特集 シニア人材が中小企業を元気に!  少子高齢化による生産年齢人口の減少により多くの企業が人手不足という問題に直面しています。特にその影響を大きく受けるのが中小企業です。そんな中小企業の課題解決に向けて大きな力となるのがシニア人材。長い職業経験のなかでつちかわれた豊富な知識、経験、技術は、事業の安定や後進の育成に大きく寄与する可能性を秘めています。  そこで今回は、「シニア人材が中小企業を元気に!」と題し、中小企業におけるシニア人材の活用戦略について解説します。ぜひご一読ください! 総論 人手不足時代におけるシニア人材の強みとは 東京学芸大学 名誉教授 内田(うちだ)賢(まさる) 1 シニアの強みで会社を伸ばす @人手不足を解消し技術・技能を活用  少子高齢化の進むわが国では、今後も労働力不足は続きます。この事態に対処するにはシニア活用は有力な方策の一つです。一方、シニアは単純な労働力ではなく熟練労働力です。シニア活用は人手不足解消だけを目的とするのではなく、その技術や技能を活用して企業成長に結びつけることも可能です。  独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が、70歳以上の定年年齢または希望者全員70歳以上の継続雇用制度(定年なしも含む)を導入する企業2万社を対象に2023(令和5)年度に実施した調査※によれば、回答企業6349社(98%以上は正社員規模が300人以下)のうち6割弱が人員不足対応、4割強がシニアの優れた技術・技能活用を主目的として現行の定年制度を導入していました(8ページ図表1)。  人員不足対応は現下の喫緊の課題への対処、技術・技能活用は企業の長期的成長を視野に入れていると思われます。短期的状況に対処しながらも企業戦略に即した長期的視点からのシニア活用を検討する必要があります。 A「いま」と「将来」を見すえたシニア活用  シニアはまさにいまの人手不足を解消するだけではなく、そのシニアが引退した後に会社に財産も残せます。シニアは会社の「いま」と「将来」の両方に貢献できる存在です。  まず「いま」のことを考えてみましょう。シニアには長年にわたってつちかってきた技術や技能、知識や経験があり、その強みを社内で、また顧客や取引先対応で発揮できます。そして「将来」です。シニアは将来をになう人材の育成に貢献できます。業務でつちかったものだけではなく人生経験を含め豊富な財産を持つシニアの存在は、若手や中堅がシニアに至るまでのキャリア形成のロールモデルとなります。  それだけではありません。体力的負担が少なくライフスタイルに応じて勤務できるなどシニアが働きやすい職場づくりを進めれば若手や中堅社員も働きやすくなります。快適に仕事ができる企業は従業員からの評価が高まるでしょう(8ページ図表2)。 B社内社外を問わないシニア起用  シニア人材といえば自社で定年を迎える従業員を思い浮かべるかもしれませんが、社外にも経験豊かで即戦力となるシニアが、しかも身近なところにいます。都市部であればベッドタウンに住むシニア、地方であれば地元で働いていたシニアだけではなくUターン者やIターン者もいます。  生活のために働きたいというシニアだけではありません。筆者が実際に会社を訪問してお話をうかがったシニアのなかには、「定年退職後のんびりしていたが充足感を得るために仕事に就きたくなった」、「山登りがしたくて地方に移住したが趣味だけで過ごすのではなく仕事もしたくなった」というシニアがいました。このようなシニアが入社後に会社の課題だった製品の品質向上に取り組み、生産性も向上させました。採用した経営者は「会社の近くにこんなよい人がいたとは思わなかった」と話してくれました。  他社出身のシニアには自社出身者が持っていない強みがあります。この強みを企業の業績向上につなげます。外部の人にも自社の存在を知ってもらうこと。これが強みを持つ外部出身シニアの獲得に有利に働きます。 2 シニアの強みとは  内部出身のシニア、外部出身のシニア、それぞれに強みを持っています。会社に役立つ強みは何かを把握し、見きわめ、適材適所で起用します。 @社内に精通する内部人材  内部出身者には仕事でつちかってきたもの(技術、技能、知識、経験など)があります。業務上不可欠の国家資格なども保有しているでしょう。会社の内部事情がよくわかっているので、どのような技術を持つ人がどの部署にいるか、設備や機械のくせ、メンテナンス上の秘訣、取引先ごとの交渉術、他部門との協力の秘訣なども心得ています。  また、会社の業績がよかったときと苦しかったときの両方を経験して得られた教訓がいまに活きているかもしれません。会社の強みも弱みもわかっており、会社がもっとよくなる方法、どこを改善すれば解決できるかの道筋も理解しているでしょう。問題意識を持つシニアであれば、会社からの働きかけで意欲を高め、これからの時間を使って問題解決に取り組んでくれる可能性があります。 A自社にないものを持つ外部人材  外部人材も内部人材同様に自らつちかってきたものがあり、働いていた会社のことを熟知しています。同業出身でも会社が違えばさまざまな違いがあり、優れた技術や技法を体得しているかもしれません。人事管理や生産管理、顧客管理など、効率的に仕事が進められる仕組みづくりにたずさわった人材であればみなさんの会社へのノウハウ移植やシステム導入も可能となります。  会社で問題が発生し、どこから手をつけてよいかわからないということはないでしょうか。外部人材は解決に必要な情報や情報源、人脈を持っているかもしれません。また、出身企業と自社の関係が発注者と受注者、メーカーとユーザー、認可する側とされる側など立場に違いがあれば視野や視点が異なります。このような目線の違いを外部出身のシニアから吸収し、相手方の発想やニーズを知りノウハウとして蓄積し、顧客志向の製品開発、生産方式の見直しにつなげます。 3 強みを発揮してもらうために  シニアを受け入れても期待した強みを発揮してもらえないことがあります。シニア本人の意欲を高め、活躍できる体制を整え、会社と職場になじんでもらい、成果に報いることが前提となります。 @会社からの期待を伝える  会社からの働きかけでシニアの情熱を復活させ、意欲を持って再挑戦してもらいます。会社はシニアとの面談など頻繁なコミュニケーションに努め、この会社でまたがんばろう、この会社をよく知って働こうとする意欲を持ってもらいます。会社としてシニアを必要としていること、実力発揮のための援助を惜しまないこと、つねにフォローアップすることを伝えます。 Aシニアに発想転換してもらう  すべてのシニアの意欲が高いとはかぎりません。残念ながら働こうとする意欲が低い、第二の人生と割り切って無難に過ごそうとするシニアもいるでしょう。これではせっかくの強みを持っていても発揮にはつながりません。シニアには心機一転が求められます。  意欲があっても新しい職場を理解しようとしない、また、いつも前の会社と比べてしまうシニアもいます。中小企業に移った大企業出身者が悪気はないのに「前の会社では」とつぶやいてしまい、「上から目線」と誤解されることがあります。実力発揮の前提は職場から受け入れられることです。シニアには行動変容が求められます。  活躍できるシニアは自分と周りの状況を認識し(識)、自分のやることを感じ取り(感)、自分の強みを周りと結びつけ(結)、自分の強みで導きます(導)(図表3)。研修やオリエンテーションを通してシニアに発想転換と変身、準備をうながします。 Bミッション(使命)を与える  シニアに対して具体的な任務や役割、達成してほしいレベルや時期などの目標を示して意欲を高めます。例えば、「国家資格を取ろうとしている若手のAさんを指導してほしい」、「販売管理システムを構築してほしい」、「○○分野の取引先を増やしてほしい」などがあげられます。  ミッションを成功裏に導くには情報提供が不可欠です。特に外部出身者は会社の状況がよくわからないので、しっかり伝える必要があります。取り扱っている製品やサービス、経営者の方針、従業員の属性(職歴、習熟度、意欲、年齢別構成、職種、意識)、予算や設備、仕事の進め方、現在抱えている問題などについては十分に知ってもらうべきでしょう。 Cシニアが活躍できる環境を整える  シニア本人が新しい環境や新しい会社でがんばろうと思っても、それを阻むものはないでしょうか。例えば、「設備が十分でなく環境が整っていない」、「周囲がシニアの教えを受け入れる力がない」、「周囲がシニアを受け入れようとしない」、「実力を発揮しようとする方向が会社の風土ややり方にそぐわない」といった問題が生じた場合は取り除くか、緩和します。不可能な場合は任務遂行上の前提・制約条件と認識してもらい、そのなかでの最適解を考えてもらいます。会社とシニアの間の頻繁なやりとりが解決を促進します。 D職場の管理職や同僚がシニアを受け入れる  シニアの実力発揮には同僚との円滑な人間関係やチームワークが欠かせません。そこで管理職や若手・中堅社員に対する働きかけも重要です。ともすれば新参者に対して否定的なイメージから入りがちですが、そのような先入感を抱かせない工夫をすべきでしょう。「いつかはだれしもシニアになる」という気持ちで接する態度や風土が問題を解決します。  前もって会社からシニアの情報を流します。「今度こんなシニアが来るよ」、「こんなことができる人だよ」、「話をしてみるとなかなかよい人だよ」、「○○の分野に強いので助けになるよ」と伝え、肯定的なイメージを抱いてもらうとよいでしょう。  また、正式採用や配属の前にシニアに体験入社してもらうなど「お見合い期間」をつくってはいかがでしょうか。職場の人々が「この人こんなことができるのか、結構よい人だね」と思い、シニアは「この会社にはこんな人たちがいるのか、結構よい会社だね」と感じてもらえれば、その後の活躍を後押しできます。 Eシニアの貢献に報いる  会社はシニアが出した成果を人事考課で把握し評価して処遇に反映させます。「がんばれば会社はしっかり評価してくれる」という信頼が次のミッションの遂行も成功裏に導くでしょう。なお処遇は昇給のような金銭的報酬だけではなく、マエストロやマイスターなどの称号付与のような心理的報酬も効果を発揮します。 4 みんなが幸せになれるシニア活用をめざして  ある中小企業でお話をうかがったときのこと、その会社では長く働いているシニアにこれからも力を発揮してもらおうと勤務時間や勤務形態を柔軟にしています。外部出身シニアを採用する際は、「この人はうちの会社の従業員とうまくやっていける人か」を大前提に面接に臨むそうです。シニアだからといって給与を低水準にとどめることはしません。  会社や職場が感謝すればシニアはがんばってくれるでしょう。がんばるシニアは会社を去るその日まで会社に財産を築きます。技術やノウハウ、システム、これからをになう後継人材を残します。そんなシニアと巡り会うために、シニアを活かすしっかりした方針とさまざまな工夫を凝らしてはいかがでしょうか。 ※「データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫」(2024年)は、JEEDホームページでご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/sankousiryou/index.html 図表1 定年制別の制度導入理由 (単位%、N=6,349) 全体(N=6,349) 人員不足に対応するためである23.6% どちらかといえば、人員不足に対応34.5% どちらかといえば高齢者の優れた技術・技能の活用29.0% 高齢者の優れた技術・技能を活用するためである12.2% 無回答0.7% 定年なし・定年70歳以上(N=2,091) 人員不足に対応するためである26.9% どちらかといえば、人員不足に対応33.0% どちらかといえば高齢者の優れた技術・技能の活用25.8% 高齢者の優れた技術・技能を活用するためである13.1% 無回答1.2% 定年65〜69歳以下&継続雇用70歳以上(N=3,134) 人員不足に対応するためである23.0% どちらかといえば、人員不足に対応35.2% どちらかといえば高齢者の優れた技術・技能の活用29.8% 高齢者の優れた技術・技能を活用するためである11.6% 無回答0.4% 定年60〜64歳以下&継続雇用70歳以上(N=1,124) 人員不足に対応するためである19.1% どちらかといえば、人員不足に対応35.7% どちらかといえば高齢者の優れた技術・技能の活用32.7% 高齢者の優れた技術・技能を活用するためである12.3% 無回答0.3% 出典:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構『データでみる70歳以上の定年・継続雇用制度の導入効果と工夫』(2024年) 図表2 シニア人材活用の効果 「いま」を伸ばす効果(第一線での活躍) ・技術や技能、知識や経験の発揮 ・洞察力や応用力、危機管理力の発揮 「将来」を伸ばす効果(将来の基礎づくり) ・後継者の育成 ・マニュアル整備、システム構築 「働きやすい職場」を実現する効果 ・安全かつ健康的に仕事ができる環境の実現 ・ライフスタイルに応じた柔軟な働き方の実現 ※筆者作成 図表3 シニアが心がけたい「識感結導」 識(自分と周りの状況を認識する) ・自分の立場を認識する ・自分の役割を認識する ・自分の健康状態を認識する 感(自分のやることを感じ取る) ・自分にできることを感じ取る ・自分でやるべきことを感じ取る ・自分だからこそできることを感じ取る 結(自分の強みを周りと結びつける) ・自分の知識や経験を結びつける ・自分の技術や技能を結びつける ・大人の社会常識を結びつける 導(自分の強みで導く) ・会社の期待に沿って導く ・自身が持つもので導く ・現状に即して柔軟に導く ※筆者作成 解説1 シニア人材の活躍をうながす工夫5選 −制度編− 社会保険労務士法人かわごえ事務所 代表社員 川越(かわごえ)雄一(ゆういち)  シニア人材の活躍をうながす要素はいくつかありますが、ベースとなるのは就業規則などの制度面の整備です。本稿では五つの制度についてポイントを解説します。 1 適用される就業規則を整備する  シニアは自社で定年を迎え引き続き継続雇用される「生え抜き組」と、他社で定年退職などの後、新たに雇用された「転職組」に分けられます。それぞれに適用される就業規則を整備し整理しておくことが必要です。 ●「生え抜き組」向けの定年制・継続雇用制度  自社で定年を迎えた後、継続雇用される生え抜き組について、定年前と同様の労働条件で正社員の就業規則が適用される場合はよいのですが、そうでない場合は、適用される就業規則を整備する必要があります。そして、定年前に適用されていた就業規則からスムーズにバトンを受け継ぎ、新しい雇用形態に移行させます。仮に60歳定年、その後は再雇用となり正社員と異なる定めをするのであれば、それらを「再雇用者用就業規則」として明文化し周知しておきます。生え抜き組の場合は定年前後の位置づけが曖昧になりがちですが、ここは「親しき仲にも礼儀あり」の意識が必要です。 ●「転職組」向け採用・雇用制度  他社を定年などで退職後に、自社の定年年齢を超えて採用された転職組のシニアには大きく三つのパターンがあります。@親会社・関連会社からの再就職、A経歴などを見込まれてのヘッドハンティング、Bハローワークなどからの一般採用です。いずれのパターンも自社においては新入社員ですから、自社の雇用体制へスムーズに合流させることが肝要です。そのためには生え抜き組と同じく、どの就業規則が適用になるかを明確にしておきます。例えば、契約期間の有無、職位などは、労働条件に直結していますから特に重要です。 2 納得感のある賃金・評価制度  シニアの雇用関係においても賃金・評価制度は中核をなすものです。有期雇用であることが多いシニアの場合は、雇用関係が長期的決済ではなく、短期的決済志向が強くなりがちなので、より納得感のある制度が求められます。 ●「同一労働同一賃金」を意識する  同一労働同一賃金は、同じ企業内で働く正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間で、不合理な待遇差を解消するための制度です。簡単にいえば、社内での呼称にかかわらず、同じような仕事をしている人には同じような賃金を払うという考え方です。もし、賃金額を低下させるのであれば、職務内容(業務の内容、責任の程度等)の軽減も必要です。 ●自社の採用力を意識した賃金  仮にシニアのになう業務に新規求人をした場合、時給換算でいくらなら採用できるか、いわゆる労働の市場価値が賃金額決定において大きな要素になります。自社に採用力がなく人材確保がむずかしい場合は、少なくとも年金支給開始年齢である65歳までは同じ職務で同じ賃金額が現実的です。また、賃金額引下げでシニアに納得を得られやすいのは、職務内容などの軽減に合わせた労働時間の短縮です。 ●評価項目は三つの役割に応じて設定する  評価項目の比重は、シニアの雇用目的や期待する役割により大きく変わります。管理職の場合は、組織全体の課題を把握し調整に必要なコンセプチュアルスキルです。また、リーダーの場合は、チームでの業務、顧客とのコミュニケーションに必要なヒューマンスキルです。そして、一般職や専門職の場合は、担当業務を正確に、効率的に遂行するテクニカルスキルの評価比重が高くなります。 3 柔軟な勤務制度  シニアの勤務制度は、収入面や健康面など各人の抱えている事情によって多様なニーズがあるため、柔軟な勤務制度の設定が必要です。 ●柔軟な就業時間や就業場所の設定  業種・業態や職種にもよりますが、勤務時間を8時間、6時間、4時間(半日)の3パターン、休日も週休3日や4日というように設定し、シニアの事情により選択してもらうことも考えられます。シニアのなかには、「定年までがんばったのだから、これからは少しゆっくり働きたい」という人もいるからです。その際には社会保険や雇用保険の加入希望も考慮した時間設定が必要です。また、リモートワークや就業場所限定も考えられます。 ●フレックスタイム制の活用  シニアの多くは、自分の健康や家族の介護などにより定時の勤務がむずかしい場合もあります。そういう場合に活用できるのがフレックスタイム制です。フレックスタイム制というのは、あらかじめ定められた総労働時間の範囲内で、従業員が日々の始業・終業時刻や労働時間を自由に決められる制度です。これにより、シニアはほかの従業員に気兼ねなく業務と私生活の調和を図りながら効率的に働くことができます。 ●制度導入は適切な手順を踏む  勤務制度は柔軟になればなるほど、その導入には適切な手順を踏むことが必要です。まず、短時間勤務制度は就業規則にパターン別の始業・終業時刻の規定、休日についても同様に規定します。また、フレックスタイム制も就業規則にその旨を規定したうえで、従業員の過半数代表と労使協定を締結します。そして、就業規則や労使協定を根拠にシニアと雇用契約書(労働条件通知書)を取り交わします。 4 役割や業務が選択できる制度  シニアの雇用で注意したいのは役割や業務のミスマッチです。それを防ぐためには、役割や業務を言語化し、どのようなキャリアに進むのか、選択の機会を与える制度が有効です。 ●求める役割や業務の折り合い  会社がシニアに求める役割・業務は多様です。例えば、一般職、専門職、管理職、若手の指導職などが考えられます(13ページ図表)。また、雇われる側のシニアにも「こんな仕事がしたい、こんな仕事ならできる」という希望があります。そして、この会社の求める役割・業務とシニアの希望が折り合えてこそ雇用関係が成立します。特に転職組の採用においてはここがとても重要です。生え抜き組の場合も、とかく属人化しやすい役割や業務を定年などの節目において見直すことが必要です。 ●役割や業務を言語化する  こんな役割の仕事にはこんな役職、職責、求められる能力、必要な保有資格などを「キャリアパス」として言語化します。そのうえで役割に応じた賃金レベルも記載しておくとよいでしょう。これを会社がシニアに求める役割ごとに作成します。仮に、当初は管理職を希望していた人が、1年後の更新時にはもっと職責の軽い一般職として勤務したいということもあるでしょう。そのような話合いができるのもキャリアパスがあればこそです。 ●あらかじめ選択の機会を与える  役割や業務の選択肢は、キャリアの複線化としてほかの従業員にも周知します。特にシニア予備軍ともいえる50歳以上の従業員にはシニア期におけるキャリア選択の判断材料になります。あらかじめ示されることにより、自分の選択しようとするキャリアに向け、いま自分が何をすればよいのかがわかります。また、転職組には求人情報の一つとして提示すればお互いに「こんなはずじゃなかった」を防げます。 5 雇用を安定させる健康支援制度  専門知識、技術、人脈などを活かしてもらうにも、そこそこの健康が保たれていればこそです。健康状況は若手に比べると格段に個人差が大きくなりますので、なんらかの支援制度が必要です。 ●健康あっての活躍  「寄る年波には勝てない」といわれますが、年齢を重ねることによる体力や気力の衰えには逆らえません。たとえすばらしい職業能力があっても、それを発揮するにはほどほどの健康があってのことです。そのため、まずは自分自身で心身の健康を維持・管理するために、自ら行う取組みであるセルフケアが大切です。そのうえで、会社としてもシニアの活躍を後押しするためになんらかの健康支援が必要です。 ●定期的にコミュニケーションの場を持つ  健康支援というと何か大がかりなことを考えがちですが、まずは定期的に話を聴くだけでも有効です。例えば、3カ月に1度でも「何か困ったことはありませんか」と耳を傾けます。心身の健康問題にかぎらず仕事上の悩みもあると思います。シニアにしてみれば自分の話を聴いてもらっただけでも救われることがあります。このようなコミュニケーションの場を制度化することにより相談しやすい環境ができます。 ●相談しやすい体制  シニアの健康支援には、定期的なコミュニケーションの場を持つことが有効ですが、その中核をなすのは相談しやすい組織体制です。もっといえば相談窓口となる人の役割です。シニアの話を聴いたうえで、必要な場合は外部機関と連携します。健康問題は専門的な知見が必要であり、素人が判断をすることは避けるべきだからです。定期健康診断で異常の所見がある人や、シニアが面談を希望する場合は産業医などにつなぎます。 図表 制度を整えシニアの活躍をうながす 生え抜き組 定年 転職組 賃金・評価・勤務制度 役割・業務 一般職 専門職 管理職 若手の指導職 健康支援 ※筆者作成 解説2 シニア人材の活躍をうながす工夫5選 −マネジメント編− 社会保険労務士法人かわごえ事務所 代表社員 川越雄一  シニア人材の活躍をうながすためには、仕組みとしての制度(ルール)に加え、運用としてのマネジメント視点が必要です。そのポイントは、シニアを会社の成長を支える存在と位置づけ、安定した戦力として一日でも長く勤務してもらうことです(15ページ図表)。 1 会社を好きになってもらう  まずはシニアに会社を好きになってもらうことが大切です。好きだからこそ、会社のために期待以上の成果を出そうとするのです。そのためにはシニアに安心感を持ってもらい、会社から必要とされていると感じてもらいます。 ●会社への安心感  シニアに会社への安心感を持ってもらうことは最低限必要です。安心感というのは相手が感じとるものですから、抑えつけて安心感を持たせようとしても逆効果です。そこで、一つ考えられるのは約束を守ることです。例えば、定年やその後の継続雇用制度があれば、それに規定された手順を愚直に踏むことです。何も特別なことではなくても、あたり前のことをあたり前に行う会社に対して安心感は高まります。 ●仕事のやりがい  人は他者から必要とされていることにやりがいを感じますし、その相手に対して好意を持つものです。雇用関係においても「法律で決まっているから、定年後はとりあえず65歳、70歳まで雇用するけど」ではなく、「あなたがいてくれて助かる」という意識を持てば、シニアはやりがいを感じます。トップがそのような意識を持てば、社内にもそのような雰囲気が醸成されますから、シニアも会社を好きになります。 ●コミュニケーションを意識する  コミュニケーションというのはおもに感情と情報のやりとりです。シニアは、社内でもなんとなく疎外されやすいので、意識してコミュニケーションを充実させます。感情面では、仕事を教えてもらったら「いつも助かります」と感謝を伝え、また、情報面では新商品やイベント情報などを伝えます。このようなことをコツコツ行うことにより、社内において一体感が生まれやすくなります。 2 転職組とのミスマッチを防ぐ  いわゆる転職組については、自社にないノウハウを活用できるというメリットがある反面、考え方の違いなどからミスマッチを起こし早々に離職ということもあります。それを防ぐには次のようなことが考えられます。 ●雇用の目的を明確にする  若い人の場合は、自社で育成するということもあり、長い期間で考える必要がありますが、シニアの新規雇用では勤務年数がかぎられていることから、基本的には即戦力ということになります。「新入社員のつもりで勉強させてもらいます」と勉強をしに来てもらっても困るわけです。ですから、何をしてもらうために雇用するのかを明確にし、本人にも具体的に伝えます。 ●経歴を過大評価しない  シニアの雇用にかぎったことではありませんが、経歴の過大評価は禁物です。特に、他社を定年後となれば、若い人より経歴も長く、また、一般に自社より規模の大きな会社に勤務していた人が多く、経歴は立派な人が多いものです。そこで「すごいな、この人なら大丈夫」と思いこみやすくなります。しかし、仮に優秀であったとしても、それはその会社の仕組みのなかでの話であり、前提条件が違う自社で活かせるとはかぎりません。 ●試用期間でユニフォーム≠フ着替え  生え抜き組と違い、転職組の場合は新たな雇用ですから能力など未知数なので試用期間を設けたほうがよいです。通常は3カ月程度でしょうが、その間の勤務態度など働きぶりをしっかり見きわめます。また、この間に前職から自社のユニフォーム≠ヨ着替えてもらいます。つまり、もう前職に勤めているのではなく、自社の一員になったことを感覚的にも理解・納得してもらいます。 3 シニアの強みを活かす  長い職業経験によりつちかわれた知識や知恵といった強みは、一朝一夕に習得できるものではなく、会社にとっても大きな財産ともいえます。その財産を活用・継承してもらうことはシニア雇用の大きなメリットです。 ●シニアの持つ三つの強み  シニアの持つ強みについては、会社の業種・業態によって有用性の程度は違いますが、おもに次のようなものがあります。@「豊富な経験や知識・知恵」:過去の豊富な経験などに基づいた問題解決能力、A「人間関係や人脈」:良好な人間関係構築能力から若手の指導や育成、調整能力、B「勤務の安定性」:長年の勤務実績から、強い責任感により決まった時間に出勤し、所定の業務を成し遂げる能力、などです。 ●強みを言語化して継承する  シニアの持つ強みは会社にとって無形の財産です。ただ、中小企業の場合は仕事に人がつくのではなく、人に仕事がつく傾向が強く属人化しやすいものです。そのために、強みを言語化し若手に継承させます。言語化とはいっても言葉だけではなく図や写真、動画の活用も考えられます。また、言語化をシニアに一任するのではなく、若手も一緒に行えばより効果的です。 ●企業DNAとして活用する  最近よく企業DNAという言葉を聞きますが、企業が持つ独自の魅力、らしさ、信念や行動規範が、長く時代を超えて受け継がれることをいうようです。シニアの持つ強みも、まさに企業DNAの一つです。規模の大小にかかわらず老舗といわれる企業は、このようなDNAが脈々と受け継がれており、社会からの評価も高く、若手の新規採用にも有利です。結果としてシニアはもちろんのこと全社員の活性化につながります。 4 チームのレギュラーに位置づける  以前なら定年後のシニアは補欠的な存在だったかもしれません。しかし、深刻な人手不足にあって、いまやチームには欠かせないレギュラーであり、その強みを遺憾なく発揮してもらえばこそ会社の成長につながるのです。 ●シニアの役割とチームワーク  シニアの役割は会社ごとに違いますが、多くの場合はチームワークにより成果を上げるわけです。例えば野球では、9人の選手それぞれにポジションがあり、その持ち場で力を発揮することによりチームを勝利に導きます。会社も同じように、若手・中堅・ベテラン・シニアがそれぞれの役割を果たすことで成果を上げることができます。つまり、シニアも会社というチームでは欠かせないレギュラーなのです。 ●肩書で役割を見える化する  シニアにとって役割というのは重要ですが、カタチとして見えにくいので見える化することが必要です。例えば、になっていただく役割に応じて「業務サポート役」、「シニアアドバイザー」、「技術指導役」といった肩書を付与します。もちろん、名刺にもそのような肩書を記載します。長い間役職だった人が、定年で何もなくなると気持ち的に落ち込み、消化試合的な雇用関係になりかねないからです。 ●会社の成長を後押しする  シニアの雇用はシニアだけの問題ではありません。シニアがチームのレギュラーとして活躍することは、若手にとっても励みになります。「明日は我が身」であり、いずれは自分たちもシニアになるわけですから、他人ごとではありません。特に、中堅やベテランにしてみればそう遠くない話です。会社がシニアをチームのレギュラーとして大切に扱うことで、会社全体の雰囲気をよくし、成長を後押しするのです。 5 スキルアップ・学び直しを支援する  雇用を取り巻く環境が急速に変化し、「人生100年時代」といわれ職業人生が長期化するなか、シニアにもいまの時代に対応できるスキルが求められています。そのために必要なのがスキルアップ・学び直しの支援です。 ●求められるスキルも変わる  仕事をするうえで求められるスキルも変化します。例えば、計算するのもそろばんから電卓、そしていまはパソコンです。たしかに、長年の経験により身につけた知識・知恵は豊富かもしれませんが、いまの時代に合うよう定期的なスキルアップ・学び直しが必要です。このような取組みが、会社から雇われる力を身につけることになります。結果として、戦力的な人材として年齢を問わず重宝されるのです。 ●公的支援制度を活用する  スキルアップ・学び直しの支援といっても、中小企業が自前で行うのは困難です。そこで活用できるのが、厚生労働省の「労働者が受講できる公的職業訓練(ハロートレーニング)※1」、「事業主による人材育成への支援」として、人材開発支援助成金※2、JEEDの生産性向上支援訓練※3、企業内のキャリアコンサルティング(セルフ・キャリアドック)※4などがあります。 ●セカンドキャリアにつなげる  いまは定年後とはいえ、消化試合的な雇用というわけにはいきません。ですから、定年はゴールではなくセカンドキャリアのスタートでもあります。中小企業では、就業規則の規定では65歳まで継続雇用とはなっているものの、実際には、年齢に関係なく働けるうちは一日でも長く働いてもらいたいという会社も少なくありません。そのためには、これまでのスキル・キャリアを活かしつつ、いまの時代に合うようなスキルアップ・学び直しへの支援が必要なのです。 ※1 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/zaishokusha.html ※2 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html ※3 https://www.jeed.go.jp/js/jigyonushi/d-2.html ※4 https://carigaku.mhlw.go.jp/corp/ 図表 マネジメント面からシニアの活躍をうながす 会社を好きになってもらう 転職組とのミスマッチを防ぐ シニアの強みを活かす スキルアップ・学び直し支援 安定した戦力として会社を支えてもらう ※筆者作成 事例1 機械化やDX、多様な働き方の推進がシニアも働きやすい職場づくりにつながる イシハラフーズ株式会社(宮崎県都城(みやこのじょう)市) 自社農場で栽培した野菜を原料として安心・安全な冷凍野菜を製造・販売  イシハラフーズ株式会社は、1976(昭和51)年に初代社長の石原(いしはら)和秋(かずあき)さんが、学生時代に創業した青果業からスタートした。1983年から野菜の冷凍食品事業も手がけるようになり、この事業に注力し、1991(平成3)年に社名を「石原青果株式会社」から現在の「イシハラフーズ株式会社」に変更。また、冷凍食品事業を始めた当初は、契約した農家から野菜を仕入れて加工していたが、生産者の高齢化やにない手不足が全国的に課題となるなか、原料の地元産の野菜を安定的に確保し続けていくことを考え、2003年に自社農場を立ち上げ、農業生産法人として歩み始めた。以降、農場を徐々に増やし、現在では原料の約98%を自社農場で栽培している。  企業理念に「国産の元気な野菜を食べると、人間の体も元気になる。」を掲げ、ほうれん草や小松菜、里芋、枝豆、大根などを栽培し、採れたてを速やかに加工し、包装、出荷まで手がける。出荷前には商品の細菌検査や食味検査、残留農薬検査も自社で行い、安心・安全な商品づくりに努め、全国の生活協同組合を通じて販売している。2024(令和6)年には日々の努力が実を結び、商品の一つである「オーガニックほうれん草」が、野菜ソムリエが選ぶ「第1回全国冷凍野菜アワード」で「最高金賞」を受賞。その後も地道に実績を積み重ねて成長し、2026年に創業50周年を迎えた。  早くから多種類の機械を導入するなど、農作業の効率化や省力化を図る取組みのほか、DXやIT化を推進して独自開発したシステムで農場や作物、商品の情報を一元的に管理して見える化する「トレーサビリティ」を実現し、取引先や消費者の信頼を得る取組みを積極的に進めてきた。そうした取組みの成果により、若い人材とともに、多くのシニア人材が活躍している。 「土に下りない農業」を目ざして農業の機械化やDXに取り組む  同社の定年は65歳。本人が希望すれば、会社と働き方などを相談してその後も継続して働くことができ、雇用の上限年齢は定めていない。  従業員数は133人。うち60歳以上は23人で、内訳は60〜64歳が8人、65〜69歳が7人、70歳以上が8人(2026年3月末日時点)となっている。2026年に入り、業務委託で仕事を依頼していた数人を自社で直接雇用としたことから、シニア人材が増えたそうだが、同社で定年を迎え、さらに勤め続けている人も多く、最高年齢者は78歳である。  代表取締役の小倉(おぐら)祥子(しょうこ)さんは、社会福祉士の資格を持ち、以前は東京都台東区の社会福祉事業団で働いていたが、東日本大震災の復興支援を機に地域に合った産業があることの大切さに気づき、出身地である都城市に戻りイシハラフーズに2018年に入社。2021年に社長に就任した。  「先代社長である父が、『いずれ人を採れなくなる時代になる』と将来を見すえ、少人数で効率的に作業ができるよう、『土に下りない農業』を目ざして、農業の機械化を進めてきました。また、加工場の省人化・効率化に取り組むとともに、IT化を進めて、少人数で野菜づくりから加工、出荷までを手がける現在の当社の土台が築かれました」(小倉社長)  15年ほど前から農産部(野菜の栽培にかかわる従業員)の全員にiPhoneを支給し、独自のシステムにより、農場ごとの栽培状況や最新情報を社内で共有。これにより、農場から事務所に戻って日報を書く手間がなくなり、農産部の社員は農場への直行・直帰が可能になった。  小倉社長は「父は、携帯電話もショルダーバッグ型のころから使うほど新しもの好きで、社用パソコンはApple社のMacが登場したときに導入し、社員も便利なものを使って、仕事をやりやすくしていこうと必死になって応えていきました」と多様な挑戦をしてきた過去をふり返る。現在もAIを含むDXに取り組み、だれもが使いやすいシステムや、作業が楽になる機械化を追求し続けている。この精神と努力の賜物が、シニアにとっても働きやすい職場環境の実現につながっている。 iPhoneを使って社内に情報を発信わからない操作は若い人から教わる  先代の時代から同社に勤務する田上(たのうえ)三十一(みとかず)さん(78歳)は、三重県内の自動車メーカーを経て、故郷の宮崎県に帰り、三十数年前に同社に入社した。以来、「フィールドコーディネーター」として、700カ所以上ある同社の農場の賃借契約や1000人を超える土地所有者との連絡・調整などを一人で担当。78歳のいまもフルタイム勤務を続けている。  現在では「農地中間管理機構」(農地バンク)※という組織を介するようになり、土地所有者らとのやりとりは少し変化したが、当初はコツコツと一軒ずつ訪ねていく毎日で、「まず、信頼関係を築くことに努めました。畑を借りて、当社で野菜づくりをしていくなかでは、地域の方々とコミュニケーションをとることが大切な仕事の一つです。畑のある地域に足を運んでは、いろいろな方と話をしました」とふり返る。温厚な人柄の田上さんは、やがて各地域で知られる存在になり、同社で借りる農場数は次々に増えていったそうだ。  「携帯電話は、早くから仕事で持たせてもらいました。便利ですし、いまはiPhoneで畑に設置した看板の二次元コードを読みとるとその畑の最新の状況がわかり、社内で共有したい情報を私から流すこともできます。新しいアプリで使い方がわからないときは、若い社員に教えてもらいます。みんな親切に教えてくれます」と田上さんは語る。今後の抱負をたずねると次のように返ってきた。  「会社をよくしていきたい、という思いがあります。いま、点在している自社の農場をなるべく集約して、広い畑にしていくことに取り組んでいます。賃借や農場の交換のための交渉を、双方にとってよくなるように考えて進めています。畑が広くなれば、農産部の仕事がしやすくなるので大事な役目であり、やりがいを感じています。昨年からは30代の社員とペアを組んで仕事をしており、徐々に引き継ぐようにしています。ただ、会社から必要とされる間はがんばって働いていたいと思っています」  小倉社長は、「田上さんの仕事は当社にとってとても重要で、すぐに引き継ぎができる内容ではないため、今後も仕事をする姿を若い人に見せながら、いろいろなことを伝えてほしいと思っています」と深い信頼と期待を話す。 新入社員をさりげなくサポートするシニア人材の隠れた活躍に感謝  同社の業務は、畑で野菜を栽培する生産部、旬の野菜を急速冷凍して商品にする製造部、機械の修繕やメンテナンスを行う工務部、安全管理をになう品質管理部、そして事務部門に大きく分けられる。もっとも規模が大きいのは製造部で、従業員のおよそ7割が所属する。  この製造部をはじめ、女性や子育て世代の社員も多く、小倉社長は就任後、機械化による効率化や製造力の向上に取り組みつつ、子育て世代にとって働きやすい環境を整えることに注力。出勤・退勤時間や休日を社員が自由に決められるようにしたり、年間休日数を少しずつ増やしたり、男性の育児休業取得の促進などにも取り組んできた。こうした環境整備の効果もあり、人手不足といわれる現在でも、同社には20代、30代の人材が入ってくるそうだ。  小倉社長は、新入社員が仕事を覚え、慣れるまでの過程で、「シニアが大切な役割をになっています」という。  「教えることが得意な人も、職人気質であまり得意でないという人もいるなかで、シニアのパート社員がさりげなく仕事のコツを教えたり、声をかけたりしていて、会社にとって大事な存在であることを実感しています」(小倉社長)  製造部に勤務して25年になる蒲生(がもう)幸子(さちこ)さん(75歳)もその一人。「蒲生さんは手際がよく、野菜選別などの技術があるうえ、新しい人が仕事に慣れるまでそっと支えたり、話しかけたりして、とてもありがたい存在です」(小倉社長)  蒲生さんは、「若い人や技能実習生に仲よくしてもらっています。技能実習生からは出身国の言葉を教えてもらい、その言葉で朝のあいさつをすると笑顔で返してくれるのがうれしいんです。お昼休みにも話をしたりして、楽しいですよ。仕事場では、コツのようなことを伝えることがありますが、物を運ぶようなときは、若い人が『私が持ちます』といってすぐに代わってくれるので、助かっています」と職場の様子を明るい表情で話す。  75歳になったとき、それまでの週4日勤務を、社長に相談して週3日にして、「体力に合った働き方ができていると思います」と蒲生さん。休日は趣味のお菓子づくりをして、職場仲間にふるまうことも楽しみの一つという。  工場で機械化が進んでいることには、「機械化が進んで、本当に働きやすくなりました。昔は野菜を持ち上げる動作があって体力的にきついこともあったのですが、いまは機械がやってくれるので楽になりました。新しい機械が導入されると、安全講習があるので、その都度しっかり学ぶことを大切にしています。ほかにも、床のホースに足を引っかけそうで気になっていることを会社に相談すると、工務部で対策を考えてつまずかないための対策をしてくれました。こういった要望を聞いて、すぐに対応してくれる環境もありがたく感じています。社長は気さくに話しかけてくれますし、何かあれば相談できる安心感があります。健康に気をつけてなるべく長く働いていたいです」と話してくれた。 働き続けながら介護を両立 多様な働き方ができる職場を目ざす  製造部でフリーザー機械のオペレーターなどを務める西杢比野(にしむくひの)浩(ひろし)さん(63歳)は、2年ほど前に隣家で暮らす母親に異変を感じ、「もしかしたら認知症では」と気になり始めた。日に日にその心配が大きくなるなか、小倉社長から声をかけられ、西杢比野さんは初めて事情を話すことができたと当時をふり返る。  「社長は私を気づかいながら、相談機関があることや受けられる支援などについて教えてくださいました。途方に暮れていましたが、それから母を病院へ連れて行ったり、介護支援を受けられるように申請をしたりしました。そのために仕事を休んだり、途中で抜けたりしなければならず申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、社長が職場で話をする機会を設けてくださって、みんなに支えてもらいながらできることに努めました。感謝しています。いまは両親とも入院しているのですが、だれにもいえず相談もできなかった2年前ほど大変ではありません。次は、自分が職場で支える側になりたいですし、体が続くかぎりここで働いていたいと思っています」と西杢比野さんは話してくれた。  小倉社長は、「いつも一生懸命働いている西杢比野さんもなくてはならない人材です。親の介護に直面している社員がほかにもいましたし、職場で話をしたところ、だれもが他人ごとではなく『お互いさまだから』という空気が生まれました」と2年前をふり返る。  さらに、「社員とは年1回、1on1の面談を行い、ご家族のことや困りごとも聞くようにしています。ただ、日常では話す時間は限られ、特に介護のことは話しにくいという人もいるので、話すきっかけをこちらからつくることが大事だと感じています。少しでも聞くことができれば、相談機関を紹介したり、出勤時の短い時間でも『その後どう?』とたずねることができます。会社としては、働き続けながら、介護と両立できるよう、介護休業・介護休暇制度の周知、取得促進に努めるとともに、これからも支え合える職場、多様な働き方ができる職場づくりを目ざしていきます」と続けた。  小倉社長が大学卒業後に就いた福祉の仕事は、ソーシャルワーカーだった。「利用者の方が自分の持てる力を発揮しながら自己実現していくために、福祉の専門職をつないで環境を整えたり、サポートしたりする役割です。考えてみると、いまも取り組んでいることは変わっていないように思います。一人ひとりの社員がその人らしく働きながらワーク・ライフ・バランスを実現し、自己実現ができるように、今後も働きやすい職場づくりに取り組んでいきます」 ※農地中間管理機構……都道府県、市町村、農業団体等が出資して組織されている法人。都道府県知事が、その都道府県において一つに限って指定する 写真のキャプション 代表取締役の小倉祥子さん フィールドコーディネーターの田上三十一さん 製造部の蒲生幸子さん(写真提供:イシハラフーズ株式会社) 製造部の西杢比野浩さん 事例2 多様な人材が活躍できる職場づくりに努め、シニア人材が蓄積した技術と経験を発揮 株式会社鬼頭(きとう)精器製作所(せいきせいさくじょ)(愛知県豊田(とよた)市) 精密機械部品の加工を手がけて63年強みは1ミクロンレベルの加工技術  株式会社鬼頭精器製作所は、「クルマのまち」、「ものづくりのまち」として知られる愛知県豊田市に工場を構える金属加工会社。1963(昭和38)年に創業して、今年で63年になる。おもに精密機械部品の切削加工や研削加工を行い、手がける部品の種類は多種多様。1ミクロンレベルの加工技術と、切削から研磨、ユニット組立てまで、一貫製造を行う体制を整え、回転工具の修理においても優れた技術を有することを強みとし、自動車、航空・宇宙、工作機械など、さまざまな産業から高い評価を得て信頼と実績を積み上げている。  その技術力を支えているのは、技能者の9割が国家資格である技能検定を取得し、職業訓練指導員免許などの有資格者が多数在籍する製造部門の人材と、働きやすい職場環境の整備に日々努める管理部門などの人材、そして、時代に合わせた「多様性のある働き方」を目ざしている経営者の考え方と実行力である。  同社では、熱意を持って仕事に臨む人材を採用し、年齢、性別、国籍などで差別をしないという方針のもと、だれもが活き活きと働ける職場環境を目ざして働き方改革に取り組んでいる。さらに、社員の困りごとや相談に対応する「よろず相談室」を設置するなど、子育てや介護をしながら働き続けられるよう、柔軟な働き方も実現している。  「当社の仕事は、技術に加えて経験が大事になるので、経験豊かなシニアは貴重な人材です。もちろん壮年期、青年期の人材も同じように大切です。バランスがとれた年齢構成になるように努めています」と同社経営企画室・SDGs推進室室長兼営業副本部長の渡辺(わたなべ)広之(ひろゆき)さんは説明する。同社では、ミドル世代の「壮年期」の人材が、若い「青年期」の人材を育成し職場をまとめる役をにない、シニア世代の「老年期」の人材は、つちかった技術と経験を活かし、生きがいを持って働く世代と位置づけている。「若い人から見た当社の魅力は『技術が身につくこと』、シニアの方々にとっては『技術、経験が活かせること』だと思います」(渡辺室長)  人材獲得競争が厳しさを増すなかにあっても、毎年新卒者を採用し、2026(令和8)年度は4人を迎えた。そして、多くの社員が技能検定1級取得を目ざして知識・技術の研さんを自発的に重ねており、同社では資格取得にかかる費用負担などを通して社員を支援している。2026年3月現在の受賞者・有資格者(延べ人数)は、黄綬褒章1人、現代の名工1人、愛知の名工4人、職業訓練指導員6人、複合技能士3人、特級技能士5人、一級技能士34人、二級技能士15人となっている。 雇用年齢の上限を定めず退職時期は本人の意思にまかせる  同社の定年は60歳。その後も働き続ける意欲のある社員には、フルタイム勤務の「嘱託社員」と、希望する時間で働く「パート社員」の二つの区分を用意している。パート社員は一年ごとに契約更新を行うが、嘱託社員は契約期間を設けていない。いずれの区分も雇用年齢の上限を定めず、健康で働く意欲があれば雇用を継続し、退職時期は本人の意思にまかせている。年に1〜2回、働き方などについて話し合う面談を行っており、賞与には能力の評価が反映される。  2026年4月1日現在の従業員数は51人。工場で働く技術者がもっとも多く40人ほどである。従業員のうち、60歳以上は18人で、内訳は60〜64歳が3人、65〜69歳が6人、70歳以上が9人。70歳以上のうち、2人が80代である。  60歳以上の従業員を雇用区分別にみると、嘱託社員が3人、パート社員が15人。最高年齢者は82歳で、経験を活かして工場で活躍している。  大岡(おおおか)重晴(しげはる)さん(81歳)は、勤続年数55年を超える超ベテラン技能者。「ものづくりが好きで、最初は刃物をつくる現場で働きました。作業は教わるのではなく、見て覚える、という時代でした。機械が好きなこともあり、縁あってこの会社に入り、60歳の定年が過ぎて20年も経ちました。いろいろなことがありましたが、身につけてきたものを活かせる仕事ができることがありがたく、毎日勤務しています。年金を受け取るようになってから、勤務時間を短くして、いまは9時から15時30分まで。明るいうちに帰宅できます」と話す大岡さん。  同社では長年製造業務にたずさわり、1年ほど前から品質管理を担当している。完成した部品を、図面をもとにデジタルスケールなどを用いて精度を確認したり、角度を変えるなどしながら慎重にチェックしていく。  渡辺室長は、「さまざまな仕事を経験し、技術と経験を積んでこられた大岡さんは、とても頼りになる存在です。品質管理は多様な経験があるからこそできる仕事です」とその仕事ぶりに敬意を表する。大岡さんは、「会社に来て手を動かしていることが認知症防止や健康のためになっているように思います。居心地は悪くないですよ(笑)。元気なうちは、働いていたいと思っています」と笑顔で語り、仕事場に戻ると凛としたまなざしで作業を再開した。 経験と熱意を重視して70代も採用 他社での経験が若手への刺激や学びに  中途採用についても年齢で区切ることはなく、経験があり、健康で熱意があれば、70代でも採用している。他社で定年退職をした後に、ハローワークなどを通じて入社する人も多いという。  例えば、大手自動車会社の元技術者で管理職経験のある70代の人材を採用し、労務・人事・採用の担当として働いてもらっている。「大企業を定年退職した方が、『再びものづくりにかかわりたい』と入社され、若手のなかに入って活躍しています。豊富な経験や知識を持ち技術を磨いてきた方々の存在は、若手にとって刺激になったり、資格取得のアドバイスをもらえたりもしています。もちろん当社に長年勤めているベテラン人材も含めリスペクトされる存在になっています」とシニア人材がいるメリットを語る渡辺室長。  「ただ、大企業と当社のような中小企業とでは仕事のやり方が違いますし、当社の場合、小ロットで毎日製作するものが異なるので、中途入社の方には一から学んでいただくことが多くありますが、みなさん熱意を持って対応されています。一方、大企業での経験や考え方から当社が学ぶことも多く、シニアの方々がそれぞれにつちかってこられたものは貴重でありがたいものばかりです」(渡辺室長) 働きやすい職場づくりに向けて新たな有給休暇やよろず相談室をつくる  同社のシニア人材は、自分の体調に合わせて無理せず仕事を続けている。「体調コントロールができているようで、そういう面においてもプロフェッショナルを感じます」と渡辺室長。  同社では、健康経営○R(★)に取り組んでおり、「健康経営優良法人2026(中小規模法人部門)」の認定を受けている。おもな取組みとしては、定期健康診断の実施に加え、人間ドックの費用を会社が負担し、受診することを促進している。  勤務時間や日数について、本人の要望に柔軟に対応していることも社員から好評だ。シニアにかぎらず、子育てや介護をしている社員もおり、必要があれば各種制度の範囲を越えて休めるなどの対応もしている。もともと柔軟性のある社風で、それを引き継いだ現在の社長が、時代に合ったより多様な人材が働きやすい会社を目ざして現在に至っているという。  2023年には、社長の呼びかけでSDGs推進室を立ち上げ、若手社員を集めてワーキンググループを結成。働きやすい職場づくりに向けて議論を重ね、就業規則にも反映させながら具体的な改善を進めた。そして、ボランティア休暇やファミリーフレンドリー休暇、育児目的休暇などさまざまな休暇制度を導入。また、メンター制度、LGBTQに配慮した就業規則改定などを実施。より休暇を取りやすい雰囲気が生まれ、現在の有給休暇取得率は90%を超えた。必要なときに休みが取りやすい職場環境は、年齢にかかわらず好評だ。  ワーキンググループでは、同社のよい点をあげる意見交換を行い、それが外からみても評価されるものかを探るべく、「豊田市SDGs認証制度」、「あいち女性輝きカンパニー認証制度」などに応募。結果、どちらも認証を受けることができた。さらに2024年には、豊田市「はたらく人がイキイキ輝く事業所表彰」に応募し、イキイキ優秀賞を受賞。これらを通して、自分たちがあたり前だと思っていたことがじつはすばらしい取組みであることを認識することができたという。社員にとって誇りにもなるだろうと考え、同社ホームページやインスタグラムなどで社内外に積極的に発信している。  働きやすい職場づくりの実現ではもう一つ、社員の困りごと、相談に対応する「よろず相談室」の存在があげられる。仕事以外の家庭や暮らしに関する相談をすることもでき、任命された4人の担当者が、相談内容や相談者の希望に合わせて対応する。「悩みを抱えたまま仕事をしていると、けがや事故につながることがあるため、いつでもどのような内容でも相談できる場として設置しました」と渡辺室長。これまで、多数の社員からさまざまな相談があり、解決できない場合は専門機関を紹介するなどの対応をしている。 みんなのお母さんのようなシニア人材が職場に心地よい風を吹き込む  よろず相談室の相談員を務める竹森(たけもり)さよ子さん(66歳)は、勤続約30年。もともとは、「清掃を手伝ってほしい」と当時の社長から声をかけられてパート社員として入社した。ほどなくしてフルタイム勤務となり、10年ほど前からは、前任者から仕事を引き継いで経理を担当している。  「週5日、8時から17時までの勤務です。出勤前には畑仕事をしています。100坪ほどの畑でいろいろな野菜をつくり、たくさん収穫できた日に会社に持参すると、みなさんが喜んで持ち帰ってくださることが私の喜びになっています」と竹森さん。経理の仕事にも活き活きと取り組んでいる。渡辺室長は、「みんなのお母さんのような存在です。経理はもちろん、よろず相談員としても元気に活躍されています」と竹森さんを語る。  最近では、ベトナムから来日して働いている社員の住まい探しの相談にのり、職場までの通勤時間やお子さんの小学校のことも含めて親身になって寄り添いサポートした。「ただのおせっかい焼きです(笑)」と竹森さんは朗らかに話す。職場環境についてたずねると、「希望に合った働き方ができるところがよいと思います。有給休暇も取りやすいです」と即答。いつも笑顔で明るい表情の竹森さんが、職場をあたたかい雰囲気にしている。 多様な人材のメンバーを大事にしてだれもが働きやすい職場環境を目ざす  同社では、ベトナムを中心とする外国人人材や子育て・介護をしている人材、シニア人材など20代から80代まで多様な人材が働いている。渡辺室長は、「分け隔てなく仕事ができる環境を実現しているので、やる気があればどんどん成長できますし、ベテラン人材にとっては持てる力を発揮でき、よい組織になっていると思います」と自社を評価する。  最後に、今後の方針とシニア人材への期待をたずねると、「生産年齢人口が減り、先が見えにくい時代ですが、長期的な目線を持って、現在のメンバーを大事にして進んでいきます。そのなかでシニアの方々には、つちかってきた技術と経験を活かし、また、新しいことにチャレンジする気持ちも持ちつつ、無理せず、元気に仕事を続けていただくことを期待しています」と話してくれた。 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション 株式会社鬼頭精器製作所の本社工場 経営企画室・SDGs推進室室長兼営業副本部長の渡辺広之さん 品質管理担当の大岡重晴さん 経理を担当する竹森さよ子さん 事例3 「生涯現役宣言」で年齢上限なくシニア人材を雇用 個人の事情にあわせて働ける環境を実現 株式会社旭フーズ(埼玉県日高(ひだか)市) 「生涯現役制度」を宣言 最高齢者は86歳  埼玉県の西南部、日高市に本社を構える株式会社旭フーズ。創業は1984(昭和59)年で、業務用食材の卸売販売を中心に事業を展開している。生産者やメーカーから食材を仕入れ、飲食店などに提供しており、取引先は大手外食チェーンから地域のレストラン、居酒屋までさまざま。扱っている商品は、海産物、魚介類、野菜類、畜産物、畜産加工品、麺類、タレ、ドレッシングなどがあり、冷凍食品やチルド商品、乾物や缶詰、調味料などのグローサリー、店舗で使用する食器類や制服と幅広く、得意先からの注文への迅速・柔軟な対応を目ざしている。近年は、これまでつちかった技術力やノウハウを活かし、介護事業者向けの介護系完全調理品の扱いも始め、業績が伸びているそうだ。  社員数は、正社員27人、パート・アルバイト37人の計64人。60歳以上は正社員2人、パート・アルバイト19人の計21人。うち70歳以上は7人で、最高齢者は86歳となっている。10年以上働いているシニア社員も多く、元気な高齢者によって同社の事業は支えられている。定年65歳、希望者全員75歳までの継続雇用制度を整えているが、2018(平成30)年に「生涯現役制度」宣言を行い、75歳以降も「本人に健康上の問題などがなく、本人が引退宣言をしないかぎり」(代表取締役の菊地(きくち)拓也(たくや)さん)、パート・アルバイトとして継続的に雇用することを明言した。 「自動仕分け機」を導入 省力化でシニアにも働きやすい環境に  旭フーズの業務の中心となるのが、得意先に食材などを納品するための仕分け作業。倉庫や冷凍庫内に保管されている多種大量の商品から、各店の注文に応じた商品をピックアップしていく業務だ。以前は、スタッフがそれぞれ台車を動かし、紙の伝票を見ながら、場内の商品を集めて回っていたが、働きやすい環境整備の一環として、自動仕分け機を導入している。  これにより社員は機械のレーンに流れてくる商品を受け取る作業を行えばよいので、シニア社員でも負担なく作業ができるようになった。また仕分けでは、それぞれ異なる注文について、迅速に正確に作業を行うことが求められるが、それを自動化することにより、スタッフのストレス軽減にもつながっているそうだ。  一方で、自動仕分け機により、作業効率が上がったことで、排出される段ボールの量が増え、その処分が問題化したという。そこで採用したのが「段ボール圧縮機」。通常、空になった段ボールを解体し、まとめる作業にはかなりの力が必要となるが、ここに機械を導入することで、段ボールを箱のまま投入するだけで圧縮することができるようになり、年齢を問わず、だれでもできる作業になったという。  このほかにも、シニア社員が働きやすい環境整備に恒常的に取り組んでおり、転倒防止のために階段に手すりを設置。さらに、シニア社員を含め、年末の繁忙期を全員で乗り切るため、毎年医師が本社に来て、全社員を対象としたインフルエンザの予防接種を行っている。  新型コロナウイルスの感染が広がった時期にも、地域の医療機関の協力を得て、社員がワクチンを接種できるよう全力を尽くしたそうだ。「コロナ禍では、経済的な大打撃を受けて痛手を負いましたが、働いている方々の命を守りきらねばと思っていました」と菊地社長。同社では何よりも、社員の命と健康を守る取組みを最重視している。 「仕事をすることで健康に」 最前線で働くシニア社員  商品の仕分け業務を担当している船蔵(ふなくら)君恵(きみえ)さん(76歳)は、旭フーズに入社して30年。新聞の折込みチラシの求人を見て、同社に応募したそうだ。「チラシには『45歳まで』と書いてあったのですが、当時の私は46歳。ダメ元で申し込んだら『大丈夫』といわれて仕事を始めました」と船蔵さん。  それから30年間、「本当にいろいろな仕事をしてもらいました」(菊地社長)と感謝される存在で、76歳になった現在も同社の中核となる業務を支えている。数年前までは、週5日で働いていたが、「いまは腰痛の影響などもあり週4日勤務になりました。でも仕事は生活のためでもあるし、生きがいでもあります。周りのみなさんとの交流があるから元気に過ごせます」と船蔵さんは話す。  船蔵さんは、以前の人力での仕分け業務も経験しており、自動仕分け機が導入されてから「とても楽になった」という。歩く距離も少なくなり、腰痛もあるが「ちょうどよい距離で、リハビリみたいになる。ちょっと重い物を持つときもありますが、持てないときは周りの人が助けてくれます」と笑顔で話してくれた。  商品の品出しと仕分け業務をになっている森(もり)幸男(ゆきお)さん(74歳)は、もともとコンピュータや経理関係の仕事をしており、旭フーズに入社したのは60歳になったころ。途中4年ほど中断をはさみ、約10年にわたって同社で仕事をしている。  森さんも、仕分け業務について、「歩いたり、ものを持ち上げたりするので、健康にもつながる仕事ですね。お給料をいただきながらジムに通っているようなものです」と笑顔で話します。現在は週平均4日ペースで出社しており、「この年になって『仕事』という意識を持ちすぎてしまうと、かえって無理が出てしまうのではないでしょうか。あまり構えずに働いています」と、長く仕事を続ける秘訣を話す。「仕事もなく、家でじっとしているだけでは退屈ですから」と話す森さん。休日は、趣味のボウリングなどの「遊び」に費やしているそうで、「70歳になってアベレージが落ちてきた」とはいうものの、ボウリングの平均スコアは170台。仕事も遊びも精力的に取り組んでいる。  同じく仕分け業務を担当している中島(なかじま)寛泰(ひろやす)さん(65歳)は、2025(令和7)年11月に入社したばかりの、同社にとっては「新人」だ。エネルギー関連会社を61歳で定年退職し、しばらくは孫の育児にたずさわっていたそうだが、「孫も大きくなり、時間ができたのですが、ゴルフなどの趣味の時間だけでは空いた時間が埋まりません。何か仕事をしなくてはと思い、ハローワークで旭フーズを紹介してもらいました」と入社の経緯を語る。  「いままでしてきた仕事とはまったく異なる分野なので新鮮ですね。過剰なノルマや精神的プレッシャーなどはなく、無理のない範囲で仕事ができるのでありがたいです」と話す。現在は週4〜5日、8時30分から16時までの勤務で、「1カ月前に申請をすれば休暇も比較的自由に取れるので、仲間とのゴルフ日程の調整などもできますし、とても働きやすい職場です」と話す。  中島さんも、現在の仕事が健康・体力の維持増進につながっていることを実感しているようで、「仕事がある日は、1日1万3000歩ぐらい歩きます。体調もよくなりBMI(体格指数)もだいぶ下がりました」とのこと。趣味のゴルフでも「この年になって飛距離が伸びてきました。これも仕事のおかげ」と笑顔を見せる。 大病を乗り越え77歳で現役 86歳「最高齢者」は「90歳」を目ざす  小島(こじま)泰水(やすお)さん(77歳)は60代のころに大病を患い、その治療を経て同社に入社した。  「心臓の病気で、60代前半のころが特にたいへんでした。手術を受け、しばらくは自宅で過ごしていたのですが、リハビリを経て歩けるようになったことで、仕事を始めました」と話す。当初は警備員の仕事に就いたが、医師から「泊まりがある仕事は体への負担が大きいのでやめた方がよい」と指摘されたことを機に、旭フーズの求人を見つけ、働くことになったそうだ。  週3日、朝8時からの勤務で、「オリコン」と呼ばれるプラスチック製コンテナの洗浄を担当している。「洗浄業務を普通にしているだけなら、体への負担はほとんどありませんが、無理をするときつくなることもあるので、午後の作業を早めに終えるなど、配慮をしてもらっています」と体調に合わせた働き方ができていると話す。  大病を経験しただけに、「体が限界を感じるまでは働きたいと思っているのですが、幸いなことにまだ感じていません。こうして仕事ができるのはありがたい」と話していました。  多くのシニアが活躍する旭フーズのなかで、圧倒的な最高齢記録を更新し続けているのが川口(かわぐち)弘幸(ひろゆき)さん(86歳)だ。福岡県柳川(やながわ)市出身の川口さんは、高校卒業後に上京。大学は夜間の工学部機械科で、入学と同時に機械の設計会社に入社し、大学を卒業して2年後には会社を立ち上げて独立。以来、機械畑一筋に歩んできたそうだ。しかし、2008年のリーマン・ショックで「パタンと仕事がなくなった」と話す。会社をたたみ、新たな職を探してハローワークに通ったものの、なかなか就職にはいたらず、諦めかけていたときに出会ったのが、旭フーズだったそうだ。入社時の年齢は69歳で、当初は「2〜3年ぐらい」と考えていたそうだが、今年で入社17年目を迎えた。  いまは自宅から片道5kmの道のりを自転車で通い、週5日、8時〜15時の勤務で、圧縮機の導入で負担軽減が実現した段ボール処理などの場内整備業務にあたっている。まじめで前向きな働きぶりに定評があり、周囲への目配りを欠かさず、自ら積極的に仕事をする姿勢は、年齢を重ねてもまったく変わらないそうだ。  「仕事にものすごく生きがいを感じています」と話す川口さん。「個人的な目標として、90歳までは働き続けたいと考えており、それまで雇ってもらえたら最高ですね」と話す。生涯現役の体現者として「何歳になっても働くことができる」ことを実践するその姿は、多くの社員の見本となっている。 長く働いている人を大切に 年齢の壁を乗り越え働ける環境を  同社は、シニア人材を積極雇用している企業として、自治体や公的機関から多くの表彰や認定を受けている。菊地社長は、「特に選んで高齢の方を採用しているわけではなく、長く働いている方々が、気がついたら高齢になっていた、という側面の方が大きいですね」と話す。「生涯現役制度」宣言は、埼玉県の「シニア活躍推進宣言企業プラス認定」をきっかけに策定したものだが、「生涯現役を宣言している企業として、シニア人材の活用・活躍に向け、つねに決意をもってやってきました。当社を選んでくれた人たちには、ずっと働いてもらいたいと思っています。そのために何ができるかを考えてきたつもりですし、これからも考え続けます」と菊地社長は強調する。  「シニアの方々は本当に真剣で、責任感が強く、必ずやり遂げるという気概を持つ方が多いです。シニアの方々がもっと長く働けるように、一つひとつのシステムや作業のあり方を突きつめていきたいです」と続ける菊地社長。今後に向けては、「86歳の川口さんが、どこまで記録を伸ばしていくか」にも注目しているそうだ。  「もちろん、みんながみんな、同じことをできるわけではないと思いますが、先駆者の川口さんがしてきたこと、実績を、今後に活かしていきたいです」(菊地社長)  同社は今後も「年齢の壁を乗り越え、働き続けられる環境」を目ざしていくが、「それは自分自身のためでもある」と、菊地社長は語る。「私は現在50代ですが、われわれもみんな、いずれシニアになります。私たちが70代になったころには、いまよりもっと長く、きっと75歳までは当然に働かなければならなくなるのではないでしょうか。働く環境をよくすることは、私たち、シニアの後に続く者のためでもあるのです」  活き活きと働くシニアに、自分たちの将来を重ねられれば―。それが菊地社長の思いのようだ。 写真のキャプション 代表取締役の菊地拓也さん 仕分け業務を担当する船蔵君恵さん 品出しと仕分け業務を担当する森幸男さん 仕分け業務を担当する中島寛泰さん コンテナ洗浄を担当する小島泰水さん 場内整備業務を担当する川口弘幸さん