技を支える vol.363 日本各地に伝わる横笛を演奏者に合わせて製作 笛師(ふえし) 田中(たなか)康友(やすとも)さん(70歳) 「材料、音色、装飾―すべての仕上がりに妥協しないこと。それが、吹き手の演奏のしやすさにつながります」 能管(のうかん)や龍笛(りゅうてき)から篠笛(しのぶえ)まで伝統的な横笛を一手にになう  日本各地の祭り囃子(ばやし)には、それぞれの地域に伝わる、音階も装飾も異なる独自の横笛が使用されている。かつては各地に「笛師」と呼ばれる職人がいて、地元の笛をつくり伝えてきた。しかし、現在は高齢化が進み、各地でつくり手が途絶えつつある。そんななか、東京都大田区の笛師、田中康友さんのもとには、「地元に伝わる笛と同じものをつくってほしい」と全国から依頼が舞い込む。  田中さんは祭り囃子などで用いる篠笛に加え、能や歌舞伎などに用いる能管や雅楽(ががく)に用いる龍笛まで、日本の伝統的な横笛を一手に手がけている。また、洋楽にも合わせやすいドレミ音階の篠笛も開発した。これらの功績が評価され、2020(令和2)年度に大田区の伝統工芸士に、2025年度には東京マイスターに認定された。笛師としては初の快挙。伝統工芸士の認定を持つ笛師は、全国でもわずかしかいないという。 素材から調律まで妥協しない笛づくり  笛づくりの工程は素材づくりから始まる。冬に竹を切り出し、曲げの矯正や油抜き、殺菌などのために火あぶりしたうえで、3年間天日干しと陰干しをくり返す。こうして丹念に準備された素材を加工し、漆塗(うるしぬ)りや籐巻(とうま)きなどの装飾を施して完成させる。  田中さんの笛づくりの根幹をなすのが、管楽器の調律法に基づいた高精度の調律技術だ。材料の竹は、管の断面が正円でなく内径も均一ではないため、ただ穴を開けるだけでは正確な音の高さは得られない。管の内側を部分的に削ることで音階を整え、パソコンのチューナーソフトで確認しながら正確に仕上げていく。独自の手法により、複数の能管を同じ音の高さ・領域でつくることも実現した。  演奏者に合わせた調律を行うのも特徴だ。従来は、職人のつくった笛に合わせて吹くことを強いられていた。しかし田中さんは、奏者から吹き方や手指の特徴、さらには希望の音色や音楽の種類、演奏環境などを聞き取り、奏者と一緒に笛を仕上げていく。 趣味で演奏を楽しむ立場から独学で笛づくりの道へ  田中さんは祭りが盛んな大田区の大森地区に生まれ育ち、10歳のときに父親から篠笛をもらって練習を始めた。その後、神楽(かぐら)の演奏家に師事し、祭り囃子や神楽囃子を本格的に学ぶとともに、笛づくりの基本も教わった。  「10代後半から40代にかけて、東京中の祭り囃子を演奏して駆けずり回っていました」  笛づくりに本格的に取り組むきっかけは、冬の乾燥で自分の笛が割れたことだった。修理するうちに笛の仕組みに興味を持つようになった。都内の笛職人に「自分の吹き方に合わせた笛をつくってほしい」と頼むと、どこでも断られた。「笛に奏者が合わせるのではなく、奏者に合わせて笛をつくるべきではないか」という考えは、このころから芽生えていた。  大手機械メーカーの代理店にエンジニアとして勤務していたころ、取引先の楽器工場に出入りするなかで管楽器製造について学んだ。  「おかげで管楽器の調律方法がわかり、竹材を使って音の高さが正確な笛をつくる方法が見えてきました」  50歳を過ぎて、笛づくりに本気で取り組もうと早期退職。能管と龍笛については文献を手がかりに試作し、演奏家に試奏してもらい、指摘を受けてはつくり直すという作業をくり返しながら、笛師として認められる技術を磨き上げた。能管や龍笛のようなむずかしい笛をつくれるかどうかが、職人としての技量を判断する材料になるという。  現在、注文は1年待ちの状態。演奏者の立場で笛と向き合ってきたからこそ、演奏者の要望に応える笛づくりができるのだろう。  「完成した笛を演奏家に吹いてもらい、喜んでもらえることが何よりのやりがい」という田中さん。伝統の音色を守るため、今日も笛をつくり続ける。 笛工房和康 TEL:080(2045)8150 https://www.shinobuewako.com (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) 写真のキャプション 笛づくりでもっともむずかしいのが調律だという。管の内側を部分的に削って音を調節する技術は、「ここを削るとこうなる」と試行錯誤しながら独学で身につけた 笛に装飾するための「籐引き作業」。仕上がりをきれいにするため、籐の両側を面取りして、0.5mmの幅に揃えていく 笛の素材となる竹。冬に切り出し、火あぶりして厳選した竹を、3年かけて乾燥させ、割れずに残った竹だけを使う 笛づくりに欠かせない道具類。上の長い「ガリ棒」は管の内側を削るのに用いる。左下の小刀は穴を開けるのに使う。いずれも職人に特注してつくってもらっている パソコンのチューナーで音程を確認。メーターの青い領域に入るように調律していく。青い領域内の誤差なら、絶対音感の人でもわからないそうだ 製作途中の能管。素材に硬い煤竹(すすたけ)を使い、歌口(うたぐち)(息を吹き込む穴)と第一指孔の間に「喉」と呼ばれる竹管をはめ込むことで、独特の音色を生み出す 相模里(さがみさと)神楽(かぐら)に用いられる「相模能管」(上)と、雅楽に用いられる「高麗笛(こうらいふえ)」(下)。相模能管のつくり方は能管と同じだが、音の高さが異なる