諸外国の高齢化と高齢者雇用 第3回 イギリス 独立行政法人労働政策研究・研修機構 人材開発部門 副統括研究員 藤本(ふじもと)真(まこと)  世界でもっとも高齢化が進行している国が日本であることは、読者のみなさんもご存じだと思いますが、高齢化は世界各国でも進行しており、その国の法制度に基づき、高齢者雇用や年金制度が整備されています。本連載では、全6回に分けて、各国における高齢者雇用事情を紹介します。第3回は「イギリス」です。 定年制を年齢差別として禁止するも残る例外的取扱い  イギリスは同じヨーロッパのドイツやフランスとは異なり、現在は、定年制が年齢差別として禁止されています。  ただし、イギリスではアメリカと異なり、2000年代に入るまで、定年制は国家による介入が最小限に抑えられた「自由放任」の対象とされてきました。雇用主は、契約自由の原則に基づき、従業員との合意により定年年齢を自由に設定することができました。多くの企業は、ドイツやフランスにおける定年制の設定と同様に、公的年金の受給開始年齢(男性65歳、女性60歳)に合わせて定年を設定しており、この年齢に達したことを理由とする解雇は、正当なものとして扱われていました。年齢差別に対する法的保護はきわめて限定的で、高齢を理由とする採用拒否や昇進差別も違法とはされていませんでした。  しかしながらイギリスにおける以上の状況は、2000(平成12)年にEUで採択された「雇用および職業における均等待遇の枠組みに関する指令」によって大きく変わりました。この指令は加盟国に対し、年齢、障害、宗教、性的指向に基づく差別を禁止する国内法の整備を義務づけていたため、EUに加盟していたイギリス政府(労働党政権)も、2006年雇用平等(年齢)規則(The Employment Equality(Age) Regulations 2006)を施行し、年齢差別を原則として禁止しました。  2006年の年齢差別の禁止の際には産業界からの強い要請があり、雇用平等(年齢)規則の施行とともに、「デフォルト定年年齢(Default Retirement Age: DRA)」という仕組みが導入されました。このDRAにより、雇用主は65歳以上の従業員に対しては個別の能力評価や正当な解雇事由を示すことなく、定年による退職を強制することが認められましたが、従業員を退職させる場合には、退職予定日の6カ月から1年前の間に書面で通知し、従業員に対して勤務継続を申請する権利を与える義務が課されました。  その後、2010年に発足した保守党・自由民主党連立政権は、DRAの廃止に向けた政策転換を決断します。2011年4月6日より新たな定年通知の発出が禁止され、同年10月1日に2011年雇用平等(退職年齢規定廃止)規則(The Employment Equality (Repeal of Retirement Age Provisions) Regulations 2011)が施行され、DRAは廃止されました。  もっとも、DRAの廃止により、イギリス国内において定年制が消滅したわけではありません。2010年平等法は、「正当化される定年年齢(Employer Justified Retirement Age:EJRA)」を、雇用主が維持することを例外的に認めています。EJRAが認められるためには、当該EJRAが「正当な目的(Legitimate Aim)を達成するための、均衡を得た手段(Proportionate Means)である」ことを雇用主が証明しなければなりません。ここでいう「正当な目的」には、単なるコスト削減や企業の競争力強化といった個別の経営上の都合は該当せず、社会政策的な公共利益に合致する目的、例えば、労働市場への新規参入者のためにポストを空けること、若手従業員の昇進機会を確保することなどにかぎられます。一方、航空パイロットや消防士、警察官など、加齢による身体能力の低下が公共の安全に直接的なリスクをもたらす職種については、EJRAの設定が比較的広く認められています。 高齢者の就業促進政策における移行と就業の現状・課題  イギリス政府は、日本やほかの国々と同様、高齢化にともなう労働力不足と社会保障費の増大に対応するため、高齢者の就労促進を政策目標に掲げています。その実現に向けて行われてきたのが強制的な定年の廃止と、公的年金制度である「国家年金」の受給開始年齢(State Pension Age:SPA)の引上げです。20世紀半ば以降、イギリスのSPAは男性65歳、女性60歳で固定されていましたが、1990年代以降、EU法に基づく男女平等の要請もあって、一連の年金法(Pensions Acts)を通じて段階的な引上げが行われています。2025(令和7)年末時点での受給開始年齢は男女とも66歳ですが、2026年4月から段階的に引上げが始まり、2028年4月までにすべての人の受給開始年齢が67歳になります。  イギリスにおける高齢者の就労促進策は、長く働くことを一律に奨励・促進する段階から、個々の就業者の事情に応じて、「質の高い仕事(Good Work)」への就業をいかに保障するかという段階に移っています。イギリス政府は2022年から「50 Plus:Choices」という政策パッケージを本格的に展開し、個人の健康、スキル、財務状況に応じた多様な選択肢の提供を図っています。多様な選択肢の提供に向け、政府が主導しているのが、「Mid-life MOT」という40代から50代の労働者が、Work・Health・Moneyの3分野について現状と今後の見通しを診断するためのプログラムです。このプログラムは、労働者の将来に向けての計画策定を支援するものとして位置づけられています。  以上のような政策の効果もあり、イギリスにおける50〜64歳の雇用率は、2000年(1〜3月期)の60.4%から、2025年(1〜3月期)には71.4%にまで上昇しています。また65歳以上の雇用者も同期間に46.7万人から159.2万人へと3倍以上に増加しており、65歳を超えて働くことが例外ではなくなりつつあります※。ただ一方で、定年制がなくなったために、高齢従業員の退職にあたって能力やパフォーマンスに基づく管理をより慎重に行わなければならなくなった雇用主の負担増加や、デジタルスキル欠如の顕在化、個人の健康状態や居住地域による就労格差など、高齢者就業にかかわる新たな問題も浮上しています。 【参考】 ※ 雇用率、雇用者数ともにイギリス国家統計局(Office forNational Statistics)所収のデータセット"Employment,unemployment and economic inactivity by age group(seasonally adjusted)"より。