知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第94回 高年齢者雇用確保措置、就業規則と矛盾する労使慣行の成否 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲/弁護士 木勝瑛 Q1 高齢者雇用の基本的な枠組みについて知りたい  高齢者雇用を推進するうえで、高年齢者雇用安定法において規定されている高齢者を対象とする制度の全体像を教えてください。 A  65歳までの高年齢者雇用確保措置と、70歳までの高年齢者就業確保措置に大きく分かれます。前者については希望者全員を対象とすることなど厳格な管理が必要とされています。 1 高年齢者の就業機会確保に関する制度  高年齢者雇用安定法は、「定年の引上げ、継続雇用制度の導入等による高年齢者の安定した雇用の確保の促進、高年齢者等の再就職の促進、定年退職者その他の高年齢退職者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ、もつて高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに、経済及び社会の発展に寄与することを目的」としています(同法第1条)。  この規定には、高年齢者の就業機会確保等に関する要素が整理されています。  まず、@「高年齢者の安定した雇用の確保」として、定年の引上げや継続雇用制度の導入が求められています。次に、A「高年齢退職者に対する就業の機会の確保等」として、高年齢者等の再就職の促進などがあげられています。  具体的な制度としては、@は、高年齢者雇用確保措置として事業主に義務づけがされており、Aは、高年齢者就業確保措置として努力義務が定められています。今回は、@高年齢者雇用確保措置に関する内容を整理し、次回は、A高年齢者就業確保措置について整理していきたいと思います。  なお、高年齢者雇用安定法においては、55歳以上の者を「高年齢者」、45歳以上を「中高年齢者」と定めています。制定当時は60歳定年制が一般的であったこともあり、55歳以上の者が高年齢者とされていますが、現在では、定年制の廃止も含めて、60歳を超えた雇用継続が一般化していることから、一般的な感覚とはずれてきているようには思われますが、高年齢者雇用安定法上では、この定義が維持されています。 2 高年齢者雇用確保措置について  高年齢者雇用確保措置として掲げられているのは、@定年の引上げ、A継続雇用制度、B定年の廃止のいずれかをとることです(同法第9条第1項)。  定年については、60歳を下回ることができない(同法第8条)とされており、@定年の引上げをする場合には、これをさらに65歳まで引き上げなければなりません。B定年の廃止を採用した場合には、自然と65歳定年制よりも労働者に有利な内容となるのでそれで問題ないとされています。最近では、定年制を廃止する、または定年制は定めたままではあるが65歳を超えた継続雇用を維持することにより、法律上の要請を超えた長期雇用を実現している企業も必ずしも珍しいものではなくなってきました。  定年の引上げまたは廃止については、既存の労働契約が維持されたままになるだけですので、法令解釈上の疑義は生じにくいところですが、継続雇用制度については、一度終了した労働契約を別の形で再開することになり、解釈上の疑義が生じうる点が多いため、厚生労働省はQ&A※を公表しています。  まず、継続雇用制度は、定年退職後の労働者のうち、希望者全員を対象とすることが必要です。かつては、継続雇用者の基準を労使協定に基づき定める制度が用意されていましたが、現在は、希望者全員を対象としなければならず、継続雇用の基準を定めることはできません。また、制度を定めておくことが事業主の義務とされていますので、適用対象と想定される労働者がいない場合でも、希望者全員を対象とする制度自体は用意しなければなりません。なお、希望者全員を対象とする制度と並行して、一定の基準を設けた労働条件等の水準が異なる継続雇用制度を用意することは許容されるものと考えられています。  継続雇用を行わないでよいのは、心身の故障のため業務に耐えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないことなど、就業規則に定める解雇事由または退職事由(年齢にかかるものを除く)に該当する場合にかぎられています。また、解雇事由または退職事由に該当することに加えて、解雇する場合と同様に、継続雇用しないことについて、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められます。  継続雇用を行うのであれば、労働条件の変更を提示して、労働契約を継続することも可能とされています。ただし、この場合でも、労働条件が著しく異なる場合には、そもそも継続雇用制度とは認められないと考えられています。また、提示できる労働条件については、使用者の合理的な裁量が認められるとされていますが、同一労働同一賃金制度との関係で、「職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情」を考慮したうえで、合理的な範囲に留まるものとする必要があります。同一労働同一賃金との関係では、基本給の性質に関して慎重な検討が必要と判断した判例が現れているところですので、自社の基本給の性質をあらためて検討し直しておくことは重要となっています。  なお、継続雇用制度については、必ずしも自社のみではなく、特殊関係事業主(典型的には、グループ企業の集団が該当します)の間であれば、よいとされています。ただし、特殊関係事業主において定年後も継続雇用される旨について、グループ企業間での契約締結が要件とされていますので、制度導入にあたっては失念しないように留意する必要があります。  特殊関係事業主での継続雇用についても、労働条件を変更するにあたって合理的な裁量の範囲に留める必要があり、就業場所の変更をともなう場合でもその範囲が合理的であるか問題となります。ただし、同一労働同一賃金の制度は、同一の法人内での適用が前提となっていることから、直接的な適用はないものと考えられます。  次号では、高年齢者就業確保措置について整理します。 ※ 「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」は、以下のホームページをご覧ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/newpage_55003.html Q2 当社には就業規則と矛盾する労使慣行があるのですが、問題はあるのでしょうか  当社では、就業規則上、月曜日を特定休日としており、この休日に出勤した場合には、時間外手当を支給することとされていました。そして、労働協約上、特定休日が祝日と重なった場合には、特定休日の振替は行わないものとされていました。しかしながら、これまで、月曜日が祝日である場合には、その翌日である火曜日に出勤した従業員に対し、時間外手当を支給する旨の取扱いがされていました。そのため、今回、この取扱いを就業規則に則った取扱いに改善するつもりです。注意すべきことはあるでしょうか。 A  問題となっている特定休日の取扱いが、一定の範囲において長期間反復継続して行われており、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥しておらず、当該取扱いが労使双方の規範意識によって支えられている場合には、当該取扱いは、労使慣行として法的効力を有することになるため注意が必要です。 1 労使慣行とは  使用者と労働者の間には、明文でルール化はされていないものの、長きにわたって反復継続的に行われてきた取扱いが存在する場合があります。これを労使慣行といいます。労使慣行は、ただちに法的なルールとして拘束力を持つものではありませんが、一定の場合には、法的拘束力を持つとされています。  なお、労使慣行には、次の二つの場合があり、一つは、就業規則上規定されていない部分について、一定の取扱いを継続しているものです。もう一つは、就業規則の規定と抵触する取扱いが継続しているものです。いずれの分類にあたるかによって議論が異なります。今回のご質問は後者に該当します。 2 労使慣行が法的拘束力を持つ場合  労使慣行が法的拘束力を有するのは理論的には二つのパターンが考えられます。慣習法になっている場合(法適用通則法第3条)と、事実たる慣習として契約内容になっている(民法第92条)場合です。ただし、前者については、裁判例において、「慣習法は社会の法的確信または法的認識によって支持される程度に達したものをいうのであって、…一企業の一事業所における慣行について慣習法の成立する余地はない」(三菱重工長崎造船所事件・福岡高裁平成7年4月20日判決)とされていることからも、労使慣行が慣習法として認められる可能性はかなり低いでしょう。実際に法的拘束力を持つ労使慣行について検討すべきは、おもに事実たる慣習(民法第92条)として契約内容になっているか否かになります。 3 事実たる慣習とは  民法第92条では、「法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う」とされています。本条は、事実たる慣習がある場合には、当事者が特に反対の意思を表示しないかぎりは契約内容になる趣旨と解釈されています。  裁判例では、「同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、またはその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要する」(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・大阪高裁平成5年6月25日判決)とされています。  つまり、@長期間にわたり反復継続していること、A労使双方がこれを明示的に排除していないこと、B当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることの3点が認められる場合には、事実たる慣習として法的拘束力を持つことになります(なお、学説上は、Bの要件は不要であるとするものも見られます)。 4 商大八戸ノ里ドライビングスクール事件  参照すべき裁判例として、商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(大阪高裁平成5年6月25日判決)があります。被告会社においては、ご質問と同様の運用がなされていた状況が10年以上続いていたところ、新勤労部長就任をきっかけに、従前の運用を就業規則に合わせた運用に変更したため、原告は、本運用を含む四つの運用について、いずれも労使慣行として、労働契約の内容になっていたとして、未払賃金等の支払いを求めました。  裁判所は、前述の通り、法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、@長期間にわたり反復継続していること、A労使双方がこれを明示的に排除していないこと、B当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることの3点が必要であるとしました。  そのうえで、「労働協約、就業規則等に矛盾抵触し、これによって定められた事項を改廃するのと同じ結果をもたらす労使慣行が事実たる慣習として成立するためには、その慣行が相当長期間、相当多数回にわたり広く反復継続し、かつ、その慣行についての使用者の規範意識が明確であることが要求される」として、就業規則等と矛盾する労使慣行の成立については、慎重な姿勢をとりました。  そして、裁判所は、本件の運用について、本件の運用が開始された端緒や理由が不明であること、労使間での協議がなされた記録はないこと、新勤労部長が本件の運用を知ってただちに是正を図ったことなどの事実関係を考慮し、被告会社において「明確な規範意識を有していたものとは認めがたい」として、事実たる慣習としての法的拘束力を否定しました。  この判決では、就業規則等と矛盾抵触する労使慣行については、Bの要件における使用者の規範意識が「明確」である必要があるとされています。そのため、この判決を前提とすると、就業規則等と矛盾抵触する労使慣行の法的拘束力が肯定されるのは、かなり限定的と考えられます。 5 まとめ  社内で事実上なされていただけの労使慣行も、それが長期間継続した場合には、法的拘束力を有することがあります。社内においてそのような運用がある場合には早期の是正を検討されるとよいでしょう。