特集 改正労働安全衛生法が施行 ―高年齢労働者の労働災害防止措置が努力義務に―  改正労働安全衛生法の施行により、2026(令和8)年4月より、高年齢労働者の労働災害防止措置が企業の努力義務となりました。厚生労働省では、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理などを通して、高年齢者の労働災害の防止を図るために事業者が講じる措置などについて取りまとめた「高年齢者の労働災害防止のための指針」を策定・公表しています。  そこで今回は、改正労働安全衛生法の概要とともに、高年齢者の労働災害防止に向けた事業者に求められる取組みについて徹底解説。生涯現役で働ける職場の実現に向け、ぜひお役立てください。 総論 改正労働安全衛生法による高年齢者の労働災害防止対策について 厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課 1 高年齢者をめぐる現状について  人口動態の変化や高年齢者の健康状態の向上などを背景に、雇用者全体に占める60歳以上の高年齢者の割合は19.1%(2024〈令和6〉年)となっています(図表1)。また、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高年齢者の割合は30.0%(同)となっています(図表2)。  休業4日以上の死傷災害の度数率※1は、加齢に応じ、上昇していく傾向があります。また、休業見込期間を見ると年齢が上がるにしたがって長期間となっています。  事故の型別・性別・年齢層別の度数率では、「墜落・転落」、「転倒による骨折等」において、特に60歳以上で、加齢に応じ著しく上昇する傾向が見られています。  性別・年齢層別の度数率の経年変化を見ると、64歳以下は横ばいですが、特に65歳以上の女性が増加傾向にあります。 2 高年齢者の身体機能と労働災害  中央労働災害防止協会が実施した年齢別の身体機能の測定結果では、加齢とともに評価値が低い者の割合が増加し、60歳以上になるとそれが顕著となります。労働災害の事例を見ると、床に足をとられ、何もないところでつまずき、転倒するなど、身体機能の低下が要因となる災害も見られます。  高年齢者の災害発生率の増加には、業務に起因する労働災害リスクに、加齢とともに進む筋力やバランス能力等の身体機能等の低下による労働災害リスクが付加されていることが大きいと考えられます。 3 高年齢者の労働災害防止対策の現状と労働安全衛生法の改正  厚生労働省では、高年齢者の労働災害を防止するため、「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(令和2年3月16日基安発0316第1号。エイジフレンドリーガイドライン)を策定し、事業者に対し、安全衛生管理体制の確立、職場環境の改善、高年齢者の健康や体力の状況の把握、高年齢者の体力の状況に応じた業務の提供、安全衛生教育の実施等に取り組むよううながすとともに、エイジフレンドリー補助金により事業者が行う高年齢者の労働災害防止対策を支援してきました。  しかしながら、エイジフレンドリーガイドラインの実施状況を見ると、「エイジフレンドリーガイドラインを知っている」事業場は23.1%に留まっています。また、高年齢者の労働災害防止対策に取り組んでいない事業場では、その理由について、「自社の60歳以上の高年齢労働者は健康である」(48.1%)と回答するなど、身体機能の低下による労働災害のリスクへの理解が進んでいない状況が見られています(令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)」)。  このような現状をふまえ、高年齢者の労働災害防止対策をいっそう推進するため、「労働安全衛生法」(昭和47年法律第57号)が改正され、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずることが事業者による努力義務とされ、事業者が講ずべき措置に関し、厚生労働大臣が措置の適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を公表することとされました(施行期日:2026年4月1日)。 4 高年齢者の労働災害防止のための指針の概要と解説  2026年2月10日に「高年齢者の労働災害のための指針」が公表され、同日付け基発0210第1号「『高年齢者の労働災害防止のための指針』について」が示されているところ、その概要については図表3(9ページ)の通りです。各項目の解説については以下に示します。 (1)趣旨  この指針は、「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和7年法律第33号)により事業者の努力義務とされた高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置について、その適切かつ有効な実施を図るため必要な事項を示したものです。  国、事業者、労働者等の関係者においては、一人の被災者も出さないとの基本理念の実現に向け、高年齢者の労働災害を少しでも減らし、労働者一人ひとりが安全で健康に働くことができる職場環境の実現に向けて取り組むことが求められます。  事業者は、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講じるよう努めるとともに、事業場の実情に応じて関係団体の支援を活用し、労働者とも連携・協力して取組みを進めることが重要です。  なお、請負の形式による契約により業務を行う者についても、この指針を参考にして取り組むものであるとされています。 (2)事業者が講ずべき措置  事業者は、次の@からDの事項について、各事業場における高年齢者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、後述の「(4)国、関係団体等による支援」(12ページ)も活用して、実施可能な高年齢者労働災害防止対策に積極的に取り組むことが必要です。 @安全衛生管理体制の確立等  「安全衛生管理体制の確立」においては、高年齢者労働災害防止対策を組織的かつ継続的に実施するために、経営トップによる方針表明および体制整備に取り組むことが求められています。また、安全衛生委員会などを設けていない小規模の事業場においては、高年齢者労働災害防止対策について、労働者の意見を聴く機会などを通じ、労使で話し合うこととしています。なお労働者の意見を聴く機会については、安全衛生委員会のほか、職場で行っている定例の会議や業務ミーティングなども活用できることや、必ずしも会議体の構成をとる必要はなく、安全衛生推進者など、安全衛生方針に基づき指定された担当者などを中心に意見の聴取を実施することも考えられます。  「危険源の特定等のリスクアセスメントの実施」については、高年齢者の身体機能等の低下などによる労働災害の発生リスクについて、災害事例やヒヤリハット事例から危険源の洗い出しを行い、当該リスクの高さを考慮して高年齢者労働災害防止対策の優先順位を検討することとしています。その際、厚生労働省ホームページの「事例でわかる職場のリスクアセスメント」※2や労働災害事例集、ヒヤリハット事例集などを参考にすることができます。また、職場環境の改善などの取組みと安全衛生教育を組み合わせて行うことにより労働災害防止の効果が高まるため、例えば、実際に行った職場環境改善の内容と期待される効果について安全衛生教育に含めることなどが考えられます。  リスクアセスメントの結果もふまえ、次のAからDの事項を参考に優先順位の高いものから取り組む事項を決めます。 A職場環境の改善  「身体機能の低下を補う設備・装置の導入」、「高年齢者の特性を考慮した作業管理」については、身体機能が低下した高年齢者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じることとしており、高年齢者の特性やリスクの程度を勘案し取り組むうえでの留意事項を示しています。例えば、注意力や判断力の低下による災害の防止については、複数の作業を同時進行させるような負担はできるだけ避けることが望ましいですが、複数の作業を同時進行させる場合は、管理監督者が優先順位を判断したうえで作業指示をすることが望ましいことといった共通的な事項があげられます。また、一般に高年齢者は暑さや水分不足に対する感覚機能や身体の調節機能が低下しており、熱中症防止のため、涼しい休憩場所を整備し、利用を勧奨すること、保熱しやすい服装は避け、通気性のよい服装を準備すること、意識的な水分補給を推奨することなどの暑熱作業への対応についての事項が示されています。 B高年齢者の健康や体力の状況の把握  「健康状況の把握」については、以下の例を参考に、高年齢者が自らの健康状況を把握できるような取組みを実施することが望ましいこととしています。 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者が、地域の健康診断など(特定健康診査など)の受診を希望する場合は、必要な勤務時間の変更や休暇の取得について柔軟な対応をすること。 ・労働安全衛生法で定める健康診断の対象にならない者に対して、事業場の実情に応じて、健康診断を実施するよう努めること。 ・健康診断の結果について、産業医、保健師などに相談できる環境を整備すること。 ・健康診断の結果を高年齢者に通知するにあたり、産業保健スタッフから健康診断項目ごとの結果の意味をていねいに説明するなど、高年齢者が自らの健康状況を理解できるようにすること。 ・日常的なかかわりのなかで、高年齢者の健康状況などに気を配ること。  また、「体力の状況の把握」については以下の点に留意することとしています。 ・体力チェックの範囲については、歩行能力などの筋力、バランス能力、敏捷性などの労働災害に直接的に関与するものとし、事業場の実情に応じて全身持久力、感覚機能や認知機能などを含めて差し支えないこと。 ・体力チェックの対象については、身体機能の低下は、20代、30代などの若いころから始まるとの調査結果もあることから、事業場の実情に応じて高年齢者だけでなく青年期、壮年期から体力チェックを実施することが望ましいこと。 ・体力チェックの方法としては、厚生労働省が作成した「転倒等リスク評価セルフチェック票」、独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所が開発したステップテストによる簡易体力測定、質問紙による全身持久力評価の手法、文部科学省が実施している新体力テストなどがあること。 ・体力チェックの評価基準については、評価基準を設ける場合、高年齢者が従事する職務の内容などに照らして合理的な水準に設定し、職場環境の改善や高年齢者の体力の向上に取り組むことが重要であり、また、評価にあたっては、仕事内容に対して必要な能力などがあるかという観点にも留意する必要があること。 ・体力チェックを行う場合には、対象者の状況に応じて高負荷にならないように安全に十分配慮する必要があること。 C高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応  事業者は高年齢者に適切な就労の場を提供するため、職場環境の改善を進めるとともに、職場における一定の働き方のルールを構築するよう努めることを示しています。また、労働者の健康や体力の状況は加齢にしたがって個人差が拡大するとされており、高年齢者の業務内容の決定にあたっては、個々の健康や体力の状況に応じて、安全と健康の観点をふまえた適合する業務を高年齢者とマッチングさせるよう努め、継続した業務の提供に配慮することとしています。 ・高年齢者の業務内容の決定にあたり、労働者の健康や体力の状況に応じた対応が求められるが、在宅勤務が長期間に及ぶと筋力などの身体機能が低下する場合があること。 ・なんらかの疾病を抱えて治療のための服薬をしながら働く労働者については、治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)に基づき取り組むよう努めること。  「心身両面にわたる健康保持増進措置」については、労働者の健康保持増進対策やメンタルヘルスケアに取り組むこととしていますが、その実施にあたっては、以下の対策例に基づき労使が協力して取り組むこととしています。 ・健康診断や体力チェックの結果などに基づき、必要に応じて運動指導や栄養指導、保健指導、メンタルヘルスケアを実施すること。なお、栄養指導や保健指導においては、労働者の個別の状況に応じて指導すること。栄養指導や保健指導を行う際には、食べる量、栄養素について、従来の生活習慣病改善の観点だけでなく、フレイルやロコモティブシンドロームの予防の観点からの指導にも留意すること。 ・身体機能の低下が認められる高年齢者については、フレイルやロコモティブシンドロームの予防を意識した健康づくり活動の実施など、身体機能の維持向上のための支援を行うことが望ましいこと。例えば、運動をする時間や場所への配慮、トレーニング機器の配置などの支援が考えられること。 ・保健師や専門的な知識を有する運動指導の専門家などの指導のもとで高年齢者が身体機能の維持向上に継続的に取り組むことを支援すること。 ・労働者の健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践する健康経営○R(★)の観点から企業が労働者の健康づくりなどに取り組むこと。 ・保険者と企業が連携して労働者の健康づくりを効果的・効率的に実行するコラボヘルスの観点から職域単位の健康保険組合が健康づくりを実施する場合には、連携・共同して取り組むこと。 D安全衛生教育  高年齢者および管理監督者などに対する安全衛生教育の年間計画を立案する際には、単一の災害にのみ焦点を当てるのではなく、腰痛、転倒のような複数の災害を対象としつつ、行動災害一般に共通する教育や、腰痛や転倒に焦点を当てた教育の両方を行うようにすることが望ましいです。また、高年齢者が作業に慣れることで危機意識が薄くなること、体力に応じた作業の危険性などの気づきをうながすことが重要です。  高年齢者に対する安全衛生教育としては、高年齢者が自らの身体機能などの低下が労働災害リスクにつながることを自覚し、体力維持や生活習慣の改善の必要性を理解するため、以下の項目についても高年齢者への教育の一環として周知することが望ましいです。 ・骨密度が低いと転倒した際に骨折しやすくなり、労働災害リスクが高くなること。 ・食事や運動などの適切な対応により骨密度を維持することができること。 ・骨粗鬆症(こつそしょうしょう)検診について、地域で実施している場合もあり、必要に応じて受診できること。  管理監督者への教育としては、管理監督者は、高年齢者が実際に働いている現場を見て、声がけすることなどを通じ、作業に無理がないかなどを把握することも重要です。 (3)労働者と協力して取り組む事項  労働者と協力して取り組む事項については、労使の協力のもと、労働者自身が以下の取組みを実情に応じて進めることが必要です。 ・高年齢者が自らの身体機能や健康状況を客観的に把握し、健康や体力の維持管理に努めること。なお、高齢になってから始めるのではなく青年、壮年期から取り組むことが重要である。 ・事業者が行う労働安全衛生法で定める定期健康診断を必ず受けるとともに、短時間勤務などで当該健康診断の対象とならない場合には、地域保健や保険者が行う特定健康診査などを受けるよう努めること。 ・事業者が体力チェックなどを行う場合には、これに参加し、自身の体力の水準について確認し、気づきを得ること。 ・日ごろから足腰を中心とした柔軟性や筋力を高めるためのストレッチや軽いスクワット運動などを取り入れ、基礎的な体力の維持と生活習慣の改善に取り組むこと。 ・各事業所の目的に応じて実施されているラジオ体操や転倒予防体操などの職場体操には積極的に参加すること。また、通勤時間や休憩時間にも、簡単な運動を小まめに実施したり、自ら効果的と考える運動などを積極的に取り入れたりすること。 ・適正体重を維持する、栄養バランスのよい食事をとるなど、食習慣や食行動の改善に取り組むこと。 ・青年、壮年期から健康に関する情報に関心を持ち、健康や医療に関する情報を入手、理解、評価、活用できる能力(ヘルスリテラシー)の向上に努めること。 (4)国、関係団体等による支援の活用  前述の(2)(9ページ)の事項に取り組むにあたり、厚生労働省で実施する補助金制度や、安全衛生にかかる優良事業場等の表彰などの支援を活用して、積極的に取り組んでいただくようお願いします。 ※1 度数率……100万延べ実労働時間当たりの労働災害による死傷者数をもって、労働災害の頻度を表すもの ※2 「事例でわかる職場のリスクアセスメント」https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/110405-1.pdf ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 図表1 全年齢に占める60歳以上の雇用者数割合 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年 平成29年 平成30年 平成31/令和1年 令和2年 令和3年 令和4年 令和5年 令和6年 6,123万人 60歳以上 1,171万人 60歳以上の割合 19.1% 出典:厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針の策定について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001557878.pdf 図表2 全年齢に占める60歳以上の労働災害による死傷者数割合 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年 平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年 平成29年 平成30年 平成31/令和1年 令和2年 令和3年 令和4年 令和5年 令和6年 135,718人 60歳以上 40,654人 60歳以上の割合 30.0% 出典:厚生労働省「高年齢者の労働災害防止のための指針の策定について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001557878.pdf 図表3 高年齢労働者の労働災害防止のための指針概要 第1 趣旨 労働安全衛生法第62条の2第2項に基づき、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理等、高年齢者の労働災害の防止を図るために事業者が講ずるよう努めなければならない措置に関し、その適切かつ有効な実施を図るため定めたもの。 第2 事業者が講ずべき措置 以下の1〜5に掲げる事項について、各事業場における高年齢者の就労状況や業務の内容等の実情に応じて、国、関係団体等による支援も活用して、実施可能な対策に積極的に取り組むことが必要である。 1 安全衛生管理体制の確立等 ●経営トップによる方針表明及び体制整備 ・経営トップが高年齢者の労働災害防止対策に取り組む方針を示し、対策の実施体制を明確化すること。 ・高年齢者の労働災害防止について、安全衛生委員会等において調査審議するなど労使で話し合うこと。 ●高年齢者の労働災害防止のためのリスクアセスメントの実施 ・高年齢者の身体機能等の低下等による労働災害の発生リスクについて、災害事例等からリスクを洗い出して対策の優先順位を検討し、その結果も踏まえ以下の2〜5を参考に優先順位の高いものから取組事項を決めること。 2 職場環境の改善 ●身体機能の低下を補う設備・装置の導入 ・高年齢者が安全に働き続けられるよう、施設、設備、装置等の改善を行うこと。 ●高年齢者の特性を考慮した作業管理 ・筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能、認知機能の低下等を考慮して作業内容等の見直しを行うこと。 3 高年齢者の健康や体力の状況の把握 ●健康状況の把握 ・労働安全衛生法で定める雇入時及び定期の健康診断を確実に実施すること。 ●体力の状況の把握 ・高年齢者の体力の状況を客観的に把握し必要な対策を行うため、主に高年齢者を対象とした体力チェックを継続的に実施することが望ましいこと。事業場の実情に応じて青年、壮年期から実施することが望ましいこと。 ●健康や体力の状況に関する情報の取扱い ・「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」を踏まえた対応を行うこと。 4 高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応 ●個々の高年齢者の健康や体力の状況を踏まえた措置 ・健康や体力の状況を踏まえて必要に応じ就業上の措置を講じること。 ●高年齢者の状況に応じた業務の提供 ・高年齢者に適切な就労の場を提供するため、職場環境の改善を進めるとともに、働き方のルールを構築するよう努めること。 ・高年齢者の業務内容の決定の際は、健康や体力の状況に応じて、安全と健康の観点を踏まえた適合する業務とのマッチングに努め、継続した業務の提供に配慮すること。 ・高年齢者の治療と就業の両立については「治療と就業の両立支援指針」に基づく取組に努めること。 ●心身両面にわたる健康保持増進措置 ・集団及び個々の高年齢者を対象として、身体機能等の維持向上のための取組を実施することが望ましいこと。 ・「事業場における労働者の健康保持増進のための指針(THP 指針)」、「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」等に基づく取組に努めること。 5 安全衛生教育 ●高年齢者に対する教育 ・法令に基づく教育等を確実に行うこと。また、作業内容とそのリスクについての理解を得やすくするため十分な時間をかけること。中でも、高年齢者が再雇用や再就職等により経験のない業種や業務に従事する場合には、特に丁寧な教育訓練を行うこと。 ●管理監督者等に対する教育 ・管理監督者等に対し、高年齢者特有の特性と高年齢者の安全衛生対策について教育を行うこと。 第3 労働者と協力して取り組む事項 事業者は、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるよう努める必要があり、個々の労働者は、自らの身体機能等の低下が労働災害リスクにつながり得ることを理解し、労使の協力の下で取組を進めること。 第4 国、関係団体等による支援 事業者は、国、関係団体等による支援策を有効に活用すること。 ※作成:厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課 解説1 安全衛生管理体制の確立 中央労働災害防止協会 安全衛生マネジメントシステム審査センター 所長 斉藤(さいとう)信吾(しんご) 1 はじめに  落語家の桂(かつら)文珍(ぶんちん)さんの新作に「老婆の休日」という噺(はなし)があります。演目名も秀逸ですが、高齢者の日常をユーモラスに描いた現代落語の傑作だと思います。  その一節を紹介しますと、ある高齢者が病院の待合室で話をしています。「もう全身が痛くて。頭を押しても痛いし、首を押しても、膝を押しても痛いので検査したら、…指の骨が折れていました」。この落語に登場するほどのご高齢の方は事業場にはいないかもしれませんが、日本では高年齢労働者の労働災害が増えている実態もあります。本稿では、高年齢労働者の労働災害を防止するための安全衛生管理体制について具体的にご紹介します。 2 経営トップによる方針表明および体制整備  経営戦略を立て、人材を育成し、労働者のモチベーションを向上させ、経営資源を投入し、だれもが健康で安全に働くことができる職場を形成するのは経営トップの責務です。事業場において高年齢労働者の労働災害防止を効果的に進めるには、まず経営トップによる方針の表明が必要です。安全衛生方針は組織の安全衛生活動の基盤となり、安全衛生目標や安全衛生計画の屋台骨となるものですので、そのなかに高年齢労働者の労働災害防止に関する事項についても盛り込んでください。例えば、「年齢にかかわらずすべての労働者の労働災害を防止し、健康で安全に働くことができる職場を形成する」といった表現が考えられます。安全衛生方針は経営トップの姿勢や考えを示したものですので、労働者や構内関係会社と共有化し、安全衛生意識を高めるために周知します。労働者への周知方法としては、経営トップが自ら発言する機会で紹介したり、職場内の掲示、社内ネットやデジタルサイネージへの掲載などが考えられます。構内の関係会社については、安全衛生協力会、安全衛生連絡会といった構内関係会社をメンバーとする会議体で周知する方法が考えられます。 3 安全衛生委員会などにおける調査審議など  高年齢労働者の労働災害防止対策について話し合う場としては、労使が参加する安全衛生委員会が一般的です。事業場によっては安全衛生委員会の下部組織として職場安全会議のような職場単位の活動を実施している場合もありますが、このような会議体も活用できます。労働者数が50人未満で安全衛生委員会の設置義務のない事業場では、労働安全衛生規則第23条の2に基づき、安全衛生について関係労働者の意見を聴くための機会において労使で検討してください。また、必ずしも会議体で話し合う必要はなく、朝礼や職場ミーティングも活用しましょう。  高年齢者労働災害防止対策といっても、働いている高年齢労働者の人数、年齢、性別は事業場によってさまざまです。安全衛生委員会などで審議する労働災害防止対策は、事業場の実態に合ったものにする必要があります。まずは次のような方法で高年齢労働者の実態を把握しましょう。 @自社における過去の高年齢労働者の労働災害事例を分析し、災害の型と原因を把握します。この分析対象には不休災害やヒヤリハット報告も含めてください。 A高年齢労働者が行っている作業内容、人数、性別などを調べます。 B後述する高年齢労働者を考慮したリスクアセスメントを実施し結果をまとめます。  さらに、解説2・3で紹介する職場環境の改善、高年齢労働者の健康や体力の状況の把握、安全衛生教育も実施します。これらの情報を基に、安全衛生委員会などで職場環境の改善について審議します。安全衛生委員会などで審議された労働災害防止対策を具体的に進めるためには、安全衛生部門が担当部門となるのが一般的でしょう。サービス業や小売業、また小規模事業場などでは安全衛生部門を設置していないケースもありますが、このような場合でも人事労務管理部門などの担当部署を決めておきます。労働災害防止のための諸活動を具体的に実施する体制を明確にするため、担当する部門や担当者は必ず決めておきましょう。  産業医を中心として保健師や衛生管理者を含めた産業保健体制がある事業場では、高年齢労働者の健康管理も産業保健スタッフが担当します。また、高年齢労働者にかぎらずプライバシー保護には十分な配慮が求められますので、産業医や保健師との面談記録などの個人情報は厳重に管理することが不可欠です。  労働者が50人未満で産業医が選任されていない事業場は、「地域産業保健センター」などの相談窓口を活用しましょう。地域産業保健センターは、小規模事業場の事業者と労働者に産業保健サービスを提供するため全国347カ所に設置されています。同センターでは健康診断結果に基づいた健康管理、作業関連疾患の予防方法、メンタルヘルスに関することなど、医師等が無料で健康相談に応じています。  健康で安全に働くことができる職場を形成するには、労働者の意見や希望を吸い上げて安全衛生管理・活動に反映することが重要です。労働者の意見を反映するため、提案制度、安全衛生目安箱などといった活動を実施している事業場もあります。上司には相談しづらい内容でも、匿名にすると意見を出しやすく率直な声が集まりやすくなります。また、自分の意見が採用されると、安全衛生活動に対する労働者のモチベーションアップにもつながります。高年齢労働者が職場で気づいた安全衛生リスクや、日常の業務できつい、つらいと感じている事項を反映するため、このような制度があれば積極的に利用を促進してください。このような制度がない場合は、メールや社内相談窓口にて気軽に意見がいえるように体制を整えてください。特に個人的な疾病や体調などのように相談しづらい事項でも話せるような職場の体制、風土づくりも必要になります。 4 危険源の特定などのリスクアセスメントの実施  「リスク」の語源は古代イタリア語の「船乗り」という意味で、船乗りたちが危険を承知のうえで航海に出て、地中海の海賊や岩礁を避けながら東方貿易で一攫千金をねらったことに由来するそうです。その後、損害保険や投資の世界においてリスクという概念が広く使われるようになりました。安全衛生分野では労働災害に被災するリスクをさします。  作業場にはさまざまなリスクがあります。例えば、高所からの落下、機械への挟まれ・巻き込まれ、フォークリフトとの接触、引火性ガスの爆発といった危険性や、化学物質による中毒、酸欠、重量物運搬による腰痛、夏季の熱中症といった有害性があります。リスクアセスメントとは、作業における危険源を見つけ出し、それによる「労働災害の程度(重篤度)」と「その災害が発生する可能性」を組み合わせてリスクを評価する手法です。その結果によりリスクの大きな作業から優先的に対策を講じることで、効果的に労働災害の防止につなげることができます。リスクアセスメントの具体的な進め方は、厚生労働省の「危険性又は有害性等の調査等に関する指針(リスクアセスメント指針)」※1をご参照ください。  高年齢労働者は平衡感覚、筋力、聴力、視力、動作速度などの心身機能が低下していますし、これらの機能の個人差も大きくなります。したがって、若年層の労働者と比べてバランスを崩しやすい、転倒しやすい、熱中症や腰痛になりやすいなどの特徴がありますので、リスクアセスメントを実施する際に高年齢者の特性や課題を考慮する必要があります。一例として、高年齢労働者から報告されたヒヤリハットのリスクを評価し、リスクの大きなものから対策を講じる方法が考えられます。若年層にはなんでもない段差や重量物が、高年齢労働者には転倒や腰痛の原因になりますので、積極的にヒヤリハットを提出してもらいましょう。高年齢労働者からいかに多くのヒヤリハットを提出してもらうかが対策のキーポイントになりますので、毎月1人が1件を提出するようにノルマ化するのも一考でしょう。また、体験したものだけでなく、想定されたヒヤリハットの提出も有効です。また、ヒヤリハットがあまり提出されないようであれば、高年齢労働者の災害事例や対策の好事例を検索し、自社に合わせて実施するのもよいでしょう。  リスクアセスメントの目的の一つとして、講じる対策に合理的な優先順位を付けることがあげられます。さらに、リスクの低減対策はリスクの大きさにかかわらず、以下に示す@→Cの順に検討を行います。すなわち、リスクが小さいからBやCの対策でよしとするのではなく、低減対策は@→Cの順に検討し、費用対効果を考慮し合理的な措置を講じます。  では、リスク低減対策の考え方をイラストで見てみましょう。図表1−0はライオンが危険源であり、人がライオンに襲われて大けがをするリスクがあります。どのような対策を講じればライオンに襲われるリスクが減るのでしょうか? ・対策@(図表1−1)…子猫であれば襲われる心配はないでしょうし、万が一襲われても大けがをすることはありません。このように危険な作業を中止したり、より安全な方法に変更することがリスク低減対策としては最も効果的です。具体的には、使用する化学物質を有害性の高いものから低いものへ変更する方法が考えられます。 ・対策A(図表1−2)…ライオンを檻の中に入れてしまえば、襲われるリスクは著しく小さくなります。これは設備や装置で危険源を隔離・制御する対策で、危険な機械設備を安全柵で囲ったり、安全装置の設置はリスク低減として有効な手法です。つまずく原因となる段差をスロープなどでなくすのも効果的です。 ・対策B(図表1−3)…ライオンがいる場所を立ち入り禁止にし、ライオンに近づかないように教育することで襲われることを防ぐ手法です。安全マニュアルや作業手順書の作成、安全標識の掲示、安全衛生教育等が該当します。 ・対策C(図表1−4)…武具甲冑を身につけていれば、万が一ライオンに襲われても致命的な大けがをする可能性は低くなります。防毒マスク、保護手袋、ゴーグルといった個人用保護具を使用する手法です。  リスク低減対策は費用や技術的な検討を要することがあるので、実施するまで時間がかかることも多くあります。したがって、リスクアセスメントの実施と低減対策は計画的に取り組む必要があります。安全衛生計画を作成している事業場では、当該計画のなかにリスクアセスメントを盛り込んで実施してください。  小売業、飲食店、社会福祉施設などのサービス業など、リスクアセスメントが定着していない業種もあります。このような場合は、同業他社の災害事例や好事例などを参考にするとよいでしょう。また、職場環境改善に関する労働者の意見を聴く仕組みをつくり、負担の大きい作業、危険な場所、作業手順の不備などの職場の課題を洗い出し、改善につなげてください。  中央労働災害防止協会では高年齢労働者の労働災害防止ツールとして、「エイジアクション100(2021年改訂版)」※2を公表しています。今回の法改正を受けて改訂作業が進められていますが、現状のものも参照するとよいでしょう。 5 おわりに  冒頭で紹介した落語では、指を骨折していた高齢者が隣にいた人に触れた際にも痛みがあったことから、「ようやく私も他人の痛みを感じられるようになった」というオチがあります。高年齢労働者を含め、外国人労働者、障害者、LGBTQなど、事業場では多くの労働者が働いています。お互いを尊重し、偏見のない人間関係を構築することが、すべての労働者が働きやすい職場を形成するための第一歩なのです。 ※1 厚生労働省ホームページ「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000077404.pdf ※2 詳しくは、中央労働災害防止協会ホームページをご参照ください。 https://www.jisha.or.jp/info/field/age-friendly/ageaction100.html 図表1-0 ライオンに襲われるリスク 提供:中央労働災害防止協会 図表1-1 危険性、有害性の低い物へ変更 提供:中央労働災害防止協会 図表1-2 安全柵、安全装置の設置 提供:中央労働災害防止協会 図表1-3 立入禁止、教育訓練等 提供:中央労働災害防止協会 図表1-4 個人用保護具の着用 提供:中央労働災害防止協会 解説2 職場環境の改善 千葉大学大学院医学研究院 環境労働衛生学 准教授 能川(のがわ)和浩(かずひろ) 1 職場環境の改善のためのリスクアセスメント  職場環境改善の第一歩は、現状のリスクを客観的に把握することです。2026(令和8)年2月公示の「高年齢者の労働災害防止のための指針」※1では、高年齢者の身体機能低下にともなうリスクを、過去の災害事例やヒヤリハット事例から洗い出し、それらのリスクの高さを考慮して対策の優先順位を決定する「リスクアセスメント」の実施を強く推奨しています。ここで重要となるのが、単なる設備整備の視点に留まらず、加齢にともなう「フレイル(虚弱)」や「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」、さらには視覚・聴覚といった感覚機能の変化が、具体的な作業にどう影響するかを考慮することです。例えば、若年層にはなんら問題のない数cmの段差や、少し暗い通路が、高年齢者にとっては「転倒」や「踏み外し」という致命的なリスクに直結するという認識が求められます。また、飲食店や社会福祉施設等サービス業などの現場では家庭生活に近い作業が多く、危険が認識されにくい傾向にありますが、作業頻度や環境の違いにより、特有のリスクが潜んでいることに留意する必要があります。 2 作業環境改善の手順  リスク低減措置については、「リスクアセスメント指針」※2をふまえ、次の(ア)〜(エ)に掲げる優先順位で措置内容を検討します。 (ア)危険な作業の廃止・変更など、設計や計画の段階から労働者の就業にかかわる危険性、または有害性を除去または低減する措置(例)重量物運搬作業の自動化、危険な高所作業の廃止 (イ)手すりの設置や段差の解消などの工学的対策(例)LED化による照度のアップ、段差の解消・見える化、滑り止めマットの設置 (ウ)マニュアルの整備などの管理的対策(例)転倒リスクマップの掲示、VR機器を用いた危険体感教育 (エ)身体負荷を軽減する個人用の装備の使用  (例)パワーアシストスーツの着用、防滑靴の使用、冷感ウェアの支給  リスクアセスメントにおいては、(ア)のようにリスクそのものを取り除くことができれば理想的な対策となりますが、業務の性質上どうしてもリスクが残存します。本人の注意力に依存しない(イ)工学的対策を優先的にすすめ、(ウ)管理的対策、(エ)個人装備の使用を組み合わせて対策を実施します。 ■身体機能の低下を補う設備・装置の導入  身体機能が低下した高年齢者であっても安全に働き続けることができるよう、事業場の施設、設備、装置などの改善を検討し、必要な対策を講じることが求められます。 【視覚への配慮】  高年齢者は視力や明暗差への対応力が低下します。通路を含めた作業場所の照度を十分に確保し、極端な明るさの変化を解消する必要があります。照度を確保するために、照明の増設、屋根の採光増設、照度の強い懐中電灯の採用を行うといった対策を行います。また、室内や通路の照度の変化を少なくします。 【聴覚への配慮】  高年齢者の聴力は、高音域に対して聞き取りにくくなる性質があり、さまざまな音が入り混じることで、重要な警告音が聞こえなくなります。そのため、警報音などは聞き取りやすい中低音域を採用し、指向性スピーカーを用いるなどの工夫が有効です。また、回転灯などを利用して、警報を視覚に訴えることも有効です。 【転倒防止の徹底】  労働災害のなかで、もっとも発生件数が多いのが「転倒災害」です。2024年の転倒災害による休業4日以上の死傷者数は3万6378人となっており、全体の26.8%を占めています。安全・安心な職場づくりのために、転倒防止対策に取り組むことは必須の課題となっています。  職場における転倒災害は、大きく三つに分けられ、各々おもな原因は以下の通りです。 【おもな原因】 滑り…床が滑りやすい素材であったこと、床に水や油が飛散していたこと、ビニールや紙など、滑りやすい異物が床に落ちていたこと つまずき…床の凹凸や段差があったこと、床に荷物や商品が放置されていたこと 踏み外し…大きな荷物を抱えるなど、足元が見えない状態で作業を行っていたこと  転倒災害を防ぐために、まず、上記の原因を意識した職場のリスクアセスメントを実施します。対策として、通路の段差解消、手すりの設置、防滑素材(床材や靴)の採用は必須となります。物理的な解消が困難な場合は、安全標識、掲示、塗装による色分けなどによる注意喚起を徹底します。 【テクノロジーの活用】  リスク低減措置において、それぞれの対策を高度化させるのがテクノロジーの役割です。例えば、重量物の取扱いにおいて、筋力を補助したり特定の動作をサポートする「パワーアシストスーツ」などの導入は有効な選択肢となります。また、労働安全衛生教育において、VRコンテンツを用いた危険体感教育も注目されています。 3 製造業における具体的な事例紹介  YKKグループは、ファスニング事業・AP事業を中核に、世界70カ国・地域で事業を展開しているグローバル企業です。今回は、富山県のYKK株式会社黒部事業所における具体的な高年齢労働者対策について紹介します。  現在実施されている、おもな対策の一覧を図表1(19ページ)に示します。2の転倒リスクマップ作成・掲示においては、リスクアセスメントとして、工場敷地内の平面マップを用意し、災害事例、ヒヤリ・ハット事例、巡視などにより転倒リスクの洗い出しを行っています(20ページ図表1−b)。それぞれの対策をリスク低減措置の対策の観点でみてみると、工学的対策(床の凹凸の解消・修繕、非常灯設置、視覚・聴覚機能を意識した機器の設置)、管理的対策(作業のルール化、テクノロジーを用いた教育)、個人装備の使用について幅広い対策が行われていることがわかります。また、北陸地域にある事業所として、冬季の凍結や積雪も考慮した対策が行われています。このように、作業内容と作業環境に応じたリスクアセスメントをしっかりと行い、リスク低減措置を実施することが求められています。 4 おわりに  本稿では、高年齢者の労働災害防止のための指針に基づいた職場環境改善のためのリスク低減措置について解説しました。かつての労働災害防止対策は、労働者個人の経験や注意力に依存する側面が少なくありませんでした。しかし、加齢にともなう身体機能の変化は、個人の努力だけでカバーできるものではありません。労働者が意識せずとも安全が確保されるような対策が求められています。  また、今回ご紹介したYKK株式会社黒部事業所の事例は、グローバル企業としての高い技術力とリソースを背景としたモデルケースです。当然、すべての企業が多額の投資を行い、最新設備の導入をできるわけではありません。ここで重要なのは、指針が求めている事業者の努力とは、必ずしも高価なテクノロジーの導入だけをさすのではないということです。職場環境改善においては、企業の規模や実情に合わせて、優先順位をつけながら着実にできることを実行していくことが重要となります。 ※1 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00010.html ※2 厚生労働省ホームページ「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000077404.pdf 図表1 YKK株式会社黒部事業所における高年齢労働者の労働災害防止対策 取組み 効果 効果詳細 1 VR危険体感教育の実施 (YKK オリジナルコンテンツ製作)※図表1-a 転倒 転倒災害のなかでも発生頻度の高い「階段での踏み外し」、「段差でのつまずき」「凍結路面での滑り」の三つのケースを、VR 体感機によって疑似体験しながら学習することで、転倒災害を防止。 2 転倒リスクマップ作成・掲示 ※図表1-b 転倒 「危険を見える化」することで、視認力が低下しがちな高年齢労働者が見落としやすい段差や滑りやすい床などのリスクを事前に認識でき、転倒災害を防止。 3 冬季凍結路面対策 転倒 従業員の動線(通路、出入口)に、消雪装置、グルービング溝切、遠赤外線融雪設備、ロードヒーティング、電気マットを設置し、転倒災害を防止。 4 床の凹凸や縞鋼板の補修 転倒 床の凹凸や、縞鋼板の摩耗対策により、つまずき、滑りなどの転倒災害を防止。 5 暗い階段に非常灯設置 転倒 足元の視認性が向上し、つまずきや踏み外しを防止。 6 電動ローリフト導入 転倒・腰痛 重量物の押し引き負担軽減による、腰痛・転倒のリスク低減(運搬作業)。 7 パワースーツ導入 腰痛 中腰・持ち上げ動作の負担軽減/長時間作業の疲労低減。 8 バキュームリフター導入 腰痛 重量物持ち上げの完全機械化で腰痛を根本的に防止。 9 台車・昇降台の工夫 腰痛 高さ調整ができる台車・昇降台を導入することで前かがみ・持ち上げ動作を減らし、腰痛を防止。 10 歩者分離・通路区分 接触事故・転倒 高齢者が苦手とする「視認・判断・回避」の負担を軽減し、接触事故・つまずき・転倒災害を防止。 11 フォークリフトチャイム音とライト照射 接触事故 チャイム音(前進・後進)により、フォークリフトの接近を視認前に察知でき、接触事故を防止。 一方で、聴覚低下によりチャイム音に気づきにくくなるため、ライト照射によって視覚的に接近を知らせることで、接触事故を効果的に防止。 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 図表1-a VR危険体感教育の実施 VR機器を用いた危険体感教育では転倒対策について自社オリジナルのコンテンツを作成している 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 図表1-b 転倒リスクマップ作成と掲示について *床上配管写真貼付 食堂 *濡れた床写真貼付 *階段写真貼付 *階段写真貼付 高圧受電盤 変圧器 低圧盤 *段差写真貼付 「ふみはずし注意」 階段、段差、足場など 「すべる注意」 床面の水たまり、油漏れ、粉じん、グレーチングなど 「つまずき注意」 床上の配線、配管、モール、通路の障害物、床の凹凸など 「転落注意」 ピット、開口部など ▼『転倒危険マップ』の作成:誰が見ても直感的に理解できるように、ピクトグラムを利用して作成 ▼『転倒危険マップ』の周知・掲示:安全ミーティングで周知するとともに、職場等に掲示し注意喚起を徹底 ▼『注意喚起表示』の設置:転倒リスク箇所には、ピクトグラムによる注意喚起表示を設置し、危険の“見える化”を図ることで、転倒災害のさらなる未然防止につなげる 資料提供:YKK株式会社黒部事業所 解説3 高年齢労働者の健康や体力の把握と体力に応じた対応 産業医科大学 高年齢労働者産業保健研究センター センター長・教授 財津(ざいつ)將嘉(まさよし) 1 はじめに  2026(令和8)年4月1日より施行される改正労働安全衛生法に関連し、2026年2月に高年齢労働者の労働災害防止に関する具体的な考え方として、法的根拠を持つ国の指針「高年齢者の労働災害防止のための指針(以下、「指針」)」が示されました(2026年2月10日厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課)※1。なかでも高年齢者の健康や体力の状況の把握は、高年齢労働者対策の出発点として重要な位置づけとなっています。  従来の安全衛生活動は、設備や作業環境の改善など外的要因への対応が中心でした。しかし、高年齢労働者の労働災害は、作業環境プラス身体機能の変化や、健康状態・疲労などの複数要因により発生している場合が多くみられます。同じ職場環境下で同じ作業を行っていても、事故が起きる人と起きない人がいるということは、この個人差が存在していることを示唆しています。  指針が示しているのは、事業者は年齢による一律の管理ではなく、健康や体力の状況を把握し、労働者の努力義務である自己保健義務にも照らし合わせたうえで安全に働ける条件を整える、という考え方です。本稿では、健康状況の把握、体力の把握、情報の取扱い、そしてそれらをふまえた対応について、事業者に求められる具体的な取組みのポイントを解説します。 2 健康状況の把握  指針では、雇入時および定期健康診断を確実に実施することが基本とされています。これは従来の義務ですが、高年齢労働者対策において重要なのは、健康診断結果を安全対策にどのように活用するかという点です。  高年齢労働者では、持病や加齢にともなう身体機能の変化が事故につながる場合があります。例えば、視力低下による段差の見落としや交通事故、糖尿病にともなう感覚低下による踏み外し、睡眠障害による集中力低下による挟まれや転倒災害などは、その代表例です。これらは本人が自覚していないことも多く、結果を通知するだけでは十分とはいえません。実際にわれわれが日本の労働者1万8000人を対象として行った大規模研究でも、高血圧や糖尿病、睡眠障害は職場の転倒経験と密接な関連がありました(文献1)。  指針では、健康診断結果を通知する際に、産業保健スタッフが結果の意味をていねいに説明し、高年齢労働者自身が健康状況を理解できるようにする取組みが望ましいとされています。自らの健康状況の理解は、労働災害防止の第一歩ですから、健康状態と作業内容との関係を確認し、安全に働くために必要な配慮を共有することが重要になります。  また、労働災害を個人の注意不足や体力低下のみで説明しないという視点が非常に重要です。エラーのモデルでは、労働災害は「環境要因」、「作業要因」、「個人要因」が重なったときに発生する事象ととらえられます。健康状況の把握は個人を評価するためではなく、事故が起きやすい条件を理解し、職場全体の改善につなげるための情報として活用することが重要です。 3 体力の把握  指針では、高年齢労働者の労働災害防止の観点から、事業者と高年齢労働者の双方が体力の状況を客観的に把握し、継続的にチェックを行うことが望ましいとされています。体力の低下は自覚しにくく、本人が気づかないまま作業リスクが高まることがあるためです。しかし、「体力」と一概にいっても、該当業務に必要な身体機能は業種や職種で一様ではありません。例えば、デスクワークが中心の事務職に、筋骨隆々のたくましい大腿四頭筋は必要ではありません。該当の職場でどのような労働災害リスクがあるかについてアセスメントを実施し(リスクアセスメント)、そこから導かれる必要な身体機能について重点的にチェックするという流れになります。身体機能や健康状態については専門性が非常に高いため、産業医、保健師、理学療法士などの産業保健専門職などに相談することが必要です。  体力チェックの本来の目的は、個人能力の評価ではなく「気づき」をうながすことにあります。気づきがあれば労働災害が予防できるわけです。例えば、転倒等リスク評価セルフチェック、アンケート調査やオンラインツールなどを活用し、労働者自身が現在の身体機能を理解できるようにすることが重要です。また、身体機能低下は高年齢者にかぎられるものではありません。転倒リスクと密接に関連する平衡機能などは20代から低下が始まります(文献2)。事業場の実情に応じて若年期から体力チェックを行うことも望ましいとされています。  また、体力チェックを導入する際には、その目的をていねいに説明し、事業場としての方針を明確に示す必要があります。評価基準を設けない場合には本人の気づきや作業配慮の検討に活用し、評価基準を設ける場合には職務内容に照らして合理的な水準とすることが求められます。基準に満たない場合でも、まず職場環境や作業方法の改善を検討することが基本です。  そこで、なぜ体力の状況を把握することが重要なのかについて考えてみます。その意義は、実際の労働災害との関連を見ることで、より具体的に理解することができます。現在、転倒と関連する身体平衡機能の評価として、目を閉じた状態で両足立ちを30秒間保持した際の重心の揺れを距離で示す「閉眼時重心動揺総軌跡長」に着目し、職場における転倒経験の有無による比較を行っています。重心動揺総軌跡長は、値が短いほど揺れが少なく、平衡機能が良好であることを示します。  その中間結果では、転倒経験のある群(47人)では平均427mmであったのに対し、転倒経験のない群(380人)では平均367mmと有意に短く(t検定:P<0.05)、転倒経験の有無によって平衡機能に差があることが確認されました(23ページ図表1)。すなわち、立位姿勢で動揺しにくく、体幹が安定している労働者のほうが、業務中に転倒するリスクが低い可能性が示唆されます。これらの知見は、労働災害の一次予防の観点から、視覚・平衡感覚・体性感覚といった感覚統合機能が労働災害と関連することを示す重要な示唆といえます。  さらに、転倒経験のある労働者に着目し、けがにより休業に至ったかどうかで比較すると(文献3)、歩行能力の指標である2ステップ値(図表2)および敏びん捷しょう性せいの指標である座位ステッピング回数(図表3)に有意な差が認められました(いずれもt検定:P<0.05)。これらの指標はいずれも値が高いほど身体機能が良好であることを示しますが、休業に至らなかった群の方が高値を示していました。  すなわち、同じ「転倒」を経験していても、歩行能力や筋力、敏捷性といった身体機能が高い労働者は、けがの重症化を回避できる可能性が示唆されます。これは、転倒そのものの発生を抑える一次予防とは異なり、転倒後の重症化や休業への移行を防ぐという二次予防の視点において、筋骨格系機能が重要な役割を果たしていることを示すものです。  ここであらためて強調したいのは、これらの測定指標を個人の評価や選別に用いることが目的ではないという点です。体力チェックは、事故が発生しやすい条件を理解し、作業環境や作業方法の改善につなげるための手がかりとして活用されるべきものです。体力の違いを前提に安全対策を検討することが、高年齢労働者のみならず、すべての労働者にとって安全な職場づくりにつながります。 4 健康や体力の状況に関する情報の取扱い  健康情報および体力に関する情報は慎重な取扱いが求められます。指針では、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」※2をふまえた対応を行う必要があることが示されています。体力の状況の把握にあたっては、本人の同意の取得方法や情報の取扱方法について、安全衛生委員会などで審議し、事業場内の手続きを明確にしておくことが重要です。また、安全衛生委員会などに医師等の意見を報告する場合には、個人が特定されないよう集約または加工することが求められます。現場の管理者には診断名や詳細な数値ではなく、作業上必要な配慮事項のみを共有することが望ましい運用です。情報は管理のためではなく、安全に働くための支援として活用されるべきものです。 5 体力に応じた対応  健康や体力の把握は、それ自体が目的ではなく、安全に働ける条件を整えるための出発点です。対応は、作業環境、作業方法、労働時間・働き方、体力維持支援の視点から整理することができます。  まず作業環境については、段差解消、防滑対策、照度確保、手すり設置、通路整理など、体力差に関係なく効果を持つ改善を優先します。次に作業方法では、重量物運搬の補助機器導入、作業姿勢の改善、作業分担の見直しなどが有効です。労働時間については、疲労の蓄積を防ぐ観点から、休憩の取り方や連続作業時間の見直し、夜勤や早朝勤務の調整などが検討されます。体力維持支援として、ナッジなどの行動経済学の視点を取り入れ、運動やスポーツ、レクリエーションを無理なく継続できる仕組みを整えることも重要です。無理なく楽しく取り組める仕組みを整えることで、体力の維持・向上が職場文化として定着しやすくなります。  重要なのは、「できないことを減らす」という発想ではなく、「できる能力を最大限に活かす工夫から始める」という視点です。経験や判断力といった高年齢労働者の強みを活かしながら、安全に働ける条件を整えることが、職場全体の安全性向上につながります。 6 おわりに  改正労働安全衛生法の施行により、高年齢労働者対策は、個別企業の自主的な取組みの枠を超え、社会全体で取り組むべき安全衛生課題として明確に位置づけられました。年齢による一律の管理ではなく、個人差を前提とした安全衛生管理への転換が求められています。  健康状況と体力を適切に把握し、その情報を慎重に取り扱いながら、働き方や作業環境を柔軟に見直すことは、高年齢労働者のみならず、すべての労働者にとって安全で働きやすいインクルーシブな職場づくりにつながります。  今後は、産業医、保健師、理学療法士など多職種が事業者と連携し、継続的な改善を積み重ねていくことが重要です。高年齢労働者が安心して能力を発揮し、活き活きと働き続けられる環境を整えることこそが、これからの企業に求められる重要な責務であるといえるでしょう。そして、安全衛生への取組みは単なるコストではなく、人材と企業価値を守り育てるための重要な投資であるという視点を、あらためて共有しておきたいと思います。 【参考文献】 1 Tsushima S, Watanabe K, Hirohashi S, Yoshimi T, Fujino Y, Tabuchi T, Zaitsu M. Occupational fall incidence associated with heated tobacco product use and lifestyle behaviors in Japan. Sci Rep. 2025;15(1):20035 2 財津將嘉、加齢の生理学@ 高年齢労働者と生理学、産業医学ジャーナル、2026;49(1):73-76 3  財津將嘉、特集 高年齢労働者と労働災害(第5回・最終回)エイジフレンドリーな職場のこれから、ろうさい、2026;68:6-11 ※1 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/newpage_00010.html ※2 厚生労働省ホームページ https://www.mhlw.go.jp/content/000922318.pdf 図表1 職場における転倒経験の有無による閉眼時重心動揺総軌跡長の比較 総軌跡長 転倒なし、n=380 367o 転倒あり、n=47 427o 転倒経験のないグループでは、30秒間の閉眼時重心動揺総軌跡長が有意に短く、平衡機能と職場における転倒経験との関連が認められた 出典:文献2をもとに筆者作図 図表2 職場における転倒後の休業の有無と歩行能力(2ステップ値)の比較 2ステップ値 休業なし、n=35 1.5 休業あり、n=12 1.4 転倒したものの休業に至らなかったグループでは、2ステップ値が有意に高く、歩行能力および筋力と労働災害の重症化との関連が示された 出典:文献3をもとに筆者作図 図表3 職場における転倒後の休業の有無と敏捷性(座位ステッピング回数)の比較 座位ステッピング 休業なし、n=35 35回 休業あり、n=12 31回 転倒したものの休業に至らなかったグループでは、座位ステッピング回数が有意に多く、敏捷性と労働災害の重症化との関連が示された 出典:文献3をもとに筆者作図 事例 「健康応援企業」の実践が生み出す高齢労働者の安全づくり SOMPOひまわり生命保険株式会社(東京都千代田区) 健康経営からエイジフレンドリーへの進化  SOMPOひまわり生命保険株式会社は、SOMPOグループの一員として国内の生命保険事業をになっている。同社では保険本来の役割(Insurance)とお客さまの健康をサポートする機能(Healthcare)を組み合わせた「InsurhealthR(インシュアヘルス)」という独自のコンセプトに基づいた商品・サービスを提供し、単なる保険商品の提供にとどまらない独自の事業戦略を展開している。これは業界のなかでも先駆的な取組みであり、万が一の際の保障(死亡保険金など)にとどまらず、お客さまの健康づくりを支える「健康応援企業」としての価値提供を目ざすものである。  そして、このインシュアヘルスを推進するうえで前提となっている考え方が、「お客さまの健康を支えるためには、まず社員が健康であることが大切」というものであり、2016(平成28)年から社員自身の健康づくり(健康経営)にも注力してきた。こうした先駆的な取組みが評価され、2016年の制度開始以来、10年連続で「健康経営優良法人(ホワイト500)」の認定※1を受けている。  2025(令和7)年2月に、厚生労働省主催の「SAFEコンソーシアムアワード」※2エイジフレンドリー部門でゴールド賞、2026年2月に安全な職場づくり部門でシルバー賞と2年連続で表彰。これは、働く人の安全・健康の推進につながる取組みのうち、特に高齢社員に配慮した労働災害防止の取組みが優れていると評価されるアワードである。その最上位ランクの賞を受賞した背景には次のような課題認識があったと、人財開発部人事企画グループ担当部長(専門)の佐橋(さばし)亮二(りょうじ)さんは説明する。  「当社は外資系企業から派生し、合併を経て成長した経緯から、比較的若い社員が多い組織でしたが、設立から40年以上経過するなかで平均年齢は徐々に上昇しています。現在は高齢社員が増える段階にあり、こうした変化を背景に、エイジフレンドリーな職場づくりに本格的に取り組むようになりました」  かつては「若い会社」であった同社も平均年齢の上昇にともない労働災害には至らない軽微なトラブルが起こるようになったという。  人財開発部健康経営グループ課長代理の福本(ふくもと)衣理(えり)さんは「歩道の溝につまずき転倒、階段が雨で濡れており踏み外して転落など、日常的な場面で転倒するケースなどが発生していました。オフィスワーク中心のため、重大な機械事故などはありませんが、全国的にも毎月1〜2件ほど、つまずきや階段での踏み外しなど、加齢による筋力低下が一因とみられる転倒災害が起こっています。さらに、コロナ禍以降のテレワーク拡大で、座りっぱなしで歩数が減少し、運動機能の低下も懸念されていました。こうした状況から、注意喚起にとどまらず、安全衛生対策として『身体機能の維持・向上』に取り組み始めました」と話す。  そこで導入した、日常的な筋力トレーニングやストレッチを通じて転倒や腰痛を防ぐ「オリジナル体操」などの取組みが、SAFEコンソーシアムアワードにおいてエイジフレンドリーな職場づくりとして評価された。 オリジナル体操が生む運動の習慣化と職場の一体感  同社では、オリジナル体操の第一弾として、2023年に「SOMPOひまわり体操」を制作した。コロナ禍によるテレワーク増加や運動不足を背景に、軽いストレッチで気分をリフレッシュすることを目的とし、ラジオ体操のように無理なく動ける内容となっている。映像ではオリジナルキャラクターの「ポンポン」が一緒に踊るなど、親しみやすさも特徴である。  さらに2024年には、第2弾として「SOMPOひまわり体操 UP BEAT STYLE」を制作。こちらは筋力向上を主眼に置いたアップテンポな内容で、高年齢層に多い転倒や腰痛の予防、ロコモティブシンドロームやフレイルの予防などの効果をねらったものとなっている。  「『UP BEAT STYLE』は、まず、筋力向上にフォーカスしています。アップテンポなエアロビクス風の動きに加えて、スクワットなど下半身を意識した動作が含まれ、第1弾と比べて転倒防止に直結する筋肉トレーニングの要素が強化されています。テレワーク時、自宅スペースのかぎられた場所でも実施できるよう、『立位バージョン』に加え『座位バージョン』も用意しました。全体で3分間という短時間のプログラムで業務の合間に実施できます。  熱心な部署では毎週のように実施し、動画を見なくても、音楽が流れてくるだけで自然と体が動くようになったところもあるようです。部署によって取組みの熱量に濃淡はあるものの、ここまで深く浸透し、習慣化されている例が出てきているのはうれしいですね」(福本さん)  また、毎月1回全職場で実施している「健康応援ミーティング」では、このオリジナル体操を題材として活用し、職場単位で一緒に取り組んでおり、単なる筋力強化だけでなく、職場の雰囲気をよくするコミュニケーションツールとしても機能していることが高い浸透度につながっている。 家族で学ぶ「転倒防止・腰痛セミナー」全世代参加型で安全意識を醸成  同社で取り組んでいるエイジフレンドリー施策はほかにもあり、「転倒防止・腰痛セミナー」は、社員とその家族を対象として2023年度以降、3年連続で開催。専門的な知見を取り入れるため、フィットネストレーナーを招き、第一部の座学パートでは、労働災害になる転倒の現状やその傾向について学び知識を深め、第二部の実技パートでは、参加者が自身の筋力を確認する「ロコモチェック」を行い、筋肉を強化するための具体的なエクササイズやストレッチをその場で実践した。  会場参加だけではなくオンライン参加を可能としており、地方の営業拠点からも参加者が集い、参加者からは「足腰が鍛えられた」、「体力と集中力が向上した」、「自身の運動不足に気づいた」、「今後もストレッチを実践したい」などの声が届いた。  夏休み期間に行われることもあり、社員の子どもや親世代も含めた全世代が楽しみながら参加でき、家族ぐるみで転倒予防の意識を高める機会となった。 月1回の「健康応援ミーティング」の実践が運動習慣を押し上げた  「健康応援ミーティング」は、社員の健康リテラシー向上と職場内コミュニケーションの活性化を目的とした、同社の健康経営を支える中核的施策である。  2018年の施策開始当初は2カ月に1回の実施であったが、健康情報の拡充や社員ニーズの高まりを受け、現在は毎月1回の開催へと発展している。対象は全職場に所属する約2700人の全社員であり、業務時間内に30分間実施する必須ミーティングとして制度化されている。  運営面では、本社の健康推進担当部署が中心となり、月ごとのテーマに沿った研修資料を作成し、全社へ共有する。各職場は当該資料をもとに、業務状況に応じたタイミングでミーティングを実施する。内容は一方向の座学にとどまらず、ディスカッションや簡易的な実技を取り入れるなど、参加型の運営を重視している。  テーマは「健康」に関する幅広い分野を網羅しており、睡眠、食事、飲酒、歯科保健といった生活習慣の基礎知識に加え、腰痛予防やメンタルヘルス、女性の健康課題(更年期症状など)など、疾病・不調の予防に関する内容も扱う。  また、実践的な運動施策として、SOMPOひまわり体操を職場単位で実施し、リフレッシュや筋力維持・向上を図っている。さらに、厚生労働省が推奨するロコモーショントレーニング(ロコトレ)を活用し、若年層を含む全世代で運動機能の定期チェックを行っている点も特徴である。  本取組みのねらいは、社員一人ひとりが正しい健康知識を身につけ、自らの行動変容につなげることである。同社が掲げている「健康応援企業」として、社員が健康に関する知識と実践力を備えることが、顧客に対する説得力ある提案力の向上につながるとの考えに基づいている。また、職場単位で体操や意見交換を行うことにより、自然なコミュニケーションの創出や組織の一体感醸成にも寄与している。  これら一連の継続的な取組みは、具体的な数値として成果に現れており、運動習慣がある社員の比率は、2023年3月時点の24.7%から、2024年8月には36.3%へと、約1年半で大幅に向上した。社員からは「気分転換になる」、「自身の運動不足に気づくきっかけになった」といったポジティブな反応が得られている。また、職場で一緒に体操に取り組むことがコミュニケーションの潤滑油となり、組織の活性化にも寄与している。  健康応援ミーティングは、健康経営優良法人(ホワイト500)の評価項目である社員教育への対応として機能しているほか、全世代での運動機能チェックを含む継続的な安全配慮の姿勢が、「SAFEコンソーシアムアワード」の受賞においても高く評価された。今後は単なる情報提供の場ではなく、社員が健康を自らの課題として主体的にとらえ、具体的な行動へと結びつける仕組みとして発展させていく。 年齢の壁を超えた戦力としての活躍を支える仕組み  同社が、エイジフレンドリーな施策を推進する背景には、高齢社員を補助的戦力としてではなく、組織運営をになう存在として位置づけていることも理由にあげられる。同社の定年は60歳で、定年後は希望者全員65歳まで、基準該当者を70歳まで継続雇用する。また、役職に定年はなく、意欲と能力があれば年齢に関係なくマネジメント職を継続できる環境を整備している。  本社部門では、コンプライアンスや内部監査など、高度な専門性と経験値が求められる領域で高齢社員が活躍している。これらの分野は長年の実務経験に裏打ちされた判断力が不可欠であり、ベテラン層の知見が組織のリスク管理体制を支えている。なお、61歳以降は週休3日も選択可能となっている。  50代からのキャリア支援としては、50歳前後の社員を対象に「ライフデザイン研修」を実施している。自らのキャリアやライフプランを主体的に再設計する機会を提供することで、モチベーションの維持と長期的活躍を後押ししている。  また、更年期に関するセミナーを実施しており、40代後半から50代の女性社員が直面しやすい健康課題への理解を深めている。特徴としてはセミナー対象を女性に限定せず、管理職の参加は必須とし、職場全体の理解醸成を図り、ベテラン女性社員が安心して働き続けられる環境づくりを推進している。 健康データを活かす予防強化と更年期ケアの拡充  同社では、これまで推進してきた健康経営の成果にとどまることなく、高齢社員の労働災害防止措置をいっそう強化する方針である。その重要な目標の一つとして、社員のパフォーマンス向上および生産性の低下(プレゼンティーイズム)の抑制に積極的に取り組んでいる。  現在、特に注視している課題の一つが「睡眠」である。睡眠不足は注意力や判断力の低下を招き、メンタルヘルス不調や生産性低下のみならず、転倒などの事故リスク増大にも直結する。加齢にともない睡眠の質が変化しやすい高齢社員にとって、睡眠管理は安全確保の基盤である。  そこで、ウェアラブル端末から取得する睡眠データ(レム睡眠や深睡眠の状況など)を活用し、睡眠状態の変化を早期に把握できる体制づくりを進めている。今後はデータに基づく予防的なアプローチをいっそう強化していく方針である。  また、更年期ケアの取組みも高齢期の安全対策の一環として拡充していく。女性の更年期支援を継続するだけでなく、社会的認知が十分とはいえない男性更年期についてもセミナーなどの実施を検討している。  「これまでまだ認知されてこなかった男性更年期についても、理解を広げる機会を設けたいと考えています。性別を問わず、特定の人だけの問題にせず、加齢にともなう心身の変化に対する理解を組織全体で深めることは、不調の見逃し防止や無理のない就労環境整備につながり、結果として事故リスクの低減に寄与すると考えています」(佐橋さん)  「お客さまの健康を守るためには、まず社員が健康でなければならない」という理念のもと、同社の健康管理は福利厚生にとどまらず、労働災害防止はもちろん、同社の事業そのものを支える重要な基盤と位置づけている点が特徴である。人材の長期活躍が求められる時代において、健康と安全を経営の中核に据える姿勢は、持続可能な企業運営の一つのモデルといえるだろう。 ※1 「 健康経営優良法人認定制度」については、経済産業省ホームページをご参照ください。 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html ※2 「SAFEコンソーシアムアワード」については、以下ポータルサイトをご参照ください。 https://safeconsortium.mhlw.go.jp 写真のキャプション 人財開発部人事企画グループ担当部長(専門)の佐橋亮二さん(左)、人財開発部健康経営グループ課長代理の福本衣理さん(右) SOMPOひまわり体操第1弾。キャラクターが親しみやすい ○c株式会社アスポ SOMPOひまわり体操第2弾。座位スタイルを加えた ○c株式会社アスポ