技を支える vol.362 高い技能と豊富な経験で「丸物板金」の難題を解決 板金工 星野(ほしの)浩(ひろし)さん(60歳) 「むずかしくてできないのではないかと思われていた仕事を引き受けて、それがうまくいったときは、やりがいを感じます」 溶接などの高度な技術を持つ「東京マイスター」  上の写真のチタン製のワイングラスとステンレス製のとっくり。いずれも上下に分かれた部品を溶接でつなぎ合わせてつくられており、なめらかな仕上がりを実現している。溶接を手がけたのは、金属加工メーカーの株式会社ナガセで、第二製造部課長を務める星野浩さん。金属の平板(へいばん)を円筒形などに加工する「丸物板金」の高度な技が認められ、2025(令和7)年度の「東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞」を受賞した。 溶接のひずみを抑えなめらかに磨き上げる  1945(昭和20)年創業の株式会社ナガセは、ヘラ絞りや板金を中心とした金属加工を強みとし、食品機器から半導体製造装置、ロケットの先端部品まで幅広く手がける。「手業(てわざ)の最後の砦(とりで)になる」をビジョンに掲げ、職人の技と先進設備を組み合わせた総合力で多様な産業を支えている。  星野さんが所属する第二製造部は、溶接、穴開け加工、研磨などを受け持つ。星野さんは部下4人を指導しながら、多品種小ロットの製品づくりに対応している。  星野さんが得意とする技術の一つがTIG溶接だ。タングステン電極から放電し、その熱で材料同士を溶接する。その際、周囲に不活性ガスを充満させ、熱による酸化やスパッタ(火花)を防ぐことで、ほかの溶接に比べてきれいに仕上げることができる。溶接後は熱で金属が収縮し、板にひずみが生じる。そのひずみをいかに小さく抑えるか。そして溶接後をいかにきれいに仕上げるかが腕の見せどころだ。サンダーで研磨する際の力の入れ具合、角度、研磨剤の選び方は素材によって異なる。磨きすぎて板が薄くなりすぎるとやり直しになってしまう。決められた厚みを保ちながら、触れても接合部がわからないほどなめらかに仕上げるには、長年の経験によってつちかわれた勘が物をいう。  要求がシビアな製品の一つが食品機器だ。針先ほどの微細な孔(あな)でも雑菌が入る危険があるため、溶接の際には不純物が紛れ込まないよう環境にも気を配る。  「品質への要求は年々厳しくなっており、以前は問題がなかった加工が、いまは通用しないこともあります。その要求に応えることが自分たちの役割だと考えています」  星野さんのもう一つの優れた技術は、効率の高い加工方法を開発することだ。例えば、円形部品の外周4カ所に等間隔で穴を開ける工程がある。従来は1カ所ずつ印をつけて穴を開け、ずれがあれば削って調整するため1日がかりの作業だった。そこで、4カ所の穴を同時に開けられるようにする専用の治具を設計・製作した。その治具を使うことで所要時間は1〜2時間に縮まり、精度も向上した。  未経験の依頼に対しても、手順を一から考えて対応してきた。 父の背中が導いた板金の道 自分の経験を糧に後進を育成  父も板金工で、子どものころから仕事場に遊びに行き、機械いじりに親しんで育った。高校卒業後は迷わず板金の会社に就職。スポット溶接、タレットパンチ加工、小物加工と経験を積んだが、「毎日同じ作業のくり返しで、もっといろいろなことをやりたかった」と、27歳のときにナガセへ転職した。多能工化を掲げていた先代社長のもとで、自ら手をあげてさまざまな加工に挑み、幅広い技能を養っていった。  「この会社でいろいろな技術を身につけることができ、いまにつながっていると思っています」  現在は後進の育成にも積極的に取り組んでいる。自身が先輩から技術を教わったのは、先輩が定年間際のわずかな期間で、あとは自分で考えながら身につけるしかなかった。「同じことにならないよう、早めにこちらからアプローチしていかないと」と、部下に実際の仕事を通じて技術を伝えている。65歳の定年まであと5年。一つでも多くの技を若い世代に引き継ぐことがいまの使命だという。  「自分自身も、引き続き技術の向上に努めていきたいと思います」 株式会社ナガセ TEL:042(560)6253 https://www.nagase-shibori.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 部品を回転台にセットしてTIG 溶接を行う。足下のペダルで回転の速さを調整しながら、きれいにつなぎ合わせていく 株式会社ナガセは、高度な金属加工技術で、鍋・釜から航空宇宙部品まで、多岐にわたる製品を手がけている(写真提供:株式会社ナガセ) 銅製の擬宝珠(ぎぼし)。二つの半球を溶接でつなぎ、接合部を磨いてきれいな曲面に仕上げている。工業製品のほか、こうしたオブジェを手がけることも多い 右手にTIG溶接のトーチを持ち、左手の溶接棒を少しずつ送りながら溶接していく。溶接跡がきれいにできている 星野さんが設計した治具。4カ所に均等に穴を開けるのに、従来は丸一日かかっていたが、この治具を使うことで1〜2時間に短縮した 上の写真の治具を使って4 カ所に穴を開けた部品。一度の穴開けで四つの小さな穴がぴたりと合い、穴の位置を後で調整する必要がなくなった 部下が手がけたスポット溶接のできあがりを見ながらアドバイス。実際の仕事を通じて技術の継承を進めている 星野さんのもとで働く若手の二人は、「困ったことがあったときは、星野さんに聞けば解決策を教えてくれます」と答えてくれた