知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第91回 死亡時退職金の支給対象者、求人票と異なる条件での内定通知 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 従業員が定年を迎える直前に亡くなってしまった場合、退職金はだれが受け取るのでしょうか  定年を迎える直前に亡くなられてしまった従業員がいます。当社には、死亡時の退職金支給制度のほか、確定拠出年金(DC)、確定給付企業年金(DB)などの制度があり、これらから支給される予定があります。相続人を調査して支給する必要があると考えているのですが、どうすればよいでしょうか。 A  死亡時の退職金は、必ずしも相続人が取得する遺産になるとはかぎりません。会社の退職金規程など、各種規程の内容に即して、支給対象者を特定する必要があります。 1 死亡時退職金は遺産であるか  労働者に退職金が支給される予定があれば、潜在的には当該労働者が権利を有しており、死亡により相続が生じた場合には、その権利は相続人に移転すると考えるかもしれません。  しかしながら、死亡時退職金については、会社が定める規程の内容次第で、その性質が異なる場合があり、相続人に支給すべき相続財産ではないと判断される場合があります。他方で、生前に労働していた期間に対応する賃金については、相続人に支給すべき相続財産であるため、死亡時退職金と賃金は、それぞれ異なる人へ支払わなければならない場合もあります。 2 死亡時退職金に関して判断した判例  最高裁昭和55年11月27日判決(日本貿易振興会事件)において、会社に国家公務員退職手当法第2条の2と同様の定めが設けられていた事案について、死亡時退職金の受給権者に関する判断を行いました。  国家公務員退職手当法第2条の2は、以下のように定めています。 (遺族の範囲及び順位) 第二条の二 この法律において、「遺族」とは、次に掲げる者をいう。 一 配偶者(届出をしないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む。) 二 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの 三 前号に掲げる者のほか、職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族 四 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの  この規定では、死亡時の退職金を受給する遺族の範囲について、@事実婚にあるもの(内縁者)を含めていること、A第3号が相続人であるとはかぎらない親族までも含めていること、B孫よりも父母が優先されていること、C生計を維持していない相続人の候補者(子、父母、祖父母、兄弟姉妹等)は、生計を維持されている親族よりも後順位とされていることなどが、相続により遺産を受領する場合とは異なっています。  なお、労働基準法施行規則第42条および第43条(遺族補償の受給者)や労働者災害補償保険法第16条の2(遺族補償一時金の受給者)などにも、類似の規定があり、これらのうちいずれかを、死亡退職金の受給者として、引用または同一の内容を退職金規程に定めている例も少なくありません。  最高裁は、「死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子が平等に扱われ、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の収入によつて生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずることなど、受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされている」ことを指摘し、「専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当であり、そうすると、右死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないというべき」として、相続人が受給する相続財産ではないと判断しています。  この判例は、国家公務員退職手当法第2条の2と同様の規定を設けている場合にかぎらず、労働基準法施行規則第42条および第43条や労働者災害補償保険法第16条の2を引用している場合にも踏襲されており、相続人とは異なるような受給権者を定めている場合には、死亡時退職金は当該支給規定の順位通りに支給しなければなりません。  そのため、相続人から請求されたときには、まず自社の退職金規程を確認しなければならず、民法が定める相続と異なる順位などが定められている場合には、支払ってはいけません。 3 確定拠出年金や確定給付年金の取り扱い  確定拠出年金や確定給付年金を用意している企業も増えてきていますが、受給予定であった労働者が死亡した場合はどうなるのでしょうか。  確定拠出年金法第41条や確定給付企業年金法第48条においても、これまで引用した各法令と同趣旨の規定が設けられています。  最高裁の判例は死亡退職金に関するものですが、規定の内容からその趣旨が相続制度とは異なり、収入に依拠していた遺族の生活保障を目的としていることから、相続財産ではなく、遺族固有の権利であるという整理を行っていることからすると、確定拠出年金や確定給付企業年金についても、死亡退職金と同様の判断になると考えられます。  なお、遺族固有の権利であると判断される根拠とされている国家公務員退職手当法、労働基準法施行規則、労働者災害補償保険法、確定拠出年金法および確定給付企業年金法の規定は、まったく同一の内容というわけではなく、生計を維持していた親族を含んでいるか否か、養父母に関する順位を明記しているか否かといった相違点があるため、個別の判断においては、自社の退職金規程がどのような内容を定めているか、またはどの法令を引用しているかによって、支給対象者が異なることには、留意する必要があります。 Q2 求人票と異なる内容での採用に問題はありますか  先日、ハローワークに「雇用期間の定めなし(無期雇用)・試用期間2カ月」の条件で求人を出したところ、応募があったので採用面接をしました。内定は出そうと思うのですが、当社の正社員としての水準には達していないため有期雇用の条件で採用したいと思っています。求人票と異なる条件での採用となりますが、なにか問題はあるでしょうか。 A  求人票と異なる条件での内定である旨の説明を行わずに内定を出せば、求人票に記載の条件で雇用契約が成立したと判断される可能性があります。そのため、その後に求人票と異なる条件の雇用契約書を締結しても、当該契約書が労働者の自由な意思に基づいて作成されたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しないかぎり、当該契約書による条件変更は認められない可能性があります。 1 はじめに  職業安定法第5条の4は、虚偽の労働条件の提示による労働者の募集を禁止しています。  また、求人票と異なる条件で雇用契約書を締結したとしても、求人票に記載の内容で採用したものと評価される可能性があります。この問題を検討するにあたっては、採用内定の法的性質から考える必要があります。 2 採用内定の法的性質  最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)は、採用内定の法的性質について、次の要旨の通り判示しています。  @採用内定の法的性質の判断については、内定の実態は多様であることから具体的事実関係に即してその法的性質を判断しなければならない。  A本件では、採用内定通知のほかには、労働契約締結のために特段の意思表示が想定されていなかったことからすれば、会社からの募集(申込みの誘因)に対し、求職者(学生)の応募は労働契約の申込みであり、これに対する会社からの採用内定通知は申込みに対する承諾であって、これによって両当事者間に始期付き・解約権留保付きの労働契約が成立している。  本判例は、契約が意思表示の合致、すなわち、契約の申込みの意思表示と承諾の意思表示の合致により成立する(民法第522条1項)との理解を前提に、求職者からの応募を労働契約の申込み、会社からの採用内定通知を承諾と評価することにより、採用内定通知により意思表示が合致して労働契約(始期付き・解約権留保付き)が成立したと認定しているのです。 3 合意による労働条件の変更について  前述の大日本印刷事件のように、採用内定通知の時点で労働契約の成立が認められれば、その後に求人票と異なる条件を記載した雇用契約書を取り交わしたとしても、それは労働条件の変更に過ぎないため、その有効性が問題となります。  労働契約法第8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定しています。  この点、最高裁平成28年2月19日判決(山梨県民信用組合事件)によれば、労働条件のうち重要な事項に関するものについては、労働者の同意の有無の判断は慎重になされるべきであり、諸般の事情に照らして、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断すべきものとされています。  合意による労働条件の変更は、このような厳しい判断基準によって、有効性が判断されることになります。 4 マンダイディライト事件  参考となる裁判例として大津地裁令和6年12月20日判決(マンダイディライト事件)があるので、見てみましょう。 (1) 事案の概要  本件は、2023(令和5)年6月20日に内定通知を受けて内定を受諾した後、翌日に求人票記載の条件(無期雇用・試用期間2カ月)と異なる条件(2カ月の有期雇用)が記載された雇用契約書を取り交わし勤務を開始したものの、2カ月の期間満了時に本採用を拒否されたため、原告が、被告に対し、無期雇用契約の成立を前提に、雇用契約上の地位の確認などを求めた事案です。 (2) 労働契約の成立について  裁判所は、まず、「本件内定通知時点において、被告により原告との労働契約締結に何らかの留保が付されていたことはうかがわれないことからすると、…本件内定通知は、原告の求人応募という労働契約の申込みに対する被告による承諾の意思表示とみることができ、本件内定通知により、原告と被告との間には、…始期付き労働契約…が成立したと解する」と判示して、求人応募を労働契約の申込み、内定通知を承諾と評価することで、内定通知時点での労働契約の成立を肯定しました。 (3) 成立した契約における契約内容  「原告は、本件求人票記載の内容で労働契約の締結を申し込んだものと認められるところ、…被告は、原告に対し、本件契約書作成時まで、雇用期間について説明することはなかったのであるから、被告は本件求人票記載の内容による原告の労働契約締結の申込みにつき、雇用契約に関して何らの言及なくこれを承諾したものといえ、本件始期付き契約は、求人票記載の雇用期間をその内容として成立したものと認めるのが相当である」とし、「本件始期付き契約…は、本件求人票のとおり…試用期間を2ヶ月とし、雇用期間は定めがないものとして成立したものといえる」と判示し、内定通知時点で成立した雇用契約における契約内容は求人票通りであるとしました。 (4) 労働条件の変更の有効性  そのうえで、「本件契約書の作成は、本件始期付き契約による原告と被告との労働契約の変更合意に当たると解し得る」と評価し、「原告に対し、そもそも2ヶ月の試行的有期雇用の先行につき、具体的な説明をせずに本件契約書を取り急ぎ作成させたか、2ヶ月の雇用期間については試用期間のような趣旨である旨の適切とはいえない説明をしたため、原告において有期雇用に切り替えることについて適切な検討をさせないまま本件契約書の作成に応じさせた可能性が相当程度存在する」として、「本件契約書の作成は、労働者の自由な意思に基づいて作成されたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものとは認めがたく、これにより本件始期付き契約における雇用期間の内容が有効に変更されたものとはいえない」と判示し、結論として、期間の定めのない契約の継続を肯定し、原告の請求を認めました。