高齢者の職場探訪 北から、南から 第150回 栃木県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 長く元気に働く高齢社員を追いかけ、雇用上限年齢を再度引上げへ 企業プロフィール 滝沢ハム株式会社(栃木県栃木市) 創業 1918(大正7)年 業種 食肉および食肉加工品の製造・販売 社員数 671人 (60歳以上男女内訳) 男性(98人)、女性(74人) (年齢内訳) 60〜64歳 87人(13.0%) 65〜69歳 63人(9.4%) 70歳以上 22人(3.3%) 定年・継続雇用制度 定年60歳。希望者全員70歳まで継続雇用。最高年齢者は事務職の76歳  関東地方北部に位置する栃木県は、四方を福島県、茨城県、群馬県、埼玉県に囲まれた内陸県で、首都圏に位置する地理的優位性もあり、バランスの取れた産業活動を展開しています。  JEEDの栃木支部高齢・障害者業務課の大原(おおはら)秀洋(ひでひろ)課長は、県の産業と支部の取組みについて次のように説明します。  「半世紀以上にわたり生産量が日本一のいちごが有名ですが、そのほかにも多くの農産物が全国上位を占め、地域性豊かな農業生産を展開しています。一方で、多様な工業製品を製造する『ものづくり県とちぎ』として、自動車産業をはじめとする製造業も盛んです。また、世界遺産である『日光の社寺』をはじめ、自然豊かな観光地の那須・塩原、益子焼に代表される伝統工芸品など、魅力的な観光資源に恵まれ、国内外から多くの観光客が訪れています。  相談・助言活動では、業種や規模を問わず、各企業において社内の高齢化・人手不足が顕著ですが、まず改正高年齢者雇用安定法のポイントをご理解いただいたうえで、個別の事情に応じた定年・継続雇用制度の改善提案を行うように心がけています」  同支部で活躍するプランナーの一人、島田(しまだ)忠彦(ただひこ)さんは中小企業診断士の資格を活かし、11年間にわたってプランナーを務めています。朗らかで笑顔を絶やさず、「一般企業を中心に訪問していますが、まれに医療、福祉、教育法人を訪問し助言も行っています。そこでは違う知見を得ることもでき、充実したプランナー活動を行っています」と語り、やわらかな物腰でさまざまな分野の事業所を訪問しています。  今回は、島田プランナーの案内で、「滝沢ハム株式会社」を訪れました。 栃木県を代表する老舗食肉加工会社  滝沢ハム株式会社は1918(大正7)年、食肉加工会社として創業、1950(昭和25)年に株式会社を設立。おいしさと品質を追求して、一手間、二手間かけたていねいなものづくりを貫き、1976年にヨーロッパの権威ある食肉加工コンテストで日本初の金メダルを受賞。以来、数々のコンテストで200個以上の金メダルを獲得してきた、いわば「ハムの金メダリスト」です。  同社の商品は、スーパーやコンビニエンスストアのほか、全国展開する飲食チェーン店にも供給されています。人事部長の鈴木(すずき)昌子(まさこ)さんは、「お肉のおいしさを特長に、日本の食肉文化をさらに豊かにし、おいしさでは日本一を目ざしています。また、地元栃木県の自然や美味しい水に恵まれた地理的優位性を活かして、地方の魅力ある会社の一つでありたいと考えています」と語ります。 希望者全員70歳までの継続雇用制度を導入  同社では、定年60歳、希望者全員65歳、基準該当者70歳までの継続雇用制度がありましたが、2023(令和5)年に制度を改定し、希望者全員70歳までの継続雇用制度を導入しました。60歳を過ぎると、なかには退職を希望する人が出てくるものの、健康であればごく自然な成り行きで70歳まで働く人が多い実態もあり、制度改定に至ったそうです。  「60歳、65歳、70歳のタイミングで人事部面談を実施する際、とても元気で仕事にやりがいを持っている社員が多くいました。人手不足のなかやる気のある人材が退職してしまうのはもったいないと考えており、希望者全員継続雇用の年齢上限を70歳に引き上げました。最近では60歳を超えてから入社する方も増えています。まだまだ60代は働ける年齢ですし、高齢社員のみなさんが『仕事に来るのが楽しい』といってくれるのは、とてもうれしいですね」(鈴木部長)  工場では60歳以降もフルタイム勤務で、水曜日と日曜日が休みというのが基本的な働き方になりますが、時短勤務希望者などもおり、そういった要望には個別に対応しています。  同社にはこれまで、島田プランナーを含め2人のプランナーが訪問しています。いずれも実態に合わせた定年年齢の引上げと継続雇用制度の導入を提案したそうです。希望者全員70歳までの継続雇用への改定後、同社をあらためて訪問した島田プランナーは、「現状に留まることなく、70歳以降の継続雇用制度の導入に前向きであることが確認できたので、企業内外の多様なステークホルダーにとって有効かつ納得感のある制度を導入するための課題整理や創意工夫点などについて、具体的なアドバイスをしました」と話します。  同社における高齢社員が働きやすい仕組みの一つが、水曜日と日曜日が休みなこと(工場の場合)。水曜日が休みのため、病院への定期的な通院がしやすい環境となっています。社員の健康管理について、特別な取組みは行っていないそうですが、自ずと高齢社員が規則正しい生活を送り、健康を維持するのに寄与している様子がうかがえます。  また、高齢社員に期待する役割の一つとして、若い世代への技術伝承があげられます。同社では、技能実習生と特定技能実習生の合わせて90人以上の若いベトナム人が活躍しています。若手社員と技能実習生に仕事のコツを教えているのが高齢社員をはじめとしたベテラン社員です。特にベトナムでは高齢者を敬う文化があるそうで、両者が互いによい関係を築いています。  そこで、高齢社員や技能実習生が働きやすいように、掲示物を大きくし、ベトナム語を交えわかりやすい内容にあらためるなど、だれもが働きやすい職場環境づくりに努めています。  また、2011(平成23)年から本社内に保育園を創設して社員のお子さんを預かっており、近年は社員の家族が里帰り出産をした際などの「孫預かり」にも対応しているそうです。  今回は、製造部門で元気に働くお二人にお話をうかがいました。 体を動かす仕事が天職の明るいムードメーカー  板垣(いたがき)一枝(かずえ)さん(75歳)は、51歳のときに知人の紹介で同社に入社しました。「とにかく体を動かすことが好きでこの仕事は本当に合っています」と笑顔で話します。  板垣さんは、入社当初からローストビーフの製造を担当しています。作業のポイントは、真空機に入るギリギリの大きさを見きわめ、真空包装に空気が入らないよう傷(穴)がないか素早く確認することだそうです。扱う肉は一個あたり3kg以上で、体に負担がかからないよう、力の入れ具合を模索し工夫してきました。日々体のケアをして、仕事に備えています。  安全面にも細心の注意を払っており、「機械の調子が悪いときは無理に作業を続けないことが大切です。若い世代はつい無理をして行動することがあり危ないので、必ず機械を止めるよう注意しています」と話します。  同社で長く働き、作業の多くを知っているからこそ、周りの様子が気になるとのこと。いまの若い世代は、厳しい言葉は受け入れられないこともあるので、伝え方に苦慮することもあるそうです。  レ・ヴァン・クエンさん(35歳)は、板垣さんを「おばさん」と呼んで慕う特定技能実習生です。「ベトナムでは高齢の人は仕事をしません。日本に来てみんな元気に働いているからびっくりしました。おばさん(板垣さん)はわからないことがあるとていねいに教えてくれるのでとても助かっています」と笑顔で話してくれました。  「とにかく元気で明るい板垣さんは職場のムードメーカーです。『明るく声をかけてくれるので仕事が楽しい』と話す同僚の声をよく聞きます」(鈴木部長)  板垣さんは「職場のみんなは仲間ですし、毎日会えるのが楽しいです。あと数年はがんばります」と充実した表情を見せていました。 若手と二人三脚で商品開発する元料理人  調理師免許を持つ上野(うえの)修司(しゅうじ)さん(68歳)は、50歳で同社に入社する前は、洋食店の料理人でした。やりがいはあったそうですが、土・日曜日や祝日は休めず、家族との時間を大切にしたいという理由で同社に転職。「いまは家族と過ごす時間が増えて満足しています」と話します。  入社後、肉処理・整形の部門を経て、現在は惣菜製造課で、商品開発部門からの依頼に基づいて商品を考案しています。「味つけやメニューづくりは上野さんの技術によるところが大きい」(鈴木部長)というほど重要な役割をになっています。  「前職のような洋食店の調理場なら1日につくる料理は多くて50食程度ですが、工場ではその10倍、100倍と量が多いのでたいへんです。工程を工夫して量産に対応しています」(上野さん)  上野さんから指導を受けたことがある管理課係長の茂木(もてぎ)翔也(しょうや)さん(30歳)は、「上野さんは技術があるだけでなく、謙虚な人柄でやさしい方です。私が入社1年目にゴミの処理で他部署の課長に叱責された際、上野さんが間に入って収めてくれました。そのときのことは忘れられません」とふり返ります。  惣菜製造課で上野さんとコンビを組む小野口(おのぐち)聖輝(まさき)さん(25歳)は、「高い調理技術があるだけではなく、試食をすると味に何が足りないかなどすぐにわかったりと、見習うべきところがたくさんあります」と全幅の信頼を寄せています。  二人のコンビネーションは抜群で、なんでも相談し合って進めています。上野さんの味つけに小野口さんが若い感性で意見をしながら着地点を探したり、小野口さんが業務スケジュールを組む際にも、上野さんにアドバイスをもらったりしているそうです。  65歳を超え体力の低下を感じることなどもあり、小野口さんに相談し業務量を調整することも。以前は残業することもありましたが、いまは小野口さんに任せて定時に帰宅しているそうです。  取材時には、板垣さんと上野さんのほか、「レジェンド」と呼ばれる高齢社員の名前が何人も上がりました。「65歳で退職したものの、卓越した技術を持つことから業務委託で働き続けている人など、当社にはそういうレジェンドがたくさんおり、会社を支えてくれています。継続雇用の年齢上限を70歳に引き上げたところですが、75歳への引上げも検討が必要ですね」と鈴木部長はさらなる雇用延長の可能性について示しました。  島田プランナーは「すでにすばらしい取組みを展開されていますが、さらによい取組みが見られそうですね」と今後に期待を寄せていました。 (取材・西村玲) 島田忠彦 プランナー アドバイザー・プランナー歴:11年 [島田プランナーから] 「自身が、経営者、従業員、外部コンサルタントという三つの立場を経験してきたことを活かして、多様な視点からのアドバイスを心がけています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆栃木支部高齢・障害者業務課の大原課長は島田プランナーについて「ていねいなヒアリングにより課題を的確に把握した提案は、各事業所における雇用制度改善に向けた検討につながっています。コンプライアンスや情報管理にも気を配って活動しており、支部が信頼を寄せるプランナーの一人です」と話します。 ◆栃木支部高齢・障害者業務課は、JR 宇都宮駅から北西へ約5km、バスで約20分の住宅街に立地する栃木職業能力開発促進センター内にあります。近隣にはとちぎ福祉プラザ、栃木県障害者スポーツセンター、栃木県立聾学校など、さまざまな福祉関連の施設があります。 ◆同県では、7人のプランナーが活動し、事業所訪問を実施しています。2023(令和5)年度は304事業所を訪問し、101件の制度改善提案を行いました。 ◆相談・助言を実施しています。お気軽にお問い合わせください。 ●栃木支部高齢・障害者業務課 住所:栃木県宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 電話:028-650- 6226 写真のキャプション 栃木県栃木市★ 本社社屋 鈴木昌子人事部長 ローストビーフの製造の一翼をになう板垣一枝さん(左)とレ・ヴァン・クエンさん(右) 惣菜部門で商品開発にたずさわる上野修司さん(中央)、小野口聖輝さん(右)、管理課の茂木翔也さん(左)