知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第93回 労働条件変更による定年制の導入、適性判断目的の有期雇用と試用期間 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永 勲/弁護士 木勝瑛 Q1 定年制導入にあたっての注意事項について教えてほしい  定年制を明確に定めていなかったのですが、これから導入をしようと思っています。導入にあたって注意すべき点はありますか。 A  導入方法については、就業規則の変更による方法と合意による方法がありますが、いずれにせよ、労働者の理解を十分に得て導入することが必要です。 1 定年制の合理性  多くの企業においては、60歳定年制が導入されており、継続雇用制度をもって65歳までの雇用を維持するという方法が一般的となっています。  その意味では、定年制を就業規則や労働契約に定めておくことは、合理的なものとして有効であると認められているといえます。  例えば、過去の判例においても、「俗に『生涯雇用』といわれていることも、法律的には、労働協約や就業規則に別段の規定がないかぎり、雇用継続の可能性があるということ以上には出ないものであつて、労働者にその旨の既得権を認めるものということはできない」ということを前提にしたうえで、「停年制は、一般に、老年労働者にあつては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却つて逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織および運営の適正化のために行なわれるものであつて、一般的にいつて、不合理な制度ということはでき」ないと判示しており(最高裁昭和43年12月25日判決、秋北(しゅうほく)バス事件・上告審)、定年制自体が不合理な制度とはされていません。  したがって、労働契約の締結当時から、定年制を導入ずみの場合には、高年齢者雇用安定法が定めるように60歳以上の定年制度を採用しているかぎりは、有効に適用することができます。 2 定年制を既存の労働者に適用する場合  定年制が定められていない状態から導入をしようとする場合、既存の労働者に対して、就業規則の変更によって適用することになります。  就業規則の変更による場合、変更内容に労働者にとって不利益となる内容が含まれている場合には、就業規則の変更に合理性が必要となります(労働契約法第10条)。ここでいう合理性については、労働契約締結前から導入されている場合において求められる合理性(労働契約法第7条)とは異なるものであり、合理性の評価においては、変更による不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、そのほかの事情に照らして、合理的なものであることが求められます。  労働契約法第7条において求められている合理性は、ここでいうところの、内容の相当性に類似するものであり、そのほかの事情と照らすことまでは求められていません。  最高裁昭和43年12月25日判決(秋北バス事件・上告審)においては、定年制を就業規則の変更により導入することについても判断がなされており、定年年齢が業界の実情に照らして低いものではないこと、再雇用の特則が用意されていること、多くの労働者が定年後に嘱託として再雇用されることを認めていること、などをふまえて、就業規則の変更が有効であると判断されています。  現在の法規制などに照らせば、高年齢者雇用安定法が定める60歳を超える定年制度であり、かつ、継続雇用制度も導入している場合には、多くの点で判例の状況と類似することとなり、また、労働者との交渉状況などが整っているのであれば、就業規則の変更による導入は認められやすいと考えられます。  就業規則の変更による導入にあたっては、多数の労働者が賛同していることが変更の合理性を裏づける要素になりやすいため、そのような対応が重要でしょう。 3 合意による定年制の導入  最後に、合意による労働条件変更により定年制を導入する方法もあります(労働契約法第8条)。しかしながら、労働者の同意を得れば足りるか、という点については、注意が必要です。  過去の判例において、賃金や退職金に関する労働条件の変更に関して、「労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」と判断されており(最高裁平成28年2月19日判決、山梨県民信用組合事件)、近年、下級審を中心として、賃金や退職金以外の重要な労働条件についても同趣旨の判断を行うことが増えています。  定年制の定めがない労働契約を締結している労働者との間で、あらためて65歳を定年とする定年制を導入することについて、山梨県民信用組合事件を引用したうえで、「定年制の有無及びその年齢も、契約締結当時64歳の原告の場合には、やはり賃金と同様に重要な労働条件である」として、労働者の自由な意思に基づく同意が必要と判断している事件があります(京都地裁平成29年3月30日判決)。  このように個別の合意により定年制を導入しようとした場合、合意を試みた労働者との関係性でのみ、変更合意の有効性が判断されることになる結果、就業規則の変更による場合とは異なり、ほかの労働者が合意に至っていたか否かという事情が影響しにくいといえます。  労働者の自由な意思に基づいて同意を得たか否かについては、同意獲得までのプロセスとして、情報提供や説明の回数、その内容、労働者からの意見の反映や検討およびフィードバックの有無などが考慮されることになると考えられますので、個別の労働者との関係で定年制を導入するにはていねいなコミュニケーションが必要になると考えておくことが適切でしょう。 Q2 1年間の有期雇用を経て正社員として雇用契約を結び直す運用に問題はありますか  当社は、正社員採用を希望する者について、1年間は有期雇用契約を締結したうえで、1年間の間に特段問題が生じなければ、正社員として雇用しています。このような運用には問題がありますか。なお、ほとんどの者が1年後には正社員として採用されています。 A  契約後1年間は試用期間であると判断され、1年後に雇用契約を終了させた場合、解雇や本採用拒否の問題となる可能性があります。本採用拒否は、合理的な理由があり、社会通念上相当といえる場合でなければ有効とはなりませんので、雇止めと考えて安易に雇用契約を終了させると無効となるおそれがあります。 1 試用期間  採用活動においては、履歴書、面接、試験などのかぎられた情報によって、労働者の採否を判断しなければなりません。そのため、採用活動において適性を把握しきれない場合も多く、実際に働かせてみなければわからないこともあります。そこで、雇用契約において、労働者の適性を評価・判断するために一定の期間を設定することがあります。これが試用期間と呼ばれるものです。なお、試用期間の法的性質は、解約権留保付きの雇用契約と解されています。 2 本採用拒否と雇止め  使用者が、労働者が適性を欠いていたことを理由に、試用期間満了時に、本採用を拒否した場合、その適法性は、通常の解雇と同様の枠組み(@客観的に合理的な理由とA社会通念上の相当性)により判断されています。なお、試用期間満了時の本採用拒否は、解約権留保の趣旨から、通常の解雇よりも適法性が緩やかに解されています。  他方で、有期雇用契約は、期間満了時に雇用契約が終了することが予定されていることから、原則として期間満了時の雇止めは有効となります。ただし、労働契約法第19条によれば、有期雇用契約が過去に反復して更新されたことがあり、社会通念上、雇止めが無期雇用の解雇と同視できる場合や、有期雇用契約の更新について合理的な期待がある場合には、解雇と同様の枠組み(@客観的に合理的な理由とA社会通念上の相当性)により適法性が判断されます。  本採用拒否と雇止めでは、判断構造が異なるため、簡単に比較することはできませんが、試用期間満了による本採用拒否のハードルの高さを懸念して、実質的には求職者の適性を判断するための期間(試用期間)であるにもかかわらず、形式的に有期雇用契約として契約書を取り交わしているケースが見られます。Q2の事案もそのようなケースの一つです。 3 適性判断目的の有期雇用の問題点  神戸弘陵(こうりょう)学園事件(最高裁平成2年6月5日判決)によれば、使用者が新規採用に際して雇用契約に期間を設けた場合、「その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は……試用期間であると解するのが相当である」と判示しています。  つまり、前記判例によれば、たとえ使用者が、1年間などの期間を定めた有期雇用契約の形式を採っていたとしても、そのような形式を採った趣旨(期間を定めた趣旨)が、当該期間において、労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、その実質を重く見て、使用者労働者間の労働契約の法的性質を無期雇用契約としたうえで、当該1年間等の期間を試用期間であると判断されることになります。 4 TBWA HAKUHODO事件(東京高判令和7年4月10日)  試用期間か有期雇用かが争われた最近の裁判例としてTBWA HAKUHODO事件があります。この事件は、Bの紹介により、Y社にて、2022(令和4)年2月1日から、雇用期間を1年間、年俸450万円とする契約社員として勤務していたXが、2023年7月22日、労働者たる地位の確認などを求める訴訟を提起したものです。雇用契約における期間の定めが試用期間を定めたものであるかが争点となりました。  裁判所は、@Y社では、従前、正社員として採用する者に対して、原則として最初の一年間は契約社員として有期雇用契約を締結し、期間経過時点で適任と認められた者にかぎり、無期雇用契約を締結して正社員として雇用する方法を採っており、これを変更した2019年5月以降も、一定の場合には同様の採用方法を採ることが可能であったこと、A本件オファー面談の際、Y社の人事局長CがXに対し、本件労働契約における1年間の期間の定めが試用期間を設けるものであり、1年後には正社員となる旨の説明をしたこと、BXはこれをふまえて内定を受諾し、雇用契約が成立したこと、CBが紹介してY社に契約社員として入社した者のうち、1年後に正社員にならなかった例はないことなどの事実を認定し、「これらの事情からすると、本件労働契約における1年間の期間の定めについては、Xの適性を評価・判断する趣旨・目的で設けられたものと認められるから、……試用期間である」として、雇用契約における期間の定めが試用期間を定めたものであると判断しました。 5 まとめ  実質的には試用期間であるにもかかわらず、形式的に有期雇用として契約書を取りかわしている事例は実務上もみられます。企業の労務担当者の思いとしては、ミスマッチがあった場合に低リスクで早期に退職させたいといったところでしょう。しかしながら、上述の通り、たとえ有期雇用の形式をとっていたとしても、実質的にみて当該有期雇用の期間を設けた趣旨・目的が、労働者の適性を評価・判断するためのものである場合には、原則として試用期間と判断されます。上記の裁判例(TBWA HAKUHODO事件)でも、実態が重視され、有期雇用ではなく試用期間である旨が認定されています。  そうすると、たとえ有期雇用の形式をとっていたとしても、実態が試用期間であれば、当該期間の満了をもって契約終了を告げても、雇止めとしては評価されないため、結局、リスクを低減させることにはなりません。むしろ、有期雇用との認識のもと、違法な契約終了が横行してしまう可能性もあります。  したがって、企業として、入社後一定の期間、労働者の適性を評価・判断する期間を設けたいという意向のもと、一定の期間を設けるのであれば、有期雇用ではなく、試用期間として設定すべきでしょう。