まれ、85歳になったいまも生まれ故郷で元気に過ごしています。6歳のときに終戦を迎えましたが、横瀬も空襲があり、敵機が飛んでくると橋の下に隠れたことなどを鮮明に覚えています。地元の中学校を卒業して県立秩父高等学校に入学。当時高校に進む女性は数少なかったです。高校は普通科でしたが、じつは中学生のころから建築士になることを心に決めていました。きっかけとなったのは自宅を改築したときに出会った大工さんの存在でした。モノをつくる人の粋な姿に魅了されて、大工さんの後をついて回ったものです。夢を実現するために、図面の勉強も独学で始めて、中学校を卒業するころにはT定規を使って図面が書けるようになっていました。  高校を卒業した年は就職難でしたが、やりたいことが決まっていた私はだれよりも早く就職先が見つかり、小さな建築事務所に入社しました。ところが会社の評判が芳(かんば)しくなく早々に退職することになりました。数カ月間は家事を手伝っていましたが、高校の先輩がキヤノン電子株式会社の前身である株式会社秩父(ちちぶ)英工舎(えいこうしゃ)を紹介してくれました。生産技術部門の女性が結婚退社するため欠員が出ているとのことでした。すぐに入社できるかと思ったら、5人も応募があり、いま思い出してもつらくなるほど何度か実技試験と面接が行われました。  終戦から10年しか経っていないころ、ものづくりに憧れた少女がT定規を駆使して大きな図面と格闘している姿を思わず想像した。女性の職業として社会的な認知度も低かったに違いないが、想像のなかの寺澤さんは笑顔がはじけていた。 上司の言葉を宝物にして  縁あって入社が決まったものの、生産技術部門の欠員とはいえ、前任者は庶務担当であったため私にも庶務の役割が求められました。いわゆるお茶汲みや男性の補助といった仕事です。生意気盛りの私は怖いもの知らずで、「自分は技術の仕事がしたい」、「現場に出たい」と庶務の仕事を断りました。結局、庶務の仕事もこなすことを条件に、念願の生産技術部門に就くことができました。そのうち時代は大きく動いて1964(昭和39)年に、キヤノン電子株式会社と社名が変更になり、キヤノンのカメラが爆発的に売れ始めると、カメラの心臓部をつくっていた会社は多くの人材を採用、生産技術部門にも女性が数名入社してきました。新しい時代の到来に、力づけられたことを覚えています。  自分から望んだ仕事ですから、生産技術部門のエンジニアとして男性と互角の仕事をしてきたつもりです。辛いこともありましたが、会社に行きたくないと思った日は一日もないくらい仕事が好きでした。ふり返れば、「お茶汲みだけの仕事は嫌だ」と、よくいったなあと思います。まだまだ女性の地位が低かった時代に、定年まで自らが望んだ生産技術の分野で働き続けられたことに感謝しています。  思えば周囲の人に助けられました。私を面接して採用してくれた次長は無口で有名な人でしたが、私が入社して3カ月ほど経ったときに「僕が選んだ人に間違いはなかった」と声をかけてくれました。日ごろ口数が少ない人だけに言葉がとても重く感じられ、私の宝物になりました。  定年後、会社を立ち上げた寺澤さんは、かつての同僚などシニア世代の仲間たちに「一緒に働かないか」と声をかける。人と人のつながりを何より大切にすることが会社発展の近道であることを、寺澤さんは42年の勤務のなかで学んでいたのだ。 水循環型社会への貢献を目ざして  1999(平成11)年に60歳で退職後、二つの会社から声をかけていただき、環境保持などの仕事にかかわらせてもらいました。新しい出会いにいろいろ刺激を受けるなかで、不思議なことに働いていない自分はまったく考えられず、気がついたら「株式会社テラサワ」を起業していました。  おもな事業内容は産業用ろ過機の開発・製造です。簡単にいえば、ろ過装置を使って自動車や重機などの工場の汚濁液を再生し、水の循環型社会を下支えしたいという考えから起業した会社です。前職時代、工場で発生する大量の汚濁液の処理に頭を悩ませる方々をたくさん見てきました。自分がつちかってきた知識と技術を役立ててお世話になった地域に貢献したいという思いがありました。幸運だったのは会社を立ち上げて3年目に、全国に販売網を持つNOK株式会社から「膜式ろ過機」を譲渡されたことでした。会社はにわかに忙しくなり、高い技術を持った人材の確保が急務となりました。頭に浮かんだのが、かつて一緒に仕事をしたシニア世代の技術者です。私もそうですが、多くの技術者は定年を迎えた後も、自分の技術を活かして世の中の役に立ちたいと考えています。会社のコンセプトをていねいにお話しするなかで共感してもらい、4人の技術者が入社してくれました。カメラの開発や事務機のメンテナンスを手がけてきた腕が、いま水循環型社会の構築を目ざしています。 故郷で生涯現役を果たせる幸せ  現在会社は私を入れて5名の陣容ですが、全員が65歳以上で、一人ひとりがそれぞれ重要な部分をになっています。  そして、だれもが長く働き続けるためにも、働き方の工夫をしています。勤務時間は月曜から木曜日は朝8時から15時まで、金曜日は8時から正午までです。明るい時間に帰宅できるので「平日も時間を有効に活用できる」との声が聞こえてきます。  生涯現役を貫くには仕事だけではなく、やはり仕事以外にも活躍できる場所があるかどうかが大切だと私は思います。  私は会社勤務のころ、地域のために何か行動することはまったくありませんでした。秩父に生まれ育ちながら秩父の魅力について考えたこともなかったのです。いま時間を取り戻すかのように二つのNPO法人に入って活動しています。「秩父の環境を考える会」では設立後まもなくから広報を担当、「秩父丸ごと博物館」の活動では秩父の歴史的、文化的魅力を発信しています。  加えて、私は自宅で民泊を運営しています。ひょんなことから始めたのですが、根底には秩父のよさを世界の人に知ってもらいたいという願いがあります。今朝も台湾のお客さまに食事をサービスし、秩父駅に送ってから出勤しました。体がいくつあっても足りないほど忙しい毎日ですが、故郷で生涯現役の日々を過ごせる喜びは何物にも代えがたいものであり、この道を今日も笑顔で歩いていこうと思います。 【P38-41】 新連載 加齢による身体機能の変化と安全・健康対策  高齢従業員が安心・安全に働ける職場環境を整備していくうえでは、加齢による身体機能の変化などによる労働災害の発生や健康上のリスクを無視することはできません。そこで本連載では、加齢により身体機能がどう変化し、どんなリスクが生じるのか、毎回テーマを定め、専門家に解説していただきます。第1回のテーマは「腰痛」です。 OHサポート株式会社 代表/産業医 今井(いまい)鉄平(てっ平ぺい) 第1回 職場における「腰痛」の予防と対策 1 はじめに  高齢従業員においては、加齢にともなう筋力や柔軟性の低下など、腰痛リスクが高まりやすい状況にあります。  今回は、加齢による身体機能の変化、それによる腰痛の発生リスク、そして高齢従業員の腰痛予防対策に向けて、事業者に求められる安全・健康対策(作業管理・作業環境管理・健康管理)について解説します。 2 加齢による身体機能の変化  高齢者特有の健康課題に関して、以下にあげるような加齢による機能低下をまず考える必要があります。なお、高齢者の健康状態は個人差が大きいことが特徴となります。 ・感覚機能(視力、聴力、皮膚感覚、目の薄明順応) ・平衡機能 ・疾病への抵抗力と回復力 ・下肢筋力 ・柔軟性 ・速度に関する運動機能(動作調節能力) ・精神機能(記憶力や学習能力)  これらに対して、あまり低下しない機能には、手や上腕の筋力、筋作業持久能力、分析と判断能力、計算能力などがあります。さらに、長年蓄積してきた豊富な経験、知識と卓越した技術、慣れた業務であれば正確に遂行できるといった優れた点も多く認められます。  女性従業員においては、骨粗しょう症についても注意が必要です。骨量は、20代から40代後半まで、あまり変化しません。しかし50代以降は、エストロゲンの分泌が閉経によって減少し、新しい骨をつくるよりも古い骨を壊す働き方のほうが活発になるため、何もしなければ骨量はどんどん減っていきます(図表1)。 3 腰痛について  腰痛には、ぎっくり腰(腰椎ねん挫など)、椎体骨折、椎間板ヘルニア、腰痛症などがあります。職場における腰痛は、特定の業種のみならず多くの業種および作業においてみられ、休業4日以上の業務上疾病として2023(令和5)年には6132件の発生を認めており、新型コロナウイルス罹患を除くと業務上疾病として最も多いものとなっています※。さらに、腰痛は労働生産性の低下と関連する重大な要因となることも示唆されており、各職場における腰痛予防対策はきわめて重要といえます。  腰痛の発生要因は動作要因、環境要因、個人的要因、心理・社会的要因に分類されます。これらのうち、単独の要因だけが腰痛の発生に関与することは稀で、いくつかの要因が複合的に関与しているとされています。 ・動作要因……重量物の取扱い、人力による人の抱上げ作業、長時間の静的作業姿勢(拘束姿勢)、不自然な姿勢、急激または不用意な動作 ・環境要因……振動、温度、床面の状態、照明、作業空間・設備の配置、勤務条件など ・個人的要因……年齢および性、体格、既往症および基礎疾患 ・心理・社会的要因……仕事への満足感や働きがいが得にくい、上司や同僚からの支援不足、職場での対人トラブルなど 4 加齢にともなう腰痛発生リスク  下肢筋力の低下により重量物を持ち上げるときの負担が大きくなる、柔軟性の低下により無理な姿勢を取りやすくなるなど、加齢にともない腰痛リスクが高まることが考えられます。また、平衡機能や動作調節能力の低下により転倒リスクが高まり、転倒した際に受け身などの体勢がとりづらいことなども、転倒による腰痛リスクを高めることにつながります。さらに、外傷を受けた際の回復力の低下や骨粗しょう症による骨折のしやすさが加わることで、腰痛災害が重症化・長期化する懸念もあります。 5 職場における腰痛予防対策  腰痛の発生要因は複数存在することから、単独の予防対策だけでは、また、個別的に各予防対策を行うのでは、腰痛の発生リスクを効果的に軽減するのはむずかしいとされています。このため、事業者が中心となり、職場で総合的な腰痛予防対策を講じていくことが重要といえます。2013(平成25)年に厚生労働省から公表された「職場における腰痛予防対策指針」では、このような総合的な腰痛予防対策のために事業者や労働者が取り組むべきことがまとめられています。具体的な予防対策は「作業管理」、「作業環境管理」、「健康管理」の三つに分類されます。以下、分類別に取組みのポイントを示します。 ■作業管理 ・自動化、省力化  重量物取扱い作業などの腰部に著しい負担のかかる作業については、作業の全部または一部を自動化することが望まれます。それがむずかしい場合は、運搬物の軽量化、台車などの適切な補助機器や道具を導入するなどの省力化を行うことが求められます。 ・作業姿勢、動作  作業者が自然な姿勢で作業対象に正面を向いて作業できるように、作業台などを適切な高さと位置に設置するとともに、十分な作業空間を設置することなどがあげられます。また、不自然な姿勢を取らざるを得ない場合も、前屈の角度やひねりの程度を小さくするとともに、不自然な姿勢を取る頻度と時間を少なくする工夫が求められます。 ・作業の実施体制  作業者の年齢・性別・体格・体力なども考慮して、作業密度・作業強度・作業量などが個々の作業者ごとに過大になりすぎないよう配慮することが重要です。 ・作業標準  おもな作業動作・作業姿勢・作業手順・作業時間などを盛り込んだ作業標準の策定も、腰痛防止に必要な対策の一つです。その際、必要に応じてイラスト(図表2)や写真なども活用して、具体的な内容にすることが大事です。 ・休憩・作業量、作業の組合せなど  各作業間に適切な長さと頻度の休憩を取り、腰部の緊張を取り除くことが大事です。また、不自然な姿勢を取る時間が多い作業や、姿勢の拘束や同一作業の反復が多い作業では、ほかの負担が少ない作業と組み合わせるなどして、負担がかかる一連続作業時間をなるべく短くすることも求められます。 ・靴、服装など  転倒などの事故を防ぐために、作業用の靴は滑りにくいものを使うこと、また、作業服は適切な姿勢や動作を妨げることのないように、伸縮性のあるものを使うようにすることが大事です。 ■作業環境管理 ・温度  気温が低すぎると腰痛が悪化したり、発生しやすくなるため、寒冷時の屋内作業場では適切な温度環境を保つこと、冬季の屋外作業では、保温のための衣服を着用させるとともに、適宜、暖が取れるように休憩室などに暖房設備を設けることが望まれます。 ・照明  照度不足で足もとや周囲の安全が確認できないと、腰痛の原因となる転倒や階段のふみ外しなども招く危険があります。このため、作業場所・通路・階段などで、適切な照度を保つことも重要です。 ・作業床面  転倒・つまずき・滑りなどのリスク低減のため、作業床面はできるだけ凹凸・段差が少なく、滑りにくいものとすることが望まれます。 ・作業空間や設備、荷の配置など  不自然な作業姿勢・動作を避けるため、十分な作業空間を確保することが大事です。作業場そのものが整理整頓されておらず、雑然と物が置かれている状況だと、作業・移動の妨げとなるため、作業開始前に十分な作業空間を確保しておくことが求められます。また、作業場を日ごろから整理整頓しておくことで、転倒防止にもつながります。 ■健康管理 ・腰痛予防体操  職場で腰痛予防体操を実施し、腰部を中心とした腹筋、背筋、殿筋等の筋肉の柔軟性を確保し、疲労回復を図ることが重要です。腰痛予防としてはストレッチングを主体としたものが望ましく、作業開始前・作業中・作業終了後などが実施のタイミングとなります。ストレッチングは床や地面に横にならずとも、作業空間、机、いすなどを活用して手軽に行うことができます(図表3)。  効果的にストレッチングを行うポイントとして、以下があげられます。 @息を止めずにゆっくりと吐きながら伸ばしていく A反動・はずみはつけない B伸ばす筋肉を意識する C張りを感じるが痛みのない程度まで伸ばす D20秒から30秒伸ばし続ける E筋肉を戻すときはゆっくりとじわじわ戻っていることを意識する F一度のストレッチングで1回から3回ほど伸ばす ・労働衛生教育  腰痛予防のための労働衛生教育を従業員に対して実施することも大事です。職場における腰痛予防対策指針では、@腰痛の発生状況および原因、A腰痛発生要因の特定およびリスクの見積り方法、B腰痛発生要因の低減措置、C腰痛予防体操を項目に盛り込むことが推奨されています。それに加え、女性従業員向けには骨粗しょう症予防に関する内容として、バランスのよい食事や、骨に適度な負荷をかける(骨をつくる細胞を活性化する)運動習慣に関する啓発を行うことも効果的でしょう。 ・職場復帰時の措置  腰痛は再発する可能性が高い疾病です。腰痛による休業者の職場復帰の際は、重量物取扱いなどの腰部に負担のかかる業務の免除など、腰痛発生に関与する要因を排除・低減し、休業者が復帰時に抱く不安を十分に解消することが大事です。また、休職に至らずとも、腰痛の訴えや既往症を把握した場合には、必要に応じて作業方法の改善・作業時間の短縮・作業環境の整備などの配慮を行うことが求められます。 ・心理・社会的要因への対応  上司や同僚の支援、腰痛で休業することを受け入れる環境づくり、腰痛による休業からの職場復帰支援、相談窓口をつくるなどの組織的な取組みが重要です。 6 おわりに  本稿では、加齢による機能低下にともなう腰痛発生リスク、そしてその予防対策として労働衛生の三管理(作業管理・作業環境管理・健康管理)を中心に述べてきました。高齢従業員に向けた対策を行うことで、だれにとっても働きやすい職場環境づくりにつながることと思われます。ぜひ各事業所で率先して対策に取り組みましょう。 【参考文献】厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」2013 ※ 厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(令和5年)」 図表1 年齢にともなう骨量の変化 骨量 男性 女性 女性ホルモン 成長期 閉経 骨量の急激な減少 骨粗鬆症の範囲 出典:『骨粗鬆症 検診・保健指導マニュアル第2版』ライフサイエンス出版(2014) 図表2 作業姿勢の例 好ましい姿勢 好ましくない姿勢 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013)より編集部作成 図表3 腰痛予防体操の例 事務機材を利用した上半身のストレッチング 20〜30秒間姿勢を維持し、1〜3回伸ばします 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針及び解説」(2013)より編集部作成 【P42-45】 知っておきたい 労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第78回 定年後の職務発明に関する紛争、年俸決定の裁量権 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 退職した元従業員が発明した特許には、利用料相当額を支払わなければならないのですか  定年で退職した従業員が、自分が発明した特許を会社が使用しているとして、その利用料相当額の請求をしてきました。たしかに、定年に至るまで開発や研究にかかわる業務を行っていた従業員ではありますが、会社の設備などを利用していた開発や研究の成果に対して、個人的な利益を求めてくるとは想定外です。会社は、利用料相当額を支払わなければならないのでしょうか。 A  会社で職務発明規程を定めているか、また、その規程を定めた経緯などを確認する必要があります。会社の職務として行ったものであれば、支払いは不要である可能性が高いですが、一定程度の補償金を支払わなければならない可能性もあります。 1 職務発明制度  職務発明とは、会社の従業員が行った発明について、その特許を受ける権利や特許権を会社に帰属させるための制度です。現在ある課題を解決するような発明は、社会の発展のために有意義ですが、発明者にそのすべての権利が帰属するとすれば、会社としてはその研究や開発のための投資を行う意欲が失われます。他方で、従業員である発明者になんらの報酬もないとすれば、従業員にとっても発明の意欲が湧きません。  そこで、特許法第35条が、性質上使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその使用者等における従業者等の現在または過去の職務に属する発明を「職務発明」と定義し、会社と労働者の利益を調整しています。職務発明に対して、どのような取扱いを行うかについては、図表のように大きく分けて三つの選択肢があります。なお、2015(平成27)年の改正以降は、このような取扱いとなっていますが、それ以前の場合には、若干取扱いが異なることがあります。  そもそも、職務発明について、合意や規則を定めるか否かについても使用者が任意に選択することができるほか、特許権をどのような方法で使用者に帰属させるかという点も異なります。ただし、特許権を使用者に帰属させる場合、使用者は発明者に対して相当の利益を与える必要があり、在籍中ではなく、定年などの退職後に請求を受ける場合や会社に相当な経済的利益を生じさせた特許権の帰属についての紛争が生じることがあります。 2 裁判例の紹介  従業員が在籍中に行った発明に関する特許権について、職務発明に該当するものとして会社が特許権を出願して登録したことに対して、定年退職した従業員が、種々の紛争を生じさせた事案があります(東京地裁令和6年9月26日判決)。長年にわたり、さまざまな手続きが行われていますが、過去には職務発明に対する相当な利益の支払いを求める請求が行われたほか、最終的には、特許権が自らに帰属することの確認を求めて訴訟を提起しており、また、これらの手続きに要した費用について使用者に対して損害賠償の請求を行いました。  当該事件の会社では職務発明に関する規程が定められており、職務発明に該当する場合には、会社が承継するものと定めるとともに、会社が必要ないと認めた場合には従業員に特許権が残るとされていました。この規定は、図表のAとして整理した事前承継に該当する規定と評価されました。そして、従業員が行った発明は、使用者の業務範囲に属し、かつ、発明者の職務にも含まれるものであることから、職務発明に該当するものと判断されました。  問題として残るのは、相当な利益の支払いを行っていないことになりそうですが、当該事案における職務発明の規程においては、特許権を承継するにあたり、協議や意見の聴取、相当な利益の支払いを要件としていないことを理由に、発明者であった従業員に特許権が帰属するという主張を排斥しています。  仮に、職務発明規程において、相当な利益を与えたことを特許権が移転する要件として定めていた場合には、相当な利益を与えていないかぎりは移転しないという結論になっていた可能性を否定できません。  なお、相当な利益の決定方法については、使用者と従業員との間で行われる協議の状況、策定された基準の開示状況、相当な利益の内容の決定について行われる従業員からの意見聴取の状況を考慮して定めるものとされています(特許法第35条第6項)。特許庁が定めるガイドラインにおいては、相当な利益の算定について基準を策定するにあたり、従業員との協議、基準の開示、具体的な意見聴取方法を定めている場合には、当該基準の内容を尊重して相当な利益を定めるものとされています。また、相当な利益には、金銭以外にも留学機会の付与や昇進や昇格、特別休暇の付与なども考慮されるものとされています。  したがって、開発や研究に資するような設備や、そのほかにも相当な利益として考慮されるような要素があれば、追加で相当な利益を与えなければならない可能性は低く、従業員との協議により定めた算定基準を開示しており、それに従っているかぎりは、追加の支払いまでは不要になることもあります。 3 特許以外の知的財産権  特許権を獲得するような事業活動がない場合には、関係がないと思われるかもしれませんが、類似の状況は著作権でも生じることがあります(著作権法第15条)。  著作権法では、使用者の発意に基づき従業員が職務上作成する著作物について、法人が自己の著作の名義のもとに公表するもの(プログラムの著作物については、公表不要)は、「職務著作」として、契約、勤務規則その他別段の定めがないかぎり、使用者に原始的に著作者として著作権が帰属するものとされています。特許法とは異なり、契約や規則がなくとも職務著作であるかぎり使用者に帰属する点や相当な利益の付与は求められていない点は異なります。  しかしながら、職務発明規程がなければ、特許権は使用者に帰属しないことがあり、使用者として知的財産権全般を管理することを意図する場合には、職務発明のみならず、職務著作の帰属先などについてもあわせて整理しておくことが適切でしょう。  職務著作に関しては、相当な利益を与えることが必須ではないものの、職務発明規程を定めるにあたっては、各種の知的財産に関する相当な利益の算定基準を定めておくことによって、後日の紛争を回避することに資するため、従業員と協議のうえ、就業規則と同様に開示を行っておくという取扱いをスタンダードにしておくことが重要でしょう。 Q2 年俸制の場合、評価に基づき年俸を減額しても問題はないのでしょうか  当社では、裁量の範囲が大きい業務を取り扱っている労働者について、年俸制を採用しており、年度ごとに前年度の業務成果などを考慮して、年俸を決定してきました。このたび、業務成果に応じて、年俸の減額を伝えたところ、これに労働者が反対してきました。会社が年俸を一方的に減額することに問題はあるのでしょうか。 A  年俸制に関する評価基準や決定手続きが合理的に定められており、減額に対する不服申立手続きが用意されていることなどが確保されている場合であれば、減額の合意に達することができなかったとしても、使用者の裁量を逸脱・濫用しないかぎり、減額することは可能と考えられます。ただし、減額の幅について限界を定めておくことが望ましいでしょう。 1 年俸制について  年俸制とは、賃金の全部または相当部分を、労働者の業績などに関する目標の達成度を評価して年単位で設定する制度などと定義されており、単純に労働時間における労務提供が行われるかどうかだけをもって賃金を決定するわけではないということが前提とされています。なお、年功序列による賃金体系を維持しつつ、年収のことを年俸といい換えている場合もありますが、その場合は年俸制としての特徴はほとんどないものになります。  本来の年俸制を採用する使用者において想定しているのは、毎年の業績評価を通じて年俸の増減を行うことによって、目標達成へのインセンティブを確保することにあります。増額される場合には労使間で紛争になることは想定しがたいところですが、日本の労働法制においては、たとえ年俸制であるとしても、賃金の減額を行う際には紛争が生じやすく、減額を有効に行えるのか問題となることがあります。  なお、減額以外の観点からは、年俸制といえども、年に一度まとめて支給するのではなく、毎月1回以上の定期払いが必要であることから12回以上に分けて、少なくとも月に一度は賃金を支給することは必要となります。 2 年俸制と時間外割増賃金  年俸制が、時間に応じるよりも、業績に対する達成度で評価する側面を有していることから、基本的には年俸制は専門性が高く、労働時間の管理がなじまない業務を行っていることが多く、時間外労働による割増賃金の適用が除外される管理監督者や高度プロフェッショナル制度の適用対象者、専門業務型や企画業務型の裁量労働制の対象者との相性がよいものです。  他方で、これらの制度の対象ではない一般の労働者に年俸制を適用し、年俸に時間外割増賃金を含めて合意しているという主張がなされることがあります。過去の判例では、勤務医に対して年俸1700万円を支給していた事例において同趣旨の主張をした事件では、年俸の金額のうち時間外労働割増賃金に相当する額が判別可能ではないという理由で、別途時間外割増賃金の支払いが必要とされた事例があります(最高裁平成29年7月7日判決、康心会事件)。したがって、たとえ年俸制であったとしても、通常の賃金の合意と同様の取扱いをするということが、日本の労働法における基本的な考え方となっているといえるでしょう。 3 年俸の減額  仮に、年俸制であっても賃金と同様の取扱いとなるとすれば、原則として、労働者の自由な意思による同意がなければ、減額ができないという結論にもなりそうです。しかしながら、自由な意思による同意がないかぎり減額できないとすれば、日本では年俸制は実質的に採用できないということになってしまいます。  したがって、年俸制において減額できるようにするためには、減額するための条件などが、就業規則または労使間で合意した労働契約に含まれている必要があると考えられています。すなわち、賃金の名称を年俸と呼称しておけばよいわけではなく、年俸制の定義に含まれているような「業績等に関する目標の達成度を評価して年単位で設定する」ということを具体化して労働契約の内容に定めておくことが必要ということになります。  例えば、東京高裁平成20年4月9日判決(日本システム開発研究所事件)では、「年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである」という判断がされています。通常の賃金決定においてあまり想定されていない、不服申立手続きも要素としてあげられていることからも、裁判所の判断において、評価における客観性や透明性が確保されていることは重視されており、公正な評価自体が担保されていることが重要といえます。  とはいえ、成果・業績評価の基準については、使用者がいかなる指標を重視するかについては、事業の内容や規模などに応じて左右されるものです。そのため、過去の裁判例においても、成果・業績評価の基準については、「使用者が労働者を人事評価するうえで、いかなる要素を捉えて業績、貢献度の大小の判断基準とするかは、使用者がいかなる企業・組織の運営方針や人事政策を採用するかに委ねられた問題であって、使用者はこの点につき広い裁量を有する」と判断されています(東京地裁平成28年2月22日判決)。  したがって、使用者には、年俸の減額に関する基準を定めた根拠がある場合には、減額の限界に従うかぎり、広い裁量をもって次年度の年俸を決定することができると考えられています。ただし、年俸制による賃金が減額されて紛争となった場合、裁判所が使用者において合理的な評価が行われたかについて判断することになります。使用者に裁量が認められるとしても、その裁量を逸脱または濫用して評価がゆがめられているような場合には、年俸の減額が違法となり、前年度の年俸相当額を賠償しなければならない場合もあります。 【P46-47】 新連載 地域・社会を支える高齢者の底力 The Strength of the Elderly 第1回 銚子市地域おこし協力隊・榊(さかき)建志(けんじ)さん(63歳)  少子高齢化や都心部への人口集中などにより、労働力人口の減少が社会課題となるなか、長い職業人生のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かし、多くの高齢者が地域・社会の支え手として活躍しています。そこで本連載では、事業を通じて地域や社会への貢献に取り組む企業や団体、そこで働く高齢者の方々をご紹介していきます。 建設会社を60歳で定年退職 生まれ故郷で「地域おこし協力隊」に  榊建志さんは、2022(令和4)年4月に千葉県銚子市から地域おこし協力隊※の委嘱を受け、現在は「銚子協同事業オフショアウインドサービス株式会社(通称C-COWS=シーコース)」の取締役として活動している。C-COWSは、銚子沖で洋上風力発電事業がスタートするのにあわせ、銚子市、銚子市漁業協同組合、銚子商工会議所が共同で設立した会社。地元企業として、洋上風力発電事業に参画し、地域の活性化につなげるのがねらいだ。  風の力で風車を回転させ、そのエネルギーを発電機に伝えることで電力を生み出す風力発電は、再生可能エネルギーの切り札として期待されている。四方を海で囲まれる日本では、海上での拡大に注力しており、2019(平成31)年4月、洋上風力発電事業を推進するための法律が施行された。2020年7月に、同法に基づく促進地域に銚子沖が指定され、公募で発電事業者に選定された三菱商事洋上風力株式会社(東京都)を代表企業とするコンソーシアムが、2028年の運転開始を目ざし、事業を進めている。  「洋上風力発電施設をどう受け入れるか―」。完成すれば一般海域では国内初となる洋上風力発電をめぐり、銚子市では、市、漁協、商工会議所の幹部らによる積極的な意見交換が行われたという。当時の幹部から榊さんが聞いたところによれば、「せっかくの事業も『建てたら終わり』では、地元には何も残らない。建設は一過性のものだが、メンテナンスであれば長く続く」との見解で一致し、発電施設のメンテナンスや運転管理業務を地元で請け負うことを目ざし、2020年9月にC-COWS を起ち上げた。榊さんは2022年より同社の取組みに参画。発電事業者との交渉、メンテナンスのノウハウや人材育成のための情報収集などをになっている。 きっかけは旧知からの誘い 漁協と商工会議所の橋渡し役に  榊さんの前職は会社員で、1984(昭和59)年、建設大手の株式会社竹中工務店(大阪府)に入社。東京、兵庫、神奈川、千葉、栃木の拠点を渡り歩き、大阪本社の部長などを歴任した。キャリアのなかでは、建設費の管理などにかかわる工務分野の担当が長かったという。2021年に60歳で同社を定年退職し、それまで約4年間住んでいた大阪府から、生まれ故郷である銚子市に戻った。定年後も雇用を延長するという選択肢もあったが、「延長せずに辞めることは、ずっと前から決めていた」と話す。  高校卒業まで銚子で生活し、竹中工務店東関東支店勤務時代には同市内のプロジェクトにたずさわった経験もある榊さんは、市内に友人や知人が多い。当初は「地元で魚釣りでもして過ごそうと思っていた」そうだが、退職を決めたタイミングで、旧知の一人である銚子商工会議所の会頭から「仕事を手伝ってくれないか」と声をかけられた。会頭とは、支店勤務時のプロジェクト以来の知り合いだ。「C-COWSを軌道にのせてほしい。地域おこし協力隊に応募してくれないか」と頼まれ、特に気負いもなく応募したそうだ。  C-COWSは「オール銚子」のメンバーで構成され、代表取締役には漁協の組合長、取締役には榊さん、商工会議所会頭、漁協副組合長理事、監査役には市長がそれぞれ名を連ねる。市の洋上風力推進室主査の林(はやし)慶彦(よしひこ)さんに聞くと、地域の漁協と商工会議所が共同で事業を実施するのは「全国的にも珍しいケース」だという。しかも日本有数の漁獲量を誇る銚子の漁協の取組みとあって注目度も高く、全国から多くの関係者が視察に訪れている。「漁協の組合長と商工会議所の会頭が一緒に写真に写っているのって、すごいですね」と、視察者からいわれることもあるそうだ。  その漁協と商工会議所、そして市も含めた連携では、榊さんも重要な役割を果たしている。榊さんは、商工会議所会頭に加え、漁協の副組合長とも地元の友人を通じたつながりがある。さらに、市長とは同い年で、高校の同級生。これまでつちかった人間関係を背景に、それぞれの組織の橋渡し役としても、事業を支えている。 洋上風力発電所から地域活性化 経験、人脈を活かした活躍に期待  榊さんは現在、銚子市地域おこし協力隊の委嘱を受けた個人事業主として、C-COWSの取締役をにない、活動している。基本的には常勤で、商工会議所内に設けられた専用デスクで執務を行う。業務量は多く、「前の会社にいたときより、忙しいぐらいです」と笑う。  実際、洋上風力発電事業において、メンテナンス業務への参入を実現するのは、簡単なことではない。「発電事業者からすれば、メンテナンスも発電機メーカーにすべて任せたほうが効率的だし、わざわざ地元の企業を使う必要はない」と榊さん。洋上風力推進室の林さんも「何もしなければメンテナンス業務も、メーカーが確保した外部からの人たちで実施することになってしまう」と話す。  一方で銚子市にとって、雇用の確保は喫緊の課題だ。特に若い世代の流出が激しく、林さんによれば、高校卒業と同時に進学などで都内に行って、そのまま帰ってこない人も多いという。その原因はやはり、市内に「魅力のある働き場所」が少ないことで、「C-COWSが徐々にメンテナンスの請負割合を増やして、地元の人が一人でも多くそこに就職して、市外に出なくてもそれなりの収入を得られるようになってほしい」との願いは強い。  地元の期待を背に、榊さんは風力発電のメンテナンスについて、一から勉強。すでに稼働している北海道や秋田県の洋上風力発電所の関係者から情報収集なども精力的に行っている。同時に、銚子の洋上風力発電プロジェクトの発電事業者との話合いも進め、現在は、実際に発電機メーカーと交渉できる段階までたどり着きつつある状況だ。  「これまでに外部との交渉もありましたが、榊さんが経験を活かして、ぐんぐん引っ張ってもらってきた」と林さん。「C-COWS=榊さんといっても過言ではありません。C-COWSは榊さんなくしてあり得ないと思っています」と、信頼の厚さをにじませる。  今後は、2028年の洋上風力発電の稼働に向け、人材の確保、育成を行っていく計画だが、さらなるミッションもあるという。「せっかく国内初の施設ができるのだから、継続的に人や情報が銚子に出入りするような仕掛けをつくれないかと、市と漁協と会議所から宿題を出されています」とのこと。榊さんは、洋上風力発電を軸とした、さらなる地域活性化の取組みも模索中だ。今後のさらなる活躍が期待される。 ※地域おこし協力隊……都市部から地方部に住民票と生活拠点を移し、伝統産業の継承、地場産品の開発協力などの地域おこしを行いながら、地域への定着、定住を図る総務省の制度 写真のキャプション 銚子市地域おこし協力隊の榊建志さん(左)と銚子市洋上風力推進室主査の林慶彦さん(右) 【P48-49】 いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第52回 「労働基準法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働基準法について取り上げます。 労働基準法は“最低限”の基準  労働基準法(労基法)とは、労働条件の“最低基準”を定めた法律です。本来であれば、労働条件に関する契約も近代法律の考え方の基本である契約自由の原則※1にのっとり、労働者と使用者(雇用主等)の対等な立場での契約で行えばよいのですが、労働者は経済力の弱さから不公平な契約になる可能性が高くなります。そこで、国家が雇用関係に直接的に介入することで、労働者の保護を図ることを目的に制定されたのが労働基準法です。最低基準を定めているという点がポイントで、当然ながら基準を下回ることは許されず、むしろ向上させていくことが条文の第一条で望まれています。  理解を深めるために、制定の経緯もみていきましょう。労働基準法が制定されたのは、太平洋戦争終戦後の1947(昭和22)年第92回帝国議会においてです。ここでの労働基準法の提案理由に、「戦前わが国の労働条件が劣悪なことは、国際的にも顕著なものでありました。(略)日本再建の重要な役割を担当する労働者に対して、国際的に是認されている基本的労働条件を保障し、もって労働者の心からなる協力を期待する」とあります。これより前に、1916(大正5)年に施行された工場法という労働者保護のための法律があったのですが、『女工哀史※2』などの実態にみられるように、適用範囲は限定的で、年少者、女子に関する保護内容も初期の過渡的なものにすぎませんでした。これに対して、1946年に交付された日本国憲法の第27条第2項の「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」を根拠として、国際的な基本的労働条件を保障することで、終戦後の日本の産業復興に向けて労働者の協力をうながそうとしたのが労働基準法です。  ここまで述べたように労働基準法の目的の根底にあるのが、労働者保護の考えです。労働にかかわる法律は、総称して労働法といいますが、なかでも労働基準法は労働保護法の基本となる法律といわれています。 労働基準法の概要と近年の改正動向  労働基準法の目的を押さえたところで、内容についてみていきましょう。紙面の都合もあるので代表的な項目※3を列記します ・第一章 総則…労働条件の原則や決定、男女同一賃金の原則等 ・第二章 労働契約…契約の期間、労働条件の明示、解雇制限と解雇の予告等 ・第三章 賃金…賃金の支払い方法(直接払、通貨払、毎月払)、休業手当等 ・第四章 労働時間等…労働時間(一日8時間・週40時間、変形労働時間、フレックスタイム)、休憩・休日の付与時間・日数、時間外及び休日の労働(労使協定の締結)、時間外・休日及び深夜勤務の割増賃金、時間計算(労働時間の通算、みなし労働、裁量労働)、年次有給休暇の付与方法・日数、労働時間等に関する規定の適用除外(管理監督者)等 ・第六章の二 妊産婦等・・・危険・有害な業務の就業制限・禁止、産前産後の休業・労働時間・深夜勤務の扱い等 ・第八章 災害補償…休業補償、障害補償、遺族補償等 ・第九章 就業規則…作成及び届出の義務、意見聴取手続(労働組合・労働者過半数代表者)、法令・労働協約・労働契約との関係等 ・第十一章 監督機関…労働基準主管局・都道府県労働局・労働基準監督署の職員及び権限 ・第十三章 罰則…罰金、懲役等  昔からみたことがあるという項目も多いかと思います。しかし、労働基準法は、社会の課題や要請に応じてかなりの頻度で内容が改正されています。例えば、直近2023(令和5)年・2024年施行の改正では、柔軟な働き方の促進にともなう裁量労働制の適用要件見直し※4、有期契約労働者の無期転換円滑化に向けた労働条件明示のルール見直し、キャッシュレス決済等の浸透に対応するための賃金のデジタル払いを可能とするものなどです。法律が変わるということは、使用者や労働者が日常で守るべきルールも変わるということですので、改正の動向には関心を払っておきたいところです。 労働基準法に関する問題  最後に筆者が特に気になる労働基準法に関する問題に触れて、本稿を締めたいと思います。  一つは法律が遵守されきれていない事実があることです。社会全体の働き方改革やコンプライアンス遵守の流れにより、かつてに比べて遵守意識は高まったといわれていますが、厚生労働省労働基準局が発刊している『労働基準監督年報』の定期監督等実施状況・法違反状況をみるとまだまだ違反件数は多数あります。参考までに2022年調査での違反が1万件以上のものをあげると、労働時間、割増賃金、年次有給休暇、労働条件の明示、賃金台帳の記載に関するものです。労働基準法違反があった場合の罰則として、罰金または懲役があるのですが、罰金の金額がそれほど高いものではなく、懲役に至るケースが広くは認知されていないなどが違反件数が多い理由として想定されます。また運用ルールが複雑であることも否めず、意図せず違反になるケースもあります。迷ったら、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。  もう一つの問題は、労働基準法の適用範囲です。原則として、使用者の指揮監督下で労働している場合には、労働者として労働基準法の適用対象となります。しかし、適用対象外の労働者もいます。例えば、家内労働者(同居の親族のみで営む事業で働く者)、家事使用人(家事一般に使用される労働者)については完全に適用除外になっています。同様に、増加傾向にあるフリーランス※5は雇用関係にはないものの、実際は指揮監督下で労働者と変わらない働き方をしている者も多くいます。特にフリーランスについては、使用者の意向に従って長時間の労働や働き方の制限を受けているケースがしばしば話題にあがっています。労働基準法上の労働者に該当するかどうかは、契約の形式や名称にかかわらず、実態を勘案して総合的に判断されるため注意が必要です。 ***  次回は、「労働契約法」について取り上げます。 ※1 契約自由の原則……私人の契約による法律関係については私人自らの自由な意思に任されるべきであって、国家は一般的にこれに干渉すべきではないとするもの ※2 『女工哀史』…… 細井和喜蔵(ほそいわきぞう)著、大正14(1925)年改造社刊。近代日本の経済発展をになった大機械制工場下の紡績業に従事する「女工」の過酷な労働環境の実態を記録したもの ※3 詳細な内容は、条文をご確認ください。  https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 ※4 本連載第49回(2024年8月号)「裁量労働制」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202408/index.html#page=52 ※5 本連載第41回(2023年12月号)「フリーランス」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202312/index.html#page=52 【P50-53】 特別寄稿 70歳雇用の推進と「高齢社員に期待する役割を知らせる」仕組みと「高齢社員の能力・意欲を知る」仕組みの整備 玉川大学経営学部 教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 1 「高齢社員に期待する役割を知らせる」仕組みと「高齢社員の能力・意欲を知る」仕組みの整備  企業経営を取り巻く環境の変化にともない、労働者(従業員)を取り巻く環境は大きく変化しつつある。その結果、市場と企業が「労働者(従業員)に求めること」は確実に変化してきている。  そのため、企業にとっては、「競争力の基盤となる能力は何であるのか」を徹底的に分析し、明確にすることと、明確化された能力開発目標からみて、現在の社内人材はどのような状況にあるのかについて現状の能力(意欲)を「知る」ことが必要である。他方、従業員個人の側からすると、「企業は従業員に何の能力を求めているのか、どのようなことを期待しているのか」と、「その目標からみて、個人がどのような能力(意欲)の状況にあるのか」を企業が個人に「知らせる」こと、個人がそれを「知る」ことが重要である。  今後は、変化する「労働者(従業員)に求めること」を的確にとらえて、配置・異動(昇進)、能力開発とキャリア形成のあり方を戦略的に再設計し、企業内あるいは企業外において競争力を発揮できる能力を磨くことが長い職業人生を豊かにするための不可欠な条件になってくると考えられる。  このようにみると、これからの企業の人事管理を考えるにあたって、企業は一方で「従業員にどのようなことを期待しているのか」を明確にしたうえでそれを従業員に知らせ、他方では「従業員は何の能力やどの程度の意欲を持っているのか」を正確に把握することが必要である。これを従業員の側からみると、企業が「従業員に期待する役割」を知り、他方では「従業員の持っている能力や意欲」を明確にしたうえで、それを会社に知らせることが必要になってくる。さらに、従業員の最適な能力開発とキャリア開発、配置や異動(昇進)を計画するためには、「企業の従業員に期待する役割」と「従業員の持っている能力や意欲」を把握したうえで、企業あるいは従業員個人が行う計画を支援する機能が必要になる。  こうした仕組みは、人手不足にともなう「雇用期間の長期化(66歳以降の雇用)」が進むという状況のなかで、企業にとって60歳代前半層(高齢社員)を戦力化し、高いパフォーマンスを上げてもらうためには必要不可欠である。と同時に、高齢社員にとっても、66歳以降も働き続けていくためにも必要である。それは、企業が高齢社員に期待する役割が現役時代(59歳以下)と変わることと、高齢社員自身にとっても、多くの企業が採用している定年年齢である60歳時点を契機として、働く意識や意欲も変わるからである。 2 高齢社員の66歳以降の就業希望・ニーズと企業からの「66歳以降の労働条件」の伝達状況  執筆者が参加した「長く一つの企業で働いている60歳代前半層」を対象とした質問紙調査をまとめた(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(2023)『高齢社員の人事管理と就業意欲、66歳以降の就業希望―60〜65歳の長期雇用者を対象とした質問紙調査の結果概要―』(資料シリーズ7※)は高齢社員の66歳以降の就業希望・ニーズと会社からの66歳以降の働き方の期待を明らかにしている。  それによれば、高齢社員の66歳以降の就業希望は「働きたくない」が38.7%を占めている。一方で、働くことを希望する高齢社員は61.3%を占める(「今の会社・関連会社で働きたい」+「今と異なる会社で働きたい」+「上記以外の組織で働きたい」の合計)。働くことを希望する高齢社員のうち、最も多いのが「今の会社・関連会社」での就業希望である(34.9%)。  「今の会社・関連会社」で働くことを希望する高齢社員は、@今の会社で長く働くことができ、A現在の仕事からの満足度は高く、B66歳以降に仕事からの収入を希望し、C自身が健康である、という特徴を持っている。また、@66歳以降に仕事からの収入を求めるが、A今の仕事からの不満感は高く、B労働力の代替可能性が高い(希少性が低い)場合には、転職(今と異なる会社で働きたい)を希望する高齢社員が多くなっている。一方、働かないことを望む高齢社員は、@今の会社で働ける年齢は低く、A労働力の社外通用性は低く、B66歳以降に仕事からの収入を必要とせず、C現在、健康上の課題を抱える、という特徴がある。  66歳以降に「今の会社・関連会社で働きたい」という希望を持つ高齢社員のうち、就業の可能性をみると、「働ける可能性は高いほうである」が最も高く(35.9%)、次いで「確実に働けると思う」(17.1%)となっており、働ける可能性が高いと考える高齢社員は53.0%を占める。さらに、企業の雇用上限年齢が高い場合には、働ける見通しを持つ割合は高くなる。また、自身の能力の社外通用性や社内希少性が高いと、66歳以降も働ける見通しを持つ傾向がある。たとえ、現在勤務する会社での雇用上限年齢が65歳以下であったとしても、すでに66歳以降も個別契約により雇用される慣行があったり、すでに打診を受けていたりするなどして、66歳以降も働ける可能性を感じていることがうかがえる。  次に、企業の「66歳以降の労働条件」の伝達状況をみると、会社が高齢社員に66歳以降の労働条件を伝えているのは45.0%、一方、管理職に自分の希望を伝えている高齢社員は58.2%に留まる(図表1)。高齢社員による上述の66歳以降の就業可能性の見込みは、必ずしも会社の労働条件に関する情報提供と高齢社員本人の希望の伝達に基づいた予想ではないことがうかがえる。この場合、66歳以降の人材活用において、高齢社員のニーズと会社のニーズにミスマッチが生じる可能性がある。また、高齢社員が66歳以降も働ける可能性を低く見積もる場合には、会社が求める人材が社外に流出する可能性も高くなる。企業は、66歳以降の労働条件(雇用の有無も含む)などの人事管理に関する情報を高齢社員に周知する仕組みを構築する必要がある。  66歳以降も働くことを希望する「高齢社員の希望する勤務状況」をみると、フルタイム勤務を希望する傾向にあり、短時間勤務を希望する人は3割程度に留まる。一方、仕事と生活との関係は、59歳以下の正社員時代とやや異なる。勤務日の多さよりも休日の多さを重視するため、仕事中心の生活から一歩引き、仕事以外の生活に若干シフトする志向がうかがえる。この志向は、勤務地の希望にも表れている。66歳以降も働くことを希望する高齢社員は、出身地や居住地に近い場所での勤務を求め、異動範囲が限定的な働き方を求めている。  こうした仕事以外の生活への緩やかなシフトは、企業内での活躍方法の希望にも表れている。現役社員の支援をあげる高齢社員は6割程度を占め、(現役時代の)第一線での活躍から一歩引くことを希望する。また、仕事の軽減を求める高齢社員も5割程度を占めている。しかしながら、引退を意識した働き方を求めていない。66歳以降も職業能力の維持を図ろうとし、かつ社内の正社員と同様の情報を提供することを求める人も多い。仕事以外の生活へと若干シフトするとはいえ、自己研鑽や社内でのネットワークの構築を志向する。66歳以降も活躍を希望することがうかがえる。 3 高齢社員の66歳以降の就業希望・ニーズと企業の希望とのマッチング  企業が66歳以降の社員に求める働き方の希望(高齢社員からみた)と高齢社員の希望とのマッチングの状況をみると、以下のように整理することができる。  企業が66歳以降も雇用する場合、第一線から退く働き方を求める(と高齢社員は考えている)。異動範囲を限定し、職責を軽減して給与も抑えるが勤務日は減らしたくないと考えている。加えて、フルタイム勤務と職業能力の維持を求め、引退に向けた準備期間とは位置づけていないこともうかがえる。これらの傾向が、高齢社員の希望と適合すれば、66歳以降も高齢社員が同じ企業で働く可能性は高く、66歳以降の人材活用はいっそう進むことが期待できる。  両者の適合状況をみると、労働時間や勤務地、期待役割のニーズは適合する傾向がみられる。一方、余暇と仕事のバランス、能力開発、仕事と収入のバランスには差異がみられる。  具体的にみると、第一に、余暇と仕事のバランスについては高齢社員の方が短時間・短日数(「一日の労働時間が短い、または週の勤務日が少ない働き方」)の希望割合が高くなっている(企業の回答から高齢社員の回答を引いた差はマイナス7.0%)。また、66歳以降に企業が(高齢社員に)求める余暇と仕事のバランスについてみると、企業の方が仕事を重視する割合は高く、勤務日が多いことを重視(「どちらかといえば、勤務日が多いこと」+「勤務日が多いことを重視する」の合計)する割合の差が23.3%高くなっている。企業のニーズと高齢社員のニーズには差異が見られる。  第二に、66歳以降に企業が求める能力開発については(図表2)、「職業能力の衰えを防止してほしい」が最も多い(48.3%)。これに対して「いずれも希望しない」は12.1%に留まる。同様に、高齢社員も「仕事の成果を維持するため、職業能力が衰えないように努めたい」が最も多い。両者とも、該当割合が高い能力開発は、能力保持に向けた研鑽である。他方、大きな差がみられるのが、「今の職業能力に、更に磨きをかけてほしい」である。高齢社員も能力開発を希望するが、企業では能力向上の研鑽を求める割合は高く、その方針において両者に差異が見られる。  第三に、66歳以降に企業が求める仕事と収入のバランスについてみると、「収入を減らしても、仕事の責任はある程度軽くしたい」が最も多い(64.9%)。「収入を大幅に減らして、仕事の責任も大幅に軽くしたい」を合わせると、収入の多さよりも仕事上の責任の軽減を希望する企業の割合は75.8%となる。一方、高齢社員の希望をみると、収入がともなえば、仕事の責任の増加を求める割合が46.7%を占める。しかしながら、収入増と責任増を志向する企業は15.3%に留まり、両者の差は31.4%となる。責任と収入のバランスには、企業と高齢社員との間でニーズに差異が見られる。  企業は高齢社員の希望よりも多くの日数を働いてほしいことと能力向上の研鑽を求めるものの、給与水準を抑えて仕事上の責任軽減を志向する傾向がある。とくに、収入増と職責増には、企業と高齢社員の間で大きな差異が見られる。ただし、収入増と職責増を引き受ける高齢社員も一定数、存在する(46.7%)。こうした結果は、企業が66歳以降の人材活用を進める場合には、66歳以降の活用の違いを反映した社員区分を設け、働きに見合った報酬制度を導入する必要性を示唆している。 4 70歳雇用の推進に向けて  70歳雇用を推進していくためには、第一に、高齢社員を活用(66歳以降の活用を含めて)するとの方針を明確にし、それを59歳以下の正社員のなかに浸透させることが重要である。これを基本にしたうえで、第二に、高齢社員を対象とした「知らせる」・「知る」仕組みを整備していくことが必要である。  しかしながら、短期契約で時間制約もある働き方をする高齢社員にあっては、より計画的に仕事を割り当て、仕事のマッチングを図り、適材適所での人材活用を進めていくことが肝要である。しかも、こうした制約を前提にすると、個人個人で状況が異なることから、どんな仕事に従事するかの決定様式は、会社が一方的に主導するのではなく、高齢社員個人の特徴や要望が加味されるべく双方で意見交換しながら決めていくという交渉型になる可能性が高い。そのため、よりいっそうの「知らせる」・「知る」仕組みの機能強化に加え、高齢社員を対象とした「60歳代の働き方を相談・アドバイスする仕組み」を考えていくことも今後の大きな課題である。 ※ここで取り上げた報告書の執筆に際して、(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構の鹿生治行上席研究役から協力を得ました。記して謝意を表します。 ※JEEDホームページよりご覧になれます。  https://www.jeed.go.jp/elderly/research/report/document/seriese7.html 図表1 企業の66 歳以降の労働条件についての伝達状況と高齢社員自身の希望の管理職への伝達状況 件数 十分に伝えている ある程度は伝えている あまり伝えていない 全く伝えていない 企業による伝達状況 349件 10.6% 34.4% 21.8% 33.2% 高齢社員の管理職への伝達状況 349件 12.9% 45.3% 23.5% 18.3% 注1:集計母数は、66 歳以降の就業希望が、「今の会社・関連会社で働きたい」である。 注2:企業による伝達状況の設問文は、「あなたの会社では、65歳以降の労働条件(雇用の有無)について、あなたに情報提供していますか」である。 注3:管理職への伝達状況であるが、「(65歳を超えた希望について)あなたは、今後の働き方の希望について、管理職に伝えていますか」である。 出典:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2023)『高齢社員の人事管理と就業意欲、66歳以降の就業希望―60〜65歳の長期雇用者を対象とした質問紙調査の結果概要―』(資料シリーズ7) 図表2 高齢社員が考える企業が66 歳以降の社員に求める能力開発 件数 今の職業能力に、更に磨きをかけてほしい(@) 職業能力の衰えを防止してほしい(A) 仕事の幅を広げるため、異なる職業能力を獲得してほしい(B) いずれも希望しない(C) (A)企業の希望(高齢社員の認識) 613件 30.7% 48.3% 9.0% 12.1% (B)高齢社員の希望 613件 19.1% 60.7% 9.5% 10.8% (A)−(B) 11.6% −12.4% −0.5% 1.3% 注1:上段は、企業が求めると高齢社員が思う働き方を示している。 注2:中段は、高齢社員が求める働き方を示している。@に該当する選択肢は「今の職業能力に、更に磨きをかけたい」、Aは「仕事の成果を維持するため、職業能力が衰えないように努めたい」、Bは「仕事の幅を広げるため、異なる職業能力を獲得したい」、Cは「いずれも必要でない」である。 出典:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2023)『高齢社員の人事管理と就業意欲、66歳以降の就業希望―60〜65歳の長期雇用者を対象とした質問紙調査の結果概要―』(資料シリーズ7) 【P54-55】 令和7年度 高年齢者活躍企業コンテスト  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について、多数のご応募をお待ちしています。 T 応募内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 取組内容 内容(例示) 高年齢者の活躍のための制度面の改善 @定年制の廃止、定年年齢の延長、65歳を超える継続雇用制度(特殊関係事業主に加え、他の事業主によるものを含む)の導入 A創業支援等措置(70歳以上までの業務委託・社会貢献)の導入(※1) B賃金制度の見直し C人事評価制度の導入や見直し D多様な勤務形態、短時間勤務制度の導入 等 高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 @中高年齢者を対象とした教育訓練、リスキリングの取組、全世代で自律的にキャリア形成を進めていくための(キャリアの棚卸しなどの)キャリア教育の実施 A高年齢者のモチベーション向上に向けた取組や高年齢者の役割等の明確化(役割・仕事・責任の明確化) B高年齢者が活躍できる職場風土の改善、従業員の意識改革、職場コミュニケーションの推進 C高年齢者による技術・技能継承の仕組み(技術指導者の選任、マイスター制度、技術・技能のマニュアル化、若手社員や外国人技能実習生、障害者等とのペア就労や高年齢者によるメンター制度等、高年齢者の効果的な活用等) D高年齢者が働きやすい支援の仕組み(職場のIT化、DXを進めていく上での高年齢者への配慮、力仕事・危険業務からの業務転換) E新職場の創設・職務の開発 等 高年齢者が働き続けられるための作業環境や作業の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 @作業環境や作業の改善(高年齢者向け設備の改善、作業姿勢の改善、休憩室の設置、創業支援等措置対象者への作業機器の貸出等) A従業員の高齢化に伴う健康管理・メンタルヘルス対策の強化(健康管理体制の整備、定期健康診断やストレスチェックの実施と結果に基づく就業上の措置、体力づくり、加齢に伴い増加する病気の予防教育や健診・検診、女性の健康課題も含めた健康管理上の工夫・配慮、若い世代からの健康教育等) B従業員の高齢化に伴う安全衛生の取組(安全衛生を進めるための体制整備、危険防止の措置、安全衛生教育) C福利厚生の充実(レクリエーション活動、生涯生活設計に関する専門家への相談) 等 ※1「創業支援等措置」とは、以下の@・Aを指します。 @70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 A70歳まで継続的に、「a.事業主が自ら実施する社会貢献事業」または「b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」に従事できる制度の導入 U 応募方法 1.応募書類等 (1)指定の応募様式に記入していただき、写真・図・イラスト等、改善等の内容を具体的に示す参考資料を添付してください。また、定年制度、継続雇用制度及び創業支援等措置並びに退職事由及び解雇事由について定めている就業規則等の該当箇所の写しを添付してください(該当箇所に、引用されている他の条文がある場合は、その条文の写しも併せて添付してください)。なお、必要に応じて当機構から追加書類の提出依頼を行うことがあります。 (2)応募様式は、JEED各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)にて、紙媒体または電子媒体により配付します。また、当機構のホームページ(※3)からも入手できます。 (3)応募書類等は返却いたしません。 (4)提出された応募書類の内容に係る著作権及び使用権は、厚生労働省及び当機構に帰属することとします。 2.応募締切日 令和7年2月28日(金)当日消印有効 3.応募先 JEED各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)へ郵送(当日消印有効)または連絡のうえ電子データにて提出してください。 ※2 応募先は本誌65 ページをご参照ください ※3 URL:https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/activity02.html V 応募資格 1.原則として、企業からの応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。 また、就業規則を定めている企業に限ります。 2.応募時点において、次の労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 (1)高年齢者雇用安定法第8条又は第9条第1項の規定に違反していないこと。 (2)令和4年4月1日〜令和6年9月30日の間に、労働基準関係法令違反の疑いで送検され、公表されていないこと。 (3)令和4年4月1日〜令和6年9月30日の間に「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(平成29年1月20日付け基発0120第1号)及び「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」(平成31年1月25日付け基発0125第1号)に基づき公表されていないこと。 (4)令和6年4月以降、職業安定法、労働者派遣法、男女雇用機会均等法、女性活躍推進法、労働施策総合推進法、育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法等の労働関係法令に基づく勧告又は改善命令等の行政処分等を受けていないこと。 (5)令和6年の障害者雇用状況報告書において、法定雇用率を達成していること。 (6)令和6年4月以降、労働保険料の未納がないこと。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入(※4)し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 ※4 平成24年改正の高年齢者雇用安定法の経過措置として継続雇用制度の対象者の基準を設けている場合は、当コンテストの趣旨に鑑み、対象外とさせていただきます。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 W 審査  学識経験者等から構成される審査委員会を設置し、審査します。  なお、応募を行った企業等または取組等の内容について、労働関係法令上または社会通念上、事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される問題(厚生労働大臣が定める「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」等に照らして事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される内容等)が確認された場合は、この点を考慮した審査を行うものとします。 X 賞(※5) 厚生労働大臣表彰 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※5 上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数等が決定されます。 Y 審査結果発表等  令和7年9月中旬をめどに、厚生労働省および当機構において各報道機関等へ発表するとともに、入賞企業等には、各表彰区分に応じ、厚生労働省または当機構より直接通知します。  また、入賞企業の取組事例は、厚生労働省および当機構の啓発活動を通じて広く紹介させていただくほか、新聞(全国紙)の全面広告、本誌およびホームページなどに掲載します。 みなさまからのご応募をお待ちしています 過去の入賞企業事例を公開中!ぜひご覧ください! 「高年齢者活躍企業事例サイト」 当機構が収集した高年齢者の雇用事例をインターネット上で簡単に検索できるWeb サイトです。「高年齢者活躍企業コンテスト表彰事例(『エルダー』掲載記事)」、「雇用事例集」などの、最新の企業事例情報を検索することができます。今後も、当機構が提供する最新の企業事例情報を随時公開します。 高年齢者活躍企業事例サイト 検索 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 当機構では厚生労働省と連携のうえ、企業における「年齢にかかわりなく生涯現役でいきいきと働くことのできる」雇用事例を普及啓発し、高年齢者雇用を支援することで、生涯現役社会の実現に向けた取組みを推進していきます。 【P56-57】 BOOKS ブックス 将来の選択肢を増やし、長く働くために。実践者が指南する“リスキリング” 中高年リスキリング これからも必要とされる働き方を手にいれる 後藤(ごとう)宗明(むねあき)著/朝日新聞出版/990円  著者の後藤宗明氏は、アメリカで起業し、帰国後の2021(令和3)年にリスキリングに特化した日本初の非営利団体を設立。政府・自治体向けの政策提言や企業向けのリスキリング導入支援を手がけている、リスキリングの第一人者として知られる。  リスキリングについて後藤氏は、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして業務や職業に就くこと」と表現し、中高年世代に向けて書かれた本書では、「これからも必要とされる働き方を手にいれる」ための一番の解決策が、リスキリングであると明言。将来の選択肢を増やし、長く働き続けるために取り組みたいリスキリングの進め方やこれから注目される分野、リスキリングを開始、継続するために40代から始める「5つの投資(スキルと学び・健康・お金・人間関係・仕事)」などについて解説。自らも40歳を過ぎてからリスキリングに取り組んだという経験をふまえ、中高年が直面する求人状況などの現実やこれからの時代に必要とされる生き方の覚悟なども綴っている。  奮起してリスキリングを開始し、将来の選択肢を自ら増やし、働き続けるには何をしたらよいのか。いま知りたいことが詰まっている。 週休3日制の円滑な導入と定着に向けて、具体的な進め方や留意点を解説 週休3日制の設計と規程・協定 荻原(おぎはら)勝(まさる)著/経営書院/2640円  働き方改革、IT化の進展、人手不足の深刻化など企業の経営を取り巻く環境が大きく変化するなか、「週休3日制」の実現も例外ではなくなり、すでに導入したという企業の取組みが続々と報じられている。政府の推進する制度でもあり、企業にかぎらず、自治体のなかにも導入を検討する動きが出てきている。  1週間のうち3日休日を設ける週休3日制 は、社員の勤労意欲の向上、定着率の改善、募集・採用における優位性の確保などの効果が期待できる。一方で、時間外労働や休日労働の増加、職場内コミュニケーションの停滞などが危惧されている。週休3日制を円滑に実施し、定着させるためには、どのような手順をふみ、どのような点に留意する必要があるのだろうか。  本書は、週休3日制の設計や移行スケジュール、問題点と対策を、実務に即してていねいに解説。実務性を高めるために、社内で使用することのできる社内規程、労使協定、社内通知、各種の様式も多数掲載。また、週休3日制についての社員の希望や意見を把握するためのアンケート調査票の例も紹介している。週休3日制の企画・立案、導入・実施にたずさわる担当者にとって、大いに役立つ実用書である。 自分のなかに眠る「資産」を掘り起こせ。実りある老後を迎えるための指南書 先細らない老後のために、50代のうちにすべきこと 我慢やお金の不安から解放されて自由に生きる! 中道(なかみち)あん著/扶桑社/1540円  お金、健康、孤独など老後を想像すると不安ばかりが募る。どうしたら解消できるのだろう。  本書は、自分自身に眠っていた「資産」を掘り起こし、自分らしい働き方と豊かさを手に入れることができたという著者の体験をもとに、実り多き人生後半を迎えるための「棚卸し」の方法と、思考と行動を切り替えていく方法をまとめた指南書である。  著者の中道あん氏は、主婦であり45歳までパート勤務、その後正社員勤務を経て、55歳で起業。61歳のいま、著述家、トップブロガーとしても活躍する。道を開く秘訣は、「未来を設定」し、「目標に向かって行動する」ことだという。そのために中道さんが行ったのは、自分自身の資産に気づく「棚卸し」という作業だ。本書では、棚卸しの方法として、過去をふり返り成功や失敗体験などを書き出す「ライフラインチャート」の作成などを伝授。この作業により、自分を客観視し、努力が実りやすい方向性を探索していく。また、起業や副業の事業開始に向けた「ロードマップ」のつくり方も示している。  老後に不安を感じている人、今後の仕事や起業について前向きに考えたいという中高年世代に特におすすめしたい指南書といえるだろう。 部下からの不当な攻撃への対応方法、上司の心を守る方法を、幅広い観点から伝授 上司いじめ 企業法務弁護士が教える 上司のためのハラスメント対応法 國安(くにやす)耕太(こうた)著/あさ出版/1760円  いま、部下からの嫌がらせやいじめ、いわゆる「逆パワハラ」に悩まされる人が増えている。全体に占める割合は少ないが、被害者が自殺に追い込まれるようなケースもあり、「表面化しない事象がたくさんあることが考えられ、もはや無視できない問題になりつつある」と著者は問題を提起する。  2020(令和2)年6月に施行された「パワハラ防止法」では、部下から上司に対する嫌がらせやいじめも「パワハラ」にあたると明記されている。本書は、そうした部下からの不当な攻撃を「上司いじめ」と表現し、その対応の鉄則や適切な対処方法を伝授している。  著者の國安耕太氏は、企業法務を専門とする弁護士であり、本書では、上司いじめの12の事例から、相手との対話や対応の仕方を学ぶケース・スタディの章を設けるとともに、その際に根拠となる法律の基本知識もかみくだいて説明している。上司という立場上、「自分でなんとかしなければ」と思ってしまいがちなハラスメントだが、一人で抱え込まず、自分の上司や会社に相談し、それでも解決しない場合は労務や法律の専門家を頼り「ご自身の心身を守ってほしい」と著者。相談先と裁判例も掲載している。 病気の原因は「生活習慣」。行動を変え、習慣をつくっていくことで健康寿命は伸びる! 未病革命 新時代の健康づくり 花高(はなたか)凌(りょう)著/セルバ出版/1980円  健康寿命の延伸が関心を集めるなか、「未病」という概念が注目されているようだ。  「未病」とは、本書によると、「まだ病気としては診断されていないが、身体や心に何らかの不調やリスクが存在している状態」。この未病の段階を見逃さず、病気になる前に対処し、行動を変え、習慣をつくっていくことが、「将来の健康を守るカギとなる」と著者はいう。  本書は、まだ世の中で正しく理解されていない未病という概念について解説し、その重要性について考察していく。第1章では、未病についての基本的な考え方、自覚症状から未病を数値化する方法などについて説き、第2章から第4章までは、栄養とマインド、さまざまな生活習慣と未病の関係性をテーマに、健康づくりに必要な要素について解説。第5章以降は、未病の段階で気づき、具体的な対策につなげていくといった今後の「健康経営○R」(★)などをテーマに、人々に健康の価値を伝え、社会実装していくこれからの取組みなどを考察している。  自分や家族の健康管理のために、また、健康づくりを支援しているプロフェッショナル、健康増進の取組みを担当する人たちにとって、一読する価値のある内容となっている。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更を閣議決定  政府は2024(令和6)年8月2日、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更を閣議決定した。大綱は、「過労死等防止対策推進法」に基づき、おおむね今後3年間における取組みについて定めるもので、今回で3回目の変更になる。  おもな変更のポイントは次の通り。 ◆上限規制の遵守徹底、過労死等の再発防止指導、フリーランス等対策を強化 ・2024年4月から、工作物の建設の事業、自動車運転の業務、医業に従事する医師等にも時間外労働の上限規制が適用されたことから、その遵守徹底を図るとともに、商慣行・勤務環境等をふまえた取組みを推進 ・過労死等を発生させた企業に対する再発防止対策を実施 ・2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」の周知・広報および法施行後の履行確保などフリーランス等が安心して働ける環境の整備 ・勤務間インターバル制度の導入促進 ◆業務やハラスメントに着目した調査などを充実 ・過労死等が多く発生しているまたは長時間労働等の実態があるとの指摘がある職種・業種(重点業種等)に、芸術・芸能分野を追加し、過労死等事案の分析や労働・社会分野の調査・分析を実施、など。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_41932.html 厚生労働省 「令和6年版厚生労働白書」を公表  厚生労働省は、「令和6年版厚生労働白書」(令和5年度厚生労働行政年次報告)を公表した。  白書は2部構成で、その年ごとのテーマを設定している第1部では「こころの健康と向き合い、健やかに暮らすことのできる社会に」と題し、こころの健康を損ねる背景にある「ストレス要因」に着目し、幼年期から老年期までにいたるライフステージに沿って、現代社会のストレスの多様さについて考察したうえで、こころの健康に関する対策や支援の現状、今後の方向性を提示している。例えば、地域組織(ボランティア、町内会など)への参加種類数と、高齢者のうつの発症リスクには関係があり、参加する組織の種類が多い人ほど発症リスクは少ないといった調査結果を紹介(コラム「高齢者の社会参加とうつ予防に関する研究」)。孤独・孤立の予防が、こころの健康保持にも有効であることがわかってきたという。また、職場におけるメンタルヘルス対策について、工夫を凝らした社員の健康づくりの取組みや、テレワーク勤務者へのメンタルヘルス対策の取組み、休日や休暇を含む勤務時間外に、仕事上のメールや電話への対応を労働者が拒否することのできる「つながらない権利」などについて紹介している。  第2部は、厚生労働行政の各分野について、最近の施策の動きをまとめている。  白書は、厚生労働省のWebサイト「統計情報・白書」のページからダウンロードできるほか、全国の政府刊行物センターなどで購入できる。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_42715.html 厚生労働省 「近未来健康活躍社会戦略」を公表  厚生労働省は2024(令和6)年8月、「近未来健康活躍社会戦略」を公表した。  少子高齢化・人口減少が進むとともに、デジタル化、グローバル化といった大変革期にあるなか、健康で有意義な生活を送りながら活躍できる社会(健康活躍社会)の実現に向けて、今後どのような方向性で政策を進めていくのか、同省として推進していく近未来の政策方針を取りまとめたもの。  戦略は、国内戦略と国際戦略の2本柱で構成されている。国内戦略では、「医療・介護DXのさらなる推進」、「医師偏在対策の推進」、「後発医薬品の安定供給体制の構築」、「女性・高齢者・外国人の活躍推進」、「イノベーションを健康づくり・治療に生かす環境整備」、「創薬イノベーション」の六つのテーマをかかげている。  「女性・高齢者・外国人の活躍推進」から高齢者の活躍についてみると、「諸外国に比べて高齢化が進んでいる知見を生かし、高齢者が長く活躍できる社会の実現を目指す」として、次の取組みを打ち出している。 ◆介護予防・日常生活支援総合事業の充実等により、効果的な介護予防に向けた取組みを推進 ◆高年齢労働者の身体的な不安を取り除き、安心して働ける環境の整備 ◆認知症の方に関する国民の理解促進、社会参加の機会確保や、認知症・軽度認知障害の早期発見・早期対応のための支援モデルの確立に向けた実証プロジェクトを推進 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_42966.html 厚生労働省 「高齢者の活躍に取り組む企業の事例」を公表  厚生労働省は、「高齢者の活躍に取り組む企業の事例」を取りまとめ、「高年齢者活躍企業事例サイト」特設ページ(※)で公表した。  事例は、高齢者の人事・給与制度の工夫(役職定年・定年制の見直し、ジョブ型人事制度の導入等)に取り組む企業(14社)にヒアリングを実施し、企業が役職定年・定年制の見直し等を検討する際の参考となるよう、まとめたもの。  シニア職員が意欲的に働ける制度の導入を検討し、大手生命保険会社で初となる65歳定年制および70歳まで働ける継続雇用制度の導入や役職定年の廃止などに取り組んだ「太陽生命保険株式会社」、役割等級の導入にあわせて役職定年制度の廃止に取り組んだ「沖電気工業株式会社」、定年到達後の正社員としての再雇用区分「エルダー社員」を創設し、再雇用後もになう役割が変わらなければ処遇も均等・均衡を確保するなど、年齢を問わず能力や意欲に応じた挑戦ができる就業環境の整備を進めた「イオンリテール株式会社」など、年齢にかかわりなく高齢者が活躍できるよう、スキルに応じた処遇を進め、役職定年や定年制の見直し等に取り組む14事例を掲載している。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_43828.html ※「高年齢者活躍企業事例サイト」特設ページ https://www.elder.jeed.go.jp/topics/katsuyaku_jirei_r6.html (同サイトは、当機構〈JEED〉が運営しており、高齢者雇用に関するさまざまな情報を発信しています) 内閣府 「高齢社会対策大綱」を閣議決定  政府は2024(令和6)年9月13日、「高齢社会対策大綱」を閣議決定した。大綱は、政府が推進する高齢社会対策の指針となるもので、1996(平成8)年7月に最初の大綱が策定されて以降、経済社会情勢の変化をふまえた見直しが行われており、今回は6年ぶりの改定となる。  新たな大綱では、「年齢に関わりなく希望に応じて活躍し続けられる経済社会の構築」などを基本的な考え方としている。分野別の基本的施策から「就業・所得」の分野をみると、@高齢期を見据えたスキルアップやリスキリングの推進、A企業等における高齢期の就業の促進、B高齢期のニーズに応じた多様な就業等の機会の提供、を図るとしている。公的年金制度については、「働き方に中立的な年金制度の構築を目指して、更なる被用者保険の適用拡大等に向けた検討を着実に進める」。  「健康・福祉」の分野では、「生涯にわたる健康づくりの推進」として、企業などに対し、「相互に協力・連携しながら、労働者、構成員、地域住民等が自発的に健康づくりに参画することができる取組の実施を促す」。また、仕事と介護を両立することができる雇用環境の整備の推進や、『仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン』(経済産業省)の普及を進めるとともに、企業の経営層が両立支援の知見を共有できる仕組みづくりや、地域のなかで中小企業の両立支援を支えるモデル構築・普及等を行うなどとしている。 https://www8.cao.go.jp/kourei/measure/taikou/r06/hon-index.html 総務省統計局 「統計からみた我が国の高齢者」を公表  総務省統計局は、敬老の日にあわせて、「統計からみた我が国の高齢者」を公表した。  人口推計によると、2024(令和6)年9月15日現在の総人口は、1億2376万人で、前年に比べ59万人減少した。また、65歳以上の高齢者(以下、「高齢者」)人口は、3625万人と、前年(3623万人)に比べ2万人増加し、過去最多となった。総人口に占める高齢者人口の割合は29.3%となり、前年(29.1%)に比べ0.2ポイント上昇し、過去最高。年齢階級別にみると、70歳以上人口は2898万人(総人口の23.4%)で、前年に比べ9万人増(0.2ポイント上昇)、75歳以上人口は2076万人(同16.8%)で、前年に比べ71万人増(0.7ポイント上昇)、80歳以上人口は1290万人(同10.4%)で、前年に比べ31万人増(0.3ポイント上昇)となった。  2023年の高齢者の就業者数は、2004(平成16)年以降、20年連続で前年に比べ増加して914万人となり、過去最多。15歳以上の就業者総数に占める高齢就業者の割合は13.5%で、前年に比べ0.1ポイント低下。就業者のおよそ7人に1人を高齢就業者が占めている。  高齢者の就業率は25.2%で、前年と同率。年齢階級別にみると、65〜69歳は52.0%、70〜74歳は34.0%、75歳以上は11.4%と、いずれも過去最高。産業別に高齢者の就業者数を10年前と比較すると、最も増加しているのは「医療、福祉」の63万人増加で、10年前の約2.4倍となっている。 https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1420.html 【P60】 次号予告 1月号 特集 65歳以降も働ける職場のつくり方 リーダーズトーク 奥村弘幸さん (伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 執行役員 経営企画グループ 人事総務本部長) JEEDメールマガジン好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 池田誠一……日本放送協会解説委員室解説委員 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 編集後記 ●2024年最後の特集は、「女性視点で見る高齢者雇用」をお届けしました。  現在、「定年後再雇用」で働いている人材を思い浮かべると、そのほとんどが男性であるという企業がまだまだ多いのではないでしょうか。職場や家庭における性別役割分担意識などにより、いまの60歳前後の女性は、家庭生活との両立を図りながらキャリアを継続するのがむずかしい状況がありました。しかし、価値観の変化や各種法制度の整備、企業における女性活躍推進の取組みにより、今後は定年後再雇用で働く女性が増えていくことが予想されます。  女性が60歳を超えて長く働ける環境を整えていくためには、男女による仕事観やキャリア観の違い、健康課題など、複合的な要素を交えて検討していくことが必要になります。本特集が、少しでもその参考になれば幸いです。 ●本年も『エルダー』をご愛読いただき誠にありがとうございました。2025年も、生涯現役社会の実現に向け、さらに充実した情報の発信に努めて参りますので、引き続きご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから▼ 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー12月号 No.541 ●発行日−−令和6年12月1日(第46巻 第12号 通巻541号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 鈴井秀彦 編集人−−企画部次長 綱川香代子 〒261−8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170−0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918 )8618 ISBN978-4-86788-043-2 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.346 サンドブラスト技法でガラスを削り濃淡を表現 彫刻硝子作家 山田(やまだ)浩子(ひろこ)さん(65歳) 「彫刻ガラスの技術に到達点はありませんから、つねに反省と改善のくり返しです。『これでいいや』と思うようになったら駄目だと思います」 吹きつける研磨剤を調整し絵画的な表現を可能に  重ね合った葉の立体的な表現など、ガラスに濃淡のある繊細な模様が施された作品の数々。「T・Hグラス工房」(東京都中野区)の山田浩子さんは、砂状の研磨剤を吹きつけて加工するサンドブラストの技術を使い、被きせガラスを加工する彫刻ガラスの技法を独自に磨いてきた。  被せガラスとは、ベースとなるガラスに異なる色のガラスを被せたガラスのこと。被せガラスの加工法としては切子(きりこ)がよく知られる。  「グラインダーでカットする切子に対して、サンドブラストは研磨剤の粒子の大きさや量、吹きつける空気圧の強さなどを変化させることで色の濃淡を出すことができ、より絵画的な表現ができるのが特徴です」  サンドブラストは、下準備としてガラスの削らない部分を覆うマスキングを行う。山田さんは、このマスキングの位置を移動させながら削る「重ね彫り」の技法を独自に開発した。最初のモチーフは浅めに削り、マスキングの位置をずらして次のモチーフはより深く削る。深く削るほどガラスの色が薄くなるため、重なり合った奥行きのある模様を表現することができる。  「100%の濃度から、削るほど色が薄くなっていく彫刻ガラスは『引き算の塗り絵』といえます。複雑な模様の場合、厚さ0.5mmに満たない色ガラスを削り、10段階以上の濃淡をあらわす必要があります。また、色ガラスは厚みが一定ではありません。どの程度削ればよいかの判断は、色の変化を目でとらえるしかありません。これは経験によるところが大きいですね」 35歳でサンドブラストに出合い40歳を過ぎて工房を設立  サンドブラストとの出合いは35歳のとき。育児から手が離れたのを機に、ステンドグラスの製作会社でパートとして働き始めた。そこで担当することになったのが、たまたま会社が導入したばかりのサンドブラストの機械だった。  「教わる人がいないまま、平らに削る『平彫り』から始めて試行錯誤を重ねていくうちに、削る深さを変えることで色の濃淡を出せることがわかり、サンドブラストがどんどん面白くなっていきました」  サンドブラストの技法は3年ほどで一通り修得したが、職場では建具に用いる大きく重い板ガラスを加工することも多く、腰を痛めてしまい退職。しかし、「やめてしまうのはもったいないのでは」という夫などの応援もあり、2001(平成13)年5月、自宅に工房を設立した。やがて百貨店の催事に出展するようになると、「この技術を教えてくれるところはありませんか」と聞かれることが増え、彫刻ガラスの教室もスタートした。  いま、山田さんが力を入れているのが後継者の育成だ。イベントとインターネットの世界でそれぞれ活躍する弟子が育ってきているという。  「自分と同じレベルの技術を身につけた弟子を、世に送り出したいと思っています。『先生に教えてもらって本当によかったです』といわれるとありがたいですね」 剣道でつちかった精神力を活かし新たな領域にもチャレンジ  工房を設立して以来、新たな領域にも積極的に挑戦してきた。その一つが、サンドブラストで漆(うるし)製品を加工すること。剣道防具の加工を請け負い、顧客の要望を受け、胴の表面の漆にさまざまな模様を彫刻してきた。また10年ほど前からは、ガラスの粒を型に詰めて鋳造(ちゅうぞう)する技法(パート・ド・ヴェール)を学び、材料となる被せガラスの製作にもトライしている。  「自分にどこまでできるか、この技術を使ってどんな広がりが出せるかをつねに考えています。その点は、子どものころから続けてきた剣道と通じる部分があります。どちらも自分自身と向き合うことができ、『ここまでできればいい』という到達点もありません。つねにふり返り、『次はここをもっとよくしよう』と考える、そのくり返しです。これからも、自分の可能性を追求していこうと思います」 T・Hグラス工房 TEL:03(3361)0477 https://th-grass.jimdo.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 被せガラスのマスキングを剥がした部分に、砂状の研磨剤を空気圧で吹きつけて削る。浅く削ると色が濃く、深く削ると色が薄くなる。 山田さん独自の技法である重ね彫りの教材として用いられる器(左)。右の雑草をコピーした図案がモチーフとなっている。この図案の型紙を器に貼って切り抜き、一つの葉を削ったら、マスキングの位置をずらして削ることをくり返す 彫刻の下準備として、図案が写された型紙をガラスに貼り、削る部分をデザインナイフとピンセットを使って切り抜く作業を行う 剣道防具の胴をサンドブラストで加工した作品。漆を削る深さを変えることで濃淡を表現している(写真提供:T・Hグラス工房) サンドブラストの技法を応用した漆器の菓子皿。表面の黒い漆を小菊や葉の形に削ることで、下塗りの黄と緑の漆が表に出てきている もみじをモチーフにした花瓶。重ね彫りによる、濃淡のある葉の重なりが奥行きを感じさせる 被せガラスの製作から手がけた「南天文大鉢」。部分的に色の異なるガラスを調合して焼成し、彫刻後に成形した(写真提供:T・Hグラス工房) 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  なつかしい昔を思い出すと、脳、とりわけ感情にかかわる大脳辺縁系が活性化し、「想起力」が鍛えられるといいます。例えば、小学校3 年生のときの家から学校までの道、家の間取りなどを思い出してみるのもその一つです。 第90回 目標6分 平成クイズ(平成11年〜15年のできごと) あてはまる言葉をリストから選んで書きましょう。 最初はリストを隠してチャレンジしてみてください。 平成11年(1999) @ 5月、本州と四国を結ぶ道路のうち、広島県尾道(おのみち)市と愛媛県今治(いまばり)市を結ぶ愛称□□□□□□□□□が開通。サイクリングロードは自転車愛好家たちに人気。 平成12年(2000) A 4月、市町村が主体となって費用を支援する□□□□制度がスタートした。被保険者は40歳以上。 平成13年(2001) B 3月、映画の世界を体験できるテーマパーク□□□□□□□□□□ジャパンが大阪に開業。 C 9月、米国でハイジャックされた飛行機がニューヨークの世界貿易センタービルなどに突っ込む□□□□□□□□が起き、3000人近くの人が亡くなった。 平成14年(2002) D 10月、北朝鮮から□□□□□5名が24年ぶりに日本に帰国した。 平成15年(2003) E 8月10日、沖縄都市モノレール、愛称□□□□□が運行スタート。那覇空港駅から首里駅までの15駅を27分で走行。 リスト ア 介護保険 イ 瀬戸内しまなみ海道 ウ 同時多発テロ事件 エ ゆいレール オ ユニバーサルスタジオ カ 拉致被害者 昔を思い出すことで「想起力」が鍛えられる  今回は、平成時代をふり返ってもらい、当時のできごとを思い出してもらいました。このように昔を思い出すことは、脳の活動を高め、想起力が鍛えられます。  頭の中にある昔の記憶や知識を引き出す脳の働きのことを「想起力」と呼びますが、この想起力が衰えると、少し前のことが思い出しにくくなってしまいます。例えば「さっきまで使っていたのに、どこに置いたか思い出せない」というような、困ったことが起きてしまうのです。  自分の過去の体験や記憶を、詳細に思い出すことも想起力のよいトレーニングとなります。この年は、自分は何をしていたか、そのときの家、学校、職場の様子や、いつも通っていた順路などを詳しく思い出してみましょう。そのときのヒット曲やヒット商品などにまつわる自身のエピソードなどを思い出すのもよいでしょう。  家族やパートナーや友人などと、思い出を語り合ってみてください。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @イ Aア Bオ Cウ Dカ Eエ 【P65】 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2024年12月1日現在 ホームページはこちら 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価503円(本体458円+税) 令和7年度 高年齢者活躍企業コンテスト 〜生涯現役社会の実現に向けて〜 ご応募お待ちしています 高年齢者がいきいきと働くことのできる創意工夫の事例を募集します 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 取組内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内 容を参考にしてください。 1.高年齢者の活躍のための制度面の改善 2.高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 3.高年齢者が働きつづけられるための作業環境や作業の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 主な応募資格 1.原則として、企業単位の応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。また、就業規則を定めている企業に限ります。 2.応募時点において、労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる環境となる創意工夫がなされていることとします。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1カ月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 各賞 【厚生労働大臣表彰】 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 【独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰】 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数などが決定されます。 応募締切日 令和7年2月28日(金) お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部 高齢・障害者業務課 ※連絡先は65ページをご覧ください。 2024 12 令和6年12月1日発行(毎月1回1日発行) 第46巻第12号通巻541号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会