諸外国の高齢化と高齢者雇用 最終回 中国 独立行政法人労働政策研究・研修機構 人材開発部門 副統括研究員 藤本(ふじもと)真(まこと)  世界でもっとも高齢化が進行している国が日本であることは、読者のみなさんもご存じだと思いますが、高齢化は世界各国でも進行しており、その国の法制度に基づき、高齢者雇用や年金制度が整備されています。本連載では、全6回に分けて、各国における高齢者雇用事情を紹介します。最終回は中国です。 人口構造の巨大な転換と「未富先老」がもたらす問題  中華人民共和国(以下、「中国」)は現在、人類の歴史において類を見ない規模と速度で進行する、人口構造の巨大な転換期に直面しています。長年にわたって厳格に実施されてきた「一人っ子政策」の影響、急速な経済成長と都市化にともなうライフスタイルおよび価値観の劇的な変化、そして医療技術の進歩や公衆衛生の改善による平均寿命の大幅な延伸という複数の要因が複雑にからみあい、世界最大の高齢人口を抱える「超高齢社会」へと急速に移行しつつあります。  中国の65歳以上人口は、2010(平成22)年の第6次国勢調査で約1億1883万人と、総人口の8.87%に達し、国際連合が定義する「高齢化社会」に突入しました。その後も高齢化は劇的に加速し、2024(令和6)年末時点の国家統計局の発表によれば、65歳以上人口はついに2億人を超え(2億2023万人)、総人口に占める割合も15.6%にまで上昇し、「高齢社会」に移行しています。ほかの先進国が数十年から百年以上の時間をかけて経験した人口動態の変化を、中国はわずか数十年で圧縮して経験しており、一人あたりのGDPが十分に高まる前に高齢化社会を迎える「未富先老(みふせんろう)(豊かになる前に老いる)」にともなう問題が生じています。  「未富先老」にともなう深刻な問題の一つは年金制度の運営です。中国の年金制度は2000年に設立された「全国社会保障基金」などによって支えられていますが、制度の大部分は現役世代からの保険料収入で現在の高齢者の年金を賄う賦課方式に近い形態をとっています。そのため、高齢化が急激に進行すると収入と支出のバランスが崩れ、年金財政が危機的な状況に陥ることが懸念されています。中国社会科学院が2019年に発表した報告書※1は、現在の人口動態と制度設計のまま推移した場合、都市部労働者向けの基本年金基金が2035年までに完全に枯渇する可能性があると指摘しています。  年金制度については、都市部と地方農村部とで制度が分断され、給付水準が極端に異なることも問題としてとらえられています。中国の年金制度はおもに、都市部の正規雇用労働者や公務員を対象とした「都市従業員基本養老保険」と、農村部の農民や都市部の非正規労働者・無職者を対象とした「都市・農村住民基本養老保険」に二分されていますが、2023年のデータによると、都市部の給与所得者が受け取る平均受給月額が3743元(約7万4000円相当)であるのに対し、農村部などの住民向け基礎年金制度の参加者が受け取る平均受給月額はわずか223元(約4400円相当)に留まっています※2。 法定退職年齢の引上げと高齢者就業にかかわる課題  以上の年金財政における危機的状況や労働力不足への対応として、全国人民代表大会常務委員会は2024年9月に法定退職年齢の段階的な引上げを含む年金制度の抜本的改革を正式に承認しました。中国の法定退職年齢は1978年(昭和53)年に定められて以来改定されておらず、主要経済国のなかでもっとも低い水準にすえ置かれていました(男性60歳、女性幹部55歳、女性非幹部50歳)が、2025年1月から15年かけて段階的に、男性労働者63歳、女性ホワイトカラー・幹部労働者58歳、女性ブルーカラー・非幹部労働者55歳へと、それぞれ引き上げられることとなりました。  また、法定退職年齢引上げと並行して、基礎年金を受け取るための最低納付(加入)期間の要件も厳格化されました。現行制度では15年間の納付で受給資格が得られましたが、2030年1月から毎年6カ月ずつ段階的に期間が引き上げられ、最終的(2039年)には最低20年間の納付が必要となります。  国連アジア太平洋経済社会委員会の分析※3によると、引上げ前の法定退職年齢より高齢の人口における労働力率はおおむね28〜36%で推移していました(1980〜2020年)。この労働力率は地域による違いが顕著で都市部では2020年時点で20%程度であるのに対し、農村部では50%前後に達しています。こうした相違は前述した年金給付水準の地域間格差によるもので、都市部の高齢者が年金制度の恩恵を受けて早期にリタイア可能であるのに対し、農村部の高齢者は多くが生計のために、農業や建設現場、清掃などの労働に従事し続けている状況を反映しています。  年金や退職金を受け取っている高齢者が法定退職年齢を超えて雇用される場合、雇用主との関係は労働法で厚く保護される「労働関係」ではなく、民法に基づく当事者間の対等な業務委託契約に類する「労務関係」へと転換されます。この転換により高齢就業者は、不当解雇時の退職金の免除や最低賃金・労働時間制限・残業代の不適用といった不利益を被る可能性があります。法定退職年齢の引上げが順調に進めば、こうした不利益を被る高齢者は減っていくかもしれませんが、それでも農村部を中心に多数存在する、低労働条件の高齢就業者への対応は大きな課題であり続けると予想されます。  さらに法定退職年齢の引上げによって、これまでよりも長期間労働市場に留まることになる高齢就業者の生産性を維持・向上させるための再教育プログラムの構築や、年齢に基づく雇用差別の厳格な是正への取組みが課題となってきます。また、現在失業率が高止まりしている若年層※4の雇用機会とのトレードオフの回避や、シニア社員が管理職・専門職ポストをより長く占めることによる若年・中堅層の労働意欲低下への対応も求められるでしょう。 【参考文献】 ※1 中国社会科学院(2019)『中国年金詳細計算報告2019−2050』 ※2 片山ゆき(2026)「公務員の年金は12万円、農村住民は4千円!?世界最大規模の中国の公的年金制度がはらむケタ違いの格差」TBS CROSS DIG with Bloomberg https://newsdig.tbs.co.jp/articles/withbloomberg/2548309?display=1 ※3 ESCAP(2024)“Labour Force Participation of Older Persons and Population Ageing in China: Trends,Challenges and Ways Forward” ※4 国家統計局の集計によると、2026年2月の16〜24歳層(学生を除く)の失業率は16.1%である