第115回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは  松井愼一さん(78歳)がタクシー乗務員に転職して四半世紀が経った。会社で最高齢者になったいまも、深夜にハンドルを握る。高齢ドライバーによる事故が社会的に注目される時代だからこそ、運転のプロとしての責任を痛感する松井さんが、生涯現役で働き続ける喜びを語る。 弥生(やよい)交通株式会社 タクシー乗務員 松井(まつい)愼一(しんいち)さん 命の尊さを知った日々  私は東京都板橋区(いたばしく)で生まれました。小学校まで板橋区内で過ごし、その後、同じく都内の小平市(こだいらし)に移りました。高校卒業後に大学を目ざしましたが、高校生のころから一人旅が好きでふらふらしていましたので大学受験を断念。三人兄弟の長男が進学もせず、就職もしないのですから、いま思えば親不孝な息子でした。  それでもアルバイトは続けていました。ガス会社の営業所でガスメーターの検査のアルバイトをした縁があって、24歳のときにガス会社に中途採用してもらいました。当時のガス会社は天然ガスへの切り替えを進めている時期を迎えていて、多くの人材を必要としており、中途採用者を大量に採用していました。このころのガス会社は縁故採用中心でしたが、やっと24歳で職を得ることができました。じつは家族や親族の多くが警察関係者でしたが、私だけ、その道に進みませんでした。  入社してすぐに新宿の営業所に配属されました。ガスメーターの検針や集金を担当してから、ガス漏れの定期検査を担当、その後は、緊急車両に乗車する保安要員を長く務めました。ガスが原因となった火災現場にも数多く遭遇しました。たくさんの悲惨な事故現場と出会いましたので、私は命の尊さを思い知らされたような気がします。  多くの犠牲者を出した1982(昭和57)年2月のホテルニュージャパンの火災のときにも、松井さんは現場に駆けつけている。「警察官だった父や親族たちのDNAなのか、なぜか自分は度胸がすわっており、つねに落ち着いて対処できました」と松井さん。 タクシー乗務員を目ざして  ガス会社には24年間勤めましたが、保安要員の仕事が長かったです。この仕事は待機時間が多いわりに働きやすく、やりがいもある職場でしたが、私自身の人生に大きな転機が訪れ退職することになりました。  ガス会社を退職してから4年ほどは、石材店の仕事を手伝いました。私は器用なほうなので、この仕事は性に合っており、この道に進んでもよかったかなと思うほどでした。しかし、大学生の息子が2人いて、なにかと物入りでした。そこで選んだのが、タクシーの世界でした。もともと車の運転が好きだったこともあります。そこで、52歳でタクシー免許(普通第二種運転免許)に挑戦し、学科と実技の試験に、それぞれ1回で合格しました。いまは廃止されましたが、このころは地理試験があり、これが結構難関でした。地理試験はタクシー乗務員にとって必須だといまも私は思います。これほどカーナビが普及しても個人の経験にはかなわないからです。  タクシー乗務員との出会いは一期一会である。乗務員と話がはずむこともあれば、一言も言葉を交わさず下車するときもある。  今回は、松井さんの巧みな語り口に引き込まれ、いつの間にか波乱万丈ともいえる人生の話に聞き入ってしまった。 天職との出会い  タクシー免許を取得して、あるタクシー会社に入社しました。その会社は規模が大きかったので、乗務員の出入りが激しかったです。現在はゆとりを持って仕事をしていますが、当時はまだ若かったですし、稼ぐためにがむしゃらに働いたものです。その会社でタクシー乗務員としての経験を積み重ねましたが、私自身の生活の変化のため、家族寮が整備されている弥生交通株式会社に転職しました。  それから18年、いまも現役で働かせてもらえることに感謝しています。弥生交通は2019(平成31)年に定年が65歳になり、70歳まで再雇用、それ以降も年齢の上限なく働くことができるようになりました。高齢者が働き続けるための対策も万全で、私のように75歳を過ぎたドライバーには3カ月ごとに健康状態や、運行状況を加味した面談を実施しています。勤務形態も多様で、希望すれば短時間勤務や始業・終業時刻の選択も可能です。  弥生交通株式会社は、2023(令和5)年度の高年齢者活躍企業コンテストにおいて、厚生労働大臣表彰特別賞を受賞している。「高齢者が長く働き続ける職場環境づくりが進む会社に出会ったからこそ、いまがある」と松井さんは笑顔になった。 生涯現役という新たな目標  70歳を節目として、タクシーの乗車は週2回にしました。乗車のパターンは、朝5時に家を出てから会社で風呂に入り、8時には出庫します。帰庫するのは、所定労働時間と残業時間とあわせて、だいたい翌朝の3時から4時ごろになります。長時間の労働になりますが、しっかり休憩も取って、決して無理することなく運転しています。そのことが安全運行を実現するために、そして長く働くために必要なことだと思っています。  タクシーの乗車以外の仕事には、月2回の運行管理補助者の仕事があります。おもな仕事は電話の応対ですが、なにかトラブルが起こったときには、速やかに対処しなければなりませんので、責任は重大です。  健康に関しては、60歳を過ぎてから、3回ほど心筋梗塞(しんきんこうそく)で倒れました。1回目と2回目はカテーテルを入れて対処、3回目のときには手術をしてバイパスを造設しました。それから15年以上が経ちましたが、健康にはまったく影響がありません。視力も、眼鏡が不要なほどです。  たしかに高齢になるにつれて、反射神経や判断力、瞬発力などの低下を感じますが、ただ個人差があると私は思っています。高齢ドライバーによる事故が起きるたびに、年齢のことだけをひとくくりにして報道されることに忸怩(じくじ)たる思いがあります。  もちろん、タクシー乗務員が人の命を預かっている仕事をしているということは、肝に銘じています。お客さまを安全に目的地へお連れすること、車内で快適な時間を過ごしていただくことが、私たちの最大の使命です。  ひと昔前までは、タクシー乗務員の「約束ごと」がありました。例えば、すれ違うときには軽く手をあげるとか、細い路地では互いに道を譲り合ったりするといった、きわめてあたり前のマナーのようなものです。それがいまは、とても希薄になっているような気がします。タクシー業界だけでなく世の中全体の風潮かもしれませんが、私はハンドルを握る高齢者として、少しでも後進のお手本になりたいという気持ちで走っています。  高齢者が安心して働き続けられる会社に少しでも貢献したく、会社のモットーである「安全・安心な運行」を目ざして、もう少し現役でがんばりたいと思います。お客さまとの出会いを楽しみに、明日もハンドルを握ります。