【表紙】 2026 4 令和8年4月1日発行(毎月1回1日発行)第48巻第4号通巻557号 Monthly Elder 高齢者雇用の総合誌 特集 改正労働安全衛生法が施行 ―高年齢労働者の労働災害防止措置が努力義務に― リーダーズトーク 健康を第一にフレキシブルな働き方を実践 働くからこそ“元気”になる 株式会社高齢社 代表取締役社長 村関不三夫 【前頁】 「ガイドライン」のラインナップが増えました 産業別 高齢者雇用推進事業のご案内  高齢者雇用を進めるためのポイントは、業種や業態によって違いがあります。  そこで当機構(JEED)では、産業別団体内に推進委員会を設置し、高齢者雇用に関する実態を把握するとともに、解決すべき課題などを検討して、高齢者雇用を推進するために必要な方策や提言を「ガイドライン」として取りまとめています。これまでに、103業種の高齢者雇用推進ガイドラインを作成しています。  2025(令和7)年度は、以下の四つのガイドラインを作成しました。  いずれもJEEDホームページで全文を公開中ですので、ぜひご覧ください。 産業別 高齢者 ガイドライン 検索 1 一般社団法人 全国ハイヤー・タクシー連合会 ハイヤー・タクシー業における 高齢者雇用推進に向けたガイドライン 2 一般社団法人 全日本指定自動車教習所協会連合会 指定自動車教習所業における 高齢者雇用推進に向けたガイドライン 〜高齢教習指導員のさらなる活躍のために〜 3 一般社団法人『民間事業者の質を高める』 全国介護事業者協議会 高齢人材が輝く 介護サービス業へ 〜ともに働き、ともに築く職場づくりに向けて〜 4 一般社団法人 日本コンタクトセンター協会 コールセンター シニア人材の雇用・活躍推進のためのガイドライン 〜人生100年時代のキャリア これからも/これからはコールセンターで活躍〜 〈お問合せ〉 高齢者雇用推進・研究部 産業別雇用推進課 TEL 043-297-9530 【P1-4】 Leaders Talk No.131 健康を第一にフレキシブルな働き方を実践 働くからこそ“元気”になる 株式会社高齢社 代表取締役社長 村関不三夫さん むらぜき・ふみお 1979(昭和54)年に東京ガス株式会社に入社。同社取締役常務執行役員、東京ガスリキッドホールディングス株式会社代表取締役社長、株式会社ガスター取締役会長などを経て、2021(令和3)年より現職。  高齢者派遣の先駆けとして知られる株式会社高齢社。2000(平成12)年の創業以来、高齢者が豊富な知見や経験を活かして働けるよう、派遣という働き方を通じて、生涯現役社会の実現に向けた一端をになってきました。  今回は、同社代表取締役社長を務める村関不三夫さんにご登場いただき、高齢者派遣の現状や課題、これからの高齢者の働き方などについてお話をうかがいました。 強みを活かし希望をかなえる「高齢者派遣」という働き方 ―貴社が高齢者専門の人材派遣会社として創業し、25年以上が経過しました。あらためて高齢社設立の経緯や、登録者の推移など現状の実績について教えてください。 村関 当社は東京ガス株式会社の子会社の社長だった上田(うえだ)研二(けんじ)さんが2000(平成12)年に設立した会社です。事業の一つとして、新築マンションの入居者向けのガス器具の使い方の説明会などを請け負っていたのですが、土日の依頼が多く、社員だけでは手が回らず困っていました。そんなとき定年後に暇を持て余している東京ガスのOBを活用してはどうかと考え、声をかけて設立したのがきっかけです。ですので、最初は20人程度のOBの派遣社員と東京ガスの仕事だけのスモールスタートでした。その後、上田さんのメディア露出などもあって当社のことを知ってもらう機会が増え、東京ガス以外の会社を定年退職した方の派遣登録も増加し、就労先も広がりました。2026(令和8)年2月20日現在の登録者数は1259人で、就労中の方が417人、就労率は33.1%となっています。  登録者の平均年齢は72.7歳、就労者の平均年齢が71.6歳です。年齢別でみると65歳から右肩上がりで増加し、68歳が103人で最多。69歳以降は80〜90人前後で推移しており、79歳以降は減少します。やはり65歳で再雇用が終了した後に当社に登録するケースが多いですね。 ―派遣先での具体的な仕事内容や働き方について教えてください。 村関 東京ガス関連の仕事では、ガス工事や各種営業、マンション内覧会の運営、倉庫管理、事務、保安司令センター問合せ対応、行政関係への申請手続きなど、幅広い業務で活躍しています。東京ガス以外では、マンション管理やレンタカー受付、ゴルフ場コース管理、スーパーマーケットなど、分野は多岐にわたります。  働き方にも特徴があります。一つは、高齢者は朝が早くても苦にならない、ということ。例えばマンション管理の業務の一つとして、ゴミ出しや清掃業務がありますが、朝早くからの仕事が求められます。またレンタカーの受付業務などでは、朝早くから営業の準備をしている事業所もあります。こういった仕事を当社の人材がになっています。  二つめの特徴としては、仕事が午前中で終わるなど、短時間勤務で、仕事以外のプライベートの時間を確保できること。例えば、東京ガスの本社のなかにあるコンビニエンスストアで働いている76歳の女性スタッフは、7〜13時の勤務となっています。午後は自分の時間に使えるので、趣味の社交ダンス教室に通い、当社が年に1回開催している派遣社員の集いである感謝の会で、社交ダンスを披露してくれました。  三つめの特徴は、職場が自宅から近い、ということ。1時間以上も満員電車に揺られる“痛勤”もありません。  四つめの特徴は、フルタイム勤務だけではなく、週2〜3日勤務のような働き方も可能であるということ。もちろん、フルタイムで活躍しているスタッフもいますが、65歳、70歳を過ぎれば、年金をもらいながら働く人もいますし、若いころのように毎日フルタイムで働くのではなく、短日勤務で、自分の体力・健康の状態に合わせた働き方や、趣味や地域活動との両立も可能です。  当社が毎月1回開催している新人派遣者向けの研修では、高齢期の働き方として「健康」、「(人や社会との)つながり(=孤独ではない)」、「そこそこのお金」が重要であると伝えています。無理をして収入を上げるのではなく、お金と健康の順番を間違えないことが、何より大切です。 フレキシブルな勤務やワークシェアリングなどの無理のない働き方が高齢者の就業を後押し ―まさに「生涯現役」の働き方を実践されているのですね。一方、高年齢者雇用安定法では70歳までの就業確保が企業の努力義務となっています。シニアの働き方は今後どのように変化していくと考えていますか。 村関 70歳まで雇用を延長する企業も増えてきましたが、いまのところ当社の登録者数には影響していません。その背景には、週2〜3日勤務といったフレキシブルな働き方を認めていない会社が少なくないからだと考えています。その点で、フレキシブルな働き方ができる派遣は高齢者に合っていると思います。また、当社では、一つの仕事を2〜3人で曜日を変えながらになうワークシェアリングを、派遣先企業の理解を得たうえで導入しています。これにより無理のない働き方ができますし、高齢者派遣という働き方が続いていくのではないかと思います。  また、70歳まで同じ会社で働くのではなく、65歳でリセットし、別のところで働きたいという人は少なくありません。当社でも、「64歳になったら、65歳以降の暮らしをイメージして全部リセットし、新しい生き方にチャレンジしませんか」という呼びかけをすることもあります。65歳以降、自分はどう生きていくのかを真剣にイメージしている人は意外と少ないのです。65歳以降の幸せな老後のあり方について、65歳未満の方、50代後半以降の方に、世の中の実態をふまえて発信していくことも私たちの役割だと思っています。 ―2025年には、貴社監修の書籍『人には聞けない60歳からのビジネスマナー』(宝島社)が刊行されました。働く高齢者に求められるマナーとはどのようなものでしょうか。 村関 この本には実務的ビジネスマナーだけではなく、高齢者が働くうえでの心構えについても触れています。キーワードは「感謝」と「謙虚さ」。新たな職場で快く受け入れてもらうには態度やふるまいで周りの人たちに感謝の気持ちを示すことが大切です。  特に意識したいのが、「オ」「ア」「シ」「ス」(おはようございます、ありがとうございます、失礼します、すみません)です。定年を迎えても仕事ができるのはあたり前のことではなく、じつはありがたいことなのです。新入社員のつもりであいさつは自分からすることが重要です。  謙虚さについても実例を出しながら紹介しています。例えば、「俺は部長だった」、あるいは「○○社の役員だった」などといい、派遣先から「プライドが高くて仕事がやりにくい」といわれてしまう人がときどきいます。そういった人に送るアドバイスが「自慢話は1回まで」です。年を取ると自慢話をついしてしまいがちですが、何度も過去の自慢話や経験談をしていると煙たがられてしまうので、自省をすることが大切です。  また、「明るく」、「楽しく」、「前向き」に仕事をすることも重要なので、その頭文字を取って「アタマ」と呼んでいます。逆に「暗く」、「つまらなく」、「後ろ向き」になると「クツウ(苦痛)」になります。  「70歳を過ぎても働くのは元気だから」という人がいますが、私が高齢社にきて実感しているのは「働くから元気になる」ということ。働いているからこそ健康を保てるのです。研修などでは、先ほどの「アタマ」に、「働く」、「元気」の頭文字を加えて「ハゲアタマ」の大切さを呼びかけています(笑)。 さまざまな知見をもつ高齢者の活用へ安全・健康面での企業からのサポートに期待 ―シニア人材を受け入れる企業に期待すること、あるいはシニア人材を受け入れるにあたってのアドバイスなどがあればお願いします。 村関 なにより高齢者だからと、年齢で判断しないでいただきたいですね。当社の派遣人材の方は働き出すと、派遣先から「この人はこんなこともできるのか」と驚かれることも多いです。また、いまは若い人の採用や離職が大きな課題になっていますが、高齢者は簡単に仕事を辞めません。年齢的に転職がむずかしいということもありますが、いまの仕事先で骨を埋めたいという人が大半ですし、当社の派遣の方でも同じ会社で10年程度働いている人がほとんどです。高齢者を採用したことがない会社でも雇ってみると、「なるほど、こういうよさがあるのか」と必ずわかってもらえると思います。  企業に要望したいことは、健康と安全への留意です。改正労働安全衛生法により4月から高齢労働者の労働災害防止の取組みが事業主の努力義務になりました。当社の研修でも健康の維持や転倒などの労働災害防止に向けた注意喚起をしているほか、産業医の先生を招いた講演や、インターバル歩行法などの運動習慣など、「健康は自分でつくるもの」ということを伝えています。  また、熱中症予防も大切です。昨年は本人の健康管理だけではなく、派遣先企業に出向いて熱中症予防に向けた対応のお願いをしたのですが、大事には至らなかったものの派遣先で当社の登録スタッフが熱中症になるケースもありました。当社にかぎった話ではありませんが、高齢者はあらゆる企業にとっての貴重な人材であり、宝でもあります。ぜひ企業の方には高齢者の健康管理をサポートしていただきたいと思います。 (聞き手・文/溝上憲文、撮影/中岡泰博) 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、“年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙の写真:PEANUTS MINERALS/アフロ 2026 April No.557 特集 6 改正労働安全衛生法が施行 ―高年齢労働者の労働災害防止措置が努力義務に― 7 総論 改正労働安全衛生法による 高年齢者の労働災害防止対策について 厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課 13 解説1 安全衛生管理体制の確立 中央労働災害防止協会 安全衛生マネジメントシステム審査センター 所長 斉藤信吾 17 解説2 職場環境の改善 千葉大学大学院医学研究院 環境労働衛生学 准教授 能川和浩 21 解説3 高年齢労働者の健康や体力の把握と体力に応じた対応 産業医科大学 高年齢労働者産業保健研究センター センター長・教授 財津將嘉 25 事例 SOMPOひまわり生命保険株式会社(東京都千代田区) 「健康応援企業」の実践が生み出す高齢労働者の安全づくり 1 リーダーズトーク No.131 株式会社高齢社 代表取締役社長 村関不三夫さん 健康を第一にフレキシブルな働き方を実践働くからこそ“元気”になる 29 立川談慶の人生100年時代の歩き方 【第3回】 真の想像とは? 30 高齢者の職場探訪 北から、南から 第164回 三重県 株式会社三交ドライビングスクール 34 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第114回 ベーカリーランド北大塚 店主 吉澤立元さん(73歳) 36 高年齢者活躍企業コンテスト 受賞企業の軌跡 【第4回】 菱木運送株式会社 40 知っておきたい労働法Q&A《第93回》 労働条件変更による定年制の導入、適性判断目的の有期雇用と試用期間 家永 勲/木勝瑛 44 諸外国の高齢化と高齢者雇用 【第5回】 韓国、東南アジア諸国 藤本 真 46 いまさら聞けない人事用語辞典 第66回 「過重労働対策」 吉岡利之 48 TOPIC 「治療と就業の両立支援指針」が策定 ―2026年4月より企業の努力義務に― 一般社団法人仕事と治療の両立支援ネット−ブリッジ 服部 文 52 労務資料 第20回中高年者縦断調査 (中高年者の生活に関する継続調査)の概況 厚生労働省政策統括官付参事官付世帯統計室 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.362 高い技能と豊富な経験で「丸物板金」の難題を解決 板金工 星野 浩さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第106回] 漢字ツメクロス 篠原菊紀 【P6】 特集 改正労働安全衛生法が施行 ―高年齢労働者の労働災害防止措置が努力義務に―  改正労働安全衛生法の施行により、2026(令和8)年4月より、高年齢労働者の労働災害防止措置が企業の努力義務となりました。厚生労働省では、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理などを通して、高年齢者の労働災害の防止を図るために事業者が講じる措置などについて取りまとめた「高年齢者の労働災害防止のための指針」を策定・公表しています。  そこで今回は、改正労働安全衛生法の概要とともに、高年齢者の労働災害防止に向けた事業者に求められる取組みについて徹底解説。生涯現役で働ける職場の実現に向け、ぜひお役立てください。 【P7-12】 総論 改正労働安全衛生法による高年齢者の労働災害防止対策について 厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課 1 高年齢者をめぐる現状について  人口動態の変化や高年齢者の健康状態の向上などを背景に、雇用者全体に占める60歳以上の高年齢者の割合は19.1%(2024〈令和6〉年)となっています(図表1)。また、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高年齢者の割合は30.0%(同)となっています(図表2)。  休業4日以上の死傷災害の度数率※1は、加齢に応じ、上昇していく傾向があります。また、休業見込期間を見ると年齢が上がるにしたがって長期間となっています。  事故の型別・性別・年齢層別の度数率では、「墜落・転落」、「転倒による骨折等」において、特に60歳以上で、加齢に応じ著しく上昇する傾向が見られています。  性別・年齢層別の度数率の経年変化を見ると、64歳以下は横ばいですが、特に65歳以上の女性が増加傾向にあります。 2 高年齢者の身体機能と労働災害  中央労働災害防止協会が実施した年齢別の身体機能の測定結果では、加齢とともに評価値が低い者の割合が増加し、60歳以上になるとそれが顕著となります。労働災害の事例を見ると、床に足をとられ、何もないところでつまずき、転倒するなど、身体機能の低下が要因となる災害も見られます。  高年齢者の災害発生率の増加には、業務に起因する労働災害リスクに、加齢とともに進む筋力やバランス能力等の身体機能等の低下による労働災害リスクが付加されていることが大きいと考えられます。 3 高年齢者の労働災害防止対策の現状と労働安全衛生法の改正  厚生労働省では、高年齢者の労働災害を防止するため、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(令和2年3月16日基安発0316第1号。エイジフレンドリーガイドライン)を策定し、事業者に対し、安全衛生管理体制の確立、職場環境の改善、高年齢者の健康や体力の状況の把握、高年齢者の体力の状況に応じた業務の提供、安全衛生教育の実施等に取り組むよううながすとともに、エイジフレンドリー補助金により事業者が行う高年齢者の労働災害防止対策を支援してきました。  しかしながら、エイジフレンドリーガイドラインの実施状況を見ると、「エイジフレンドリーガイドラインを知っている」事業場は23.1%に留まっています。また、高年齢者の労働災害防止対策に取り組んでいない事業場では、その理由について、「自社の60歳以上の高年齢労働者は健康である」(48.1%)と回答するなど、身体機能の低下による労働災害のリスクへの理解が進んでいない状況が見られています(令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」)。  このような現状をふまえ、高年齢者の労働災害防止対策をいっそう推進するため、「労働安全衛生法」(昭和47年法律第57号)が改正され、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずることが事業者による努力義務とされ、事業者が講ずべき措置に関し、厚生労働大臣が措置の適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を公表することとされました(施行期日:2026年4月1日)。 4 高年齢者の労働災害防止のための指針の概要と解説  2026年2月10日に「高年齢者の労働災害のための指針」が公表され、同日付け基発0210第1号「『高年齢者の労働災害防止のための指針』について」が示されているところ、その概要については図表3(9ページ)の通りです。各項目の解説については以下に示します。 (1)趣旨  この指針は、「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和7年法律第33号)により事業者の努力義務とされた高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置について、その適切かつ有効な実施を図るため必要な事項を示したものです。  国、事業者、労働者等の関係者においては、一人の被災者も出さないとの基本理念の実現に向け、高年齢者の労働災害を少しでも減らし、労働者一人ひとりが安全で健康に働くことができる職場環境の実現に向けて取り組むことが求められます。  事業者は、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講じるよう努めるとともに、事業場の実情に応じて関係団体の支援を活用し、労働者とも連携・協力して取組みを進めることが重要です。  なお、請負の形式による契約により業務を行う者についても、この指針を参考にして取り組むものであるとされています。 (2)事業者が講ずべき措置  事業者は、次の@からDの事項について、各事業場における高年齢者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、後述の「(4)国、関係団体等による支援」(12ページ)も活用して、実施可能な高年齢者労働災害防止対策に積極的に取り組むことが必要です。 @安全衛生管理体制の確立等  「安全衛生管理体制の確立」においては、高年齢者労働災害防止対策を組織的かつ継続的に実施するために、経営トップによる方針表明および体制整備に取り組むことが求められています。また、安全衛生委員会などを設けていない小規模の事業場においては、高年齢者労働災害防止対策について、労働者の意見を聴く機会などを通じ、労使で話し合うこととしています。なお労働者の意見を聴く機会については、安全衛生委員会のほか、職場で行っている定例の会議や業務ミーティングなども活用できることや、必ずしも会議体の構成をとる必要はなく、安全衛生推進者など、安全衛生方針に基づき指定された担当者などを中心に意見の聴取を実施することも考えられます。  「危険源の特定等のリスクアセスメントの実施」については、高年齢者の身体機能等の低下などによる労働災害の発生リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例から危険源の洗い出しを行い、当該リスクの高さを考慮して高年齢者労働災害防止対策の優先順位を検討することとしています。その際、厚生労働省ホームページの「事例でわかる職場のリスクアセスメント」※2や労働災害事例集、ヒヤリハット事例集などを参考にすることができます。また、職場環境の改善などの取組みと安全衛生教育を組み合わせて行うことにより労働災害防止の効果が高まるため、例えば、実際に行った職場環境改善の内容と期待される効果について安全衛生教育に含めることなどが考えられます。  リスクアセスメントの結果もふまえ、次のAからDの事項を参考に優先順位の高いものから取り組む事項を決めます。 A職場環境の改善  「身体機能の低下を補う設備・装置の導入」、「高年齢者の特性を考慮した作業管理」については、身体機能が低下した高年齢者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じることとしており、高年齢者の特性やリスクの程度を勘案し取り組むうえでの留意事項を示しています。例えば、注意力や判断力の低下による災害の防止については、複数の作業を同時進行させるような負担はできるだけ避けることが望ましいですが、複数の作業を同時進行させる場合は、管理監督者が優先順位を判断したうえで作業指示をすることが望ましいことといった共通的な事項があげられます。また、一般に高年齢者は暑さや水分不足に対する感覚機能や身体の調節機能が低下しており、熱中症防止のため、涼しい休憩場所を整備し、利用を勧奨すること、保熱しやすい服装は避け、通気性のよい服装を準備すること、意識的な水分補給を推奨することなどの暑熱作業への対応についての事項が示されています。 B高年齢者の健康や体力の状況の把握  「健康状況の把握」については、以下の例を参考に、高年齢者が自らの健康状況を把握できるような取組みを実施することが望ましいこととしています。 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者が、地域の健康診断など(特定健康診査など)の受診を希望する場合は、必要な勤務時間の変更や休暇の取得について柔軟な対応をすること。 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者に対して、事業場の実情に応じて、健康診断を実施するよう努めること。 ・健康診断の結果について、産業医、保健師などに相談できる環境を整備すること。 ・健康診断の結果を高年齢者に通知するにあたり、産業保健スタッフから健康診断項目ごとの結果の意味をていねいに説明するなど、高年齢者が自らの健康状況を理解できるようにすること。 ・日常的なかかわりのなかで、高年齢者の健康状況などに気を配ること。  また、「体力の状況の把握」については以下の点に留意することとしています。 ・体力チェックの範囲については、歩行能力などの筋力、バランス能力、敏捷性などの労働災害に直接的に関与するものとし、事業場の実情に応じて全身持久力、感覚機能や認知機能などを含めて差し支えないこと。 ・体力チェックの対象については、身体機能の低下は、20代、30代などの若いころから始まるとの調査結果もあることから、事業場の実情に応じて高年齢者だけでなく青年期、壮年期から体力チェックを実施することが望ましいこと。 ・体力チェックの方法としては、厚生労働省が作成した「転倒等リスク評価セルフチェック票」、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所が開発したステップテストによる簡易体力測定、質問紙による全身持久力評価の手法、文部科学省が実施している新体力テストなどがあること。 ・体力チェックの評価基準については、評価基準を設ける場合、高年齢者が従事する職務の内容などに照らして合理的な水準に設定し、職場環境の改善や高年齢者の体力の向上に取り組むことが重要であり、また、評価にあたっては、仕事内容に対して必要な能力などがあるかという観点にも留意する必要があること。 ・体力チェックを行う場合には、対象者の状況に応じて高負荷にならないように安全に十分配慮する必要があること。 C高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応  事業者は高年齢者に適切な就労の場を提供するため、職場環境の改善を進めるとともに、職場における一定の働き方のルールを構築するよう努めることを示しています。また、労働者の健康や体力の状況は加齢にしたがって個人差が拡大するとされており、高年齢者の業務内容の決定にあたっては、個々の健康や体力の状況に応じて、安全と健康の観点をふまえた適合する業務を高年齢者とマッチングさせるよう努め、継続した業務の提供に配慮することとしています。 ・高年齢者の業務内容の決定にあたり、労働者の健康や体力の状況に応じた対応が求められるが、在宅勤務が長期間に及ぶと筋力などの身体機能が低下する場合があること。 ・なんらかの疾病を抱えて治療のための服薬をしながら働く労働者については、治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)に基づき取り組むよう努めること。  「心身両面にわたる健康保持増進措置」については、労働者の健康保持増進対策やメンタルヘルスケアに取り組むこととしていますが、その実施にあたっては、以下の対策例に基づき労使が協力して取り組むこととしています。 ・健康診断や体力チェックの結果などに基づき、必要に応じて運動指導や栄養指導、保健指導、メンタルヘルスケアを実施すること。なお、栄養指導や保健指導においては、労働者の個別の状況に応じて指導すること。栄養指導や保健指導を行う際には、食べる量、栄養素について、従来の生活習慣病改善の観点だけでなく、フレイルやロコモティブシンドロームの予防の観点からの指導にも留意すること。 ・身体機能の低下が認められる高年齢者については、フレイルやロコモティブシンドロームの予防を意識した健康づくり活動の実施など、身体機能の維持向上のための支援を行うことが望ましいこと。例えば、運動をする時間や場所への配慮、トレーニング機器の配置などの支援が考えられること。 ・保健師や専門的な知識を有する運動指導の専門家などの指導のもとで高年齢者が身体機能の維持向上に継続的に取り組むことを支援すること。 ・労働者の健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する健康経営○R(★)の観点から企業が労働者の健康づくりなどに取り組むこと。 ・保険者と企業が連携して労働者の健康づくりを効果的・効率的に実行するコラボヘルスの観点から職域単位の健康保険組合が健康づくりを実施する場合には、連携・共同して取り組むこと。 D安全衛生教育  高年齢者および管理監督者などに対する安全衛生教育の年間計画を立案する際には、単一の災害にのみ焦点を当てるのではなく、腰痛、転倒のような複数の災害を対象としつつ、行動災害一般に共通する教育や、腰痛や転倒に焦点を当てた教育の両方を行うようにすることが望ましいです。また、高年齢者が作業に慣れることで危機意識が薄くなること、体力に応じた作業の危険性などの気づきをうながすことが重要です。  高年齢者に対する安全衛生教育としては、高年齢者が自らの身体機能などの低下が労働災害リスクにつながることを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解するため、以下の項目についても高年齢者への教育の一環として周知することが望ましいです。 ・骨密度が低いと転倒した際に骨折しやすくなり、労働災害リスクが高くなること。 ・食事や運動などの適切な対応により骨密度を維持することができること。 ・骨粗鬆症(こつそしょうしょう)検診について、地域で実施している場合もあり、必要に応じて受診できること。  管理監督者への教育としては、管理監督者は、高年齢者が実際に働いている現場を見て、声がけすることなどを通じ、作業に無理がないかなどを把握することも重要です。 (3)労働者と協力して取り組む事項  労働者と協力して取り組む事項については、労使の協力のもと、労働者自身が以下の取組みを実情に応じて進めることが必要です。 ・高年齢者が自らの身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努めること。なお、高齢になってから始めるのではなく青年、壮年期から取り組むことが重要である。 ・事業者が行う労働安全衛生法で定める定期健康診断を必ず受けるとともに、短時間勤務などで当該健康診断の対象とならない場合には、地域保健や保険者が行う特定健康診査などを受けるよう努めること。 ・事業者が体力チェックなどを行う場合には、これに参加し、自身の体力の水準について確認し、気づきを得ること。 ・日ごろから足腰を中心とした柔軟性や筋力を高めるためのストレッチや軽いスクワット運動などを取り入れ、基礎的な体力の維持と生活習慣の改善に取り組むこと。 ・各事業所の目的に応じて実施されているラジオ体操や転倒予防体操などの職場体操には積極的に参加すること。また、通勤時間や休憩時間にも、簡単な運動を小まめに実施したり、自ら効果的と考える運動などを積極的に取り入れたりすること。 ・適正体重を維持する、栄養バランスのよい食事をとるなど、食習慣や食行動の改善に取り組むこと。 ・青年、壮年期から健康に関する情報に関心を持ち、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用できる能力(ヘルスリテラシー)の向上に努めること。 (4)国、関係団体等による支援の活用  前述の(2)(9ページ)の事項に取り組むにあたり、厚生労働省で実施する補助金制度や、安全衛生にかかる優良事業場等の表彰などの支援を活用して、積極的に取り組んでいただくようお願いします。 ※1 度数率……100万延べ実労働時間当たりの労働災害による死傷者数をもって、労働災害の頻度を表すもの ※2 「事例でわかる職場のリスクアセスメント」https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/110405-1.pdf ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 図表1 全年齢に占める60歳以上の雇用者数割合 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年 平成29年 平成30年 平成31/令和1年 令和2年 令和3年 令和4年 令和5年 令和6年 6,123万人 60歳以上 1,171万人 60歳以上の割合 19.1% 出典:厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針の策定について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001557878.pdf 図表2 全年齢に占める60歳以上の労働災害による死傷者数割合 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年 平成29年 平成30年 平成31/令和1年 令和2年 令和3年 令和4年 令和5年 令和6年 135,718人 60歳以上 40,654人 60歳以上の割合 30.0% 出典:厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針の策定について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001557878.pdf 図表3 高年齢労働者の労働災害防止のための指針概要 第1 趣旨 労働安全衛生法第62条の2第2項に基づき、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理等、高年齢者の労働災害の防止を図るために事業者が講ずるよう努めなければならない措置に関し、その適切かつ有効な実施を図るため定めたもの。 第2 事業者が講ずべき措置 以下の1〜5に掲げる事項について、各事業場における高年齢者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、国、関係団体等による支援も活用して、実施可能な対策に積極的に取り組むことが必要である。 1 安全衛生管理体制の確立等 ●経営トップによる方針表明及び体制整備 ・経営トップが高年齢者の労働災害防止対策に取り組む方針を示し、対策の実施体制を明確化すること。 ・高年齢者の労働災害防止について、安全衛生委員会等において調査審議するなど労使で話し合うこと。 ●高年齢者の労働災害防止のためのリスクアセスメントの実施 ・高年齢者の身体機能等の低下等による労働災害の発生リスクについて、災害事例等からリスクを洗い出して対策の優先順位を検討し、その結果も踏まえ以下の2〜5を参考に優先順位の高いものから取組事項を決めること。 2 職場環境の改善 ●身体機能の低下を補う設備・装置の導入 ・高年齢者が安全に働き続けられるよう、施設、設備、装置等の改善を行うこと。 ●高年齢者の特性を考慮した作業管理 ・筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能、認知機能の低下等を考慮して作業内容等の見直しを行うこと。 3 高年齢者の健康や体力の状況の把握 ●健康状況の把握 ・労働安全衛生法で定める雇入時及び定期の健康診断を確実に実施すること。 ●体力の状況の把握 ・高年齢者の体力の状況を客観的に把握し必要な対策を行うため、主に高年齢者を対象とした体力チェックを継続的に実施することが望ましいこと。事業場の実情に応じて青年、壮年期から実施することが望ましいこと。 ●健康や体力の状況に関する情報の取扱い ・「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」を踏まえた対応を行うこと。 4 高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応 ●個々の高年齢者の健康や体力の状況を踏まえた措置 ・健康や体力の状況を踏まえて必要に応じ就業上の措置を講じること。 ●高年齢者の状況に応じた業務の提供 ・高年齢者に適切な就労の場を提供するため、職場環境の改善を進めるとともに、働き方のルールを構築するよう努めること。 ・高年齢者の業務内容の決定の際は、健康や体力の状況に応じて、安全と健康の観点を踏まえた適合する業務とのマッチングに努め、継続した業務の提供に配慮すること。 ・高年齢者の治療と就業の両立については「治療と就業の両立支援指針」に基づく取組に努めること。 ●心身両面にわたる健康保持増進措置 ・集団及び個々の高年齢者を対象として、身体機能等の維持向上のための取組を実施することが望ましいこと。 ・「事業場における労働者の健康保持増進のための指針(THP 指針)」、「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」等に基づく取組に努めること。 5 安全衛生教育 ●高年齢者に対する教育 ・法令に基づく教育等を確実に行うこと。また、作業内容とそのリスクについての理解を得やすくするため十分な時間をかけること。中でも、高年齢者が再雇用や再就職等により経験のない業種や業務に従事する場合には、特に丁寧な教育訓練を行うこと。 ●管理監督者等に対する教育 ・管理監督者等に対し、高年齢者特有の特性と高年齢者の安全衛生対策について教育を行うこと。 第3 労働者と協力して取り組む事項 事業者は、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるよう努める必要があり、個々の労働者は、自らの身体機能等の低下が労働災害リスクにつながり得ることを理解し、労使の協力の下で取組を進めること。 第4 国、関係団体等による支援 事業者は、国、関係団体等による支援策を有効に活用すること。 ※作成:厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課 【P13-16】 解説1 安全衛生管理体制の確立 中央労働災害防止協会 安全衛生マネジメントシステム審査センター 所長 斉藤(さいとう)信吾(しんご) 1 はじめに  落語家の桂(かつら)文珍(ぶんちん)さんの新作に「老婆の休日」という噺(はなし)があります。演目名も秀逸ですが、高齢者の日常をユーモラスに描いた現代落語の傑作だと思います。  その一節を紹介しますと、ある高齢者が病院の待合室で話をしています。「もう全身が痛くて。頭を押しても痛いし、首を押しても、膝を押しても痛いので検査したら、…指の骨が折れていました」。この落語に登場するほどのご高齢の方は事業場にはいないかもしれませんが、日本では高年齢労働者の労働災害が増えている実態もあります。本稿では、高年齢労働者の労働災害を防止するための安全衛生管理体制について具体的にご紹介します。 2 経営トップによる方針表明および体制整備  経営戦略を立て、人材を育成し、労働者のモチベーションを向上させ、経営資源を投入し、だれもが健康で安全に働くことができる職場を形成するのは経営トップの責務です。事業場において高年齢労働者の労働災害防止を効果的に進めるには、まず経営トップによる方針の表明が必要です。安全衛生方針は組織の安全衛生活動の基盤となり、安全衛生目標や安全衛生計画の屋台骨となるものですので、そのなかに高年齢労働者の労働災害防止に関する事項についても盛り込んでください。例えば、「年齢にかかわらずすべての労働者の労働災害を防止し、健康で安全に働くことができる職場を形成する」といった表現が考えられます。安全衛生方針は経営トップの姿勢や考えを示したものですので、労働者や構内関係会社と共有化し、安全衛生意識を高めるために周知します。労働者への周知方法としては、経営トップが自ら発言する機会で紹介したり、職場内の掲示、社内ネットやデジタルサイネージへの掲載などが考えられます。構内の関係会社については、安全衛生協力会、安全衛生連絡会といった構内関係会社をメンバーとする会議体で周知する方法が考えられます。 3 安全衛生委員会などにおける調査審議など  高年齢労働者の労働災害防止対策について話し合う場としては、労使が参加する安全衛生委員会が一般的です。事業場によっては安全衛生委員会の下部組織として職場安全会議のような職場単位の活動を実施している場合もありますが、このような会議体も活用できます。労働者数が50人未満で安全衛生委員会の設置義務のない事業場では、労働安全衛生規則第23条の2に基づき、安全衛生について関係労働者の意見を聴くための機会において労使で検討してください。また、必ずしも会議体で話し合う必要はなく、朝礼や職場ミーティングも活用しましょう。  高年齢者労働災害防止対策といっても、働いている高年齢労働者の人数、年齢、性別は事業場によってさまざまです。安全衛生委員会などで審議する労働災害防止対策は、事業場の実態に合ったものにする必要があります。まずは次のような方法で高年齢労働者の実態を把握しましょう。 @自社における過去の高年齢労働者の労働災害事例を分析し、災害の型と原因を把握します。この分析対象には不休災害やヒヤリハット報告も含めてください。 A高年齢労働者が行っている作業内容、人数、性別などを調べます。 B後述する高年齢労働者を考慮したリスクアセスメントを実施し結果をまとめます。  さらに、解説2・3で紹介する職場環境の改善、高年齢労働者の健康や体力の状況の把握、安全衛生教育も実施します。これらの情報を基に、安全衛生委員会などで職場環境の改善について審議します。安全衛生委員会などで審議された労働災害防止対策を具体的に進めるためには、安全衛生部門が担当部門となるのが一般的でしょう。サービス業や小売業、また小規模事業場などでは安全衛生部門を設置していないケースもありますが、このような場合でも人事労務管理部門などの担当部署を決めておきます。労働災害防止のための諸活動を具体的に実施する体制を明確にするため、担当する部門や担当者は必ず決めておきましょう。  産業医を中心として保健師や衛生管理者を含めた産業保健体制がある事業場では、高年齢労働者の健康管理も産業保健スタッフが担当します。また、高年齢労働者にかぎらずプライバシー保護には十分な配慮が求められますので、産業医や保健師との面談記録などの個人情報は厳重に管理することが不可欠です。  労働者が50人未満で産業医が選任されていない事業場は、「地域産業保健センター」などの相談窓口を活用しましょう。地域産業保健センターは、小規模事業場の事業者と労働者に産業保健サービスを提供するため全国347カ所に設置されています。同センターでは健康診断結果に基づいた健康管理、作業関連疾患の予防方法、メンタルヘルスに関することなど、医師等が無料で健康相談に応じています。  健康で安全に働くことができる職場を形成するには、労働者の意見や希望を吸い上げて安全衛生管理・活動に反映することが重要です。労働者の意見を反映するため、提案制度、安全衛生目安箱などといった活動を実施している事業場もあります。上司には相談しづらい内容でも、匿名にすると意見を出しやすく率直な声が集まりやすくなります。また、自分の意見が採用されると、安全衛生活動に対する労働者のモチベーションアップにもつながります。高年齢労働者が職場で気づいた安全衛生リスクや、日常の業務できつい、つらいと感じている事項を反映するため、このような制度があれば積極的に利用を促進してください。このような制度がない場合は、メールや社内相談窓口にて気軽に意見がいえるように体制を整えてください。特に個人的な疾病や体調などのように相談しづらい事項でも話せるような職場の体制、風土づくりも必要になります。 4 危険源の特定などのリスクアセスメントの実施  「リスク」の語源は古代イタリア語の「船乗り」という意味で、船乗りたちが危険を承知のうえで航海に出て、地中海の海賊や岩礁を避けながら東方貿易で一攫千金をねらったことに由来するそうです。その後、損害保険や投資の世界においてリスクという概念が広く使われるようになりました。安全衛生分野では労働災害に被災するリスクをさします。  作業場にはさまざまなリスクがあります。例えば、高所からの落下、機械への挟まれ・巻き込まれ、フォークリフトとの接触、引火性ガスの爆発といった危険性や、化学物質による中毒、酸欠、重量物運搬による腰痛、夏季の熱中症といった有害性があります。リスクアセスメントとは、作業における危険源を見つけ出し、それによる「労働災害の程度(重篤度)」と「その災害が発生する可能性」を組み合わせてリスクを評価する手法です。その結果によりリスクの大きな作業から優先的に対策を講じることで、効果的に労働災害の防止につなげることができます。リスクアセスメントの具体的な進め方は、厚生労働省の「危険性又は有害性等の調査等に関する指針(リスクアセスメント指針)」※1をご参照ください。  高年齢労働者は平衡感覚、筋力、聴力、視力、動作速度などの心身機能が低下していますし、これらの機能の個人差も大きくなります。したがって、若年層の労働者と比べてバランスを崩しやすい、転倒しやすい、熱中症や腰痛になりやすいなどの特徴がありますので、リスクアセスメントを実施する際に高年齢者の特性や課題を考慮する必要があります。一例として、高年齢労働者から報告されたヒヤリハットのリスクを評価し、リスクの大きなものから対策を講じる方法が考えられます。若年層にはなんでもない段差や重量物が、高年齢労働者には転倒や腰痛の原因になりますので、積極的にヒヤリハットを提出してもらいましょう。高年齢労働者からいかに多くのヒヤリハットを提出してもらうかが対策のキーポイントになりますので、毎月1人が1件を提出するようにノルマ化するのも一考でしょう。また、体験したものだけでなく、想定されたヒヤリハットの提出も有効です。また、ヒヤリハットがあまり提出されないようであれば、高年齢労働者の災害事例や対策の好事例を検索し、自社に合わせて実施するのもよいでしょう。  リスクアセスメントの目的の一つとして、講じる対策に合理的な優先順位を付けることがあげられます。さらに、リスクの低減対策はリスクの大きさにかかわらず、以下に示す@→Cの順に検討を行います。すなわち、リスクが小さいからBやCの対策でよしとするのではなく、低減対策は@→Cの順に検討し、費用対効果を考慮し合理的な措置を講じます。  では、リスク低減対策の考え方をイラストで見てみましょう。図表1−0はライオンが危険源であり、人がライオンに襲われて大けがをするリスクがあります。どのような対策を講じればライオンに襲われるリスクが減るのでしょうか? ・対策@(図表1−1)…子猫であれば襲われる心配はないでしょうし、万が一襲われても大けがをすることはありません。このように危険な作業を中止したり、より安全な方法に変更することがリスク低減対策としては最も効果的です。具体的には、使用する化学物質を有害性の高いものから低いものへ変更する方法が考えられます。 ・対策A(図表1−2)…ライオンを檻の中に入れてしまえば、襲われるリスクは著しく小さくなります。これは設備や装置で危険源を隔離・制御する対策で、危険な機械設備を安全柵で囲ったり、安全装置の設置はリスク低減として有効な手法です。つまずく原因となる段差をスロープなどでなくすのも効果的です。 ・対策B(図表1−3)…ライオンがいる場所を立ち入り禁止にし、ライオンに近づかないように教育することで襲われることを防ぐ手法です。安全マニュアルや作業手順書の作成、安全標識の掲示、安全衛生教育等が該当します。 ・対策C(図表1−4)…武具甲冑を身につけていれば、万が一ライオンに襲われても致命的な大けがをする可能性は低くなります。防毒マスク、保護手袋、ゴーグルといった個人用保護具を使用する手法です。  リスク低減対策は費用や技術的な検討を要することがあるので、実施するまで時間がかかることも多くあります。したがって、リスクアセスメントの実施と低減対策は計画的に取り組む必要があります。安全衛生計画を作成している事業場では、当該計画のなかにリスクアセスメントを盛り込んで実施してください。  小売業、飲食店、社会福祉施設などのサービス業など、リスクアセスメントが定着していない業種もあります。このような場合は、同業他社の災害事例や好事例などを参考にするとよいでしょう。また、職場環境改善に関する労働者の意見を聴く仕組みをつくり、負担の大きい作業、危険な場所、作業手順の不備などの職場の課題を洗い出し、改善につなげてください。  中央労働災害防止協会では高年齢労働者の労働災害防止ツールとして、「エイジアクション100(2021年改訂版)」※2を公表しています。今回の法改正を受けて改訂作業が進められていますが、現状のものも参照するとよいでしょう。 5 おわりに  冒頭で紹介した落語では、指を骨折していた高齢者が隣にいた人に触れた際にも痛みがあったことから、「ようやく私も他人の痛みを感じられるようになった」というオチがあります。高年齢労働者を含め、外国人労働者、障害者、LGBTQなど、事業場では多くの労働者が働いています。お互いを尊重し、偏見のない人間関係を構築することが、すべての労働者が働きやすい職場を形成するための第一歩なのです。 ※1 厚生労働省ホームページ「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000077404.pdf ※2 詳しくは、中央労働災害防止協会ホームページをご参照ください。 https://www.jisha.or.jp/info/field/age-friendly/ageaction100.html 図表1-0 ライオンに襲われるリスク 提供:中央労働災害防止協会 図表1-1 危険性、有害性の低い物へ変更 提供:中央労働災害防止協会 図表1-2 安全柵、安全装置の設置 提供:中央労働災害防止協会 図表1-3 立入禁止、教育訓練等 提供:中央労働災害防止協会 図表1-4 個人用保護具の着用 提供:中央労働災害防止協会 【P17-20】 解説2 職場環境の改善 千葉大学大学院医学研究院 環境労働衛生学 准教授 能川(のがわ)和浩(かずひろ) 1 職場環境の改善のためのリスクアセスメント  職場環境改善の第一歩は、現状のリスクを客観的に把握することです。2026(令和8)年2月公示の「高年齢者の労働災害防止のための指針」※1では、高年齢者の身体機能低下にともなうリスクを、過去の災害事例やヒヤリハット事例から洗い出し、それらのリスクの高さを考慮して対策の優先順位を決定する「リスクアセスメント」の実施を強く推奨しています。ここで重要となるのが、単なる設備整備の視点に留まらず、加齢にともなう「フレイル(虚弱)」や「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」、さらには視覚・聴覚といった感覚機能の変化が、具体的な作業にどう影響するかを考慮することです。例えば、若年層にはなんら問題のない数cmの段差や、少し暗い通路が、高年齢者にとっては「転倒」や「踏み外し」という致命的なリスクに直結するという認識が求められます。また、飲食店や社会福祉施設等サービス業などの現場では家庭生活に近い作業が多く、危険が認識されにくい傾向にありますが、作業頻度や環境の違いにより、特有のリスクが潜んでいることに留意する必要があります。 2 作業環境改善の手順  リスク低減措置については、「リスクアセスメント指針」※2をふまえ、次の(ア)〜(エ)に掲げる優先順位で措置内容を検討します。 (ア)危険な作業の廃止・変更など、設計や計画の段階から労働者の就業にかかわる危険性、または有害性を除去または低減する措置(例)重量物運搬作業の自動化、危険な高所作業の廃止 (イ)手すりの設置や段差の解消などの工学的対策(例)LED化による照度のアップ、段差の解消・見える化、滑り止めマットの設置 (ウ)マニュアルの整備などの管理的対策(例)転倒リスクマップの掲示、VR機器を用いた危険体感教育 (エ)身体負荷を軽減する個人用の装備の使用  (例)パワーアシストスーツの着用、防滑靴の使用、冷感ウェアの支給  リスクアセスメントにおいては、(ア)のようにリスクそのものを取り除くことができれば理想的な対策となりますが、業務の性質上どうしてもリスクが残存します。本人の注意力に依存しない(イ)工学的対策を優先的にすすめ、(ウ)管理的対策、(エ)個人装備の使用を組み合わせて対策を実施します。 ■身体機能の低下を補う設備・装置の導入  身体機能が低下した高年齢者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置などの改善を検討し、必要な対策を講じることが求められます。 【視覚への配慮】  高年齢者は視力や明暗差への対応力が低下します。通路を含めた作業場所の照度を十分に確保し、極端な明るさの変化を解消する必要があります。照度を確保するために、照明の増設、屋根の採光増設、照度の強い懐中電灯の採用を行うといった対策を行います。また、室内や通路の照度の変化を少なくします。 【聴覚への配慮】  高年齢者の聴力は、高音域に対して聞き取りにくくなる性質があり、さまざまな音が入り混じることで、重要な警告音が聞こえなくなります。そのため、警報音などは聞き取りやすい中低音域を採用し、指向性スピーカーを用いるなどの工夫が有効です。また、回転灯などを利用して、警報を視覚に訴えることも有効です。 【転倒防止の徹底】  労働災害のなかで、もっとも発生件数が多いのが「転倒災害」です。2024年の転倒災害による休業4日以上の死傷者数は3万6378人となっており、全体の26.8%を占めています。安全・安心な職場づくりのために、転倒防止対策に取り組むことは必須の課題となっています。  職場における転倒災害は、大きく三つに分けられ、各々おもな原因は以下の通りです。 【おもな原因】 滑り…床が滑りやすい素材であったこと、床に水や油が飛散していたこと、ビニールや紙など、滑りやすい異物が床に落ちていたこと つまずき…床の凹凸や段差があったこと、床に荷物や商品が放置されていたこと 踏み外し…大きな荷物を抱えるなど、足元が見えない状態で作業を行っていたこと  転倒災害を防ぐために、まず、上記の原因を意識した職場のリスクアセスメントを実施します。対策として、通路の段差解消、手すりの設置、防滑素材(床材や靴)の採用は必須となります。物理的な解消が困難な場合は、安全標識、掲示、塗装による色分けなどによる注意喚起を徹底します。 【テクノロジーの活用】  リスク低減措置において、それぞれの対策を高度化させるのがテクノロジーの役割です。例えば、重量物の取扱いにおいて、筋力を補助したり特定の動作をサポートする「パワーアシストスーツ」などの導入は有効な選択肢となります。また、労働安全衛生教育において、VRコンテンツを用いた危険体感教育も注目されています。 3 製造業における具体的な事例紹介  YKKグループは、ファスニング事業・AP事業を中核に、世界70カ国・地域で事業を展開しているグローバル企業です。今回は、富山県のYKK株式会社黒部事業所における具体的な高年齢労働者対策について紹介します。  現在実施されている、おもな対策の一覧を図表1(19ページ)に示します。2の転倒リスクマップ作成・掲示においては、リスクアセスメントとして、工場敷地内の平面マップを用意し、災害事例、ヒヤリ・ハット事例、巡視などにより転倒リスクの洗い出しを行っています(20ページ図表1−b)。それぞれの対策をリスク低減措置の対策の観点でみてみると、工学的対策(床の凹凸の解消・修繕、非常灯設置、視覚・聴覚機能を意識した機器の設置)、管理的対策(作業のルール化、テクノロジーを用いた教育)、個人装備の使用について幅広い対策が行われていることがわかります。また、北陸地域にある事業所として、冬季の凍結や積雪も考慮した対策が行われています。このように、作業内容と作業環境に応じたリスクアセスメントをしっかりと行い、リスク低減措置を実施することが求められています。 4 おわりに  本稿では、高年齢者の労働災害防止のための指針に基づいた職場環境改善のためのリスク低減措置について解説しました。かつての労働災害防止対策は、労働者個人の経験や注意力に依存する側面が少なくありませんでした。しかし、加齢にともなう身体機能の変化は、個人の努力だけでカバーできるものではありません。労働者が意識せずとも安全が確保されるような対策が求められています。  また、今回ご紹介したYKK株式会社黒部事業所の事例は、グローバル企業としての高い技術力とリソースを背景としたモデルケースです。当然、すべての企業が多額の投資を行い、最新設備の導入をできるわけではありません。ここで重要なのは、指針が求めている事業者の努力とは、必ずしも高価なテクノロジーの導入だけをさすのではないということです。職場環境改善においては、企業の規模や実情に合わせて、優先順位をつけながら着実にできることを実行していくことが重要となります。 ※1 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00010.html ※2 厚生労働省ホームページ「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000077404.pdf 図表1 YKK株式会社黒部事業所における高年齢労働者の労働災害防止対策 取組み 効果 効果詳細 1 VR危険体感教育の実施 (YKK オリジナルコンテンツ製作)※図表1-a 転倒 転倒災害のなかでも発生頻度の高い「階段での踏み外し」、「段差でのつまずき」「凍結路面での滑り」の三つのケースを、VR 体感機によって疑似体験しながら学習することで、転倒災害を防止。 2 転倒リスクマップ作成・掲示 ※図表1-b 転倒 「危険を見える化」することで、視認力が低下しがちな高年齢労働者が見落としやすい段差や滑りやすい床などのリスクを事前に認識でき、転倒災害を防止。 3 冬季凍結路面対策 転倒 従業員の動線(通路、出入口)に、消雪装置、グルービング溝切、遠赤外線融雪設備、ロードヒーティング、電気マットを設置し、転倒災害を防止。 4 床の凹凸や縞鋼板の補修 転倒 床の凹凸や、縞鋼板の摩耗対策により、つまずき、滑りなどの転倒災害を防止。 5 暗い階段に非常灯設置 転倒 足元の視認性が向上し、つまずきや踏み外しを防止。 6 電動ローリフト導入 転倒・腰痛 重量物の押し引き負担軽減による、腰痛・転倒のリスク低減(運搬作業)。 7 パワースーツ導入 腰痛 中腰・持ち上げ動作の負担軽減/長時間作業の疲労低減。 8 バキュームリフター導入 腰痛 重量物持ち上げの完全機械化で腰痛を根本的に防止。 9 台車・昇降台の工夫 腰痛 高さ調整ができる台車・昇降台を導入することで前かがみ・持ち上げ動作を減らし、腰痛を防止。 10 歩者分離・通路区分 接触事故・転倒 高齢者が苦手とする「視認・判断・回避」の負担を軽減し、接触事故・つまずき・転倒災害を防止。 11 フォークリフトチャイム音とライト照射 接触事故 チャイム音(前進・後進)により、フォークリフトの接近を視認前に察知でき、接触事故を防止。 一方で、聴覚低下によりチャイム音に気づきにくくなるため、ライト照射によって視覚的に接近を知らせることで、接触事故を効果的に防止。 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 図表1-a VR危険体感教育の実施 VR機器を用いた危険体感教育では転倒対策について自社オリジナルのコンテンツを作成している 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 図表1-b 転倒リスクマップ作成と掲示について *床上配管写真貼付 食堂 *濡れた床写真貼付 *階段写真貼付 *階段写真貼付 高圧受電盤 変圧器 低圧盤 *段差写真貼付 「ふみはずし注意」 階段、段差、足場など 「すべる注意」 床面の水たまり、油漏れ、粉じん、グレーチングなど 「つまずき注意」 床上の配線、配管、モール、通路の障害物、床の凹凸など 「転落注意」 ピット、開口部など ▼『転倒危険マップ』の作成:誰が見ても直感的に理解できるように、ピクトグラムを利用して作成 ▼『転倒危険マップ』の周知・掲示:安全ミーティングで周知するとともに、職場等に掲示し注意喚起を徹底 ▼『注意喚起表示』の設置:転倒リスク箇所には、ピクトグラムによる注意喚起表示を設置し、危険の“見える化”を図ることで、転倒災害のさらなる未然防止につなげる 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 【P21-24】 解説3 高年齢労働者の健康や体力の把握と体力に応じた対応 産業医科大学 高年齢労働者産業保健研究センター センター長・教授 財津(ざいつ)將嘉(まさよし) 1 はじめに  2026(令和8)年4月1日より施行される改正労働安全衛生法に関連し、2026年2月に高年齢労働者の労働災害防止に関する具体的な考え方として、法的根拠を持つ国の指針「高年齢者の労働災害防止のための指針(以下、「指針」)」が示されました(2026年2月10日厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課)※1。なかでも高年齢者の健康や体力の状況の把握は、高年齢労働者対策の出発点として重要な位置づけとなっています。  従来の安全衛生活動は、設備や作業環境の改善など外的要因への対応が中心でした。しかし、高年齢労働者の労働災害は、作業環境プラス身体機能の変化や、健康状態・疲労などの複数要因により発生している場合が多くみられます。同じ職場環境下で同じ作業を行っていても、事故が起きる人と起きない人がいるということは、この個人差が存在していることを示唆しています。  指針が示しているのは、事業者は年齢による一律の管理ではなく、健康や体力の状況を把握し、労働者の努力義務である自己保健義務にも照らし合わせたうえで安全に働ける条件を整える、という考え方です。本稿では、健康状況の把握、体力の把握、情報の取扱い、そしてそれらをふまえた対応について、事業者に求められる具体的な取組みのポイントを解説します。 2 健康状況の把握  指針では、雇入時および定期健康診断を確実に実施することが基本とされています。これは従来の義務ですが、高年齢労働者対策において重要なのは、健康診断結果を安全対策にどのように活用するかという点です。  高年齢労働者では、持病や加齢にともなう身体機能の変化が事故につながる場合があります。例えば、視力低下による段差の見落としや交通事故、糖尿病にともなう感覚低下による踏み外し、睡眠障害による集中力低下による挟まれや転倒災害などは、その代表例です。これらは本人が自覚していないことも多く、結果を通知するだけでは十分とはいえません。実際にわれわれが日本の労働者1万8000人を対象として行った大規模研究でも、高血圧や糖尿病、睡眠障害は職場の転倒経験と密接な関連がありました(文献1)。  指針では、健康診断結果を通知する際に、産業保健スタッフが結果の意味をていねいに説明し、高年齢労働者自身が健康状況を理解できるようにする取組みが望ましいとされています。自らの健康状況の理解は、労働災害防止の第一歩ですから、健康状態と作業内容との関係を確認し、安全に働くために必要な配慮を共有することが重要になります。  また、労働災害を個人の注意不足や体力低下のみで説明しないという視点が非常に重要です。エラーのモデルでは、労働災害は「環境要因」、「作業要因」、「個人要因」が重なったときに発生する事象ととらえられます。健康状況の把握は個人を評価するためではなく、事故が起きやすい条件を理解し、職場全体の改善につなげるための情報として活用することが重要です。 3 体力の把握  指針では、高年齢労働者の労働災害防止の観点から、事業者と高年齢労働者の双方が体力の状況を客観的に把握し、継続的にチェックを行うことが望ましいとされています。体力の低下は自覚しにくく、本人が気づかないまま作業リスクが高まることがあるためです。しかし、「体力」と一概にいっても、該当業務に必要な身体機能は業種や職種で一様ではありません。例えば、デスクワークが中心の事務職に、筋骨隆々のたくましい大腿四頭筋は必要ではありません。該当の職場でどのような労働災害リスクがあるかについてアセスメントを実施し(リスクアセスメント)、そこから導かれる必要な身体機能について重点的にチェックするという流れになります。身体機能や健康状態については専門性が非常に高いため、産業医、保健師、理学療法士などの産業保健専門職などに相談することが必要です。  体力チェックの本来の目的は、個人能力の評価ではなく「気づき」をうながすことにあります。気づきがあれば労働災害が予防できるわけです。例えば、転倒等リスク評価セルフチェック、アンケート調査やオンラインツールなどを活用し、労働者自身が現在の身体機能を理解できるようにすることが重要です。また、身体機能低下は高年齢者にかぎられるものではありません。転倒リスクと密接に関連する平衡機能などは20代から低下が始まります(文献2)。事業場の実情に応じて若年期から体力チェックを行うことも望ましいとされています。  また、体力チェックを導入する際には、その目的をていねいに説明し、事業場としての方針を明確に示す必要があります。評価基準を設けない場合には本人の気づきや作業配慮の検討に活用し、評価基準を設ける場合には職務内容に照らして合理的な水準とすることが求められます。基準に満たない場合でも、まず職場環境や作業方法の改善を検討することが基本です。  そこで、なぜ体力の状況を把握することが重要なのかについて考えてみます。その意義は、実際の労働災害との関連を見ることで、より具体的に理解することができます。現在、転倒と関連する身体平衡機能の評価として、目を閉じた状態で両足立ちを30秒間保持した際の重心の揺れを距離で示す「閉眼時重心動揺総軌跡長」に着目し、職場における転倒経験の有無による比較を行っています。重心動揺総軌跡長は、値が短いほど揺れが少なく、平衡機能が良好であることを示します。  その中間結果では、転倒経験のある群(47人)では平均427mmであったのに対し、転倒経験のない群(380人)では平均367mmと有意に短く(t検定:P<0.05)、転倒経験の有無によって平衡機能に差があることが確認されました(23ページ図表1)。すなわち、立位姿勢で動揺しにくく、体幹が安定している労働者のほうが、業務中に転倒するリスクが低い可能性が示唆されます。これらの知見は、労働災害の一次予防の観点から、視覚・平衡感覚・体性感覚といった感覚統合機能が労働災害と関連することを示す重要な示唆といえます。  さらに、転倒経験のある労働者に着目し、けがにより休業に至ったかどうかで比較すると(文献3)、歩行能力の指標である2ステップ値(図表2)および敏びん捷しょう性せいの指標である座位ステッピング回数(図表3)に有意な差が認められました(いずれもt検定:P<0.05)。これらの指標はいずれも値が高いほど身体機能が良好であることを示しますが、休業に至らなかった群の方が高値を示していました。  すなわち、同じ「転倒」を経験していても、歩行能力や筋力、敏捷性といった身体機能が高い労働者は、けがの重症化を回避できる可能性が示唆されます。これは、転倒そのものの発生を抑える一次予防とは異なり、転倒後の重症化や休業への移行を防ぐという二次予防の視点において、筋骨格系機能が重要な役割を果たしていることを示すものです。  ここであらためて強調したいのは、これらの測定指標を個人の評価や選別に用いることが目的ではないという点です。体力チェックは、事故が発生しやすい条件を理解し、作業環境や作業方法の改善につなげるための手がかりとして活用されるべきものです。体力の違いを前提に安全対策を検討することが、高年齢労働者のみならず、すべての労働者にとって安全な職場づくりにつながります。 4 健康や体力の状況に関する情報の取扱い  健康情報および体力に関する情報は慎重な取扱いが求められます。指針では、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」※2をふまえた対応を行う必要があることが示されています。体力の状況の把握にあたっては、本人の同意の取得方法や情報の取扱方法について、安全衛生委員会などで審議し、事業場内の手続きを明確にしておくことが重要です。また、安全衛生委員会などに医師等の意見を報告する場合には、個人が特定されないよう集約または加工することが求められます。現場の管理者には診断名や詳細な数値ではなく、作業上必要な配慮事項のみを共有することが望ましい運用です。情報は管理のためではなく、安全に働くための支援として活用されるべきものです。 5 体力に応じた対応  健康や体力の把握は、それ自体が目的ではなく、安全に働ける条件を整えるための出発点です。対応は、作業環境、作業方法、労働時間・働き方、体力維持支援の視点から整理することができます。  まず作業環境については、段差解消、防滑対策、照度確保、手すり設置、通路整理など、体力差に関係なく効果を持つ改善を優先します。次に作業方法では、重量物運搬の補助機器導入、作業姿勢の改善、作業分担の見直しなどが有効です。労働時間については、疲労の蓄積を防ぐ観点から、休憩の取り方や連続作業時間の見直し、夜勤や早朝勤務の調整などが検討されます。体力維持支援として、ナッジなどの行動経済学の視点を取り入れ、運動やスポーツ、レクリエーションを無理なく継続できる仕組みを整えることも重要です。無理なく楽しく取り組める仕組みを整えることで、体力の維持・向上が職場文化として定着しやすくなります。  重要なのは、「できないことを減らす」という発想ではなく、「できる能力を最大限に活かす工夫から始める」という視点です。経験や判断力といった高年齢労働者の強みを活かしながら、安全に働ける条件を整えることが、職場全体の安全性向上につながります。 6 おわりに  改正労働安全衛生法の施行により、高年齢労働者対策は、個別企業の自主的な取組みの枠を超え、社会全体で取り組むべき安全衛生課題として明確に位置づけられました。年齢による一律の管理ではなく、個人差を前提とした安全衛生管理への転換が求められています。  健康状況と体力を適切に把握し、その情報を慎重に取り扱いながら、働き方や作業環境を柔軟に見直すことは、高年齢労働者のみならず、すべての労働者にとって安全で働きやすいインクルーシブな職場づくりにつながります。  今後は、産業医、保健師、理学療法士など多職種が事業者と連携し、継続的な改善を積み重ねていくことが重要です。高年齢労働者が安心して能力を発揮し、活き活きと働き続けられる環境を整えることこそが、これからの企業に求められる重要な責務であるといえるでしょう。そして、安全衛生への取組みは単なるコストではなく、人材と企業価値を守り育てるための重要な投資であるという視点を、あらためて共有しておきたいと思います。 【参考文献】 1 Tsushima S, Watanabe K, Hirohashi S, Yoshimi T, Fujino Y, Tabuchi T, Zaitsu M. Occupational fall incidence associated with heated tobacco product use and lifestyle behaviors in Japan. Sci Rep. 2025;15(1):20035 2 財津將嘉、加齢の生理学@ 高年齢労働者と生理学、産業医学ジャーナル、2026;49(1):73-76 3  財津將嘉、特集 高年齢労働者と労働災害(第5回・最終回)エイジフレンドリーな職場のこれから、ろうさい、2026;68:6-11 ※1 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00010.html ※2 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/content/000922318.pdf 図表1 職場における転倒経験の有無による閉眼時重心動揺総軌跡長の比較 総軌跡長 転倒なし、n=380 367o 転倒あり、n=47 427o 転倒経験のないグループでは、30秒間の閉眼時重心動揺総軌跡長が有意に短く、平衡機能と職場における転倒経験との関連が認められた 出典:文献2をもとに筆者作図 図表2 職場における転倒後の休業の有無と歩行能力(2ステップ値)の比較 2ステップ値 休業なし、n=35 1.5 休業あり、n=12 1.4 転倒したものの休業に至らなかったグループでは、2ステップ値が有意に高く、歩行能力および筋力と労働災害の重症化との関連が示された 出典:文献3をもとに筆者作図 図表3 職場における転倒後の休業の有無と敏捷性(座位ステッピング回数)の比較 座位ステッピング 休業なし、n=35 35回 休業あり、n=12 31回 転倒したものの休業に至らなかったグループでは、座位ステッピング回数が有意に多く、敏捷性と労働災害の重症化との関連が示された 出典:文献3をもとに筆者作図 【P25-28】 事例 「健康応援企業」の実践が生み出す高齢労働者の安全づくり SOMPOひまわり生命保険株式会社(東京都千代田区) 健康経営からエイジフレンドリーへの進化  SOMPOひまわり生命保険株式会社は、SOMPOグループの一員として国内の生命保険事業をになっている。同社では保険本来の役割(Insurance)とお客さまの健康をサポートする機能(Healthcare)を組み合わせた「InsurhealthR(インシュアヘルス)」という独自のコンセプトに基づいた商品・サービスを提供し、単なる保険商品の提供にとどまらない独自の事業戦略を展開している。これは業界のなかでも先駆的な取組みであり、万が一の際の保障(死亡保険金など)にとどまらず、お客さまの健康づくりを支える「健康応援企業」としての価値提供を目ざすものである。  そして、このインシュアヘルスを推進するうえで前提となっている考え方が、「お客さまの健康を支えるためには、まず社員が健康であることが大切」というものであり、2016(平成28)年から社員自身の健康づくり(健康経営)にも注力してきた。こうした先駆的な取組みが評価され、2016年の制度開始以来、10年連続で「健康経営優良法人(ホワイト500)」の認定※1を受けている。  2025(令和7)年2月に、厚生労働省主催の「SAFEコンソーシアムアワード」※2エイジフレンドリー部門でゴールド賞、2026年2月に安全な職場づくり部門でシルバー賞と2年連続で表彰。これは、働く人の安全・健康の推進につながる取組みのうち、特に高齢社員に配慮した労働災害防止の取組みが優れていると評価されるアワードである。その最上位ランクの賞を受賞した背景には次のような課題認識があったと、人財開発部人事企画グループ担当部長(専門)の佐橋(さばし)亮二(りょうじ)さんは説明する。  「当社は外資系企業から派生し、合併を経て成長した経緯から、比較的若い社員が多い組織でしたが、設立から40年以上経過するなかで平均年齢は徐々に上昇しています。現在は高齢社員が増える段階にあり、こうした変化を背景に、エイジフレンドリーな職場づくりに本格的に取り組むようになりました」  かつては「若い会社」であった同社も平均年齢の上昇にともない労働災害には至らない軽微なトラブルが起こるようになったという。  人財開発部健康経営グループ課長代理の福本(ふくもと)衣理(えり)さんは「歩道の溝につまずき転倒、階段が雨で濡れており踏み外して転落など、日常的な場面で転倒するケースなどが発生していました。オフィスワーク中心のため、重大な機械事故などはありませんが、全国的にも毎月1〜2件ほど、つまずきや階段での踏み外しなど、加齢による筋力低下が一因とみられる転倒災害が起こっています。さらに、コロナ禍以降のテレワーク拡大で、座りっぱなしで歩数が減少し、運動機能の低下も懸念されていました。こうした状況から、注意喚起にとどまらず、安全衛生対策として『身体機能の維持・向上』に取り組み始めました」と話す。  そこで導入した、日常的な筋力トレーニングやストレッチを通じて転倒や腰痛を防ぐ「オリジナル体操」などの取組みが、SAFEコンソーシアムアワードにおいてエイジフレンドリーな職場づくりとして評価された。 オリジナル体操が生む運動の習慣化と職場の一体感  同社では、オリジナル体操の第一弾として、2023年に「SOMPOひまわり体操」を制作した。コロナ禍によるテレワーク増加や運動不足を背景に、軽いストレッチで気分をリフレッシュすることを目的とし、ラジオ体操のように無理なく動ける内容となっている。映像ではオリジナルキャラクターの「ポンポン」が一緒に踊るなど、親しみやすさも特徴である。  さらに2024年には、第2弾として「SOMPOひまわり体操 UP BEAT STYLE」を制作。こちらは筋力向上を主眼に置いたアップテンポな内容で、高年齢層に多い転倒や腰痛の予防、ロコモティブシンドロームやフレイルの予防などの効果をねらったものとなっている。  「『UP BEAT STYLE』は、まず、筋力向上にフォーカスしています。アップテンポなエアロビクス風の動きに加えて、スクワットなど下半身を意識した動作が含まれ、第1弾と比べて転倒防止に直結する筋肉トレーニングの要素が強化されています。テレワーク時、自宅スペースのかぎられた場所でも実施できるよう、『立位バージョン』に加え『座位バージョン』も用意しました。全体で3分間という短時間のプログラムで業務の合間に実施できます。  熱心な部署では毎週のように実施し、動画を見なくても、音楽が流れてくるだけで自然と体が動くようになったところもあるようです。部署によって取組みの熱量に濃淡はあるものの、ここまで深く浸透し、習慣化されている例が出てきているのはうれしいですね」(福本さん)  また、毎月1回全職場で実施している「健康応援ミーティング」では、このオリジナル体操を題材として活用し、職場単位で一緒に取り組んでおり、単なる筋力強化だけでなく、職場の雰囲気をよくするコミュニケーションツールとしても機能していることが高い浸透度につながっている。 家族で学ぶ「転倒防止・腰痛セミナー」全世代参加型で安全意識を醸成  同社で取り組んでいるエイジフレンドリー施策はほかにもあり、「転倒防止・腰痛セミナー」は、社員とその家族を対象として2023年度以降、3年連続で開催。専門的な知見を取り入れるため、フィットネストレーナーを招き、第一部の座学パートでは、労働災害になる転倒の現状やその傾向について学び知識を深め、第二部の実技パートでは、参加者が自身の筋力を確認する「ロコモチェック」を行い、筋肉を強化するための具体的なエクササイズやストレッチをその場で実践した。  会場参加だけではなくオンライン参加を可能としており、地方の営業拠点からも参加者が集い、参加者からは「足腰が鍛えられた」、「体力と集中力が向上した」、「自身の運動不足に気づいた」、「今後もストレッチを実践したい」などの声が届いた。  夏休み期間に行われることもあり、社員の子どもや親世代も含めた全世代が楽しみながら参加でき、家族ぐるみで転倒予防の意識を高める機会となった。 月1回の「健康応援ミーティング」の実践が運動習慣を押し上げた  「健康応援ミーティング」は、社員の健康リテラシー向上と職場内コミュニケーションの活性化を目的とした、同社の健康経営を支える中核的施策である。  2018年の施策開始当初は2カ月に1回の実施であったが、健康情報の拡充や社員ニーズの高まりを受け、現在は毎月1回の開催へと発展している。対象は全職場に所属する約2700人の全社員であり、業務時間内に30分間実施する必須ミーティングとして制度化されている。  運営面では、本社の健康推進担当部署が中心となり、月ごとのテーマに沿った研修資料を作成し、全社へ共有する。各職場は当該資料をもとに、業務状況に応じたタイミングでミーティングを実施する。内容は一方向の座学にとどまらず、ディスカッションや簡易的な実技を取り入れるなど、参加型の運営を重視している。  テーマは「健康」に関する幅広い分野を網羅しており、睡眠、食事、飲酒、歯科保健といった生活習慣の基礎知識に加え、腰痛予防やメンタルヘルス、女性の健康課題(更年期症状など)など、疾病・不調の予防に関する内容も扱う。  また、実践的な運動施策として、SOMPOひまわり体操を職場単位で実施し、リフレッシュや筋力維持・向上を図っている。さらに、厚生労働省が推奨するロコモーショントレーニング(ロコトレ)を活用し、若年層を含む全世代で運動機能の定期チェックを行っている点も特徴である。  本取組みのねらいは、社員一人ひとりが正しい健康知識を身につけ、自らの行動変容につなげることである。同社が掲げている「健康応援企業」として、社員が健康に関する知識と実践力を備えることが、顧客に対する説得力ある提案力の向上につながるとの考えに基づいている。また、職場単位で体操や意見交換を行うことにより、自然なコミュニケーションの創出や組織の一体感醸成にも寄与している。  これら一連の継続的な取組みは、具体的な数値として成果に現れており、運動習慣がある社員の比率は、2023年3月時点の24.7%から、2024年8月には36.3%へと、約1年半で大幅に向上した。社員からは「気分転換になる」、「自身の運動不足に気づくきっかけになった」といったポジティブな反応が得られている。また、職場で一緒に体操に取り組むことがコミュニケーションの潤滑油となり、組織の活性化にも寄与している。  健康応援ミーティングは、健康経営優良法人(ホワイト500)の評価項目である社員教育への対応として機能しているほか、全世代での運動機能チェックを含む継続的な安全配慮の姿勢が、「SAFEコンソーシアムアワード」の受賞においても高く評価された。今後は単なる情報提供の場ではなく、社員が健康を自らの課題として主体的にとらえ、具体的な行動へと結びつける仕組みとして発展させていく。 年齢の壁を超えた戦力としての活躍を支える仕組み  同社が、エイジフレンドリーな施策を推進する背景には、高齢社員を補助的戦力としてではなく、組織運営をになう存在として位置づけていることも理由にあげられる。同社の定年は60歳で、定年後は希望者全員65歳まで、基準該当者を70歳まで継続雇用する。また、役職に定年はなく、意欲と能力があれば年齢に関係なくマネジメント職を継続できる環境を整備している。  本社部門では、コンプライアンスや内部監査など、高度な専門性と経験値が求められる領域で高齢社員が活躍している。これらの分野は長年の実務経験に裏打ちされた判断力が不可欠であり、ベテラン層の知見が組織のリスク管理体制を支えている。なお、61歳以降は週休3日も選択可能となっている。  50代からのキャリア支援としては、50歳前後の社員を対象に「ライフデザイン研修」を実施している。自らのキャリアやライフプランを主体的に再設計する機会を提供することで、モチベーションの維持と長期的活躍を後押ししている。  また、更年期に関するセミナーを実施しており、40代後半から50代の女性社員が直面しやすい健康課題への理解を深めている。特徴としてはセミナー対象を女性に限定せず、管理職の参加は必須とし、職場全体の理解醸成を図り、ベテラン女性社員が安心して働き続けられる環境づくりを推進している。 健康データを活かす予防強化と更年期ケアの拡充  同社では、これまで推進してきた健康経営の成果にとどまることなく、高齢社員の労働災害防止措置をいっそう強化する方針である。その重要な目標の一つとして、社員のパフォーマンス向上および生産性の低下(プレゼンティーイズム)の抑制に積極的に取り組んでいる。  現在、特に注視している課題の一つが「睡眠」である。睡眠不足は注意力や判断力の低下を招き、メンタルヘルス不調や生産性低下のみならず、転倒などの事故リスク増大にも直結する。加齢にともない睡眠の質が変化しやすい高齢社員にとって、睡眠管理は安全確保の基盤である。  そこで、ウェアラブル端末から取得する睡眠データ(レム睡眠や深睡眠の状況など)を活用し、睡眠状態の変化を早期に把握できる体制づくりを進めている。今後はデータに基づく予防的なアプローチをいっそう強化していく方針である。  また、更年期ケアの取組みも高齢期の安全対策の一環として拡充していく。女性の更年期支援を継続するだけでなく、社会的認知が十分とはいえない男性更年期についてもセミナーなどの実施を検討している。  「これまでまだ認知されてこなかった男性更年期についても、理解を広げる機会を設けたいと考えています。性別を問わず、特定の人だけの問題にせず、加齢にともなう心身の変化に対する理解を組織全体で深めることは、不調の見逃し防止や無理のない就労環境整備につながり、結果として事故リスクの低減に寄与すると考えています」(佐橋さん)  「お客さまの健康を守るためには、まず社員が健康でなければならない」という理念のもと、同社の健康管理は福利厚生にとどまらず、労働災害防止はもちろん、同社の事業そのものを支える重要な基盤と位置づけている点が特徴である。人材の長期活躍が求められる時代において、健康と安全を経営の中核に据える姿勢は、持続可能な企業運営の一つのモデルといえるだろう。 ※1 「 健康経営優良法人認定制度」については、経済産業省ホームページをご参照ください。 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html ※2 「SAFEコンソーシアムアワード」については、以下ポータルサイトをご参照ください。 https://safeconsortium.mhlw.go.jp 写真のキャプション 人財開発部人事企画グループ担当部長(専門)の佐橋亮二さん(左)、人財開発部健康経営グループ課長代理の福本衣理さん(右) SOMPOひまわり体操第1弾。キャラクターが親しみやすい ○c株式会社アスポ SOMPOひまわり体操第2弾。座位スタイルを加えた ○c株式会社アスポ 【P29】 立川(たてかわ)談慶(だんけ)いの人生100年時代の歩き方 第3回 真の想像とは?  落語は想像の芸術です。師匠談志(だんし)が掘り起こした噺はなしで、いまはあまり口演されてはいない「幽女買い」という落語があります。  あらすじは、あってないようなものでして、要するに「死後の世界にも吉原があったら」というあくまでも妄想レベルの断片的な想像をコアにして、さまざまなギャグを盛り込んでいく落語です。弟子としてこの落語をいま受け継いでいますが、亡くなったばかりの方を登場させたり、あるいは、「死後の世界でも談志と小さん師匠はまだケンカをしている」とか、「死後の世界は何を食べても死なないから、毒料理のレストランが繁盛(はんじょう)している」など時事ネタをベースに再構築しています。  死後の世界なんて、オカルト的であります。「途中まで行って戻って来た」などという臨死体験を強く訴える人もたまにいますが、一部では話題になるものの、マジョリティにはなりません。ゆえにいくら科学が発達した現代においても可視化されることは決してありません。月の裏側や、大腸の内部などかつては見られなかった領域がどんどん見ることができるようになっているのとはとても対照的です。まして、落語の生まれた江戸時代は医学も天文学も未発達でした。いや、だからこそ「想像」ですべてを補ってきたのでしょう。  ところで、この「補う」という言葉、あらためて噛みしめてみたいと思います。辞書で調べると、「不足を満たす、埋め合わせる」と記されています。レギュラー選手を補う役として補欠選手がいたりしますが、現代のように物質的に満ち足りた暮らしが前提となってしまうと、「補う」という感覚が逓減(ていげん)してゆくのかもしれません。すべてがリアルに手に入る時代なのですから。  落語は「補う」設定ばかりです。「長屋の花見」では酒の代わりに番茶で補ったりします。卵焼きやかまぼこは、それぞれたくあんと大根の漬物で補います。「茶の湯」では「抹茶」の泡を「ムクの皮」(石鹸の代用品)で補ったりします。その最たるメンタリティが狂歌の「貧乏をすれどもこの家に風情あり質の流れに借金の山」という感覚でしょうか。  落語自体がもしかしたら、歌舞伎や芝居を補うような立ち位置に置かれていたのかもしれません。喋り言葉と身振りだけで、お客さんの想像を「補う」感じで成立しているのですから。  そんな思想的バックボーンを落語に持つ日本人だからこそ、本格的コーヒーを補うかのようにしてインスタントラーメンや、インスタントコーヒーを発明したのかもしれません。「補う」という感覚、飽食の時代に必要なのかもしれません。やはり落語はすべての根幹に根づいています。 【P30-33】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第164回 三重県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 65歳へ定年を段階的に引き上げながら70歳超の雇用も検討を進める 企業プロフィール 株式会社三交(さんこう)ドライビングスクール(三重県四市日(よっかいち)市) ▲創業 1961(昭和36)年 ▲業種 各種学校(自動車教習所) ▲従業員数 96人(うち正規従業員数78人) (60歳以上男女内訳)男性(16人)、女性(4人) (年齢内訳)60〜64歳13人(13.5%) 65〜69歳 5人(5.2%) 70歳以上 2人(2.1%) ▲定年・継続雇用制度 定年62歳。定年後は、希望者全員65歳、基準該当者を70歳まで継続雇用。現在の最高年齢者は70歳  三重県は日本の中央部に位置し、海、山、川の豊富な自然に恵まれて、古より「美(うま)し国(くに)」と呼ばれています。観光資源も潤沢で、江戸時代のお伊勢参りから現代のF1グランプリまで、多彩な観光を産業として成立させてきました。県北部に位置する北勢地区は中京工業地帯に属し、四日市の石油コンビナートの化学工業をはじめ、自動車産業や造船などの輸送機械器具製造業のほか、近年は電子デバイス・情報通信機械関連の製品など先端技術型工業の立地が新たな活力を生み出し、日本のものづくりの一端をになっています。  JEED三重支部高齢・障害者業務課の浅井(あさい)雅裕(まさひろ)課長は、支部の取組みについて次のように語ります。  「県内企業から、人手不足や採用難に対応した高齢者の活用対策についてお問合せをいただいています。当支部では、ハローワークと連携して取組みを展開するとともに、社会保険労務士、中小企業診断士などの専門的・実務的能力を持つ方々を70歳雇用推進プランナーとして委嘱し、各企業の課題に対応した制度改善提案などに取り組んでいます」  同支部で活動するプランナーの河合(かわい)恵美(えみ)さんは、労働と社会保険の専門知識と豊富な経験を活かして、県内企業の高齢者雇用をサポートしています。今回は、河合プランナーの案内で、「株式会社三交ドライビングスクール」を訪れました。 四日市と名古屋で自動車学校を運営これまでの卒業生は約20万人  三交ドライビングスクールは、三重県四日市市で「四日市自動車学校」を、愛知県名古屋市で「名四(めいよん)自動車学校」を運営している会社です。両校は各都道府県公安委員会の指定を受けた自動車教習所で、60年以上の歴史がある名門の教習所です。各種自動車の運転免許教習を通じて、安全かつ確かな運転技術をはじめ、命の大切さや運転の責任を伝え、これまでに三重県および愛知県に約20万人の卒業生を送り出し、日本の交通安全を支えてきました。  また、高齢者講習や企業向けの安全運転講習にも取り組んでおり、地域の交通安全センターとしての役割もにない、両県の事業所や地域の人々から親しまれています。  今回訪れた四日市自動車学校は、三重県下で唯一、すべての自動車運転免許が取得できる総合自動車学校で、二輪専用コース、四輪曲線コース、踏切、二種鋭角コースなど各種免許取得のための設備が整備されていて、その広大さにも驚きました。 定年年齢を段階的に65歳へ定年後の働き方は柔軟に対応  同社の従業員数は96人。そのうち、69人が運転技術や交通ルール、安全に関する知識を指導する教習指導員です。従業員の平均年齢は45歳。最年少者は18歳、最高年齢者は70歳で、50代以上の従業員が全体の4割近くとなっています。  同社で人事を担当する総務企画室部長の北端(きたばた)真一(しんいち)さんは、「教習指導員になるには、国家資格が必要で、入社後数カ月間は教養を受け、指導方法や実技を学びます。研修期間は平均6カ月ほどで、資格取得後は指導員として少しずつ経験を積んでいきます。人材育成が肝心ですので、若い人材の教育研修やフォローアップに注力していますが、経験豊富な世代の方々も活き活きと働くことができる環境を整備することもとても大事だと感じています」と力を込めて話します。  同社は、2024(令和6)年に定年制度の改定を行い、60歳からの段階的な定年年齢の引上げをスタートしました。2024年から2年ごとに1歳ずつ引き上げ、2032年4月から65歳定年となります。改定は、親会社である三重交通グループホールディングス株式会社の取組みを参考にしながら、労働組合と協議のうえ実現しました。  定年後については、希望者全員65歳、基準該当者を70歳まで契約社員として継続雇用する制度としました。  自動車教習所は夜間にも授業があることから、正社員の教習指導員には変形労働時間制を採用し、勤務は交番制となっています。契約社員は、それまでにつちかった知見や経験、取得した資格を活かして定年前と同様の働き方を希望する人もいれば、短時間勤務を希望する人もいるため、本人と北端部長とで話し合い、なるべく希望に沿う働き方ができるように努めています。  「日中の勤務を望まれる場合は、日中に実施している高齢者講習を担当してもらっています。一方で、定年後はプライベートを充実させたいという人もいて、昼間は趣味などの活動をして、夕方から出社して夜間の授業のみ担当している人もいます」と北端部長。このように高齢社員の希望に寄り添い、柔軟に対応しています。 70歳超の雇用についてJEEDに相談  そうしたなか、指導員として活躍する契約社員に70歳に近づく人が出てきたことから、「70歳以降の雇用制度について検討を始めたなかでハローワークで紹介してもらった、JEED三重支部高齢・障害者業務課に連絡をし、ご相談したい旨をお伝えしました。2025年7月のことです。ほどなくして、河合プランナーが当社を訪問してくださいました」と北端部長。70歳超の雇用について制度化が必要か、個別の契約でよいのかなど模索しても、70歳超の雇用は事例が少なく、とりわけ自動車教習所の事例はみつからなかったこともあり、まずは知識や情報を得たかったと話します。  河合プランナーは当時の訪問について、「お話をうかがって現行の就業規則を拝見し、70歳までの就業確保措置の基準が設けられていることから、70歳以降についても仕事をベースとする基準を設ける方法をはじめ、体力などの個人差やそれぞれの事情に応じて、70歳からは1年ではなく半年契約にするといったことなどを、他企業の事例も参考にしながらお話ししました」とふり返ります。  北端部長はこれらをふまえて、教習指導員の働き方について安全第一を基本に掲げつつ、どのような雇用形態にすることが一人ひとりの活躍をうながすのかなど、検討を重ねており、この取材後にも労働組合と話合いを経て最終判断をしていきたいと話していました。  また、年齢の高い従業員が増えてきたことなどから、同社では健康経営を推進し、すべての従業員が身体的にも精神的にも健康に働ける会社づくりに取り組んでおり、「健康経営優良法人2025(中小規模法人部門)」の認定※1を受けています。日ごろの健康づくりとしては、社内でゴルフコンペを開催しているほか、三重交通グループ主催の「ソフトバレーボール大会」に参加しています。学生時代にバレー部やラグビー部に所属していた北端部長もソフトバレーボールのチームに入り、体を鍛え続けているそうです。  今回は、勤続47年のベテラン教習指導員で、定年後も活き活きと仕事に取り組む和田(わだ)恭一(きょういち)さん(70歳)にお話をうかがいました。 「し・あ・わ・せ」の4文字を胸に天職と思える仕事に力を発揮し続ける  和田さんは、1980(昭和55)年4月に入社して勤続47年目。おもに教習指導員として、人材育成の管理職も務め、当時の制度で56歳のときに役職定年となり、再び現場の教習指導員に。60歳で定年を迎え、以降は契約社員として指導員を継続。65歳になったとき会社と相談のうえ、高齢者講習の指導員となり、現在も活躍しています。「現場の仕事が好きなので、会社からの提案をありがたく感じて引き受け、現在に至っています」と、にこやかに話す和田さんです。  和田さんの入社当時、教習指導員になるための資格取得の方法は現在と少し異なり、まず半年間は研鑽を積んだそう。資格取得後も指導員として現場で経験を積みながら、指導のために普通自動車第二種免許や大型二種免許、けん引免許などを取得。また、高齢者講習指導員の資格もいち早く取得しました。  「車が好きでこの道に進み、基本的に人も好きですから、指導員は天職だと思っています。『合格しました! ありがとうございます』と感謝の言葉をいただける、ありがたい仕事です。普通免許の取得時に私が教習を担当した女性が、今度は高齢者講習にいらして、何十年ぶりですがお元気な様子を拝見できうれしかったです」  高齢者講習の指導員として力を発揮する現在の働き方は週5日、8時45分から実働7時間勤務。高齢者講習は、認知機能検査(対象は75歳以上)と高齢者講習があり、講習は70〜74歳と75歳以上の2種類。和田さんはいずれも担当しています。  指導員に長くたずさわるなかで和田さんがずっと大事にしているのが、「しあわせ」の4文字といいます。「『し』は真剣に、『あ』は愛情を持って、『わ』は分け隔てなく、『せ』は節度を持って。安全で確かな技術を伝える教習指導員は、節度が必要です。でも、愛情も大事。それも、分け隔てなく、というのが私の信念です」と和田さんは説明してくれました。  北端部長は、「和田さんは、私を教習指導員として育ててくださった元上司です。技術だけでなく、大切なことをたくさん熱心に教えていただいたことを忘れていません。長い年月が経ちましたが、変わらずはつらつとした表情で仕事をされていて、感心するばかりです」と語り、70歳超の雇用について考えるようになったきっかけの一人が和田さんだったと明かしました。  和田さんは、「北端部長が現場に気を配って働きやすいように考えてくれますし、長年働いてきて本当によい会社だと思います。健康に気をつけてもう少し、無理はせずに仕事ができればありがたいです」と笑顔で語ってくれました。  今回の取材を終えて河合プランナーは、「初訪問でうかがったときから雰囲気のよさと、北端部長が現場の方々からお話を聞き、制度づくりに反映することに努めている様子が印象的でした。今回は、和田さんと北端部長のお話を再びうかがうことができ、人を大事に育てて活かしている環境が代々に受け継がれてきた会社なのだと思いました」と同社を評し、そうしたことが新卒者の採用や従業員の定着率の高さにつながっているのではないかと続けました。  「私自身、長く指導員を務めてきて7年ほど前から総務・人事を担当しています。現場もわかるので、よりよいルールや環境づくりをしていくためにいろいろ見聞きしながらやっています。なかなか追いつかないところもありますが、前へ進めていきたいと思います」と北端部長。少人数の人事部門で多忙な毎日が続いていますが、挑戦を続けています。  河合プランナーは取材後も、社内でプロジェクトチームを立ち上げて自主的な基準づくりを進めていくといった他社の成功事例や、JEEDの「高年齢者活躍企業事例サイト※2」などを案内して、同社の今後の取組みにも期待を寄せていました。 (取材・増山美智子) ※1 「健康経営優良法人認定制度」については、経済産業省ホームページをご参照ください。 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html ※2 「高年齢者活躍企業事例サイト」は、以下のホームページをご覧ください。 https://www.elder.jeed.go.jp 河合恵美 プランナー アドバイザー・プランナー歴:5年 [河合プランナーから] 「人手不足や従業員の高齢化とその活用に悩む企業は多いと感じます。また、社会貢献や就労意欲の高い高齢者の方が増え、多様な働き方への対応がますます求められてきていると感じます。高齢者雇用の推進に向けた橋渡し的な役割がになえるよう、労働・社会保険諸法令の改正事項について、できるかぎり平易な言葉で説明するとともに、企業が抱える高齢者雇用の課題に寄り添ったアドバイスを行うことに努めています」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆三重支部高齢・障害者業務課の浅井課長は、河合プランナーについて「やさしく親しみやすい人柄と、特定社会保険労務士として幅広い知見を持ち、相談・助言や提案の際は、なるべく専門用語やむずかしい言葉を使用せず、趣旨がわかりやすく伝わるよう工夫されています。訪問先からの評判もとても高く、当支部にとって欠かせないプランナーの一人です」と紹介します。 ◆三重支部高齢・障害者業務課は、JR 紀勢線、近鉄名古屋線の「津」駅から徒歩約15 分の「津公共職業安定所」2階にあります。 ◆同県では、7人のプランナーが活動し、2024年度は制度改善提案を目標80件に対して108件、相談・助言を目標318件に対して324 件行いました。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●三重支部高齢・障害者業務課 住所:三重県津市島崎町327-1 津公共職業安定所2階 電話:059-213-9255 写真のキャプション 三重県四日市市 株式会社三交ドライビングスクールが運営する「四日市自動車学校」(写真提供:三交ドライビングスクール) 北端真一総務企画室部長 高齢者講習の指導員として、取材当日も講習を行う和田恭一さん 【P34-35】 第114回 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは  吉澤立元さん(73歳)は、大手製パン会社でパンづくりの道を歩み続け、退職後はパンの製造と販売を手がけるお店を立ち上げた。70 代となった現在も、パン職人として早朝から工房に立つ。近所の人たちにおいしいパンを届けたいという願いを胸に、生涯現役を目ざす吉澤さんの挑戦が続く。 ベーカリーランド北大塚 店主 吉澤(よしざわ)立元(たつもと)さん 祖父から受け継いだモノづくりのDNA  私は東京都北区(きたく)で生まれ、いまも生まれた場所で暮らし続けています。地元の高等学校を卒業し、大学は工学部で学びました。大学の卒業を目前にした1975(昭和50)年は円高不況の年でした。希望していた化学系企業の求人が少なく、仕方なく製薬会社を就職先に選びました。その会社から内定をいただきあいさつに出かけてみると、労使紛争の真っ最中で会社全体が騒然としていました。あわてて内定を辞退、あらためて応募したのが大手製パン会社でした。父が苦労して大学に進学させてくれましたので、安定を求めたのだと思います。  私の祖父は埼玉県行田市(ぎょうだ)しで足袋(たび)をつくっていました。行田市の足袋産業は300年の歴史があります。祖父は商売を広げて東京都の浅草(あさくさ)に店を出したのですが、関東大震災ですべて焼け落ち、財産の一切をなくしました。私の父が物心のついたころには商売の栄華は跡形もなく、父の苦労は並大抵ではありませんでした。大手製パン会社に入社したのは、父を安心させたいという思いと、祖父のモノづくりのDNAが私に流れていたからかもしれません。  私が入社した製パン会社の発祥の地は千葉県で、当時一番大きかった工場に配属され、パン職人の第一歩を踏み出しました。  現在は都内の豊島区(としまく)北大塚(きたおおつか)に店舗を構え、地域の人においしいパンを届け続けている吉澤さん。とつとつと語りながらも、パンづくりの話になると言葉に熱がこもる。この人がつくるパンはやさしい味がするに違いない。 パンづくりに魅せられて  入社してすぐにパンの製造ラインに配属されました。まったく知らない世界ですから、先輩たちの背中を追いかけて仕事を覚えました。立ち仕事だったので仕事はきつかったのですが、同期が20人近くいたのでみんなでワイワイやり、仕事は楽しかったです。幸い体力に自信がありましたから、20年近く現場で働き続けることができました。20代後半で家庭を持ち、仕事に対するモチベーションも上がったので、よい時代を過ごせたと感謝しています。  40歳になってはじめて都内の工場へ転勤を命じられました。仕事はやはりパンの製造ラインです。それから2年ほど経ったとき、業績が落ちていた北海道札幌市(さっぽろし)の子会社の立て直しにたずさわりました。過剰な設備投資が経営を圧迫していたようですが、高い機械を導入しなくてもおいしいパンはつくれるのです。その会社の人たちとていねいに話し合い、新しい商品を生み出すなどして3年で軌道修正することができました。苦労もありましたが、従業員や街の人の人情が厚かったので、札幌時代には楽しい思い出がたくさんあり、もう少しここにいたいと思ったほどです。  吉澤さんは「パン製造技能士1級」と「製菓衛生師」という資格を持つ。高い技能と知識を有していることの証である。思わず「すごいですね」と声をかけたら「たいしたことありません」と、さらりといなされた。 起業という次のステップへ  札幌の次は、大阪が勤務地となりました。このころは製造ラインを離れて管理の仕事をするようになりましたが、単身赴任が続いてつらい時期でもありました。大阪から横浜、そして本社に戻り、社内のパン学校の講師を担当しながら、新製品の提案や品質管理などにたずさわりましたが、60歳の定年を前にして、大手製パン会社を退職しました。  これからどうしようかと思ったとき、頭の中をよぎったのは消費者の顔がみたいということでした。ずっと工場の中でパンをつくってきたので、自分がつくったパンを消費者のみなさんはどんなふうに迎えてくれるのか知りたくなったのです。そして何よりも、「自分はこれからどこでパンを買えばよいのか」と考えたとき、自分の店を開くという結論にたどり着きました。退職する前から物件を探すなどの準備を進めていたので、退職後ほとんど間を置かずに新しい自分の店をつくりました。当初は、都内の文京区(ぶんきょうく)でオープンし、そこで7年間店を続けました。その後縁あって現在の場所に移りました。開店にあたりこだわったのは「品質」の二文字でした。  パンの製造には手間暇がかかり、小さな店舗では単価での勝負はできない。「パンがおいしいのがあたり前の世の中だから、他店と差別化を図るためには品質にこだわるしかない」と吉澤さん。起業して13年経ったいまも、その思いは変わらない。 つくるよろこびに支えられ  最初の店舗は広かったので、一人では切り盛りすることができず人を雇っていました。経営もなかなか大変で、もっと小さな規模でよいから本当につくりたいパンを一人でつくろうと思うようになりました。そして、いまの店舗でそれが実現し、一人で細々と続けています。例えば、カスタードクリームやチョコ、カレーやスイートポテトなど、手前みそになりますが、自分でつくればおいしくできあがるのです。自分でつくれないのは粉だけです。  以前は、多いときには60品ほどつくっていましたが、いまは菓子パンや総菜パン、ドーナツなど40品ほどつくっています。  朝一番早いのはパン屋のおじさん≠ニいいますが、実際、パン屋の朝は早いです。朝5時には家を出て、6時にはお店に入って仕込みを始めます。現在は開店日を週3日にしました。長く働くための工夫です。 生涯現役を目ざして  人生100年といわれる時代に、さて自分はいくつまで働けるだろうかと考えることもあります。まずは健康が大事と思い、散歩や腕立て伏せ、腹筋を継続しています。晩酌は1合ほど、オンとオフの変化をつけることも心がけています。「青春とは人生のある期間ではなく心の持ちようだ」という言葉に共感し、お客さまとコミュニケーションがとれる、いまの生活に感謝しています。お客さまからいただく笑顔と言葉の数々を書き留めて、折にふれ読み返して自らを励ましています。  若いころはよく一人旅に出ましたが、最近はコンサートや落語、芝居、映画とオフの時間を楽しんでいます。若いときのように夢中で働くのではなく、日々の楽しみのなかに、働くことがあればと思うようになりました。  思えば長い間、パンと向き合ってきました。パンは生き物です。温度や時間、発酵など生産工程の一つひとつをていねいに行うことでパンの生地が活かされます。「おいしいパンを食べたい」というお客さまの期待に応えられるよう、今日も工房に立とうと思います。 【P36-39】 高年齢者活躍企業コンテスト 受賞企業の軌跡 第4回 菱木(ひしき)運送株式会社(千葉県八街市(やちまたし))  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)と厚生労働省との共催で毎年開催している「高年齢者活躍企業コンテスト※1」。高齢者雇用の推進に資する事例を広く募集し、優秀な事例を表彰しており、その内容は、毎年本誌で紹介しています。本連載では、かつてコンテストで厚生労働大臣表彰を受賞した企業を取材し、その後の取組みの進化・深化をレポートします。第4回は、2011(平成23)年度に優秀賞を受賞した菱木運送株式会社を取材しました。 「安心安全」を第一に掲げてドライバーの負担軽減に尽力 1 大臣表彰の栄誉とたしかな仕事の実績がX字回復の力になる  千葉県八街市に本社を構える菱木運送株式会社(菱木(ひしき)博一(ひろかず)代表取締役社長)は、「平成23年度高年齢者雇用開発コンテスト」で厚生労働大臣表彰優秀賞を受賞した。2008(平成20)年に65歳定年制を導入したことや、ドライバーの安全を確保するためには、トラック・バス・タクシー運転者の長時間労働の是正や健康確保、交通安全を目的に厚生労働省が制定した告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下、「改善基準告示」)※2の遵守が欠かせないと考え、そのためのツールを独自に開発しトラックに搭載して、適正な運転時間と休憩時間を実現したことなどが受賞につながった。  菱木社長は、「表彰式には当社の会長を務める私の母と私、当時まだ小学生だった息子の3世代で出席しました。その息子は、他社勤務を経て現在は当社でさらに経験を積んでいます。運送業界では、よく後継者不足といわれますが、とてもうれしいことです。受賞後は多くのメディアに取り上げていただいたり、セミナーなどで当社の取組みを発表する機会をいただいたりするなど、さまざまな経験をさせてもらいました」と大臣表彰がもたらした栄誉をふり返る。  それから15年。同社の歩みは決して順調ではなかった。受賞当時、65歳を超えても働く意欲を持った従業員の職務を創出するために、本業の運送業務に加えて、ペットフードの検査や箱詰め、梱包作業、リサイクル事業にも取り組んだが、コロナ禍を境に、これらの事業から撤退を余儀なくされた。運送業務にもその撤退が影響して受注が減少、売上げが激減した。  「そのときに支えになったのが、どんなときでも法令を守って取り組んできた仕事の実績と、厚生労働大臣表彰を受けた栄誉です。そうした状況にあるなか、トラックドライバーの時間外労働に年間960時間の上限規制が適用されるという、いわゆる『2024年問題』が注目されるようになりました。当社では、独自開発したアプリを活用して法令遵守を実現しており、2024(令和6)年からの規制にも早くから対応ができていましたから、そのことを理解してくださったお客さまなどからの紹介などで仕事が増えていき、立ち直ることができたのです。つらい経験もしましたが、きちんと仕事を続けていれば、それをみてくださるお客さまはいるのだという自信にもなりました」(菱木社長)  近年の運送業界は、労働時間の上限規制などへの対応とともに、ドライバーの担い手不足が重なるなど課題が山積みといわれる。そうしたなか同社では、大臣表彰を受賞する3年ほど前から、ドライバーをサポートする独自の労働時間管理システムを開発・導入し、ドライバーが運転に集中できる労働環境の整備に努めて事故の減少と法令遵守を実現した。このシステムは、大臣表彰の受賞後、新たな機能が追加されたり、より使いやすくなるように改良が重ねられたりして「乗務員時計」という、スマートフォンのアプリに進化した。高齢のドライバーからも「ストレスなく運転に集中できる」、「仕事の疲れが残らなくなった」などと好評だ。  大臣表彰から15年、同社の軌跡を追った。 2 運転の安全を確保するために法令遵守を心に誓い、労働時間管理ツールを開発  菱木運送は、1971(昭和46)年に現社長の父が創業し、2026年に設立55周年を迎えた。おもにペットフードや建築資材を東北方面、関東圏、関西方面などへ運送している。  現社長が2代目として同社を引き継いだのは、大臣表彰を受賞した年より11年前の2000年のこと。先代が急な病に倒れ、長男の博一さんが社長に、次男が専務に、母親が会長になった。  菱木社長は、規模の拡大を追求するのではなく、従業員と一体で歩むことを念頭に事業運営に取り組み、とりわけ安全第一の観点から労働環境の改善に取り組んできた。  「当時、トラックドライバーの仕事は、どれだけ走るかをドライバーの裁量に任せている会社が多数を占め、法令遵守を前面に掲げている運送会社はあまりなかったように思います。しかし、私は安全な運転を実現するためには、『改善基準告示』を守ることが欠かせないと考え、労務管理を確実に実行することが肝要だと思いました。ドライバーが運転しながら『改善基準告示』を守るためには、それをサポートする仕組みやシステムが必要です。そこで、デジタルタコグラフ※3と連携した労働時間管理ツールを開発するために、メーカーに提案して取り組んだのが最初の一歩でした。社員は『先代のためにも2代目に協力しよう』と受けとめてくれたようでした。私がみなさんから信頼を得るためにも、この挑戦を貫き、どんなときでも当社は法令違反をせず、ドライバーがより安全に安心して働ける環境をつくっていこうと覚悟を決めて取組みを進めました」(菱木社長)  ドライバーとしての経験もある菱木社長のアイデアを具体化して、デジタルタコグラフのメーカーとやりとりを重ねてできあがった労働時間管理ツールは、ツールの指示にしたがって休息や仮眠を取りながら運転を続ければ、結果として法令の基準を守ることができるというもの。従来のデジタルタコグラフは、1日の運行の記録を運行管理者が確認して、守れていない個所があればドライバーを指導するためのツールだった。しかし、新ツールは、ドライバーが運転しやすいように休憩時間を示すなどのサポートが目的。菱木社長は、「基準を守らせるためではなく、ドライバーが運転しやすいようにサポートすることが目的です」と強調する。  現場で使用上の課題などが出てくるとそのたびにメーカーと相談して改善を重ね、開発に着手してから現在まで約18年が経過した。このツールは社用のスマートフォンにインストールされるアプリに進化し、腕時計のようなものだと思ってもらえるように「乗務員時計」と名づけられた。  例えば、2024年4月の改善基準告示の改正により、トラックドライバーは「連続運転4時間ごとに最低30分(10分以上の分割可)の休憩」が義務化されたことに対応し、乗務員時計は、4時間走行すると休憩を取るようにと音声でドライバーに教えてくれる。また、トラックドライバーの長時間労働の要因として、荷待ち・荷受けの待機時間の削減が急務となっているが、菱木社長は待機時間の自動集計にも取り組み、待機時間を「見える化」した。「当初はドライバーが待機しはじめたときにアプリを操作する必要があったのですが、操作できない状況のときもあるため、これを改善し、待機の経過時間をリアルタイムで管理・把握できるようにして、そのデータとともに荷主へ改善を提案することができるようになりました。改善の提案や当日の連絡は、ドライバーではなく、待機時間を把握できている会社から行い、ドライバーの負担の軽減にもつなげました」(菱木社長) 3 乗務員時計により「楽になった」、「安心して仕事ができる」と従業員から好評  現在、同社の従業員数は32人。60歳以上の従業員は6人で、全員がドライバーである。最高齢者は71歳。同社は2008年に定年を65歳に引き上げ、定年後は、社長の判断によって70歳までの雇用が可能としていたが、70歳を超える従業員がいる実態をふまえて、2026年2月に、「70歳を超えても会社が必要と認めた場合は1年ごとの契約により働くことが可能」とする制度にあらためた。  同社で働いているドライバーは、乗務員時計や同社の労働環境についてどのように感じているのだろうか。ベテランドライバーお二人からお話をうかがうことができた。  小笠原(おがさわら)暢(みつる)さん(60歳)は、29歳のときに菱木運送に入社して勤続30年を超えた。大型車で千葉県から茨城県へ、おもに飼料になる原料などを運ぶ仕事を担当している。  「乗務員時計は、社長が開発に苦労しながら完成させた過程も知っていますので、本当に画期的ですばらしいツールができたと感心しています。このツールがなかったときは、自分で休憩時間を考え、メモしたりしていました。いまは休憩時間を音声で教えてくれるのでとても楽になりました。ドライバーとして安全第一で仕事に専念できていると感じています。操作についても負担に感じたことはありません。  また、アプリは退勤時に翌日の出勤時間を教えてくれます。勤務間インターバルの基準によりそれより早く出勤をすることができないので、仕事のことを気にせず家で休むことができ、十分な睡眠や自分の時間が取れるようになりました。疲れが残らなくなったのも、このアプリのおかげだと思っています。今後も安全運転を心がけ、健康に気をつけてドライバーとしてなるべく長く働いていたいと思います」  平山(ひらやま)信宏(のぶひろ)さん(62歳)は、ドライバー歴42年。野菜の運搬や宅配などの仕事を経て、以前から働いてみたいと思っていた菱木運送に入社して18年になる。現在は、建築資材などを日帰りで運搬する仕事を担当している。  「60歳までは、車中泊のある長距離を担当していましたが、病気をしたことや年齢も上がってきたこともあり、会社の配慮で日帰りでできる近距離の仕事を担当するようになり、体力的にかなり楽になりました。もっとも大事にしているのは事故を起こさないこと。年齢が上がるにつれて気を引き締めています。  乗務員時計は、最初は時間に拘束されているような気がしてプレッシャーに感じましたが、いまは反対にきちんと休憩できるようになり助かっていると感じます。安心して仕事ができる環境になったと思います。荷卸しに長時間待たされると会社から荷卸し先に連絡してもらえますので、ドライバーが気をもむことがなくなりました。時間に追われないような仕事内容であればこの先も続けられると思いますが、安全第一ですので、まずは定年の65歳を目途に気を引き締めてしっかり仕事に臨みたいと思っています」 4 「定年65歳」は、運転業務について自分で技術や体力を確認する機会  菱木社長は、「単に運送ではなく、運送サービスという観点でお客さまに選ばれる仕事をすること、ドライバーが安全運転できる運行管理を行うこと、その環境を整えるのが会社の仕事です。当社はそこにツールを導入しました。結果的に、事故件数の減少とともに、健康診断の結果について同業他社に比べて当社の社員は良好との評価をもらうようになりました」と取組みの成果をあげる。  労働環境の改善は、ツールの導入だけでない。同社にはいま、人力で荷物を積み下ろしする仕事はない。ドライバーの負担を軽減する目的で、取引先に提案して実現したそうだ。  定年65歳を大臣表彰時から変えていないのは、65歳の節目を運転業務を確認する機会として残しておきたいと考えているからだという。「技術や体力はドライバーが判断しますので、それを尊重します。そして、ドライバーを続ける場合も乗務員時計は役立ちます。日ごろのデータからそれぞれの仕事の個性が読みとれますので、得意なことが活かせる仕事に就いてもらえるように話すことができます」と話す菱木社長。  同社において高齢社員の存在は、「会社のすべてを知ったうえで働いてくれている、信頼できる大きな存在です」と菱木社長は評価し、「社会に必要とされる会社でありたい。この思いを大切にして、人材に合わせた会社づくりを継続します」と力強く語った。  アイデアマンの菱木社長には、新たなアイデアがある。高速道路のサービスエリアや一般道の「道の駅」などに、「24時間利用できる自動点呼機器を設置する」ことだ。「体調不良時に血圧などの健康チェックができると、健康に起因する事故の抑止になります。高齢ドライバーにとって、こうした設備があることが安心につながると思います」。ドライバーの安全への菱木社長の思いはどこまでも深く、よりよい施策へと進化し続けている。 ※1 2020(令和2)年度までの名称は「高年齢者雇用開発コンテスト」 ※2 詳しくは厚生労働省ホームページをご参照ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/index.html ※3 デジタルタコグラフ……トラックの速度の変化や走行距離、時間などをデジタルデータとして記録できる運行記録計 ★ 本誌2025年11月号の「高齢者に聞く生涯現役で働くとは」で、同社社員の方を紹介しています。ぜひご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202511/index.html#page=60 写真のキャプション 菱木博一代表取締役社長(手にしているのは高年齢者雇用開発コンテストの表彰状) 菱木運送株式会社本社 勤続30年超のトラックドライバーの小笠原暢さん トラックドライバー歴40年超の平山信宏さん 【P40-43】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第93回 労働条件変更による定年制の導入、適性判断目的の有期雇用と試用期間 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 定年制導入にあたっての注意事項について教えてほしい  定年制を明確に定めていなかったのですが、これから導入をしようと思っています。導入にあたって注意すべき点はありますか。 A  導入方法については、就業規則の変更による方法と合意による方法がありますが、いずれにせよ、労働者の理解を十分に得て導入することが必要です。 1 定年制の合理性  多くの企業においては、60歳定年制が導入されており、継続雇用制度をもって65歳までの雇用を維持するという方法が一般的となっています。  その意味では、定年制を就業規則や労働契約に定めておくことは、合理的なものとして有効であると認められているといえます。  例えば、過去の判例においても、「俗に『生涯雇用』といわれていることも、法律的には、労働協約や就業規則に別段の規定がないかぎり、雇用継続の可能性があるということ以上には出ないものであつて、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできない」ということを前提にしたうえで、「停年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるものであつて、一般的にいつて、不合理な制度ということはでき」ないと判示しており(最高裁昭和43年12月25日判決、秋北(しゅうほく)バス事件・上告審)、定年制自体が不合理な制度とはされていません。  したがって、労働契約の締結当時から、定年制を導入ずみの場合には、高年齢者雇用安定法が定めるように60歳以上の定年制度を採用しているかぎりは、有効に適用することができます。 2 定年制を既存の労働者に適用する場合  定年制が定められていない状態から導入をしようとする場合、既存の労働者に対して、就業規則の変更によって適用することになります。  就業規則の変更による場合、変更内容に労働者にとって不利益となる内容が含まれている場合には、就業規則の変更に合理性が必要となります(労働契約法第10条)。ここでいう合理性については、労働契約締結前から導入されている場合において求められる合理性(労働契約法第7条)とは異なるものであり、合理性の評価においては、変更による不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、そのほかの事情に照らして、合理的なものであることが求められます。  労働契約法第7条において求められている合理性は、ここでいうところの、内容の相当性に類似するものであり、そのほかの事情と照らすことまでは求められていません。  最高裁昭和43年12月25日判決(秋北バス事件・上告審)においては、定年制を就業規則の変更により導入することについても判断がなされており、定年年齢が業界の実情に照らして低いものではないこと、再雇用の特則が用意されていること、多くの労働者が定年後に嘱託として再雇用されることを認めていること、などをふまえて、就業規則の変更が有効であると判断されています。  現在の法規制などに照らせば、高年齢者雇用安定法が定める60歳を超える定年制度であり、かつ、継続雇用制度も導入している場合には、多くの点で判例の状況と類似することとなり、また、労働者との交渉状況などが整っているのであれば、就業規則の変更による導入は認められやすいと考えられます。  就業規則の変更による導入にあたっては、多数の労働者が賛同していることが変更の合理性を裏づける要素になりやすいため、そのような対応が重要でしょう。 3 合意による定年制の導入  最後に、合意による労働条件変更により定年制を導入する方法もあります(労働契約法第8条)。しかしながら、労働者の同意を得れば足りるか、という点については、注意が必要です。  過去の判例において、賃金や退職金に関する労働条件の変更に関して、「労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」と判断されており(最高裁平成28年2月19日判決、山梨県民信用組合事件)、近年、下級審を中心として、賃金や退職金以外の重要な労働条件についても同趣旨の判断を行うことが増えています。  定年制の定めがない労働契約を締結している労働者との間で、あらためて65歳を定年とする定年制を導入することについて、山梨県民信用組合事件を引用したうえで、「定年制の有無及びその年齢も、契約締結当時64歳の原告の場合には、やはり賃金と同様に重要な労働条件である」として、労働者の自由な意思に基づく同意が必要と判断している事件があります(京都地裁平成29年3月30日判決)。  このように個別の合意により定年制を導入しようとした場合、合意を試みた労働者との関係性でのみ、変更合意の有効性が判断されることになる結果、就業規則の変更による場合とは異なり、ほかの労働者が合意に至っていたか否かという事情が影響しにくいといえます。  労働者の自由な意思に基づいて同意を得たか否かについては、同意獲得までのプロセスとして、情報提供や説明の回数、その内容、労働者からの意見の反映や検討およびフィードバックの有無などが考慮されることになると考えられますので、個別の労働者との関係で定年制を導入するにはていねいなコミュニケーションが必要になると考えておくことが適切でしょう。 Q2 1年間の有期雇用を経て正社員として雇用契約を結び直す運用に問題はありますか  当社は、正社員採用を希望する者について、1年間は有期雇用契約を締結したうえで、1年間の間に特段問題が生じなければ、正社員として雇用しています。このような運用には問題がありますか。なお、ほとんどの者が1年後には正社員として採用されています。 A  契約後1年間は試用期間であると判断され、1年後に雇用契約を終了させた場合、解雇や本採用拒否の問題となる可能性があります。本採用拒否は、合理的な理由があり、社会通念上相当といえる場合でなければ有効とはなりませんので、雇止めと考えて安易に雇用契約を終了させると無効となるおそれがあります。 1 試用期間  採用活動においては、履歴書、面接、試験などのかぎられた情報によって、労働者の採否を判断しなければなりません。そのため、採用活動において適性を把握しきれない場合も多く、実際に働かせてみなければわからないこともあります。そこで、雇用契約において、労働者の適性を評価・判断するために一定の期間を設定することがあります。これが試用期間と呼ばれるものです。なお、試用期間の法的性質は、解約権留保付きの雇用契約と解されています。 2 本採用拒否と雇止め  使用者が、労働者が適性を欠いていたことを理由に、試用期間満了時に、本採用を拒否した場合、その適法性は、通常の解雇と同様の枠組み(@客観的に合理的な理由とA社会通念上の相当性)により判断されています。なお、試用期間満了時の本採用拒否は、解約権留保の趣旨から、通常の解雇よりも適法性が緩やかに解されています。  他方で、有期雇用契約は、期間満了時に雇用契約が終了することが予定されていることから、原則として期間満了時の雇止めは有効となります。ただし、労働契約法第19条によれば、有期雇用契約が過去に反復して更新されたことがあり、社会通念上、雇止めが無期雇用の解雇と同視できる場合や、有期雇用契約の更新について合理的な期待がある場合には、解雇と同様の枠組み(@客観的に合理的な理由とA社会通念上の相当性)により適法性が判断されます。  本採用拒否と雇止めでは、判断構造が異なるため、簡単に比較することはできませんが、試用期間満了による本採用拒否のハードルの高さを懸念して、実質的には求職者の適性を判断するための期間(試用期間)であるにもかかわらず、形式的に有期雇用契約として契約書を取り交わしているケースが見られます。Q2の事案もそのようなケースの一つです。 3 適性判断目的の有期雇用の問題点  神戸弘陵(こうりょう)学園事件(最高裁平成2年6月5日判決)によれば、使用者が新規採用に際して雇用契約に期間を設けた場合、「その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は……試用期間であると解するのが相当である」と判示しています。  つまり、前記判例によれば、たとえ使用者が、1年間などの期間を定めた有期雇用契約の形式を採っていたとしても、そのような形式を採った趣旨(期間を定めた趣旨)が、当該期間において、労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、その実質を重く見て、使用者労働者間の労働契約の法的性質を無期雇用契約としたうえで、当該1年間等の期間を試用期間であると判断されることになります。 4 TBWA HAKUHODO事件(東京高判令和7年4月10日)  試用期間か有期雇用かが争われた最近の裁判例としてTBWA HAKUHODO事件があります。この事件は、Bの紹介により、Y社にて、2022(令和4)年2月1日から、雇用期間を1年間、年俸450万円とする契約社員として勤務していたXが、2023年7月22日、労働者たる地位の確認などを求める訴訟を提起したものです。雇用契約における期間の定めが試用期間を定めたものであるかが争点となりました。  裁判所は、@Y社では、従前、正社員として採用する者に対して、原則として最初の一年間は契約社員として有期雇用契約を締結し、期間経過時点で適任と認められた者にかぎり、無期雇用契約を締結して正社員として雇用する方法を採っており、これを変更した2019年5月以降も、一定の場合には同様の採用方法を採ることが可能であったこと、A本件オファー面談の際、Y社の人事局長CがXに対し、本件労働契約における1年間の期間の定めが試用期間を設けるものであり、1年後には正社員となる旨の説明をしたこと、BXはこれをふまえて内定を受諾し、雇用契約が成立したこと、CBが紹介してY社に契約社員として入社した者のうち、1年後に正社員にならなかった例はないことなどの事実を認定し、「これらの事情からすると、本件労働契約における1年間の期間の定めについては、Xの適性を評価・判断する趣旨・目的で設けられたものと認められるから、……試用期間である」として、雇用契約における期間の定めが試用期間を定めたものであると判断しました。 5 まとめ  実質的には試用期間であるにもかかわらず、形式的に有期雇用として契約書を取りかわしている事例は実務上もみられます。企業の労務担当者の思いとしては、ミスマッチがあった場合に低リスクで早期に退職させたいといったところでしょう。しかしながら、上述の通り、たとえ有期雇用の形式をとっていたとしても、実質的にみて当該有期雇用の期間を設けた趣旨・目的が、労働者の適性を評価・判断するためのものである場合には、原則として試用期間と判断されます。上記の裁判例(TBWA HAKUHODO事件)でも、実態が重視され、有期雇用ではなく試用期間である旨が認定されています。  そうすると、たとえ有期雇用の形式をとっていたとしても、実態が試用期間であれば、当該期間の満了をもって契約終了を告げても、雇止めとしては評価されないため、結局、リスクを低減させることにはなりません。むしろ、有期雇用との認識のもと、違法な契約終了が横行してしまう可能性もあります。  したがって、企業として、入社後一定の期間、労働者の適性を評価・判断する期間を設けたいという意向のもと、一定の期間を設けるのであれば、有期雇用ではなく、試用期間として設定すべきでしょう。 【P44-45】 諸外国の高齢化と高齢者雇用 第5回 韓国、東南アジア諸国 独立行政法人労働政策研究・研修機構 人材開発部門 副統括研究員 藤本(ふじもと)真(まこと)  世界でもっとも高齢化が進行している国が日本であることは、読者のみなさんもご存じだと思いますが、高齢化は世界各国でも進行しており、その国の法制度に基づき、高齢者雇用や年金制度が整備されています。本連載では、全6回に分けて、各国における高齢者雇用事情を紹介します。第5 回は韓国と東南アジア諸国です。 シニア層の高い就業率・高い貧困率――韓国  日本のように法律で定年年齢を定める仕組み(法定定年制)は、東アジア・東南アジアの国々に多く見られます。大韓民国(以下、「韓国」)では、従来「雇用上の年齢差別禁止および高齢者雇用促進法」において、「事業主は、定年を定める場合、60歳以上になるよう努力しなければならない」と規定されており、多くの企業は55歳または58歳を定年年齢としていました。しかし、2013(平成25)年4月に右記法律の改正案が国会で可決され、60歳以上の定年が義務づけられることとなりました。この義務化は、2016年に従業員300人以上の事業所および公共機関で、2017年には従業員300人未満の事業所でも施行されました。  改正法はまた、定年延長による企業の負担増に配慮し、「定年を延長する事業主と労働組合は、賃金体系改編等の必要な措置を講じなければならない」と規定し、立法過程では、一定年齢を超えた場合、賃金を削減する代わりに定年保障、定年延長や雇用延長を行うという「賃金ピーク制」の導入を義務づける議論もありました。しかし法案には明記されず、労使の自主決定に委ねられました。政府は、賃金ピーク制を導入した事業所や、賃金ピーク制の適用を受け、賃金が削減された労働者に対して、補填手当を支給しています。  韓国のシニア就業者数は年々増加を続け、55〜64歳人口の就業率は2025(令和7)年に70%を超えました。2024年の65歳以上人口の就業率は38.2%で、OECD(経済協力開発機構)に加盟する諸国のなかでもっとも高い数字です。しかしシニア就業者数の増加に、60歳法定定年制の導入はさほど影響を与えていないと考えられます。というのは、企業は60歳定年制を実施しているものの、実際には「名誉退職」などといった形で60歳に到達する前に勤務していた企業を退職する労働者が多いためです。2023年の韓国における調査では、55〜64歳の就業経験者がもっとも長期間勤務した会社を辞めたときの平均年齢は、49.4歳という結果となっています(ジン 2024)。  韓国の年金支給開始年齢は現在63歳であるため、60歳到達前に企業を退職した人々の多くは生活費を稼ぐために再就職や自営業者としての活動を行います。しかし、シニア労働者の再就職機会として多いのは、以前の勤務先の給与水準を大きく下回る非正規雇用や清掃・警備・宅配などの単純労働です。また50歳以上で自営業に転換した人々の48.8%は、月平均所得が最低賃金水準に達していません(ハンギョレ新聞2025)。こうした就業状況から生じているのはシニア層の高い貧困率(国民の所得中央値の半分に満たない人々の割合)で、66歳以上の貧困率は40.4%とアメリカ(22.8%)や日本(20.0%)の約2倍に達しています(OECD 2023)。  高い貧困率や雇用と年金の非接続への対応として、労働組合は法定定年の65歳への延長を求めています。しかし経営者側は定年延長が実現した際の人件費増加を懸念しており、再雇用制度の活用や賃金ピーク制の拡大を強く主張しています。 高齢化に向けた制度基盤整備進む――東南アジア諸国  一方、東南アジア諸国で法定定年制を実施しているのは、シンガポール、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどです。タイやインドネシアでは、法定定年年齢は設けられていません。  シンガポールでは「退職・再雇用法」が、55歳になる前に雇用されたシンガポール市民、永住権保持者に適用されます。現在は63歳が法定定年年齢で、2030年までに65歳まで引き上げられることとなっています。また退職・再雇用法は、健康で意欲のある労働者に対して定年後に再雇用契約を申し出る義務を企業に課しており、その期間は5年です。  マレーシアでは「2012年最低退職年齢法」により、民間企業における法定最低定年年齢は60歳と定められており、年齢を理由とした60歳未満の解雇は原則禁じられています。  ベトナムでは2021年施行の改正労働法に基づき法定定年年齢の段階的な引上げが行われており、現在は男性が61歳6カ月、女性が57歳です。最終的に、男性が2028年に62歳、女性が2035年に60歳となります。  フィリピンでは、労働法302条と共和国法第7641号により、「強制定年年齢」が65歳に定められており、企業はこの年齢に達した従業員に対し、定年退職を義務付けることができます。  法定定年年齢のないタイでは、ヨーロッパ諸国と同様に、公的年金の受給開始年齢が企業における定年設定の目安となっており、現在は55歳を定年とする企業が多くを占めます。同じく法定定年年齢のないインドネシアでも、年金受給開始年齢が実質的な定年の基準として扱われています。この年齢は2022年に58歳に決められ、以降3年ごとに1歳ずつ引き上げられており、2043年に65歳になる予定です。  東南アジア諸国の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は、タイが約15%、シンガポールが約14%、フィリピン、ベトナム、マレーシアは5〜9%台と、東アジア諸国に比べると高齢化は進行していません(世界銀行 2024)。ただ、タイやシンガポールはすでに高齢社会(高齢化率14%以上)に突入しつつあり、出生率も急速に低下しつつあることから、これから東アジア諸国と同程度かそれ以上のスピードで高齢化が進むことが予想されています。東南アジア諸国の政府は来たる超高齢社会(高齢化率21%以上)に向けた制度的基盤を整えつつある段階といえますが、今後は@高齢者が生計に必要な収入を得ることができる年金制度や労働市場の整備、Aリスキリングなど労働市場全体としての生産性向上への取組み、Bより若い年齢層の雇用・就業機会とのバランスの確保が、どの国においても重要な課題になると見られています。 【参考文献】 OECD(2023)"Pensions at a Glance 2023" ジン・ソンジン(2024) 「高齢者労働市場の現状と教育訓練」、北東アジア労働フォーラム報告 世界銀行(2024) 'Population ages 65 and above - Country rankings' https://www.theglobaleconomy.com/rankings/elderly_population/South-East-Asia/ ハンギョレ新聞(2025) 「『退職を余儀なくされ自営業へ』50歳以上の半数、最低賃金も稼げず」、2025年3月24日紙面 【P46-47】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第66回 「過重労働対策」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「過重労働対策」について取り上げます。この用語の明確な統一定義は、じつはありません。しかし、厚生労働省の「『過重労働による健康障害防止のための総合対策について』の一部改正について」※1をみると、「労働者が疲労を回復することができないような長時間にわたる過重労働を排除していくとともに、労働者に疲労の蓄積を生じさせないようにするため、労働者の健康管理に係る措置を適切に実施」とあり、“過重な労働の排除”や“健康管理措置”がキーワードといえます。次に、過重な労働とは何かについてですが、同資料で「長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、さらには、脳・心臓疾患の発症と関連性が強い」とあるように“長時間労働”がキーワードとなります。これらから、過重労働対策は「長時間労働など過重な労働による疲労蓄積を防ぎ、健康管理措置を適切に講じる取組み」とまとめられます。 社会問題としての過重労働と過労死  過重労働は、健康障害のみならず過労死という結果につながることもあり、関係者のみならず社会的にも大きな損失を招くため、適切な対策をとるのはあたり前の行為と現在では考えられています。しかし、社会的課題としての対策がとられだしたのはそれほど昔のことではありません。  過労死は、過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)の第2条で「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう」と定義されていますが、この法律の制定は2014(平成26)年といまから10年ほど前のことです。しかし、長時間労働が招く過労死という用語自体は1970年代から使われていたといわれ、海外メディアでも“Karoshi”という用語が使われているくらい国際的にも日本の社会問題として注目されていました。ところが、日本国内では1989(平成元)年のころに“24時間戦えますか”というフレーズが流行する※2など、長時間労働はむしろ“美徳(びとく)”とする風潮があり、過重労働や過労死の問題に対するとらえ方はいまよりも緩いものでした。そこからさまざまな訴訟や2013年5月に国際連合の社会権規約委員会※3が日本の過労死や長時間労働に対して対策をとるよう勧告するなどの動きを経て、同法の制定に至ることになります。その後は、2016年に政府の働き方改革実現会議が発足し本格的な議論が始まり、2018年には通称「働き方改革関連法」が成立するなどして、過重労働対策が大きく進んでいくことになります。 長時間労働の抑制が対策の本丸  過重労働の原因については、長時間労働だけではなく、ストレスやハラスメント※4、人間関係の負荷など広くとらえられています。しかしながら、疾患や過労死等の因果が強いといわれている長時間労働対策がおもに法律的にも定められています。  代表的なところをあげていくと、一つめは時間外労働の抑制です。脳・心臓疾患の発症前1カ月間におおむね100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされ、これらの時間は過労死ラインともよばれています。36協定※5の特別条項でも規制されている時間であるため、企業および労働者は、これらの時間を超えないようにすることはもとより、健康管理のためにも時間外労働を可能なかぎり抑制していく必要があります。  続けて二つめは、勤務間インターバル制度です。これは、終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みで努力義務とされています。休息時間については現状では法的に明確な規制はありませんが、EUの労働時間指令※6が24時間につき最低連続11時間の休息期間を付与するとあることから、日本でも11時間が目安といわれています。  三つめは、労働時間の状況把握です。これは、労働安全衛生法により2019年4月から企業に義務づけられています。ポイントとなるのは把握する方法で、原則はタイムカード・ICカード・パソコン等の使用時間などの客観的な方法で把握しなければならない点です。把握した労働時間の状況から毎月1回以上、一定の期日を定めて時間外・休日労働時間を算定し、月80時間超えの労働者がいた場合は労働者本人に速やかに通知するよう定められています。 過重労働対策は依然として重要な課題  最後に、統計から過重労働対策をとりまく状況を確認したいと思います。『令和7年版 過労死等防止対策白書』(厚生労働省、2025〈令和7〉年10月)をみると、週労働時間40時間以上の雇用者に占める週労働時間60時間以上の雇用者の割合(時間外労働80時間以上の雇用者の割合に近い)は、2003年17.9%であったものが2019年10.9%、2024年8.0%の状況で、明確に減少していることがわかります。しかし、業種別にみると、2024年で製造業4.9%、情報通信業5・8%に対して、運輸業・郵便業17.7%、宿泊業・飲食サービス業15.1%と業界により大きなばらつきがみられます。  過重労働の是正は、行政も強い姿勢を示しています。労働基準監督署(労基署)※7の臨検監督の徹底に加え、厚生労働省は2015年に長時間労働対策を目的とした特別部署・チーム「過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)」を設置し、違法な長時間労働に対する高度な捜査や労基署の管轄を超えた調査・勧告などに対応しています。労働時間に関する取り締まりは年々厳しくなっているという声がある一方で、例えば、「長時間労働が疑われる事業場に対する令和6年度の監督指導結果」をみると、労働基準関係法令違反があった事業場のうち42.4%が違法な時間外労働に関するもので、うち時間外・休日労働の実績がもっとも長い労働者の時間数が1カ月あたり100時間を超えるものは28.4%、150時間を超えるものは5.8%、200時間を超えるものは1.1%など、過重労働を撲滅するまでにはまだまだ越えなければならないハードルがありそうです。  次回は「女性活躍推進法」について取り上げます。 ※1 2008(平成20)年3月7日、基発第0307006号、都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3741&dataType=1&pageNo=1 ※2 もともとはコマーシャルの音楽で使われていたフレーズで、1989年の流行語大賞にもノミネートされている ※3 社会権規約委員会……「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の実行を確保するために国際連合に設けられた機関 ※4 パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、カスタマーハラスメントなど。「ハラスメント」については、本誌2023年4月号参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202304/index.html#page=58 ※5 「36協定」については、本誌2025年12月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202512/index.html#page=50 ※6 EU労働時間指令……EU 圏内の労働者の安全や衛生を守るため、労働時間や休息について定めたもの ※7 「労働基準監督署」については、本誌2026年1月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202601/index.html#page=54 【P48-51】 TOPIC 「治療と就業の両立支援指針」が策定 ―2026年4月より企業の努力義務に― 一般社団法人仕事と治療の両立支援ネットーブリッジ 服部(はっとり)文(ふみ) T はじめに  2026(令和8)年4月から、改正労働施策総合推進法の施行により「治療と就業の両立支援」が企業の努力義務となりました。社内での対応は始まっていますか?  今回の見直しでは、これまで対象とされてきたがんや難病などの疾患にかぎらず、くり返し治療を要するすべての疾病が対象となりました。そのうえで、治療と向き合いながら働く人を、企業はどう支えていくのか、あらためて問われています。高齢社員に対する就業機会の確保が強化される現代社会において、企業が治療を要する社員への対応に迫られるケースはますます増えていくでしょう。制度として大きな一歩を踏み出そうとする一方で、「何を、どこから、どう進めればよいのかわからない」という声も聞かれます。法改正の内容を理解するだけで終わらせず、どのような取組みが企業にとって役立ち、意味があるのか。まずは、現状をふり返るところから始めましょう。 U なぜいま「両立支援」の法制化なのか  治療と就業の両立支援は、今回の法改正で突然始まった取組みではありません。厚生労働省は2016(平成28)年2月の「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」初版以来、改訂をくり返しながら、企業に対して方向性を示してきました。人事・産業保健の現場でも、「両立支援」という言葉自体はすでに珍しいものではなくなっています。  それでもなお、「実際に社員が病気になると、どう対応していいかわからない」、「制度は知っているが、使いこなせていない」と感じている企業は少なくありません。その背景には、両立支援が制度として存在している一方で、現場で機能する形までには落とし込まれていない現状があります。  これまで両立支援は「特定の事情を抱えた一部の社員が復帰する際の一時的な対応」ととらえられがちでした。ちょうど育児や介護に労力を要する一時期に、仕事の負荷を軽減して両立を図るのと同様、病気になった社員が一定の治療期間を終え、以前と変わりなく働けるようになるまでの段階的な復帰プランだと考えられる傾向にあります。そのため、制度や書式を整えておけば、治療が終わったときに一定のルートで自動的に機能するとの思い込みも根強く、うまくいかないということが起こります。  実際の現場では、もっと複雑な状況があります。医療の進歩とともに、長期的に、ときには生涯にわたって治療が続くケースも増えており、その影響は人によって大きく異なります。同じ病名であっても、働き方の制限や必要な配慮は一様ではありません。また、治療の経過によって、永続的な能力変化もともなうことも多くあります。こうした「特性の揺らぎの幅広さ」を前提としたきめ細やかな調整を、中長期的に必要とするにもかかわらず、制度や書式だけが先行し、肝心の運用が追いついていないケースが多く見られます。  意欲も能力もある人が、病気をきっかけにその労働力を社会に発揮できなくなることは、本人の生活への影響にとどまらず、労働力人口の減少、社会保障費の増大という形で、社会にも企業にも大きく跳ね返ってきます。つまり、今回の法改正は、現在の両立支援では十分に機能していない状況へのテコ入れだといえるのです。企業に求められるのは、人によって異なる事情や働きづらさを抱える多様な人材を支える仕組みをつくり、就業と両立できる体制にシフトしていくこととなります。 V 改正労働施策総合推進法のポイント  それでは、この法改正によって何が変わるのかを見ていきましょう(図表1)。まず企業には、治療と就業の両立支援を促進するため、必要な措置を講じる努力義務が課されます。そして、適切かつ有効に実施するための指針が整備されます。努力義務であるため、罰則が設けられるわけではありませんが、企業の人材管理において、両立支援が「任意の配慮」ではなく、制度として位置づけられた取組みであることが明確になりました。  厚生労働省は、今回の見直しの背景として、「高齢者の就労の増加」や「医療技術の進歩」をあげています。治療を受けながら働く人はすでに珍しい存在ではなく、今後も増加が見込まれるなかで、働くことで症状を悪化させないこと、そして治療と仕事の両立を可能にすることを、企業と社会全体で支えていく必要がある、という問題意識が示されています。  今回の改正のポイントは、大きく二つに整理できます。 @対象となる労働者・疾病の範囲が大きく広がった  これまで、治療と就業の両立支援は、がんや指定難病、心疾患、肝疾患、脳卒中、糖尿病など、かぎられた疾病をおもな対象としてきました。しかし今回の改正では、主治医の診断により、増悪の防止のために反復・継続した治療が必要で、就業に配慮が求められるすべての疾病が対象とされます。  また、対象となる労働者についても、事業場の規模や雇用形態を問いません。正規雇用にかぎらず、非正規雇用や再雇用の高年齢社員も含めた「疾病を抱えながら就業の継続を図るすべての労働者」が想定されています。この点は、定年退職後の再雇用で非正規社員となることも多く、持病を抱えがちな高年齢者の雇用を考えるうえで、重要な点だといえるでしょう。 A「ガイドライン」が法的根拠を持つ「指針」へと格上げ  もう一つの大きな変更点が、これまで法的根拠のない形で示されてきた「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」が、法律に基づく「指針(大臣告示)」として位置づけられることです。  ガイドラインは、企業にとって「参考となる考え方」ではあっても、対応の優先順位が下がりやすい側面がありました。今回の改正により、両立支援に関する取組みは、これまで示されてきた考え方を制度として整理し直し、事業主が講じる具体的な措置として、より明確に示されることになります(図表2)。指針は基本的に従来のガイドラインを引用した内容となっています。  このように整理すると、今回の法改正は、まったく新しい取組みを企業に求めるものではなく、むしろこれまで求められてきた両立支援の考え方を、より広い対象に、より実効性のある形で定着させようとするものだといえます。  一方で、努力義務として法制化されたことにより、企業は最低限の制度を整えるだけでは不十分になります。治療と就業の両立支援は、書式や制度を整えれば自動的に機能するものではなく、個々の社員の状態に応じた調整を、どのように行うかが問われる取組みだからです。 W 進めたい「企業と医療機関の連携」が進まない現状  治療と就業の両立支援の実行にあたり、企業と医療機関が文書によって情報をやり取りし、働き方の調整を行う仕組みが想定されています(図表3)。法制化にあたり、衆参両院の厚生労働委員会の附帯決議としてもあげられており、この連携が重点課題と目されていることがわかります。  指針上、企業側の連携担当は「産業医が望ましい」とされていますが、いない場合はほかの産業保健スタッフや人事労務担当者が行います。企業は、当該社員の業務内容や勤務形態、利用可能な制度などの勤務情報を文書に整理し、主治医に提出します。主治医は、その情報をもとに、治療の状況や就業可否、必要な配慮などを意見書にまとめ、本人を通じて企業に渡します。企業はその医学的な視点をふまえて、具体的な働き方を検討し、措置を行います。これが、ガイドラインおよび指針に示される基本的な流れです。  しかし、実際の現場では、この流れが円滑に機能しているとはいいがたい状況があります。人事・産業保健の担当者のガイドラインに対する認知度はまだまだ低く、また知っていても「どのタイミングで、どのように医療機関と連携すればよいのかわからない」、「文書のやり取りをしても、十分な情報が得られない」といった声が聞かれます。一方で、医療機関からも「企業から患者の勤務情報が寄せられることは、ほとんどない」、「具体的な勤務内容が把握できない状況で、何を記載していいかわからない」といった戸惑いが語られます。  このように、両立支援の連携が進みにくい背景には、制度が想定する役割分担や手順が、現場レベルで十分に共有されていないという現実があります。企業側は医療機関の判断を待つ姿勢になりがちであり、医療機関側は企業の実情がわからないまま、一般的で抽象的な意見を示さざるを得ません。その結果、復職のための診断書に「デスクワークなら可」、「過度の負担がかからないように配慮を要する」といった表現にとどまり、企業にとっても、どの程度の業務や勤務が可能なのか判断しにくい状況が生まれます。  両立支援は「主治医が働き方を決定する仕組み」ではありません。企業が示す業務内容や働き方が明確になることで、初めて医療の視点からの助言が可能となり、意味を持ちます。 X 両立支援を機能させるために企業が最初にすべきこと  治療と就業の両立支援は、制度や書式を整えれば自動的に機能するものではありません。重要なのは、「だれが」、「どの順番で」、「何を行うのか」を理解したうえで、現場で動かすことです。  まず前提として、両立支援は「本人からの申し出を起点にする」とされていますが、実際には病気を抱えた社員自身が、両立支援の仕組みや手続きを知っていることは多くありません。そのため、本人の申し出を待つだけでは不十分であり、仕組みを知った企業の担当者が、最初に声をかけることが重要になります。「支援を強制する」のではなく、「一緒に働き方を考える選択肢がある」ことを伝え、安心して話せる場をつくることが、両立支援の第一歩となります。  次に必要なのは、本人との十分な話合いです。勤務情報提供書(治療と仕事の両立支援カード)は、単なる事務書類ではなく、業務実態と負荷を整理するためのツールです。職務内容、作業負荷の程度、繁忙期の有無、裁量の幅などを、本人の認識も確認しながら、できるかぎり具体的に書き取ることが求められます。  このプロセスを省略したまま医療機関に文書を届けても、主治医は配慮事項を適切に記載することができません。よく「主治医は患者の状態を把握しているのだから、配慮事項も的確に示してくれるはずだ」と考えられがちですが、これは現実的ではありません。業務上の配慮は、治療内容だけから導けるものではなく、その業務の特性を理解して初めて判断できるものだからです。  さらに、業務特性や社内ルールがわからないまま配慮事項を書くことが「実現できない条件」を並べてしまうことにもつながり、結果として患者本人に不利に働くことを懸念するため、主治医も慎重にならざるを得ないのです。  この点で重要なのが、企業側があらかじめ調整可能な選択肢を持っているかどうかです。新たな指針では、「安易に就業を禁止するのではなく、主治医や産業医などの意見を勘案し、配置転換、作業時間の短縮その他の必要な措置を講ずることによって、就業の機会を失わせないようにすること」と明確に示されています。復職は必ず元の職務に戻るもの、1日8時間勤務は変えられないもの、という前提に縛られていては、両立支援は形だけのものになってしまいます。新たな支援を実施するためには、これまでにない対応を可能にする制度を整備することで、初めて医療の視点からの助言が活きてきます(図表4)。  両立支援とは、「主治医に判断を委ねる仕組み」ではなく、企業・本人・医療機関が、それぞれの役割を果たしながら働き方を調整していくプロセスです。その出発点をになうのは、仕組みを理解し、現場で動かす企業の担当者です。  そのうえで、この取組みは、目の前の就労可否を判断するための一時的な対応にとどまるものではありません。病気と向き合いながら、どのように働き続けていくのかを、本人が主体的に考えていく土台づくりでもあります。企業と医療機関の連携は、そのプロセスを支えるための重要な手段の一つです。制度や書式の整備にとどまらず、本人の状況や思いに目を向けながら、対話を重ねていくことが、両立支援を形骸化させないための鍵となります。 図表1 改正労働施策総合推進法のポイント 改正の目的 ■働くことで症状を悪化させない ■治療しながら働くこと(両立)を推進する 改正の内容 ■事業主に対し、職場における治療と仕事の両立を促進するため必要な措置を講じる努力義務を課す ■当該措置の適切・有効な実施を図るための指針の根拠規定を整備する ■法的根拠のない現行のガイドラインを、法律に基づく指針(大臣告示)に格上げする 対象となる労働者 疾病を抱えながら就業継続を図るすべての労働者(事業場の規模・雇用形態を問わない) 対象となる疾病(負傷を含む) 国際疾病分類※に掲げられている疾病であり、主治医の診断により、増悪の防止等のため反復・継続して治療が必要と判断され、かつ、就業の継続に配慮が必要なもの ※国際疾病分類(ICD):世界保健機関(WHO)が作成した、疾病、傷害、死因などを国際的に統一した分類システム ※厚生労働省、令和7年8月22日、第1回治療と仕事の両立支援指針作成検討会、資料2「治療と仕事の両立支援指針の検討」をもとに筆者作成 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_59681.html 図表2 事業主に求められる両立支援の手順 【平時における環境整備:申し出があれば即対応可能に】  STEP0 基本方針・ルール整備と周知/相談窓口/情報管理/研修(管理職・従業員) ▼(本人の両立支援の申し出)▼ 【支援開始:申し出後の実行フロー】  STEP1 相談窓口による支援希望の受付・情報取り扱い(同意範囲)の確認  STEP2 本人面談(勤務継続の意向・困りごと・業務状況を把握)  STEP3 医療情報の取得(主治医意見・産業医評価)※職場では医学的判断をしない  STEP4 配慮内容の検討(本人希望×医師意見×業務特性)※例:短時間勤務/通院配慮/業務調整/在宅  STEP5 合意形成(内容・範囲・期間・見直し方法を明確にして文書化)  STEP6 就業上の措置実施・職場調整(本人同意の下で必要最小限の共有・偏見防止の環境整備)  STEP7 定期フォローと見直し(病状・治療変化に合わせ、STEP2 へ) ※厚生労働省「治療と就業の両立支援指針」をもとに筆者作成 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001666819.pdf 図表3 厚生労働省が想定する企業と医療機関の連携した両立支援 治療と仕事の両立支援の流れ 「勤務情報提供書」・「主治医意見書」を用いる場合 主治医 @勤務情報提供書 A主治医意見書 労働者 ◎両立支援の申し出 (配慮を受けたいという意思表示) 勤務情報提供書の作成支援 主治医意見書の提出 企業 (産業医等) (人事) B両立支援プランの作成 就業継続の可否や就業上の措置等について、主治医意見書を基に、産業医等の意見をふまえ、労働者と十分話し合ったうえで、事業主が最終的に決定、実施 「治療と仕事の両立支援カード」を用いる場合 主治医 @カード(勤務情報)の提出 Aカード(意見書)の発行 労働者 ◎両立支援の申し出 (配慮を受けたいという意思表示) (企業の産業医等または人事労務担当者等の確認) カードの提出 企業 (産業医等) (人事) B両立支援プランの作成 就業継続の可否や就業上の措置等について、主治医意見書を基に、産業医等の意見をふまえ、労働者と十分話し合ったうえで、事業主が最終的に決定、実施 ※必要に応じて、従来の、勤務情報提供書の提出及び勤務情報提供書に基づく主治医意見書の発行 ※厚生労働省、令和8年1月23日、治療と仕事の両立支援指針作成検討会、第3回資料、資料1「『治療と就業の両立支援指針』の参考資料等について」をもとに筆者作成 https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001639641.pdf p.15 図表4 両立支援に使える休暇・勤務制度 〈休暇制度〉 時間単位の年次有給休暇 労使協定の締結で1時間単位で取得可能(年5日の範囲内) 傷病休暇・病気休暇 入院治療や通院のために設ける 取得条件や賃金支払いの有無は企業判断による 休職制度 雇用契約を持続したまま、長期間の労働義務を免除 雇用形態を問わず休職期間を確保することが望まれる 失効年休積立制度 年次有給休暇を自身の備えとして活用できる 労働者の両立に対する意識啓発にもつながる 〈勤務制度〉 時差出勤制度 始業および終業の時刻を変更 ラッシュを避けて通勤するなど、身体的負荷を軽減できる 短時間勤務制度 所定労働時間を短縮 療養中・療養後の負担を軽減できる 在宅勤務(テレワーク) 場所にとらわれず柔軟に勤務できる 通勤による身体的負荷の軽減が可能になる 試し出勤制度 勤務時間や勤務日数を短縮した試し出勤を行う 長期休業者の円滑な復職につながる 短時間正社員制度 所定労働時間がフルタイムより短い正社員制度 退職者の再雇用制度 療養によりやむを得ず退職した労働者が、就労可能になった際の再雇用の道を拓く(アルムナイ制度・出戻り社員制度) ※筆者作成 【P52-55】 労務資料 第20回中高年者縦断調査(中高年者の生活に関する継続調査)の概況 厚生労働省政策統括官付参事官付世帯統計室  厚生労働省は、2005(平成17)年度から、団塊の世代を含む全国の中高年世代の男女を追跡し、その健康・就業・社会活動について意識面・事実面の変化の過程を継続的に調査しています。このほど、第20回(2024〈令和6〉年)の結果がまとまりましたので、その結果を抜粋してご紹介します。  調査の期日は2024年11月6日(水)。2005年10月末時点で50〜59歳だった全国の男女を対象としており、第20回調査における対象年齢は69〜78歳。調査対象は1万8050人で、回収数は1万7263人。回収率は95.6%でした(編集部)。 1 世帯の状況 (1)世帯構成の変化  この19年間で、「夫婦のみの世帯」の割合は増加、「三世代世帯」、「親なし子ありの世帯」の割合は減少  第1回調査(2005年)から19年間の世帯構成の変化をみると、「夫婦のみの世帯」は、第1回21.3%から第20回48.0%と増加している。一方、「三世代世帯」は、第1回22.4%から第20回9.5%、「親なし子ありの世帯」は、第1回39.7%から第20回22.9%と減少している。  また、第1回の世帯構成別に第20回の世帯構成をみると、「夫婦のみの世帯」に変化した割合は、「親なし子ありの世帯」が46.7%、「親あり子なしの世帯」が45.5%と高くなっている。 (2)日頃から頼りにしている者  第20回(69〜78歳)調査での日頃から頼りにしている者は第11回(60〜69歳)調査と比べて男女ともに「同居していない親族」で最も差が大きい  日頃から頼りにしている者を、比較可能な第11回と第20回とで比較すると、男では、「同居していない親族」が11.3ポイント上昇し、「勤め先の同僚(元同僚を含む)」が4.7ポイント低下している。一方、女では、「同居していない親族」が10.4ポイント上昇し、「同居している親族」が5.6ポイント低下している。 2 健康の状況 (1)健康状態の変化  この19年間で、健康状態が「よい」と思っている者の割合は減少  第1回調査から19年間の健康状態の変化をみると、「よい」と思っている者は、第1回85.0%から第20回74.4%と減少している。  また、第1回の健康状態別に第20回の健康状態をみると、「よい」から「わるい」に変化した割合は19.2%となっている。 (2)健康維持のために心がけていることと健康状態  第1回(50〜59歳)調査から継続して健康維持のために心がけていることについて、健康状態が「よい」と思っている者では、男は「適度な運動をする」、女は「バランスを考え多様な食品をとる」が最も高い  第1回調査から継続して健康維持のために心がけている内容を第20回の健康状態別にみると、健康状態が「よい」と思っている者では、男は「適度な運動をする」が10.1%と最も高く、次いで「食事の量に注意する」「食後の歯磨きをする」の順となっている。また、女は「バランスを考え多様な食品をとる」が15.1%と最も高く、次いで「食後の歯磨きをする」「食事の量に注意する」の順となっている。 3 就業の状況 (1)就業状態の変化  この19年間で、「正規の職員・従業員」の割合は減少、「パート・アルバイト」の割合は減少傾向  第1回調査から19 年間の就業状況の変化をみると、「正規の職員・従業員」は、第1回39.0%から第20回2.1%と減少している。また、「パート・アルバイト」は、第1回17.0%から第20回12.3%と減少傾向となっている(図表1)。  第1回で「仕事をしている」者について、性別に第20回の就業状況をみると、男の「(第1回)正規の職員・従業員」では36.7%が第20回も仕事をしており、「(第20回)パート・アルバイト」が13.7%、「(第20回)労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託」が7.6%と割合が高い。また、女の「(第1回)パート・アルバイト」では28.3%が第20回も仕事をしており、「(第20回)パート・アルバイト」が22.5%と割合が高くなっている(図表2)。 (2)19年前(第1回調査)の60歳以降の就業  希望と現在(第20回調査)の仕事の有無19年前(第1回(50〜59歳)調査)に60歳以降の就業希望がある者で、現在(第20回(69〜78歳)調査)仕事をしている理由は「健康を維持するため」が最も高い  19年前(第1回)の60歳以降の就業希望をみると、「60歳以降も仕事をしたい」と回答していた者は、71.2%となっており、そのうち、現在(第20回)仕事をしている者は41.2%となっている(図表3)(図表4)。  また、19年前(第1回)の60歳以降の就業希望別に、現在(第20回)仕事をしている者の仕事をしている理由をみると、19年前(第1回)に就業希望があった者では「健康を維持するため」が54.9%と最も高く、次いで、「現在の生活費のため」「現在の生活費を補うため」の順となっている。一方、19年前(第1回)に就業希望がなかった者では「健康を維持するため」が52.1%と最も高く、次いで、「社会とのつながりを維持したいから」「現在の生活費を補うため」の順となっている(図表5)。 (3)仕事への満足感  第20回(69〜78歳)調査での仕事への満足感は第6回(55〜64歳)調査と比べていずれの項目でも「満足+やや満足」の割合が増加  仕事をしている者の仕事への満足感を、比較可能な第6回と第20回とで比較すると、いずれの項目でも「満足+やや満足」の割合が増加している。最も差が大きいのは、「就業時間・休日」で6.1ポイントとなっており、次いで「賃金・収入」が5.8ポイントとなっている(図表6)。 図表1 第1回調査からの就業状況の変化 仕事をしている 自営業主、家族従業者 会社・団体等の役員 正規の職員・従業員 パート・アルバイト 労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託 家庭での内職など、その他 仕事のかたち不詳 仕事をしていない 不詳 % 第1回 15.1 4.8 39.0 17.0 3.9 2.2 0.2 17.9 0.0 第5回 15.0 4.2 26.4 17.2 7.9 2.4 0.2 26.7 0.0 第10回 14.4 3.9 10.8 17.7 9.8 2.5 0.1 40.6 0.2 第15回 13.1 3.2 4.2 17.5 6.4 2.6 0.1 52.6 0.2 第17回 12.6 2.8 3.0 15.0 4.9 2.6 0.0 58.7 0.4 第18回 12.0 2.6 2.7 14.5 4.4 2.3 0.1 61.1 0.3 第19回 11.5 2.4 2.5 13.4 3.7 2.3 0.1 63.7 0.3 第20回 11.1 2.5 2.1 12.3 3.5 2.2 0.1 65.9 0.4 図表2 性、第1回の就業状況別にみた第20回の就業状況 (単位:%) 第20回の仕事の有無・仕事のかたち 総数 仕事をしている 自営業主、家族従業者 会社・団体等の役員 正規の職員・従業員 パート・アルバイト 労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託 家庭での内職など、その他 仕事をしていない 性・第1回の仕事の有無・仕事のかたち 総数 (100.0)100.0 33.8 11.1 2.5 2.1 12.3 3.5 2.2 65.9 仕事をしている (82.1)100.0 39.5 13.1 2.9 2.5 14.1 4.2 2.6 60.2 仕事をしていない (17.9)100.0 7.6 2.0 0.3 0.3 3.9 0.5 0.5 91.8 男 (100.0)100.0 42.7 15.3 4.3 3.3 11.2 6.1 2.3 57.1 仕事をしている (95.9)100.0 43.8 15.8 4.4 3.3 11.5 6.3 2.4 55.9 自営業主、家族従業者 (18.0)100.0 67.0 53.3 4.1 1.2 4.9 1.6 1.9 32.9 会社・団体等の役員 (8.2)100.0 53.0 9.4 24.9 4.9 6.5 5.2 1.8 46.7 正規の職員・従業員 (62.5)100.0 36.7 6.8 2.2 3.8 13.7 7.6 2.5 63.0 パート・アルバイト (2.0)100.0 31.8 6.1 - 1.5 16.7 3.0 3.8 65.9 労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託 (3.8)100.0 39.4 8.3 0.8 3.1 14.2 11.8 1.2 60.6 家庭での内職など、その他 (1.2)100.0 39.5 9.9 3.7 1.2 11.1 2.5 11.1 60.5 仕事をしていない (4.1)100.0 16.2 3.6 1.4 1.4 5.4 2.9 1.1 83.5 女 (100.0)100.0 26.5 7.6 1.0 1.2 13.1 1.4 2.1 73.1 仕事をしている (70.8)100.0 34.7 10.0 1.3 1.6 17.0 1.9 2.7 64.9 自営業主、家族従業者 (12.7)100.0 56.8 43.8 1.9 0.8 6.4 0.7 3.2 42.5 会社・団体等の役員 (1.9)100.0 49.1 8.8 23.9 3.1 8.2 0.6 4.4 50.3 正規の職員・従業員 (19.8)100.0 29.6 2.9 0.9 3.7 16.7 2.7 2.5 69.8 パート・アルバイト (29.3)100.0 28.3 1.9 0.1 0.5 22.5 1.3 1.8 71.4 労働者派遣事業所の派遣社員、契約社員・嘱託 (3.9)100.0 33.5 2.2 0.3 2.2 20.3 7.4 0.9 66.5 家庭での内職など、その他 (3.0)100.0 28.3 4.0 - 0.8 10.5 1.2 11.7 71.7 仕事をしていない (29.2)100.0 6.7 1.8 0.2 0.2 3.7 0.2 0.5 92.8 注:「総数」「男」「女」には第1回及び第20回の仕事の有無の不詳を含み、「仕事をしている」には仕事のかたちの不詳を含む 図表3 19年前(第1回)の60歳以降の就業希望の割合 60歳以降も仕事をしたい 71.2% 60歳以降は仕事をしたくない 26.0% 不詳 2.8% 19年 前(第1回)での就業希望 図表4 19年前(第1回)の60歳以降の就業希望別にみた現在(第20回)の仕事の有無 現在(第20回)での仕事の有無 60歳以降も仕事をしたい 現在仕事をしている 41.2% 現在仕事をしていない 58.4% 不詳 0.3% 60歳以降は仕事をしたくない 現在仕事をしている 14.0% 現在仕事をしていない 85.7% 不詳 0.3% 注:第1回での60歳以降の就業希望の有無をそれぞれ100としたときの割合である 図表5 19年前(第1回)の60歳以降の就業希望別にみた現在(第20回)仕事をしている理由(複数回答) 19年前(第1回)に60歳以降での就業の希望ありで、現在(第20回)仕事をしている者 19年前(第1回)に60歳以降での就業の希望なしで、現在(第20回)仕事をしている者 % 現在の生活費のため 47.3 27.4 現在の生活費を補うため 43.0 36.3 生活水準を上げるため 15.2 10.4 自分のお小遣いのため 33.1 35.8 借金の返済のため 6.8 3.0 親族等への仕送りのため 1.7 0.7 将来の生活資金のため 22.8 18.1 子や孫の将来のため 12.1 10.8 健康を維持するため 54.9 52.1 社会とのつながりを維持したいから 41.7 43.4 社会に役立ちたいから 18.9 19.6 視野を広げたいから 9.1 9.3 今の仕事が好きだから 28.9 23.5 家にずっといるのは嫌だから 34.2 34.8 時間に余裕があるから 23.6 30.9 注:第1回での60歳以降の就業希望ごとに、現在(第20回)仕事をしている者で仕事をしている理由に回答のあった者をそれぞれ100としたときの割合である 図表6 第6回(55〜64歳)と第20回(69〜78歳)の仕事への満足感 % 【能力の活用・発揮】 満足+やや満足 普通 やや不満+不満 不詳 第6回(55〜64歳) 32.9 52.2 9.7 5.1 第20回(69〜78歳) 35.1(2.2pt) 52.2 4.7 8.0 【職場の人間関係】 満足+やや満足 普通 やや不満+不満 不詳 第6回(55〜64歳) 32.6 49.5 11.8 6.1 第20回(69〜78歳) 34.9(2.3pt) 49.1 6.6 9.3 【賃金・収入】 満足+やや満足 普通 やや不満+不満 不詳 第6回(55〜64歳) 18.2 36.9 40.7 4.2 第20回(69〜78歳) 24.0(5.8pt) 45.1 23.8 7.2 【就業時間・休日】 満足+やや満足 普通 やや不満+不満 不詳 第6回(55〜64歳) 24.3 47.7 23.2 4.8 第20回(69〜78歳) 30.4(6.1pt) 51.2 10.4 7.9 【仕事の内容・やりがい】 満足+やや満足 普通 やや不満+不満 不詳 第6回(55〜64歳) 37.5 47.1 11.6 3.8 第20回(69〜78歳) 39.3(1.8pt) 48.0 6.6 6.1 注:1)第6回及び第20回で仕事をしている者をそれぞれ100 としたときの割合である 2)( )の数値は、仕事への満足感の「満足+やや満足」の割合における第20回と第6回の差(「第20回」−「第6回」)である 【P56-57】 BOOKS ミドルシニアが活躍する働き方とは?「個人」と「組織」双方の視点から提示 再雇用という働き方 ミドルシニアのキャリア戦略 坂本(さかもと)貴志(たかし)・松尾(まつお)茂(しげる)著/PHP研究所(PHP新書)/1320円  人口減少と急速な高齢化により、日本の企業は人材の確保に困難を強いられている。従来の若手中心の人材戦略の継続がむずかしくなるなか、経験とスキルを備えたミドルシニア層に期待し、制度を整える企業が増えてきている。  本書は、このような社会と企業の変化を背景に、企業はミドルシニア社員にどう向き合っていくのか、個人はミドルシニア期に家計とキャリアをどう考え、選択したらよいのか、「再雇用」という選択肢を中心に、これからの組織と個人が目ざしたい対処法を具体的に示していく。  企業側の視点としては、ミドルシニアを活かすために不可欠となる要素として、「@従業員の多様な働き方を認める」、「A職務や成果などに見合った給与体系とする」、「B厳正な評価を行い、納得と意欲を引き出すマネジメントを確立する」の3点をあげて、企業ですでに取り組まれている代表的な事例を紹介。さらに、70歳雇用時代を見すえ、経営・人事、現場マネジャー、あるいは個人が進むべき方向性についても具体的な処方箋を提示している。  組織と個人の双方にとって、これからの人材活用や働き方、自分らしく選択して働くためのヒントが得られる好著である。 多様な人材の活用が企業成長をうながす。弁護士がわかりやすく解説 ダイバーシティ人事と法実務 中井(なかい)智子(ともこ)・中山(なかやま)達夫(たつお)・仁野(にの)周平(しゅうへい)著/有斐閣(ゆうひかく)/4180円  人手不足の解消には、DXやAIの活用に加えて、高齢者、LGBT、障害者、女性、外国人など、多様な人材の活用が不可欠といわれる。  本書は、「多様性を活かした人事労務に取り組むことは、企業の競争力を向上させる足掛かりになる」として、多様性を活かす人事労務について、法制度・判例をふまえた実務対応と、実際に行われている企業の取組みを、データや資料をもとにわかりやすく解説する。執筆陣は、使用者側の立場から人事労務問題に取り組む、経験豊富な3人の弁護士である。  第1章ではダイバーシティを取り巻く状況を、第2章はLGBT雇用、第3章は障害者雇用と、章ごとに独立した構成で、興味ある章から読み進めることができる。  第5章の高齢者雇用では、高齢者雇用をめぐる三つの裁判例に見られる留意点などを解説するとともに、企業における取組みに向けて、継続雇用の望ましい進め方や、70歳までの就業確保措置の留意点について説明。Q&Aでは、65歳定年後、70歳までの継続雇用制度を設ける際の労働条件についての注意点などを示している。事業主や人事労務担当者が、手元に置いておきたくなる一冊といえるだろう。 労働力不足時代に適合した、新しい日本企業の仕組みを「10の提言」で示す 人が集まる企業は何が違うのか 人口減少時代に壊す「空気の仕組み」 石山(いしやま)恒貴(のぶたか)著/光文社(光文社新書)/1166円  本書は、少子高齢化と労働力不足が深刻化する日本に適合した、新しい日本企業の仕組みを提案する一冊。企業を中心に、労働組合、国・社会に対して「10の提言」を示す。  日本企業の仕組みを変える試みはこれまで何度か行われてきたが、その根本的な仕組みは「変わっていない」と著者は冒頭に記し、その理由は「三位一体の地位規範信仰」にあると分析する。三位一体の地位規範とは、無限定性(正社員総合職という働き方に代表される)、標準労働者、マッチョイズムを意味し、多くの人が信じて疑わない、日本企業の「空気」であるという。しかし、人口減少時代にいよいよこの信仰は崩壊へと動き出すため、すみやかに脱却することをうながし、「10の提言」で新しい仕組みを提案する。例えば企業に対しては、「人事異動における本人同意原則の導入」、「ライフキャリア最優先」を標榜し、お互いさまで助け合う企業文化を醸成する、「出口改革(定年の見直し・退職におけるプロセスの充実)」などの内容で、すでに実現した企業の取組み事例をあげて解説し、説得力のある提案となっている。  人が集まる企業へと自社を変革したい事業主や人事労務担当者らに一読をおすすめしたい。 50歳を超えてなお現役選手として進化し続ける葛西選手。その心技体の整え方とは 限界を外す レジェンドが教える「負けない心と体」の作り方 葛西(かさい)紀明(のりあき)著/集英社(集英社新書)/1067円  本書の著者は、1992(平成4)年のアルベールビル大会に初出場してから2018年の平昌(ぴょんちゃん)大会まで、スキージャンプ選手として史上最多、計8回の冬季五輪に連続出場し、国内外で「レジェンド」と称される葛西紀明さん。2014年ソチオリンピックでは、個人で銀、団体で銅の二つのメダルを獲得した。また、ワールドカップ最年長優勝記録、冬季五輪スキージャンプ最年長メダリストなど七つのギネス記録を保持する。50代に入った現在も選手として活躍し、「9回目のオリンピックも夢ではない」と本書の「はじめに」で自信をのぞかせている。スキージャンプの選手生命は「せいぜい30代まで」とよくいわれるが、そのような言葉にとらわれず、葛西選手はいまなお進化を続けている。  本書は、ランニングをはじめとした練習法や習慣を工夫することで心技体を整え、自らの限界を外すことで進化してきた軌跡と、世代交代が求められるなどの逆風に抗い、年齢を重ねても成果を出し、挑戦し続けるための思考法などを語った一冊。選手兼監督になって学んだことやけがをしないためのストレッチ方法など、中高年のビジネスパーソンが共感し、実践したくなる考え方や体のつくり方も披露している。 新入社員研修にも活用できる、第一線で活躍する42人のメッセージ集 新入社員に贈る言葉 豊かな職場生活のための言葉の花束 経団連出版 編/経団連出版/1650円  本書は、日本のさまざまな分野の第一線で活躍する有識者や著名人が、新たに社会人となる人々に向けた、職業人生へのアドバイスなどをまとめた一冊。1973(昭和48)年の初版以来、定期的に改訂を重ねながら長く刊行されており、毎回、社会で活躍し、影響力を持つ人々がそれぞれの考えや経験をもとに、厳しくも温かいメッセージを寄せている。今回の新版には、42人の言葉がまとめられている。  執筆者には、日本の働き方改革の先駆者であり、本誌にご登場いただいたこともある小室(こむろ)淑恵(よしえ)さんや、「今のあなたの会社、定年まであると思いますか」と問いかける東京大学名誉教授の上野(うえの)千鶴子(ちづこ)さん、「仕事で変わる人生を楽しもう」と綴るキャスターの大越(おおこし)健介(けんすけ)さん、ほかにも企業人、起業家、大学教授、料理人、ヴァイオリニスト、俳優、宇宙飛行士、レスリング選手など各界の第一人者が名前を連ねている。それぞれ4、5ページの短いメッセージながら、職業人としての考え方のヒントとなり、人生の指針となるような言葉が詰まっている。新入社員を迎える立場にある企業の人事労務担当者にとっても気づきが得られるうえ、新入社員研修の参考書として活用もできる良書である。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 厚生労働省 令和7年「就労条件総合調査」結果を公表  厚生労働省は、2025(令和7)年「就労条件総合調査」結果の概況を公表した。常用労働者30人以上の民営企業から約6500社を対象に、労働時間や賃金制度などについて調査を行ったもの。  調査結果から、労働時間制度をみると、「何らかの週休2日制」を採用している企業割合は92.6%(前年90.9%)、「完全週休2日制」は65.5%(同56.7%)となっている。  年次有給休暇の1年間の付与日数(繰越分は除く)は、労働者1人平均18.1日(前年16.9日)、そのうち労働者が取得した日数は12.1日(同11.0日)。取得率は66.9%(同65.3%)となり、1984(昭和59)年以降最も高くなっている。  次に、特別休暇制度をみると、特別休暇制度がある企業割合は60.3%(前年59.9%)。種類別にみると、「夏季休暇」41.5%(同40.0%)、「病気休暇」28.4%(同27.9%)、「リフレッシュ休暇」15.4%(同14.7%)、「ボランティア休暇」7.3%(同6.5%)、「教育訓練休暇」5.4%(同5.0%)などとなっている。  勤務間インターバル制度の導入状況をみると、「導入している」が6.9%(前年5.7%)、「導入を予定又は検討している」が13.8%(同15.6%)、「導入予定はなく、検討もしていない」が78.7%(同78.5%)となっている。 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/25/index.html 厚生労働省 「女性特有の健康課題に関する問診を活用した女性の健康管理支援実施マニュアル」などを公表  厚生労働省は、「女性特有の健康課題に関する問診に係る健診機関実施マニュアル〜健診機関向け〜」と「女性特有の健康課題に関する問診を活用した女性の健康管理支援実施マニュアル〜事業者向け〜」を公表した。  これらは、2025(令和7)年12月に取りまとめられた「労働安全衛生法に基づく一般健康診断の検査項目等に関する検討会」の報告書において、女性の健康課題に関する項目については、一般健康診断問診票に女性特有の健康課題(月経困難症、月経前症候群、更年期障害等)にかかる質問を追加することが適当であり、厚生労働省において、女性特有の健康課題を抱える個々の労働者と事業者をつなぐ観点から、望ましい対応を健診機関向けマニュアル等に示すこととされたことを受けて作成、公表された。  事業者向けのマニュアルは、一般健康診断の機会を活用して、女性特有の健康課題にかかる職場で困っている労働者に対し、事業者で対応したい具体的な対応、職場環境改善の取組みなどをまとめるとともに、代表的な女性特有の健康課題の基本情報や取組みにあたっての留意事項、Q&Aも掲載している。高齢期まで働くことを見すえた女性の健康確保対策として、重視したい内容である。  一方、健診機関向けのマニュアルは、健診機関が女性特有の健康課題があると回答した労働者に対して取ることが望ましい、事業者健診の際の具体的な対応や参考情報が取りまとめられている。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68776.html 中央労働委員会 令和7年度「労使関係セミナー」の基調講演の動画を公開  中央労働委員会は、裁判例や労働法制に関する情報を広く発信し、労働紛争の未然防止および早期解決を図ることや、労働委員会の利用促進を図ることを目的として、「労使関係セミナー」を全国で開催している。そして、その基調講演の動画を一定期間、無料でYouTubeの厚生労働省チャネルで公開している。  公開中の動画は、「令和7年度労使関係セミナー」から、おもに次の講演など。 ●講演「ジョブ型雇用と賃金制度」  講師:濱口(はまぐち)桂一郎(けいいちろう)氏(独立行政法人労働政策研究・研修機構労働政策研究所長) ●基調講演「『労働者』、『使用者』の定義 〜フリーランスの労働者性について〜」  講師:原(はら)昌登(まさと)氏(中央労働委員会東日本区域地方調整委員・成蹊(せいけい)大学法学部法律学科教授) ●基調講演「注目!労働法制の最新動向 〜解雇、雇止め、退職の事例から〜」  講師:中内(なかうち)哲(さとし)氏(中央労働委員会西日本区域地方調整委員・熊本大学大学院人文社会科学研究部教授) ●「過半数代表制と労働組合をめぐる課題 〜労働基準関係法制研究会報告書を読む〜」  講師:國武(くにたけ)英生(ひでお)氏(前北海道労働委員会会長・小樽(おたる)商科大学商学部企業法学科教授) ※公開中の動画の情報は、中央労働委員会のウェブサイトの、お知らせ「労使関係セミナーのご案内」に掲載されている。  https://www.mhlw.go.jp/churoi/ 東京都 令和7年度「地域に貢献! 東京シニア創業者大賞」受賞者決定  東京都は、女性、若者、シニアの地域に根ざした創業の活性化を図るため、金融機関と連携して、信用金庫や信用組合を通じた低金利・無担保の融資と地域創業アドバイザーによる経営サポートを組み合わせた支援を実施している。  この事業を活用して優れた実績をあげているシニア創業者を「地域に貢献! 東京シニア創業者大賞」として表彰しており、2025(令和7)年度の受賞者として大賞1人、優秀賞2人を決定し、表彰式および交流会を開催した。  受賞者と事業概要は次の通り。 【大賞】  阪井(さかい)洋之(ひろゆき)氏(株式会社ナレッジピース)  事業概要:IT分野を中心としたシニア人材向けのコミュニティ運営および、シニア人材を活用した中小企業などのIT改革/DX推進等の支援 【優秀賞】  平川(ひらかわ)日出夫(ひでお)氏(一丸(いちがん)東京)  事業概要:都内の中小縫製工場を中心に連携し、「日本製」にこだわった高品質な女性向けデイリーウェアを提供 【優秀賞】  岩田(いわた)真治(しんじ)氏(さくらサービス東京)  事業概要:位牌・仏壇などの供養品を、宗教的な配慮を大切にしながら、現代の生活事情に寄り添って適切に供養・処分する、終活支援サービスを提供 https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2026/01/2026011504 調査・研究 日本経済団体連合会 「2025年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」を公表  一般社団法人日本経済団体連合会(以下、「経団連」)は、「2025年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果」を公表した。この調査は、1969(昭和44)年から毎年実施している。今回は、経団連会員企業(計1588社)の労務担当役員等を対象として、2025(令和7)年9〜11月に実施した(集計可能回答社数339社)。  調査結果から、女性社員の健康に関するサポート(福利厚生制度等)についてみると、制度などを「導入している」企業は83.1%、「導入しておらず、導入の予定もない」は12.2%、「導入していないが、導入を検討している」は4.7%。次に、「導入している」、「導入していないが、導入を検討している」と回答した企業が実施(検討)している取組み(あてはまるものすべて)についてみると、「生理有給休暇制度」80.5%、「子宮頸がん、子宮体がん、乳がんなどの検診の費用補助制度」66.6%、「不妊治療・通院のための休暇・休職制度」58.7%などの割合が高くなっている。また、女性社員の健康状況に応じた柔軟な働き方に関する具体的な制度(あてはまるものすべて)は、回答割合の高い順に「フレックス勤務、短時間勤務、時間有休など時間的勤務形態の多様化」90.7%、「家族の病気や介護による休暇、仕事との両立を図るための支援」89.6%、「治療・通院と仕事を両立するための柔軟な勤務形態の整備」55.7%などとなっている。 https://www.keidanren.or.jp/policy/2026/002.pdf 日本生産性本部 「第18回働く人の意識調査」結果を公表  公益財団法人日本生産性本部は、「第18回働く人の意識調査」の結果を公表した。  この調査は、組織で働く人を対象に、勤め先への信頼度や働き方に対する考え方などについて、2020(令和2)年5月以降、四半期毎(2023年7月調査より半期毎へ変更)に実施している。  今回は、2026年1月5日〜6日、20歳以上の日本の企業・団体に雇用されている1100人を対象に実施した。  調査結果から、テレワークの実施率をみると、前回2025年7月調査の16.8%から15.4%に微減した。年代別のテレワーク実施率をみると、20代は17.6%、30代は15.1%でともに減少、40代以上は前回同様14.9%となっている。  テレワークの大多数を占める自宅での勤務について、効率の向上を質問したところ、「効率が上がった」、「やや上がった」の合計は、前回調査の82.3%から80.3%へと微減したものの、過去最多となった前回に次ぐ多さとなっている。  自宅勤務を実施していない回答者のうち、自宅勤務制度があれば行いたい(「そう思う」、「どちらかと言えばそう思う」の合計)は、前回調査36.9%から36.4%に微減した。一方、「実施を希望しない」(「そう思わない」、「どちらかと言えばそう思わない」の合計)は、同63.1%から63.5%に微増し、前回に引き続き「実施希望」を上回っている。 https://www.jpc-net.jp/research/detail/007905.html 【P60】 次号予告 5月号 特集 シニア人材が中小企業を元気に! リーダーズトーク 伊井哲也さん(富士通株式会社モダナイゼーションナレッジセンター長) 編集アドバイザー(五十音順) 池田誠一……日本放送協会解説委員室解説委員 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐藤弘太……日本商工会議所産業政策第二部労働担当課長 谷 圭一郎……日清食品ホールディングス株式会社 グローバル人事部次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……明治大学商学部特任准教授、日本人材マネジメント協会理事長 JEED メールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.html であることを確認のうえアクセスしてください。 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 編集後記 ●今号の特集では、「改正労働安全衛生法が施行」と題し、4月1日より施行された改正労働安全衛生法のポイントと、高齢労働者の労働災害防止措置に向けた各種取組みのポイントについて解説しました。  健康寿命の延伸により働くことを希望する高齢者は増えていますが、若いころと比べると、身体機能が衰えていることは否めません。ちょっとした段差で転んでしまったり、その結果、骨折などの大きなけがをしてしまい、仕事から長期離脱をしてしまったりする可能性もあるのです。長い職業生活のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かして会社の戦力として働いてもらうためにも、高齢者が安全に働ける職場環境や安全管理体制の充実は不可欠。高齢労働者が安全に働ける職場は、だれもが働きやすい職場でもあります。本企画を参考に、だれもが働きやすい職場づくりに努めていただければ幸いです。 ●TOPICでも紹介しているように、4月1日からは、「治療と就業の両立支援」の取組みが企業の努力義務となりました。かつては不治の病とされていた病気も、医療技術の進展により治療を続けながら働くことが可能です。労働災害の防止とあわせて、治療と仕事の両立に向けた取組みも推進していただきますよう、よろしくお願いいたします。 月刊エルダー4月号 No.557 ●発行日−−令和8年4月1日(第48巻 第4号 通巻557号) ●発行−−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−−企画部長 鈴井秀彦 編集人−−企画部次長 石井伸明 〒261‐8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●編集委託 株式会社労働調査会 〒170‐0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918 )8618 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください。 【P61-63】 技を支える vol.362 高い技能と豊富な経験で「丸物板金」の難題を解決 板金工 星野(ほしの)浩(ひろし)さん(60歳) 「むずかしくてできないのではないかと思われていた仕事を引き受けて、それがうまくいったときは、やりがいを感じます」 溶接などの高度な技術を持つ「東京マイスター」  上の写真のチタン製のワイングラスとステンレス製のとっくり。いずれも上下に分かれた部品を溶接でつなぎ合わせてつくられており、なめらかな仕上がりを実現している。溶接を手がけたのは、金属加工メーカーの株式会社ナガセで、第二製造部課長を務める星野浩さん。金属の平板(へいばん)を円筒形などに加工する「丸物板金」の高度な技が認められ、2025(令和7)年度の「東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞」を受賞した。 溶接のひずみを抑えなめらかに磨き上げる  1945(昭和20)年創業の株式会社ナガセは、ヘラ絞りや板金を中心とした金属加工を強みとし、食品機器から半導体製造装置、ロケットの先端部品まで幅広く手がける。「手業(てわざ)の最後の砦(とりで)になる」をビジョンに掲げ、職人の技と先進設備を組み合わせた総合力で多様な産業を支えている。  星野さんが所属する第二製造部は、溶接、穴開け加工、研磨などを受け持つ。星野さんは部下4人を指導しながら、多品種小ロットの製品づくりに対応している。  星野さんが得意とする技術の一つがTIG溶接だ。タングステン電極から放電し、その熱で材料同士を溶接する。その際、周囲に不活性ガスを充満させ、熱による酸化やスパッタ(火花)を防ぐことで、ほかの溶接に比べてきれいに仕上げることができる。溶接後は熱で金属が収縮し、板にひずみが生じる。そのひずみをいかに小さく抑えるか。そして溶接後をいかにきれいに仕上げるかが腕の見せどころだ。サンダーで研磨する際の力の入れ具合、角度、研磨剤の選び方は素材によって異なる。磨きすぎて板が薄くなりすぎるとやり直しになってしまう。決められた厚みを保ちながら、触れても接合部がわからないほどなめらかに仕上げるには、長年の経験によってつちかわれた勘が物をいう。  要求がシビアな製品の一つが食品機器だ。針先ほどの微細な孔(あな)でも雑菌が入る危険があるため、溶接の際には不純物が紛れ込まないよう環境にも気を配る。  「品質への要求は年々厳しくなっており、以前は問題がなかった加工が、いまは通用しないこともあります。その要求に応えることが自分たちの役割だと考えています」  星野さんのもう一つの優れた技術は、効率の高い加工方法を開発することだ。例えば、円形部品の外周4カ所に等間隔で穴を開ける工程がある。従来は1カ所ずつ印をつけて穴を開け、ずれがあれば削って調整するため1日がかりの作業だった。そこで、4カ所の穴を同時に開けられるようにする専用の治具を設計・製作した。その治具を使うことで所要時間は1〜2時間に縮まり、精度も向上した。  未経験の依頼に対しても、手順を一から考えて対応してきた。 父の背中が導いた板金の道 自分の経験を糧に後進を育成  父も板金工で、子どものころから仕事場に遊びに行き、機械いじりに親しんで育った。高校卒業後は迷わず板金の会社に就職。スポット溶接、タレットパンチ加工、小物加工と経験を積んだが、「毎日同じ作業のくり返しで、もっといろいろなことをやりたかった」と、27歳のときにナガセへ転職した。多能工化を掲げていた先代社長のもとで、自ら手をあげてさまざまな加工に挑み、幅広い技能を養っていった。  「この会社でいろいろな技術を身につけることができ、いまにつながっていると思っています」  現在は後進の育成にも積極的に取り組んでいる。自身が先輩から技術を教わったのは、先輩が定年間際のわずかな期間で、あとは自分で考えながら身につけるしかなかった。「同じことにならないよう、早めにこちらからアプローチしていかないと」と、部下に実際の仕事を通じて技術を伝えている。65歳の定年まであと5年。一つでも多くの技を若い世代に引き継ぐことがいまの使命だという。  「自分自身も、引き続き技術の向上に努めていきたいと思います」 株式会社ナガセ TEL:042(560)6253 https://www.nagase-shibori.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 部品を回転台にセットしてTIG 溶接を行う。足下のペダルで回転の速さを調整しながら、きれいにつなぎ合わせていく 株式会社ナガセは、高度な金属加工技術で、鍋・釜から航空宇宙部品まで、多岐にわたる製品を手がけている(写真提供:株式会社ナガセ) 銅製の擬宝珠(ぎぼし)。二つの半球を溶接でつなぎ、接合部を磨いてきれいな曲面に仕上げている。工業製品のほか、こうしたオブジェを手がけることも多い 右手にTIG溶接のトーチを持ち、左手の溶接棒を少しずつ送りながら溶接していく。溶接跡がきれいにできている 星野さんが設計した治具。4カ所に均等に穴を開けるのに、従来は丸一日かかっていたが、この治具を使うことで1〜2時間に短縮した 上の写真の治具を使って4 カ所に穴を開けた部品。一度の穴開けで四つの小さな穴がぴたりと合い、穴の位置を後で調整する必要がなくなった 部下が手がけたスポット溶接のできあがりを見ながらアドバイス。実際の仕事を通じて技術の継承を進めている 星野さんのもとで働く若手の二人は、「困ったことがあったときは、星野さんに聞けば解決策を教えてくれます」と答えてくれた 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  中国の北京(ぺきん)大学が行った追跡調査によると、頭を使う余暇活動を行っていると、認知症が発症する割合を約23%低下させることがわかったそうです。クロスワードは頭を使う余暇活動の代表です。漢字を使ったクロスワードを解くことで脳を鍛え、認知症の発症を抑える力を高めましょう。 第106回 漢字ツメクロス 目標3分 マスの外側にある漢字を1回ずつ使い、それぞれの列の空いているマスを埋めて、縦と横で意味のある言葉になるようにしてください。漢字はすべて使います。     製 明 家 屋 所 動  大  公   正     自 活 文  言    部   本 書         音   声   名     大   本 木     場 造 帯     元     状 漢字は脳に好影響をもたらす  「脳と漢字」の関係を調べた研究によると、「漢字を見ているとき」と「仮名を見ているとき」とでは、脳の働いている範囲が異なることがわかりました。漢字を見ているとき、まず脳の視覚野(しかくや)がその形をとらえ、それを文字として認識し、意味や発音を思い出したり類推したりしたうえで、文脈などを考える思考へとつながっていきます。漢字を目で見るだけで、脳内では複雑な作業が始まり、結果として脳への血流が増加しているのです。一方、仮名は基本的に音を表すだけで、文字自体には漢字のような意味がないため、脳には大きな刺激がありません。  このように、漢字を読んだり、書いたり、漢字について考えたりするだけで、脳にとってはよいトレーニングになるのです。特に重要なのが、わからない言葉や知らない漢字を辞書で調べることです。読み方や書き方、そして意味を調べるという行為が、脳にさらなる刺激を与え、神経細胞を活性化させるとともに、知識の広がりもうながします。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。人システム研究所所長、公立諏訪東京理科大学特任教授。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『何歳からでも間に合う脳を鍛える方法』(徳間書店)など著書多数。 【問題の答え】 公明正大自 文言部活動 書本屋音 名家大声 木本場所 製造元帯状 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2026年4月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 『70歳雇用推進事例集2026』のご案内  2021(令和3)年4月1日から、改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業を確保する措置を講ずることが事業主の努力義務となりました。  本事例集では、70歳以上の定年引上げ、70歳以上の継続雇用制度の導入、定年制の廃止を実施した事例を掲載しています。  各事例では、高齢社員の戦力化や賃金制度、安全衛生などについて詳しく紹介しています。 インタビュー形式で掲載 制度改定の経緯や苦労話をインタビュー形式で紹介しています。 検索ガイドを掲載 企業規模や業種を超えた共通の課題に対応した事例を検索することができます。 『70歳雇用推進事例集2026』はJEEDホームページから無料でダウンロードできます https://www.jeed.go.jp/elderly/data/manual.html 70歳雇用推進事例集 検索 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 2026 4 令和8年4月1日発行(毎月1回1日発行)第48巻第4号通巻557号 〈発行〉独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈編集委託〉株式会社労働調査会