いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第66回 「過重労働対策」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、「過重労働対策」について取り上げます。この用語の明確な統一定義は、じつはありません。しかし、厚生労働省の「『過重労働による健康障害防止のための総合対策について』の一部改正について」※1をみると、「労働者が疲労を回復することができないような長時間にわたる過重労働を排除していくとともに、労働者に疲労の蓄積を生じさせないようにするため、労働者の健康管理に係る措置を適切に実施」とあり、“過重な労働の排除”や“健康管理措置”がキーワードといえます。次に、過重な労働とは何かについてですが、同資料で「長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、さらには、脳・心臓疾患の発症と関連性が強い」とあるように“長時間労働”がキーワードとなります。これらから、過重労働対策は「長時間労働など過重な労働による疲労蓄積を防ぎ、健康管理措置を適切に講じる取組み」とまとめられます。 社会問題としての過重労働と過労死  過重労働は、健康障害のみならず過労死という結果につながることもあり、関係者のみならず社会的にも大きな損失を招くため、適切な対策をとるのはあたり前の行為と現在では考えられています。しかし、社会的課題としての対策がとられだしたのはそれほど昔のことではありません。  過労死は、過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)の第2条で「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう」と定義されていますが、この法律の制定は2014(平成26)年といまから10年ほど前のことです。しかし、長時間労働が招く過労死という用語自体は1970年代から使われていたといわれ、海外メディアでも“Karoshi”という用語が使われているくらい国際的にも日本の社会問題として注目されていました。ところが、日本国内では1989(平成元)年のころに“24時間戦えますか”というフレーズが流行する※2など、長時間労働はむしろ“美徳(びとく)”とする風潮があり、過重労働や過労死の問題に対するとらえ方はいまよりも緩いものでした。そこからさまざまな訴訟や2013年5月に国際連合の社会権規約委員会※3が日本の過労死や長時間労働に対して対策をとるよう勧告するなどの動きを経て、同法の制定に至ることになります。その後は、2016年に政府の働き方改革実現会議が発足し本格的な議論が始まり、2018年には通称「働き方改革関連法」が成立するなどして、過重労働対策が大きく進んでいくことになります。 長時間労働の抑制が対策の本丸  過重労働の原因については、長時間労働だけではなく、ストレスやハラスメント※4、人間関係の負荷など広くとらえられています。しかしながら、疾患や過労死等の因果が強いといわれている長時間労働対策がおもに法律的にも定められています。  代表的なところをあげていくと、一つめは時間外労働の抑制です。脳・心臓疾患の発症前1カ月間におおむね100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされ、これらの時間は過労死ラインともよばれています。36協定※5の特別条項でも規制されている時間であるため、企業および労働者は、これらの時間を超えないようにすることはもとより、健康管理のためにも時間外労働を可能なかぎり抑制していく必要があります。  続けて二つめは、勤務間インターバル制度です。これは、終業時刻から次の始業時刻の間に一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を確保する仕組みで努力義務とされています。休息時間については現状では法的に明確な規制はありませんが、EUの労働時間指令※6が24時間につき最低連続11時間の休息期間を付与するとあることから、日本でも11時間が目安といわれています。  三つめは、労働時間の状況把握です。これは、労働安全衛生法により2019年4月から企業に義務づけられています。ポイントとなるのは把握する方法で、原則はタイムカード・ICカード・パソコン等の使用時間などの客観的な方法で把握しなければならない点です。把握した労働時間の状況から毎月1回以上、一定の期日を定めて時間外・休日労働時間を算定し、月80時間超えの労働者がいた場合は労働者本人に速やかに通知するよう定められています。 過重労働対策は依然として重要な課題  最後に、統計から過重労働対策をとりまく状況を確認したいと思います。『令和7年版 過労死等防止対策白書』(厚生労働省、2025〈令和7〉年10月)をみると、週労働時間40時間以上の雇用者に占める週労働時間60時間以上の雇用者の割合(時間外労働80時間以上の雇用者の割合に近い)は、2003年17.9%であったものが2019年10.9%、2024年8.0%の状況で、明確に減少していることがわかります。しかし、業種別にみると、2024年で製造業4.9%、情報通信業5・8%に対して、運輸業・郵便業17.7%、宿泊業・飲食サービス業15.1%と業界により大きなばらつきがみられます。  過重労働の是正は、行政も強い姿勢を示しています。労働基準監督署(労基署)※7の臨検監督の徹底に加え、厚生労働省は2015年に長時間労働対策を目的とした特別部署・チーム「過重労働撲滅特別対策班(通称:かとく)」を設置し、違法な長時間労働に対する高度な捜査や労基署の管轄を超えた調査・勧告などに対応しています。労働時間に関する取り締まりは年々厳しくなっているという声がある一方で、例えば、「長時間労働が疑われる事業場に対する令和6年度の監督指導結果」をみると、労働基準関係法令違反があった事業場のうち42.4%が違法な時間外労働に関するもので、うち時間外・休日労働の実績がもっとも長い労働者の時間数が1カ月あたり100時間を超えるものは28.4%、150時間を超えるものは5.8%、200時間を超えるものは1.1%など、過重労働を撲滅するまでにはまだまだ越えなければならないハードルがありそうです。  次回は「女性活躍推進法」について取り上げます。 ※1 2008(平成20)年3月7日、基発第0307006号、都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb3741&dataType=1&pageNo=1 ※2 もともとはコマーシャルの音楽で使われていたフレーズで、1989年の流行語大賞にもノミネートされている ※3 社会権規約委員会……「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」の実行を確保するために国際連合に設けられた機関 ※4 パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、カスタマーハラスメントなど。「ハラスメント」については、本誌2023年4月号参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202304/index.html#page=58 ※5 「36協定」については、本誌2025年12月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202512/index.html#page=50 ※6 EU労働時間指令……EU 圏内の労働者の安全や衛生を守るため、労働時間や休息について定めたもの ※7 「労働基準監督署」については、本誌2026年1月号を参照。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202601/index.html#page=54