高年齢者活躍企業コンテスト 受賞企業の軌跡 第4回 菱木(ひしき)運送株式会社(千葉県八街市(やちまたし))  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)と厚生労働省との共催で毎年開催している「高年齢者活躍企業コンテスト※1」。高齢者雇用の推進に資する事例を広く募集し、優秀な事例を表彰しており、その内容は、毎年本誌で紹介しています。本連載では、かつてコンテストで厚生労働大臣表彰を受賞した企業を取材し、その後の取組みの進化・深化をレポートします。第4回は、2011(平成23)年度に優秀賞を受賞した菱木運送株式会社を取材しました。 「安心安全」を第一に掲げてドライバーの負担軽減に尽力 1 大臣表彰の栄誉とたしかな仕事の実績がX字回復の力になる  千葉県八街市に本社を構える菱木運送株式会社(菱木(ひしき)博一(ひろかず)代表取締役社長)は、「平成23年度高年齢者雇用開発コンテスト」で厚生労働大臣表彰優秀賞を受賞した。2008(平成20)年に65歳定年制を導入したことや、ドライバーの安全を確保するためには、トラック・バス・タクシー運転者の長時間労働の是正や健康確保、交通安全を目的に厚生労働省が制定した告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下、「改善基準告示」)※2の遵守が欠かせないと考え、そのためのツールを独自に開発しトラックに搭載して、適正な運転時間と休憩時間を実現したことなどが受賞につながった。  菱木社長は、「表彰式には当社の会長を務める私の母と私、当時まだ小学生だった息子の3世代で出席しました。その息子は、他社勤務を経て現在は当社でさらに経験を積んでいます。運送業界では、よく後継者不足といわれますが、とてもうれしいことです。受賞後は多くのメディアに取り上げていただいたり、セミナーなどで当社の取組みを発表する機会をいただいたりするなど、さまざまな経験をさせてもらいました」と大臣表彰がもたらした栄誉をふり返る。  それから15年。同社の歩みは決して順調ではなかった。受賞当時、65歳を超えても働く意欲を持った従業員の職務を創出するために、本業の運送業務に加えて、ペットフードの検査や箱詰め、梱包作業、リサイクル事業にも取り組んだが、コロナ禍を境に、これらの事業から撤退を余儀なくされた。運送業務にもその撤退が影響して受注が減少、売上げが激減した。  「そのときに支えになったのが、どんなときでも法令を守って取り組んできた仕事の実績と、厚生労働大臣表彰を受けた栄誉です。そうした状況にあるなか、トラックドライバーの時間外労働に年間960時間の上限規制が適用されるという、いわゆる『2024年問題』が注目されるようになりました。当社では、独自開発したアプリを活用して法令遵守を実現しており、2024(令和6)年からの規制にも早くから対応ができていましたから、そのことを理解してくださったお客さまなどからの紹介などで仕事が増えていき、立ち直ることができたのです。つらい経験もしましたが、きちんと仕事を続けていれば、それをみてくださるお客さまはいるのだという自信にもなりました」(菱木社長)  近年の運送業界は、労働時間の上限規制などへの対応とともに、ドライバーの担い手不足が重なるなど課題が山積みといわれる。そうしたなか同社では、大臣表彰を受賞する3年ほど前から、ドライバーをサポートする独自の労働時間管理システムを開発・導入し、ドライバーが運転に集中できる労働環境の整備に努めて事故の減少と法令遵守を実現した。このシステムは、大臣表彰の受賞後、新たな機能が追加されたり、より使いやすくなるように改良が重ねられたりして「乗務員時計」という、スマートフォンのアプリに進化した。高齢のドライバーからも「ストレスなく運転に集中できる」、「仕事の疲れが残らなくなった」などと好評だ。  大臣表彰から15年、同社の軌跡を追った。 2 運転の安全を確保するために法令遵守を心に誓い、労働時間管理ツールを開発  菱木運送は、1971(昭和46)年に現社長の父が創業し、2026年に設立55周年を迎えた。おもにペットフードや建築資材を東北方面、関東圏、関西方面などへ運送している。  現社長が2代目として同社を引き継いだのは、大臣表彰を受賞した年より11年前の2000年のこと。先代が急な病に倒れ、長男の博一さんが社長に、次男が専務に、母親が会長になった。  菱木社長は、規模の拡大を追求するのではなく、従業員と一体で歩むことを念頭に事業運営に取り組み、とりわけ安全第一の観点から労働環境の改善に取り組んできた。  「当時、トラックドライバーの仕事は、どれだけ走るかをドライバーの裁量に任せている会社が多数を占め、法令遵守を前面に掲げている運送会社はあまりなかったように思います。しかし、私は安全な運転を実現するためには、『改善基準告示』を守ることが欠かせないと考え、労務管理を確実に実行することが肝要だと思いました。ドライバーが運転しながら『改善基準告示』を守るためには、それをサポートする仕組みやシステムが必要です。そこで、デジタルタコグラフ※3と連携した労働時間管理ツールを開発するために、メーカーに提案して取り組んだのが最初の一歩でした。社員は『先代のためにも2代目に協力しよう』と受けとめてくれたようでした。私がみなさんから信頼を得るためにも、この挑戦を貫き、どんなときでも当社は法令違反をせず、ドライバーがより安全に安心して働ける環境をつくっていこうと覚悟を決めて取組みを進めました」(菱木社長)  ドライバーとしての経験もある菱木社長のアイデアを具体化して、デジタルタコグラフのメーカーとやりとりを重ねてできあがった労働時間管理ツールは、ツールの指示にしたがって休息や仮眠を取りながら運転を続ければ、結果として法令の基準を守ることができるというもの。従来のデジタルタコグラフは、1日の運行の記録を運行管理者が確認して、守れていない個所があればドライバーを指導するためのツールだった。しかし、新ツールは、ドライバーが運転しやすいように休憩時間を示すなどのサポートが目的。菱木社長は、「基準を守らせるためではなく、ドライバーが運転しやすいようにサポートすることが目的です」と強調する。  現場で使用上の課題などが出てくるとそのたびにメーカーと相談して改善を重ね、開発に着手してから現在まで約18年が経過した。このツールは社用のスマートフォンにインストールされるアプリに進化し、腕時計のようなものだと思ってもらえるように「乗務員時計」と名づけられた。  例えば、2024年4月の改善基準告示の改正により、トラックドライバーは「連続運転4時間ごとに最低30分(10分以上の分割可)の休憩」が義務化されたことに対応し、乗務員時計は、4時間走行すると休憩を取るようにと音声でドライバーに教えてくれる。また、トラックドライバーの長時間労働の要因として、荷待ち・荷受けの待機時間の削減が急務となっているが、菱木社長は待機時間の自動集計にも取り組み、待機時間を「見える化」した。「当初はドライバーが待機しはじめたときにアプリを操作する必要があったのですが、操作できない状況のときもあるため、これを改善し、待機の経過時間をリアルタイムで管理・把握できるようにして、そのデータとともに荷主へ改善を提案することができるようになりました。改善の提案や当日の連絡は、ドライバーではなく、待機時間を把握できている会社から行い、ドライバーの負担の軽減にもつなげました」(菱木社長) 3 乗務員時計により「楽になった」、「安心して仕事ができる」と従業員から好評  現在、同社の従業員数は32人。60歳以上の従業員は6人で、全員がドライバーである。最高齢者は71歳。同社は2008年に定年を65歳に引き上げ、定年後は、社長の判断によって70歳までの雇用が可能としていたが、70歳を超える従業員がいる実態をふまえて、2026年2月に、「70歳を超えても会社が必要と認めた場合は1年ごとの契約により働くことが可能」とする制度にあらためた。  同社で働いているドライバーは、乗務員時計や同社の労働環境についてどのように感じているのだろうか。ベテランドライバーお二人からお話をうかがうことができた。  小笠原(おがさわら)暢(みつる)さん(60歳)は、29歳のときに菱木運送に入社して勤続30年を超えた。大型車で千葉県から茨城県へ、おもに飼料になる原料などを運ぶ仕事を担当している。  「乗務員時計は、社長が開発に苦労しながら完成させた過程も知っていますので、本当に画期的ですばらしいツールができたと感心しています。このツールがなかったときは、自分で休憩時間を考え、メモしたりしていました。いまは休憩時間を音声で教えてくれるのでとても楽になりました。ドライバーとして安全第一で仕事に専念できていると感じています。操作についても負担に感じたことはありません。  また、アプリは退勤時に翌日の出勤時間を教えてくれます。勤務間インターバルの基準によりそれより早く出勤をすることができないので、仕事のことを気にせず家で休むことができ、十分な睡眠や自分の時間が取れるようになりました。疲れが残らなくなったのも、このアプリのおかげだと思っています。今後も安全運転を心がけ、健康に気をつけてドライバーとしてなるべく長く働いていたいと思います」  平山(ひらやま)信宏(のぶひろ)さん(62歳)は、ドライバー歴42年。野菜の運搬や宅配などの仕事を経て、以前から働いてみたいと思っていた菱木運送に入社して18年になる。現在は、建築資材などを日帰りで運搬する仕事を担当している。  「60歳までは、車中泊のある長距離を担当していましたが、病気をしたことや年齢も上がってきたこともあり、会社の配慮で日帰りでできる近距離の仕事を担当するようになり、体力的にかなり楽になりました。もっとも大事にしているのは事故を起こさないこと。年齢が上がるにつれて気を引き締めています。  乗務員時計は、最初は時間に拘束されているような気がしてプレッシャーに感じましたが、いまは反対にきちんと休憩できるようになり助かっていると感じます。安心して仕事ができる環境になったと思います。荷卸しに長時間待たされると会社から荷卸し先に連絡してもらえますので、ドライバーが気をもむことがなくなりました。時間に追われないような仕事内容であればこの先も続けられると思いますが、安全第一ですので、まずは定年の65歳を目途に気を引き締めてしっかり仕事に臨みたいと思っています」 4 「定年65歳」は、運転業務について自分で技術や体力を確認する機会  菱木社長は、「単に運送ではなく、運送サービスという観点でお客さまに選ばれる仕事をすること、ドライバーが安全運転できる運行管理を行うこと、その環境を整えるのが会社の仕事です。当社はそこにツールを導入しました。結果的に、事故件数の減少とともに、健康診断の結果について同業他社に比べて当社の社員は良好との評価をもらうようになりました」と取組みの成果をあげる。  労働環境の改善は、ツールの導入だけでない。同社にはいま、人力で荷物を積み下ろしする仕事はない。ドライバーの負担を軽減する目的で、取引先に提案して実現したそうだ。  定年65歳を大臣表彰時から変えていないのは、65歳の節目を運転業務を確認する機会として残しておきたいと考えているからだという。「技術や体力はドライバーが判断しますので、それを尊重します。そして、ドライバーを続ける場合も乗務員時計は役立ちます。日ごろのデータからそれぞれの仕事の個性が読みとれますので、得意なことが活かせる仕事に就いてもらえるように話すことができます」と話す菱木社長。  同社において高齢社員の存在は、「会社のすべてを知ったうえで働いてくれている、信頼できる大きな存在です」と菱木社長は評価し、「社会に必要とされる会社でありたい。この思いを大切にして、人材に合わせた会社づくりを継続します」と力強く語った。  アイデアマンの菱木社長には、新たなアイデアがある。高速道路のサービスエリアや一般道の「道の駅」などに、「24時間利用できる自動点呼機器を設置する」ことだ。「体調不良時に血圧などの健康チェックができると、健康に起因する事故の抑止になります。高齢ドライバーにとって、こうした設備があることが安心につながると思います」。ドライバーの安全への菱木社長の思いはどこまでも深く、よりよい施策へと進化し続けている。 ※1 2020(令和2)年度までの名称は「高年齢者雇用開発コンテスト」 ※2 詳しくは厚生労働省ホームページをご参照ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/index.html ※3 デジタルタコグラフ……トラックの速度の変化や走行距離、時間などをデジタルデータとして記録できる運行記録計 ★ 本誌2025年11月号の「高齢者に聞く生涯現役で働くとは」で、同社社員の方を紹介しています。ぜひご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202511/index.html#page=60 写真のキャプション 菱木博一代表取締役社長(手にしているのは高年齢者雇用開発コンテストの表彰状) 菱木運送株式会社本社 勤続30年超のトラックドライバーの小笠原暢さん トラックドライバー歴40年超の平山信宏さん