知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第92回 定年後再雇用と雇止めにおける期待可能性、会社に無断の副業と労働時間の通算 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 定年後の継続雇用について、更新をしない前提で有期労働契約を締結してもよいのでしょうか  定年を迎える労働者との間で継続雇用に関する面談を予定しているのですが、社内において協調性が低く業務遂行に支障があり、本人の意思は不明瞭ではあるものの転職も視野に入れているかのような噂も耳にしています。通常の継続雇用とは異なり、一定期間の転職に必要な期間のみを有期雇用として、更新予定がないという内容で有期労働契約を締結してもよいでしょうか。 A  解雇事由または退職事由に相当する事情があり、客観的に合理的な理由および社会通念上の相当性がないかぎり、65歳を超えるまで、有期労働契約を終了させることはできません。 1 継続雇用制度について  労働者を雇用している事業主は、高年齢者雇用安定法により、65歳までの雇用安定のために、@定年年齢の65歳までの引上げ、A65歳までの継続雇用制度の採用、B定年制の廃止という選択肢のうち、いずれかを採用する必要があります。  また、65歳を超えてからについては、就業機会の確保も含めて、@定年年齢の70歳までの引上げ、A70歳までの継続雇用、B定年制の廃止、C70歳までの業務委託契約締結、D70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度という選択肢のうち、いずれかを採用する努力義務も定められています。  現行法において、法的に義務化されているのは65歳までの継続雇用ですが、厚生労働省は、この継続雇用に関して、「就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる」としつつも、「継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意する」と定めています。  そのため、継続雇用について、使用者に広い裁量があるものではなく、継続雇用しないという判断には、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要と解釈しています。 2 定年後2カ月で「更新なし」と合意したことについて判断した裁判例  東京地裁令和7年5月30日判決で、定年後の継続雇用において2カ月間という短期間を定めたうえで、「更新なし」として有期労働契約を締結し、2カ月間の期間満了を理由として雇止めを行った事案について、その有効性に関して判断されました。  定年退職後の再雇用契約締結に至る経緯に関して、使用者から継続雇用することはできない旨を労働者に伝えたところ、労働者より転職活動をするための時間が必要と求められ、定年退職日を延長する提案を行い、2カ月間の有期労働契約をもって、それに対応し、労働者も当該2カ月という期間や「更新なし」という条件を含めて了承したというのが、使用者からの主張です。労働者においては、退職することをほかの従業員にも挨拶して回っていたという事情も使用者から主張されています。  労働契約法第19条においては、有期労働契約の雇止めに関して、@反復更新されて無期労働契約に対する解雇と同視できる場合、または、A更新されると期待することについて合理的な理由があると認められる場合には、解雇と同様に、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められないかぎり、有期労働契約を終了させることはできないとされています。  通常の有期労働契約であれば、初回の契約締結である以上、@の無期労働契約との同視はできず、有効期間が2カ月で「更新なし」と明記されている場合であれば、Aにおける合理的な理由に基づく更新への期待も認められないことが一般的です。  しかしながら、当該裁判例では、厚生労働省が定める継続雇用に関する指針を参照しつつ、「高年法の定め及び本件指針の内容を踏まえると、使用者において定年後再雇用の継続雇用制度が採用されている場合、解雇事由又は退職事由に該当しない限り、…定年による雇用契約終了後に再雇用契約を締結した労働者には、定年後再雇用の上限まで契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があって、再雇用契約の締結又は更新を拒否することについて、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、これを拒否することはできないと解するのが相当である」と判断しました。  この判断は、継続雇用制度の期間中は、解雇事由または退職事由がないかぎりは、65歳まで継続雇用されるという期待が、労働契約法第19条に基づく合理的な理由に基づく更新への期待として保護されるということを示しています。  厚生労働省が継続雇用に関する指針として定めている解雇事由または退職事由がある場合には、継続雇用をしないことができるが、客観的に合理的な理由および社会通念上の相当性が必要であるという解釈は、裁判所においても同趣旨で採用されていることには留意する必要があります。 3 裁判例におけるその他の事情  当該裁判例においては、定年退職前に、同僚が、友人としてのアドバイスと前置きしつつ、定年後に辞めるべきだと思う旨、就職活動をする期間がないので退職日を延長するべきと思っており、出勤は一切しなくてもいい、延長して、給料を満額払います、という扱いをすべきと思っている旨を伝えるなどしています。  この同僚の方がどういう意図があったのかということまでは明確ではありませんが、投げかけている提案を見るかぎりは、退職勧奨に該当するような提案の仕方になっています。こういった働きかけのもと、真意としても退職を選択したのであれば、合意退職が成立していたということになるのであろうと思われます。  しかしながら、真意をくみ取らずに無理に合意退職にしたり、裁判例のように短期間の有期労働契約を締結することは、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する取り扱いとして、違法になるおそれがあるので、留意する必要があります。 Q2 社員の無断副業が発覚したのですが、時間外の割増賃金を当社が支払わないといけないのでしょうか  このたび社員が、会社に無断で、当社の就業時間後に1時間の副業を行っていたことが判明しました。どうやら当社に入社前からの副業のようです。当社の一日の所定労働時間は8時間としていますが、副業先での労働時間を合わせると一日の法定労働時間を超過することになります。この場合、当社は時間外の割増賃金を支払わなければならないのでしょうか。 A  貴社が労働者の副業を認識していなかった場合には、貴社は、時間外の割増賃金の支払義務を負わないと判断される可能性があります。他方で、貴社が労働者の副業を認識していた場合には、1時間分について、法定外の割増賃金の支払義務を負う可能性があります。 1 法定外労働時間について  労働基準法では、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」(労働基準法第32条1項)、「使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて労働させてはならない」(同第32条2項)と規定されています。  もっとも、労使協定(いわゆる三六協定)の締結および届出がなされた場合には、上記規定にかかわらず、三六協定により認められた範囲においては、法定労働時間の規制を超えて労働させることが可能となります(同第39条)。  なお、法定時間外労働がなされた場合には、通常の賃金額に25%以上の割増率を乗じた賃金の支払いが必要となります(同第37条)。  例えば、一日9時間働いた場合には、法定内労働時間が8時間、法定外労働時間が1時間となりますので、法定外労働時間の1時間分について割増賃金の支払義務が生じることになるのです。 2 労働時間の通算 (1) 副業・兼業時の労働時間の考え方  では、異なる事業所や異なる使用者のもとで副業ないし兼業して働いた場合の労働時間はどのように考えるべきでしょうか。  これについては、同第38条1項が規定しています。同項は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定しています。なお、「事業場を異にする場合」とは、同一の使用者のもとで事業場を異にする場合のみならず、別使用者で事業場を異にする場合も含むとされていますので(昭和23年5月14日基発769号)、副業ないし兼業時にも同第38条1項が適用されることになるのです。  そして、通達(令和2年9月1日基発769号)によれば、時間外労働の労働者単位の上限規制(休日労働も含めて単月100時間未満、複数月平均80時間以内)や、割増賃金の支払義務は、通算された時間に対して適用されるとされています。 (2) 通算により法定外の労働時間が発生した場合  では、通算の結果、法定外の労働時間が発生した場合の割増賃金は、いずれの事業所が支払うことになるのでしょうか。  通達(令和2年9月1日基発769号)によれば、まず労働契約の締結の先後の順に所定内労働時間を通算し、次に所定外労働時間の発生順に所定外労働時間を通算することによって、通算した労働時間全体を把握し、そのうち法定労働時間を超える部分で自ら労働させた時間について、時間外労働の割増賃金の支払義務を負うとされています。  なお、労働者が使用者に無断で副業や兼業を行っていた場合にまで割増賃金の支払義務を生じさせることは不合理であることから、「労働者からの申告等がなかった場合には労働時間の通算は要せず、また、労働者からの申告等により把握した他の使用者の事業場における労働時間が事実と異なっていた場合でも労働者からの申告等により把握した労働時間によって通算していれば足りる」とされています(令和2年9月1日基発769号)。 3 タイミー事件  労働時間の通算に関して判示した近年の裁判例として、タイミー事件(東京地裁令和7年3月27日判決)がありますので見ていきましょう。  裁判所は、「労働者が複数の事業主の下で労働に従事し、それらの労働時間数を通算すると労基法32条所定の労働時間を超える場合には、労基法38条1項により、時間的に後に労働契約を締結した事業主はその超えた時間数について割増賃金の支払義務を負うとされている」としたうえで、「当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わないものというべき」としました。  そして、「本件では、原告がA社において勤務していた間、事業主であるA社が、原告からの申告等により、他の事業主の下における労働時間と通算すると原告の労働時間が労基法32条所定の労働時間を超えることを知っていたとは認められない」、「A社あるいは被告において、労基法38条1項の規定を念頭に置いて、原告の申告等がない場合にも、自ら、他の事業主の下での労働について原告に確認する義務を負っていたものと解すべき根拠は見出せ」ないなどと認定し、事業主の割増賃金の支払義務を否定しました。 4 ふり返り  前述の通り、労働者が使用者に無断で副業や兼業を行っていた場合にまで割増賃金の支払義務を生じさせることは不合理であることからすれば、割増賃金の支払義務を否定したことは妥当な判断と思われます。