特別寄稿 中小企業における高年齢者の採用と戦力化 ―「50歳代正社員」と「60 歳代正社員」との比較― 玉川大学 経営学部 教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 1 はじめに ―求められる高年齢者の円滑な労働移動  これまでの高齢者雇用対策は、同一企業内で65歳までの雇用機会を確保する対策を進めてきた。この理由は労働市場を整備して円滑な労働移動を進める施策よりも、同一企業内で雇用を確保する対策を進めるほうが、65歳までの雇用機会を確保する方策として有効であるという判断に基づくものであった。こうした政策を進めてきた効果もあり、制度面・人材活用面でも同一企業内での雇用機会は確保されてきた。2012(平成24)年には、常用労働者が31人以上企業のうち、定年に達した人は約43.0万人おり、継続雇用を希望した人は32.4万人を数え、そのうち実際に継続雇用された人は31.7万人であった。  このように定年に到達しても希望すれば、ほぼすべての人が65歳まで働ける状況になっている(厚生労働省『高年齢者雇用状況等報告』〈2012年6月1日現在〉)。さらに、2012年度の高年齢者雇用安定法改正では公的年金の支給開始年齢の引上げを受け、継続雇用制度において事業主が定める基準の撤廃により、65歳まで希望すれば働ける仕組みを設けることが義務化され、雇用確保措置の充実を図る改正が行われた。これにより65歳までの雇用確保措置の完全義務化が図られることになった。  しかしながら、2023(令和5)年度の『雇用動向調査』(厚生労働省)を見ると、「60〜64歳」の年間の移動者(再雇用も含む)は527.7千人を数えるが、そのうち、「前の会社の紹介」(「再雇用」も含む)による入職者は101.8千人に過ぎず、高齢者の多くはこれまで働いてきた企業による再雇用や再就職支援よりも、「その他の媒体」(106.5千人)、「広告媒体」(99.9千人)、「公共職業安定所(ハローワークインターネットサービスも含む)」(94.4千人)や「縁故」(87.9千人)、といった人材紹介機関や人的ネットワークを用いて就業機会を得ている。このことは60歳代前半層の多くが再雇用を通じて再就職をしていないことを示している。  このため、70歳雇用を進めるには、定年延長や継続雇用制度の雇用上限年齢の引上げを目ざした就業規則の改定や労使協定の締結、さらには高齢期の就業環境整備を積極的に進めていくと同時に、円滑な労働移動を進めるための対策を検討する視点も欠かすことができない。加えて、採用した中途採用者の早期の戦力化をはかるためには、採用時の情報の非対称性や職場管理者の管理行動のあり方など幅広い観点からの検討が必要となっている。 2 早期の戦力化を図るために募集・採用時に実施したこと  執筆者が参加した(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)(2013)『企業の高齢者の受け入れ・教育訓練と高齢者の転職に関する調査研究報告書』※は過去3年間に「50歳以上の者」を正社員として採用した企業(多くは中小企業)における採用者の早期の戦力化を図るために、募集・採用時と採用後に、具体的にどのような取組みを行ったのかを明らかにしている。 (1)求職者に提供した情報  中途採用者の早期の戦力化をはかるためには、募集・採用時の情報の非対称性への問題に対して、企業がどのような対処・工夫しているのか、さらに、採用者の早期の戦力化をはかるために、企業レベルだけでなく職場レベルの管理職の取組みを明らかにする必要がある。まず、最初に、募集・採用時の情報の非対称性への問題に対して、企業がどのような対処・工夫しているのか、についてみてみよう。50歳以上の正社員を募集・採用するに際して、求職者に伝えた情報についてみると、第1に、「人事制度・賃金制度の仕組み」、「定年年齢や定年後も働くことができる期間」および「仕事の内容」については、50歳代よりも60歳代を募集・採用するに際して、多くの情報を求職者に提供している。第2に、「経営者の考え・経営方針」、「事業の将来性」、「企業風土・文化」、「自社の課題・弱み」などの企業経営に関する情報や、「初任賃金」、「労働時間・休日」および「福利厚生」などの労働状況について、採用年齢にかかわらず、同じ程度に情報を提供している(図表1)。 (2)企業が求職者の能力を知るために実施したこと  採用に際して、仕事上の能力を知るために実施したことは、第1に、「業務経験等について以前勤務していた会社から情報を得た」および「人柄について以前勤務していた会社から情報を得た」については、50歳代よりも60歳代を採用するに際して、求職者の能力を知るために実施した企業が多くなっている(47ページ図表2)。  第2に、「3回以上にわたり面接を行った」、「担当する業務について詳しい社員を面接に加えた」、「業務経験等について紹介を受けた人や会社から情報を得た」、「人柄について紹介を受けた人や会社から情報を得た」、「担当する業務を実際にやらせた」および「仕事上の能力に関するペーパーテストをした」については、採用年齢にかかわらず、同じ程度に求職者の能力を知るために実施している。 3 採用後に早期の戦力化を図るために実施したこと (1)企業レベルの取組み  次に、採用後に中途採用者の早期の戦力化をはかるために、企業レベルと職場の管理職の取組みを明らかにしよう。企業が採用者の早期の戦力化をはかるため実施している取組みは、第1に、「健康・疲労面で定期的にチェックを行っている」、「積極的に声をかけている」および「採用者に対する導入研修」については、50歳代よりも60歳代を採用した企業で実施している。  第2に、「受け入れ者の役割を事業所の従業員に周知している」、「受け入れ者(採用者)をサポートする担当者を決めている」、「経営者・経営幹部と直接話ができる機会を設けている」、「配属される職場の雰囲気を伝えている」、「職場の責任者に受け入れ者の仕事に関する要望を伝えている」および「不満や要望を聞く機会を設けている」については、採用年齢にかかわらず、同じ程度に採用者の早期の戦力化をはかるため実施している。  第3に、採用者の早期の戦力化をはかるために、配属される職場の責任者(管理職)に対して、どの程度、採用者(配属者)に関する情報を提供しているのかについてみると、採用年齢にかかわらず、職場の管理職に対して採用者(配属者)に関する情報の提供状況は変わらない状況にある(図表3)。 (2)職場の管理職が採用者の早期の戦力化をはかるために行っていること  職場の管理職が採用者の早期の戦力化をはかるために行っている取組みは、第1に、採用年齢にかかわらず、採用者を戦力化するための取組みを行った施策の数は変わらない。第2に、戦力化をはかるための具体的な内容についてみると、「受け入れ者と職場のメンバーとの人間関係に気を配っていた」については、60歳代よりも50歳代を採用した企業の管理職で戦力化をはかるために実施している。  これに対して、第3に、「受け入れ者の役割を職場のメンバーに周知していた」、「自らの能力を活かす方法を考えてもらっていた」、「仕事に関する不満や要望を聞く機会を設けていた」および「人事担当者に直接合って受け入れ者に関する情報を得ていた」については、50歳代よりも60歳代を採用した企業の管理職で戦力化をはかるために実施しており、採用年齢により、管理職が中途採用者の戦力化をはかる取組みが異なっていることがわかる。  第4に、「職場が期待する役割を伝えていた」、「職場の仕事の進め方について時間をかけて説明していた」、「働きぶりについて、周囲からの評価を伝えていた」、「仕事上の悩みや相談にのっていた」、「他部門との調整をサポートしていた」、「職場になじむための雰囲気づくりをしていた」および「受け入れ者が懇親会やイベントへ参加するに促していた」については、採用年齢にかかわらず、同じ程度に採用者の早期の戦力化をはかるため職場の管理職が実施している(図表4)。 4 おわりに―企業が「中途採用者に期待する役割」を「知らせる」仕組み・「能力・意欲」を「知る」仕組みの整備(マッチングの仕組みの整備)  早期の戦力化は企業側のメリットだけでなく、中途採用者の離職防止にも大きな貢献を果たすことにつながる。そのためには、今後は、本論で明らかにしてきた募集・採用時の情報の非対称性、組織文化の違いや職場管理者の管理行動のあり方など幅広い観点からの検討がより必要である。そのなかでもっとも重要なことは、企業や職場の管理職が「中途採用者に期待する役割」を明確化し、明確化された期待を知らせる仕組みと企業や職場の管理職が「中途採用者の能力・適性や働き方の希望」を知る仕組みの構築である。  こうした仕組みを構築するためには、企業や職場の管理職と中途採用者の両方を知る社外の第三者からの相談・支援が欠かせない。特に「前の会社」からの紹介などの人的ネットワーク以外の中途採用者にとっては、採用された会社で、早期の戦力になるためには、社会的に両者をつなぐ仕組みが重要になってくる。すでに、障害者雇用の枠組みには、こうした企業と障害者をつなぐ仕組みが構築されており、60歳以降の高齢者についても、同様に、企業と高齢者をつなぐ仕組み(企業や職場の管理職および高年齢者に相談・支援する仕組み)が必要である。 【参考資料】 ・(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(2013)『企業の高齢者の受け入れ・教育訓練と高齢者の転職に関する調査研究報告書』 ・大木栄一・鹿生治行(2024)「高齢採用者の早期戦力化の条件と人事部門の役割―職業紹介機関等からの中途採用を対象にして―」『論叢(玉川大学経営学部紀要)』第36号 ※JEEDホームページでご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/research/report/market/ukeire24.html 図表1 企業が募集・採用時に求職者に提供した情報 ―50歳代と60歳代の比較 (単位:%) 件数(社) 経営者の考え・経営方針 事業の将来性 企業風土・文化 自社の課題・弱み 仕事の内容 初任賃金 人事制度・賃金制度の仕組み 労働時間・休日 福利厚生 定年年齢や定年後も働くことができる期間 50歳代 371 38.8 26.7 27.8 22.9 79.0 81.9 52.3 79.5 57.7 61.2 60歳代 254 38.2 28.0 26.8 25.6 82.3 83.9 56.7 81.1 57.1 65.0 50歳代―60歳代 0.6 -1.3 1.0 -2.7 -3.3 -2.0 -4.4 -1.6 0.6 -3.8 注:比率は「提供した」値。 出典:大木栄一(2013)「企業の高年齢者の採用行動の特質と戦力化戦略―『50歳代正社員』と『60歳代正社員』との比較を通して―」『玉川大学経営学部研究紀要 第20号』、データはJEED「高齢期のエンプロイアビリティ向上に向けた支援と労働市場の整備に関する調査研究委員会」調査に基づく 図表2 企業が求職者の能力を知るために実施したこと(複数回答)(単位:%) 件数(社) 3回以上にわたり面接を行った 担当する業務について詳しい社員を面接に加えた 業務経験等について以前勤務していた会社から情報を得た 業務経験等について紹介を受けた人や会社から情報を得た 人柄について以前勤務していた会社から情報を得た 人柄について紹介を受けた人や会社から情報を得た 担当する業務を実際にやらせた 仕事上の能力に関するペーパーテストをした その他 とくに何もしなかった 無回答 50歳代 371 10.0 42.6 22.9 22.1 19.9 20.2 13.2 8.6 5.9 12.7 1.1 60歳代 254 8.7 43.7 32.7 24.8 29.1 22.0 11.0 6.7 5.9 10.6 0.8 50歳代―60歳代 1.3 -1.1 -9.8 -2.7 -9.2 -1.8 2.2 1.9 0.0 2.1 0.3 出典:大木栄一(2013)「企業の高年齢者の採用行動の特質と戦力化戦略―『50歳代正社員』と『60歳代正社員』との比較を通して―」『玉川大学経営学部研究紀要 第20号』、データはJEED「高齢期のエンプロイアビリティ向上に向けた支援と労働市場の整備に関する調査研究委員会」調査に基づく 図表3 企業が採用者の早期の戦力化をはかるため実施している取り組み(複数回答) ・職場の管理職への採用者に関する情報提供の状況 (単位:%) 件数(社) 早期の戦力をはかるために行っていること(複数回答) 職場の管理職への採用者に関する情報提供の状況 受け入れ者の役割を事業所の従業員に周知している 健康・疲労面で定期的にチェックを行っている 受け入れ者(採用者)をサポートする担当者を決めている 経営者・経営幹部と直接話ができる機会を設けている 配属される職場の雰囲気を伝えている 職場の責任者に受け入れ者の仕事に関する要望を伝えている 不満や要望を聞く機会を設けている 積極的に声をかけている 導入研修 その他 とくに何もしていない 行っている ある程度行っている あまり行っていない 行っていない 無回答 50歳代 371 38.3 24.5 34.2 24.0 25.3 31.3 20.8 45.3 59.3 0.8 9.2 42.3 46.9 5.7 3.5 1.6 60歳代 254 38.6 29.5 32.3 22.8 22.8 32.3 23.6 50.0 63.0 1.2 9.1 47.2 44.1 5.5 2.8 0.4 50歳代―60歳代 -0.3 -5.0 1.9 1.2 2.5 -1.0 -2.8 -4.7 -3.7 -0.4 0.1 -4.9 2.8 0.2 0.7 1.2 出典:大木栄一(2013)「企業の高年齢者の採用行動の特質と戦力化戦略―『50歳代正社員』と『60歳代正社員』との比較を通して―」『玉川大学経営学部研究紀要 第20号』、データはJEED「高齢期のエンプロイアビリティ向上に向けた支援と労働市場の整備に関する調査研究委員会」調査に基づく 図表4 職場の管理職の採用者の戦力化の取り組み状況と取り組み内容(複数回答) (単位:%) 件数(社) 取り組み数 取り組み内容 平均(取り組み数) 標準偏差 職場が期待する役割を伝えていた 職場の仕事の進め方について時間をかけて説明していた 受け入れ者の役割を職場のメンバーに周知していた 自らの能力を活かす方法を考えてもらっていた 働きぶりについて、周囲からの評価を伝えていた 仕事に関する不満や要望を聞く機会を設けていた 仕事上の悩みや相談にのっていた 他部門との調整をサポートしていた 受け入れ者と職場のメンバーとの人間関係に気を配っていた 職場になじむための雰囲気づくりをしていた 人事担当者に直接合って受け入れ者に関する情報を得ていた 受け入れ者が懇親会やイベントへ参加するに促していた その他 行われていない わからない 50歳代 669 3.04 2.15 61.4 34.5 37.4 21.8 17.3 19.1 16.7 12.0 31.5 25.6 10.2 14.9 1.3 3.4 4.5 60歳代 114 3.21 2.60 62.3 35.1 42.1 26.3 16.7 23.7 18.4 13.2 27.2 25.4 13.2 15.8 1.8 3.5 4.4 50歳代―60歳代 -0.8 -0.6 -4.7 -4.5 0.7 -4.6 -1.7 -1.2 4.3 0.1 -3.0 -0.8 -0.5 -0.1 0.1 出典:大木栄一(2013)「企業の高年齢者の採用行動の特質と戦力化戦略―『50歳代正社員』と『60歳代正社員』との比較を通して―」『玉川大学経営学部研究紀要 第20号』、データはJEED「高齢期のエンプロイアビリティ向上に向けた支援と労働市場の整備に関する調査研究委員会」調査に基づく