技を支える vol.361 顧客の期待に応えるため一足一足に心を込める 靴修理職人 折田(おりた)勝壽(かつひさ)さん(78歳) 「修理する靴は千差万別。状態が悪い靴は、どう直すか夜通し考えることもあります。何よりお客さまに喜んでもらうことが一番です」 欧米の高級ブランドにも認められた靴修理の技術  「修理の仕方は見本があるわけではないので、完成品に近づけるように手探りで対応してきました」  そう話すのは、新宿区西落合(にしおちあい)にある「哲学堂(てつがくどう)靴修理店」の折田勝壽さん。靴修理60年のベテランで、これまで大手小売店や欧米の高級ブランドなどから依頼を受け、数多くの靴修理を手がけてきた。また、靴づくりを学ぶ生徒のインターンシップの受入れなど後進の育成にも貢献し、2025(令和7)年度の「新宿ものづくりマイスター」に認定された。 つちかった技術力と人柄で得意先を一から開拓  哲学堂靴修理店は、1945(昭和20)年、靴職人だった折田さんの父が創業。当初は靴をつくって販売していた。  ところが、折田さんが9歳のときに父が急逝。16歳で靴職人になることを決意し、高校卒業後、2年間の修業を経て1968年に家業を継いだ。しかし、そのころから大手メーカーの既製靴が市場に出回るようになり、靴は履き捨ての時代に変わりつつあった。  「つくって並べても価格が合わず、売れない。なんとかしないと、と思いついたのが靴の修理でした」  周辺の駅前にあった靴の小売店を一軒一軒回り、修理の仕事を開拓。話し好きな人柄と技術が信用され、30店以上と取り引きするまでになった。忙しい修理の合間を縫い、週に3日はたくさんの靴を積んでバイクで集配する日々が続いた。  「毎日大変でしたが、とにかく仕事があることがうれしかった」  30代後半に転機が訪れる。営業で回る折田さんの姿を見ていた問屋から声がかかり、大手小売店が販売した靴の修理を一手に請け負うことになったのだ。背景には、折田さんの技術への信頼があった。  やがて、その技術は欧米の高級ブランドにも認められるようになる。本国に送ると費用も時間もかかるため、国内で対応できる技術を持つ折田さんのもとに依頼が集まった。  「靴づくりの工程を1から10まで熟知しているので、靴を見ただけで壊れている状態がどうなのか、修理をするにはどこから手をつけたらよいのかが即座にわかります。お客さまの要望を聞き、自分なりに工夫してやってきたという意味では、お客さまから教わっている部分が大きいですね」 調整がむずかしい機械を使いこなし、効率化を実現  大手との取引きが増えると、修理の依頼は急増した。数をこなすため、折田さんは機械の導入を積極的に進めた。  「機械でできるところは機械で、大切なところは手で仕上げることで、効率化を図りながらも仕上がりの質を維持できます」  また、機械を導入することで、外注せずに自店だけで修理を完結できるようにしたことも、顧客からの信頼につながった。  数ある機械のなかでも特に扱いがむずかしいのが、高級靴の革底(ソール)と甲の部分(アッパー)を縫製する「ダシ縫い機」。約30年前に導入した海外製の機械だが、革の厚みなどに合わせて細かい調整が必要で、折田さんのように使いこなせる職人は少ない。  「針の位置、送り、糸をかける部分などの調整が何十通りもあり、若いころは調整だけで一晩中かかったこともあります」  近年はコロナ禍を境に高級靴の需要が減り、スニーカーの傷の修理や色補正、クリーニングなどの依頼が増えた。一緒に働く長男の康之(やすゆき)さんは、こうした新分野の技術を開拓し、新たな顧客を増やしている。折田さんは「私はソールの交換は得意だけど、色の補正などは苦手。長男がいなかったらできません」と話す。親子による二人三脚で、時代の変化に対応している。  「お客さまに喜んでもらえることが一番です」と、一足一足に心を込める折田さん。たいへんな時代もあったが、いまはこの仕事をやってきてよかったと感じている。「生涯現役」を目ざして、今日も靴と向き合う。 哲学堂靴修理店 有限会社折田商会 TEL:03(3951)7667 https://t-kutsushuri.com (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 「ダシ縫い機」という海外製の機械で高級靴の革底と甲の部分を縫製する。材料である革の質や厚みによって細かい調整が必要で、自在に扱える職人は少ない 哲学堂公園近くの商店街にある「哲学堂靴修理店」。1945年に折田さんの父が群馬県高崎市で創業し、3年後新宿区に移転した ダシ縫い機は機構が複雑で、どこか1カ所でもずれると縫製できなくなるほど調整がむずかしい。導入当初は調整だけで明け方までかかったことも 長男の康之さん(左)は、インターネットを駆使した新たな市場と、スニーカーの修理や色補正など新たな分野を開拓し、父と二人三脚で経営を支える ソールをグラインダーで削っているところ。修理を頼まれた靴は、できるだけ完成品に近づくよう、きれいに仕上げることに細心の注意を払う 高級靴のソールとアッパーを縫製している様子。大手との取引きで多忙だった時代、この機械を導入し内製化したことで、納期の短縮を実現した 効率化のために機械化を進めてきたが、手作業も多い。道具の数々は、靴修理が多様な技能を要する仕事であることを物語っている