特集 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 〜開催レポートU〜 ▲2025年10月24日開催 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント組織の活性化に貢献!−シニア社員を活かす持続可能な人材マネジメントの仕組み」  JEEDでは、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2025(令和7)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって特に関心の高いテーマで2回にわたり開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表、パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2025年10月24日に開催された「シニア社員を活性化するための人材マネジメント 組織の活性化に貢献!―シニア社員を活かす持続可能な人材マネジメントの仕組み」の模様をお届けします。 2025年10月24日開催 基調講演 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント」 シニア社員を活かす人材マネジメント サスティナブル・キャリアの視点から 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授・日本人材マネジメント協会理事長 山ア(やまざき)京子(きょうこ) 人生100年時代とマルチステージ化  本日お話しするテーマは、「シニア社員を活かす人材マネジメント サスティナブル・キャリアの視点から」です。サスティナブル・キャリアの具体的な内容については、講演のなかで詳しくお話ししていきます。  まず、日本のシニアを取り巻くキャリア環境について見ていきます。統計値・推計値によれば、日本の総人口が減少する一方で、65歳以上の人口割合はますます上昇していきます。2040年には60〜64歳の就業率が80%、65歳以上でも61%に達すると予測されており、これは1989(平成元)年のおよそ2倍にあたる数字です※1。このように急激な高齢化が進んでいますが、人口動態の変化は以前から予測されていたため、官民をあげた対策が長年進められてきました。  超高齢社会におけるキャリア形成は、日本だけでなく先進国共通の課題です。リンダ・グラットンとアンドリュー・スコット著の『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』(東洋経済新報社)で提唱した「人生100年時代」という言葉が、日本でも数年前に広まりました。ここであらためて、長寿化社会におけるキャリア形成についてふり返りたいと思います。  まず、彼らが指摘するのは、人生は3ステージからマルチステージに変わっていくということです。3ステージとは、「教育」、「仕事」、「引退」のそれぞれのステージをさします。  しかしながら、このうち「仕事」の期間が長引いてきています。日本の事情に目を向けてみると、高年齢者雇用安定法が施行されたのが1986(昭和61)年で、このときには定年が55歳、そして60歳までの雇用機会確保が努力義務でしたが、現在では努力義務が70歳になっています。この努力義務はいずれ義務化される可能性もありますので、70歳定年が目前に迫ってきているといえます。55歳定年のころと比べると、職業生活が15年も後ろ倒しになってきているということです。  また、現在の役職定年の平均年齢は55歳といわれており、55歳から70歳まで15年間もあります。55歳は世の中ではシニアであり、シニア期間が15年間もあるというのは、かなり長いと思いませんか?このように考えると、人生の長い時間を過ごす「仕事」が、マルチステージ化していくのはもっともなことで、リンダ・グラットンらが指摘していることが、日本にもまさしく当てはまってくるわけです。  そこで、リンダ・グラットンらは働き方を三つの考え方でとらえてみてはどうかと提唱しています。それが、「エクスプローラー」、「インディペンデント・プロデューサー」そして「ポートフォリオ・ワーカー」です。  「エクスプローラー」は「探査」という意味で、さまざまな世界を探査し、多様な経験をしていくことを意味しています。さまざまな職業経験を通して、幅広い見識を養っていくキャリアの形成です。  次の「インディペンデント・プロデューサー」は「独立」を意味しています。組織に所属せず、自由と柔軟性を重視して、小さなビジネスを起こす働き方です。特に士業などで、会社に勤めながらキャリア後半に勉強を始め、適切なタイミングで独立する方々も、みなさまの周りにいらっしゃるのではないでしょうか。あるいは、最近ではオンラインでの仕事やITの進展により、インターネットを使ったビデオ制作や翻訳などのコンテンツ制作といった、広義でのフリーランスの働き方も、このインディペンデント・プロデューサーに相当します。最近では副業の解禁もあり、本業をしながらこういった独立した仕事をしていく準備をすることも、認められるようになってきました。  最後に「ポートフォリオ・ワーカー」です。完全に独立をするというよりは、複数の仕事を組み合わせていく働き方です。さまざまな仕事を経験していくことで、互いに相乗効果があり、本業にも副業にもよい影響を与えていく、そういったポートフォリオの組合せは理想的です。 日本型雇用システムとの相性  この三つの働き方は興味深い提言ですが、日本型雇用システムとの相性には課題があります。  伝統的な日本企業が取り入れている日本型雇用システム、最近では「メンバーシップ型」として知られるようになりましたが、この日本型雇用システムは、必ずしもリンダ・グラットンらが指摘している人生100年時代の働き方とは相性がよいとはいえません。  具体的には、新卒一括採用、会社都合の人事異動、年齢による定年、そして再雇用時に処遇が4割減になるケースもあるなど、年齢による護送船団的なメンバーシップ型には、いくつかの問題があります。  もちろん、これまでの高度経済成長において、日本型の雇用システムは大きなメリットがあったということは決して否定しません。かなり効果的な人的資源管理の手法でしたが、現代におけるミドル・シニアのキャリアだけを取り出して考えてみると、彼らの自律的なキャリア形成に対して、いくつか影響を与えています。  例えば、メンバーシップ型は内部労働市場と指摘されていますが、組織のなかで人材の流動化をうながす方法になっていますので、エクスプローラーとしての経験は社内にかぎられていきます。転職をくり返しながら、さまざまな専門性を身につけていくジョブ型と異なり、社内での経験にかぎられてしまうのです。  また、日本では転職市場が活性化していないため、独立へのハードルが高いといえます。一度会社を辞めて独立した人が組織に戻る壁も高く、インディペンデント・プロデューサーにもなりにくい状況があります。  さらに、副業を考えても、まだまだ日本社会では完全には定着していないこともあり、本人、あるいは企業もまだ模索段階です。そういった意味では、ポートフォリオ・ワーカーも、まだ一般化するにはむずかしいといえます。  このように、日本型雇用システムは、マルチステージ化への対応がむずかしいといわざるを得ません。ただし、早くから対策を進めている企業ももちろんあり、このあと事例として二社からご紹介いただきますが、定着に向けて現在、相当な努力をされているところだと思います。  多様な課題があるなかで、シニア個人の視点で見ると、企業はさまざまな施策を打ち、最近ではキャリア自律が叫ばれるようになっていますが、納得するには時間のかかる方々もいらっしゃいます。というのも、彼らが入社した当初は、会社のために自分のキャリアをささげる働き方が歓迎されていた時代でした。  当然、会社のなかでの昇進・昇格も、会社都合による人事異動にそのまま抵抗せずに、どこにでも異動し、できるだけ早く適応していくことが昇進していくうえでの大きな条件だったわけですから、ある日突然、自律的なキャリアといわれても、非常に戸惑ってしまうのは当然です。  このため、釈然としない世代である50代の方々が、まだまだ残っていると思います。現在の30代は、この動きを自然に受け入れるでしょうが、今後10年ほどは釈然としない世代のキャリアシフトチェンジが求められます。個人と組織双方が納得できる制度設計と運用が必要です。 サスティナブル・キャリアにおける成功の3要素  そうしたなかで、今回、私が提案したいのが、「サスティナブル・キャリア」という考え方です。サスティナブルは、継続可能なという意味ですが、この考え方が生まれてきた背景について説明します。  この研究を推進してきたのが、オランダのファン・デル・ハイデン氏と、ベルギーのデ・フォス氏というヨーロッパの研究者です。「ジョブ型」、「メンバーシップ型」の区別をする際に、私たちは「ジョブ型」を欧米的といいがちですが、実際はアメリカ的です。ヨーロッパは比較的、アメリカより社会主義的で、社会のため、個人のためという発想を持っています。  彼らがサスティナブル・キャリアを提言する社会的背景として、大きく四つのポイントがあげられます。  1点目は、時間軸の変化です。人生100年時代といわれるように、キャリアが長期化しています。  2点目は、キャリア形成の場の変化です。一つの組織だけでなく、会社以外の社会貢献活動なども含め、さまざまな経験がキャリアに影響を与える空間が広がっています。  3点目は、キャリアの責任所在です。一つの組織内でキャリアが完結するなら、キャリアや生活保障は組織側の責任ですが、空間が広がることで、キャリア形成は自己責任になりつつあります。  そして4点目は、キャリアサクセスの考え方の変化です。一つの組織内でのキャリア形成であれば、昇進・昇格がサクセスでしたが、空間が広がり境界があいまいになると、サクセスは個人の満足感、達成感、充実感という内的キャリアへ志向が向きます。この四つの社会的変化が、サスティナブル・キャリアという考え方を生み出しました。  では、サスティナブル・キャリアにおける成功の条件は何でしょうか。健康と幸福と生産性、この三つが重なり合ったところが、サスティナブル・キャリア成功の成果変数です。  まず1点目が健康です。健康経営○R(★)は、いまでも非常に重要であり、心身ともに健康である経営を目ざすことは、社会的な動きになっています。  2点目は、最近注目されているウェルビーイングです。社員一人ひとりが幸福であり、価値観や目標が自覚され、達成され、成長ニーズを満たすウェルビーイング経営も、特に人的資本経営の成果指標として取り上げられるようになりました。  3点目が生産性です。これは企業の目線になりますが、一人ひとりの生産性が高いからこそ利益率の高い経営が可能になり、個人のキャリア支援も可能になります。個人目線では、いかに生産性の高い仕事ができるか、言い換えれば、エンプロイアビリティの高い仕事をしていくかが重要な視点です。  この三つを達成できるよう、組織の責任を説いているのが、サスティナブル・キャリアの特徴です。これまでキャリア支援は個人の目線に偏りがちでしたが、組織側の責任を説いている点で意義があります。だからこそ、本日、サスティナブル・キャリアという考え方を紹介する意味があると考えます。 日本型雇用システムとの課題  残念ながら、日本型雇用システムは、サスティナブル・キャリアに対していくつか課題があります。サスティナブル・キャリアの研究では、キャリア配置の個別化が重要とされていますが、日本の定年退職は年齢で区切られており、個別対応がなかなか行われていない点が課題の一つです。もう一つが、自身の価値観の自覚と表現が重要だという点です。研究上明らかになっていますが、個別配置は依然としてむずかしく、手上げ式がある一方で、会社にも事情があるので、会社都合による配置も外せません。いかに個人のキャリアと会社事情を橋渡しするか、この二つが大きな課題です。日本型雇用システムには、個人とキャリアの適合による継続性に適さない組織要因が含まれています。  そんななか、私の研究チーム3人で行っている伝統的日本企業研究からわかったことを紹介したいと思います。  50代後半の方々にキャリア展望をインタビューしたところ、その傾向は大きく三つに分かれました。「ドリフト・モラトリアム型」、「リセット心機一転型」、そして「コーリング型」です。特に注目したいのが、「リセット心機一転型」です。会社都合の人事異動をくり返された方々には、疲弊を感じている人が一定数おり、これ以上会社都合で仕事をアサインされるのではなく、一度立ち止まってゆっくり自分の人生を考えたいという方々がいらっしゃったことが、この研究の重要な発見でした。  このため、60代以降のキャリアの選択肢として一時停止を望む方々に対して、例えばサバティカル制度※2のような自己を見つめ直す制度設計も重要かもしれません。  もう一つは尺度開発です。これまでサスティナブル・キャリアに関する心理尺度はありましたが、ジョブ型に対応したものでした。そこで、われわれ研究チームで日本人を対象としたキャリア尺度を開発しました。その結果、制約環境下での適応力、社会関係資本、主体的な態度という三つの要素が抽出され、この三つの能力がサスティナブル・キャリアをどう形成していくのかについても、今後研究を進めていきます。  これらをふまえ、組織としての取組みを5点あげます。「キャリアのマルチステージ化への支援」、「配置・処遇・働き方の個別化」、「価値観を自覚し表現できる場づくり」、「心理尺度の実務的活用」、そして「費用対効果の検討」です。  これらについては、このあとのパネルディスカッションで、ご登壇企業のみなさまがどのように対応されているのか、詳しくお聞きしていきたいと思います。私からの基調講演と問題提起はここまでとさせていただきます。ありがとうございました。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」基調講演は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。 こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=PiiR6UtMADY ※1 令和2年版厚生労働白書 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 ※2 サバティカル制度……長期休暇制度 2025年10月24日開催 講演 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント」 シニアのジョブ・クラフティング ―生涯現役を支える組織のあり方 釧路公立大学 准教授 岸田(きしだ)泰則(やすのり) シニアのジョブ・クラフティングとは何か  「ジョブ・クラフティング」とは、働く人が 自ら工夫し、仕事をやりがいのあるものに変え ていく考え方です。ジョブ・クラフティングは 三つに分類されます。仕事のやり方の工夫を変 える「業務クラフティング」、周りの人との関 係に工夫を加える「関係性クラフティング」、 そして仕事の考え方を工夫する「認知的クラフ ティング」です。これにより活力が高まりスト レスが軽減され、結果として健康やチームのパ フォーマンス向上につながります。  ジョブ・クラフティングが注目されるのには、三つの大きな理由があります。人事の観点からはエンゲージメント向上に寄与することで離職防止につながり、産業保健の領域では身体的・精神的・社会的なウェルビーイングの向上に貢献します。そして、キャリアの時間軸が長期化するなかで生じる、個人と仕事のミス・フィット感を小さくします。  続いて、シニアにおけるジョブ・クラフティングの事例を紹介します。業務クラフティングでは、自分なりに小さな工夫を施す例として、メーカーの工場で検品を担当するシニア社員が、仕事を覚えにくいため自作のマニュアルを作成しました。また、自らの能力向上を図る例として、職場に障害のある社員が増えたことをきっかけに、寄り添った支援を行うためジョブコーチ(12ページ※)の研修を受講したシニア社員もいます。  関係性クラフティングでは、新たな関係づくりの例として、シニア社員が現役世代と交流するために昼休みにランチ会を開催しています。関係強化として、毎朝のあいさつを欠かさず行います。一方で、関係を見直す例として、再雇用や役職定年後に現役世代との距離を意識的に取り、会議での発言を控えるケースも見られます。  認知的クラフティングでは、役割の再認識として、「これからは若手社員の相談相手になろう」と自分の立ち位置を見つめ直しました。また、仕事の意味をとらえ直す例として、スマートフォン修理業にたずさわるシニアが、自らを「スマートフォンの外科医」と位置づけるケースがあります。こうした工夫によって、気乗りしなかった仕事も、やりがいのあるものへと変わっていきます。 シニアの拡張的・縮小的クラフティング  シニアのジョブ・クラフティングを深く知るキーワードとして、「拡張的」と「縮小的」という考え方があります。これは、仕事を広げていくか、あえて手放していくかという選択の違いを表すものです。私の研究では、シニア社員が拡張的クラフティングと縮小的クラフティングの両方を行っていることがわかりました。拡張しながらも縮小している側面があり、これが個人のモチベーション維持に寄与していました。  また、大企業の定年後再雇用者・男性15人にインタビューをし、再雇用者になるプロセスを分析したところ、再雇用に応じると現役正社員の座を失い、役割があいまいなケースが多く、それを認知します。しかし高い仕事能力を有するため、仕事とのマッチングを図る過程でジョブ・クラフティングが起こります。周りを見て職場での距離感を保ち、仕事への新たな認知を得て働きかけることで、再雇用者としての立ち位置を得て適応します。  業務クラフティングでは、現役世代がやっていない仕事を見つける(拡張的)、自分の立場に合わせた仕事量調整(縮小的)があります。関係性クラフティングでは、現役への配慮で発言を自制(縮小的)します。認知的クラフティングでは、次世代への継承のため仕事の意義を見つける(拡張的)、生活に占める仕事の比重を低減(縮小的)します。定年後再雇用者は縮小的と拡張的の両方を織り交ぜて行動しています。 シニアのジョブ・クラフティングの必要性  「エイジング・パラドックス」という、シニアは加齢で失うものが増えるのに、幸せだという現象があります。加齢による喪失への適応方法として、選択(目標を特定水準に絞る、水準を下げる)、最適化(自分のもつ資源を最適化する)、補償(喪失を補う手段・方法を用いることとして、だれかの助けを得る)が行われます。これをジョブ・クラフティングに変換して考えてみると、選択は仕事量を減らす、最適化はその仕事に必要なスキル維持に時間を使う、補償は他者の助けを借りる、です。助けを借りるのは大事で、遠慮しなくていいのです。  シニアのジョブ・クラフティングが必要な理由は三つあります。仕事そのものの変化(役職定年、定年後再雇用)、自分自身の変化(加齢による体力変化)、周囲の変化(介護、周りからの見る目の変化)です。そのためジョブ・クラフティングの実践が必要です。しかし、暴走するクラフターという事例もあります。自分だけの考えで仕事のやり方を変えてしまい、現場や現役世代と合わないケースです。認知のゆがみがあるため、上司がレールに戻す必要があります。また、自律的な行動であるジョブ・クラフティングにもマネジメントが必要です。直接指示するのではなく、間接的なマネジメントにより、ジョブ・クラフティングが起こりやすい環境を整えます。  上司からの支援として、シニアが変わる可能性を想像する、自分自身がジョブ・クラフティングをしてロールモデルになる、リバースメンタリング(上司が自分の問題をシニアに質問し、アドバイスを得る)があります。特に、リバースメンタリングはシニアに活力を与えられる方法です。  最後に、上司がエイジズム(年齢差別)を持たないことがもっとも大切になります。上司に報告せずに進められる領域を「遊び」と呼ぶのですが、やりがいを感じながら仕事をするには、ネジ穴の遊びのようなものが必要だと思います。  ジョブ・クラフティングを使って、個人と仕事のミス・フィットを減らすこと。だれかの物語を生きるのではなく、仕事を自らの手で手触り感のあるものに変えていくこと。変わる手始めとして仕事を小さく変えてみてください。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」講演は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。 こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=xktLfZqHh1g ※ジョブコーチ(職場適応援助者)については、厚生労働省ホームページをご参照ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06a.html 2025年10月24日開催 事例発表@ 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント」 三菱UFJ信託銀行のシニア向け人事関連施策について 三菱UFJ信託銀行株式会社 執行役員人事部長 中村(なかむら)剛雄(たけお) 2023年に「シニアジョブコース」を新設  本日は、三菱UFJ信託銀行株式会社のシニア向け人事施策についてお話しします。まず当社の概要です。当社は、三菱UFJフィナンシャルグループ傘下の信託銀行で、従業員数は約6000〜7000人。銀行業務と信託業務の両方を行っています。信託業務では、資産運用・管理、不動産、相続関連業務など幅広い分野を扱っており、現金のみならず、不動産や株式、無形資産なども取り扱います。このため、社員数の割には業務領域が細分化された、いわゆる「少量多品種」型のビジネスモデルとなっています。  当社では順次、ジョブ型制度を導入してきました。2020(令和2)年4月に職務給重視の評価体系へ移行しつつメンバーシップ型を維持していましたが、2021年と2024年には現役世代向けにジョブ型制度を導入しました。  シニア層に関しては、2023年4月に「シニアジョブコース」を新設。さらに2025年10月からは「シニアジョブエルダー」として、65歳超の雇用延長制度を開始しました。  ジョブ型導入の理由は、当社の業務領域にシニアが活躍しやすい分野が多くあるためです。例えば、企業年金の制度設計、他企業の年金制度運用設計支援、個人のお客さまの資産承継・相続業務などは、長年の経験に基づく高度な知見が求められます。また、不動産業務や証券代行業務においても、複雑な案件への対応力が必要とされます。こうした専門性の高い領域に、シニアの知見を活かせるジョブ型制度を適用しました。  採用形態は新卒一括採用が主ですが、近年はキャリア採用も増加しています。新卒はメンバーシップ型のオープン採用に加え、コース別・部門別採用も実施しており、プロフェッショナルジョブ制度(ジョブ型)へ移行する社員も多数います。  定年後再雇用については、現状60歳定年後、8〜9割が再雇用を選択し、その半数以上が「シニアジョブコース」へ移行しています。  こうした状況をふまえ、2027年度からは60〜65歳を正社員として処遇する予定です。さらに65歳以降については「シニアジョブエルダー」として、再雇用嘱託形式で最長70歳まで契約更新可能な制度としています。 シニアジョブコースと職務定義  「シニアジョブコース」の基本コンセプトは、高い職務貢献が期待できる層に対し、ミッションに応じて従来より高い処遇を設定することです。  最大の特徴は、職務定義書(ジョブディスクリプション)の作成です。嘱託再雇用において業務内容が曖昧になりがちという課題に対し、上司と本人が対話し、1年間の業務内容と役割を明確化することを必須要件としています。  この職務定義書には、担当する具体的な業務、求められる成果、評価基準などを明記します。年度初めに作成し、期中で進捗確認を行い、年度末に評価を実施するというPDCAサイクルを回すことで、シニア社員の貢献を可視化し、適正な処遇につなげています。この仕組みにより、シニア社員本人も「何を期待されているか」が明確になり、モチベーション向上にもつながっています。従来の曖昧な業務指示ではなく、明確な目標設定がなされることで、やりがいを持って働ける環境が整いました。  シニア活用では「年下上司と年上部下」の関係性が課題となります。そこで、制度導入と同時に「シニアマネジメント研修」を新設しました。  研修では、年下上司向けに「適切な指示の出し方」、「経験豊富なシニアの知見の引き出し方」、「世代間ギャップの埋め方」などを扱います。一方、シニア側には「後輩への適切なかかわり方」、「自律的な働き方」などを伝えています。  また、上司・シニア双方が参加するワークショップも実施し、相互理解を深める場を設けており、シニア層から「会社からの期待や担当領域が明確になり、働きやすい」といった好意的な声が多く寄せられています。 仕事と介護の両立支援制度の充実  シニア期に向けた準備として、57〜58歳ごろに研修を実施しているほか、研修の1年後にフォローアップ面談を行い、60歳以降のキャリアの希望を確認しています。  また、50歳以降を対象としたアンケートを実施し、今後のキャリアに加え、健康状態や介護などの家庭事情(本人の同意の範囲で)も把握しています。最適な働き方を人事部とともに考える体制を整え、シニアジョブ認定後も定期的な1対1の面談を通じてフォローを継続します。  シニア活躍の鍵となるのが「仕事と介護の両立支援」です。育児とは異なり、介護は終わりが見えにくく、精神的・時間的負荷が大きいためです。当社における具体的な支援策として、初めて介護に直面する社員向けハンドブックの配付、介護施設の選び方や公的支援制度の説明会開催、介護を抱える社員同士のコミュニティ形成などを行い、情報共有と不安解消の場を提供しています。  また、上司・周囲の理解促進も重要です。管理職向け研修で「介護を抱える部下への配慮」を啓発するとともに、2026年度からは介護休業取得者の周囲のメンバーに対し「お礼金」を支給する制度を導入予定です。周囲への気兼ねを減らし、心身ともに疲弊することなく働き続けられる環境を目ざしています。制度はつくるだけでなく、運用に魂を入れることが重要です。人事制度を整備したうえで、それをしっかりと運用していくことが、われわれ人事部の使命だと考えています。  現場におけるシニアへのニーズは非常に高まっており、例えばシステム分野では、旧来のプログラム言語で構築されたシステムの保守など、若手にはないシニアのスキルが不可欠な場面が多々あります。また、複雑な金融商品の設計や、長期にわたる顧客との信頼関係が求められる業務においても、シニアの経験値はほかに代えがたいものがあります。  今後も制度の実効性を高め、シニア社員が活き活きと活躍できる環境づくりを推進してまいります。本日はご清聴ありがとうございました。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(三菱UFJ信託銀行株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=tdQ6ilOt4Cw 2025年10月24日開催 事例発表A 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント」 ミドル・シニア向けキャリア自立支援について ライオン株式会社 人事部 青木(あおき)陽奈(あきな) ライオン流働きがい改革  本日は、ライオン株式会社におけるミドル・シニア向けキャリア自立支援についてお話しします。ライオン株式会社は1891(明治24)年に創業し、2025(令和7)年で134年を迎えた日用品・化粧品メーカーです。従業員数はグループ連結で約7600人、国内外に展開しています。歯磨きや洗剤など、みなさまの生活に身近な製品を通じて「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する」ことを使命としています。  当社では「ライオン流働きがい改革」を推進しています。この改革の最大のポイントは、「働きがいの向上=個人の成長を起点にした組織力の向上」ととらえている点です。  従来の管理志向から脱却し、従業員一人ひとりの意思、意欲、能力の最大化を促進するため、人事制度や育成体系を全方位的に見直しました。具体的には、テレワークやフルフレックス制度など、働き方の柔軟性を大幅に高めてきました。本日は、そのなかでも特にミドル・シニアのキャリア自立支援につながる三つの主要施策、「関係性向上プログラム」、「副業制度」、「キャリアデザインサポート」についてご紹介します。  一つめの施策は、管理職育成としての「関係性向上プログラム」です。組織の成長には、本音で対話できる心理的安全性の高い関係性が不可欠だと考え導入しました。  このプログラムは、3年間で全管理職540人を対象に、6カ月間の長期研修として実施しました。特徴は、単なる知識習得ではなく「自分史」の作成から始まる点です。自身の価値観や原体験をふり返り、それを受講生同士や部下に対してオープンに語ることで、自己開示を進め、自分らしいリーダーシップを模索してもらいました。  効果として、若手部下とのコミュニケーションスコアや心理的安全性スコアの向上が確認されました。また、受講した管理職の8割強が満足しており、孤独になりがちな管理職同士が共通の悩みを共有し、横のネットワークを構築できたことも大きな成果でした。 副業制度の導入  二つめの施策は「副業制度」です。導入の主目的はあくまで人材開発にあります。社員が副業を通じて自身の新たな可能性を知り、社外からよい刺激を受け、それを自社業務にポジティブに還元することを期待しています。  当社は離職率が低く、一社経験の長い従業員が多いのが特徴です。そのため経営陣としても「外を知ること」を推進したいという意向があり、副業制度を前向きに導入しました。以前は原則禁止でしたが、現在は申告制で認めており、健康管理や労働時間に関するルールを整備したうえで運用しています。  特徴的な取組みとして、内閣府のプロフェッショナル人材事業と連携した「地方副業案件の紹介」を行っています。各地のプロフェッショナル人材戦略拠点から地方企業の副業案件を紹介していただき、当社が副業を希望する人材とマッチングを支援する仕組みです。初めて副業に挑戦する社員にとって、会社が機会を提供することでハードルを下げる効果があります。  この制度はミドル・シニア層にも積極的に活用されており、実際に経験した社員からは、「最初の一歩がむずかしいので、会社が機会をつくってくれてありがたい」、「自分のスキルが、社外でも役に立つことがわかり、大きな自信になった」といった声があがっています。このように、社外での経験が自信となり、新たなキャリア展望につながっています。 キャリアデザインサポート  三つめの施策は「キャリアデザインサポート」です。当社では、年代ごとのキャリアテーマに即した年代別キャリアデザインセミナーの展開と、全年代向けに通年でいつでも個別にキャリア相談を受けられる体制を整えています。  まず、50歳の社員を対象とした必須研修「ライフイノベーションセミナー」を実施しています。人生後半のライフプランに向けて、キャリア、健康、資産形成について学ぶ機会を提供しています。この3点セットで、包括的に人生後半を考える機会となっています。  さらに希望者には「年代別キャリアデザインセミナー」を用意し、キャリアの棚卸しや強みの再整理を行うワークショップを実施しています。参加者からは「会社の外でどの程度役に立つのか不安だったが、知らないうちにポータブルスキルが身についていることを知ることができてよかった」、「同年代と価値観を自己開示しながらやりとりできたことがよかった」といった声をいただいています。特にグループでのシェアリングが好評です。  また、より気軽な場として「蔵前(くらまえ)おとな未来カフェ」という取組みも展開しています。40代から60代を中心に、少人数でざっくばらんに語り合う場です。テーマはマネープランやキャリアの悩み、趣味などさまざまです。ときには定年後再雇用の先輩社員にも参加していただき、当時の心境などをフランクに語ってもらうことで、「定年後の再雇用に対するモヤモヤが晴れた」といった心理的なハードルを下げる場となっています。  人生100年時代におけるキャリアのマルチステージ化を見すえ、今後のキャリアをどう歩むかの起点は「自己理解」にあります。しかし、それは一人だけで完結するものではありません。  会社としては、上司とミドル・シニア本人が二人三脚で歩めるよう支援していく必要があります。上司が組織の方向性を伝えつつ、本人の可能性について対話できる関係性が重要です。  そして何より、ご本人の自律が大前提です。キャリアについて、複数の選択肢のなかから自分で決めたという感覚を持つことが、その後の前向きな業務姿勢につながります。私たちは、そうした自律的なキャリア形成を後押しできる施策を、今後も継続して展開してまいりたいと思います。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(ライオン株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=NKfKXqDSKSs 2025年10月24日開催 パネルディスカッション 令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「シニア社員を活性化するための人材マネジメント」 「キャリアのマルチステージ化への支援−ミドル・シニア期も含めたキャリア再設計を支える制度と実践を共有する」 コーディネーター 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授・日本人材マネジメント協会理事長 山ア京子氏 パネリスト 釧路公立大学 准教授 岸田泰則氏 三菱UFJ信託銀行株式会社 執行役員人事部長 中村剛雄氏 ライオン株式会社 人事部 青木陽奈氏 シニア期出口を見すえた長期キャリア設計 山ア パネルディスカッションの最初のテーマは「キャリアのマルチステージ化への対応」です。シニア期が長期化するなか(55歳から70歳までの約15年間)、シニア社員の人材マネジメントはこれまでの「福祉的雇用」ではなく、より戦略的な人材戦略として位置づけていく必要があります。三菱UFJ信託銀行株式会社の仕事と介護の両立支援や、ライオン株式会社のキャリアデザインサポート、副業といった制度は、そういった戦略性を意識しての設計ではないかと思いますが、詳しく説明していただけますか。 中村 シニアの方は介護や健康面への配慮が必要です。両立支援が一番の肝だと考えています。最終ステージで輝いていただき「ご卒業いただく」形を会社として支援していきたいです。 青木 55歳や60歳で初めて「これからのキャリアをどうしたい?」といわれても描きづらいものです。40代など早い段階からキャリアを考える機会や副業で経験を試し、60歳を迎えるときには選択肢が増えている状態をつくりたいと思っています。 山ア 出口戦略は、その後のキャリアや会社のブランディングにもつながります。入口と出口を両方見ていく人事の考え方が重要ですね。 個別化と公平性が両立するジョブ型設計 山ア 次のテーマは「配置、処遇、働き方の個別化」です。研究では、シニアの方々は経験が豊富なため個別化が進んでおり、一人ひとりの希望に合わせた柔軟な制度設計が必要だといわれています。一方で、個別化は「特別扱い」ととらえられる懸念もあります。西欧においては本人のパフォーマンスや志向性に合わせたものが公平であるという考え方ですが、日本の場合は「分配的公平」といわれるように、だれにも同じように分配することが公平であるという価値観があるため、不公平感への懸念があります。三菱UFJ信託銀行の「キャリアパス・シニアジョブコース」では対話を重視していますが、不公平感が出ないようにどんな工夫をされていますか。 中村 山ア先生がおっしゃるように、まさに特別感を出すための制度であることは事実で、当初はシニアジョブではない社員のモチベーションが下がるのではという懸念もありましたが、逆にシニアジョブの方が輝いている姿を見て「自分も目ざしたい」という声が多く、うれしい誤算でした。  一方でシニアジョブは求められる業務の質が高く責任も大きいので、「自己選択」がベースになります。介護や健康などの事情がある社員のためのメンバーシップ型も併存させているので、週3〜4日勤務や在宅勤務も含め、自身で選びつつ会社からも選ばれる関係性を築いていきたいと考えています。 山ア ライオンでは、この特別扱いや個別化といったことについて、どのような取組みを行っているのですか。 青木 当社は2023(令和5)年に職務役割型の人事制度に移行し、それにともない2024年に再雇用制度の見直しを行いました。等級区分を一本化し、その年の成果で昇給や賞与が決まる仕組みです。「年齢や年次に拠らない」が人事制度全体のコンセプトの一つなので、段階的に改定を進めています。 山ア 一つだけ何か施策を入れるということではなくて、大事なコンセプトに基づいて前の施策と連動させていくことが大事なのですね。岸田先生は、こうした取組みについてどのようにお考えでしょうか。 岸田 「年功や年次に拠らない」視点はとても大切です。年功に拠るとエイジズムにつながりかねません。中村さんがおっしゃった「自己選択」も同様に大切です。がんや介護など人それぞれ事情があります。自己選択できる制度は、画一的ではなくなってきている社会に即していると思います。 山ア いまのお話のように、本人のパフォーマンスやキャリア志向性に合わせるとなると、どうしても「ジョブ型」になっていくのでしょうか。最近はジョブ型の話題が盛り上がっていますが、ジョブ型が広がった背景としてはグローバル化などの説明がなされています。一方で、シニアの方の輝ける職場開発を考えていくと、結果的にジョブ型に近づいていくのか、という点についておうかがいしたいのですが。 中村 シニアの方はジョブ型に寄っていったほうがよいと思います。専門性を発揮しやすいですし、人事異動の心配がなく最後まで決めてしまうほうが、納得感があって腰を据えやすいのではないでしょうか。若いうちは可能性を広げていき、中堅で決めていく形で併存させています。 青木 職務型か役割型かは、現時点では正確な答えを持っていません。2023年に管理職を対象に二つのラダー(キャリアの段階や成長の道筋)を用意したのですが、その管理職が定年後再雇用になった際、役割型が適しているのか、職務を固定して決まった仕事をお任せしたほうがよいのかは、今後の検討課題だと思っています。 山ア もしジョブ型、あるいはそれに近い制度運用になってきたとすると、特に先ほどのお話のように、キャリア後半でいわゆる出口戦略として輝くことが、本人にとっても自分にフィットした仕事を選んでいくことが大事になります。専門用語で「P-Jフィット(Person-Job Fit)」といういい方をしますが、これは若者の採用のときによく使われる概念ですが、個別化したシニアこそ、このP-Jフィットという概念が大事なのだと思います。 キャリア自律を支える対話の仕組みづくり 山ア 次の課題は「価値観を自覚し、表現できる場づくり」です。P-Jフィットには、自分は何ができ、何をしたいのか、強みを自覚し選択していくための対話が不可欠であることが、2社の事例からもうかがえます。  一方で、本人に明確なキャリア意識があっても、ポジションをすべて個別に用意できないという組織側の制約があります。この制約と個人のキャリア志向をどのように橋渡ししているのか、その苦労についてお聞かせください。 中村 シニアの定年前に細かく面談をすると、60歳手前で「本来いた、元の部門に戻りたい」と希望する方もいらっしゃいます。例えば不動産業務をずっと経験された方が、いまは個人向けの別業務をしていて、そこで定年後再雇用でジョブ型になっていくよりは、自分のキャリアのハイライトになっている業務に戻りたい、といった例です。ポストの兼ね合いで、人事異動を即座に行うことはむずかしいので、60歳で定年を迎える2年ほど前から、対象者全員に対し人事部で面談を行い希望を確認しています。こうすることで、人事異動に希望を反映させやすくなります。面談はまず人事部が個別面談を行い、そのうえで上司との面談を実施しています。上司としては「自部署に残ってほしい」という思いがある一方で、本人は「別の部署に戻りたい」と考えているケースもあります。そのため、人事部が客観的な立場で話を聞き、調整役をになっています。  実施時期についても、あまり早すぎると本人が自分ごととしてとらえにくく、「まだ先の話」となってしまいますし、定年直前では運営上の調整がむずかしくなります。その点から、1〜2年前がもっとも適切なタイミングだと考えています。 山ア ライオンではコミュニケーションを密にとることをプログラムに組み込んでいらっしゃるようですね。「関係性向上プログラム」などはどのように運営されているのですか。 青木 関係性向上プログラム運営中は、受講された管理職の方にバディとなる人を立てていただいて、その方と対話をくり広げるというプログラム構成にしていました。  また、全社的な取組みとして「キャリア設計シート」を用いて、年に1回キャリアの自己申告をして、そのシートをベースに自身の上長とキャリア面談を行う仕組みがあります。定年後再雇用を希望するかどうかは、そのキャリア設計シートを使って55歳時点でヒアリングをしています。このキャリア設計シートには、将来希望する部署だけではなく、自分が仕事で大事にしている価値観や、退職後の暮らしも含めてどんなことをやってみたいかを記載する場所を設けています。そして、仕事経験で工夫したことやコンピテンシーも測っているので、その人の強みをデータ的にも定量的に転記いただく箇所があります。  そういった自身の将来の希望の背景に一体どんな思いがあるのかということも、こちらのシートを見ながら面談することで、相互理解が進むような仕組みにしており、定年後再雇用でその方にどのような仕事を任せるのか、上長が判断する際の一つの材料にしてもらっています。 山ア 何十年もキャリア設計シートに取り組んできているので、自分の価値観ややりたい仕事については、シニア期以前から習慣的に考えられているということですね。 青木 シート自体は以前からあるのですが、2023年に一部内容を見直し、価値観のところから書いていただくような仕様にしています。どう書けばよいか戸惑う方もいるので、セミナーなどを試験的に実施したり、キャリア設計シートを書く時期の前に個別相談会などの取組みも実施しています。  また、キャリアなどについて、よりカジュアルに話せる場として、「蔵前おとな未来カフェ」といった取組みも行っています。 山ア 先ほどジョブ型の話も出ましたが、こういったメンバーシップ型のよさがしっかり活かされていることが、両社の離職率の低さにもつながっているのかなと思えます。岸田先生は、こうした取組みについてどう思いますか。 岸田 両社とも、とても先進的な取組みだと感じました。キャリアを考える機会を「仕組み」として用意している点が特に重要だと思います。つねに考え続けるのはたいへんですが、イベントなどの節目で立ち止まって考える時間があることは大きな意味があります。これは、山ア先生が示されている「価値観を自覚し、表現できる場づくり」そのものです。最近よくいわれる「キャリア自律」も、言葉だけでなく、実際に支える仕組みや支援があってこそ成り立つものだと思います。  さらにいえば、マネージャーの育成も欠かせません。上司がメンバーと向き合う姿勢やスキルを高め、関心を持ち、リスペクトする。そうした関係性がある職場こそ、働く人にとって幸せな環境だと感じました。 個人と組織の成長を同期させる人事戦略 山ア では最後のテーマです。「健康・幸福・生産性のバランス」についてうかがいたいのですが、サスティナブル・キャリアでは、健康や幸福に加えて「生産性」を重視している点が特徴で、ここには組織の視点が入っています。三菱UFJ信託銀行では、個人のキャリアだけでなく、事業のニーズとのマッチングを意識されている点が印象的なのですが、このあたりをもう少し教えていただけますか。 中村 人事戦略と事業戦略をどう同期させるか、という点を起点に制度設計を行ってきました。生産性を高めていくためには、必要なポストや業務に最適な人が就くことが、会社にとっても社員にとっても一番自然な状態だと考えています。同時に、会社の生産性だけではなく個人の生産性も重要です。やりたいこととミッションが合い、役割が明確な業務に取り組むほうが、生産性は高まりますし、その結果、ライフの充実にもつながると思っています。 山ア ライオンでは個人能力の向上が組織力の向上につながる、というお話をされていましたが、あらためてお聞かせいただけますか。 青木 当社では、個人の成長をいかに組織の力につなげるかという視点で、「働きがい改革」に取り組んでいます。その土台となる健康については、お口の健康は社員に徹底してもらっていますし、ラインケアなども通じて、従業員がよいコンディションで働ける環境づくりを重視しています。また、ウェルビーイングの観点では、時間や場所、業務特性に応じて働き方を選べることが重要です。こうした選択肢が、働きがいの向上や生産性の向上につながると考えています。 山ア 岸田先生は、企業で管理職を経験された後、現在は研究者として活動されています。会社と個人、両方の視点から、今回のテーマである費用対効果、そして健康・幸福・生産性のバランスについて、どうお考えでしょうか。 岸田 社員時代は自由にやらせてもらっていたので、正直にいうと当時はコストをあまり意識していませんでした。ただ、今日「費用対効果」という言葉が前面に出たことで、あらためて考えさせられました。現在、大学ではサブスクリプション経営学を教えていますが、サブスク企業はLTV(Life Time Value)、つまり顧客の生涯価値を見すえて、初期に大きなコストをかけます。そう考えると、人事施策でも、効果を完全に数値化できなくても、どんな価値が生まれるのかをイメージできることが重要だと思います。本日お話を聞いていて、人事施策においても価値や効果が見えることが大事だということを教わりました。 山ア 企業として人事施策を進める以上、一定のリターンが見えなければ、意思決定はむずかしくなります。組織にとって、あるいは社員にとってだけではなくて、もう少し社会にとって何がよいのかといったところまで視野を広げて、費用対効果といったものを設計していく視点も必要でしょうね。その点を、今日のお話からあらためて確認できたと感じています。 共感を起点にした組織と個人の橋渡し 山ア 最後に、今日を通して新たに得られたことや、視聴くださっている方々に伝えたいことをお聞かせいただけますか。 中村 当社でもさまざまなことを考えながら取組みを進めてきたわけですが、本日、山ア先生や岸田先生、ライオンさんのお話をうかがって、「やってきたことは間違っていなかった」とほっとしました。導入を迷っているとか、検討しているけど進まない企業の方には、「まずやってみる」ことをおすすめしたいですね。実際にやってみるとそれほど間違ったことにならないと思います。人事施策は効果が見えにくく、数値化もしづらいので、裏づけがないとなかなか始められないところは、経営面としてあると思います。ただ、「こうしたほうが社員のためになる」という熱い意思があるなら、一歩踏み出し、まず導入してほしいと思います。人的資本経営の改革は、日本の人材が減っていくなかでは待ったなしです。やるべきだと思ったらどんどん導入したほうがいいと思います。 青木 やはりミドル・シニア世代の方は、メンバーシップ型で雇用されてからいろいろと変化に富む会社人生を歩んでこられたと思います。そこでいきなり「自律」といわれても、なかなか受けとりにくい部分がたくさんあると感じています。だからこそ、自律を押しつけてはいけないのだと思います。人事としては、社員に選択肢・機会を提供することが大事だと思っています。何を選ぶか、いつ活動に参加するかは、あくまで自己選択でよいのではないでしょうか。一方で、その施策が本当に的を射ているのか、費用対効果の部分、そしてどの層に響く施策を用意するのかは、より科学的に考えていきたいと思います。こういった点で本日は多くの学びをいただきました。 岸田 ジョブ型やメンバーシップ型の話を聞きながら、私自身いろいろ考えさせられました。学生と話をしていると、メンバーシップ型や新卒一括採用を支持する声はいまも多いです。若者は、自分の将来にシニアの姿を重ね合わせて見ています。日本は高齢化が進んだ国だからこそ、ここで行われる施策や実践は、世界的にも大きな示唆を持ちます。研究者として、その動きをしっかり見ていきたいと思いました。 山ア 私なりに、最後に少し感想を述べさせていただきます。これまで私が問題提起してきたのは、日本型雇用システムが、リンダ・グラットンのいうマルチステージ化に十分対応できていないのではないか、という点でした。ただし、だからといって100%ジョブ型にすればよい、という話でもないと思っています。今回ご登壇いただいた三菱UFJ信託銀行、ライオンの両社には共通するキーワードがあると感じました。それが「共感」です。  シニア期に入ると、両立支援の問題も含め、「急に自律といわれてもむずかしい」という現実があります。その点を人事部がきちんと理解していることが、非常に重要だと思います。人事は、理論や他社事例を学ぼうと思えばいくらでも学べますし、「まずはやってみる」という選択も否定されるものではありません。一方で、その施策を推進する立場の人が、会社の事情とシニア本人のキャリアの双方に心から共感し、どうすればウィンウィンの関係をつくれるのかを真剣に考えているかどうか。ここが、すべての前提となるオペレーションだと思います。  そうした土台があってこそ、プログラムは「魂のこもったもの」として機能し始めます。理念や思いがないまま、他社の施策を形だけ導入しても、うまくはいきません。実際にそれを動かしていくのは人事部だけでなく、共感した現場のマネージャーやシニア本人だからです。結局のところ、人の心を動かすのは、人事部の「想い」なのだと思います。ご視聴のみなさまも、そうした想いを持ってこのシンポジウムに参加されているのではないでしょうか。  形はそれぞれ違っても、組織と個人の双方にとってよりよい社会をつくっていく。その媒介となるのが「キャリア」という概念であることを、ぜひ心に留めていただければと思います。そして来年度は、ぜひみなさま自身が登壇者としてこの場に立っていただけることを願っています。本日はありがとうございました。 ★「令和7年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」パネルディスカッションは、JEED のYouTube 公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=OROWq1Pd65w 写真のキャプション 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 特任教授 日本人材マネジメント協会理事長 山ア京子氏 釧路公立大学 准教授 岸田泰則氏 三菱UFJ 信託銀行株式会社 執行役員人事部長 中村剛雄氏 ライオン株式会社 人事部 青木陽奈氏