技を支える vol.364 100年続く技術を礎に表具の新たな世界を拓く 表具師 鈴木(すずき)浩(ひろし)さん(66歳) 「掛け軸の役割は、作品を引き立てることです。一点一点に作者の思いがこもっていますから、どの作品にも精魂込めて向き合います」 写真や漫画も掛け軸に新たな可能性を追求  床の間や壁に掛けて鑑賞する掛け軸。仏教文化とともに中国から伝わり、茶道の普及などを通じて室内を彩る調度品として広く親しまれるようになった。  「掛け軸はもともと書や日本画などを鑑賞・保存するために仕立てるものですが、写真家や漫画家など異分野の作家とコラボレーションし、新たな可能性も追求しています」  こう語るのは、神奈川県横須賀(よこすか)市の表具師、鈴木浩さん。1926(大正15)年に祖父が創業した株式会社鈴直(すずなお)の三代目として、掛け軸をはじめとした表装を軸に、住宅の内装工事などを幅広く手がける。表具の伝統的な仕立てには定評があり、日本遺産の「記念艦三笠(みかさ)」に展示されている掛け軸や屏風(びょうぶ)、額などの補修や、地元寺院の仏像に収める巻物なども手がけてきた。そのかたわら、全国表具経師(きょうじ)内装組合連合会の会長として業界全体の振興にも力を注ぐ。2025(令和7)年には厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」に選出された。 美しい仕立てを生み出す精緻な技術  どんな作品を手がけるときも、鈴木さんの姿勢は変わらない。  「作品を引き立てることが掛け軸の役割です。どの作品にも作者の思いがこもっていますから、私も心をこめて仕立てます」  その仕事を支えるのが技術の精緻さだ。作品の周囲を飾る裂地(きれじ)(織物)は、同じ一枚の布を切り分けて天地左右に張り合わせるため、継ぎ目の柄をぴったり合わせ、寸法を均等に保つことが求められる。わずかなずれも見逃さない正確さが、美しい仕立てを生み出す。  さらに、飾る環境によっても仕立て方は異なる。温度・湿度に応じて糊加減を調整するのはもちろん、床の間かギャラリーかなど、飾る場所によっても変わってくる。  「ホテルのロビーや洋間などに掛けられる新しい形の掛け軸を日々模索しています。ただし、作品を引き立てるという基本だけは変えません」 勉強会と競技会で磨いた技を後進へと受け継ぐ  幼いころから家業を見て育った鈴木さんは、中学生になると祖父や父を手伝うようになり、高校卒業後は進学よりも職人の道を選んだ。「いずれ継ぐ仕事なら、一日でも早く技術を身につけたい」と、職業訓練校で9カ月間基礎を学んだ後、すぐに鈴直で働き始めた。  技を磨く場となったのが、横須賀三浦表具経師内装組合青年部の活動だ。県内外の先輩を招いた毎週3時間の勉強会に参加し続けた。  「最初はコンクールでもまったく太刀打ちできませんでしたが、こうした環境で揉まれ続けているうちに、少しずつ賞が取れるようになっていきました」  神奈川県の一級表具作業、一級壁装作業の各競技大会で優秀賞を受賞。技能グランプリには神奈川県代表として出場するなど、各種競技会で実績を重ねた。  「競技会で切磋琢磨することが励みになり、技術のレベルも上がっていきます」  現在は技能グランプリ競技委員主査、中央技能検定委員として後進の指導にあたっている。  「技能検定は100%の力を出さないと受かりません。でも一番大事なのは、結果よりも検定を受けるために練習することです。それがふだんの仕事を見直すきっかけになりますから」  表具の仕事が少なくなるなか、これまで30近い資格を取得して仕事の領域を広げてきた。「そうすることで表具の技も残せる」と鈴木さん。どれだけ領域を広げても、表具への思いは変わらない。  「父が手がけた地元の寺院の襖(ふすま)を自分も手がけ、次は4代目の息子が手がけることになるでしょう。孫子の代まで続くような仕事ができる。それがこの仕事の醍醐味です」  100年継承されてきた技は、少しずつ形を変えながら、さらに次の世代へと受け継がれていく。 株式会社鈴直 TEL:046(852)3355 https://www.suzunao.co.jp (撮影・羽渕みどり/取材・増田忠英) (写真提供:株式会社鈴直) 写真のキャプション 作品を補強し、しわやたるみを防ぐために、作品の裏面に和紙を張り合わせる「裏打ち」。多いときは肌裏・増し裏・中裏・上裏(あげうら)の4回を行う 裏打ち紙を、しわにならないように作品の裏面にゆっくりと下ろしたら、上から刷毛で撫でて空気を抜き、作品に圧着させる 表装に使った裂地の端切れ。裂地は西陣織で、掛け軸用に太い縦糸と細い横糸で織られている。使い道のない端切れを名刺入れなどに再生する構想がある 左の掛け軸の作品の左下部分の拡大図。左側(「柱」)と下側(「中回し」)の裂地を3o重ね合わせた部分の柄がぴたりと合っている 「行の行」(三段仕立て)と呼ばれるもっともオーソドックスな形式の掛け軸。作品に合わせる裂地の色は、作品に使われている色に合わせるのが基本 鈴木さんが理事長を務める神奈川県表具経師内装協同組合では、表具教室を開催しており、鈴木さんも講師を務めている(写真提供:株式会社鈴直) 表装では、和紙や裂地を張り合わせるために、打ち刷毛、撫で刷毛、糊刷毛、水刷毛など、用途に応じてさまざまな刷毛を使い分ける 裏打ちをしたら、乾かすために「仮張り」を行う。紙が縮んでシワになるのを防ぐため、「仮張り板」に四辺を貼りつけ、刷毛で伸ばして乾燥させる