Leaders Talk リーダーズトーク No.129 65歳になったら食生活の見直しを行いメタボ予防からフレイル対策にギアチェンジ 社会医療法人令和会熊本リハビリテーション病院 サルコペニア・低栄養研究センター長、リハビリテーション科部長、栄養管理部部長 吉村芳弘さん よしむら・よしひろ 2013(平成25)年より熊本リハビリテーション病院に勤務。2014年同栄養管理部部長、2015年リハビリテーション科副部長を経て、2020(令和2)年より現職。  健康の維持・増進は、働いていくうえでの重要な要素の一つ。読者のみなさまのなかにも、メタボにならないよう、食事を中心に生活習慣の改善に取り組んでいる人も少なくないのではないでしょうか。ただし高齢期になると、太っていることよりも痩せていることがリスクになります。  今回はリハビリテーション医として、多くの高齢者の診療にたずさわる吉村芳弘先生に、高齢期における食事・栄養の重要性についてお話をうかがいました。 フレイル・サルコペニアの予防が重要 60歳になる前から健康“貯筋”を ―高齢期にはフレイル・サルコペニアの予防が重要といわれています。まず「フレイル」と「サルコペニア」の定義や症状について教えてください。 吉村 「フレイル」とは「虚弱」を意味し、老年医学では「介護は必要としないが、日常生活動作や認知機能に衰えが見られる状態」のことで、いわば要介護の予備軍です。フレイルには「身体的フレイル」、認知機能の低下やうつなどの心理面が問題になる「精神・心理的フレイル」、社会的な孤立や食事環境・生活環境の制限が問題となる「社会的フレイル」の三つがあります。それぞれ、病気やけが、ストレスに対する耐性が低下した状態です。同じ病気や同じ場所を骨折した場合であっても、フレイルの方は元の生活に戻りにくく、肺炎などのちょっとした病気でも寝たきりになりやすいといえます。  「サルコペニア」はギリシャ語のサルコ(筋肉)とペニア(減少)を合わせた造語で「筋肉減少症」という病気です。以前は身体機能が低下した状態もサルコぺニアとされていましたが、国際的なガイドラインでは「筋肉量」と「筋力」のいずれも減少した状態をさします。身体機能の低下はその結果によって起こるものであり、身体的フレイルの中心的要素がサルコペニアと考えられています。筋肉量を測る代表的なものが「インボディ測定」と呼ぶ体組成分析装置です。筋肉量や体脂肪量、水分、ミネラル、タンパク質の量などを測定でき、いまでは病院やジム、自治体でも普及しつつあります。筋力は握力計で測ります。男性で28kg、女性で18kg未満だと筋力低下によるフレイルと考えられています。  筋肉量は加齢によって減少し、30歳をピークに、なにもしなければ1年間に1%ずつ減ります。10年間で10%、80歳になるとピーク時から50%も減ることになります。高齢者が寝たきりになると、1日で1%程度筋肉量が減るという研究結果もあります。 ―サルコペニアになると、身体機能にどのような影響を及ぼすのでしょうか。 吉村 骨粗鬆症(こつそしょうしょう)という病気は骨密度が低下した状態ですが、サルコペニアはその筋肉版といえます。筋肉が落ちてくると転びやすくなるのですが、それが一番の問題です。どんなに骨が固くても何度も転べばそのうち折れてしまいます。筋肉は車でいうと体のエンジンにあたり、サルコペニア自体がフレイルの大きな要因になります。  また、病気の回復も遅くなります。肺炎にかかった場合、あるいは大きな手術を受けた後などは、筋肉量が多い人は回復が早く、筋肉量が少なく体が細い人はなかなか回復しないですし、合併症も起こりやすくなります。65歳を過ぎると持病を抱えている人も多くなりますが、病気の回復だけではなく、薬の効き方にも影響します。特に糖尿病はサルコペニアとの関係が深く、糖は筋肉に取り込まれて蓄えられますが、サルコペニアになると糖を蓄えられなくなり、糖尿病がどんどん悪化することが近年わかってきました。  このように、筋肉はきわめて重要であり、高齢になる前から蓄えることが肝要です。私は「健康“貯筋”」と呼んでいます。企業向けの講演などでは、「従業員に筋トレをさせてください。お金も大事ですが、筋肉はもっと大事ですよ」と呼びかけています。 食生活を見直し体重・筋肉の維持・増加を特に重要なのは肉・魚などから摂るタンパク質 ―65歳からはメタボリックシンドローム予防の「過栄養対策」から、フレイル予防の「低栄養対策」へのギアチェンジが重要となるそうですね。食事や栄養と筋肉の関係について教えてください。 吉村 高齢期に大事なことは、体重と筋肉の維持・増加です。50代までは「太らない=健康」という考え方でもよいのですが、65歳以降は痩せていることが健康リスクになります。  肥満や血糖値を気にして糖質制限をしてきた人は、まず制限を解除しましょう。例えば、太らないためのメタボ対策として最初に野菜を食べる「ベジファースト」という言葉がありますが、それだと満腹になりあまり食べられなくなります。フレイル対策としては、最初に肉・魚・卵などを食べる「プロテインファースト」に切り替え、三大栄養素である炭水化物、脂質、タンパク質をしっかり摂って体重を維持することがとても大切です。そのうえで重要になるのが筋肉の材料となるタンパク質の摂取量を増やすことです。タンパク質の必要量は青年期に比べて多くなり、成長期の子どもと同じくらい、1日に体重1kgあたり1・5〜2g程度必要とされています。体重60kgの人なら90〜120g程度です。  牛乳コップ一杯が約6〜8g、卵1個約6〜7g、納豆1パック約6〜7gのタンパク質が含まれていますが、これだけで90g摂るのはむずかしいので、肉や魚を含めてタンパク質をどのくらい摂取しているのかを一度イメージしてほしいと思います。  そして朝からしっかり食べてください。ときどき「夕食をしっかり食べているから大丈夫」という人がいますが、やはり朝起きたらタンパク質を含む栄養素をしっかり摂ることが大切です。厚生労働省では、朝食でタンパク質20gを摂ることを推奨しています。筋肉量を増やすには90g以上のタンパク質が必要になりますが、高齢者の方は増やすよりもまずは維持することを大事にしてほしいと思います。 ―筋力をつけるには運動も大事でしょうか。 吉村 日々の食生活だけではなく、運動も大事です。以前まではメタボ対策として「1日1万歩のウォーキングをしましょう」といわれていましたが、歩くだけでは筋肉の維持には不十分で、やはり筋トレは欠かせません。例えばスクワットをゆっくり10回3セット、つま先立ちと片足立ち、それぞれ10秒間の3セットがおすすめです。スクワットがむずかしければ、いすからの立ち上がりでもかまいません。これらは室内で安全にできるので高齢者におすすめできる運動ですが、個人差もあります。できる人はウォーキングでの早歩きやジョギングなどももちろん有効です。90代でもマラソンをしている人もいます。 シニア世代の健康の維持・増進に向け職場でできる支援の拡充を ―65歳以上の働く人が増えている一方で、高齢者の転倒による骨折などの死傷災害が業種に関係なく増加傾向にあります。企業として留意すべき点とはなんでしょうか。 吉村 女性の方が男性よりもサルコペニアになりやすいことがわかっています。サルコペニアの女性が一度転倒し、骨折すると職場復帰がむずかしくなります。また、男性であっても、例えば脚立から落ちて骨折した場合、打ちどころが悪いとそのまま要介護になってしまうこともあります。もちろん転倒しないような職場環境の改善が大切なのですが、ふだんからの健康管理やフレイル対策も重要です。“健康貯筋”のためにジムや体組成計機を設置する企業も徐々に増えています。食生活でも、例えば社員食堂に年齢を重ねた人のための「高タンパク定食」というネーミングのメニューがあってもよいかもしれません。  そしてなによりも大切なのは、従業員に自分の健康は自分で守るという意識を持ってもらうことです。一方的に「やれ」といわれても能動的に行動しなければ健康を保つことはできません。それを支援するのが会社の役割だと思います。 ―治療を続けながら働く高齢者も少なくありません。治療と仕事の両立を継続していくために大事なことはなんでしょうか。 吉村 65歳以上でなんらかの疾患を抱えていない人はほとんどいません。大事なのは「前向きで逃げないこと」が一番です。病気があるからと、ネガティブにならず、病気とがっぷり四つに向き合い、「どうせなら治してしまおう」という気持ちでつきあってほしいと思います。もちろん会社のサポートも重要です。病気になるとうつ病などを併発し、仕事に対する意欲や気力が失われます。従来の精神医学や心理学ではネガティブな気持ちを普通の状態に戻す治療が中心でしたが、いまはポジティブ心理学という、自発性をより高めて活き活きと過ごせるようにする考え方が主流になりつつあります。職場環境も大切で、例えばレクリエーションの実施や職場にリラックスできる開放的な空間を設けたり、昼休みに心地よい音楽を流したり、癒やしになるような環境を整備することも有効です。 ―最後に健康で長く働き続けるための秘訣について教えてください。 吉村 「食事制限」について、一度立ち止まって疑う姿勢を持つことですね。例えば「コレステロールが高いので体重を落としましょう」といわれ、どんどん痩せてしまうのは要注意です。血液検査の数値が改善しても体が衰えてしまっては意味がありません。65歳を超えたら、病気だけではなく、食事・運動を意識しながら、しっかりと食事を摂り、筋肉を蓄え、生活の質を豊かにすることが、長く働き続けるためにもっとも大切だと思います。 (聞き手・文/溝上憲文 撮影/中岡泰博)