Leaders Talk No.133 困りごとが気軽に相談しやすい 安心して長く働ける職場環境の整備を 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 研究部長 小林江里香さん こばやし・えりか 専門は社会老年学。博士(社会心理学)。東京都健康長寿医療センター研究所研究部長、同研究所の「社会参加とヘルシーエイジング研究チーム」チームリーダーを務める。日本老年社会科学会理事。  70歳までの就業確保措置を努力義務とする、改正高年齢者雇用安定法の施行から5年が経過しました。70歳までの雇用を実現している企業は着実に増えていますが、社会貢献事業を含む創業支援等措置については決して事例は多くないのが実情です。今回は社会老年学の視点から、高齢者の社会参加を専門に研究をされている小林江里香さんにご登場いただき、雇用・就業を含む高齢者の社会参加の課題などについてお話をうかがいました。 リスキリングの土台となる 意欲やモチベーションを高める環境整備が重要 ―2021(令和3)年に70歳までの就業確保が企業の努力義務となり5年が経過しました。この間の高齢者雇用・就業を取り巻く社会環境の変化をどのようにとらえていますか。 小林 令和7年「高年齢者雇用状況等報告」(厚生労働省)によると、70歳までの就業確保措置実施済の企業は3割を超えていますが、産業によって差があります。「農、林、漁業」、「建設業」、「運輸、郵便業」では4割を超えているのに対し、「情報通信業」は2割を切っています。例えばIT企業のように技術革新のスピードが速い企業は新しい知識を持つ若い人を採用したいと考えますし、高齢者をどのように活用していけばよいのか悩んでいる面もあると思います。  また、70歳までの就業確保措置では業務委託や企業の社会貢献事業に参加することも認めていますが、導入しているところは非常に少ないというのが実態です。私は高齢者の社会参加を研究テーマとしていることもあり、高齢者の社会貢献事業への参加に企業がどのように関与していくのかを期待して見ていますが、現段階では事例も少なく、なかなか踏み切れていないように思われます。  また、働く高齢者が増加している一方で、地域活動をしている方からは、人手不足に加え、活動のにない手の高齢化が深刻化しているという声もよく聞きます。昔は専業主婦の方が町会や地域行事のにない手だった時期もありますが、いまは働く女性も増えています。さらに高齢者も働くようになり、地域活動のにない手が不足するなかで、課題も山積しています。例えば、見守りが必要な一人暮らしの高齢者が増えており、自治体が住民と一体となって高齢者の介護予防活動を推進していますが、世話役となる人材が地域でも不足しているという課題もあります。 ―高齢者が働くことの社会的意義についてはどのように考えていますか。 小林 働く高齢者を増やすという政策自体はもはや不可避といえます。高齢化率の上昇や労働力不足もあり、65歳になったら一律に支えられる側に回ると社会保障制度は維持できなくなると思います。ただし、70歳までの雇用を推進するうえでは、悩みを感じている会社もあるのではないでしょうか。  70歳まで、ただ働くのではなく、能力を発揮し、会社に貢献してもらう必要があります。業務の変化に応じて新しいスキルを身につけるリスキリングの重要性が増し、制度や支援体制も整備されてきていますが、新しいスキルを身につけるにしても、その前提となる働く意欲やモチベーションを高めるための環境づくりが重要です。  特に同じ企業で働き続けている場合、60歳を過ぎると、役職がなくなったり、収入が減ることが、働く意欲に影響するかもしれません。あるいは、年齢が高いのであまり尊重されなくなったと感じる人、若い人とうまくコミュニケーションがとれないために適応できないと悩む人もいると思います。うまくやっていくには若い人だけではなく、高齢者の意識も変えないといけない面もあります。昔であれば年齢による上下関係が重視されましたが、いまは年下上司・年上部下の関係も増えており、コミュニケーションのとり方も課題だと思います。 活き活きと働ける環境を整えることが健康の維持・向上につながる ―働く意欲に関しては、健康への不安も考えられます。 小林 健康については個人差も大きいですが、加齢による体力低下のほか、視力や聴力も衰えてきます。また、高齢になると家族の看護や介護の問題も発生しますし、そうした変化によって、安心して仕事に打ち込めない状況も出てくると思います。そこで困りごとが発生したら気軽に相談できる仕組みがあることが重要です。日ごろから話しやすい雰囲気の職場であれば、問題が深刻化する前に解決することができます。例えば「耳が左側だけ聞こえにくい」と事前に会社に話してくれれば、右側の耳に話しかけるといった配慮をすれば解決することもでき、体の状態によって適切な業務への配置も可能になると思います。いずれにしても、本人から何が問題であるかを伝えてくれないと、会社も同僚も気づけないので、本人が話しやすい環境を整えることが大切です。「体調面で不安があることを知られたら、雇用を打ち切られるかも」と思っていたら本人はいい出せません。  もちろん高齢者だけではなく、若い人のなかにもさまざまな事情を抱えている人はいます。高齢者のためだけではなく、すべての社員が相談しやすく、柔軟に対応できる仕組みをつくることが大事だと思います。  また、「働くこと自体が健康によい影響を与える」という見解もありますが、必ずしもそうではなく、働くことに本人がどういう意識で臨んでいるかによって健康への効果は異なります。例えば、若い人であっても、働くことを負担に感じストレスを溜めてしまえば、心理的にも身体的にも悪影響を及ぼします。高齢者もそれは同じです。やりがいを感じて働ける、安心して働けることが健康によい影響を与えると思います。嫌々働くのではなく、活き活きと働くことができれば健康維持につながり、生産性も上がるでしょう。 ―高齢者のなかには経済的不安から働いている人も少なくないと思われます。 小林 健康もそうですが、調査をしていて経済的問題も個人差が大きいと感じています。資産も十分ではなく、年金だけでは生活が維持できず、働かざるを得ない高齢者は少なくありません。昔は年金が少ない親は子ども世帯と同居し、扶養してもらうこともありましたが、いまは子ども世帯も経済的に厳しく、同居して扶養するという考え方も変化し、高齢者自身の経済的自立が昔よりも求められています。こうした背景のなかで「少しでも収入が得られるなら働きたい」という高齢者が増えていることもあり、安心して働ける環境はとても重要となります。 「生涯現役」という価値観を拡大し退職後の活動を見すえた情報提供を ―気軽に相談でき、やりがいや働きがいを感じられる職場づくりは、働く高齢者にとって豊かな老後を過ごすうえでも大事ですね。 小林 「生涯現役」という考え方が、有償労働を重視しすぎではないかという懸念もあります。雇用されている人はいつか退職する年齢がきます。仮に70歳で仕事を辞めても人生が終わるわけではなく、その先の時間も充実した生活を送ることが必要になります。アメリカの老年学者であるロバート・バトラーは、「プロダクティブ・エイジング」(高齢者を経験や知識を活かして社会に貢献する「創造的な主体」と位置づける考え方)を提唱し、「有償労働にかぎらず、ボランティアや家事・介護など、無償労働によって社会に多様な貢献をしていることに目を向けるべき」といっています。「生涯現役」という価値観は、退職後の無償労働にまで広げて考えるべきではないでしょうか。  そのためには、「仕事を辞めてから何をやるかを考える」のではなく、働いているうちから仕事以外にも大きく関心を広げ、地域活動や各種のボランティア活動に試験的に参加するなど、自分のやりたいことや楽しみを見つけておくことが重要だと思います。 ―退職後の活動に向けて企業として支援できることはありますか。 小林 アクティブな人は企業が何もしなくても、自身で夢や目標を見つけられますが、そういう人は一握りです。自ら探す人は少なく、だれかに誘われたからやってみようという人が多いので、企業が退職後の活動について考える機会を提供することはすばらしいと思います。さまざまな活動事例の情報提供だけでも有益だと思います。仕事以外のプライベートの少しの時間を使って参加してみれば、リフレッシュにもなり、仕事もがんばろうという気持ちになれるのではないでしょうか。 ―小林先生は、JEEDの「中高年齢障害者の雇用継続支援及びキャリア形成支援に関する研究」の研究委員を務めています。得られた研究の成果について教えてください。 小林 障害のある中高年者が長く働き続けるためにどういう支援が必要かを明らかにすることを目的に、『取組事例から学ぶ「中高年齢障害者の雇用継続・キャリア形成支援」のポイント』※をまとめました。私は障害者雇用の専門家ではありませんが、障害のある方の身体機能や認知機能の低下は、障害のない人に比べて早く現れたり、強く出たりする傾向があり、その人たちのニーズに沿った環境整備は、一般の高齢者雇用でも役立つのではないかと強く感じました。腰痛の際の対応や家族を介護しているときのストレスへの対応事例などもまとめられており、障害者にかぎらず幅広い領域で活用できます。外部の支援機関との連携についても詳しく触れられており、自社の高齢者への対応でもこの手引きは非常に参考になるのではないでしょうか。 (聞き手・文/溝上憲文、撮影/中岡泰博) ※JEED ホームページでご覧になれます。 https://www.nivr.jeed.go.jp/research/kyouzai/kyouzai88.ht