技を支える vol.346 サンドブラスト技法でガラスを削り濃淡を表現 彫刻硝子作家 山田(やまだ)浩子(ひろこ)さん(65歳) 「彫刻ガラスの技術に到達点はありませんから、つねに反省と改善のくり返しです。『これでいいや』と思うようになったら駄目だと思います」 吹きつける研磨剤を調整し絵画的な表現を可能に  重ね合った葉の立体的な表現など、ガラスに濃淡のある繊細な模様が施された作品の数々。「T・Hグラス工房」(東京都中野区)の山田浩子さんは、砂状の研磨剤を吹きつけて加工するサンドブラストの技術を使い、被きせガラスを加工する彫刻ガラスの技法を独自に磨いてきた。  被せガラスとは、ベースとなるガラスに異なる色のガラスを被せたガラスのこと。被せガラスの加工法としては切子(きりこ)がよく知られる。  「グラインダーでカットする切子に対して、サンドブラストは研磨剤の粒子の大きさや量、吹きつける空気圧の強さなどを変化させることで色の濃淡を出すことができ、より絵画的な表現ができるのが特徴です」  サンドブラストは、下準備としてガラスの削らない部分を覆うマスキングを行う。山田さんは、このマスキングの位置を移動させながら削る「重ね彫り」の技法を独自に開発した。最初のモチーフは浅めに削り、マスキングの位置をずらして次のモチーフはより深く削る。深く削るほどガラスの色が薄くなるため、重なり合った奥行きのある模様を表現することができる。  「100%の濃度から、削るほど色が薄くなっていく彫刻ガラスは『引き算の塗り絵』といえます。複雑な模様の場合、厚さ0.5mmに満たない色ガラスを削り、10段階以上の濃淡をあらわす必要があります。また、色ガラスは厚みが一定ではありません。どの程度削ればよいかの判断は、色の変化を目でとらえるしかありません。これは経験によるところが大きいですね」 35歳でサンドブラストに出合い40歳を過ぎて工房を設立  サンドブラストとの出合いは35歳のとき。育児から手が離れたのを機に、ステンドグラスの製作会社でパートとして働き始めた。そこで担当することになったのが、たまたま会社が導入したばかりのサンドブラストの機械だった。  「教わる人がいないまま、平らに削る『平彫り』から始めて試行錯誤を重ねていくうちに、削る深さを変えることで色の濃淡を出せることがわかり、サンドブラストがどんどん面白くなっていきました」  サンドブラストの技法は3年ほどで一通り修得したが、職場では建具に用いる大きく重い板ガラスを加工することも多く、腰を痛めてしまい退職。しかし、「やめてしまうのはもったいないのでは」という夫などの応援もあり、2001(平成13)年5月、自宅に工房を設立した。やがて百貨店の催事に出展するようになると、「この技術を教えてくれるところはありませんか」と聞かれることが増え、彫刻ガラスの教室もスタートした。  いま、山田さんが力を入れているのが後継者の育成だ。イベントとインターネットの世界でそれぞれ活躍する弟子が育ってきているという。  「自分と同じレベルの技術を身につけた弟子を、世に送り出したいと思っています。『先生に教えてもらって本当によかったです』といわれるとありがたいですね」 剣道でつちかった精神力を活かし新たな領域にもチャレンジ  工房を設立して以来、新たな領域にも積極的に挑戦してきた。その一つが、サンドブラストで漆(うるし)製品を加工すること。剣道防具の加工を請け負い、顧客の要望を受け、胴の表面の漆にさまざまな模様を彫刻してきた。また10年ほど前からは、ガラスの粒を型に詰めて鋳造(ちゅうぞう)する技法(パート・ド・ヴェール)を学び、材料となる被せガラスの製作にもトライしている。  「自分にどこまでできるか、この技術を使ってどんな広がりが出せるかをつねに考えています。その点は、子どものころから続けてきた剣道と通じる部分があります。どちらも自分自身と向き合うことができ、『ここまでできればいい』という到達点もありません。つねにふり返り、『次はここをもっとよくしよう』と考える、そのくり返しです。これからも、自分の可能性を追求していこうと思います」 T・Hグラス工房 TEL:03(3361)0477 https://th-grass.jimdo.com (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 被せガラスのマスキングを剥がした部分に、砂状の研磨剤を空気圧で吹きつけて削る。浅く削ると色が濃く、深く削ると色が薄くなる。 山田さん独自の技法である重ね彫りの教材として用いられる器(左)。右の雑草をコピーした図案がモチーフとなっている。この図案の型紙を器に貼って切り抜き、一つの葉を削ったら、マスキングの位置をずらして削ることをくり返す 彫刻の下準備として、図案が写された型紙をガラスに貼り、削る部分をデザインナイフとピンセットを使って切り抜く作業を行う 剣道防具の胴をサンドブラストで加工した作品。漆を削る深さを変えることで濃淡を表現している(写真提供:T・Hグラス工房) サンドブラストの技法を応用した漆器の菓子皿。表面の黒い漆を小菊や葉の形に削ることで、下塗りの黄と緑の漆が表に出てきている もみじをモチーフにした花瓶。重ね彫りによる、濃淡のある葉の重なりが奥行きを感じさせる 被せガラスの製作から手がけた「南天文大鉢」。部分的に色の異なるガラスを調合して焼成し、彫刻後に成形した(写真提供:T・Hグラス工房)