新連載 地域・社会を支える高齢者の底力 The Strength of the Elderly 第1回 銚子市地域おこし協力隊・榊(さかき)建志(けんじ)さん(63歳)  少子高齢化や都心部への人口集中などにより、労働力人口の減少が社会課題となるなか、長い職業人生のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かし、多くの高齢者が地域・社会の支え手として活躍しています。そこで本連載では、事業を通じて地域や社会への貢献に取り組む企業や団体、そこで働く高齢者の方々をご紹介していきます。 建設会社を60歳で定年退職 生まれ故郷で「地域おこし協力隊」に  榊建志さんは、2022(令和4)年4月に千葉県銚子市から地域おこし協力隊※の委嘱を受け、現在は「銚子協同事業オフショアウインドサービス株式会社(通称C-COWS=シーコース)」の取締役として活動している。C-COWSは、銚子沖で洋上風力発電事業がスタートするのにあわせ、銚子市、銚子市漁業協同組合、銚子商工会議所が共同で設立した会社。地元企業として、洋上風力発電事業に参画し、地域の活性化につなげるのがねらいだ。  風の力で風車を回転させ、そのエネルギーを発電機に伝えることで電力を生み出す風力発電は、再生可能エネルギーの切り札として期待されている。四方を海で囲まれる日本では、海上での拡大に注力しており、2019(平成31)年4月、洋上風力発電事業を推進するための法律が施行された。2020年7月に、同法に基づく促進地域に銚子沖が指定され、公募で発電事業者に選定された三菱商事洋上風力株式会社(東京都)を代表企業とするコンソーシアムが、2028年の運転開始を目ざし、事業を進めている。  「洋上風力発電施設をどう受け入れるか―」。完成すれば一般海域では国内初となる洋上風力発電をめぐり、銚子市では、市、漁協、商工会議所の幹部らによる積極的な意見交換が行われたという。当時の幹部から榊さんが聞いたところによれば、「せっかくの事業も『建てたら終わり』では、地元には何も残らない。建設は一過性のものだが、メンテナンスであれば長く続く」との見解で一致し、発電施設のメンテナンスや運転管理業務を地元で請け負うことを目ざし、2020年9月にC-COWS を起ち上げた。榊さんは2022年より同社の取組みに参画。発電事業者との交渉、メンテナンスのノウハウや人材育成のための情報収集などをになっている。 きっかけは旧知からの誘い 漁協と商工会議所の橋渡し役に  榊さんの前職は会社員で、1984(昭和59)年、建設大手の株式会社竹中工務店(大阪府)に入社。東京、兵庫、神奈川、千葉、栃木の拠点を渡り歩き、大阪本社の部長などを歴任した。キャリアのなかでは、建設費の管理などにかかわる工務分野の担当が長かったという。2021年に60歳で同社を定年退職し、それまで約4年間住んでいた大阪府から、生まれ故郷である銚子市に戻った。定年後も雇用を延長するという選択肢もあったが、「延長せずに辞めることは、ずっと前から決めていた」と話す。  高校卒業まで銚子で生活し、竹中工務店東関東支店勤務時代には同市内のプロジェクトにたずさわった経験もある榊さんは、市内に友人や知人が多い。当初は「地元で魚釣りでもして過ごそうと思っていた」そうだが、退職を決めたタイミングで、旧知の一人である銚子商工会議所の会頭から「仕事を手伝ってくれないか」と声をかけられた。会頭とは、支店勤務時のプロジェクト以来の知り合いだ。「C-COWSを軌道にのせてほしい。地域おこし協力隊に応募してくれないか」と頼まれ、特に気負いもなく応募したそうだ。  C-COWSは「オール銚子」のメンバーで構成され、代表取締役には漁協の組合長、取締役には榊さん、商工会議所会頭、漁協副組合長理事、監査役には市長がそれぞれ名を連ねる。市の洋上風力推進室主査の林(はやし)慶彦(よしひこ)さんに聞くと、地域の漁協と商工会議所が共同で事業を実施するのは「全国的にも珍しいケース」だという。しかも日本有数の漁獲量を誇る銚子の漁協の取組みとあって注目度も高く、全国から多くの関係者が視察に訪れている。「漁協の組合長と商工会議所の会頭が一緒に写真に写っているのって、すごいですね」と、視察者からいわれることもあるそうだ。  その漁協と商工会議所、そして市も含めた連携では、榊さんも重要な役割を果たしている。榊さんは、商工会議所会頭に加え、漁協の副組合長とも地元の友人を通じたつながりがある。さらに、市長とは同い年で、高校の同級生。これまでつちかった人間関係を背景に、それぞれの組織の橋渡し役としても、事業を支えている。 洋上風力発電所から地域活性化 経験、人脈を活かした活躍に期待  榊さんは現在、銚子市地域おこし協力隊の委嘱を受けた個人事業主として、C-COWSの取締役をにない、活動している。基本的には常勤で、商工会議所内に設けられた専用デスクで執務を行う。業務量は多く、「前の会社にいたときより、忙しいぐらいです」と笑う。  実際、洋上風力発電事業において、メンテナンス業務への参入を実現するのは、簡単なことではない。「発電事業者からすれば、メンテナンスも発電機メーカーにすべて任せたほうが効率的だし、わざわざ地元の企業を使う必要はない」と榊さん。洋上風力推進室の林さんも「何もしなければメンテナンス業務も、メーカーが確保した外部からの人たちで実施することになってしまう」と話す。  一方で銚子市にとって、雇用の確保は喫緊の課題だ。特に若い世代の流出が激しく、林さんによれば、高校卒業と同時に進学などで都内に行って、そのまま帰ってこない人も多いという。その原因はやはり、市内に「魅力のある働き場所」が少ないことで、「C-COWSが徐々にメンテナンスの請負割合を増やして、地元の人が一人でも多くそこに就職して、市外に出なくてもそれなりの収入を得られるようになってほしい」との願いは強い。  地元の期待を背に、榊さんは風力発電のメンテナンスについて、一から勉強。すでに稼働している北海道や秋田県の洋上風力発電所の関係者から情報収集なども精力的に行っている。同時に、銚子の洋上風力発電プロジェクトの発電事業者との話合いも進め、現在は、実際に発電機メーカーと交渉できる段階までたどり着きつつある状況だ。  「これまでに外部との交渉もありましたが、榊さんが経験を活かして、ぐんぐん引っ張ってもらってきた」と林さん。「C-COWS=榊さんといっても過言ではありません。C-COWSは榊さんなくしてあり得ないと思っています」と、信頼の厚さをにじませる。  今後は、2028年の洋上風力発電の稼働に向け、人材の確保、育成を行っていく計画だが、さらなるミッションもあるという。「せっかく国内初の施設ができるのだから、継続的に人や情報が銚子に出入りするような仕掛けをつくれないかと、市と漁協と会議所から宿題を出されています」とのこと。榊さんは、洋上風力発電を軸とした、さらなる地域活性化の取組みも模索中だ。今後のさらなる活躍が期待される。 ※地域おこし協力隊……都市部から地方部に住民票と生活拠点を移し、伝統産業の継承、地場産品の開発協力などの地域おこしを行いながら、地域への定着、定住を図る総務省の制度 写真のキャプション 銚子市地域おこし協力隊の榊建志さん(左)と銚子市洋上風力推進室主査の林慶彦さん(右)