特集 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 〜開催レポートT〜 2025年10月16日開催 「これからのキャリア形成支援自律的キャリアはなぜ難しい?−ミドル・シニアの学ぶ意思をどう引き出すか」  JEEDでは、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2025(令和7)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって特に関心の高いテーマで2 回にわたり開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表、パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2025年10月16日に開催された「これからのキャリア形成支援自律的キャリアはなぜ難しい?―ミドル・シニアの学ぶ意思をどう引き出すか」の模様をお届けします。 2025年10月16日開催 基調講演 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「これからのキャリア形成支援」 自律的キャリアはなぜ難しい? −ミドル・シニアの学ぶ意思をどう引き出すか 株式会社パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員シンクタンク本部長 小林(こばやし)祐児(ゆうじ) ミドル・シニアの学びは、仕組みづくりで変わる 本日は「自律的なキャリア形成がなぜ難しいのか」をテーマに、特にミドル・シニア層の学びやリスキリングをどう引き出していくかについてお話しします。  私は社会学を専門とし、NHK放送文化研究所で世論調査を担当した後、市場・従業員調査を経て、近年は雇用やマネジメントに関する調査・研究を行っています。一つの軸として特にミドル・シニア領域の研究をずっと続けてきました。現在所属している株式会社パーソル総合研究所は研修関係の事業などを提供していることもあり、大人の学びの領域などについても研究をしています。  国際的に見ると、日本のミドル・シニア層(おおむね40歳以上〜60代)は自発的な学びからもっとも遠いところにいる、というのが現状です。2022(令和4)年に「リスキリング」という言葉がブームのように用いられはじめてから3年が経過しました。この間、人材育成のあり方も含め、リスキリング・学び直しに取り組む企業を見てきましたが、「うまくいっている」とはいえないのが現状ではないでしょうか。  企業側の視点で見ると、eラーニングの仕組みや自己啓発のための制度を整備しても、学んでほしい人ほど学ばない、変わってほしい人ほど研修に参加しない、といった具合に、「機会を用意しても人は動かない」という現実に直面した3年間だったといえるのではないでしょうか。これが会社側が抱えている課題です。  一方で、従業員の視点で見ると、「忙しくて時間がない」、「成果が求められるなかでリスキリングをする余裕なんてない」という声が多く聞かれます。しかし、じつは残業時間と学習時間には明確な相関はなく、残業時間が0時間の人はほとんど学ばないということがわかっています。残業時間との関係でいうと、残業40時間くらいの人がもっとも学ぶ時間が長いのです。残業時間が60〜80時間になると、さすがに学びの時間が少なくなります。また、「なにを学んでよいかわからない」と考えている人が多いこともあります。その結果、従業員側もなかなか学ぶ機会がなく3年が過ぎた、ということです。  日本における学びの文化について考えてみましょう。バブル崩壊後、日本の企業は非正規雇用を増やして育成の対象外にしたうえで、人材投資をどんどん縮小し、教育は現場のOJT頼みの状況でした。こうした状況に対し、人的資本といった考えが生まれ、リスキリング、人材育成、組織開発といった領域が盛り上がりつつあるのが、現在の状況です。 世界でもっとも「学ばない」日本のミドル・シニア  われわれが行った調査※1で、社外学習や自己啓発などを「何もやっていない人」の割合を調べたところ、日本人は52.6%で、ほかの国の平均の3倍近い数値となっています。日本人が学びに費やしている時間は圧倒的に少ない、というわけです。さらに年齢と学びの関係を見てみると、ミドル以降、学ばない人の割合は右肩上がりで増えていきます。1カ月あたりの学習時間でいうと、30歳前後をピークに大幅に減ってしまいます。その理由が、日本におけるキャリアの特徴にあると考えています。  日本のキャリアの特徴は、非常に平等主義的・競争主義的である、ということです。端的にいえば、職務にかかわらず、がんばればだれもが出世できるという平等主義的なキャリア構造を持っています。そして、同期・同年代との競争のなかでキャリアを築いていくわけです。昔は「青空の労務管理」といわれたこともありますね。戦後の復興期に「社員一丸となって」といったスローガンのもと、「みんなでがんばっていこう」というムードが経営側にもあり、それはいまでも残っているといえます。そのため、昇進はゆっくりと、職務横断的に行われるのが日本に多いキャリア構造といえます。  これを欧米的なキャリアと比べてみると、欧米はもっとエリート主義的となります。各国とも大卒者が増えてきて、「大学院に行かないとキャリアが開けない」という感覚の国が増えています。例えばアメリカのビジネス・ラウンドテーブルでは、98%くらいの人が修士号・博士号を持っています。ノンエリートの場合は、職務ごとにキャリアの天井がわかりやすいということでもあります。つまり、自ら学んでいかないとキャリアアップができない構造となっており、選抜主義的な構造をしているのです。  みなさんは日本型と欧米型、どちらがよいでしょうか。なかなか簡単には答えを出せないと思いますが、日本型のキャリアにはさまざまな副作用があると考えられます。一つは商業的アイデンティティが育ちにくいこと。社命による異動が多いので、キャリアへの主体的な意思が発生しにくくなります。配属後のOJTでその職場におけるノウハウをキャッチアップする、というのが日本人の学びの姿であるといえます。合理的に学びが職場に偏るということです。そこには出会いもあるし、新しい領域に触れることになるので、学んでいる感覚もあるのですが、自分のキャリアのために大学院で学ぼうといった姿勢は生まれにくい、という状況になっています。  また、私たちの調査※2によると、自分の職業人生が「運に作用される」と思っている人がとても多いことがわかりました。それによって、学びの意識、実際に学ぶための行動にマイナスの影響が出ています。  では、どうすれば変わるのでしょうか。第一に、教育・訓練の機会を拡充することですが、先ほどもお話しした通り、学びの機会だけを提供しても、学びの行動にはつながりにくいというのも事実です。そこで、学びを個人任せにしない仕組みを整える必要があります。そこで重要になるのが、定常的・連続的なキャリアの対話です。上司との1on1や、同僚同士で話し合うなど、キャリアについて話すのがあたり前という状況をつくっていく必要があると思います。それによって、学ぶための意思が創発されていくのではないでしょうか。  逆にいえば、現在のように社命異動で職場・職種が決まり、キャリアについての対話や研修が薄い状態だと、学ばないミドル・シニアが再生産され続ける、ということです。  いまのミドル・シニア層は、かつてキャリア自律を掲げた世代でもあります。その彼らが「学ばない世代」といわれるのは皮肉ですが、これは個人の怠慢ではなく構造の問題です。学びを個人の責任にせず、社会全体で支える仕組みが求められています。 学びの「コミュニティ化」 ──「炭火型」で学びを広げる  私はここ数年、学びの「コミュニティ化」を提唱しています。心理学では内発的動機づけが重要といわれますが、それを個人単位でうながすのはむずかしいものです。多様な個人に一人ずつ火をつける「ろうそく型」の発想では限界があります。もちろん、関心があり、興味があり、メラメラと燃えるような意志がある状態というのは、もっとも学習効果があるわけですから、これ自体を否定するものではありません。ですが、ダイバーシティのもと、多様なキャリアを許容・推進してきたなかで、一人ひとりに会社が火をつけていくという発想では手づまりになります。  だからこそ、「炭火型」でいきましょう。集団単位で火をつけ、隣の火から燃え移る「もらい火的」な学びの広がりをつくるのです。これは私が3年間提唱してきた考え方です。実際、成果を出している企業は、例外なくこの「もらい火」を仕組みとして取り入れています。  日本人は内発的動機づけが弱いといわれますが、それは弱点ではなく資源です。自己主張よりも調和を重んじ、他者の意見を柔軟に受け入れられる。この「共鳴しやすさ」こそ、日本人の強みです。環境の影響を受けやすいからこそ、関係性のなかで変化が起きやすいのです。  一方、「ろうそく型」は、欧米的な強い個を前提としたモデルです。やりたいことや関心を起点に自己決定し、理想と現実のギャップを学びで埋める。たしかに王道ですが、日本ではむしろ「やりたいことを出発点にしない方がうまくいく」ケースが多いと思います。人とつながり、刺激を受けて動き出す、学びはじめれば情報が増え、おもしろさを感じる、この循環をどう起こすかが鍵です。  ちなみに、こういう話をしていると「いまの若い世代は、自律的にキャリアを考え学んでいるのではないですか?」と聞かれることがあるのですが、じつはまったく逆で、学習行動から遠ざかっているのです。20代を中心に調査すると、個はむしろ弱まっています。  炭火型の発想で、他者との関係性のなかで学びが深まっていくと、意欲とは関係なく、学習時間が2倍以上になるという調査結果※3もあります。自律的な人材を理想として追い続けた20年を見直し、関係性から学びを再構築する時期に来ています。 人的資本より「社会関係資本」を  最近は「人的資本経営」という言葉が流行していますが、私はそれ以上に「社会関係資本」を重視すべきだと思います。人的資本と社会関係資本は1970年代までは近い概念でしたが、いまは分断されています。孤立が進む社会だからこそ、人とのつながりを再び資本としてとらえる必要があります。  課題は、ただでさえ学ぶことの少ない日本の大人は、「こっそり勉強」していることです。学んでいることを人に話さないのです。これでは火が広がらない。この状態だと、コミュニティ・ラーニングの取組みはなかなか広がっていきません。  ただし、学びのための仕組み自体はたくさんあります。コーポレート・ユニバーシティやピアツーピア学習、越境学習、副業など、他者と学ぶ仕組みは増えています。今後はそれらを「人的資本」ではなく「社会関係資本」として育てていく視点が欠かせません。  私たちは現場の工夫を150例ほど集め、効果的な100件を抽出しました※4。例えば「ミドル・シニア層のために学びの場をつくっても集まらない」というのはありがちな悩みですが、学ぶ側ではなく教える側として参加してもらう方法も有効です。キャリアや技能伝承の話などをしてもらうことで、学びのコミュニティに巻き込んでいくのです。50分話すのはむずかしいかもしれませんが、10分くらいであれば話せるものです。若手も交えて少人数での「キャリア座談会」のような形で話をしてもらうだけでも、意識は変わります。こうした小さな場づくりが、キャリア意識の向上につながります。  また、シニア層を巻き込むには「役割」を明示することが重要です。「社内講師」、「メンター」、「アンバサダー」など、インフォーマルな肩書きを与えるだけで居場所意識が生まれます。報酬ではなく、社会的承認が動機づけになります。  学びを広げる際、管理職研修に依存しすぎる傾向もあります。私の著書『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)のなかでも紹介しているのですが、組織課題を「管理職を鍛えれば解決する」と考えるのは危うい発想です。「1on1をやろう」と管理職だけに学ばせても、全員がかかわる仕組みにはなりません。研修はできるかぎり全社員が同じ土俵に立てる形で行うべきです。むずかしければeラーニングや動画配信でもかまいません。重要なのは、特定層だけに責任を押しつけないことです。 意識変革より仕組みづくりを  学びをうながす仕掛けは、意識改革よりも仕組みで動かす方が効果的です。「まず意識から変えよう」、「危機感を持たせよう」というアプローチは、一見正論ではあるのですが、その人の人生ともいえるキャリア感を、外からの言葉で変えるのは、そうとうむずかしいでしょう。逆に心理的抵抗を覚える人もいるでしょう。だからこそ、意思がある人を支援しつつ、意思がない人も自然に巻き込めるような仕組みを、組織として整えることが大切です。  最後に強調したいのは、ミドル・シニア層を「変わらない集団」として扱わないことです。人事や経営のなかにも、「あの世代はもう無理だ」と切り離す感覚がありますが、それは関係を断つ発想です。「キャリア自律が大事」という側が、自律的に学んでいないケースも少なくありません。そうした二重構造こそ、組織の停滞を生む要因です。  大切なのは、彼らを味方にし、ともに学び、変わっていく姿勢です。キャリア自律も、学び直しも、対立ではなく共創の関係性のなかでこそ育ちます。ミドル・シニアが再び組織の「火種」になるような、包摂的な仕組みづくりこそ、これからの人的資本経営の土台になると考えています。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」基調講演は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。 こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=4jOHsi6KzJ4 ※1 パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査」(2022年) ※2 パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」(2024年) ※3 パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」(2024年) ※4 パーソル総合研究所「学び合う組織づくりの100のツボワークショップPLAYBOOK」 2025年10月16日開催 事例発表@ 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「これからのキャリア形成支援」 企業主導型の社外兼業制度の導入と導入から得られた知見 トヨタ自動車九州株式会社 人財開発部キャリア自律推進グループ グループ長 松岡(まつおか)義幸(よしゆき) 管理職を離れた社員のやりがい低下と課題  本日は、当社で導入した「社外兼業制度」と、そこから見えてきた学びについて紹介します。  当社は1991(平成3)年、トヨタ自動車株式会社が100%出資して九州に設立しました。福岡県宮若(みやわか)市に本社があり、苅田(かんだ)・小倉(こくら)を含め3工場体制で事業を展開しています。現在の従業員数は約1万人。創立当初は1300人で、車種や機能を増やしながら規模を拡大してきました。  2021(令和3)年の創立30周年を機に、経営陣から「地域にもっと貢献していきたい」という話がありました。一方で、人事面では50代・60代の管理職が後進にポストを譲り、専門職として働くケースが増加しており、役職を離れると業務負荷が下がり、チームを率いる機会も減るため、やりがいを失うという声が出てきました。「長年会社を支えてきた人たちが力を持て余している。そんな状況は会社にとっても本人にとってももったいない」と感じていました。  当社では、定年は60歳、再雇用で65歳まで働けますが、その後のキャリアを描けない不安もあります。多くの社員は新卒からトヨタ一筋で、転職経験も少なく、社外との接点もかぎられています。そのため「自分はこの環境でしか通用しないのでは」と思い込むケースが多く見られました。  そうした社員に、もう一度自分の強みを見つけ、地域で活躍してほしい。会社としても「地域密着経営」を次の段階に進めたい。こうした思いから2022年4月、「地域のパートナー制度」を立ち上げました。 「地域のパートナー制度」の創設と運用  地域のパートナー制度は、希望する社員が地域の中小・中堅企業に入り、課題解決を支援する、という仕組みです。県と連携協定を結び、プロフェッショナル人材センターなどから支援先企業を紹介してもらっています。特徴は、短期成果を求めるコンサルティング型ではなく、企業と同じ目線で寄り添う「伴走型支援」である点です。対象は、トヨタで長年現場を率いてきた元課長や元部長などの経験者で、現場でつちかった知恵を地域に還元します。  もう一つの特徴は、企業間での業務委託契約であること。個人の副業ではなく、会社の業務として出張扱いで行うため、手続きが簡単で就業時間内に活動できます。副業にともなう心理的負担を減らし、挑戦しやすい仕組みです。  制度は社命ではなく、社員の自主応募制です。支援先の業界は、食品、介護、不動産、ホームセンターなど幅広く、自動車関連は約70社中1社のみです。導入前のヒアリングでは「キャリアは会社が用意するもの」、「社外で役立てる自信がない」との声が多かったため、まずキャリア研修を実施しました。自分のキャリアを言語化する機会を設けたことで、新たな気づきが生まれました。  導入後、実際に参加した社員からはさまざまな反応がありました。例えば、地元の食品メーカーを支援した元課長の社員は、「自分の経験がこんな形で役に立つとは思わなかった」と話していました。生産効率や安全管理の知識を共有するなかで、相手企業の若手社員から感謝の言葉をもらい、自信を取り戻したそうです。  一方で、初めて社外の会議に参加した際、「自分の言葉が通じるか不安だった」という社員もいましたが、数回の打合せを経るうちに「外の風を受けることで視野が広がった」と話していました。こうした体験を通じて、自分の強みや役割を再認識する社員が増えています。  制度開始以降、事務局が企業の課題をヒアリングし、マッチングをていねいに進めています。自分から動けない人が自律していくには、時間をかけてていねいに寄り添うことが大切です。事務局では、依頼のあった企業から話をしっかりと聞き、求めている内容を細かく整理します。そのうえで、社員とのマッチングの際には何度も同行し、双方の調整役として支援します。また、企業見学会など、気軽に参加できる場も設けています。  平均3〜4回、このような調整を重ねて派遣が実現します。期間は6カ月間が基本ですが、評価によって継続もあり、これまで68件を支援しました。最長で4年間続けた後、65歳で再就職につながった例もあります。 行動から生まれる学びと挑戦する文化  この取組みを通じて感じたのは、「行動を起点にした学び」が非常に効果的だということ。社内研修などのように「学んでから動く」のではなく、まず行動することで、自分の強みや課題がわかります。外に出て初めて、社内であたり前にやっていたことが他社では価値があるものになるとわかり、自信や意欲が高まるのです。支援先で新しい課題に出会った社員が、社内に戻って専門部署に相談し、学び直してまた現場に活かすという循環も生まれています。最近では、兼業を経験した社員が社内研修の講師を務めたり、若手との面談で自身の経験を語ったりするケースも増えています。「外に出たからこそ、自分の職場のよさや課題が見えた」という声も多く、学びを次世代に伝える動きが社内に広がっています。こうして、個人の挑戦が組織全体の学びへとつながる好循環が生まれています。  また、「この年齢で新しいことを覚えるのはむずかしい」と話していた社員が、実際に現場に出て「ありがとう」といわれた瞬間から表情が変わり、「まだ自分にもできることがある」と語るようになった例もあります。その姿を見た周囲の社員が刺激を受け、「次は自分も挑戦してみよう」と手をあげるようになります。そうした小さな変化の積み重ねが、挑戦する文化を少しずつ根づかせています。  「一歩踏み出すことで景色(未来)は必ず変わる」。これは制度を立ち上げるきっかけになった人の言葉です。私自身も、社外を知ることで、自分の経験の意味を再確認しました。行動のなかでこそ、新しい気づきと成長が生まれると感じています。「できない理由」はいつでも見つかりますが、大切なのは一歩を踏み出すことです。こうした仕組みを通じて、人材を地域へ輩出し、社会とともに成長する企業が増えることを願っています。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(トヨタ自動車九州株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=-BCvg-Dkf3w 2025年10月16日開催 事例発表A 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「これからのキャリア形成支援」 “やってもいい”と思える職場をつくる 〜ミドル・シニア社員のキャリア自律支援 西川コミュニケーションズ株式会社 人事広報部長 神谷(かみや)昌宏(まさひろ) リスキリングの現実課題と心理的な壁  当社は1906(明治39)年に創業し、2026(令和8)年で120周年を迎えます。もともと印刷事業からスタートしましたが、現在はBPOやDXといった領域を中心に、企業の課題解決を支援しています。私たちは「伝えることで社会をよりよく」というパーパスを掲げ、コミュニケーションを通じて価値を生み出すことを目ざしてきました。  まず、リスキリングに取り組むうえで私が特に感じている課題は、“時間の確保がむずかしいこと”です。日々の業務と学びを両立させることは容易ではなく、どの企業にも共通する悩みだと思います。さらに、新しい技術や知識を学ぶことに抵抗感を持つ人も多いものです。これは特定のだれかというより、私自身を含めて多くの人が感じる自然な不安だと思います。もう一つは、“何を学ぶかの選択のむずかしさ”です。世の中には無数のコンテンツがありますが、そのなかから自分や会社にとって最適なものを見きわめるのは容易ではありません。  こうした課題は制度や仕組みを整えることで一定の解決はできますが、制度をつくったからといって、すぐに行動につながるわけではありません。私たちの会社でも、仕組みは整っているのに、なかなか動き出せないという声がありました。なぜなのかを社内でていねいに聞いていくと、「いまさら自分が変われるのか」、「これまでの経験が無意味になるのでは」、「失敗が怖い」、「学んでも会社で活かせるのかわからない」といった心理的な壁が見えてきました。結局のところ、仕組みだけでなく、こうした“心のハードル”をどう解消するかが大切なのだと感じました。 強制せずに後押しする仕組みと文化の設計  私たちは変化を強制しないという考え方を大切にし、きっかけをつくることを重視してきました。まず、社員がどんな分野に興味を持っているのかをアンケートで把握し、経営側がそれを可視化しました。どの領域に関心があるのかを共有することで、同じ興味を持つ社員同士が自然と集まり、学びの場が生まれていきます。制度面でも、資格手当や学習時間の確保などの支援を整えました。興味を示した社員には、上司や人事が声をかけて「では少しやってみませんか」と背中を押すようにしています。こうした小さな後押しが、挑戦の第一歩につながります。  重要なのは、変わることを「義務」にしないことです。「変わらなければならない」ではなく、「変わってみたい」と思えるような環境をつくる。社員が安心して踏み出せるように、私たちは心理的な安全性を重視してきました。  ここで一つ、印象的な事例をご紹介します。製版部門にいた40代後半の社員が、AI分野への挑戦を通じて新しいキャリアを切り開いた例です。きっかけは社内アンケートで「AIに興味がある」と答えたことでした。会社から提案したのは一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)の「G検定(ジェネラリスト検定)」という資格です。まずは基礎的な部分から始め、彼は見事に合格しました。この成功体験が自信となり、次はより難易度の高い「E資格(エキスパート向け)」に挑戦することを決意します。半年間の勉強を重ねて受験し、最初は不合格でしたが、さらに半年間努力を続け、二度目の挑戦で合格を果たしました。現在はグループ会社でデータサイエンティストとして活躍しています。  本人に話を聞くと、製版の仕事でつちかった「工程を細かく整理する力」や「段取りの設計力」がAIの学習にも活かせたと話していました。制度面での支援、つまり学習時間の確保や費用補助、資格手当などもモチベーションを支えたといいます。また、この方は子育て中でもあり、家族ときちんと話し合い、勉強時間を確保していたそうです。家庭の理解も挑戦の大きな要素だと感じました。そして、G検定に合格した経験が「やればできる」という自己効力感を生み、その感覚がさらに前へ進む力になったとのことでした。挑戦の設計には、こうした段階的な成功体験が欠かせないと実感しました。  もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。社内で立ち上げたプログラミング学習チームでは、最初は意欲的にスタートしたものの、次第に「何を目ざすべきかわからなくなった」との声があがりました。技術リーダー不在のなかで目標が定まらず、各自の進め方がばらばらになってしまったのです。それでも業務の自動化が進んだり、学びが業務に活かされたりと、一定の成果はありました。結果として「やってよかった」という声も多く、試行錯誤そのものが次への学びになりました。挑戦の成果だけでなく、その過程をどう評価するかが重要だとあらためて感じています。  また、心理的安全性を高めるための文化づくりにも力を入れています。例えば、管理職が毎週、自分の感情や価値観を言語化して共有する「EQレター」という取組みがあります。これは上司の自己開示を通じて寛容な職場の雰囲気をつくる試みです。また、全社員が自分の強みを診断し、少人数で対話する「クリフトンストレングス○R(★)※」も実施しています。お互いの違いを弱点ではなく強みとしてとらえ、補い合う風土を育てています。さらに「サンクスポイント」という感謝を送り合う社内プラットフォームもあり、部署を越えたポジティブなつながりを生んでいます。 「いまだからこそ」個人の挑戦を組織の力へ  ミドル・シニア層には、知識や経験を活かす力、いわゆる結晶性知能があります。にもかかわらず「やってもよいのかな」とためらう気持ちが、行動を止めてしまうことがあります。だからこそ、会社が「やってもよい」と思える環境を整えることが必要です。キャリア自律とは、決して一人でがんばることではありません。本人の意欲とともに、会社の支援、そして周囲の共感があってこそ成り立ちます。  ミドル・シニアの方が「もう一度、自分のキャリアを描いてよいのだ」と思えることがなにより大切だと感じています。私たちとしても、その後押しにしっかり取り組んでいきたいと思います。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(西川コミュニケーションズ株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=LkoCFxw--og ※ Gallup(ギャラップ)社が開発したオンライン才能診断で、個人の思考、感情、行動の特徴(=才能)を測定するツール ★ 「クリフトンストレングスR」は、米国Gallup社の登録商標です。 2025年10月16日開催 事例発表B 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「これからのキャリア形成支援」 自律的キャリア形成に向けた取り組み 株式会社三菱UFJ銀行 人事部企画グループ次長 昇高(しょうたか)慶(けい) 職務に基づく実力本位の登用への転換  当行は三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の一員として、国内外で幅広い事業を展開し「世界が進むチカラになる。」というパーパスのもと、信頼のグローバル金融グループを目ざしています。2019(平成31)年から、人事制度改革を本格的に進めてきました。背景には、年功序列や減点主義といった旧来の仕組みでは、多様化する価値観や働き方に対応できず、社員一人ひとりの能力や挑戦意欲を十分に活かせないという課題がありました。  そこで私たちは、職務に基づく実力本位の登用、挑戦と成長を重視する加点型評価、そして多様で柔軟なキャリア形成支援を柱とし、社員ができるだけ自律的にキャリアを描ける組織への転換を進めています。  評価制度は「能力評定」と「業績評定」の二軸で構成されています。能力評定では人間力と専門スキルを中長期的な視点で評価し、昇格や登用に反映します。業績評定は単年度の成果を基準に賞与へ反映します。二つを明確に区分することで、個々の課題や成長領域を可視化し、的確な指導と能力開発につなげています。また、社員と上司のキャリア対話を年1回実施し、一定職位以上には360度フィードバックを導入しています。こうした制度の整備を通じて、社員が自らの強みを見つめ直し、学び続ける文化を根づかせています。 キャリア選択の拡大と働き方の柔軟化  2024(令和6)年4月から、キャリアの自律性を高める二つの改革を実施しました。一つめが「資格EX制度」です。これは、従来のように幅広い部署を経験してキャリアを築くスタイルに加え、特定分野に特化した専門職としてのキャリアを歩む選択肢を提供するものです。例えばシステム、マーケット、M&Aなど、自ら希望する領域で専門性を磨くことができ、給与水準も外部市場と連動します。システム分野であれば外部業界水準に合わせて設定し、銀行内にいながら専門業界並みの待遇を選べる仕組みとしています。  二つめが「プロフェッショナル職」の創設です。総合職とビジネススペシャリスト職の垣根をなくし、同じ業務を行う社員が職種に関係なく成果に応じて評価される仕組みに変えました。従来は職種によって給与や昇進に差が生じていましたが、この垣根を取り除き、実力に基づく評価が可能になりました。また、勤務地の選択制も導入し、転居の有無を本人が選べるようにしています。家庭や地域とのバランスを保ちながら、自らの成長を継続できる柔軟な働き方を整えています。  今後の計画として、2026年4月には初任給および若手・中堅層の定例給与を引き上げ、2027年には定年を60歳から65歳へ延長する予定です。年齢を基準にした給与調整を見直し、職務と成果を重視する体系に移行します。また、退職給付や企業年金制度の再設計も進め、若手からシニアまであらゆる世代が挑戦できる環境を整えます。 学びと挑戦を支える企業文化の形成を目ざす  リスキリングの仕組みとしては、行動変容プログラムを導入しました。「自律的キャリア形成」、「変化への挑戦」、「活躍機会の獲得」の三段階で整理し、各ステージに応じた学びと実践の機会を提供しています。  また、新入社員からシニア層までを対象に、階層別・テーマ別の研修を設け、業務スキルのみならず、思考力や教養を育むカリキュラムも整備しました。  若手層には自己理解と強みの見える化をうながし、40代・50代にはキャリアイニシアティブセミナー、あるいはディベロップセミナーを実施し、例えば40、45、48歳という節目に人生の棚卸しと再設計を支援するキャリアセミナーを実施しています。  さらに、銀行・信託・証券の枠を超えたリーダー育成や、AI・デジタル分野の専門研修を通じ、グループ全体での人材育成を推進しています。  また、上司と部下の対話を制度化した「1on1面談」は重要な取組みとして非常に力を入れています。月1回30分を基本とし、キャリアや業務上の課題について対話を行うことで、信頼関係の構築と意欲の向上を図っています。またガイドブックや動画教材を活用し、質の高い対話を支援しています。こうした積み重ねを続けて努力をしているところです。  チャレンジ施策も拡充しています。社内公募制度「ジョブチャレンジ」には年間約2000人が応募し、半数が異動を実現しています。若手を抜擢する「ポジションチャレンジ」、異業種派遣や留学を支援する「チャレンジリーブ」、社内起業にあたる「ポジションメーカー」など、多様な挑戦の場を設けています。  特に、女性リーダーの育成は重点施策の一つです。経営陣が女性社員をそれぞれ3人ずつメンタリングし、さらにそのメンタリングを受けた女性社員が、次の世代の方々を3人ずつメンタリングしてその輪を広げていくというプログラムを実施しており、女性の活躍の場を広げています。  また、現在、産休・育休を取得中の1750人が円滑に復帰できるよう、12の支援メニューを整備し、早期復職の実現に力を入れています。  そして、リスキリングの推進において特に感じるのは、コーチングの世界でもよくいわれるように、「水飲み場まで連れていくことはできても、水をなかなか飲んでくれない」ことです。だからこそ、水を美味しくする、すなわち学びを魅力的に感じてもらう工夫が欠かせません。  一方で、私たちが本当に目ざすのは、MUFGの広大なビジネスフィールドで社員が思いきり挑戦し、その経験を持ち帰って自然に学びを吸収できる環境をつくることです。そうした世界観の形成が、真のリスキリングを実現する鍵だと考えています。 ★ 「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(株式会社三菱UFJ銀行)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=smJOGWmhacE 2025年10月16日開催 パネルディスカッション 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「これからのキャリア形成支援」 「これからのキャリア形成支援 自律的キャリアはなぜ難しい?−ミドル・シニアの学ぶ意思をどう引き出すか」 コーディネーター 株式会社パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員シンクタンク本部長 小林祐児氏 パネリスト トヨタ自動車九州株式会社 人財開発部キャリア自律推進グループ グループ長 松岡義幸氏 西川コミュニケーションズ株式会社 人事広報部長 神谷昌宏氏 株式会社三菱UFJ銀行 人事部企画グループ次長 昇高 慶氏 自律的キャリア形成の多様なアプローチ 小林 パネルディスカッションでは、事例発表3社の取組みを深掘りしていきたいと思います。3社まったく異なるアプローチでした。  トヨタ自動車九州株式会社は元管理職への副業マッチングを会社が伴走支援していました。副業がなかなか広がらないなかで、会社がここまで支援する発想は興味深いです。  西川コミュニケーションズ株式会社は、まさに「学び直し」に関するストレートな取組みをされており、支援の手厚さが印象的でした。  株式会社三菱UFJ銀行は総合的で、たいへんな気概を感じました。全社をあげた取組みで、一つひとつの粒度が非常に細かいと思います。  それぞれが異なるアプローチですので、これから深掘りしていきたいと思います。  まず各社の課題感について、お聞きします。トヨタ自動車九州の松岡さんからお話しいただけますか。 松岡 本日のテーマである「学び」ということですと、当社もeラーニングであったり、社外研修であったりを準備していますが、先ほど小林さんからお話があったように、学んでほしいと思っている人たちはなかなか学んでくれないものです。ただ、そういった方たちが60歳、65歳を迎えた際に、会社のなかで本来の力を発揮できないままではもったいない。実際に65歳以降にたいへんな思いをされている方もいらっしゃいます。そうした一定数の方たちにどう学んでもらい、自分のよさに気づき、それを活かせると実感してもらうかということのむずかしさを感じています。  そこで、自分に求められることを知ってもらうため、副業プログラムに挑戦してもらうことにしました。現場で自分に足りないものに気づき、会社に戻って学ぶという流れです。課題という意味でいうと、なかなか学んでもらえない状況がそうだったと思います。 小林 副業は元管理職がメインターゲットですね。役職定年、ポストオフは今後の大きなテーマです。高齢化が進むなか、組織の新陳代謝を考えると元管理職の人が必然的に生まれる。役職を離れると会議に呼ばれなくなり、居場所を失ってキャリアの迷子になる方も多いと思います。ここをターゲットにされたねらいはなんでしょうか。 松岡 おっしゃる通りで、ポストオフ、役職定年という制度自体は当社にはありませんが、ちょうど若手の管理職が増えてきているところですので、先ほどおっしゃった新陳代謝という観点で、50代中盤以降、役職を離れる方がたくさん出ました。  私が50代を過ぎて役職を離れ、「好きなことをやっていい」といわれたとき、先輩たちのことも自分のことも考えて、「こういう制度があればよい」と思い、副業制度をつくりました。 小林 松岡さん自身が副業で実践され、それを制度化して広めていったわけですね。「好きなことをやっていいよ」といわれて困る人が多いなか、そこで動かれたのがすごいと思います。  続いて西川コミュニケーションズの神谷さんはいかがでしたか。 神谷 人材育成を推進するというところは、長く取り組んできていますが、小林さんのお話にもあったように、自分で考えて自分で道を見いだしていくことがむずかしい方はやはりいらっしゃいます。日本の企業の仕組み上というか、年功序列的な昇進をしますし、異動もあります。自分の専門性がどこにあるのかを自信を持っていえる方は少ないと思っています。  しかし、会社としては時代が変わっていくと、新しいデジタル技術などは覚えていっていただかないといけません。それをどういうふうに意欲的に取り組んでいただくかが非常にむずかしいと感じています。  仕組みを整えるというところはお話しさせていただいた通り、さまざまな仕組みを導入しており、また、学ぶ意欲をどう引き出すかというところに注力をしてきました。 小林 興味アンケートやボトムアップで伴走していくというアプローチですね。多くの企業はこうしたことをやっていません。社員の興味を可視化して、そこに向けた支援をするわけですね。 神谷 そうですね。社員のみなさんがプライ ベートも含めて、どういったことにもともと興味を持っているのか、会社はわかりません。意外な分野の勉強をされていたり、勉強というよりは趣味で活動をされていたり、例えばゲームの開発をしていたりとか。そういった、本人が会社に伝えていなかった取組みがアンケートによって可視化されると、その隠れたスキルを活かして「こんなことに社内で取り組んでみませんか」と、新たな活躍の場が見つかることがあります。 小林 経営の立場だと「これは当社にメリットがあるの?」という学びもありますよね。例えば、ワインや日本酒、ヨガなどは盛り上がりやすいテーマですが、経営視点では疑問符がつきます。そのバランスはどう取られていますか。 神谷 そういった部分については、グルーピングができるかどうかの観点で、取捨選択をするときに会社の方向性に合っているかフィルターを一回通します。 小林 会社の方向性でフィルタリングを行うのですね。具体的なテーマはなんですか。 神谷 取り組んでいるものとしては、AIの領域であったり、プログラミング、システム開発のような分野であったり、マーケティングですね。これも結局デジタルを使っていく話にはなります。あとは自社でさまざまなプロダクトを開発していますので、「そのなかのどれかに興味がありますか、BtoCの何かですか」などを確認しながらピックアップしていきます。 小林 三菱UFJ銀行の昇高さんには、メガバンクならではの課題についてお聞きしたいと思います。銀行は他企業とは違うキャリアの業界というイメージがあります。非常に複合的かつ総合的な施策をされていますが、もともと感じていた課題について教えてください。 昇高 重要なのはモチベーションです。当社も役職定年は設けていませんが、実際にはキャリアの予見可能性が高くなれば高くなるほど、安心感が生まれる一方で、緊張感はなくなっていきます。例えば、「あと5年でこうなるのなら、わざわざ新しいことを覚えなくてもいいかな」という気持ちになってしまいます。でも、本来は年齢や性別などの諸条件から解き放たれれば、だれもが学びたくないわけではなく、学べないわけでもないのです。学ぶモチベーションさえあれば、いつでもリスキリングすることができますし、もう一回成長すること、つねに成長し続けることはできます。それが私たちの考え方の根本にあることです。 小林 平均的には、日本人は42.5歳でキャリアのピークを感じ、44〜45歳で終わりを考え始めます※。でもそこから20年以上キャリアは続くわけです。銀行ならではの単一的なキャリアパスが見えすぎるゆえのしぼみ感が課題だったということですね。それにしても施策の量と統一感はどこからきているのでしょうか。 昇高 そうですね。これは2019(令和元)年から時間をかけて、いままで築き上げてきた歴史もありますから、いきなり変われといっても、中にいる人たちもついていけません。そういう意味で、一発で変えるのではなくて、時間をかけながら徐々に組織を変えてきましたし、中にいる人たちの意識も変えてきたのです。先ほどお話しした手上げの社内FA制度も、最初はまったく手があがりませんでした。しかし、ちょっと行き過ぎくらいに「チャレンジしてね」とメッセージを送り続けることで、ようやく心理的安全性が確保されていったのだと思います。 企業文化・社風が生み出す施策 小林 続いて「学びの意思をどう引き出すか」についておうかがいしたいと思います。まさに心理的安全性の話が出ましたが、制度をつくったところで手をあげてくれないというのは、どの企業にも共通する課題だと感じました。そのなかで、西川コミュニケーションズの神谷さんは、かなり伴走的な発想をされていて、アンケートを見て「この資格、受けてみたらどうですか」と個別に声をかけていくとのことでした。ただ、正直なところ、私もいろいろな現場を見ますが、やはり担当者個人の寄り添い力に左右されてしまう面もあると思ってしまいます。御社としては、これをどういう発想で取り組まれているのですか。 神谷 そうですね、もともと当社には社員の意思を無視して何かをやるということを好まない社風があります。名古屋という地域性も含め、地域社会との連携や雇用維持、社員の生活を支えるという観点から、まず事業の存続が第一で、「利益が出ていればよい」という考え方とはだいぶ遠い会社ではあると思います。 小林 なるほど。そうすると、先ほどの話にもありましたが、「これが会社の業績につながるか、売上げになるか、利益になるか」のような話ではなくて、「やりたいと思っている人を支援し、あるいは伴走していこう」という考え方が自然に生まれてきたわけですね。 神谷 そうですね。もちろん、「収支的に合わないのではないか」という話が出ることもあり、厳しい判断をしていくことは当然ありますが、そこのところの幅がおそらく他社と比べるとだいぶ広いのだと思います。 小林 三菱UFJ銀行では、職務ベースの考え方がかなり浸透していますね。私は日本のジョブ型雇用について本も出していますが、専任性と専門性を混同している企業が多いと感じています。職務を区切る「専任性」だけでは専門性は積み上がりません。そこに学びが掛け算されて初めて、本当の専門性が育ちます。資格EXのようなエキスパート職のラダー制度も、継続的な学びがないとスキルの陳腐化に対応できず、形骸化してしまいます。御社では、この職務ベースの制度設計と社員の学びの意思を、どう結びつけているのでしょうか。 昇高 おっしゃる通り、ジョブ型雇用とメンバーシップ型のバランスは、非常に頭を悩ませている企業が多いのではないかと思いますし、われわれも同様です。ただ、やはりジョブ型要素は取り入れていかないと、まず競合他社に負けるというところもありますし、スペシャリストとして尖った人材を確保するためにも必要なことだと思っています。  ただ、これは別にジョブ型雇用でもメンバーシップ型でも同じですが、結局のところ、スキルが陳腐化したときに等級を下げられるか。それは、ちゃんとした評価をくだせるかどうかということにほぼイコールです。これがすべてだと思っていまして、最終的には、ジョブ型でもメンバーシップ型でもよいですが、むしろいまの課題として感じているのは、この大きな人事制度を動かしていくための納得感ある評価、ちゃんとした評価を管理職がくだせるかどうか、そのところの学びです。  先ほど小林さんの講演ですごく耳が痛かったのが、管理職への責任の集中です。やはり管理職にさまざまな責任が集中しているだろうというのは、おっしゃる通りなのですが、ここがワークしないとすべてが瓦解(がかい)してしまうので、運用上、大きなポイントだとは思っています。 学びと挑戦の支援のあり方 小林 三つ目のテーマは「ミドル・シニア支援のあり方」です。トヨタ自動車九州では地域のパートナー制度において、本人だけでなく、受け入れ先企業への説得も含めた支援をされていますね。正直、かなり手間がかかる取組みだと思うのですが、ここまでやろうとされている理由や原動力はなんでしょうか。 松岡 依頼をいただく企業さんから、依頼内容をきっちり決めるまで依頼が出せないという声が結構ありました。そこで、間に入ったプロフェッショナル人材センターや銀行に、「そういう悩みを書き出すところから一緒に入ります」という形でかかわらせていただいています。  というのも、依頼内容をそのまま社内に展開すると、当社の社員は、例えば五つのスキルが求められていたら、四つできても一つでもできなかったら自信がなくて手をあげないのです。だから、そうならないように事前に企業さんとお話をさせてもらって、「優先順位はこうだから、これ一つでもできる人」というような依頼内容に調整していただく。そうやって社内展開をしたら候補者が増えていきました。 小林 西川コミュニケーションズでは、ミドル・シニアに特化した施策ではなかったと思いますが、実際に運用してみて、年齢層による違いや、ミドル・シニア特有のむずかしさなどは感じられましたか。 神谷 全社的に取り組んできましたが、キャリアのとらえ方は年代で異なります。40代中盤以降や50代の方は「この先どうするか」という意識が、20代、30代とはだいぶ違います。それに対しては、「でもまだやれることはたくさんありますよね。会社としてもお願いしたいこともいろいろあるし、こういうこともやれると思うんですけれども、どうですか」というアプローチはしっかり考えて取り組んできました。 小林 三菱UFJ銀行のデジタルリテラシー周辺の施策を学びのところで説明していましたが、ものすごい規模感で行っていましたね。 昇高 これは金融業界全体の課題ですが、特に金融は他業態からのディスラプション(破壊的革新)が非常に大きかったものですから、その危機感はかなり早い段階から共有していたということです。  一方で、これはデジタルにかぎらない話ですが、スキルの伝授と、考え方を学んでもらうことは、しっかり分けていかなければいけないと考えています。スキル伝授は即効性がある反面、陳腐化も早いです。ここのところは運営しながらのアップデートが課題です。 ミドル・シニアの学び直しを促進する効果的な取組み 小林 続いて、ミドル・シニアの学び直しに効果的な取組みについて、知見を教えてください。 松岡 キャリア自律や学び直しの取組みでもっとも効果的だったのは、人事部門が発したものではなく、社内インフルエンサーが重要であると感じています。最初に始めた人の影響が大きく、部署ごとに見ると興味深いのですが、対象人数に対して兼業をしたり、学び直しをしたりする人数は、まるで比例していないのです。参加者が多いところには、インフルエンサーがいます。発信能力のある人がきっかけをつくることが重要だと思います。その人が声をあげることで、周りも動き出すのです。 小林 それを組織的に仕かけるには、社内ホームページへのインタビュー掲載なども考えられます。あるIT企業では、副業の学びを共有する勉強会を開いて、すべてオープンにする形で取り組んでいて、すごく効果が出ていました。 松岡 当社も兼業をうまくやっている人の記事をつくって社内に発信しています。本人のインタビューに加えて、支援先の経営者と上司のインタビューもセットで掲載しています。上司から「よかった」といってもらえると、若手でもシニア社員でも、話を聞かれること自体がうれしいようです。 小林 上司のコメントもつけるのはすばらしいですね。上司が認めてくれているという実感があるかどうかで、次の学びへの意欲も変わってきます。神谷さんはいかがですか。 神谷 もっとも効果的な施策をあげるのはむずかしいですが、これまでの施策をふり返ると、事業の方向性に合致しているものはうまくいくことが多いですね。会社が「こういうことをやりたい、進めたい」という方向性が明確で、それに沿って人を集めるものは、本人も会社の応援を実感できるので成果につながりやすいです。  クリフトンストレングスのグループセッションは、同じ部署や部門横断で1時間から1時間半実施しています。ファシリテーター経験者を配置し、参加者が自分の「取扱説明書」をつくって共有します。「こういうことが得意、苦手」と話し合うなかで、「あなたのこういうところは、じつはこういう場面で活きますよね」とお互いにフィードバックし合う場です。  参加者からよく聞くのは、「自分では価値がないと思っていたことが、他人から見ると『それができるのがすごい』、『自分もそうなりたい』と評価されていた」という気づきです。自分の強みがプラスにとらえてもらえる要素だと実感できることが、この取組みの効果だと感じています。 小林 では、昇高さんが考える外せないピースはなんでしょうか。 昇高 年齢や性別にかかわらない実力本位の組織を目ざしていますが、ミドル・シニア施策ばかりが注目されると、若手が不公平感を持ったり、シニアが過度な期待を抱いたりするむずかしさがあります。実力主義には温かい面だけでなく厳しい面もあります。  その両面を伝え、日々のコミュニケーションを通じて正しい評価への納得感を積み上げていくことが、一気通貫した取組みとして重要だと考えています。 小林 ありがとうございました。三社三様でまったく異なる施策のお話をうかがうことができ、視聴されているみなさまにとっても、何かしらのヒントが得られたのではないでしょうか。  ミドル・シニア領域の研究を続けていると、いろいろな相談を受けることが多いのですが、ミドル・シニアの不活性化であったり、「働かないおじさん」化している、などという話を聞くこともあります。ですが「ミドル・シニアは変われない」と会社側が決めつけてしまっては、何も変わらないのではないでしょうか。そういう課題感があるのであれば、きわめて単純に、ミドル・シニア自身に「どうしたらよいと思いますか」と聞いてもよいのではないでしょうか。  本日のお話のなかでもありましたが、社内のインフルエンサーのように、現場で課題感を持っているミドル・シニアを、一人でも多く巻き込んで取組みを進めることが、結果的によりよい会社、よりよい組織になっていくのではないかと思います。みなさま、本日はありがとうございました。 ★ 「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」パネルディスカッションは、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=AUvopjVwKY4 ※ パーソル総合研究所「働く1万人の成長実態調査」(2017年) 写真のキャプション 株式会社パーソル総合研究所 主席研究員 小林祐児氏 トヨタ自動車九州株式会社 人財開発部キャリア自律推進グループグループ長 松岡義幸氏 西川コミュニケーションズ株式会社 人事広報部長 神谷晶宏氏 株式会社三菱UFJ 銀行 人事部企画グループ次長 昇高慶氏