新連載 加齢による身体機能の変化と安全・健康対策  高齢従業員が安心・安全に働ける職場環境を整備していくうえでは、加齢による身体機能の変化などによる労働災害の発生や健康上のリスクを無視することはできません。そこで本連載では、加齢により身体機能がどう変化し、どんなリスクが生じるのか、毎回テーマを定め、専門家に解説していただきます。第1回のテーマは「腰痛」です。 OHサポート株式会社 代表/産業医 今井(いまい)鉄平(てっ平ぺい) 第1回 職場における「腰痛」の予防と対策 1 はじめに  高齢従業員においては、加齢にともなう筋力や柔軟性の低下など、腰痛リスクが高まりやすい状況にあります。  今回は、加齢による身体機能の変化、それによる腰痛の発生リスク、そして高齢従業員の腰痛予防対策に向けて、事業者に求められる安全・健康対策(作業管理・作業環境管理・健康管理)について解説します。 2 加齢による身体機能の変化  高齢者特有の健康課題に関して、以下にあげるような加齢による機能低下をまず考える必要があります。なお、高齢者の健康状態は個人差が大きいことが特徴となります。 ・感覚機能(視力、聴力、皮膚感覚、目の薄明順応) ・平衡機能 ・疾病への抵抗力と回復力 ・下肢筋力 ・柔軟性 ・速度に関する運動機能(動作調節能力) ・精神機能(記憶力や学習能力)  これらに対して、あまり低下しない機能には、手や上腕の筋力、筋作業持久能力、分析と判断能力、計算能力などがあります。さらに、長年蓄積してきた豊富な経験、知識と卓越した技術、慣れた業務であれば正確に遂行できるといった優れた点も多く認められます。  女性従業員においては、骨粗しょう症についても注意が必要です。骨量は、20代から40代後半まで、あまり変化しません。しかし50代以降は、エストロゲンの分泌が閉経によって減少し、新しい骨をつくるよりも古い骨を壊す働き方のほうが活発になるため、何もしなければ骨量はどんどん減っていきます(図表1)。 3 腰痛について  腰痛には、ぎっくり腰(腰椎ねん挫など)、椎体骨折、椎間板ヘルニア、腰痛症などがあります。職場における腰痛は、特定の業種のみならず多くの業種および作業においてみられ、休業4日以上の業務上疾病として2023(令和5)年には6132件の発生を認めており、新型コロナウイルス罹患を除くと業務上疾病として最も多いものとなっています※。さらに、腰痛は労働生産性の低下と関連する重大な要因となることも示唆されており、各職場における腰痛予防対策はきわめて重要といえます。  腰痛の発生要因は動作要因、環境要因、個人的要因、心理・社会的要因に分類されます。これらのうち、単独の要因だけが腰痛の発生に関与することは稀で、いくつかの要因が複合的に関与しているとされています。 ・動作要因……重量物の取扱い、人力による人の抱上げ作業、長時間の静的作業姿勢(拘束姿勢)、不自然な姿勢、急激または不用意な動作 ・環境要因……振動、温度、床面の状態、照明、作業空間・設備の配置、勤務条件など ・個人的要因……年齢および性、体格、既往症および基礎疾患 ・心理・社会的要因……仕事への満足感や働きがいが得にくい、上司や同僚からの支援不足、職場での対人トラブルなど 4 加齢にともなう腰痛発生リスク  下肢筋力の低下により重量物を持ち上げるときの負担が大きくなる、柔軟性の低下により無理な姿勢を取りやすくなるなど、加齢にともない腰痛リスクが高まることが考えられます。また、平衡機能や動作調節能力の低下により転倒リスクが高まり、転倒した際に受け身などの体勢がとりづらいことなども、転倒による腰痛リスクを高めることにつながります。さらに、外傷を受けた際の回復力の低下や骨粗しょう症による骨折のしやすさが加わることで、腰痛災害が重症化・長期化する懸念もあります。 5 職場における腰痛予防対策  腰痛の発生要因は複数存在することから、単独の予防対策だけでは、また、個別的に各予防対策を行うのでは、腰痛の発生リスクを効果的に軽減するのはむずかしいとされています。このため、事業者が中心となり、職場で総合的な腰痛予防対策を講じていくことが重要といえます。2013(平成25)年に厚生労働省から公表された「職場における腰痛予防対策指針」では、このような総合的な腰痛予防対策のために事業者や労働者が取り組むべきことがまとめられています。具体的な予防対策は「作業管理」、「作業環境管理」、「健康管理」の三つに分類されます。以下、分類別に取組みのポイントを示します。 ■作業管理 ・自動化、省力化  重量物取扱い作業などの腰部に著しい負担のかかる作業については、作業の全部または一部を自動化することが望まれます。それがむずかしい場合は、運搬物の軽量化、台車などの適切な補助機器や道具を導入するなどの省力化を行うことが求められます。 ・作業姿勢、動作  作業者が自然な姿勢で作業対象に正面を向いて作業できるように、作業台などを適切な高さと位置に設置するとともに、十分な作業空間を設置することなどがあげられます。また、不自然な姿勢を取らざるを得ない場合も、前屈の角度やひねりの程度を小さくするとともに、不自然な姿勢を取る頻度と時間を少なくする工夫が求められます。 ・作業の実施体制  作業者の年齢・性別・体格・体力なども考慮して、作業密度・作業強度・作業量などが個々の作業者ごとに過大になりすぎないよう配慮することが重要です。 ・作業標準  おもな作業動作・作業姿勢・作業手順・作業時間などを盛り込んだ作業標準の策定も、腰痛防止に必要な対策の一つです。その際、必要に応じてイラスト(図表2)や写真なども活用して、具体的な内容にすることが大事です。 ・休憩・作業量、作業の組合せなど  各作業間に適切な長さと頻度の休憩を取り、腰部の緊張を取り除くことが大事です。また、不自然な姿勢を取る時間が多い作業や、姿勢の拘束や同一作業の反復が多い作業では、ほかの負担が少ない作業と組み合わせるなどして、負担がかかる一連続作業時間をなるべく短くすることも求められます。 ・靴、服装など  転倒などの事故を防ぐために、作業用の靴は滑りにくいものを使うこと、また、作業服は適切な姿勢や動作を妨げることのないように、伸縮性のあるものを使うようにすることが大事です。 ■作業環境管理 ・温度  気温が低すぎると腰痛が悪化したり、発生しやすくなるため、寒冷時の屋内作業場では適切な温度環境を保つこと、冬季の屋外作業では、保温のための衣服を着用させるとともに、適宜、暖が取れるように休憩室などに暖房設備を設けることが望まれます。 ・照明  照度不足で足もとや周囲の安全が確認できないと、腰痛の原因となる転倒や階段のふみ外しなども招く危険があります。このため、作業場所・通路・階段などで、適切な照度を保つことも重要です。 ・作業床面  転倒・つまずき・滑りなどのリスク低減のため、作業床面はできるだけ凹凸・段差が少なく、滑りにくいものとすることが望まれます。 ・作業空間や設備、荷の配置など  不自然な作業姿勢・動作を避けるため、十分な作業空間を確保することが大事です。作業場そのものが整理整頓されておらず、雑然と物が置かれている状況だと、作業・移動の妨げとなるため、作業開始前に十分な作業空間を確保しておくことが求められます。また、作業場を日ごろから整理整頓しておくことで、転倒防止にもつながります。 ■健康管理 ・腰痛予防体操  職場で腰痛予防体操を実施し、腰部を中心とした腹筋、背筋、殿筋等の筋肉の柔軟性を確保し、疲労回復を図ることが重要です。腰痛予防としてはストレッチングを主体としたものが望ましく、作業開始前・作業中・作業終了後などが実施のタイミングとなります。ストレッチングは床や地面に横にならずとも、作業空間、机、いすなどを活用して手軽に行うことができます(図表3)。  効果的にストレッチングを行うポイントとして、以下があげられます。 @息を止めずにゆっくりと吐きながら伸ばしていく A反動・はずみはつけない B伸ばす筋肉を意識する C張りを感じるが痛みのない程度まで伸ばす D20秒から30秒伸ばし続ける E筋肉を戻すときはゆっくりとじわじわ戻っていることを意識する F一度のストレッチングで1回から3回ほど伸ばす ・労働衛生教育  腰痛予防のための労働衛生教育を従業員に対して実施することも大事です。職場における腰痛予防対策指針では、@腰痛の発生状況および原因、A腰痛発生要因の特定およびリスクの見積り方法、B腰痛発生要因の低減措置、C腰痛予防体操を項目に盛り込むことが推奨されています。それに加え、女性従業員向けには骨粗しょう症予防に関する内容として、バランスのよい食事や、骨に適度な負荷をかける(骨をつくる細胞を活性化する)運動習慣に関する啓発を行うことも効果的でしょう。 ・職場復帰時の措置  腰痛は再発する可能性が高い疾病です。腰痛による休業者の職場復帰の際は、重量物取扱いなどの腰部に負担のかかる業務の免除など、腰痛発生に関与する要因を排除・低減し、休業者が復帰時に抱く不安を十分に解消することが大事です。また、休職に至らずとも、腰痛の訴えや既往症を把握した場合には、必要に応じて作業方法の改善・作業時間の短縮・作業環境の整備などの配慮を行うことが求められます。 ・心理・社会的要因への対応  上司や同僚の支援、腰痛で休業することを受け入れる環境づくり、腰痛による休業からの職場復帰支援、相談窓口をつくるなどの組織的な取組みが重要です。 6 おわりに  本稿では、加齢による機能低下にともなう腰痛発生リスク、そしてその予防対策として労働衛生の三管理(作業管理・作業環境管理・健康管理)を中心に述べてきました。高齢従業員に向けた対策を行うことで、だれにとっても働きやすい職場環境づくりにつながることと思われます。ぜひ各事業所で率先して対策に取り組みましょう。 【参考文献】厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」2013 ※ 厚生労働省「業務上疾病発生状況等調査(令和5年)」 図表1 年齢にともなう骨量の変化 骨量 男性 女性 女性ホルモン 成長期 閉経 骨量の急激な減少 骨粗鬆症の範囲 出典:『骨粗鬆症 検診・保健指導マニュアル第2版』ライフサイエンス出版(2014) 図表2 作業姿勢の例 好ましい姿勢 好ましくない姿勢 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」(2013)より編集部作成 図表3 腰痛予防体操の例 事務機材を利用した上半身のストレッチング 20〜30秒間姿勢を維持し、1〜3回伸ばします 出典:厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針及び解説」(2013)より編集部作成