いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第65回 「ILO(国際労働機関)」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「ILO(国際労働機関)」について取り上げます。なんとなく聞いたことがあるものの、実際にはよくわからないという方も多いと思いますが、じつは経営者・労働者双方にとってかかわりの深い組織です。 ILOとはそもそもなにか  ILOはInternational Labour Organizati-onの略称で、日本語訳では「国際労働機関」といいます。1919(大正8)年6月に設立された国際連合の専門機関※1で、創設100年以上の長い歴史を誇っています。本部はスイスにあり、現在187カ国が加盟しています。日本は設立当初からの加盟国です(1940〈昭和15〉年に脱退し、1951年に再加盟)。また、日本はILOの通常予算に対する第3位拠出国で米国・中国に次ぐ位置にあります。これらにみられるように、まずはILOと日本のかかわりは深いことを押さえておいてください。  では、ILOとはそもそも何をする組織なのかについてみていきましょう。国際連合広報センターのサイトには、ILOとは「世界中のすべての人が、自由、公平、安全、人間としての尊厳が確保された条件のもとで、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の機会を促進すること」を使命とした機関とあります。ILO駐日事務所によると、幅広い労働の問題に全力で取り組む国際機関であり、次の主要な四つの戦略目標を数々の手段を用いて実現していくとあります。 ・仕事の創出…必要な技能を身につけ、働いて生計が立てられるように、国や企業が仕事をつくり出すことを支援。 ・社会的保護の拡充…安全で健康的に働ける職場を確保し、生産性も向上するような環境の整備。社会保障の充実。 ・社会対話の推進…職場での問題や紛争を平和的に解決できるように、政・労・使の話し合いの促進。 ・仕事における権利の保障…不利な立場に置かれて働く人々をなくすため、労働者の権利の保障、尊重。  ILOが特徴的なのは、社会対話の推進のところにあるように、政府(政)・労働者(労)・使用者(使)が対等に参加する「三者構成」で運営されている点といわれています。これは国際機関のなかでも唯一の運営体制といわれており、労働問題を解決していくためには、もっとも切実な利害関係者である労働者と使用者の参画が不可欠とされているからです※2。 ILOと私たちとのかかわり  ILOに関する概要を押さえたところで、実際に私たちにどのようにかかわってくるのかをみていきましょう。  もっともかかわりの大きいものに、ILOの使命や目標を達成するための国際的な労働基準の設定があります。設定の対象は、強制労働の禁止、雇用・職業の差別待遇の排除などの基本的人権に関連するものから、労働条件、労働安全衛生、社会保障など、労働に関連するあらゆる分野に及んでいます。  これらの基準に実効性を持たせるために「条約」と「勧告」という手段を用いています。条約は、2カ国以上の加盟国が批准(ひじゅん)することで国際的に発効し、批准国は条約を実施するために必要な措置を執るという国際的な義務を負うことになります。一方で、勧告は加盟国の事情が相当に異なることに配慮し、各国に適した方法で適用できる指針となるものです。条約には拘束力があるが、勧告にはないという関係になります。なお、現在の条約数は全体で191(うち撤回・廃止11、棚上げ19)、勧告数208(うち撤回36、置き換え22)という状況です※3。  日本の批准条約数は50です。詳細な内容と批准・未批准の情報に関心のある方は、インターネットで公開されている『国際労働基準 ILO条約・勧告の手引き2025年版』(ILO駐日事務所 編集・発行)※4をご参照いただき、本稿では、中核的労働基準に絞ってみていきます。  中核的労働基準とは、労働に関する最低限の基準を定めたものであり、5分野・10条約で構成されています(図表)。このうち8条約は批准されていて、「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号)」と「職業上の安全及び健康に関する条約(155号)」は未批准の状態です。条約を批准すると必要措置を執る義務が発生しますので、具体的に労働法制に反映していくことになります。この反映にあたっては、厚生労働大臣の諮問(しもん)機関である労働政策審議会(労政審(ろうせいしん))※5で審議にかけられたのち、国会で審議され法案成立というプロセスを執ることになります。  当然ながら法として整備された後は企業・労働者ともに遵守する必要があるため、ILOの活動は私たちの賃金や働き方に大きくかかわってくるといえます。例えば、現在の労働時間の基本である1日8時間、週40時間の基準は、ILOの条約や勧告に沿ったものです※6。今後の動きとしては、先述の職業上の安全及び健康に関する条約(155号)について条約締結に向けた手続きを進めていく予定で、国内の労働安全衛生政策に大きな影響を与えることが想定されます。 * * *  次回は「過重労働対策」について取り上げます。 ※1 国連の専門機関とは、経済・社会・文化・教育・保健その他の分野で国際協力を推進するために設立された国際機関。よく知られている機関では、WHO(世界保健機関)、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)がある ※2 日本労働組合総連合会(連合)ホームページ「労働法制の決定プロセスと三者構成原則」より。https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2023/07/20/1563/ ※3 ILO駐日事務所のサイト「数字で見る国際労働基準(2023年8月時点)」https://www.ilo.org/ja/reqions-and-countries/国際労働基準(基準設定と監視機構) ※4 ILO駐日事務所のサイトhttps://www.ilo.org/ja/publications/国際労働基準:ilo条約・勧告の手引き2025年版 ※5 労働政策審議会についても、公(公益代表委員)・労(労働者代表委員)・使(使用者代表委員)の三者構成で議論が行われている ※6 第1号条約に定められた内容だが、日本は直接の批准は行っていない 図表 中核的労働基準 5分野・10条約 結社の自由・団体交渉権の承認 結社の自由及び団結権の保護に関する条約(87号) 団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約(98号) 強制労働の禁止 強制労働に関する条約(29号) 強制労働の廃止に関する条約(105号) 児童労働の禁止 就業の最低年齢に関する条約(138号) 最悪の形態の児童労働の禁止及び廃絶のための即時行動に関する条約(182号) 差別の撤廃 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(100号) 雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(111号) 安全で健康な労働条件 職業上の安全及び健康に関する条約(155号) 職業上の安全及び健康促進枠組条約(187号) 出典:日本労働組合総連合会ホームページ(中核的労働基準とILO) https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/kokusai/ilo/