諸外国の高齢化と高齢者雇用 第5回 韓国、東南アジア諸国 独立行政法人労働政策研究・研修機構 人材開発部門 副統括研究員 藤本(ふじもと)真(まこと)  世界でもっとも高齢化が進行している国が日本であることは、読者のみなさんもご存じだと思いますが、高齢化は世界各国でも進行しており、その国の法制度に基づき、高齢者雇用や年金制度が整備されています。本連載では、全6回に分けて、各国における高齢者雇用事情を紹介します。第5 回は韓国と東南アジア諸国です。 シニア層の高い就業率・高い貧困率――韓国  日本のように法律で定年年齢を定める仕組み(法定定年制)は、東アジア・東南アジアの国々に多く見られます。大韓民国(以下、「韓国」)では、従来「雇用上の年齢差別禁止および高齢者雇用促進法」において、「事業主は、定年を定める場合、60歳以上になるよう努力しなければならない」と規定されており、多くの企業は55歳または58歳を定年年齢としていました。しかし、2013(平成25)年4月に右記法律の改正案が国会で可決され、60歳以上の定年が義務づけられることとなりました。この義務化は、2016年に従業員300人以上の事業所および公共機関で、2017年には従業員300人未満の事業所でも施行されました。  改正法はまた、定年延長による企業の負担増に配慮し、「定年を延長する事業主と労働組合は、賃金体系改編等の必要な措置を講じなければならない」と規定し、立法過程では、一定年齢を超えた場合、賃金を削減する代わりに定年保障、定年延長や雇用延長を行うという「賃金ピーク制」の導入を義務づける議論もありました。しかし法案には明記されず、労使の自主決定に委ねられました。政府は、賃金ピーク制を導入した事業所や、賃金ピーク制の適用を受け、賃金が削減された労働者に対して、補填手当を支給しています。  韓国のシニア就業者数は年々増加を続け、55〜64歳人口の就業率は2025(令和7)年に70%を超えました。2024年の65歳以上人口の就業率は38.2%で、OECD(経済協力開発機構)に加盟する諸国のなかでもっとも高い数字です。しかしシニア就業者数の増加に、60歳法定定年制の導入はさほど影響を与えていないと考えられます。というのは、企業は60歳定年制を実施しているものの、実際には「名誉退職」などといった形で60歳に到達する前に勤務していた企業を退職する労働者が多いためです。2023年の韓国における調査では、55〜64歳の就業経験者がもっとも長期間勤務した会社を辞めたときの平均年齢は、49.4歳という結果となっています(ジン 2024)。  韓国の年金支給開始年齢は現在63歳であるため、60歳到達前に企業を退職した人々の多くは生活費を稼ぐために再就職や自営業者としての活動を行います。しかし、シニア労働者の再就職機会として多いのは、以前の勤務先の給与水準を大きく下回る非正規雇用や清掃・警備・宅配などの単純労働です。また50歳以上で自営業に転換した人々の48.8%は、月平均所得が最低賃金水準に達していません(ハンギョレ新聞2025)。こうした就業状況から生じているのはシニア層の高い貧困率(国民の所得中央値の半分に満たない人々の割合)で、66歳以上の貧困率は40.4%とアメリカ(22.8%)や日本(20.0%)の約2倍に達しています(OECD 2023)。  高い貧困率や雇用と年金の非接続への対応として、労働組合は法定定年の65歳への延長を求めています。しかし経営者側は定年延長が実現した際の人件費増加を懸念しており、再雇用制度の活用や賃金ピーク制の拡大を強く主張しています。 高齢化に向けた制度基盤整備進む――東南アジア諸国  一方、東南アジア諸国で法定定年制を実施しているのは、シンガポール、マレーシア、ベトナム、フィリピンなどです。タイやインドネシアでは、法定定年年齢は設けられていません。  シンガポールでは「退職・再雇用法」が、55歳になる前に雇用されたシンガポール市民、永住権保持者に適用されます。現在は63歳が法定定年年齢で、2030年までに65歳まで引き上げられることとなっています。また退職・再雇用法は、健康で意欲のある労働者に対して定年後に再雇用契約を申し出る義務を企業に課しており、その期間は5年です。  マレーシアでは「2012年最低退職年齢法」により、民間企業における法定最低定年年齢は60歳と定められており、年齢を理由とした60歳未満の解雇は原則禁じられています。  ベトナムでは2021年施行の改正労働法に基づき法定定年年齢の段階的な引上げが行われており、現在は男性が61歳6カ月、女性が57歳です。最終的に、男性が2028年に62歳、女性が2035年に60歳となります。  フィリピンでは、労働法302条と共和国法第7641号により、「強制定年年齢」が65歳に定められており、企業はこの年齢に達した従業員に対し、定年退職を義務付けることができます。  法定定年年齢のないタイでは、ヨーロッパ諸国と同様に、公的年金の受給開始年齢が企業における定年設定の目安となっており、現在は55歳を定年とする企業が多くを占めます。同じく法定定年年齢のないインドネシアでも、年金受給開始年齢が実質的な定年の基準として扱われています。この年齢は2022年に58歳に決められ、以降3年ごとに1歳ずつ引き上げられており、2043年に65歳になる予定です。  東南アジア諸国の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は、タイが約15%、シンガポールが約14%、フィリピン、ベトナム、マレーシアは5〜9%台と、東アジア諸国に比べると高齢化は進行していません(世界銀行 2024)。ただ、タイやシンガポールはすでに高齢社会(高齢化率14%以上)に突入しつつあり、出生率も急速に低下しつつあることから、これから東アジア諸国と同程度かそれ以上のスピードで高齢化が進むことが予想されています。東南アジア諸国の政府は来たる超高齢社会(高齢化率21%以上)に向けた制度的基盤を整えつつある段階といえますが、今後は@高齢者が生計に必要な収入を得ることができる年金制度や労働市場の整備、Aリスキリングなど労働市場全体としての生産性向上への取組み、Bより若い年齢層の雇用・就業機会とのバランスの確保が、どの国においても重要な課題になると見られています。 【参考文献】 OECD(2023)"Pensions at a Glance 2023" ジン・ソンジン(2024) 「高齢者労働市場の現状と教育訓練」、北東アジア労働フォーラム報告 世界銀行(2024) 'Population ages 65 and above - Country rankings' https://www.theglobaleconomy.com/rankings/elderly_population/South-East-Asia/ ハンギョレ新聞(2025) 「『退職を余儀なくされ自営業へ』50歳以上の半数、最低賃金も稼げず」、2025年3月24日紙面