いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第52回 「労働基準法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働基準法について取り上げます。 労働基準法は“最低限”の基準  労働基準法(労基法)とは、労働条件の“最低基準”を定めた法律です。本来であれば、労働条件に関する契約も近代法律の考え方の基本である契約自由の原則※1にのっとり、労働者と使用者(雇用主等)の対等な立場での契約で行えばよいのですが、労働者は経済力の弱さから不公平な契約になる可能性が高くなります。そこで、国家が雇用関係に直接的に介入することで、労働者の保護を図ることを目的に制定されたのが労働基準法です。最低基準を定めているという点がポイントで、当然ながら基準を下回ることは許されず、むしろ向上させていくことが条文の第一条で望まれています。  理解を深めるために、制定の経緯もみていきましょう。労働基準法が制定されたのは、太平洋戦争終戦後の1947(昭和22)年第92回帝国議会においてです。ここでの労働基準法の提案理由に、「戦前わが国の労働条件が劣悪なことは、国際的にも顕著なものでありました。(略)日本再建の重要な役割を担当する労働者に対して、国際的に是認されている基本的労働条件を保障し、もって労働者の心からなる協力を期待する」とあります。これより前に、1916(大正5)年に施行された工場法という労働者保護のための法律があったのですが、『女工哀史※2』などの実態にみられるように、適用範囲は限定的で、年少者、女子に関する保護内容も初期の過渡的なものにすぎませんでした。これに対して、1946年に交付された日本国憲法の第27条第2項の「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。」を根拠として、国際的な基本的労働条件を保障することで、終戦後の日本の産業復興に向けて労働者の協力をうながそうとしたのが労働基準法です。  ここまで述べたように労働基準法の目的の根底にあるのが、労働者保護の考えです。労働にかかわる法律は、総称して労働法といいますが、なかでも労働基準法は労働保護法の基本となる法律といわれています。 労働基準法の概要と近年の改正動向  労働基準法の目的を押さえたところで、内容についてみていきましょう。紙面の都合もあるので代表的な項目※3を列記します ・第一章 総則…労働条件の原則や決定、男女同一賃金の原則等 ・第二章 労働契約…契約の期間、労働条件の明示、解雇制限と解雇の予告等 ・第三章 賃金…賃金の支払い方法(直接払、通貨払、毎月払)、休業手当等 ・第四章 労働時間等…労働時間(一日8時間・週40時間、変形労働時間、フレックスタイム)、休憩・休日の付与時間・日数、時間外及び休日の労働(労使協定の締結)、時間外・休日及び深夜勤務の割増賃金、時間計算(労働時間の通算、みなし労働、裁量労働)、年次有給休暇の付与方法・日数、労働時間等に関する規定の適用除外(管理監督者)等 ・第六章の二 妊産婦等・・・危険・有害な業務の就業制限・禁止、産前産後の休業・労働時間・深夜勤務の扱い等 ・第八章 災害補償…休業補償、障害補償、遺族補償等 ・第九章 就業規則…作成及び届出の義務、意見聴取手続(労働組合・労働者過半数代表者)、法令・労働協約・労働契約との関係等 ・第十一章 監督機関…労働基準主管局・都道府県労働局・労働基準監督署の職員及び権限 ・第十三章 罰則…罰金、懲役等  昔からみたことがあるという項目も多いかと思います。しかし、労働基準法は、社会の課題や要請に応じてかなりの頻度で内容が改正されています。例えば、直近2023(令和5)年・2024年施行の改正では、柔軟な働き方の促進にともなう裁量労働制の適用要件見直し※4、有期契約労働者の無期転換円滑化に向けた労働条件明示のルール見直し、キャッシュレス決済等の浸透に対応するための賃金のデジタル払いを可能とするものなどです。法律が変わるということは、使用者や労働者が日常で守るべきルールも変わるということですので、改正の動向には関心を払っておきたいところです。 労働基準法に関する問題  最後に筆者が特に気になる労働基準法に関する問題に触れて、本稿を締めたいと思います。  一つは法律が遵守されきれていない事実があることです。社会全体の働き方改革やコンプライアンス遵守の流れにより、かつてに比べて遵守意識は高まったといわれていますが、厚生労働省労働基準局が発刊している『労働基準監督年報』の定期監督等実施状況・法違反状況をみるとまだまだ違反件数は多数あります。参考までに2022年調査での違反が1万件以上のものをあげると、労働時間、割増賃金、年次有給休暇、労働条件の明示、賃金台帳の記載に関するものです。労働基準法違反があった場合の罰則として、罰金または懲役があるのですが、罰金の金額がそれほど高いものではなく、懲役に至るケースが広くは認知されていないなどが違反件数が多い理由として想定されます。また運用ルールが複雑であることも否めず、意図せず違反になるケースもあります。迷ったら、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。  もう一つの問題は、労働基準法の適用範囲です。原則として、使用者の指揮監督下で労働している場合には、労働者として労働基準法の適用対象となります。しかし、適用対象外の労働者もいます。例えば、家内労働者(同居の親族のみで営む事業で働く者)、家事使用人(家事一般に使用される労働者)については完全に適用除外になっています。同様に、増加傾向にあるフリーランス※5は雇用関係にはないものの、実際は指揮監督下で労働者と変わらない働き方をしている者も多くいます。特にフリーランスについては、使用者の意向に従って長時間の労働や働き方の制限を受けているケースがしばしば話題にあがっています。労働基準法上の労働者に該当するかどうかは、契約の形式や名称にかかわらず、実態を勘案して総合的に判断されるため注意が必要です。 ***  次回は、「労働契約法」について取り上げます。 ※1 契約自由の原則……私人の契約による法律関係については私人自らの自由な意思に任されるべきであって、国家は一般的にこれに干渉すべきではないとするもの ※2 『女工哀史』…… 細井和喜蔵(ほそいわきぞう)著、大正14(1925)年改造社刊。近代日本の経済発展をになった大機械制工場下の紡績業に従事する「女工」の過酷な労働環境の実態を記録したもの ※3 詳細な内容は、条文をご確認ください。  https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049 ※4 本連載第49回(2024年8月号)「裁量労働制」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202408/index.html#page=52 ※5 本連載第41回(2023年12月号)「フリーランス」をご参照ください。  https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202312/index.html#page=52