【表紙】 画像データです。 【表紙2】 令和6年度 「高年齢者活躍企業フォーラム」 「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」 アーカイブ配信のご案内  10月に開催した「高年齢者活躍企業フォーラム(高年齢者活躍企業コンテスト表彰式)」、10月〜11月にオンライン配信で開催した「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」の模様をアーカイブ配信しています。  基調講演や先進企業の最新事例発表など、お手元の端末(パソコン、スマートフォン等)でいつでもご覧いただけます。 視聴方法 JEEDホームページのトップページより STEP.01 機構について STEP.02 広報活動 (組織紹介動画・メルマガ・啓発誌・各種資料等) STEP.03 YouTube動画(JEED CHANNEL) STEP.04 「高齢者雇用(イベント・啓発活動)」の欄からご視聴ください ※事前申込不要(すぐにご覧いただけます) 以下の内容を配信中です 2024年10月4日(金)開催 高年齢者活躍企業フォーラム ●表彰式 ●事例発表 ●基調講演 ●トークセッション 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム ●基調講演等 ●事例発表 ●事例発表者とコーディネーターによるパネルディスカッション 2024年10月10日(木)開催 「ジョブ型」人事から考える 〜シニア人材の戦力化 2024年10月25日(金)開催 役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化 2024年11月28日(木)開催 ミドルシニアのキャリア再構築 〜リスキリングの重要性と企業の戦略 お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 高齢者雇用推進・研究部 普及啓発課 TEL:043-297-9527 FAX:043-297-9550 https://www.jeed.go.jp JEEDのYouTube 公式チャンネルはこちら https://youtube.com/@jeedchannel2135 JEED CHANNEL 検索 【P1-4】 Leaders Talk リーダーズトーク No.116 定年後の再雇用制度を刷新 役割と業務に応じた3コースを用意 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 執行役員 経営企画グループ 人事総務本部 本部長 奥村弘幸さん おくむら・ひろゆき 1991(平成3)年、伊藤忠テクノサイエンス株式会社(現・伊藤忠テクノソリューションズ株式会社)に入社。その後、金融システム企画統括部長、経営管理・IR部長、広報部長、広報・サステナビリティ推進室長を経て、2024(令和6)年より現職。  国内有数の大手システムインテグレーター、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(略称「CTC」)。同社では2024(令和6)年4月、新たな定年後再雇用制度である「嘱託再雇用制度」を導入した。評価・処遇制度の見直しを図るとともに、役割・業務に応じた3コースを設置し、本人の希望や基準に応じて働き方を選択することができる。今回は、同社執行役員の奥村弘幸さんに、その新たな制度についてお話をうかがった。 さまざまな世代とシニアが協業することでイノベーションが起こることに期待 ―貴社では、2024(令和6)年4月に、定年後の再雇用制度の見直しを行い、新たに「嘱託再雇用制度」を導入されました。従来の再雇用制度との違いを含めて、制度見直しの背景と目的について教えてください。 奥村 当社で60歳定年後の再雇用制度を設けたのは2006(平成18)年ですが、それから20年近くが経過しています。当初は対象となる社員も少なく、処遇は60歳定年前の半分程度で、現役社員の補助的な業務や後進の指導・育成といった役割が期待されていました。処遇についてはその後、何度か見直しを行い、一般社員だった人は年収の約7割、管理職だった人は約6割の水準まで引き上げました。今回の制度改定はさらに改善を進め、現役社員と同様の活躍を期待する社員には、役割や評価に応じて同水準の給与を支払う、というものです。  その背景には60歳以上の社員の増加があります。当社の社員数は約5500人、定年を迎える社員は1年で70〜80人程で、毎年徐々に増えており、10年後には150〜200人になることが見込まれています。これだけ人数のインパクトがある以上、会社としても年齢に関係なく、個々の力を発揮してもらい、充実した生活を送ってほしいという思いがあります。  また、根底にダイバーシティを大切にするという当社の理念があります。ダイバーシティ基本方針に「年齢、性別、性自認や性的指向、国籍、障がいの有無等に関わらず、すべての社員を尊重し、ダイバーシティの浸透を図る」ことを掲げ、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)に積極的に取り組んでいます。IT業界は特にエンジニアの不足が深刻化していますが、加えてITの世界は新しい発想などイノベーションが非常に重要です。若手をはじめとするさまざまな世代のなかにシニアが混じり、活発な意見を交わすことで新しい発想に結びつけたいという期待もあります。  一方で、1年前の2023年度から全社員を対象とする人事処遇制度を大きく変更したことも、再雇用制度見直しの背景の一つでした。当社では、2000年初頭に年功序列型処遇制度を廃止し、年齢を問わず等級ごとに求められる役割のレベルに応じて給与を支払う役割等級制度を導入しています。さらに一歩進めて、スペシャリスト職については、等給決定の仕組みにジョブ型の要素を取り入れ、多様な役割に応じた処遇を実現するとともに、若手社員の飛び級を可能とするなど、個人の実力に応じて活躍できる制度としました。  一般社員の主任より上は、課長・部長などの「ラインマネージャー職」と「スペシャリスト職」の二つのコースに分かれ、給与はいずれも同水準です。スペシャリスト職はエンジニア、営業、職能(管理部門)ごとに4等級があり、それぞれ経営への影響度、専門性の発揮、革新性などの役割定義に基づいて毎年点数評価し、役割スコアリングで等級を決定します。また、個々人に期待する役割の内容は全社員に公開されます。自律的にキャリアを形成し、多様なプロフェッショナルを目ざして成果を出し続けてほしいという期待を込めてのことです。  この新制度の導入を機に、60歳定年後に再雇用を希望する社員についても処遇制度を見直し、定年前と同じように活躍していただけるのであれば同じ水準の給与を払うという仕組みに変更をしました。 役割・業務が異なる3コースを設置 65歳以降も勤務可能な仕組みを導入 ―「嘱託再雇用制度」では、「高度専門職」、「専任職」、「専属職」という三つのコースを設けていますね。 奥村 「高度専門職」コースは4等級に分かれ、社員のスペシャリスト職の等級に対応し、給与水準も評価軸も同じです。「専任職」コースは実務担当者として技術・専門性を活かして活躍してもらう職務であり、「専属職」コースは業務量や負荷を軽減した定型的・限定的業務、あるいは実務担当者をサポートする役割をにないます。高度専門職と専任職は社員と同じように賞与も支給されますが、専属職は賞与はありません。いずれもフルタイム勤務を原則としますが、専任職と専属職は週4日勤務も認めています。  コースは本人の希望をふまえて上長と話し合って決めますが、高度専門職については一般社員と同様の役割要件が求められます。現在、嘱託再雇用の人は約230人いますが、高度専門職が約15%、専任職が約80%、専属職が約5%の割合になっています。 ―評価制度はどうなっていますか。 奥村 行動評価と業績目標の達成度を評価するMBO評価の二つがあります。高度専門職は現役社員と同様、毎年役割スコアリングを実施し、その役割に応じた基準で評価されます。専任職と専属職は等級ごとに給与レンジを設定し、行動評価によって基本給が増減します。賞与については社員と嘱託社員は業績連動方式で支給月数が決まりますが、それにMBO評価が反映されます。高度専門職は基本的に絶対評価ですが、高度専門職の一部と専任職は相対評価となり、社員と同一の母集団で評価されるなど一体的に運用しています。 大きな制度改定をするうえで大切なのは社員の声を聞きながら柔軟に対応すること ―新制度スタート以降の社員の反応はいかがでしょうか。 奥村 スタートして1年未満なので、具体的なヒアリングはまだですが、以前の制度は定年前の6〜7割の給与水準だったので、再雇用社員に対して上司は、「仕事を依頼したくても遠慮していいにくい」という雰囲気もありました。しかし、社員と同様の処遇水準になり仕事も依頼しやすくなったという声はあるようです。また、再雇用社員の方も以前よりモチベーションが上がったという声も届いています。 ―65歳以降の働き方の仕組みはどうなっていますか。 奥村 高度専門職コースの嘱託社員については、本人が希望し、会社としても引き続き働いてほしい人は、65歳以降も同じ処遇で雇用を継続します。もともと高度専門職コースで働く社員は、再雇用社員約230人の15%程度と少ないですから、実際に65歳以降も働いている人は十数人程度です。専任職と専属職については65歳で終了となります。 ―高齢社員のさらなる活躍をうながすための取組みがあれば教えてください。 奥村 年齢ごとの節目にキャリア研修を実施していますが、57歳時にはこれまでのキャリアをふり返り、自身の経験や強みを再認識して定年後のキャリアを描き、具体的なアクションを考える研修のほか、キャリアカウンセラーによる嘱託社員の個別面談なども実施しています。  リスキリングについては、自分でテーマを選択して学べるeラーニングメニューを数多く用意しています。世間ではリスキリングが話題になっていますが、当社の社員にとってはいまに始まったことではありません。IT業界は日進月歩で技術が進化していますし、世界で一番新しい技術にキャッチアップするのが当社の強みでもあります。逆につねに学び続けなければ生きていけない世界であり、そのことは社員がもっとも自覚していると思います。 ―これから高齢者雇用に取り組む企業へのアドバイスがあればお聞かせください。 奥村 当社では、徐々に給与水準を引き上げるとともに、になう業務や期待する役割のレベルを上げてきました。会社として社員にどのような期待をしているのか、きちんとメッセージを出していくことが大切だと思います。  ダイバーシティの話もしましたが、シニアの持つ知恵やスキルを活用し、今後広がっていく高齢者マーケットでの新しいサービスの創造も期待しています。やはり人事制度の変更はコストではなく、人的資本への投資と考えるべきなのでしょう。年齢、性別を超えて、いろいろな考えや意見を出し合う土壌を構築することが、会社の成長にもつながっていくと信じています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博) 【もくじ】 エルダー エルダー(elder)は、英語のoldの比較級で、” 年長の人、目上の人、尊敬される人”などの意味がある。1979(昭和54)年、本誌発刊に際し、(財)高年齢者雇用開発協会初代会長・花村仁八郎氏により命名された。 ●表紙のイラスト KAWANO Ryuji 2025 January No.542 特集 6 65歳以降も働ける職場のつくり方 7 総論 65歳以降(シニア)社員の業務・役割の創出と環境改善のポイント 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 HR第1部 コンサルタント 友野雅樹 11 解説 多様で柔軟な勤務制度導入のポイント 〜短日・短時間勤務制度等の多様で柔軟な勤務制度を導入するうえでの留意点〜 株式会社田代コンサルティング代表 社会保険労務士 田代英治 15 事例1 京都中央信用金庫(京都府京都市) 多様な人財の活躍促進の一環として65歳以降の職員の働きやすさを拡充 19 事例2 東急リバブル株式会社(東京都渋谷区) 65歳以上を対象とする「エージェント制度」を導入 年齢上限なく意欲と人脈を活かす働き方を提供 1 リーダーズトーク No.116 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 執行役員 経営企画グループ 人事総務本部 本部長 奥村弘幸さん 定年後の再雇用制度を刷新 役割と業務に応じた3コースを用意 23 日本史にみる長寿食 vol.374 リンゴで元気を出しましょう! 永山久夫 24 新春特別企画@ 「令和6 年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 ミドル・シニア社員を活かす経営の新常識 前川孝雄 28 新春特別企画A 「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」 受賞企業を交えたトークセッション 34 偉人たちのセカンドキャリア 第2回 旧幕府軍から新政府の要職に就任 若くして始まったセカンドキャリア 榎本武揚 歴史作家 河合敦 36 高齢者の職場探訪 北から、南から 第151回 群馬県 株式会社栄久 40 高齢者に聞く 生涯現役で働くとは 第100回 チーズケーキ専門店 ヨハン ケーキ職人 小林隆吉さん(85) 42 加齢による身体機能の変化と安全・健康対策 【第2回】職場における「転倒災害」の防止対策のポイント 川越隆 46 知っておきたい労働法Q&A《第79回》 合併後の継続雇用の更新、SNS上での誹謗中傷を投稿した社員に対する懲戒処分 家永勲 50 地域・社会を支える高齢者の底力 【第2回】 株式会社小川の庄(長野県) 52 いまさら聞けない人事用語辞典 第53回 「労働契約法」 吉岡利之 54 「令和7年度高年齢者活躍企業コンテスト」のご案内 56 BOOKS 58 ニュース ファイル 60 次号予告・編集後記 61 技を支える vol.347 肉本来の味を大事にしたハム・ソーセージづくり 食肉加工 中山一郎さん 64 イキイキ働くための脳力アップトレーニング! [第91回]マッチ棒パズル 篠原菊紀 【P6】 特集 65歳以降も働ける職場のつくり方  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。しかし、令和5年「高年齢者雇用状況等報告」によると、70歳までの就業確保措置を実施ずみの企業は約3割にとどまっているという現状があります。  そこで本企画では、65歳以降の雇用・働き方をテーマに、自身の健康問題や家族の介護など、加齢とともにさまざまな事情が多様化していく65歳以降の高齢者の能力を活かし、会社に貢献してもらうための各種取組みのポイントを、企業事例を交えてご紹介します。 【P7-10】 総論 65歳以降(シニア)社員の業務・役割の創出と環境改善のポイント 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 HR第1部 コンサルタント 友野(ともの)雅樹(まさき) 1 労働力確保にはシニア活用の検討は避けては通れない  現在、多くの企業では、労働力不足が問題となっています。労働力不足に対応し安定的・継続的に業務を遂行するには、労働力を増やす、あるいは業務効率を上げる方法を採ることになります。労働力を増やすためには、新卒・経験者の積極採用やシニア社員の活用などがあげられます。業務効率を上げるためには、業務システム導入による自動化や一部業務をアウトソース(外部委託)することなどが考えられます。  労働力不足の解消のためには、前述施策のいずれか一つに集中して着手するだけでは足りず、幅広い施策を自社に適した形で実施することが重要です。今回はシニア社員、特に65歳以降の社員(以下、「シニア社員」)の活躍のために、どのような業務をになってもらうかの検討方法について考えていきます。 2 シニア社員の労働力人口比率は高まっているものの懸念点もある  シニア社員の労働力人口比率は高まっています。図表1の通り、人口に占める労働力人口を示す労働力人口比率は、「65〜69歳」、「70〜74歳」、「75歳以上」の年齢区分で直近10年間、増加し続けています。  その一方で、シニア社員の勤務にあたっては、懸念される事項もあります。身体の衰えは年齢を重ねることで発生しやすくなり、図表2の通り、約2割は階段を上ることやいすから立ち上がるといった日常的な動作に支障をきたしています。加えて、認知機能も衰えやすくなり、約1割の方が請求書の支払いや預貯金の出し入れを自力でできないといった回答をしています。  実際にシニア社員に戦力として働いてもらうには、これらの身体・認知機能の状態に寄り添った業務・役割の付与や就業環境整備が重要となります。 3 シニア社員個人の視点から見た業務の変化  シニア社員個人の視点からは、質・量の双方の視点で「@現役並み」、「A現役から一部軽減」、「B現役から大幅軽減」の3パターン程度※1を設け、これらからシニア社員自身が選べる状態が望ましいでしょう。  質の観点からいえば、部長として部のマネジメント(業績・人材管理)をになっていた方が実力を保持している場合を対象に考えます。「A現役から一部軽減」の場合、新たな部長の補佐(業績・人材管理の部分的な担当や助言)をになう形で業務を軽減する、あるいはマネジメント経験を活用でき、かつ(会社にもよりますが)、部長よりも業務負荷が小さい内部監査業務をになう、などがあげられます。「B現役から大幅軽減」の場合、プレイヤー(担当者)としての業務をになう、などがあげられます。  あわせて、業務量の観点からも調整が必要となります。こちらは、「1週間に何時間分の業務をになってもらうか」、すなわち「1週間の勤務時間をどの程度に設定するのか」を考えます。大まかに分類すると、「A現役から一部軽減」の場合は、週20〜30時間程度勤務し、「B現役から大幅軽減」の場合、週10〜20時間程度勤務するイメージとなります。  また、勤務時間だけでなく、勤務の態様という観点からも、「残業を可能なかぎりさせない」、「交代勤務の場合、夜勤を減らす」など、大きな負荷がかからないような対応が必要です。こちらは、現場に説明し理解をしてもらいながら、運用を現場に一任するだけでなく、シニア社員の配置の時点で、業務を調整しやすい部署に異動させる、夜勤がない業務を割り当てるなど、人事部からのアプローチも重要となります。 4 シニア社員に適用する業務【質の観点】  実際に会社がシニア社員に適用する業務・役割は大きく五つ程度に分けられると思われます(図表3)。一番高いレベル5は組織マネジメントや高い専門性を活用した事業推進があげられます。これらは、部長やITの技術を有しプロフェッショナルとして事業を創出していた方が実力を保持し現役同様の働きをする場合※2が想定されます。  レベル4は組織マネジメントの補佐や経営管理業務があげられます。マネジメント補佐としては、マネジメントの業務の一部代行や、組織運営の助言・補助をにないます。経営管理業務は、内部統制制度の整備など、事業全体を見渡して、健全化・効率化する業務となります。  レベル3〜1は担当者として業務をになうイメージです。そのなかでリーダーとして業務を統括するレベル3、一人前として業務を遂行するレベル2、担当者の補助、あるいは定常的な事務作業をになうレベル1に分けられます。  これらのレベルの5段階と、前項のシニア社員個人から見た質の変化(パターン)がどのように整合するかを考えます。まず、現役時に部長(組織マネジメント)をになっていたA氏を想定すると、現役並みに働く(@)場合はレベル5が当てはまります。一部業務を軽減させる(A)場合はレベル4、大幅に軽減させる(B)場合はレベル3〜1が当てはまります。  次に、現役時に担当者として業務を統括していたB氏を想定すると、現役並みに働く(@)場合はレベル3が当てはまります。一部業務を軽減させる(A)場合はレベル2、大幅に軽減させる(B)場合はレベル1が当てはまります。  同様に担当者としての業務をになっていたC氏については、現役並みに働く(@)場合はレベル2、一部業務を軽減させる(A)場合はレベル1となります。C氏の業務を大幅に軽減させる(B)場合は、業務量の観点で軽減させる対応となります。 5 シニア社員に適用する業務を創出する場合(職務開発)のポイント  前項のシニア社員に適用する業務について、新たに業務を創出することも考えられます。具体的には、業務を新設する場合と、既存業務を体系化・内製化する場合があります。  業務を新設する場合は、例えば、働き方改革推進プロジェクトなどが考えられます。既存業務を体系化・内製化する場合は、個々人の経験やノウハウを形式知化する(ナレッジマネジメント)業務や、現在は外部委託している特殊な公的資格が必要な業務の内製化があげられます。  職務開発を実施する際には、上記の枠組みに当てはまる業務をリストアップし、経営層や現場へのヒアリングで見込まれる効果や必要性を確認します。その結果をふまえて、リストアップした業務を精査します。  ここで確認が必要な点は、シニア社員の活用は労働力不足に対応するために実施している、ということです。そのため、シニア社員に適した職務をつくるために、外部委託している定常業務を内製化するなど、必要性の低い業務を創出しては本末転倒といえます(ただし、労働力が充足しているなど、目的が異なる場合はこのかぎりではありません)。 6 シニア社員に認める勤務パターン【量の観点】  業務量の観点からは、どのような勤務パターンを認めていくか、が論点となります(図表4)。現役並みに働く(@)場合は、現役の社員と同じ取扱いとします。したがって、週40時間で、1日8時間・週5日間勤務となる形が一般的と考えられます。なお、@の趣旨は、現役と同様の取扱いをすることであるため、変形労働時間制やフレックスタイム制度などを取り入れている場合は、現役社員と同様に導入したほうが理にかなっています。  現役から一部軽減(A)し、週20〜30時間勤務とする場合は、「A:1日あたりの勤務時間を減らす」、「B:1週間あたりの勤務日数を減らす」、「C:勤務時間・勤務日数の双方を減らす(AとBの両方)」の三つが考えられます。なお、これらを導入する際には、「社内の連絡窓口業務は、丸1日対応できないと業務に支障が生じる」など、業種や部署の業務特性に応じて適用可能な区分を検討します。  現役から大幅軽減(B)し、週10〜16時間の勤務とする場合は、Aと同様のA〜Cを検討します。この場合の注意点は、勤務時間が1週間に20時間未満となると社会保険の加入要件を満たさなくなるという点です(2024年12月1日現在。導入の際には法律の専門家にご確認ください)。 7 シニア社員の戦力化で競争力強化  高齢化が進む日本において、労働力に占めるシニア社員の割合は増加します。そのなかで、シニア社員を戦力化し、企業全体の労働力を増やすことは、競争力の強化につながります。足元で差し迫った人材不足の環境にない企業においても、将来を見すえた対応が重要となります。 ※1 一般的には50〜60歳の間の役職定年などにより、現役よりも業務の質を軽減することがあります。しかし、今回はより幅広にシニアの業務を考える観点から、役職定年を行わない前提としています(役職定年の導入企業においては、マネジメント経験者の「@現役並み」の選択肢を除いてご検討ください) ※2 実際には、レベル5の65歳までマネジメントや技術者として最前線で活躍する人材はきわめて珍しい存在と考えられます。しかし、近年の職務を軸とした人材マネジメントの考えに照らすと(本人が十分に活躍できる状態を確認したうえで)、年齢に関係なく役割・職務をになう枠組みを検討する余地はあると考えられます 図表1 労働力人口比率の推移 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023(年) 15〜64歳 75.4 75.9 76.8 77.6 78.9 79.7 79.7 80.1 80.6 81.1 65〜69歳 41.3 42.7 44.0 45.3 47.6 49.5 51.0 51.7 52.0 53.5 70〜74歳 24.4 25.3 25.4 27.6 30.6 32.5 33.1 33.2 33.9 34.5 75歳以上 8.2 8.4 8.7 9.0 9.8 10.3 10.5 10.6 11.0 11.5 ※「年平均」の値を活用しています。 ※「労働力人口」とは、15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせたものを指します。 出典:総務省「労働力調査」、グラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表2 65歳以上の日常生活での活動状況 ※択一回答 (n=2,677) (イ)階段を手すりや壁をつたわらずに昇っていますか している55.4% できるが、していない21.0% できない20.5% 不明・無回答3.1% (ロ)椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか している69.7% できるが、していない11.8% できない15.6% 不明・無回答2.9% (ハ)15分位続けて歩いていますか している70.0% できるが、していない15.7% できない11.4% 不明・無回答2.9% (ニ)バスや電車、自家用車、バイク、シニアカーを使って1人で外出していますか している78.9% できるが、していない6.2% できない12.2% 不明・無回答2.7% (ホ)自分で食品・日用品の買物をしていますか している75.7% できるが、していない12.7% できない9.7% 不明・無回答2.0% (ヘ)自分で食事の用意をしていますか している65.9% できるが、していない20.0% できない12.1% 不明・無回答2.1% (ト)自分で請求書の支払いをしていますか している74.4% できるが、していない13.7% できない9.6% 不明・無回答2.2% (チ)自分で預貯金の出し入れをしていますか している75.9% できるが、していない13.4% できない8.9% 不明・無回答1.8% 出典:内閣府「令和5年度高齢社会対策総合調査」、グラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表3 シニア社員に適用する業務例と業務を割り当てる社員イメージ 会社がシニア社員に適用する業務例 レベル5 ■組織マネジメント ■高度専門職 レベル4 ■組織マネジメント補佐 ■経営管理業務 レベル3 ■担当者業務の統括 レベル2 ■担当者業務の遂行  ●一人でこなすイメージ レベル1 ■担当者業務の補助者  ●指示のもとで、業務の補助を行うイメージ ■定常的な事務作業 業務を割り当てる社員イメージ A氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 パターンB 大幅軽減 B氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 パターンB 大幅軽減 C氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 ※三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表4 シニア社員に割り当てる業務の量 シニア社員に認める勤務パターン パターン@ 現役並み ■勤務時間は週40時間を想定  ●8時間/日×5日 パターンA 現役から一部軽減 ■勤務時間は週20〜30時間を想定  ●4時間/日×5日(勤務時間を軽減)  ●8時間/日×3日(勤務日数を軽減)  ●6時間/日×4日(勤務時間・日数を軽減) パターンB 現役から大幅軽減 ■勤務時間は週10〜16時間を想定  ●3時間/日×5日(勤務時間を軽減)  ●8時間/日×2日(勤務日数を軽減)  ●4時間/日×3日(勤務時間・日数を軽減)  ※社会保険に加入できなくなる懸念あり ※三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社が作成 【P11-14】 解説 多様で柔軟な勤務制度導入のポイント 〜短日・短時間勤務制度等の多様で柔軟な勤務制度を導入するうえでの留意点〜 株式会社田代コンサルティング 代表 社会保険労務士 田代(たしろ)英治(えいじ) 1 はじめに  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。  企業には65歳以降も社員が働き続けることのできる制度や環境の整備が求められていますが、令和5年「高年齢者雇用状況等報告」によると、70歳までの就業確保措置を実施している企業は約3割にとどまっています。  今後さらに高齢者雇用を推進していくために、各企業において多様で柔軟な勤務制度の導入が求められており、本稿ではその留意点などを解説します。 2 多様な勤務制度の概要  65歳以降の就業を推進するために、体力の低下や病気の治療、家族の介護などさまざまな事情を抱える高齢者が働き続けられるように、下記のような多様で柔軟な勤務制度を導入することも有効だと考えられます。 (1)短日・短時間勤務制度  短日・短時間勤務制度とは、1日の所定労働時間や週または月の所定労働日数を短縮する制度です。  例えば、育児・介護休業法では、子育てや介護などを理由にフルタイムで働くことがむずかしい労働者をサポートするために、次の「短時間勤務制度」の導入を事業主に義務づけています。 @3歳になるまでの子を養育する労働者のための所定労働時間の短縮措置  1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置を含むものとする※。  その上で、例えば1日の所定労働時間を7時間とする措置や、隔日勤務等の所定労働日数を短縮する措置などをあわせて設けることも可能であり、労働者の選択肢を増やすことが望ましい。 A要介護状態にある対象家族を介護する労働者のための所定労働時間の短縮措置  次のいずれかの方法により短時間勤務制度を講じなければならないとされています。 (ア)1日の所定労働時間を短縮する制度 (イ)週又は月の所定労働時間を短縮する制度 (ウ)週又は月の所定労働日数を短縮する制度(隔日勤務や特定の曜日のみの勤務等の制度をいう) (エ)労働者が個々に勤務しない日又は時間を請求することを認める制度 (2)フレックスタイム制度  フレックスタイム制度は、一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻を自ら決めることのできる制度です。  「フレックス」は、英語の「flex=曲げる、柔軟性」に由来します。労働者は、仕事と生活の調和を図りながら効率的に働くことができます。個々人の働き方が多様化するなか、労働者の裁量により勤務時間帯を自由に決められるフレックスタイム制度に注目が集まっています。  短日・短時間勤務制度との違いは、一定期間(清算期間)にあらかじめ働く時間の総量(総労働時間)を決めたうえで、日々の出退勤時刻や働く長さを労働者が自由に決定できる点にあります。  2019(平成31)年4月から順次施行された働き方改革法案の一環として、フレックスタイム制度に関する法改正が行われ、清算期間の上限が、1カ月から3カ月に延長されました。  ただし、1カ月ごとの労働時間が週平均50時間を超えた場合は、企業は各月に割増賃金を支払う必要があるため注意が必要ですが、さらに柔軟性のある働き方が可能となりました。 (3)テレワーク  テレワークとは、英語の「tele=離れた所」と「work =働く」をあわせた造語で、自宅など会社以外の場所で情報通信機器を活用して働くことをいいます。  ICT(情報通信技術)を利用し、働く時間や場所を有効活用できる柔軟な働き方により、出産や育児、介護などライフスタイルの変化による影響を受けることなく、業務を続けることができます。  このテレワークには、大きく分けて「雇用型」と「非雇用型(自営型)」があります。 @雇用型テレワーク  業務を行う場所によって「在宅勤務」、「モバイルワーク」、「施設利用型勤務」の三つに分けられます。 (ア)在宅勤務  在宅勤務とは、言葉の通り「自宅を就業場所として働く勤務スタイル」のことです。在宅勤務の場合、子育てや介護、急な病気やけがなどでオフィスに行くことが困難な人でも仕事を続けられるため、柔軟な働き方を促進するテレワークのスタイルとして注目が集まっています。 (イ)モバイルワーク  モバイルワークとは「施設に依存せず、いつでも、どこでも仕事が可能な働き方」のことです。モバイルワークの例としては、カフェでの仕事や新幹線で移動中に作業することなどがあげられます。 (ウ)施設利用型勤務  施設利用型勤務とは「サテライトオフィス、テレワークセンター、スポットオフィスなどを就業場所とする働き方」のことです。 A非雇用型(自営型)テレワーク  注文者から委託を受け、情報通信機器を活用して主として自宅などで成果物の作成および役務の提供を行います。 3 高齢者に柔軟で多様な働き方を整備・運用する際の留意点 (1)高齢者の多様性を知る  高齢者は、年齢を重ねることで多様性が増すことを理解する必要があります。年齢を重ねても若い時分と変わらない高齢者もいますが、職務遂行能力の衰えを感じさせる人もいることを認識すべきです。  また、新しい仕事に挑戦したり、新しいことを学んだりする意欲が低下する高齢者も出てくる可能性があります。  このように働き方のニーズが多様化するのが高齢者の特徴です。高齢者のなかには年齢とともに体力が低下したり、これまでと異なる働き方を希望する人が見られたりするなど、さまざまな面で多様性があらわれます。 (2)高齢者や職場の事情や思いを知る  改正高年齢者雇用安定法による就業確保措置の対象年齢は70歳までとなり、個々の高齢者のニーズは多岐にわたることが考えられるため、労使による十分な協議を行って取り組むことが望まれます。  収入やキャリアを目的に働いている高齢者もいますが、傾向としては家計の足しとして働きたい、空いた時間を有効に使いたいという人も多く、また趣味の時間も取りたいので、ある程度プライベートの時間も確保したいという人もいます。  そこで、職場の管理者や人事担当者が多様な高齢者の一人ひとりの思いを聞いてみることも必要です。実際に、通院や家族の介護、自治会役員の活動や自身の趣味などで仕事以外にあてる時間を増やそうと考えている人もいるかもしれません。  一方、彼らの上司や同僚からも、高齢者に対する期待などを聞き、職場のニーズと高齢者のニーズを結びつけることも必要となります。 (3)高齢者に負担のかからない職場環境をつくる  高齢者をはじめ、だれもが働きやすい環境を整えることは円滑な作業が行えることにつながり、生産性の向上や利益に影響します。それには、高齢者の強みを活かし、彼らに起こりがちな弱みを補うことです。  高齢者の通勤負担軽減のためには、テレワーク(在宅勤務など)やフレックスタイム制度、時差出勤なども有効な手段です。また、高齢者は身体能力・体力ともに低めであることから、長時間労働や連続勤務を避けるなど、無理のない勤務制度とすることも大切です。これまで以上に一人ひとりに有効な勤務制度を考えていくことが求められます。 4 高齢者に向けた短日・短時間勤務制度導入の留意点  70歳までの就業機会の確保を進めるためには、高齢者の多様性を考慮して、安全・健康対策を講じて労働災害を防止しつつ、彼らの事情やニーズをふまえて柔軟に働ける勤務制度を導入することが求められます。  なかでも、高齢者の働きやすさの観点から有効と考えられる「短日・短時間勤務制度」の導入を検討する際の留意点等について、解説します。 (1)短日・短時間勤務制度の内容の整理  短日・短時間勤務制度には、以下のような種類があります。まず、高齢者に導入する場合、これらのいずれをベースとするのかを検討する必要があります。 @短時間勤務制度 (ア)1日の所定労働時間を短縮する制度  例:1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置(その上で、1日の所定労働時間を5時間または7時間とする措置)など (イ)週または月の所定労働時間を短縮する制度  例:1週間のうち所定労働時間を短縮する曜日を固定する措置 A短日勤務制度 (ウ)週または月の所定労働日数を短縮する制度(隔日勤務や特定の曜日のみの勤務等の制度をいう)  例:週休3日とする措置 B柔軟な勤務時間を認める制度 (エ)労働者が個々に勤務しない日または時間を請求することを認める制度  会社の事情を考慮しつつも、先述のような高齢者の特性をふまえると、「B柔軟な勤務時間を認める制度」をベースにするのが望ましいと考えられます。 (2)多様性に応じた短時間勤務制度のメニューを用意する  働き方のニーズが多様化するのが高齢者の特徴です。  短日・短時間勤務制度などフルタイム勤務以外の選択肢を提供する場合、単にパートタイムの働き方を用意するのではなく、午前や午後だけの勤務、週前半・後半の勤務など、勤務形態メニューを複数用意し、充実させるほうが効果的に運用できます。  また、高齢者のなかには早朝や夜間の勤務を希望する人もいるため、たくさんの勤務シフトを用意して選択してもらう制度とするのも有効です。このような多様な勤務形態は、子育て中の社員が高齢者に仕事を引き継いで退社時刻を早められるなど働き方改革にもなります。  さらに、高齢者の健康管理体制も構築していく必要があります。高齢者が元気に見えても、潜在的なリスクが隠れている可能性があります。健康診断の事後措置で就業上の配慮を確実に行い、勤務日数・時間やシフト表の反映などを柔軟に行っていくことが大切です。 (3)短時間シフト勤務制度の導入を検討する  高齢者には、短時間のシフト勤務制度が適しています。特に、業務量に繁閑の差があるような業種では、シフト勤務制度を導入して高齢者を雇用することで、人員の調整がしやすくなります。  実際に、短時間勤務制度を導入し、休憩時間も見直したところ、高齢者や子育て世代を取り込むことに成功した事例(青果卸売業A社、従業員数15人)もあります。 【A社の短時間シフト勤務制度】 ◯高齢者は仕事以外の時間を大切にする人が多い傾向にあるため、最低2時間(週20時間以上)の勤務を可能とし、始業時刻も希望に応じ、朝5時から15時までの選択制とした。 ◯集中力を維持してもらうため、休憩時間を2時間ごとに15分単位で取得できるようにした。  A社では、冬や夏の時期に応じて業務量の差が大きいため、季節ごとの人員調整を行う必要がありました。その対策として短時間勤務制度等の導入により、高齢者も働きやすい環境整備に取り組んだ結果、高齢者や子育て世代からの応募が増加し、人手不足解消につながり、作業の区切りを「2時間単位」としたことが、体力や集中力のバランスもよく、従業員全体の成果量、作業精度も向上したとのことです。  シフト管理者は、ほかのスタッフと勤務時間や勤務日数を均等にするのではなく、高齢者の勤務時間・日数の希望が少なくてもできるかぎり受け入れ、長時間労働を避けるようにしましょう。長時間労働を避けることで、体力的な負荷も少なくなり、集中力を維持しやすいため高齢者でも継続的に働くことができます。  人手不足の状況が続くなかで、「いつまでも働きたい」、「社会に貢献したい」と考える高齢者の存在は、ビジネスにおいて大きなサポートとなるでしょう。ただし、高齢者をシフト勤務などで活用するためには、「時短勤務がメインで、なるべく要望を満たす」ことで、働きやすい職場に向けた環境整備が必要となります。 ※育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律施行規則第74条第1項 【P15-18】 事例1 多様な人財の活躍促進の一環として65歳以降の職員の働きやすさを拡充 京都中央信用金庫(京都府京都市) 人的資本経営の考え方を最重視して人事制度の改定に取り組む  京都中央信用金庫(京都府京都市)は、京都市中央卸売市場において1940(昭和15)年に設立した「京都市中央市場信用組合」を前身とし、戦中戦後の混乱を乗り越えて1951年に組織をあらため、京都中央信用金庫となった。「地域のための金融機関」として、京都府を中心に滋賀県、大阪府、奈良県に135店舗(2024〈令和6〉年3月末現在)を展開。地域に密着した店舗ネットワークを強みとして質の高い金融サービスの提供に努め、預金量、貸出金量ともに全国トップクラスの実績を誇る信用金庫に成長した。現在、「ON YOUR SIDE一緒がうれしい」をスローガンに、多方面から地域の発展に貢献し、そのための人財育成に注力している。  社是の一つに「有為な人材の開発育成に積極的に取り組む」を掲げ、新入職員には2年間の教育プログラムを用意しており、その後もステップアップに向けて、職能・職位に合わせた研修を実施している。また、意欲ある職員が受験できる昇進・昇格の資格試験制度を整え、管理職への挑戦をサポートするなど、職員が希望するキャリアを実現するための支援に力を入れている。  さらに、人材=人財を資本ととらえ、企業価値の向上を目ざす人的資本経営の高度化と職員エンゲージメントの向上に向けて、2023年から積極的に人事制度の改定に取り組んでおり、その一環として、意欲ある職員が年齢にかかわりなく活躍できる職場環境の整備を進めてきた。  同金庫の職員数(パート含む)は、2688人(2024年11月時点)。60歳以上は266人で、全体に占める割合は、9.90%。年齢層の内訳は、60〜64歳が204人(全体の7.59%)、65〜69歳が60人(同2.23%)、70歳以上が2人(同0.07%)である。70歳以降も意欲や能力を勘案し、少人数ではあるが雇用を継続している実績があり、現在の最高年齢者である76歳の職員は、知識とスキル、経験を活かして融資業務を担当している。  同金庫では、50代など中堅以上の年齢層が比較的少ないため、高齢になっても長く働き続けることができる環境整備が大事になっているという。 シニア人財の活躍を促進するため55歳以上の職員の賃金・処遇体系を改定  同金庫における、意欲ある職員が年齢に関係なく活躍できる環境整備の取組みは、高年齢者雇用安定法の改正に合わせて行われてきた。まず2006(平成18)年4月に「定年60歳、一定の基準を満たす職員を65歳まで再雇用する」定年後再雇用制度を導入した。その後、65歳以降も働きたいという要望があったことや、優秀で経験豊富な職員が引き続き働くことができる制度の整備として、2008年10月から「本人が希望し、一定の基準を満たす職員を70歳まで再雇用する」非常勤嘱託職員制度を導入。早くから意欲ある職員が70歳まで働くことができる環境を整備してきた。2013年4月には、65歳までの定年後再雇用制度を「希望者全員」に拡充した。  さらに直近の改定では、2023年4月より、年功的要素の強い55歳未満の「年齢給」を廃止し、成長や能力をより重視した賃金・処遇体系に変更すると同時に、シニア人財の活躍を促進するため、55歳以上の職員の賃金・処遇体系の改定に取り組み、「65歳まで、55歳到達前の職位・賃金が継続される」制度へあらためた。この改定に連動して、同年11月から「65歳以降の職員の勤務形態の拡充」を実施。また、2024年10月に、「定年年齢を60歳から65歳」に引き上げた。  直近の55歳以上の賃金・処遇体系の改定、および65歳以降の勤務形態の拡充、65歳への定年年齢引上げの背景について、人事総務部の松村(まつむら)博幸(ひろゆき)部長は次のように説明する。  「人口減少と少子高齢化が進んでいることから、将来を見すえてということもありますし、業容の拡大にともなう人財の拡充や人的資本経営の考え方があります。そして、健康年齢が上がっているなか、優秀で経験豊かなシニア人財を含めて、職員が年齢にかかわらず、高いモチベーションをもって安心して働くことができる環境を整えるために改定しました」  改定以前は、55歳到達時、および60歳定年再雇用時に役職を降りることや賃金の見直しを行っていたが、その制度を廃止し、さらに定年を65歳に引き上げたことにより、現制度では入社してから65歳まで、意欲ある職員が継続して活躍できる環境が整ったという。  そのうえで、65歳以降の職員についても、これまで以上に活躍できる環境を整備している。 65歳以降の職員の勤務形態を拡充フルタイムをはじめ3種類に  以前の65歳以降の職員の働き方は、2008年10月に導入した非常勤嘱託職員制度により、短時間・短日数勤務を基本としていた。しかし、フルタイムでも働けるという職員もいれば、親の介護などのために短時間勤務を続けたいという職員もいることから、この制度を見直し、意欲ある職員が年齢に関係なく、よりいっそう活躍できる職場づくりを進め、2023年11月から65歳以降の職員の勤務形態を、次の3種類に拡充した(カッコ内は、2024年12月1日時点の職員数)。 ◆嘱託職員T(5人)  月給制でフルタイムの嘱託職員。役職に就くこともある ◆嘱託職員U(7人)  時給制で勤務日数が週4日以上の嘱託職員 ◆非常勤嘱託職員(35人)  時給制で勤務日数が週3日の嘱託職員  嘱託職員T・嘱託職員U・非常勤嘱託職員のうち、いずれの勤務形態で雇用するかは、本人の希望や意欲・能力に応じて決定することとしている。なお、65歳以降の再雇用は1年更新で、毎年面談を行い、勤務形態を決定している。  松村部長は、65 歳以降の職員に期待する役割として、「能力と経験を業務に活かしつつ、若手の育成にも期待しています。マネジメント能力には、いつの時代にも変わらないスキルが求められます。また、現場経験を積み重ねることで得られるスキルがあり、ベテラン職員ならではの持ち味があるので、若手職員の手本として、勤務を続けてほしいと考えています」と話す。 全職員が退職するまで学習できる企業内大学を2023年に設立  同金庫では、65歳以降の嘱託職員に対しても、評価に応じて昇給も可能な処遇制度を導入している。  以前から定年を迎えた職員の多くが、再雇用を希望して継続して働いているが、直近の人事・賃金制度の改定以降、その希望者は増えたという。また、定年年齢の引上げと55歳以上の賃金・処遇体系の改定により、努力次第で65歳まで途切れることなく処遇が上がる可能性もある仕組みとなったことから、中堅層の職員のモチベーションがアップしているという変化も感じられるという。  また、65歳以降も活躍をうながすための取組みとして、51歳以上の職員を対象に、キャリア開発研修を実施している。55歳以上の賃金・処遇体系の改定にともない始めた研修で、これまでのキャリアをふり返り、今後の自身の働き方、ライフプランを考えてもらう機会として、また、職員としての意識をあらためて高める機会としてもらうことを目的としたものだ。  さらに、年齢にかかわりなく受講できる多彩な研修があり、65歳以降の職員も若い職員もだれもが参加できるという。  2023年から取り組んでいる一連の人事・賃金制度の改定について、松村部長は次のように話す。  「人的資本経営の考え方に基づき、すべての世代の『人財』が、自身の成長にチャレンジし、持てる力を最大限に発揮できる職場環境の実現を目ざして取り組んだものです。人財育成やキャリアアップに向けたサポートは、以前から注力していましたが、2023年4月に全職員が学ぶことができる企業内大学を新たに設立しました」  企業内大学「京都中信コーポレートユニバーシティ(KCCU)」は、同金庫の「新たな人財育成体制」として2023年4月にスタート。全職員が入学し、退職するまで学習を続ける場として、「経営戦略と連動した体系的な学び場の提供(業務別・階層別にさまざまな研修を実施)」、「動画学習コンテンツ(8000本以上の動画を提供)」など、自律的に学習できる仕組みが構築されており、就業時間内外で受講することができる。 経験を活かし65歳以降も管理職をになう若手の成長がやりがいに  業務サポート部の沢井(さわい)伸之(のぶゆき)部長(66歳)は、65歳定年以降の「嘱託職員T」の勤務形態の職員としてフルタイム、かつ定年前の役職を継続して勤務を続けている。松村部長は、65歳以降の嘱託職員の管理職の継続について「だれもが継続できるものではない」と話す。沢井部長自身は、「管理職を続けるのは年齢的に少しきついかな」と考えたこともあるそうだが、期待されていることに感謝し、管理職を続けることを決心したそうだ。  「22歳で入職して、勤続40年を超えました。そのうち35年間は支店に勤務し、融資係など現場の業務をいろいろと経験し、うち約10年間は支店長を務めました。異動が多く、12カ所の支店で勤務した後、55歳から本部勤務となり、営業推進部の部次長を経て、約5年前から現職を務めています」(沢井部長)  現在の業務サポート部は、基本的に同金庫の非対面業務全般を担当する部門で、日中に金融機関に行くことができない人をはじめ、インターネットバンキングなどパソコンやスマートフォンのアプリを用いて同金庫を利用するお客さまへの対応やお問合せへの対応がおもな業務となっている。  「現場勤務が長いので、非対面業務は得意なほうではありませんでしたが、必要に迫られながら業務に必須なことを学び、お客さまのニーズの把握・対応に努めています。若い職員はさまざまなアイデアを持って新たな取組みに挑戦したり、研修や勉強にも積極的に取り組んでいるので、そういった職員がやりがいを持って働けるよう、私は一人ひとりとの面談などを通じて現場力を高めること、職員のモチベーションを高めて人財を活かしていくことを心がけています。いまは、若い職員が育っていくことが楽しみであり、やりがいです」(沢井部長)  現在の最高齢職員として働く76歳の嘱託職員については、「よく知っている先輩です。経験を活かして現役を続けられており、そういう道があることを示してくれています。私たちのような再雇用の職員だけではなく、中堅・若手職員にも刺激を与えてくれている存在です」とも話してくれた。  沢井部長や70代の先輩の背中を目の当たりにして、目標にしたり、助けられたり、励みになったりしている職員はきっと多いことだろう。 「人が財産」、多様な職員が働きやすくやりがいのある職場づくりを進める  同金庫では以前から、女性職員の積極的な登用や職域の拡大、育児関連制度の整備や両立支援に取り組んできた。また、直近のさまざまな制度改定では、パートタイマーの賃上げと人事制度改定にも取り組み、その一つとして、65歳以降のパートタイマーの勤務形態の拡充も実施している。  2023年11月からは、65歳定年を迎えたパート職員についても、基準を満たす場合は雇用を継続することができる制度に変更した。また、全パート職員を対象として、ライフステージに応じた両立支援の観点から、1日あたりの最低就業時間の見直しを行い、「1日3時間45分以上」から働くことが可能とするなど、より柔軟に働ける制度を導入している。  また、2024年10月には、「職員一人ひとりが互いの理解と尊重に努め、多様な人財が自身の能力を最大限発揮できる環境整備を行っていく」として、「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)宣言」を行っている。  松村部長は「金融機関は、人が財産です。人財こそがもっとも重要であると位置づけ、人に特化した改革に尽力し、現在では柔軟な働き方ができ、多様な人財が働く職場になってきました。これからも職員が働きやすく、やりがいのある職場づくりを進めて、多様な人財がいることが強みとなる組織づくりを進めます」と今後の取組みを意欲的に語った。 写真のキャプション 人事総務部の松村博幸部長(左)、業務サポート部の沢井伸之部長(右)。企業内大学「京都中信コーポレートユニバーシティ(KCCU)」にて 【P19-22】 事例2 65歳以上を対象とする「エージェント制度」を導入 年齢上限なく意欲と人脈を活かす働き方を提供 東急リバブル株式会社(東京都渋谷区) 不動産売買仲介を軸に多角的に展開する総合不動産流通企業  東急リバブルは、不動産流通に特化した会社として1972(昭和47)年に誕生した総合不動産流通企業。それまで、個人や中小企業が主体だった売買仲介業に大手不動産企業として初めて進出し、以来、数々の先進的なサービス、業界の拡大と信頼性の向上に取り組んできた不動産流通のパイオニアだ。日本国内では、首都圏を中心に、関西圏のほか、札幌、仙台、名古屋、福岡と主要都市で事業を展開している。  「当社は東急不動産ホールディングスグループの中核企業として、不動産流通事業を所管し、社会情勢やお客さまのライフスタイル、住環境に視点を置いてそのニーズに応え成長してきました。創業当時からの中核事業である売買仲買業を発展させ、賃貸仲介、不動産ソリューション、新築販売受託、不動産販売の事業などを開拓し、多様な事業領域でノウハウを活かした独自サービスの提供に努めています」と経営企画部広報課の市川(いちかわ)和也(かずなり)課長は説明する。  また、社員が成長と働きがいを感じられる企業を目ざし、人材育成、働き方改革にも積極的に取り組んでいる。独自の若手育成プログラム『虎の巻プロジェクト』は「標準化・体系化されたプログラム及び評価基準」を用いた育成が評価され、2018(平成30)年に第7回「日本HRチャレンジ大賞」※において「大賞」を受賞している。  同社の社員数は連結で3945人(2024〈令和6〉年3月末現在)。定年は60歳で、2024年10月1日時点での、60歳以上の再雇用者は74人。職務は営業、準営業、事務に大きく分かれ、一般社員は元の職種を継続する場合が多い。管理職に就いていた社員は役職を降りるため、本人の適性、得意分野に応じて営業(準営業含む)、あるいは事務を担当する。勤務形態は週4日、または週5日から選択可能となっているが、3分の2が週5日を選択しているという。  再雇用社員の人事考課は半年ごとに行われ、職種ごとにランクを設け、評価に応じてインセンティブが支払われる。営業職として働く再雇用社員のなかには、定年前と同等のインセンティブを受け取る人もいるそうだ。  「営業経験が長く、高いポジションに就いていた方などは特に人脈が豊富です。学生時代の同級生や知人、仕事を通じたつき合いも含め、不動産のお取引に関する、さまざまな情報やニーズを独自のルートを通じて得ているのだと思います」(市川課長) 指揮命令なしの成果報酬型 65歳以降も無理なく働ける業務委託制度  同社では、2019年4月、65歳で再雇用の年齢上限を迎えたシニア人材を対象とする「エージェント制度」を導入した。  「エージェント制度は雇用ではなく、65歳以上の人材に業務委託で就業機会を持ってもらうための制度です。再雇用契約の終了後、希望者は当社と業務委託契約を締結し、自己完結できる範囲の業務を担当してもらっています。2024年10月現在、エージェントは30人おり、健康であれば70歳を超えた人材も元気に活躍中です」と経営管理本部人事部人事課の進士(しんじ)剛(たけし)課長は話す。  エージェント制度では、営業職と事務職の二つの職務を用意している。営業職は、売買仲介営業の顧客紹介がおもな業務となっており、情報提供後の契約などの業務は同社の社員が行う。エージェントには契約成立時に手数料の一部が紹介料として支払われるほか、月々の活動費を支給する。毎月、活動費があることから、年間を通して一定の紹介の実績がなかった場合は翌年の契約更新は行わないものとしている。  事務職の場合は、不動産事業の定型業務の範囲内の業務を担当する。一例が、契約前の物件の法的な制限の有無などの調査業務である。調査一件あたりにつき報酬を支給しており、エージェントが行った調査内容をもとに、社員が重要事項説明書を作成し顧客に提出する。調査業務自体は不動産業界では一般的な業務であり、特別な業務依頼ではない。件数にノルマなどはなく、自身の都合に合わせて、稼働すればよいという仕組みになっている。  「いずれもフリーランスに適用される法律などを前提に仕組みをつくりました。会社から細かい指示が必要ないレベルの業務を任せています。所用がなければ出社する必要がなく、自分の好きな時間に、好きなように活動ができ、持っている人脈が活かせます。エージェントの方々はやる気のある人たちばかりです。ある程度、自己完結ができる業務ということは、逆にいえば『仕事が相当程度できる』という前提ですので、安心して任せています」(進士課長)  齋京(さいきょう)章隆(ふみたか)さん(67歳)は、65歳で再雇用を終えてからも、引き続き売買仲介の営業として活躍するエージェントの一人だ。30歳で同社に入社し、個人向け不動産売買仲介の営業職をスタートさせた。43歳のときに課長に就くと、東京都・神奈川県内の個人向け不動産売買仲介店舗を任され、最前線で指揮、管理をになった。50代に入り役職を降りてから定年までは、つちかったノウハウを活かし、営業マンとして最前線で活躍してきた。  「いまでも、20〜30年以上前に取引をされたお客さまから指名されて依頼を受けるときがあるのですが、とてもうれしく、モチベーションの源になります。人とのつながりが大切な仕事ですから、年賀状や暑中見舞いは欠かさず送り続けています。お客さまの喜ぶ顔を見るのがやりがいです。これからも働き続けたいと思っていますので、健康には気をつけ、しっかり運動をして、美味しいものを食べ、好きな音楽を聞き、あちこちの温泉に行って元気を養っていきたいですね」(齋京さん) 課長職の役職定年制を廃止しミドル層の将来不安を払拭  同社では、2024年に課長職を対象とした55歳での役職定年を廃止した。実態として、課長職のにない手不足から、8割以上の課長職が55歳を迎えた後も、役職定年を延長して職務をになっていたという背景がある。一方で、40代の管理職のなかには、役職定年後のやりがいに関して不安を口にする人が増えていたという課題も生じていた。役職定年後も役職を延長している実態とミドル層の役職者たちの不安をくみ、課長職の役職定年廃止にふみ切った。ただし、部長職についてはポスト数がかぎられており、にない手に不足はないことから、引き続き役職定年制を継続している。  「ただし、役職定年を廃止したからといって、課長職全員が定年まで役職者ということはなく、60歳の定年を迎える前に評価が下がれば降格することもありますし、優秀な若手がいれば登用していくことが大前提です。また、役職定年によるモチベーションの低下も懸念事項の一つでした。当社の場合、比較的早い年齢、30代半ばころに管理職に就く人もいるのですが、そこから20年間管理職として働き、55歳を迎えてから、再び担当者として活躍するのもハードルがあります。さまざまなことを鑑みて、役職定年の廃止に舵を切りました」(進士課長) 定年後の業務ギャップに向け40代からリスキリング研修を実施  同社では、2032年には60歳以上の社員が、現在の約3倍にあたる約240人ほどに増加すると試算している。そのうちの半数ほどが元管理職になる見込みだ。定年後再雇用になってから業務で苦戦するのは、元管理職であるケースが多いという。  「ずっと管理職でマネジメント業務をになってきた人にとって、定年後再雇用でマネジメント業務から離れ、一担当者として業務を行う場合、ギャップが生じるので、管理職の定年後を見すえたリスキリングは大きな課題と考えています。管理職として働いてきた実績があるので、もちろん高い能力はあるのですが、再雇用後もその能力がそのまま活かせるわけではありません。社内のシステムもどんどん刷新されていきますし、展開するサービスも変化していくので、そこに対応し活躍し続けてもらうためにも、リスキリングは重要です」(進士課長)  そこで、同社ではリスキリング研修を40代から希望制で行っている。  また、キャリアデザイン研修を、40代初めと50代初めの2回実施している。高齢期のキャリア形成を考え始める年として40代に1回目を設定し、「キャリア形成の考え方」を知ってもらう機会としている。50代で行う2回目の研修では、定年後の再雇用制度やエージェント制度といった社内制度や、年金などをテーマに、外部講師を招いて実施する。  「キャリアデザイン研修は全社員が対象です。40代の社員の場合『まだまだ先のこと』と自分事としてとらえられない社員もなかにはいますが、50代になると『定年後の自分の人生を考えるうえで参考になった』と好評です。情報開示をしっかり行ったうえで、安心して働き続けほしいというメッセージになっていると思います」(進士課長) ウォーキングキャンペーンが好評 全社あげて取り組む健康イベント  健康経営○R(★)にも積極的に取り組んでいる同社では、2023年にウォーキングキャンペーンをスタートした。レクリエーションの要素をとり入れた健康促進イベントで、期間は1カ月ほど。全社員が専用のアプリケーションを使って歩数を測り、組織対抗で歩数の平均値を競い合う。参加特典や賞品として福利厚生に対応したポイントがもらえる仕組みだ。ポイントの使い道には、スポーツクラブの利用チケット、ランニングシューズなど健康にまつわるもののほか、自己啓発や業務での活用を目的に、新聞やビジネス書の購読にあてる人も多いという。  「イベント中は、若手社員から高齢社員までたいへん盛り上がります。みんな、毎日アプリケーションにログインして歩数を確認しているのではないでしょうか。特に管理職やエリアの部門長が盛り上げてくれています」(進士課長) 分業化が進む業務の隙間をシニア層のノウハウがカバー  同社において、高齢社員に期待する役割はさまざまあるようだ。業界の流れとして徐々に分業が進んでおり、若手社員が幅広い業務にたずさわれる機会は、以前より限定されてきているという。そこで、豊富な知識と経験を持つ高齢社員の広い視野を活用し、分業化にともなって生じる業務と業務のすき間をカバーしていくため、高齢社員に重要なポジションをになってもらうことも戦略の一つになりうるという。  「かつての不動産営業というと、自分で物件の情報を調べて、物件の所有者に会いに行き、物件を任せてもらえたら、自分でチラシをつくるなど、最初から最後まで一気通貫で仕事を行っていました。そういう意味で高齢社員は、多くのノウハウを蓄積している、不動産取引のスペシャリストでもあります」(進士課長)  また、「家」という人生でもっとも高価なものを扱うだけに、担当が若手社員の場合、不安に感じる顧客もいる。その際には高齢社員と若手社員がペアを組んで担当しているそうだ。  市川課長は再雇用制度が始まった当時を、次のようにふり返る。  「定年後再雇用制度が始まったばかりのころは、課長や部長だった人が、管理職ではなくなった後も部内に残り、実際に一緒に仕事をするとどう接してよいかとまどうことも多かったのですが、いまではそれが一般的になりました。いま定年を迎える立場になる方々は、定年後再雇用制度のもとで業務に取り組んできた経験があるため、再雇用社員はもちろん、一緒に働く若手・中堅社員も、双方がストレスなく働けていると思います」 最後に、進士課長は次のように締めくくった。  「以前は55歳で役職定年を迎えると、それが定年というイメージを持つ人もいました。ですが、いまになってふり返ってみると『まだ55歳』です。本来はもっと働けたであろうと想像すると、本人にとっても会社にとってもロスだったのかもしれないと思うこともあります。『生涯現役』ともいわれる時代を背景に、本人たちの働く意思も含めて、会社としても当然やる気のある方には長く働いてもらう方がよいのです。人事として、そういった環境をいかに具現化していくか。つねにアンテナを高く張りながら、アップデートしていかなくてはいけないと思っています」  時代のニーズに敏感な同社の姿勢は、先駆けた65歳以降の人事施策につながり、再雇用後の高齢社員の意欲と能力を無駄にすることなく活用に至っている。今後の人事施策の動向にも注目したい。 ※人材領域で優れた新しい取組みを積極的に行っている企業を表彰するもの。主催は日本HRチャレンジ大会実行委員会 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション 経営管理本部人事部人事課の進士剛課長(左)、経営企画部広報課の市川和也課長(右) エージェントとして働く齋京章隆さん 【P23】 日本史にみる長寿食 FOOD 374 リンゴで元気を出しましょう! 食文化史研究家● 永山久夫 リンゴが赤くなると医者が青くなる  「一日一個のリンゴは、医者と薬を遠ざける」。これはイギリスに古くから伝わることわざで、「リンゴが赤くなると、医者が青くなる」と表現する場合もあるそうです。また、北欧の神話にも、神々が「永遠の青春をもたらすリンゴを食べて、不老長命を得た」という話があります。  リンゴの原産地は諸説あり、中央アジア地方やコーカサス地方。寒冷な環境を好むバラ科の植物です。そのためでしょうか、とてもさわやかで、甘い香りを持っています。  リンゴの栽培の歴史は古く、4000年前には、すでに始まっていたといわれています。日本にリンゴが中国から伝わったのは平安時代とされ、その品種は「和リンゴ」といわれます。記録から鎌倉時代にはリンゴの栽培がされていたようです。その後栽培が広まり、明治時代には、いま一般的に食べられている西洋リンゴが栽培されるようになりました。 リンゴを食べて健康に  いまでも庭にリンゴの木を植えている家庭が多いそうですが、健康に役立つことを知っているからに、ほかなりません。  皮の赤い色素は、このところ注目されているアントシアニンで、すぐれた抗酸化作用があり、体細胞の老化を防ぎ、若々しさを保つうえで役に立つことがわかっています。したがって、よく洗って、皮ごと食べるのが理想的です。  皮をむいて食べる場合でも、皮を紅茶に入れるなどして、せっかくのアントシアニンと香りを活用したいものです。  東北地方の方たちは、昔から塩分の摂取量が多く、血圧の高い地域とみられてきましたが、リンゴ栽培農家にかぎっては、血圧が安定していることがわかっているそうです。  それは、リンゴを食する量が多く、血圧の安定に役に立っていたからで、リンゴに豊富なカリウムと食物繊維が、高血圧の原因となりやすいナトリウム(塩分)を排除していたのです。  リンゴの酸味は、リンゴ酸やクエン酸などで、食欲増進や疲労回復に役に立ちます。  これからさらに寒くなりますが、インフルエンザ対策として、リンゴをしっかり食べて免疫力を強化しておきましょう。 【P24-27】 新春 特別企画@ 「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 ミドル・シニア社員を活かす経営の新常識 株式会社FeelWorks代表取締役/株式会社働きがい創造研究所 会長/青山学院大学 兼任講師 前川(まえかわ)孝雄(たかお)  2024(令和6)年10月4日に開催された「高年齢者活躍企業フォーラム」より、株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏による基調講演の模様をお届けします。現代の企業に求められている「人を活かす経営」のポイントとして、ミドル期以降のキャリア自律の支援、シニアのモチベーション変化、リスキリングについてお話ししていただきました。 シニアの活躍が求められる時代背景 ダイバーシティ時代の到来  本日は、シニアの活躍が求められている時代背景や、現在の日本企業におけるミドル・シニア社員の状況について整理するとともに、それらをふまえて、シニア社員を含む「人を活かす経営」の常識を見直すことをテーマにお話をしたいと思います。  まず、時代背景についてですが、少子高齢化により、生産年齢人口の減少がいちだんと進んでいます。生産年齢人口を1990(平成2)年と2021(令和3)年で比較すると、9000万人弱から7500万人に減少しています。その一方で就業者は増えています。女性のほか、シニアが長く働くようになってきていることが大きな要因です。  昭和の高度成長期にできあがった、現在も多くの企業で取り入れられている組織モデルは、20代〜50代半ばぐらい、かつ、おもに男性の力に頼って成り立ってきました。育児や親の介護といったプライベートな事情にあまり制約・制限を受けない労働力として、会社は男性に頼ってきたわけです。  時代は流れ、現代は女性やシニアも働くようになり、ライフイベントに影響を受ける人々が増えているので、そうしたことに配慮をしながら総力戦で働くという時代になりました。  2021年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。法律では、65歳以降は就業確保という枠組みで、自身が望めば個人事業主になる、1人社長になって会社と業務委託契約を結んで働くということも視野に入っている、そういう時代になっています。  世界11カ国で「何歳まで仕事をしたいですか?」とたずねた調査結果※1によると、「働けるうちはいつまでも」と答えた人の割合は、日本が最も高く20.1%。韓国も15.3%と高いのですが、そのほかの国は高くても5%台となっています。日本は、就業意欲の高いシニアが多い傾向にあり、実際に、すでに60代後半でも半数以上の人が働いています。  これまでの会社は、男性が年功的にピラミッド型で働いているというイメージでしたが、いまはシニアも含めて多様な人々がともに働くという、いわゆるダイバーシティ時代が到来しています。人を活かす経営の考え方も、変えていく必要があると思います。 ミドル・シニアを活かしきれていない企業  日本企業や社会はミドル・シニアを活かしきれていない、という問題意識を私は持っています。  50代以上の働く人々を対象とした、仕事やキャリアに関するアンケート調査※2によると、「現在の仕事のモチベーション」について、キャリアのなかで一番モチベーションが高いときを「5」だとすると、現在は「5」と回答したのは残念ながら全体の3.4%に過ぎませんでした。50代以降のモチベーションは、そう高くはないのです。  その理由を見てみると、50代後半では「求められる役割が変わった」が最も多く、60〜65歳では「給与が下がった」が最多となっています。ほかにも「やりたい仕事ができなくなった」も多くなっています。経営者や人事は、「シニア本人に見合う仕事、あるいは役割を任せているか」ということを考える必要があると思わされる調査結果です。  また、シニア就業者の意識・行動の変化などを聞いた調査※3では、高齢期に働きたい理由について、1位は「働くことで健康を維持したいから」、2位は「収入」、5位は「仕事を通してやりがいを得たいから」です。60歳までと71歳以上と比べてみると、71歳以上は1位と5位が5倍に伸びています。このあたりが、シニアを活かす重要なヒントになるのではないでしょうか。  いま、国をあげてミドル・シニアのリスキリングを推進しています。リスキリングとは、経済産業省の定義では「新しい職業に就くために、あるいは、いまの職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する・させること」となっています。  私は前職のリクルート時代に、『ケイコとマナブ』という雑誌の編集長をしていたのですが、「学ぶことは楽しい」ということを伝えていくことをコンセプトとしていました。一方でリスキリングの定義はどうでしょうか。私はリスキリングに対して、抵抗感を抱いている方が多いような印象を受けています。なぜかと考えると、経済産業省の定義は、主語が働き手側ではなく、政府や企業になっているからです。また、「これまでのスキルは使えません。だから新しいスキルを身につけましょう」と、ミドル・シニアのプライドを傷つける印象があることもその要因ではないでしょうか。  ただ、希望の持てるデータがあります。雇用者にかぎらずに働いている人々を対象に、仕事に満足している人の割合を1歳ごとに調査した、リクルートワークス研究所の調査※4によると、仕事に満足している人の割合が底なのは「50歳」なのです。そこから加齢とともにじわじわと数値は上がり、「75歳」で仕事に満足している人の割合は、50歳の1.7倍となっています。  50歳と75歳の方々の働いている状況を比較すると、50歳では、就業形態は正社員が多数で、高年収の方も多い一方で、長時間労働が比較的多くなります。75歳では、就業形態のトップは自営業で、年収は高くないのですが、働いている時間が短くなります。  自営業という働き方も大事なポイントです。シニア期に独立された方にお会いすると、とても活き活きとされています。自分のやりたいことを、自分のペースでチャレンジしているからでしょうか。ここにも、シニアを活かすヒントがあるような気がします。 「働きやすさ」よりも「働きがい」を重視した経営を  人を活かす経営、特にシニアを活かす経営をどのように考えていくのかについて、五つの観点からお話ししたいと思います。  第一の観点は、「『働きやすさ』より『働きがい』を重視する」ことです。この十数年で働き方改革が進みました。働く人が多様になり、それぞれの事情に対応するなかで労働時間を短くしたり、休暇も取れるほうがよいという風潮になりました。現在の有給休暇の取得日数は、1984(昭和59)年以降、過去最高となっています。  アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグは、職場環境や労働条件、給料などの「働きやすさ」を改善すると不満足は減るが、満足にはつながりにくい、ということを指摘しています。人は、一度獲得した権益はすぐにあたりまえになり、より好条件を求めるようになります。シニアはもちろん、会社で働く多様な人材が、それぞれ「もっと就業条件をよくしてくれ」と主張し始めたら、会社は崩壊するのではないでしょうか。  一方で満足度を高めることにつながるのが「働きがい」で、その要素としては仕事内容や、組織内における責任、達成感などがあげられます。働いている人々の幸せを考えると、ここに着目して、人を活かす経営を実践していくことが大切ではないかと思います。  ただし、特に高齢期に入ると、労働条件のケアは必要ですので、まずは「働きがい」を考え、その実現のサポート要因として「働きやすさ」を考えていくことが重要ではないでしょうか。  第二の観点は、「人材囲い込みから流動前提の経営へ」です。ジェームズ・C・アベグレンという研究者が昔、日本型雇用の三種の神器として、「年功序列」、「終身雇用」、「企業内組合」をあげました。これは昭和の時代の話で、いまは大きく変わっています。  「年功序列」よりも労働市場でどう評価されるかという「市場価値序列」、「終身雇用」よりも自分で自分のキャリアをつくっていく「終身キャリア自律」が重要になってきています。また、「企業内組合」より、個人が会社の枠を超えてつながっていく社会になってきていると思います。  「人を大切にする経営」とは、これまでは雇用を守ることだと考えられてきたと思います。もちろんそれも大切ですが、そのうえにいまは、「社外でも通用するプロを育てること」が大切で、その仕組みをどのようにつくるかが重要になっていると考えています。 ミドル期以降は「キャリア自律」が重要に  第三の観点は、「ミドル期以降のキャリア自律を応援する」です。日本ではいま、人的資本経営やリスキリング、人材流動化が進もうとしています。特に大企業などは、「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」がトレンドになってきています。  メンバーシップ型では、入社後に配属地や職種が決まり、その後も人事異動や配置転換があります。対してジョブ型は、この地域・この職種・この仕事、という契約を会社と結んで働くことが前提になっています。  メンバーシップ型の強みは、未成熟な若者を一人前に育てていく仕組みです。メンバーシップ型のほうがよいのではないかと、慣れ親しんできたミドル・シニアの方々は思いがちですが、じつは若者はメンバーシップ型でしっかり育てて、ミドル・シニアはプロとして会社と対等に契約を結ぶような形で働くことがこれからは求められていくのではないでしょうか。そこで、ジョブ型・メンバーシップ型のハイブリッド型がよいのではないか、というのが私の考え方です。  ミドル期以降は、本人の経験値を活かして、本人が働きがいを感じられる仕事・役割を本人と相談して決めるなど、本人の意向をふまえて活躍するステージをつくっていくことが重要なポイントになると思います。最近「キャリア自律」という言葉を耳にする人も多いと思います。自分が立てた規律や規則に則って働ける人材であることが、ミドル・シニアになると特に重要になると思いますし、それを会社としてどう支援していくかが大切になると考えています。  第四の観点は、「シニアの『モチベーション』変化に寄り添う」ことです。早稲田大学の竹内(たけうち)規彦(のりひこ)教授の研究から、わかりやすいモチベーションの変化の定義を紹介します。若いころのモチベーションは「資源獲得の最大化」で、経験を積んで自分の知識・スキルを身につけていくことがモチベーションにつながっていきます。  一方でシニア期は、「資源損失の最小化」にモチベーションを感じるそうです。自分がつちかってきた人生や経験値を守りたいという意識に変わっていくのです。このモチベーション変化に寄り添い、本人の意向を聞きながら役割をつくっていくことが大切になります。  そういう意味でリスキリングを考えると、ミドル・シニアの経験をリスペクトし、それを活かしたうえで、変化に対応していくことが大切ではないでしょうか。  まずはミドル・シニア本人が、どう生きたいのかを考え、そのための希望の仕事、キャリア、働き方をするためには何を学んだらよいのかを考えていく。この順番でリスキリングを考えることがとても重要だと思います。「学ぶ」ということは、本当の自分を知っていく旅なのだと思います。そういう喜びを感じてもらえる場をつくっていくと、シニアの方々の活躍に必ずつながると私は信じています。  第五の観点は、「社員全員に『私だからの役割』がある組織へ」です。会社の理念のために一人ひとりがかけがえのない存在として、持ち味を活かして役割をにない、それがつながり合って円のようになっていく。すると、多様な人が活き活きと働く組織になっていくと思います。ポストと報酬で動機づけするピラミッド型の組織から、「組織の目的」と「個々の尊重」で動機づけするサークル型の組織へと変えていくのです。  社会心理学者のエドワード・デシが、内発的動機づけという概念を打ち立てています。内発的動機づけとは、心の内側から出てくるエネルギー、モチベーションで、これが整うためには二つの条件、「有能感」と「自己統制」が必要です。有能感とは、「私だからこの仕事をやるんだ」、「私だったらできる」という感覚、自己統制はそれが任されて自己裁量でできる状況です。これをいかにつくっていくか、マイペースに自己裁量で働ける環境整備をしていくことが大切ではないかと考えます。  最後に、シニアの方々を含めて多様な社員のみなさんが、「この会社で、この仕事をやりたいんだ」という気持ちになる、そういう組織をつくっていただければと思います。 ※1 リクルート・Indeed「グローバル転職実態調査(2023)」 ※2 株式会社日本能率協会マネジメントセンター「50代以上のビジネスパーソンに聞く『仕事やキャリアに関するアンケート調査』」(2024年) ※3 株式会社パーソル総合研究所「働く10,000人の成長実態調査/シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント」(2023年) ※4 株式会社リクルート リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」(2021年) ★「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演は、JEED のYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。  こちらからご覧いただけます。https://www.youtube.com/watch?v=-hhbczkIHCg 写真のキャプション 株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏 【P28-33】 新春 特別企画A 「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」 受賞企業を交えたトークセッション  「高年齢者活躍企業フォーラム」より、「令和6年度高年齢者活躍企業コンテスト」入賞企業3社と基調講演を行った株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏が登壇して行われたトークセッションの模様をお届けします。コーディネーターに東京学芸大学の内田賢名誉教授を迎え、高齢社員が生涯現役で活躍できる職場づくりについて、前川氏を交えて各社にお話をうかがいました。 コーディネーター 東京学芸大学名誉教授 内田(うちだ)賢(まさる)氏 パネリスト 株式会社植松建設(うえまつけんせつ) 代表取締役 植松(うえまつ)信安(のぶやす)氏 総務課 井上(いのうえ)浩幸(ひろゆき)氏 株式会社久郷一樹園(くごういちじゅえん) 代表取締役 久郷(くごう)愼治(しんじ)氏 株式会社ドリーム 顧問 堀内(ほりうち)善弘(よしひろ)氏 株式会社FeelWorks 代表取締役 前川(まえかわ)孝雄(たかお)氏 企業プロフィール 株式会社 ドリーム 〈静岡県浜松市〉 ◎創業 1998(平成10)年 ◎業種 その他の事業サービス業(警備保障業、福祉事業) ◎従業員数 74人(2024年4月1日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み  2022(令和4)年に定年70歳、希望者全員75歳まで継続雇用、その後も運用により希望者全員が働ける制度とした。高齢社員の健康状況や個々の要望などに合わせて、勤務時間の変更が可能。年齢にかかわらず昇給につながる「キャリアパス制度」も導入している。 株式会社 久郷一樹園 〈富山県富山市〉 ◎創業 1875(明治8)年 ◎業種 総合工事業(造園緑化工事・土木工事) ◎従業員数 25人(2024年4月1日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み  2019(令和元)年に定年制を廃止。年齢にかかわらず昇給できる賃金体系を導入した。技術の伝承と業務に必要な感性の引継ぎのために、高齢社員と若手社員の同行作業を推進している。機械化を進めて作業効率の高い機械を導入し、作業負担の軽減に努めている。 株式会社 植松建設 〈佐賀県鹿島市〉 ◎創業 1933(昭和8)年 ◎業種 総合工事業(土木工事、建設工事、とび、土工工事、舗装工事) ◎従業員数 40人(2024年4月1日現在) ◎特徴的な高齢者雇用の取組み  2022(令和4)年に定年制を廃止。個々の体力や健康状態に配慮した勤務制度を構築した。社長と年1回面談を実施し、高齢社員の思いや願いを聞いている。昇給は、年齢にかかわりなく評価に応じて行っている。高齢社員には、若手への技能伝承の役割も期待している。 ★3社の詳しい取組み内容は、本誌2024年10月号「特集」に掲載しています。 JEEDホームページでもご覧になれます。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202410/index.html#page=8 高齢社員のモチベーション維持・向上のために取り組んでいること 内田 はじめに、高齢社員のみなさんのモチベーションの維持・向上のための取組みについてお聞かせください。株式会社植松建設さんからお願いします。 植松 私が念頭に置いているのは、やりがい、生きがいを持ってもらうということです。そのためにも「自分はこの道で生きていくんだ」、「この仕事が楽しいんだ」と社員に思ってもらえるような職務を提供していくことを心に留めて実践しています。 井上 情報共有も大切です。「人ごと」を「自分ごと」に変換し、会社のすべての情報を共有できることが、モチベーションにつながっていると思います。また、当社では社長が社員一人ひとりと面談をして、会社に対する思いや願いを聞いています。社員にとっては、自分が認めてもらえていると感じられる機会になっています。 内田 続いて、株式会社久郷一樹園さん、お願いします。 久郷 当社の高齢社員には、自分のキャリアをまっとうする意欲があり、体力も能力もあります。そのため、それぞれの社員が持つ特性を活かし、力を発揮できる職場環境づくりに力を入れています。また、高齢社員と若手社員とのペア就労を行っており、高齢社員が指導役をになうことで若手社員から尊敬されたり、感謝されたりと、よい関係性が築けており、モチベーションにつながっているような気がします。 内田 続いて、株式会社ドリームさん、お願いします。 堀内 警備会社は全国に約1万600社あり、約58万5000人が働いています。そのなかで縁あって当社に入社したからには、高齢であっても長く、楽しんで働いてほしいと願っています。そのためにも当社では、“居場所や人間関係をつくる場所”と思ってもらえるよう、現場から帰ってきた社員とのコミュニケーションをていねいに行うなど、意識的に取り組んでいます。 高齢社員ならではの技能を活かす職場づくりと課題 前川 高齢社員ならではの技術や技能を活かす職場づくりについて、工夫や苦労していることがあればお聞かせください。 植松 建設業では建設機械などのICT化が進む一方で、細かい仕事には人の手が欠かせません。そういった際に頼りになるのがベテランの高齢社員です。経験もあり、効率よく仕事を成し遂げる術を自分で考えることができます。このように高齢社員がその力を活かせるような職場づくりを心がけています。 久郷 造園工事業は建設業における専門工事業の一つですが、ほかの専門工事業と比べると多工種です。小さい工事が多く、そのすべての技術・技能を習得するまでには、ものすごく時間がかかるわけです。そこで、経験と知識に裏づけされた技能・技術を持つ高齢社員の存在が非常に大切になります。技術・技能を若い社員に教えることのできる機会をつくっていくことが重要ではないかと思います。 堀内 高齢者が警備員になる場合、特に技術は必要ありません。当社が求めているのは、常識や責任感、長年の職業人生のなかでつちかってきた忍耐力です。これらが、じつはとても大きな宝なのです。高齢者が備えているコモンセンスといったものが警備業の技能ではないかと思っています。 前川 ありがとうございます。とてもよいお話が聞けました。一方で、環境の変化が激しいなか、高齢社員の活躍について課題もあると思いますが、どんな課題にどのように対応されているのでしょうか。 植松 環境の変化にもいろいろありますが、特に当社では昨今の自然環境の変化が大きなネックになっています。年々、夏の暑さが増していくなか、特に高齢社員の働き方に配慮しながら、健康第一で仕事ができる環境の整備に努めています。  また、仕事でスマートフォンやタブレットを使う機会が増えていますが、60〜70代の高齢社員の場合、最初から触れたくないという社員もいて、そういったことへの対応が課題になっています。 井上 暑さへの具体的な対策としては、6〜9月の4カ月間は熱中症対策費を給与とは別に支給しています。デジタル化への対応では、若手社員とペアになることで、高齢社員と若手社員それぞれが苦手なことを相互にフォローしてもらうようにしています。 久郷 やはりパソコンやタブレットなどの扱いを苦手とする高齢社員は多く、植松建設さんと同じように若手から逆に教えてもらうようにしています。また、新しい情報や知識、技能の研修など、若手と一緒に学ぶ機会をできるだけつくるようにしています。 堀内 警備員は、配属される現場が日々変わるため、連絡手段として、スマートフォンのアプリを活用しています。最初から使いこなせる人はいないので、くり返し教えて、間違えながらも覚えてもらいます。実際に使いこなせるようになるとうれしいようです。新しいことができるということは、年齢にかかわらずうれしいことなのだと思いました。 前川 デジタル化への対応は、みなさん共通して苦労されているようですが、若手と組んで教えてもらうということが、つながりのなかで自己承認にもなっているというところが新しい発見です。 内田 「ドローンを飛ばせるのは若手社員だが、ドローンが撮った映像を分析できるのは高齢社員だ」という話を聞いたことがあります。そこで、若手社員が高齢社員にドローンの操作方法を、高齢社員が若手社員に分析方法を教えるのだそうです。お互いの強みを教え合うということが大事なんだろうという気がします。 処遇の維持・改善、仕事に対する評価、納得性について 内田 続いて、高齢社員の処遇の維持・改善や、仕事についての評価、それに対する納得性を高める取組みについてお聞かせください。 植松 基本的に年齢や性別、国籍などにかかわりなく、当社に勤めている者は同じ基準で処遇を決めています。そこは、社員も納得しているだろうと思っています。 久郷 当社は、60歳以降でも昇給できる仕組みを導入しています。体力や能力は、年齢ではなく個人によって異なるものなので、会社への貢献度によって個別に評価しています。 堀内 先ほどもお話しした通り、警備という仕事は、明日は違う現場に行く、ということも多い。ですので、それぞれ働いた現場で「よかったよ、ありがとう」といわれると、とても活き活きしてきます。そういったそれぞれの社員の評判を、会社でも把握に努めて、評価・賃金にフィードバックしています。もちろん、公平性が保てるように気をつけているところです。 前川 賃金や賞与などの処遇はもちろん大切なことですが、それ以外のインセンティブや報酬などについて教えてください。 植松 全社員に対して1年間のご褒美という意味で、誕生月に地元産の佐賀牛をプレゼントしたり、隣町の嬉野(うれしの)温泉の入浴券を配布しているほか、永年勤続表彰などを行っています。 久郷 高齢社員を含む全社員を対象に、年2回の賞与のほか、臨時ボーナスを支給しています。会社への貢献度を私が評価して、本人に説明をしたうえで支給します。これが、社員の会社への理解とモチベーションの向上に影響していると感じています。 堀内 社員の誕生日には、ケーキとお弁当を用意して、みんなでお祝いをします。「この年になるまで、こんなことをしてもらったことがない」と感動する社員もおり、よい風土・文化であると感じています。また、アニバーサル休暇制度があり、本来は自己申請により休暇を取得するものなのですが、高齢社員はなかなか申請がしづらいようで、事務員が「○○さん、来月お誕生日ですよね。休暇の申請をしますか?」という具合に声をかけています。こうしたやり取りも、社員にとっては励みになっていると思いますし、居心地のよさにつながっているのではないかと感じています。 前川 人として尊重されるということと、会社が自分の大切な居場所になっているということが大事なんだということを感じますね。 内田 人はお金だけで動くわけではなく、むしろお金以外の、例えば感謝される、頼りにされる、といったことが大きな力になるということですね。3社の工夫を聞いていて、そういうことが人を奮い立たせたり、いくつになっても働き続けられる大きな要素なんだろうとあらためて感じました。 強みを発揮しながら無理なく働いてもらうために 内田 高齢になると体力が落ちてきたり、疲れが出やすくなったりといったことがあると思います。高齢社員に強みをいつまでも発揮してもらう工夫、あるいは、無理なく働いてもらうための仕組みについてお聞かせください。 井上 腰痛予防や身体負荷の軽減を目的に、アシストスーツの導入を進めています。また、高齢社員からの要望をふまえ、現場で使えるコードレス機器を導入したところ、現場からは「よかった」という声があがっています。コードレスなら、発電機とそれをつなぐためのコードリールも不要になるので、コードに足が引っかかって転倒するリスクも防げます。コストはかかりますが、そういうところは積極的に改善しています。 植松 少し話はずれますが、当社の高齢社員の場合、奥さまと2人暮らしという家庭が多いのです。仕事で日曜に出勤してもらうこともあるので、奥さまに負担をかけないよう、日曜出勤の際は会社で昼ご飯を出すようにしています。 久郷 現場で発生する高齢社員のトラブルを検証してみると、自分の能力を過信しているケースがあるので、まずは体力の低下などについて自覚が必要なことを研修会などでくり返し伝えています。そのうえで、例えば、トラックの荷台から落ちて骨折するといった労働災害を防止するために、すべてのトラックにはしごを設置し、上り下りしやすくするなどの改善を行っています。また、身体負荷の高い危険な作業は若手社員が行うというルールをつくりました。 堀内 無理なく働いてもらうという意味では、短時間の仕事をなるべく高齢社員に任す、自宅から配属先までの距離に配慮する、複数の社員が配属されている現場では、ほかの社員の車に同乗する、といった配慮を柔軟に行っています。こうしたことができるのも、配属先を管理している担当者が、個々の社員の特性をよく理解しているからです。同時に、「高齢だからあの人たちだけ優先されている」などの不満が生じないような社風を築いていくことも大切だと思っています。 前川 みなさんのお話に共通しているのが、若手社員など、ほかの社員を巻き込んで役割分担をしているということです。それが無理なく働ける仕組みであり、互いの尊重にもつながっている、という好循環になっているということですね。 内田 以前に取材した会社では、高齢社員は経験があるだけに、「いままで通りにできるはずだ」、「もう少しやっておこうかな」と、どうしても無理をしがちで、そういうことが労働災害につながることもあるそうです。しかしそこで若手社員が、「もうやめておきましょう」と強制的に終了させる。若手社員にはその役割があり、そのためのペア就労なのだそうです。この話を、みなさんのお話を聞きながら思い出しました。高齢社員だけではなく、若手社員も含めて考えていくことを重視すべきなのだとあらためて感じました。 これから高齢者雇用を進める企業・団体へのアドバイス 内田 高齢者雇用を進めようと考えつつも、とまどいを感じている企業もあると思います。そうした企業に向けてアドバイスをお願いします。 植松 当社ではダイバーシティを推進し、高齢社員にかぎらず、だれもが働きやすい職場環境づくりに努めています。それぞれにできること、できないことがあります。しかし、わが社に、地域に、この世の中にとってみんな必要な存在です。そのことをわかってもらう、それがまず大事だろうと思いながら、当社では取組みを進めています。 井上 私は経営者のリーダーシップの重要性を強く感じています。経営者が働く者の声を聞く耳を持ち、仕事を任せる懐の広さ、そして最後に決断する勇気を示す。当社もまだ取組みを始めたばかりですが、「もっとできる」という可能性を感じています。 久郷 私自身の取組みの反省なのですが、「高齢者」としてひとくくりにするのではなく、体力も能力も貢献度もすべて違うので、一人ひとりをみて、適正に評価をしていくことがもっとも大切なことだと思います。 堀内 会社の理念や目ざしている方向性について、年齢にかぎらず、何度も地道に伝えていくことが大事だと思っています。  そして、やはり健康で長く働いてもらい、そのなかで幸せを追求できるよう、一緒に考えていきたいという思いで仕事をしています。当社では、社員がそれぞれ持っている夢をかなえられるよう支援を行っています。最初は“夢”をたずねても、何も出てこないのですが、やりたかったことや課題などを考えてもらいながら、仕事と並行して、夢を探してかなえてもらう。それが当社の目的でもあります。そんな取組みがあることも提言できればと思います。 内田 ありがとうございます。前川さんからも、3社の事例やお話をふまえて、エールをいただけますか。 前川 みなさんのお話を聞いていて、やはり“人を大切にする”ということの重要性をあらためて感じました。特に、“一人ひとりをきちんとみる”、これがとても大事なのだと思います。法律上の高齢者雇用は一律のルールになっていますが、実際の社員は一人ひとり違います。会社は一律ではなく、個々を見ていく、これがとても大切であることをあらためて学びました。  また、会社の理念や目的のお話がありましたが、この理念こそ、私はとても大事なものだと思っています。「VUCA(ブーカ)」※という言葉も聞かれるこの混迷の時代、この先何がどう変わっていくかもわからない時代です。そのなかで「うちの会社はこういうことを成し遂げたい」と掲げ、そこに共感する人たちが集まってくるのが会社だと思います。理念を経営者が語り、集まった一人ひとりが持ち味を活かしてつながっていくと、すごくよい会社になると思います。企業の究極の目的は単年度の収益ではなく、長く社会に貢献し続けることだと思うのですが、理念を掲げることが、そこにもつながっていくのではないかと思います。  現在60歳、65歳くらいの方々は、元気な方が多いのですが、「自分が何をしたらよいのかわからない」、「世の中にどう貢献できるのか」、「体力も気力もあるような気はするけれど自分の持ち味がピンときていない」と感じている方々がたくさんいるように見受けられます。力を持てあましたままリタイアしてしまうのは、すごくもったいないことです。そうしたなかで、本日の3社のみなさまの取組みは、これからのロールモデルになると思いますし、そうした会社が世の中にもっと増えて、元気で能力のある人たちが活躍できるステージをつくっていただけると、日本全体が活性化し、希望にもなっていきます。そして、若い人たちの将来の希望にもつながっていくのではないか、そんなことを感じました。 内田 ありがとうございました。「高年齢者活躍企業コンテスト」で表彰される企業のみなさんから、毎年いろいろなお話をうかがいますが、やはり人を大切にしていることがどの企業・団体からも感じられます。もちろん高齢社員だけではなく、すべての社員に対してです。そうした経営者の思いが姿勢としてあらわれ、最終的に企業の長期的な存続と成長につながっていくのだと思います。  一方で、何歳になっても同じ仕事ができるという人ばかりではなく、ガクッと体力が落ちる人もいます。そういった方々にいままで通り強みを発揮してもらうためには、弱みを補うような仕組みが必要になります。勤務日数や仕事の負担を変えるなど、手間をかけてメニューを用意しなくてはいけないこともあります。しかし、手段がないわけではありませんし、それを行うことによって、会社の期待に応えて高齢社員ががんばり、その姿を見た若手・中堅社員は自分たちの将来に希望が持てる。それが企業の長期的成長につながるのだろうと思います。  ただ、注意していただきたいことが一つあります。一人ひとりの状況が違うからといって、規則・制度を設けずに、運用で進めるという選択をする会社も少なくないのですが、私はやはり、就業規則などに明記される必要があると考えています。「これをやりさえすればこうなれる」、「こうなるためにはこうすればよい」ということが明確で、みんなにわかることが重要です。ルールが曖昧なままでは、社員に不安が生じて働く意欲にも影響を及ぼす可能性もあります。運用ではなく規則に則っていること、そして課題や悩みごとが生じた際には、社員と経営者・管理職とがしっかりとコミュニケーションをとれる環境も大事になると思います。本日の3社のお話やお考えは、他企業のみなさんにとってもおおいに参考になると思います。  本日はありがとうございました。 ※ VUCA……「Volatility(変動性)」、「Uncertainty(不確実性)」、「Complexity(複雑性)」、「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字をとった言葉で、先行が不透明で、将来の予測が困難な時代であること 写真のキャプション 東京学芸大学 名誉教授 内田 賢氏 株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏 株式会社植松建設代表取締役の植松信安氏(右)と総務課の井上浩幸氏(左) 株式会社久郷一樹園 代表取締役の久郷愼治氏 株式会社ドリーム 顧問の堀内善弘氏 【P34-35】 偉人たちのセカンドキャリア 歴史作家 河合(かわい)敦(あつし) 第2回 旧幕府軍から新政府の要職に就任 若くして始まったセカンドキャリア 榎本(えのもと)武揚(たけあき) 戊辰(ぼしん)戦争最後の舞台・箱館でセカンドキャリアがスタート  榎本武揚は、幕臣・榎本(えのもと)円兵衛(えんべえ)の次男として1836(天保7)年に生まれ、長崎の海軍伝習所で学んでオランダに留学した後、海軍奉行を経て海軍副総裁に就任しました。  鳥羽・伏見の戦いに敗れた徳川家は、江戸城を無条件で新政府軍に明け渡しますが、このとき武揚は旧幕府艦隊の引き渡しを拒み、1868(明治元)年7月、軍艦8隻で品川から脱走し、新政府に敵対する東北諸藩を海上から支援。その後、仙台に集結した旧幕府方の兵を乗船させ10月に蝦夷地へとわたり、全島を制圧して箱館の五稜郭を拠点に政権を打ち立てました。しかし翌年5月、上陸してきた新政府軍に敗れて降伏しました。  当初、新政府内では武揚を処刑すべきだという声が強かったのですが、新政府軍参謀として武揚と戦った黒田(くろだ)清隆(きよたか)が強く助命を主張したことで、1872(明治5)年に釈放されました。そしてなんと開拓使の官僚として新政府に雇用されたのです。開拓使は北海道開拓のためにおかれた省庁で、開拓使次官の黒田清隆が武揚を引き入れたのです。同年、武揚は箱館付近の鉱物調査のため3年ぶりに箱館を訪れました。市街の建物には弾痕も痛々しく残っていたと思われ、きっと武揚の心にさまざまな思いが去来したことでしょう。後に武揚は箱館戦争で生き残った仲間と金を出し合い、高さ8メートルの巨大な慰霊碑(碧血碑(へっけつひ))を建てました。 ロシアとの領土問題など外交で手腕を振るう  1874年正月、ロシアとの領土問題を解決するため、新政府は武揚を特命全権公使に任じペテルブルクに派遣します。幕末の日露和親条約で日露の国境は、択捉島(えとろふとう)から南を日本領、得撫島(うるっぷとう)より北をロシア領とし、樺太(からふと)(サハリン)については両国人雑居の地となっていました。  ところがその後、ロシアが樺太支配をもくろみ、囚人や軍人を送って日本人の村に圧迫を加えるようになります。日本政府は北海道の開拓だけで手一杯だったので、やむなく樺太を放棄することにしました。その交渉役としてオランダに留学経験があり、外交交渉も巧みな武揚が全権使節に任じられたのです。  渡海前、武揚は海軍中将に任命されました。海軍大将は存在しなかったので、海軍の最高位でした。日本全権としてふさわしい地位を与えたのだといいます。  交渉で武揚は樺太を放棄するといわず、あえて日露の国境を定めてほしいと主張しました。しかしロシア側は全島の領有を主張。これに妥協するかたちで武揚は、得撫島と近くの三島、ロシアの軍艦、樺太のクシュンコタンを無税の港とすることを要求したのです。最終的に、樺太を渡すかわりにロシアに「千島列島を日本領とすること。十年間のクシュンコタンの無税化。近くでの漁業権」を認めさせ、1875年5月に千島・樺太交換条約を結びました。  条約締結後、武揚はヨーロッパ各地をめぐって見聞を広げ、その後はペテルブルクでロシアの情報を調べて本国に送り、1878年に帰国します。帰国にあたって武揚は、ペテルブルクから馬車でシベリアの一万キロ以上を踏破して北海道から日本へ戻ってこようと思いたちました。  家族宛の手紙には、「日本人はロシア人を大いに恐れ、今にも北海道を襲うのではないかと言っている。そんなことは全くのデマであることを私はよく知っている。だから私はロシアのシベリア領を堂々と踏破し、その臆病を覚ましてやるのだ」といった内容が書かれています。  そして帰国旅行では、シベリアの政情、軍事、経済、文化、施設や工場、言語や自然、住人や宗教などあらゆるものを書きとめました。例えば、狼が急に現れて馬車に伴走し身の危険を感じたこと。南京虫や蚊、アブやブヨに苦しまされたこと。罪人の流刑地での悲惨な生活。蜂の巣のまま蜂蜜を食べる風習など。こうした記録は、いまとなってはたいへん貴重なものといえます。  帰国後の1879年、武揚は外交的手腕を買われて外務大輔(次官)に登用されますが、翌年には海軍卿に就任しています。さらに1882年、駐在特命全権公使となって清国に赴任。次いで伊藤(いとう)博文(ひろぶみ)が初代総理大臣として組閣した際、武揚は幕臣で唯一入閣し、逓信大臣となりました。いま述べたほかに、皇居造営御用掛、農商務大臣、文部大臣、外務大臣を務めています。このように武揚は何をやらしてもソツなくこなしてしまう万能の人でした。 61歳で政界を引退 碧血碑の前で何を思う  1891年、旧幕臣で慶應義塾の福沢(ふくざわ)諭吉(ゆきち)は、幕臣でありながら新政府の顕官になった勝海舟(かつかいしゅう)と榎本武揚を批判する論稿を書き上げ、本人たちに送りつけて意見を求めました。諭吉は、武揚が幕臣として蝦夷地で新政府に抵抗したことを評価しつつ、その後の身の処し方について「社会から身を潜めて質素に暮らすべきなのに、降伏した後に新政府に出仕して富や名誉を得た。戦死した仲間や落ちぶれた旧友に対し、慚愧(ざんぎ)の念がないのか」と批判し、「まだ遅くはないので非を改め、遁世(とんせい)すべきだ」と武揚に引退を要求したのです。  武揚はこの書を黙殺していましたが、諭吉がしつこく回答を求めたので、仕方なく「あなたの述べていることは事実と違うこともあり、私の考え方もある。しかし、いまは多忙なので後日、愚見を述べる」と返書しました。  ただ、それから6年後の1897年、武揚は政界からの引退を決意します。  原因は足尾銅山の鉱毒問題でした。鉱毒が周辺地域の農業や漁業に多大な被害を与えていました。栃木県出身の衆議院議員・田中(たなか)正造(しょうぞう)は、議会でこの問題を取り上げていました。1894年、銅山を管轄する農商務大臣になった榎本武揚は、大臣として初めて被害農民の代表と会い、現地へも視察に出向きました。そして、被害の大きさに衝撃を覚えて鉱毒調査委員会を設置します。しかし銅山側と政府高官が結託していたらしく、なかなかそれ以上の対応がむずかしく、責任を感じた武揚は大臣を辞職、以後、政府の要職から去ったのです。  政界を引退してからの武揚は、徳川育英会など14団体もの名誉会長をつとめ、精力的に会合に出席して運営にかかわったり、墨ぼく堤ていの自宅に知己を招いて旧事を談じ大杯を傾ける日々を送ったそうです。  1907年、武揚は久しぶりに函館(箱館)へ出向き、戦友が眠る碧血碑を詣でました。すでに71歳になり病気がちだったので、訪問できる最後の機会だと思ったのかもしれません。いったい碑前で何を思ったのでしょうか。  翌1908年10月27日、武揚は息を引き取りました。セカンドキャリアでは新政府の顕官となった武揚。葬儀にはそんな彼の徳を慕い8000人が会葬に訪れたといいます。 【P36-39】 高齢者の職場探訪 北から、南から 第151回 群馬県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 多様な人材を雇用し、個々の事情に合わせた柔軟な働き方でだれもが長く働ける職場へ 企業プロフィール 株式会社栄久(えいきゅう) (群馬県伊勢崎(いせさき)市) 創業 1958(昭和33)年 業種 リネンサプライ 社員数 305人(うち正社員数70人) (60歳以上男女内訳) 男性(27人)、女性(78人) (年齢内訳) 60〜64歳 39人(12.8%) 65〜69歳 25人(8.2%) 70歳以上 41人(13.4%) 定年・継続雇用制度 定年60歳、希望者全員を70歳まで継続雇用。以降も運用で継続雇用が可能。現在の最高年齢者は81歳  群馬県は、関東地方の北西部に位置し、県西・県北には山々が連なり、南東部には関東平野が開ける内陸の県です。関東地方では栃木県に次ぐ広さを有し、草津(くさつ)や伊香保(いかほ)、四万(しま)など多数の温泉や、世界文化遺産に登録された富岡製糸場などの観光名所が多く、また、東日本最大級の「古墳大国」としても知られています。  JEED群馬支部高齢・障害者業務課の渡辺(わたなべ)秀雄(ひでお)課長は、県の特徴として、「首都圏に近く、交通網が発達していることから各種生産工場が多く、世界でもフランス、アメリカ、日本の3カ国だけにしかない『ハーゲンダッツ』のアイスクリーム製造工場が、当県の高崎市にあることは有名です」と話したうえで、県内企業の高齢者雇用の取組みについて次のように説明します。  「少子高齢化と人口流出により、当県でも深刻な人口減少が続いています。近年、企業経営を悩ませる要因として物価高や人件費などのコスト上昇と並んで、必要な人材を確保できない『人手不足』があげられます。そうしたなか、高齢者の活用は必須であるとの認識が広がり、県下の企業からは、『中途で高齢者雇用を行う際の留意点は』『これから定年を迎え継続雇用となる社員に、何を伝え、何を準備してもらえばよいか』、『他社の好事例を多く知りたい』といった声が多数寄せられています」  このような要望に応えるため、同支部では、県内企業を支援する日々の相談・助言業務の充実を図るとともに、JEEDの「就業意識向上研修」※1の実施などに力を入れています。同支部で活躍するプランナーの一人、児島(こじま)正隆(まさたか)さんは、伊勢崎市に拠点を構えて活動する特定社会保険労務士で、プランナーに就任して5年。各企業からていねいに話を聞き、実情に適した内容で、多彩な業種・業界企業の高齢者雇用の取組みを支援しています。  今回は、その児島プランナーの案内で、「株式会社栄久」を訪れました。 多様な人材が力を発揮して働ける職場  株式会社栄久は、1958(昭和33)に設立されました。もともとは、1875(明治8)年の創業で、「栄久綿(えいきゅうわた)」という綿で布団の綿打ち事業を興したことが原点となります。現在は、「『清潔』を基本理念として、清潔な環境づくりを考え、提案していくこと」を掲げ、リネンサプライ業を中心に事業を展開。伊勢崎市に構える本社を含め三つの工場を有し、リネンサプライ業で北関東一の規模を誇る企業に発展しています。  同社の柴ア(しばさき)貴之(たかゆき)専務取締役は、リネンサプライ業について、「お客さまがホテルや病院などのため休みなく稼働しており、当社工場においても日曜日以外は休まず稼働しています。また、蒸気を使用して製品を仕上げるため、夏の工場内では暑さ対策が必須という厳しい側面がありますが、年間を通じて比較的需要が安定し、景気に左右されにくい業種といえます」と説明します。  また、「機械化は進んでいますが、特に工程と工程をつなぐ作業には人の力が必要です」と語り、「クリーニング作業を通じて、生きがいと自己実現の場を提供する」の方針のもと、多様な人材が働く職場づくりに注力し、高齢者をはじめ、障害者や外国人の雇用を積極的に進めています。  特に障害者雇用には早くから取り組んでおり、本社工場では20人ほどの障害者が勤務しています。各職場には、障害者職業生活相談員の資格を持つ社員が数人いて、それぞれが力を発揮できるよう指導を行っており、職場環境の向上などに努めています※2。 希望者全員70歳まで継続雇用  高齢社員の活用について柴ア専務は、「当社にとって欠かせない存在です。定年は60歳ですが、その後も働ける方には時間や環境を考慮したうえで働く場と仕事を提供します。2024(令和6)年2月に就業規則を変更し、65歳までだった継続雇用制度を、70歳まで延長しました」と最近の取組みを説明します。なお、70歳以降も運用により働き続けることが可能となっています。また、障害者雇用の取組みの一環としてスタートした、短日・短時間勤務制度を高齢社員にも適用するなど、自分のペースで働ける環境を整えています。  児島プランナーが同社を初めて訪問したのは、2019年のこと。「高齢者雇用に注力されていることは知っていましたが、当時、企業内において取り組むべき課題と方向性を整理するために、JEEDの『企業診断システム』を活用し、その結果をふまえて、高齢社員の作業負担を軽減する職場環境の改善などについて、お話ししました」と5年前をふり返ります。  このときのアドバイスもふまえて、同社では工場内の照明のLED化と、スピードの必要な作業や力のいる作業を機械化し、作業者の負荷軽減を図り、熟練度が必要な作業に集中できるようにしました。例えば、洗濯・脱水後のシーツは、数十枚ごとのかたまりの状態で、仕上げ作業場に運搬し、そのかたまりから1枚ずつシーツを引き抜いて、広げた状態で仕上げ機械にセットします。この作業は力がいるうえ、かがむこともあって負担が大きいことから、「シーツ引抜機」を導入しました。かたまりのシーツがこの機械を通ると、1枚ずつにほぐれ、仕上げ機械にセットする作業負担が大きく軽減しました。  今回この機械を見学した児島プランナーは、「すばらしい取組みだと思います。また、制度面も70歳までの継続雇用を実現するなど、着実に取組みを進めており、高齢者と障害者の雇用における、県内屈指の先進企業といえるでしょう」と取組みを称賛しました。  また柴ア専務は、障害のある若手社員と高齢社員がペアで作業をすることで、「高齢社員がていねいに、ときにはくり返しながら指導を行っています。一方で障害のある若手社員は、力のいる作業を担当するようになりました。お互いに補完し合いながら作業ができていて、ペアを組むことで相乗効果があることに気がつきました」と話します。  今回は、障害のある社員を指導しながら一緒に働いているお二人にお話をうかがいました。 みんなが尊重し合う職場  大塚ひとみさん(58歳)は、同社に勤めて25年になります。おもに病院で使用されるリネン類の乾燥・仕上げ、出荷作業を担当する部署で、20年ほど前から班長を務めています。  次々に運ばれるクリーニング後のリネンをたたむ作業を行いながら、班長として進捗状況の確認、出荷作業(伝票整理)、営業担当との打合せ、部署内にかかってくる電話にも対応します。週5日、9時から17時10分(または18時10分)までのフルタイム勤務を続けています。  一緒に働くのは、障害のある社員と外国籍の社員で、大塚さんは一人ひとりに適した指示の出し方や身ぶりを含む接し方でみんなをリードし、まとめています。障害者職業生活相談員の資格を持ち、障害のある社員の相談に応じることもあります。  「大事にしているのは、コミュニケーションです。お客さまにリネンを気持ちよく使っていただけるように、着実に出荷することが私たちの使命。班長として役割が果たせているのは、みんなの協力があるからです。毎日たいへんですが、感謝の気持ちを持って働いています」(大塚さん)  今後については、「後進を育てることが大事だと会社にもお話ししています。後進が育ち、作業だけに専念できるようになったら、ずっと働き続けたいと思います」と話してくれました。  柴ア専務は、大塚さんについて「職場を少しでもよくしていこうと、現場の様子を伝えてくれたり、意見をくれたりする大切な社員です。懐が深く、障害のある社員にとってはお母さんのような存在ではないでしょうか」と語り、信頼を寄せています。  柴ア(しばさき)清吾(せいご)さん(70歳)は、ハローワークで栄久の求人を知り、59歳のときに入社。勤続10年になります。生産部に所属し、洗濯と仕分け作業を担当。おもにユニフォームやタオル類、病院の毛布やマットレスなどの製品を扱っています。  前職でホームクリーニングの仕事を手がけていて、当時からクリーニング師の資格を有しています。現在の仕事はホームクリーニングとは内容が異なるものの、多様な製品を扱うなかで繊維や状態に合わせた染み抜きなどを行う際、つちかった知識と経験が役立っているそうです。  現在の仕事で心がけているのは、「一つひとつの作業を確実に行うことと、報告・連絡・相談を中心とする社内でのコミュニケーションです。この仕事を通じて、少しでも社会に奉仕することができればという気持ちで取り組んでいます」と柔らかな表情で話す柴アさん。  前職と仕事内容が違ったこともあり、入社直後は続けられるか不安があったそうですが、「12歳年上の先輩の働きぶりに刺激を受けて、もう1週間、もう1カ月がんばろうと思い、気がついたら仕事に慣れることができていました。先輩は昨年退職されましたが、見習って、私も80歳過ぎまで元気に働き続けることが目標です」と笑顔で語ります。  柴ア専務は、「柴アさんはやさしい人柄で、障害のある社員も安心してついていっています。力のいる仕事は若い人が代わりにやるという、よい関係ができているようです」と働きぶりを称えます。  児島プランナーは、同社の取組みと高齢社員の活躍について、「高齢社員にとって働きやすい職場は、若手にとっても安心して働ける職場であり、これからの人材確保という点でもとても大事なことだと思います」と高く評価しており、今後も引き続き支援を行っていくことを話していました。  柴ア専務は、「年齢や障害にかかわらず、みんなが長く働ける職場をこれからも目ざします。結果的にそのことが会社のためになり、社員の健康や体力づくり、生きがいになると考えています。職場環境向上に向けて、小さなことから一つずつ取り組んでいきます」と語ってくれました。  多様な人材が個々の持ち味を発揮し、一人ひとりにとって働きがいのある職場に向け、同社の進化はこれからも続きます。(取材・増山美智子) ※1 「就業意識向上研修」の詳細は、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html ※2 「令和5年度障害者雇用優良事業所厚生労働大臣表彰」を受けました。 https://www.jeed.go.jp/location/shibu/gunma/om5ru80000003na0-att/q2k4vk000003bt6a.pdf 児島正隆 プランナー アドバイザー・プランナー歴:5年 [児島プランナーから] 「プランナー活動では、始めに必ず『答えづらい質問についてはお答えいただかなくても大丈夫です』とお伝えします。この言葉に安心してもらえるようで、ほとんどの質問にお答えいただけます。この仕事は、企業との信頼関係が一番大切だと考えています。これからも企業にとって無理のない提案をしていければと思います」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆群馬支部高齢・障害者業務課の渡辺課長は児島プランナーについて、「群馬支部では2019 年から活動しています。現在、企業が集まる伊勢崎、太田、館林エリアを担当し、気さくな人柄と、『信頼関係が一番』という熱心な姿勢から、企業からのリピート依頼も多い、群馬支部にとってなくてはならないプランナーの一人です」と話します。 ◆群馬支部高齢・障害者業務課は、JR両毛線の前橋大島駅(南口)から徒歩約10分。ハローワーク前橋庁舎内にあります。同庁舎には群馬障害者職業センターも入っており、雇用に関する業務連携が取りやすい環境となっています。かつて1万3000基を超える古墳があった群馬県は、「埴輪(はにわ)王国」とも呼ばれ、当課の所在する前橋市も近代的な施設と古代歴史の名残が同居する街となっています。 ◆同県では、8人のプランナー等が活動し、年間約500件の相談・助言活動を行っています。高い専門性を持つプランナーが揃い、訪問先企業から高い評価を得ています。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●群馬支部高齢・障害者業務課 住所:前橋市天川大島町(あまがわおおしままち)130-1(ハローワーク前橋3階) 電話:027-287-1511 写真のキャプション 群馬県伊勢崎市 株式会社栄久の本社・工場 柴ア貴之専務取締役 周囲に気を配りながら、てきぱきとリネンのたたみ業務を進めていく大塚ひとみさん(左) 軽やかな身のこなしでクリーニング後のマットレスを出荷場所へ運ぶ柴ア清吾さん 【P40-41】 第100回 高齢者に聞く生涯現役で働くとは チーズケーキ専門店 ヨハン ケーキ職人 小林(こばやし)隆吉(りゅうきち)さん  小林隆吉さん(85歳)は、樹脂製造の会社で資材調達や品質管理などの業務に従事してきた。  定年退職後は、畑違いのケーキ職人として、いまも現場に立っている。知る人ぞ知るチーズケーキ専門店で第二の人生を歩み続ける小林さんが、かつての仲間たちとともに生涯現役で働くことの喜びを語る。 生産部門を支えるために奮闘した日々  私は長野県中野(なかの)市に生まれました。6人の子どもがいて両親はたいへんだったと思いますが、高校へ通わせてもらえたことにはいまも感謝しています。地元の高校を卒業すると1年ほどは家業の農家を手伝いました。その後、義兄を頼って上京し、義兄が働いていた樹脂製造業の住友ベークライト株式会社に入社がかないました。1959(昭和34)年のことです。  住友ベークライト株式会社は、私が入社する4年前に日本ベークライト株式会社と住友化工材工業株式会社が合併してできた会社で、私は川崎工場の検査部門に配属されました。そのころは検査と呼んでいましたが、いわゆる品質管理の仕事です。高校は普通科でしたから、とにかく働きながら仕事を覚えるのに必死でした。川崎工場では電話機材の開発を行っており、NTTの前身である電電公社の指定を受け、黒電話を生産していました。時代は高度成長期を迎え活気にあふれ、私は川崎工場の生産にかかわる資材調達の仕事も担当するようになり、忙しいけれど充実した日々を過ごすことができました。そのころは土曜休みもなく、仕事人間がたくさんいましたが、いま思えば私もその一人でした。家のことは妻に任せきりであった男が、いま厨房でケーキづくりに邁進しているのですから、人生とはおもしろいものです。 第二の人生の背中を押してくれた仲間たち  当時の定年は60歳でした。半年くらいのんびりして今後のことをじっくり考えました。特にやりたいことはなかったものの、元気なうちは働き続けたいという思いはありました。そんな折、定年退職後にヨハンでチーズケーキ職人として働いていた先輩が「一緒に働いてみないか」と声をかけてくれました。住友ベークライトのOBである和田(わだ)利一郎(りいちろう)さんが創業されたヨハンのことは現役のときからよく知っていました。和田さんを慕って退職後にケーキ職人に転職した人の話も聞いていましたし、声をかけていただいたのも何かの縁だと思い、働かせてもらおうと決意しました。  それまでの仕事とは異なる世界でしたが、ヨハンを訪ねたときに、そこで働いている職人が全員住友ベークライトの先輩たちだということがわかり、不安はまったくありませんでした。むしろ定年後に仲間たちと一緒に働ける喜びはかけがえのないものだと思い、60歳にして新しい世界に足を踏み入れたのです。  チーズケーキ専門店ヨハンは東京の中目黒駅からほど近く、店の目の前を桜の名所として知られる目黒川が流れる。近隣にはお洒落な店舗が並び、取材の合間にも多くの人がお気に入りのチーズケーキを求めに来た。お客さまの笑顔が元気の素だと小林さんはうれしそうに語る。 初代オーナーのレシピに学ぶ  創業者の和田さんは96歳で亡くなられましたが、まさに生涯現役を貫かれました。アメリカの友人にふるまわれたチーズケーキが忘れられず、その友人の教えを受けながらレシピを研究し、定年退職後に元同僚2人とこの店を創業されました。その後もOBがここで働き多くの人に定年後の働く場所を提供してくださったのです。私は先ほど、まったく違う職種なのに不安がなかったとお話ししました。それは先輩たちが初代オーナーから受け継いできたレシピを忠実に守っていけばよいのだという思いがあったからです。もちろん、一人前になるには3年ほどかかりました。レシピ通りケーキを焼いても気温や自分の体調などで微妙に誤差が出てしまうのです。製造現場にいた先輩たちは、チーズケーキづくりはプラスチックづくりとよく似ていると話されます。住友ベークライトは樹脂製造の会社ですので、原料を正確に計算して成型する工程が似ているのかもしれません。私は、製造経験はありませんが、生産された製品に触れてきましたから、共通点というものがなんとなくわかるような気がします。  私はわりと手先が器用な方で、古い話になりますが中学時代に運針という雑巾などを縫う授業がありましたが、私はいつも先生から褒められていました。手先の器用さというものもいまの仕事に役立っているかもしれません。何よりもモノづくりの世界で、そして元先輩や同僚に囲まれていたので、25年間も働き続けられたのだと思います。初代オーナーの後を継いだいまのオーナーにもたいへんよくしていただき、私は幸せ者だと思っています。  現在は住友ベークライトのOBだけでなく、住宅メーカー出身者などさまざまな業界の一線で働いてきた人たちがともに働いている。平均年齢70歳を超える男性たちがつくるチーズケーキは、マスコミに何度も取り上げられてきた。そして、お客さまも男性客が多いそうだ。 働き続けることの醍醐味  ヨハンのチーズケーキの特徴は、製造後に冷凍庫で一晩寝かしてから店頭に並べるということです。寝かせることでしっとりさが増して、最良の状態で味わっていただくことができます。寝かせている間の作業はないので、2日出勤して1日休みというのが基本的な働き方です。現在9人で週3日から4日のシフトを組み、1カ月に20日ほど勤務しています。もちろん繁忙期もあり、なかでもこの目黒川のお花見の季節はすごい人出で、ケーキも飛ぶように売れてとても忙しいですが、お客さまが喜んでくださる顔を見ると疲れも吹き飛びます。  朝は6時半に出社して午後3時ごろに帰るというのが日課です。私は川崎市に住んでいますので5時過ぎには家を出ます。仕事のある日は4時には起きるようにしています。  初代オーナーの意志を継いで高齢者に働く場を提供してくれる現オーナーの期待に応えるためにも、長く働かせてもらえるよう健康には気をつけています。健康づくりと趣味を兼ねてウォーキングを続けており、地域の仲間たちと12kmほど歩いて名所めぐりをするのもオフの日の楽しみの一つです。オンとオフのメリハリがあるので体調もよいです。定年後も働き続けたいと考えている人は、あまり時間をおかずに次の仕事を始められた方がよいのではと、経験者としてお伝えしておきます。  この25年間、いまの仕事を辞めようと思ったことは一度もありません。「おじいちゃんのチーズケーキの店」ということで、テレビに取り上げられ、それを見た長野の中学時代の友人から電話があり、いまもがんばっていることをほめられました。生涯現役であることの醍醐味をかみしめながら、明日も元気に工場でチーズケーキをつくります。 【P42-45】 加齢による身体機能の変化と安全・健康対策  高齢従業員が安心・安全に働ける職場環境を整備していくうえでは、加齢による身体機能の変化などによる労働災害の発生や健康上のリスクを無視することはできません。そこで本連載では、加齢により身体機能がどう変化し、どんなリスクが生じるのか、毎回テーマを定め、専門家に解説していただきます。第2回のテーマは「転倒災害」です。 愛知医科大学医学部 衛生学講座 川越(かわごえ)隆(たかし) 第2回 職場における「転倒災害」の防止対策のポイント 1 はじめに  労働災害における転倒は、近年増加傾向にあり、休業4日以上の死傷災害全体の約25%を占める最も発生頻度の高い災害となっています※1。特に50歳以上の高齢労働者において多発しており、60歳以上の労働者では死傷者数が増加しています。これらの背景には、高年齢者雇用安定法の改正により60歳以上の労働者が増加したことが要因としてあげられています。業種別では、第三次産業、製造業、陸上貨物運送業など幅広い分野で発生しており、特に第三次産業に属する小売業、社会福祉施設および飲食店では転倒災害が約30%を占めています。また、性別では女性労働者の発生率が高く、特に50歳以降の女性労働者において顕著となっています。転倒災害の特徴として、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」発生する可能性があり、一瞬のできごととして発生するため、予防対策が困難な労働災害として認識されています。今回、特に転倒災害の要因のなかでも、「内的要因」を中心に概説します。 2 転倒災害の要因  転倒災害の要因は、「内的要因」、「外的要因」、「社会管理的要因」、「傷害増幅要因」の四つに大別され、これらが複雑に絡み合い転倒災害が引き起こされます(図表1)。内的要因には、運動機能低下、認知機能低下、視覚機能低下、身体・精神的疾患、服薬状況など、個人の身体機能や健康状態にかかわる要素が含まれます。外的要因としては、床面の摩擦係数、凹凸、段差、手すりの有無、照明条件、通路幅など、作業環境にかかわる要素が該当します。社会管理的要因には、整理・整頓の状態、作業時の焦りや規則違反、職場風土などの組織的な要素が含まれます。傷害増幅要因には、身体強度・耐性、回避能力(敏捷性)、骨強度、内臓耐性など、転倒時の生体への傷害の程度に影響を与える要素が含まれます。  また、転倒災害のリスク要因の影響度は、加齢によって変化してきます(図表2)。20〜30代では外的要因の割合が高く、40代以降になると徐々に内的要因の割合が増加し始めます。さらに50代以降になると、内的要因のなかでも疾病・機能低下の割合が増加する傾向が見られます。この年齢によるリスク要因の変化は、高齢労働者の転倒災害対策を考えるうえで重要な視点となります。 3 転倒リスクと加齢にともなう運動機能の変化  加齢にともなう運動機能の低下は転倒リスクと密接に関連しています。労働者の運動能力は、静的バランス機能を示す閉眼片足立ちでは、20代前半と比較して50〜54歳で約50%、60〜64歳で約30%という著しい低下を示します(図表3)。また開眼片足立ちでも50〜54歳で約80%、60〜64歳で約70%まで低下します。さらに、敏捷性は55〜59歳で約70%まで低下することが示されています。特に50歳以降の静的バランス、敏捷性の機能低下は、身体のふらつき感や作業中に危険に遭遇した際の回避能力低下につながり、転倒災害の重要なリスク要因となると考えられます。さらに、バランスを維持するための生体の防御機能である足関節戦略、股関節戦略、踏み出し戦略においても、加齢とともに足関節戦略を利用してバランスを維持できる領域が狭くなり、より不安定な股関節戦略や踏み出し戦略に依存せざるを得なくなってきます(図表4・5)。 4 服薬状況と転倒リスクの関連性  転倒災害のリスク要因として注目されているのが服薬状況です。高齢労働者を対象とした研究によると、転倒を増加させるリスクのある薬剤の服用は、転倒災害の発生割合を2.23倍に高めることが近年明らかになっています※2。特に、ベンゾジアゼピン系薬剤、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、抗精神病薬、抗うつ病薬、抗コリン薬、降圧薬、利尿薬などFall Risk Increasing Drugs(FRIDs)と呼ばれる転倒リスクを高める薬剤として指摘されています※3。これらの薬剤は、眠気やふらつき、注意力低下、失神、めまい、低血圧などの副作用を引き起こし、転倒リスクを高めます。高齢労働者は複数の疾患を抱えていることも多く、多剤併用による相互作用や副作用が問題となります。現在の産業保健の現場では、労働者の服薬情報を本人の承諾を得て取得することがむずかしい状況にありますが、転倒災害のリスク低減の観点から、服薬管理を含めた包括的な健康管理体制の構築が求められます。 5 健康状態と転倒リスクの関連性  転倒リスクはさまざまな健康状態と密接に関連しています。特に糖尿病は、高齢労働者においても、転倒リスクを高める要因となることが報告されています※4。また、最近、女性労働者を対象とした研究において、貧血が転倒災害のリスク要因となることが報告されています※5。さらに、視覚機能の低下も重要なリスク要因であり、視力が0.3未満者では転倒災害のリスクが2.27倍に増加することが明らかにされています※6。これらの健康状態における転倒のリスクの関連性は、加齢とともに増加する傾向にあり、そのほかの要因と複合的に作用して転倒リスクを高めるものと考えられます。 6 転倒災害を防止するうえで事業者に求められる対策  職場での転倒予防のために、厚生労働省より「いきいき健康体操※7」や「転倒予防体操※8」が公開されています。これらの体操は、専門家により監修されており、これら転倒予防体操の実施は、運動機能の低下に歯止めをかけ、日常生活や作業での段差や階段でのつまずきやつま先の引っかかりを減少させ、結果的に転倒頻度の減少につながるものと考えられます。  また、近年、高齢労働者の転倒リスクとなりうる健康状態が明らかになってきており、それら疾患に対する転倒災害の視点からの定期的なフォローも重要な視点と考えられます。  これまで多くの企業においては、階段や段差解消、滑り防止など外的要因からの対策にとどまっているケースが多くみられますが、健康状態や運動機能の低下などの内的要因からの対策を織り込むことにより、さらなる転倒リスクの低減につながるものと考えられます。 7 まとめ  今回、転倒災害の要因のなかでも、特に内的要因を中心に概説しました。転倒災害の特徴として、「いつでも」、「どこでも」、「だれにでも」発生する可能性があり、単に「滑っただけ」、「つまずいただけ」、「注意不足」などと軽視される傾向があります。転倒災害を防止するためには、内的要因を含め、外的要因、社会管理的要因、傷害増幅要因の総合的なアプローチと転倒災害を軽視しない企業レベルでの意識改革が不可欠であると思われます。 ※1 厚生労働省「令和5年における労働災害発生状況(確定)」(2024) ※2 Osuka Y et al., Geriatr Gerontol Int. 22(4):338-343, 2022 ※3 日本老年医学会・日本医療研究開発機構研究費・高齢年齢の薬物治療の安全性に関する研究研究班:高齢者の安全な薬物治療ガイドライン2015.メディカルビュー社、東京,2015 ※4 Osuka Y et al., Occup Med. 73(3):161-166. 2023 ※5 Shima A et al., J Occup Health. 2024. doi: 10.1093/joccuh/uiae063. ※6 Shima A et al., J Occup Environ Med. 2024; 66(10):e483-e486. doi: 10.1097/JOM.0000000000003184 ※7 https://jsite.mhlw.go.jp/saga-roudoukyoku/content/contents/000626649.pdf ※8 https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/tentou1501_27.html 図表1 転倒災害の要因と転倒発生時のフロー 内的要因 運動機能 認知機能 視覚機能 身体・精神的疾患服薬状況など 障害増幅要因 身体強度・耐性、回避能力(敏捷性)、骨強度、内臓体制など 外的要因 床面摩擦・凹凸、段差、手すり、照明、通路幅など 社会管理的要因 整理・整頓、焦り・規則違反、職場風土など すべり (路面) 転倒災害発生 踏み外し (階段) つまずき (段差) ※永田久雄『「転び」事故の予防科学』(労働調査会)より一部改変し筆者作成 図表2 加齢にともなう転倒リスク(内的・外的要因)の影響度 要因割合(%) 年齢 20歳 40歳 60歳 外的要因 安全領域 内的要因 健康領域 ロコモ サルコペニア フレイル 内的要因 疾病・機能低下 図表3 加齢にともなう運動機能の変化 加齢とともに、特にバランス機能が大きく低下→転倒危険性を増大させるリスク 20−24歳時からの相対的変化率 ・開眼片足立ち(静的バランス) ・閉眼片足立ち(静的バランス) ・ファンクショナルリーチ(動的バランス) ・Time up and go(移動能力) ・スクエア−ステップ(敏捷性) ・最大1歩幅(柔軟性) ・椅子立ち上がり(下肢筋力) 年代 20-24 (n=364) 100.0% 25-29 (n=323) 97.9% 95.5% 30-34 (n=347) 91.4% 88.2% 35-39 (n=387) 88.3% 40-44 (n=264) 87.3% 59.2% 45-49 (n=200) 84.2% 81.1% 52.3% 50-54 (n=145) 79.9% 72.9% 46.3% 55-59 (n=354) 71.0% 70.5% 37.5% 60-64 (n=145) 72.0% 27.6% 69.2% (敏捷性・認知機能:スクエア−ステップ) 反応性遅延 危険回避能力の低下 (静的バランス・閉眼片足立ち) 立位バランス悪化 転倒危険性を増大 出典:川越隆「高年齢労働者の転倒災害防止対策『安全作業能力テスト』と『いきいき安全体操』による転倒リスク低減の試み」『労働の科学』66(11),678-684,2011 図表4 転ばないための生体の防御機能 バランス戦略(Balance strategy) F1 足関節戦略(Ankle strategy) 突発的な外力を受けたときに、まず、足関節の柔軟性を利用してバランスを維持 F2 股関節戦略(Hip strategy) Ankle strategyでバランスが維持できない場合、股関節を曲げることで衝撃を受け流し、バランスを維持 F3 踏み直り戦略(Step strategy) それでも無理な場合は、足を踏み出して(踏み直り戦略)バランスを整える F1<F2<F3 出典:川越隆「4 発生要因(内的要因、外的要因、社会・管理的要因、傷害増幅要因)―高年齢労働者の労災としての転倒・転落事故―」『高年齢労働者のための転倒・転落事故防止マニュアル』日本転倒予防学会監修, 22-26, 2023 図表5 転ばないための生体の防御機能 若齢者と高齢者の比較 前後方向への重心の変化 若齢者 高齢者 足関節戦略 重心 股関節戦略 踏み出し戦略 加齢とともに足関節戦略は徐々に低下 足首でのバランスが取りにくくなる! 出典:樋口貴弘, 建内宏重『姿勢と歩行 協調から紐解く』(三輪書店), p192-193, 2015. をもとに筆者作成 【P46-49】 知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第79回 合併後の継続雇用の更新、SNS上での誹謗中傷を投稿した社員に対する懲戒処分 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 会社が吸収合併される場合、継続雇用社員の労働条件および契約更新はどのようになるのでしょうか  当社の事業が不振の状況であることから、吸収合併により会社が吸収され、消滅することになります。従業員のなかには、定年後の継続雇用を行っている者がいるのですが、吸収合併により事業を継続する企業とは、継続雇用における労働条件が合致しておらず、吸収後に条件を調整する予定になっています。他方で、継続雇用の従業員からは、労働条件の引き下げに反対する意見が出ていますが、どのように対応すべきでしょうか。 A  合併後の労働条件の統一とも関連する状況ですが、継続雇用という事情から提示される継続雇用の労働条件には合理性が認められる内容である必要があります。従前の労働条件を必ず維持しなければならないというわけではありませんが、合併に至る手続きのなかで労働条件の変更について納得感を得られるていねいなプロセスを経ることが必要です。 1 吸収合併と労働契約の関係  事業が不振となった場合には、会社について破産または解散するなどによって清算するほか、事業について関心を有する企業などがある場合には、合併や事業譲渡などによって事業を承継するといった可能性もあります。破産または解散によって清算するときは、従業員との間の労働契約も解消することが前提になるため、全員が失業することになりかねませんが、合併や事業譲渡などで事業が承継される場合には、事業活動を支える従業員との労働契約も承継することが前提とされることが一般的です。  特に合併手続きによる場合には、包括承継と呼ばれており、清算する会社(以下、「旧会社」)、合併により事業を継続する会社(以下、「新会社」)における契約内容を包括的に同一の内容のまま引き継ぐことが可能となっています。したがって、合併契約により承継される時点においては、継続雇用の対象となっている従業員は、旧会社における労働条件を維持したまま、働き続けることができるのが原則となります。  しかしながら、新会社では、継続雇用にかぎらず、労働条件を定めた就業規則およびそれに付随する各種規程が定められていることが通常であり、旧会社で定められていた労働条件を維持し続けることは同一企業内での不公平を生じさせることにもなりかねず、労働条件の統一が課題になることがあります。したがって、合併後に旧会社から承継した労働者について、就業規則の変更や個別の同意を得ながら、労働条件を変更することによって統一を図ることになります。  継続雇用の従業員についても、同様に労働条件を統一することも可能ですが、期間の定めがある労働契約であることから、次回の更新時に労働条件を調整するような方法がとられることがあります。 2 裁判例の紹介  合併によって承継した継続雇用の対象者から継続雇用の希望が示されたことに対して、契約更新時に労働条件を変更した内容で提案したものの、この申出を従業員が断ったため、契約を更新しなかったところ、継続雇用の期待を有していたにもかかわらず、これを合理的な理由なく拒絶されたとして、従前と同一条件による継続雇用の維持を求めて訴えた裁判例があります(東京地裁令和6年4月25日)。状況としては、質問と同種であり、事業継続困難な状況から、合併により事業を継続し、従業員も承継されていた新会社において、継続雇用の更新時に労働条件を変更する提案をしたというものであり、合併後の状況としては、よくある内容であると思われます。  労働契約法第19条は、有期労働契約について、「契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することが合理的な理由があるものであると認められる」ときには、有期労働契約更新の「申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」と定めています。したがって、更新されるだろうという合理的な理由のある期待を保護し、更新拒絶には客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要とされています。  紹介する裁判例では、この規定の解釈として、更新されることへの期待とは、その法的効果が同一の労働条件で更新したものとみなすものとされていることから、合理的な期待として保護される対象となるのは「同一」の労働条件で更新されることが期待されていることをさしていると解釈しました。そして、合併に至る手続き内において、継続雇用対象者に対しては、新会社の定める規程が適用されること、それによって労働条件が不利に変更されることになること、新会社の規程では継続雇用においては2種類の働き方(管理職相当を維持するか、一般職として業務軽減するか)があり、それぞれの労働条件を比較して選択することが説明され、また、規程はイントラネット上に掲載して内容を確認可能であったことなどから、従前と「同一」の労働条件が維持されることは期待されていなかったとして、労働契約法第19条の適用を否定し、継続雇用をしなかったという新会社の判断を肯定しています。  なお、労働条件の変更の程度としては、管理職相当の地位を維持する場合には労働日が週4日から週5日に増加する一方で基本賃金が15%減少するというものであり、一般職相当になる場合には週4日の労働日が維持されつつ賃金が約51%減少するというものでした。  さらに、仮に労働契約法第19条の適用があるとしても、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が肯定されることも補充的に判決内で示すことで、その結論を補強しています。更新拒絶したことについて客観的かつ合理的な理由があるか否かについては、有期労働契約の更新時に示した労働条件に合理性があるか否かによることになるとし、新会社の規程に沿った内容であることや規程外の条件で継続雇用をしている従業員がほかにおらず一人だけ特別扱いをすることによって定年後再雇用者において不公平感を抱き、士気や意欲の低下を招くことは容易に想像できることや、合併により救済された事業であるものの、そのなかでも細分化した業務内容としては撤退を要する業務を担当していた従業員であったことから業務が多忙になることもないということをふまえると、提案内容には合理性があったと判断されています。 3 継続雇用時に提示する労働条件  定年後の継続雇用においては、著しく不利益な労働条件の提示によって裁量を逸脱した場合には、継続雇用制度と認められずに、高年齢者雇用安定法違反になる可能性があります。ただし、ここでも一定の裁量があることは認められており、つねに従前と同一の労働条件を提示しなければならないわけではありません。紹介した裁判例では、「同一」の労働条件に対する期待がなければ、保護されないと判断していますが、それでは保護の範囲はほとんどないに等しく、同様の解釈を取る裁判例が主流になるとは考えがたく、合併などによって従前の契約当事者から変更があった場合など特殊な状況を前提にしていると考えた方がよさそうです。  新会社の判断が尊重されるにあたって重視されていたのは、合併手続きが進められるなかで説明会が開催されており、その回数や内容も充実していたこと、訴えた従業員以外との間では紛争が生じていないことなど、客観的に見た際に納得感を得ることができるプロセスを経ていたかという点ですので、労働条件を不利益な内容で提示することが許容されたという結論部分だけにとらわれることなく、手続重視の取組みが重要であると考えます。 Q2 SNS上で会社の誹謗中傷を投稿している社員がいるようです。懲戒処分はできるのでしょうか  SNS上で、当社の就業環境について、「サービス残業がある」、「上司からのパワハラも放置」、「ブラック企業」などといった記載が見つかりました。投稿は従業員によるものであろうと考えていますが、どのような対応ができるのでしょうか。投稿者が従業員であると特定できた場合には、懲戒処分を行うことは可能でしょうか。 A  事実ではない情報をSNSによってインターネット上に公表された場合には、法的な手続きで特定または削除の対応が可能です。従業員による投稿と特定でき、名誉棄損として違法な行為に該当するときには、就業規則の定めにしたがって懲戒処分を行うことは可能と考えられます。 1 投稿者の特定や投稿の削除  SNS上の発信については、実名で行われることが少なく、投稿者が社内の従業員であるのか、退職者など社外のものであるか不明なこともあります。発信者を特定するためには、@発信者とおぼしき従業員からのヒアリングを行うか、A情報流通プラットフォーム対処法(旧名称:プロバイダ責任制限法)に基づく発信者情報開示請求を行うことで特定をしていく必要があります。名誉・信用毀損が成立するような場合には、プロバイダやSNSサービスを提供している事業者は、投稿者に関する情報(IPアドレス、タイムスタンプ、ポート番号など)の開示に応じる必要があります。とはいえ、投稿から3カ月程度しか発信を特定するためのログは保存されていないことも多いので、投稿自体が古い場合には、特定がかなわない場合もあります。そのような場合には、せめて削除をするために、プロバイダに対して削除請求をすることで投稿自体の削除を求めるという手続きも存在します。  SNSやインターネットを通じた情報発信の特徴として、@伝播可能性(発信された情報が拡散される)、A公共空間性(不特定多数の閲覧が予定されている)、B情報の保存・維持(一度発信した情報は削除してもアーカイブなどに保存されることがある)、C特定可能性(匿名の発信であっても技術的には特定することは可能)、D発信の安易さ(いつでも、どこでも発信が可能)といった特徴があるといわれています。これらのうち、@伝播可能性やA公共空間性の特徴から、不特定多数の第三者にまで情報が拡散され、会社に対する信用の毀損が生じやすく、閲覧者の反応次第で影響の拡大は予測不可能なほどに大きくなるおそれがあります。 2 名誉・信用棄損に該当する行為に対する懲戒処分  SNSによる投稿は、私生活上で行われたものと考えられ、就業時間中の行為ではないと思われます。労働契約では、あくまでも就業時間中の行為に対する指揮命令権が与えられているにすぎないため、私生活上の行為まで懲戒処分の対象にすることはできません。しかしながら、私生活上の行為であったとしても、その行為が職場の風紀を乱したり、会社の信用を毀損したりすることで、会社に対する悪影響を及ぼす場合には、当該行為を対象に懲戒処分を行う余地はあります。  過去に就業時間外における会社批判を根拠として行われた懲戒処分の効力が争われた先例があります。  就業時間外に社宅に会社を批判するビラを約350枚配布した事例で、当該ビラに記載された内容が事実無根であったことから、就業規則に定める「その他特に不都合な行為があったとき」に該当するものとして、譴責(けんせき)処分を有効と判断しています(関西電力事件 最高裁一小 昭和58年9月8日)。このような判例に照らすと、SNSに会社を誹謗中傷する事実無根の投稿をしたときには、懲戒事由に該当することが前提ではあるものの、譴責程度の懲戒処分を行うことは可能と考えられます。  なお、懲戒処分を行うためには、就業規則上の根拠が必要となり、懲戒事由として、「職場の風紀を乱さないこと」や「会社の信用を毀損する行為をしてはならない」といった内容が定められているか確認しておく必要があります。 3 SNSへの投稿と会社に対する名誉・信用毀損の成立要件  会社の名誉・信用を毀損する場合には、当該投稿を行っている者は、会社に対する不法行為責任を負い、名誉回復措置も命じられることもあります(民法709条および723条)。ただし、公共の利害にかかわる事実を適示する表現が、@適示された事実が真実である場合、または、A真実と信ずるについて相当な理由がある場合には、名誉・信用を毀損する表現であったとしても不法行為責任を負担することはありません。また、公共の利害にかかわる意見や論評については、その意見や論評の根拠とした事実が上記の@やAに該当する場合に加えて、B意見・論評としての許容される表現の域を逸脱していない場合にも不法行為責任を負担しません。このような理由で名誉・信用毀損として不法行為責任を負わないにもかかわらず、懲戒処分を行ったときには、懲戒権の濫用となり、懲戒処分が無効になると判断した事例もあります(三和銀行事件 大阪地裁 平成12年4月17日)。  投稿内容がいずれも事実ではないとすれば、名誉・信用毀損に該当するといえそうですが、懲戒処分等を検討するには当該投稿が名誉・信用毀損といえるかどうか判断するために、表現全体をみたときに意見論評としての域を逸脱しているか否かについても精査する必要があります。 【P50-51】 地域・社会を支える 高齢者の底力 The Strength of the Elderly 第2回 株式会社小川(おがわ)の庄(しょう)(長野県)  少子高齢化や都心部への人口集中などにより、労働力人口の減少が社会課題となるなか、長い職業人生のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かし、多くの高齢者が地域・社会の支え手として活躍しています。そこで本連載では、事業を通じて地域や社会への貢献に取り組む企業や団体、そこで働く高齢者の方々をご紹介していきます。  地域の食文化の支え手は生涯現役で働く高齢社員  長野県の北部、長野市と白馬村(はくばむら)のほぼ中間に位置する小川村(おがわむら)。ここで約40年間にわたり、信州の食文化の象徴ともされる「おやき」の製造販売を行っているのが、株式会社小川の庄だ。社員数は78人で、平均年齢は55歳。そのうち60〜80代の社員は約30人にのぼる。同社には定年がなく、いずれも正社員として働き、郷土食を通じた地域活性化にも貢献している。  小川村はもともと養蚕が盛んな地域だったが、安価な海外製品や化学繊維の普及によって養蚕業が衰退。村の行く末に危機感をもった地元住民、地元農協、食品加工会社が共同出資して、1986(昭和61)年に株式会社小川の庄を設立した。「村のお母さんやおばあちゃんたちが、生涯現役で生きがいをもって働ける職場づくり」、「村の宝である地元の特産物を活かした商品づくり」という創業のコンセプトは、現在の会社経営の基礎にもなっている。 80歳、10年間でおやき「50万個」 観光客でにぎわう郷土料理店  小川の庄の直営店の一つ「おやき村」。農家を改造した「こたつ部屋」と、縄文時代をイメージした竪穴式住居風の「囲炉裏の館」から成る店舗で、おやき製造所、そば打ち処も併設されている。店内では、掘りごたつで郷土料理を食べたり、囲炉裏端で「おやき作り体験」をしたりすることもでき、観光客にも人気だ。  2024(令和6)年は11月3日から、店内で新そばの提供が開始され、当日は連休中ということもあって大勢の人が訪れた。囲炉裏端にも、おやきを買い求める客が後を絶たず、「野沢菜」に「あんこ」、季節限定の「うの花」から好きな具材を選び、囲炉裏の火で焼かれたおやきを味わう観光客らでにぎわった。  その囲炉裏のそばに座り、慣れた手つきで丸いおやきをつくるのは、入社して10年の大日方(おびなた)文子(ふみこ)さん(80歳)。「平日はだいたい100〜200個、土日・祝日は300〜500個のおやきをつくります。単純計算はできないけれど、10年間でおそらく50万個ぐらいはつくっています」と話す。勤務時間は朝8時から夕方5時までで、体力的にはまったく問題ないそうだ。  大日方さんらがつくったおやきを、大きな囲炉裏の上で焼き上げるのは、2023年に入社した小林(こばやし)昭仁(あきひと)さん(62歳)。料理人として働いていた小林さんは、60歳で前職を辞めたのをきっかけに、小川の庄に入社した。「60歳になってから、再就職で壁にぶつかったのですが、よいご縁があり、ここで働いています。定年退職がないので、できるかぎり、ずっと働きたいと思っています」と話す。  同社の権田(ごんだ)公隆(こうりゅう)社長は、「会社にとっての財産はやはり社員。だれもが生涯現役を貫き、一人ひとりが輝ける職場をつくっていきたいと思っています」と強調する。現在50代の権田社長自身、「50年後も働いていたい」とのこと。「60歳からの40年間をいかに輝かせるか」が、権田社長の目標なのだ。 おやきとともに約40年 夫婦で郷土の味を広める  おやきを、全国に広めた立役者の1人が、おやき村の「村長」を務める大西(おおにし)隆(たかし)さん(81歳)。1986年の創業当初からの社員だ。大西さんの妻・明美(あけみ)さん(78歳)はおやき村の厨房長を務めており、夫婦でおやきを通じた地域活性化の一翼をになっている。  もともと小川村の西山地域の料理だったおやきに目をつけ、商品化を目ざしたのは、同社の先代社長。「おやきは家でつくって食べるもので、それを商品にするなんて、当時は思ってもみないことでした」と、明美さんは創業当初をふり返る。  大西さんは営業担当として、おやきのPR役をになった。「とにかく、おやきを知ってもらおうと、地元のおばあちゃんを連れて、全国のデパートに実演に行きました」と、大西さん。おやきを焼くための機材を車に積み、自ら運転して、北は北海道から南は九州まで走り回ったそうだ。そんな大西さんらの活動が実を結び、おやきは県の特産物として徐々に浸透。現在は、販売網が全国に広がり、通信販売などでも売上げを伸ばしている。  大西さんは60歳を過ぎて営業から退き、2024年4月に、99歳で亡くなった先代から村長を引き継いだ。「まだまだ若いのに、いきなり村長を仰せつかりましたよ」と話す大西さんだが、「村長」と呼ばれるのには、少しプレッシャーもあるそうだ。一方で、自分が地域のために役立っているという手応えも感じているという。今後も「自分が動ける間は、なんとかがんばっていきたいです」と心構えを話す。  妻の明美さんは現在、厨房長として、おやき村の「味」をになっている。店内で提供される食事には、明美さんが考案したメニューもあり、なかには商品化されたものもある。「自分が好きでつくったものを、先代の社長が『評判がよい』と、商品にしてくれました。そうやって評価してもらえるのは、すごくうれしいことですね」と明美さん。「好きな仕事だし、やれるまでやる。楽しいですから」と笑顔で語っていた。 「高齢になればなるほど輝く」 「お互いさま」の気持ちが大切  権田社長は、「飲食業は、年を重ねれば重ねるほど味が出ます。高齢になればなるほど輝くのです」と話す。特に、古くからある郷土料理を商品化してきた同社の場合、高齢者の知恵や経験、知識は重要な資源でもある。  70歳、80歳を超えた社員の力を活かすためには、「それぞれ通院や介護、あるいは孫の世話などの事情はありますが、『お互いさまだからがんばろう』という気持ちが必要」と、権田社長は強調する。「だれかが休んでも職場がまわるよう、80歳の人でも『私はこれしかできない』ではなくて、何でもできるように学んでいってもらいたい」との考えだ。  「年を重ねても、自分たちで考えて仕事をしていくことで、もっともっと輝いていく―」。権田社長は、生涯現役社会への期待を語った。 写真のキャプション 夫婦で働く、おやき村村長の大西隆さんと、厨房長の明美さん 株式会社小川の庄の権田公隆社長 【P52-53】 いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第53回 「労働契約法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働契約法について取り上げます。前回(2024年12月号)※1で解説した労働基準法と密接に関係するため、あわせて一読いただくと理解が深まると思います。 労働条件の合意に関する基本的なルール  労働契約法は、労働にかかわる法律の総称である労働法の一つで、労働者(使用者に使用されて労働し、賃金を払われる者)と使用者(使用する労働者に対して賃金を支払う者)間での合意によって成立する労働条件に関する労働契約についての基本的なルールを定めた法律です。  まずは、どのようなルールが記載されているか、ポイントを取り上げてみましょう。 @労働契約の締結等…労働契約に共通する原則である、労使対等の原則・均衡考慮の原則※2・仕事と生活の調和への配慮の原則・信義誠実の原則・権利濫用※3の禁止の原則(第3条)、使用者は労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容に関し、労働者の理解を深めるようにし、できる限り書面で確認すること(第4条)。 A労働契約の成立と変更…労働者と使用者が、 「労働すること」、「賃金を支払うこと」に合意すると労働契約が成立すること(第6条)、労働者と使用者が合意すれば労働契約を変更可能となること(第8条)、就業規則※4と労働契約の関係性について(第9条〜第13条)。 B労働契約の継続および終了…懲戒・解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、権利を濫用したものとして無効であること(第16条)。 C期間の定めのある労働契約…有期契約労働者について、使用者はやむを得ない事由がある場合でなければ、契約期間が満了するまでの間において労働者を解雇できないこと(第17条)、有期労働契約期間を通算して5年を超える労働者が、期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は申込みを承諾したものとみなすこと(無期転換ルール※5)(第18条)。  労働契約の内容を考えるうえで注意すべきは、労働条件の最低基準を定めた労働基準法を必ず上回ることが求められている点です。また、第9条〜第13条にある通り、就業規則が合理的な内容かつ労働者に周知されている場合は就業規則の内容が労働条件になるものの、就業規則と異なる内容の労働条件を労働者・使用者間で個別に合意していた場合は合意内容が労働条件になり、その条件が就業規則を下回っている場合は、就業規則の内容まで条件が引き上がる点も押さえておきたいところです。 労働契約法は比較的新しい法律  労働基準法が、1947(昭和22)年に制定されたのに対して、労働契約法は2007(平成19)年に制定されています。労働契約法の制定が比較的最近であることには、かつては労働基準法や就業規則、労働協約などで一律的に労働条件を定めておくことでこと足りていたのが、就業形態が多様化し労働条件が個別に決定・変更されることが増えたことにともない、個別労働関係紛争が増加したことが背景にあります。  それまでは、紛争に関する蓄積された裁判例をもとに形成された民事的ルールをもとに裁判所が判断していましたが、その内容が一般に周知されていたともいいがたい状況がありました。そこで、個別労働関係紛争を防止し、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的として、民事的ルールを一つの体系として労働契約法を制定することになりました。このような経緯から、先に述べた第18条の無期転換ルールが2012年の法改正で追加されるなど、就労状況の変化や労働紛争などの実態に合わせる形で法律は改正されてきました。  労働契約法にかかわりの深い直近の動向として触れておきたいのが、2024(令和6)年施行の労働基準法施行規則・有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の改正です。労働契約の締結・更新のタイミングでの労働条件明示事項が追加されることになりました。 @すべての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に就業場所と業務の変更の範囲を明示すること…全労働者対象 A有期労働契約の締結時と更新時に、更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容を明示、また更新上限を新設・短縮する場合はその理由をあらかじめ説明すること…有期契約労働者対象 B無期転換申込権が発生する有期労働契約の契約更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨と無期転換後の労働条件を明示すること…有期契約労働者対象  これらの明示の仕方がよくわからないという場合には、厚生労働省のパンフレットに、詳しいルールとモデル労働条件通知書の例が掲載されているため参照することをおすすめします※6。 個別労働紛争解決制度の活用も選択肢の一つ  労働基準法は“公的権限(刑事司法や行政機関)”により法の実現を目ざすため、前号に述べた通り、違反した場合の罰金や懲役などの罰則が定められています。一方で、労働契約法は“私人間の紛争解決”により法の実現を図る位置づけのため、直接的な罰則は存在しません。私人間の紛争解決については、個々の労働者と事業主の間の労働契約や職場環境に関するトラブルを未然に防止し、迅速に解決を図るための個別労働紛争解決制度が設けられています。  具体的には、都道府県労働局や労働基準監督署に設けられた総合労働相談コーナーへの総合労働相談に対して、都道府県労働局長が解決の方向性を示し紛争当事者間の自主的な解決を促進する助言・指導、または都道府県労働局に設置されている紛争調整委員会のあっせん委員が紛争当事者の間に入って話し合いを促進するあっせんにより紛争解決を図っていきます。労働契約について、労働者・使用者間でよく話し合い、理解したうえで運用していくことに越したことはありませんが、トラブルや紛争に至った場合は、労働者・使用者にかかわらず本制度を活用することは、有力な選択肢の一つといえます。 ***  次回は、「労働安全衛生法」について取り上げます。 ※1 ※2 均衡考慮の原則……労働契約の締結・変更において、就業実態との均衡(バランスや釣り合いがとれている等)を考慮し、かつ異なる雇用形態間の均衡も考慮すべきというもの ※3 権利濫用……本来想定されている権利の範囲を超えてその権利を行使するため、権利の行使として認めることができないと判断される行為 ※4 就業規則……本連載第19回(2021年12月号)をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202112/html5.html#page=56 ※5 無期転換ルール……詳細なルールや留意事項があるため、厚生労働省のポータルサイトなどを確認のこと https://muki.mhlw.go.jp ※6 「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001298244.pdf 【P54-55】 令和7年度 高年齢者活躍企業コンテスト  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について、多数のご応募をお待ちしています。 T 応募内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内容を参考にしてください。 取組内容 内容(例示) 高年齢者の活躍のための制度面の改善 @定年制の廃止、定年年齢の延長、65歳を超える継続雇用制度(特殊関係事業主に加え、他の事業主によるものを含む)の導入 A創業支援等措置(70歳以上までの業務委託・社会貢献)の導入(※1) B賃金制度の見直し C人事評価制度の導入や見直し D多様な勤務形態、短時間勤務制度の導入 等 高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 @中高年齢者を対象とした教育訓練、リスキリングの取組、全世代で自律的にキャリア形成を進めていくための(キャリアの棚卸しなどの)キャリア教育の実施 A高年齢者のモチベーション向上に向けた取組や高年齢者の役割等の明確化(役割・仕事・責任の明確化) B高年齢者が活躍できる職場風土の改善、従業員の意識改革、職場コミュニケーションの推進 C高年齢者による技術・技能継承の仕組み(技術指導者の選任、マイスター制度、技術・技能のマニュアル化、若手社員や外国人技能実習生、障害者等とのペア就労や高年齢者によるメンター制度等、高年齢者の効果的な活用等) D高年齢者が働きやすい支援の仕組み(職場のIT化、DXを進めていく上での高年齢者への配慮、力仕事・危険業務からの業務転換) E新職場の創設・職務の開発 等 高年齢者が働き続けられるための作業環境や作業の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 @作業環境や作業の改善(高年齢者向け設備の改善、作業姿勢の改善、休憩室の設置、創業支援等措置対象者への作業機器の貸出等) A従業員の高齢化に伴う健康管理・メンタルヘルス対策の強化(健康管理体制の整備、定期健康診断やストレスチェックの実施と結果に基づく就業上の措置、体力づくり、加齢に伴い増加する病気の予防教育や健診・検診、女性の健康課題も含めた健康管理上の工夫・配慮、若い世代からの健康教育等) B従業員の高齢化に伴う安全衛生の取組(安全衛生を進めるための体制整備、危険防止の措置、安全衛生教育) C福利厚生の充実(レクリエーション活動、生涯生活設計に関する専門家への相談) 等 ※1 「創業支援等措置」とは、以下の@・Aを指します。 @70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入 A70歳まで継続的に、「a.事業主が自ら実施する社会貢献事業」または「b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業」に従事できる制度の導入 U 応募方法 1.応募書類等 (1)指定の応募様式に記入していただき、写真・図・イラスト等、改善等の内容を具体的に示す参考資料を添付してください。また、定年制度、継続雇用制度及び創業支援等措置並びに退職事由及び解雇事由について定めている就業規則等の該当箇所の写しを添付してください(該当箇所に、引用されている他の条文がある場合は、その条文の写しも併せて添付してください)。なお、必要に応じて当機構から追加書類の提出依頼を行うことがあります。 (2)応募様式は、JEED各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)にて、紙媒体または電子媒体により配付します。また、当機構のホームページ(※3)からも入手できます。 (3)応募書類等は返却いたしません。 (4)提出された応募書類の内容に係る著作権及び使用権は、厚生労働省及び当機構に帰属することとします。 2.応募締切日 令和7年2月28日(金)当日消印有効 3.応募先 JEED各都道府県支部高齢・障害者業務課(※2)へ郵送(当日消印有効)または連絡のうえ電子データにて提出してください。 ※2 応募先は本誌65ページをご参照ください ※3 URL:https://www.jeed.go.jp/elderly/activity/activity02.html ホームページはこちら V 応募資格 1.原則として、企業からの応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。また、就業規則を定めている企業に限ります。 2.応募時点において、次の労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 (1)高年齢者雇用安定法第8条又は第9条第1項の規定に違反していないこと。 (2)令和4年4月1日〜令和6年9月30日の間に、労働基準関係法令違反の疑いで送検され、公表されていないこと。 (3)令和4年4月1日〜令和6年9月30日の間に「違法な長時間労働や過労死等が複数の事業場で認められた企 業の経営トップに対する都道府県労働局長等による指導の実施及び企業名の公表について」(平成29年1月20日付け基発0120第1号)及び「裁量労働制の不適正な運用が複数の事業場で認められた企業の経営トップに対する都道府県労働局長による指導の実施及び企業名の公表について」(平成31年1月25日付け基発0125第1号)に基づき公表されていないこと。 (4)令和6年4月以降、職業安定法、労働者派遣法、男女雇用機会均等法、女性活躍推進法、労働施策総合推進法、育児・介護休業法、パートタイム・有期雇用労働法等の労働関係法令に基づく勧告又は改善命令等の行政処分等を受けていないこと。 (5)令和6年の障害者雇用状況報告書において、法定雇用率を達成していること。 (6)令和6年4月以降、労働保険料の未納がないこと。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入(※4)し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる職場環境となる創意工夫がなされていることとします。 ※4平成24年改正の高年齢者雇用安定法の経過措置として継続雇用制度の対象者の基準を設けている場合は、当コンテストの趣旨に鑑み、対象外とさせていただきます。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 W 審査  学識経験者等から構成される審査委員会を設置し、審査します。  なお、応募を行った企業等または取組等の内容について、労働関係法令上または社会通念上、事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される問題(厚生労働大臣が定める「高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針」等に照らして事例の普及及び表彰にふさわしくないと判断される内容等)が確認された場合は、この点を考慮した審査を行うものとします。 X 賞(※5) 厚生労働大臣表彰 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※5上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数等が決定されます。 Y 審査結果発表等 みなさまからのご応募をお待ちしています  令和7年9月中旬をめどに、厚生労働省および当機構において各報道機関等へ発表するとともに、入賞企業等には、各表彰区分に応じ、厚生労働省または当機構より直接通知します。  また、入賞企業の取組事例は、厚生労働省および当機構の啓発活動を通じて広く紹介させていただくほか、新聞(全国紙)の全面広告、本誌およびホームページなどに掲載します。 過去の入賞企業事例を公開中! ぜひご覧ください! 「高年齢者活躍企業事例サイト」 当機構が収集した高年齢者の雇用事例をインターネット上で簡単に検索できるWebサイトです。「高年齢者活躍企業コンテスト表彰事例(『エルダー』掲載記事)」、「雇用事例集」などの、最新の企業事例情報を検索することができます。今後も、当機構が提供する最新の企業事例情報を随時公開します。 高年齢者活躍企業事例サイト 検索 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 当機構では厚生労働省と連携のうえ、企業における「年齢にかかわりなく生涯現役でいきいきと働くことのできる」雇用事例を普及啓発し、高年齢者雇用を支援することで、生涯現役社会の実現に向けた取組みを推進していきます。 【P56-57】 BOOKS 中小企業の経営層に向けて、会社の潜在力を引き出し発揮させていく「伴走支援」とは 経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える 角野(かどの)然生(なりお)著/光文社/946円  賃上げや働き方改革など企業を取り巻く環境が激変するなか、中小企業には、自ら自社を変革させていく勇気と挑戦が必要といわれている。  本書は、元中小企業庁長官の著者が、中小企業支援活動のなかで推進し全国に広めてきた「伴走支援」の考え方を整理した一冊。  本書で述べられている「伴走支援」とは、企業経営者に対して「対話と傾聴」を通じて寄り添いながら、経営者がより本質的な経営課題に気づき、納得することにより、主体性を持って会社の自己変革に取り組み、組織が本来持っている潜在力を引き出していく支援をいう。考え方の要素は、「対話と傾聴」、「課題設定力」、「自己変革と自走」の大きく三つに集約できるという。  第1章および第2章では、伴走支援を現場で実践してきた経緯や考え方を、第3章では伴走支援の枠組みについて説明。伴走支援を取り入れた中小企業のさまざまな事例に触れながら、経営者の心が変わる過程を紹介している。  著者は、「会社の強みや潜在力を引き出し、さまざまな環境変化を乗り越えていく手段があることを知ってほしい」と記すとともに、「伴走支援を受け入れる姿勢が大切であることも訴えたい」と経営者への思いを綴っている。 社労士で産業カウンセラーの著者が、二つの目線から、やる気が出ない要因と対処法を説く こうして社員は、やる気を取り戻す 三谷(みたに)文夫(ふみお)著/ぱる出版/1540円  業績アップのためには、社員のモチベーションアップが不可欠だが、「せっかく入社した社員がやる気を失っている」、「指示待ち社員ばかり」といった職場は少なくないようだ。社員がやる気を喪失する要因は、さまざまあるだろう。  やる気を取り戻すために、会社は何をすべきか。本書は、この問いに対して、社会保険労務士で産業カウンセラーでもある著者が解説する。1テーマごとに、「事例」、「マイナス→ゼロ」、「ゼロ→プラス」という3段階で、まず、社員のやる気が出ない要因とその対処法について社会保険労務士の目線で説明してマイナスをゼロまで戻し、次に、産業カウンセラーの目線でゼロをプラスに変える方法を提案している。例えば、テレワークが禁止など働き方の選択肢が少ないという職場の事例では、「禁止」ではなく、いかに「活用」していくのかに頭を切り替え、テレワーク導入・活用に向けた環境づくりを説明(マイナス→ゼロ)。次に、テレワークで社員が「さぼる」という認識を「期待」に変えて任せてみる、そのために「信頼関係」をつくる努力も必要(ゼロ→プラス)、と説いている。  社員がやる気の出る職場づくり、離職者の少ない会社づくりのヒントが得られる一冊だ。 日本型賃金の「決め方」、「上げ方」、「支え方」とは? 制度の基本を整理し、賃上げの方策を探る 賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛 濱口(はまぐち)桂一郎(けいいちろう)著/朝日新聞出版/1045円  なぜ日本人の賃金は30年間横ばいなのだろう。また、そもそも「最低賃金制」とはどういうものなのか。今後の賃上げの行方は……。  本書は、ここ数年大きな政策課題となっている賃金の問題について、日本型賃金の仕組みを過去から紐解いて分析・検証し、賃金制度の基本をまとめた一冊。著者は、労働政策研究・研修機構の労働政策研究所長を務める濱口桂一郎氏。  冒頭の序章では、賃金制度の前提となる雇用システム論の「基礎の基礎」として、ジョブ型、メンバーシップ型の雇用契約、賃金制度、労使関係について整理。続いて、第T部から第V部までは、賃金の「決め方」、賃金の「上げ方」、賃金の「支え方」の三つの角度から、日本の賃金のあり方について解説している。第T部では、約150年間の賃金制度の推移を概観、第U部ではおもに労使交渉の歴史を、第V部では最低賃金制などについて解説している。  そして終章では、「なぜ日本の賃金は上がらないのか」という問題について、その「根深い構造」を考察し、今後の賃上げはどういう方向に向かうべきなのか、方策を検討している。  賃金にかかわる企業の担当者や賃金に関心のある人々にとって、有益な一冊といえるだろう。 年齢にかかわりなく、「睡眠は健康にとって極めて大切な時間」! 脳は眠りで大進化する 上田(うえだ)泰己(ひろき)著/文藝春秋/1078円  睡眠は謎が多い活動として、その研究は長く停滞していたそうだが、ここに来て急速に進歩し、新常識が生まれる可能性があるという。その一つが、「睡眠は人間の成長、特に脳の神経細胞の成長に必要不可欠な、極めて大切な時間である」ということ。成長は若年層にかぎらず、ヒトの無数の神経細胞は年老いても日々成長していることから、睡眠はすべての人にとって、「健康のために、何より人間の知的活動のために、極めて重要な時間」と本書の著者はいう。  本書は、生命の時間・情報の解明、睡眠の研究に取り組み、注目を集めている上田泰己氏が、これまでの睡眠研究の流れから、新しい研究と発見の詳細と技術の解説、現在取り組んでいる睡眠検診のこと、そして、睡眠研究の未来についてまで解説。むずかしい研究内容も「睡眠はアクティブな活動だった」、「脳は眠って覚えて、起きて『探す』?」などのわかりやすい文言で表現している。また、日本人の睡眠時間の短さと、睡眠が関係する病気とその実態に触れ、健康診断のメニューの一つとして睡眠を測定する「国民的睡眠検診」の必要性などを説いている。  健康寿命を延ばして生涯現役を実現するうえでも、興味深い最新情報が満載である。 運動を習慣化して、加齢変化のスピードダウンをはかろう 一生、自分の足で歩くためのらくらく1分間筋トレ 山田(やまだ)実(みのる)監修/ナツメ社/1540円  60歳以上の労働災害による死傷者数が増えるなか、事故の種類をみると「転倒」が最多となっている。転倒災害防止には、作業環境の改善が大事だが、特に高齢者の場合、転倒予防のための体づくりを行うことにも取り組みたい。  本書は、年齢を重ねてからはじめる筋トレの方法を紹介し、いつまでも元気に過ごすために、生活習慣に取り入れることをすすめている。  はじめに、簡単なテストで筋力をチェックし、筋力レベル1〜3にあわせて、筋トレを選んで実践できる内容だ。いすに座って両足を上げる体幹トレーニングや、片足立ちでバランスを取るお尻と足のトレーニングなど、いずれも1分程度でできる筋トレ法を、部位別に写真を使ってわかりやすく解説。また、筋トレがもたらすメリットや、筋トレ効果を上げる食事や睡眠に関するアドバイス、元気に食べるためのオーラルトレーニングについても取り上げている。  筋肉量は、40代を境に減少するスピードが増していくという。しかし、本書の内容の筋トレを開始し、習慣化できるようになると、加齢変化のスピードダウンを実感できるはず、ともいう。転倒による労働災害を防ぐためにも、職場で取り入れてみるのもよいのでは。 ※このコーナーで紹介する書籍の価格は、「税込価格」(消費税を含んだ価格)を表示します 【P58-59】 ニュース ファイル NEWS FILE 行政・関係団体 政府・厚生労働省 「令和6年版 過労死等防止対策白書」を公表  政府は2024(令和6)年10月11日、「令和5年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」(令和6年版 過労死等防止対策白書)を閣議決定した。  同白書は、過労死等防止対策推進法の第6条に基づき、国会に毎年報告を行う年次報告書で、今回で9回目となる。おもな内容は、以下の通り。 1.同年8月に閣議決定された「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(以下、「大綱」)の変更経緯やその内容について報告。 2.大綱に基づく調査分析として、医療従事者(医師・看護師)の精神障害の労災認定事案の分析結果、DX等先端技術担当者および芸術・芸能従事者(スタッフ)の働き方の実態等について報告。 3.長時間労働の削減やメンタルヘルス対策、国民に対する啓発、民間団体の活動に対する支援など、2023年度の取組みを中心とした労働行政機関等の施策の状況について詳細に報告。 4.2024年4月1日から時間外労働の上限規制が適用された業種等に係る企業等における長時間労働削減等の働き方改革事例やメンタルヘルス対策、ハラスメント防止対策など、過労死等防止対策のための取組事例をコラムとして紹介。 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_44199.html 厚生労働省 第14次労働災害防止計画1年目の実施状況を公表  厚生労働省は、2023(令和5)年4月から2028年3月までを期間とする第14次労働災害防止計画の1年目の実施状況を公表した。  重点対策の「高年齢労働者の労働災害防止対策の推進」についてみると、アウトプット指標「エイジフレンドリーガイドラインに基づく高年齢労働者の安全衛生確保の取組を実施する事業場の割合を2027年までに50%以上」に対して、2023年実績は19.3%(前年11.2%)となっている。  次に、アウトカム指標「増加が見込まれる60歳代以上の死傷年千人率を2027年までに男女ともその増加に歯止めをかける」に対して、2023年実績は男性3.91(前年3.90)、女性4.16(同4.04)と前年に比べて増加しており、「過去には少なかった身体機能の低下した労働者の慣れない仕事への就労が増えていることが、災害発生率の押し上げ要因になっていることが推測される」とその要因を分析している。  今後の対応について、「エイジフレンドリーガイドラインに基づく取組を実施する事業場の割合を増加させるための取組」として、◆転倒・動作の反動等による労働災害発生時の損失及び対策による効果の可視化のための調査(委託事業)を実施し、対策の必要性を周知、◆労働局・労働基準監督署から個別の中小事業場への「エイジフレンドリーガイドライン」と「エイジフレンドリー補助金」の一体的な周知、などの実施をあげている。 https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001314287.pdf ダイヤ高齢社会研究財団 仕事と介護の両立をテーマとしたシンポジウムを開催  公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団は、一般財団法人オレンジクロスとの共催で、「ストップ介護離職5−サポートを100%活かす−」と題し、2024年11月14日にシンポジウムを開催した。  第1部は、「介護をしながら働くことが当たり前の社会」をつくるための活動に最前線で取り組んでいる和氣(わき)美枝(みえ)氏による基調講演。第2部は、ダイヤ財団による「仕事と介護の両立」に関するアンケート調査結果速報。第3部では、第1部と第2部をふまえ、和氣美枝氏を含むパネリストが、仕事と介護を両立するためのサービスや支援の有効な活用策などについてのディスカッションを行った。  なお、シンポジウムの模様はオンライン配信をしており、視聴申込みをすれば無料で観ることができる。 ◆配信期間 2024年12月2日(月)〜2025年3月31日(月)期間中何度でも視聴可能 ◆プログラム【第1部】基調講演「介護離職防止対策の理解促進〜サポートを100%活かすために」和氣美枝氏(一般社団法人介護離職防止対策促進機構代表理事)、【第2部】三菱グループ社員対象「仕事と介護の両立」アンケート調査速報等 安順姫(あんじょんき)氏(ダイヤ財団)、【第3部】パネルディスカッションパネリスト:桑山(くわやま)裕衣(ひろえ)氏(明治安田生命保険相互会社)、藤井(ふじい)敏美(としみ)氏(ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社)、沼田(ぬまた)裕樹(ひろき)氏(町田市ケアマネジャー連絡会)、和氣美枝氏 コーディネーター:佐々木(ささき晶世(あきよ)氏(ダイヤ財団) ◆申込み シンポジウム・セミナー申込みフォームから https://dia.or.jp/disperse/event/ 当機構(JEED)から 「生涯現役社会の実現に向けた地域ワークショップ」を開催  JEEDでは「高年齢者就業支援月間」である10月、各都道府県支部が中心となって「生涯現役社会の実現に向けた地域ワークショップ」を開催した(一部は11月に開催)。地域ワークショップは、高齢者雇用に関心のある事業主や人事担当者を対象に、学識経験者の基調講演、ならびに高齢者雇用に先進的な企業の事例発表で構成され、各地域の実情をふまえた実践的な情報を提供している。  今回は2024(令和6)年10月24日(木)にJEEDの奈良支部が主催した地域ワークショップ「高齢社員に力を発揮してもらうために〜人事制度『賃金と評価』」の模様をレポートする。  開会のあいさつに続き、奈良県内における高齢者雇用の概要について、奈良労働局職業安定部職業対策課の野澤(のざわ)俊雄(としお)さんが報告。「県内企業の65歳以上の就業率が全国平均を上回っている。要因として年金の繰下げ受給希望者が増えたことなどが考えられる」と指摘し、JEEDが支援する65歳以上の雇用推進のための助成金制度、および70歳雇用推進プランナーによる相談助言活動の活用を呼びかけた。  続いて、愛知学院大学経営学部の関(せき)千里(ちさと)教授が登壇し、「高齢社員に力を発揮してもらうために」をテーマに、企業の実例を交えて講演。生涯現役を目ざした高齢者雇用制度の好事例をあげ、「健康でやる気があり、自分の得意分野が明確で、職場の理解と支援がある場合は年齢に関係なく働き続けられる。各世代の持ち味を活かせている点も大きい」と指摘した。また、ジョブクラフティング※の手法を紹介し、高齢者自身が能動的にモチベーションを向上させ、仕事に対する意義を見出すよう、企業がうながせるとよいとアドバイスを送った。  休憩をはさんで、企業の事例発表が行われ、五條運輸(ごじょううんゆ)株式会社の松尾(まつお)和彦(かずひこ)取締役総務部部長が登壇した。同社は1970(昭和45)年奈良県五條市で創業し、ここ15年間の業域拡大により社員数が15人から150人へと大幅に増員した成長著しい地元企業だ。地場の運送・倉庫管理事業から、通販物流事業、物流アウトソーシング事業に新規参入し、業務拡張にともない人材確保のために高齢者を多く採用。2017(平成29)年に定年制を廃止し、短日・短時間勤務を可能にして高齢社員のニーズに柔軟に対応しており、「高齢社員が持つ可能性を、適材適所で発揮してもらえていることは当社の財産。高齢社員の力が安定経営には必要で、年齢・経験を問わず、責任ある仕事に就いてもらい、任せて経験を積んでもらうという人材育成を今後も進めていきたい」と方針を示した。  続いて、70歳雇用推進プランナーの北場(きたば)好美(よしみ)さんをコーディネーターに、五條運輸の松尾総務部部長と関教授がパネリストとして登壇しパネルディスカッションを実施。五條運輸の取組みとその成果をふまえ、松尾総務部部長に質問が投げかけられた。北場プランナーが定年後の給与水準と継続雇用の条件について質問すると、「基本的な給与水準は変わらないが、状況に応じて面談を行い、本人の希望と実態に合わせて対処している」と応じ、関教授からは、高齢社員が職場に与える影響について質問があり、「豊かな人生経験から生じる意見が新たな視点を提供している。年齢の壁を越えて意見を出し合う環境が整っている」と回答した。  関教授は同社の取組みを「経営陣や人事の役割として個人と組織の志をすり合わせ、ビジョンや価値を明確にして社員が働きやすい環境を整備している」と述べ、北場プランナーは「『よい会社は自分がつくる』という思いで一人ひとりが取り組んできた結果、だれもが幸せになれる会社づくりにつながっている」と評価した。  最後に、公益財団法人産業雇用安定センター奈良事務所所長の祝(いわい)雅則(まさのり)さんが登壇し、キャリア人材バンクの概要を説明。経験豊富な60歳以上の人材は働く意欲と能力があり、近年再就職数が増加していると推移データを示し、キャリア人材の再就職支援を誓った。  開演中、資料を手に取り熱心に目を通す参加者の姿が見られ、地域ワークショップは熱気冷めやらぬまま閉会した。 ※ジョブクラフティング……働く人が自ら仕事に対する認知や行動を変えることで、やりがいを感じない仕事をやりがいのあるものへと変える手法 写真のキャプション 奈良県での「地域ワークショップ」の様子 【P60】 次号予告 2月号 特集 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム〜開催レポートT〜 リーダーズトーク 竹岡由紀子さん(株式会社トリドールホールディングス 人事部長) JEEDメールマガジン 好評配信中! 詳しくは JEED メルマガ 検索 ※カメラで読み取ったリンク先がhttps://www.jeed.go.jp/general/merumaga/index.htmlであることを確認のうえアクセスしてください。 お知らせ 本誌を購入するには 定期購読のほか、1冊からのご購入も受けつけています。 ◆お電話、FAXでのお申込み 株式会社労働調査会までご連絡ください。 電話03-3915-6415 FAX 03-3915-9041 ◆インターネットでのお申込み @定期購読を希望される方  雑誌のオンライン書店「富士山マガジンサービス」でご購入いただけます。 富士山マガジンサービス 検索 A1冊からのご購入を希望される方  Amazon.co.jpでご購入いただけます。 編集アドバイザー(五十音順) 池田誠一……日本放送協会解説委員室解説委員 猪熊律子……読売新聞編集委員 上野隆幸……松本大学人間健康学部教授 大木栄一……玉川大学経営学部教授 大嶋江都子……株式会社前川製作所 コーポレート本部総務部門 金沢春康……一般社団法人 100年ライフデザイン・ラボ代表理事 佐久間一浩……全国中小企業団体中央会事務局次長 丸山美幸……社会保険労務士 森田喜子……TIS株式会社人事本部人事部 山ア京子……立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授、日本人材マネジメント協会理事長 編集後記 ●新年あけましておめでとうございます。本年も読者のみなさまのお役に立てるような情報発信に努めてまいります。引き続きご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。 ●2025(令和7)年最初の特集は「65歳以降も働ける職場のつくり方」をお届けしました。改正高年齢者雇用安定法の施行から約4年が経過しましたが、70歳までの就業確保措置を実施した企業は、まだまだ少ないのが現状です。高齢者の場合、自身の健康問題や家族の介護、地域・社会活動への参画などにより、加齢とともにそれぞれ抱える事情も多様化するといわれています。そのなかで、65歳以降も働ける環境を整備していくためには、業務内容や役割の見直し、柔軟な勤務制度の整備などとともに、いかにモチベーション高く働ける仕組みを整えるかも重要となります。  ぜひ本企画を参考にしていただき、65歳超の雇 用の推進に取り組んでいただければ幸いです。 ●令和7年度高年齢者活躍企業コンテストへ、多くのみなさまからのご応募をお待ちしています。 読者アンケートにご協力をお願いします! よりよい誌面づくりのため、みなさまの声をお聞かせください。 回答はこちらから 公式X(旧Twitter)はこちら! 最新号発行のお知らせやコーナー紹介などをお届けします。 @JEED_elder 月刊エルダー1月号 No.542 ●発行日−令和7年1月1日(第47巻 第1号 通巻542号) ●発行−独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 発行人−企画部長 鈴井秀彦 編集人−企画部次長 綱川香代子 〒261−8558 千葉県千葉市美浜区若葉3-1-2 TEL 043(213)6200 (企画部情報公開広報課) FAX 043(213)6556 ホームページURL https://www.jeed.go.jp メールアドレス elder@jeed.go.jp ●発売元 労働調査会 〒170−0004 東京都豊島区北大塚2-4-5 TEL 03(3915)6401 FAX 03(3918 )8618 ISBN978-4-86788-044-9 *本誌に掲載した論文等で意見にわたる部分は、それぞれ筆者の個人的見解であることをお断りします。 (禁無断転載) 読者の声 募集! 高齢で働く人の体験、企業で人事を担当しており積極的に高齢者を採用している方の体験、エルダーの活用方法に関するエピソードなどを募集します。文字量は400字〜1000字程度。また、本誌についてのご意見もお待ちしています。左記宛てFAX、メールなどでお寄せください 【P61-63】 技を支える vol.347 肉本来の味を大事にしたハム・ソーセージづくり 食肉加工 中山(なかやま)一郎(いちろう)さん(76歳) 「いまは何でも全自動で簡単にできてしまうが、それではつまらない。試行錯誤を積み重ねることに、ものづくりのおもしろさがある」 世界最高峰のコンテストで日本人初の金メダルを獲得  1987(昭和62)年、横浜市青葉区で手づくりハム・ソーセージの専門店「シュタットシンケン」を創業した中山一郎さん。食肉加工の高い技能を有し、1999(平成11)年には、世界最高峰といわれるドイツの食肉加工品コンテスト「SUFFA(ズーファ)」の3部門で日本人初の金メダルを獲得した。本場ドイツ製法のハム・ソーセージの普及に努めるとともに、国家技能検定委員や厚生労働省認定の「ものづくりマイスター」として若手技能者の育成にも貢献し、これまで「横浜マイスター」、「現代の名工」、「黄綬褒章」など数々の表彰を受けている。 品質・味を一定に保つために独自の方法を考案  ハム・ソーセージづくりでは、季節などに左右されず、つねに一定の品質を保つことがむずかしいという。「ドイツで何十年も経験を積んだ職人でも、4年に一度でも同じ味が出せればよいほうだといわれています。添加物を目一杯入れてつくれば別ですが、手づくりでつねに同じ品質や味を保つのは、それほどむずかしいのです」  季節による違いがあらわれやすいのが、ソーセージの生地を練ったりほかの材料と混ぜ合わせたりする「カッティング」の工程だ。カッティングには、刃と皿がそれぞれ回転する「カッター」と呼ばれる機械を使う。一般にカッティングでは、生地の温度をみて14℃を超えないように調整する。14℃を超えると肉が分離してしまうためだ。しかし、その方法だと温度の上がりやすい夏場は練りが少なく、逆に冬場は温度が上がらない分、練りすぎて肉の味がしなくなってしまう。  そこで中山さんは、温度に左右されずにすむよう、刃の回転と皿の回転を考慮したカッティングの計算式を考案。ソーセージの種類ごとに最適なカット数を決めることで、夏場も冬場も一定の品質を保つことに成功した。  また、肉本来の味や食感を大事にするため、添加物をなるべく使わないことにこだわっている。  「添加物をできるだけ少なくするため、塩漬け期間を長く取るようにしています。当店でも微量の添加物は使用しますが、その量はごくわずかです」 子どものころ抱いた夢を実現 身につけた技能を後進に伝える  食肉加工の道を志したのは小学校2年生のとき。食肉卸業を営む父が買ってきたソーセージの味に感動し、「いつかこの味を超える、世界に一つのソーセージをつくりたい」と思ったのがきっかけだった。  18歳で家業に就くと、屠殺(とさつ)から解体、精肉まで一通りの技術を習得。肉を見ただけで、どのような加工に向いているかを見きわめる能力も、卸業を通じて身につけた。  そんななか、ハム・ソーセージづくりの名人の存在を知って弟子入りし、5年間、研鑽を積んだ。名人のお墨つきを得て店を始めたものの、当初は製品が売れず、閉店後に近所を回ってチラシを投函した時期もあった。やがて、「あそこのソーセージはおいしい」という評判が口コミで広がり、3年ほどで店は軌道に乗るようになった。  現在は本店を息子に任せ、市街地から離れた場所に自身の店である緑山店を開いた。  「親が一から十まで指示すると子どもは育ちません。ですから、一通りのことを教えたら、あとは本人に任せ、親は引っ込んで口を出さない。それが子どもを育てる秘訣かな」  店舗運営のかたわら、地域のイベントに積極的に出店したり、子どもから大人までを対象としたソーセージ教室を開催したり、子どもたちに正しい食肉加工の知識を教える活動にも力を注ぐ。  「安心安全でおいしいソーセージやそのつくり方を、もっと多くの人に知ってもらいたい」と中山さん。人とのふれあいを楽しみながら、おいしいものづくりに励む、充実した毎日を過ごしている。 株式会社シュタットシンケン青葉台本店 TEL:045(981)5584 緑山店(マイスターの工房) TEL:045(511)7876 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション ソーセージの腸詰め作業。練ったばかりの生地を腸に充てんした後、均等な長さでひねって成形していく 店名の「Stadt Schinken」はドイツ語で「街のハム屋さん」という意味。緑山店は、市街地から離れた場所にある隠れ家的な工房兼店舗だ 店内に飾られている、中山さんの知人が描いたシュタットシンケン緑山店の外観。黄色い壁が目印 ソーセージの生地を腸詰めする際は、指先で腸の伸び具合を確認、調整しながら詰めていく ロースハムやボンレスハム、ベーコンなどは、塩漬けに3週間かけて、じっくり熟成させる ソーセージの生地。この日つくっていたのは、人気の「だだちゃ豆フランク」。このほかにも、地元産の野菜を使ったソーセージなど、さまざまな製品を開発してきた 開発に最も苦労したという白カビサラミ。カマンベールチーズと同じ白カビ菌を使用。徹底した湿度・温度管理が必要で、失敗を何度もくり返し、製品化まで3年をかけた 白カビがきれいについた白カビサラミ。この後、湿度70%、温度12℃で1カ月熟成させる 【P64】 イキイキ働くための脳力アップトレーニング!  今回は古典的ともいえるマッチ棒パズルです。古典的ではありますが、立派なワーキングメモリトレーニングです。頭の中であれこれ試行錯誤し、年齢とともに衰えやすいワーキングメモリの力を鍛えましょう。 第91回 マッチ棒パズル マッチ棒を2本動かして、計算式を成立させましょう。 数字を形づくるマッチのみを移動できます。 目標10分 0〜9はこのようにあらわす @ 35−8=20 A 27+25=30 B 12/8=6 脳トレでは成績のよしあしとは関係ない  脳の活動を調べると、慣れないことに挑戦したときや苦労しているときに、ワーキングメモリにかかわる脳の前頭前野という部分が強く活性化します。  しかし、その頭の使い方に慣れてくると鎮静化していき、脳活性にはつながらなくなってしまいます。毎日、習慣的になった活動をしているだけでは、脳は鍛えられないということです。  そこで、今回のような、非日常的な刺激となる脳トレ問題が有効なのです。ワーキングメモリは、脳トレを行った分だけ機能強化につながります。また、脳トレでは、成績のよい悪いは関係ありません。むしろ悪いほうがトレーニングのしがいがあるといえます。ふだん使わない脳を活性化するには、苦手なことや、面倒だと思うことをするほうが刺激になるからです。  脳に負担をかける、トライすることが大切なので、前向きにクイズに取り組んで、頭をしっかり使いましょう。 篠原菊紀(しのはら・きくのり) 1960(昭和35)年、長野県生まれ。公立諏訪東京理科大学医療介護健康工学部門長。健康教育、脳科学が専門。脳計測器多チャンネルNIRSを使って、脳活動を調べている。『中高年のための脳トレーニング』(NHK出版)など著書多数。 【問題の答え】 @ 29−9=20 A 27+23=50 B 18/3=6 【P65】 ホームページはこちら (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部高齢・障害者業務課 所在地等一覧  JEEDでは、各都道府県支部高齢・障害者業務課等において高齢者・障害者の雇用支援のための業務(相談・援助、給付金・助成金の支給、障害者雇用納付金制度に基づく申告・申請の受付、啓発等)を実施しています。 2025年1月1日現在 名称 所在地 電話番号(代表) 北海道支部高齢・障害者業務課 〒063-0804 札幌市西区二十四軒4条1-4-1 北海道職業能力開発促進センター内 011-622-3351 青森支部高齢・障害者業務課 〒030-0822 青森市中央3-20-2 青森職業能力開発促進センター内 017-721-2125 岩手支部高齢・障害者業務課 〒020-0024 盛岡市菜園1-12-18 盛岡菜園センタービル3階 019-654-2081 宮城支部高齢・障害者業務課 〒985-8550 多賀城市明月2-2-1 宮城職業能力開発促進センター内 022-361-6288 秋田支部高齢・障害者業務課 〒010-0101 潟上市天王字上北野4-143 秋田職業能力開発促進センター内 018-872-1801 山形支部高齢・障害者業務課 〒990-2161 山形市漆山1954 山形職業能力開発促進センター内 023-674-9567 福島支部高齢・障害者業務課 〒960-8054 福島市三河北町7-14 福島職業能力開発促進センター内 024-526-1510 茨城支部高齢・障害者業務課 〒310-0803 水戸市城南1-4-7 第5プリンスビル5階 029-300-1215 栃木支部高齢・障害者業務課 〒320-0072 宇都宮市若草1-4-23 栃木職業能力開発促進センター内 028-650-6226 群馬支部高齢・障害者業務課 〒379-2154 前橋市天川大島町130-1 ハローワーク前橋3階 027-287-1511 埼玉支部高齢・障害者業務課 〒336-0931 さいたま市緑区原山2-18-8 埼玉職業能力開発促進センター内 048-813-1112 千葉支部高齢・障害者業務課 〒263-0004 千葉市稲毛区六方町274 千葉職業能力開発促進センター内 043-304-7730 東京支部高齢・障害者業務課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2794 東京支部高齢・障害者窓口サービス課 〒130-0022 墨田区江東橋2-19-12 ハローワーク墨田5階 03-5638-2284 神奈川支部高齢・障害者業務課 〒241-0824 横浜市旭区南希望が丘78 関東職業能力開発促進センター内 045-360-6010 新潟支部高齢・障害者業務課 〒951-8061 新潟市中央区西堀通6-866 NEXT21ビル12階 025-226-6011 富山支部高齢・障害者業務課 〒933-0982 高岡市八ケ55 富山職業能力開発促進センター内 0766-26-1881 石川支部高齢・障害者業務課 〒920-0352 金沢市観音堂町へ1 石川職業能力開発促進センター内 076-267-6001 福井支部高齢・障害者業務課 〒915-0853 越前市行松町25-10 福井職業能力開発促進センター内 0778-23-1021 山梨支部高齢・障害者業務課 〒400-0854 甲府市中小河原町403-1 山梨職業能力開発促進センター内 055-242-3723 長野支部高齢・障害者業務課 〒381-0043 長野市吉田4-25-12 長野職業能力開発促進センター内 026-258-6001 岐阜支部高齢・障害者業務課 〒500-8842 岐阜市金町5-25 G-frontU7階 058-265-5823 静岡支部高齢・障害者業務課 〒422-8033 静岡市駿河区登呂3-1-35 静岡職業能力開発促進センター内 054-280-3622 愛知支部高齢・障害者業務課 〒460-0003 名古屋市中区錦1-10-1 MIテラス名古屋伏見4階 052-218-3385 三重支部高齢・障害者業務課 〒514-0002 津市島崎町327-1 ハローワーク津2階 059-213-9255 滋賀支部高齢・障害者業務課 〒520-0856 大津市光が丘町3-13 滋賀職業能力開発促進センター内 077-537-1214 京都支部高齢・障害者業務課 〒617-0843 長岡京市友岡1-2-1 京都職業能力開発促進センター内 075-951-7481 大阪支部高齢・障害者業務課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0782 大阪支部高齢・障害者窓口サービス課 〒566-0022 摂津市三島1-2-1 関西職業能力開発促進センター内 06-7664-0722 兵庫支部高齢・障害者業務課 〒661-0045 尼崎市武庫豊町3-1-50 兵庫職業能力開発促進センター内 06-6431-8201 奈良支部高齢・障害者業務課 〒634-0033 橿原市城殿町433 奈良職業能力開発促進センター内 0744-22-5232 和歌山支部高齢・障害者業務課 〒640-8483 和歌山市園部1276 和歌山職業能力開発促進センター内 073-462-6900 鳥取支部高齢・障害者業務課 〒689-1112 鳥取市若葉台南7-1-11 鳥取職業能力開発促進センター内 0857-52-8803 島根支部高齢・障害者業務課 〒690-0001 松江市東朝日町267 島根職業能力開発促進センター内 0852-60-1677 岡山支部高齢・障害者業務課 〒700-0951 岡山市北区田中580 岡山職業能力開発促進センター内 086-241-0166 広島支部高齢・障害者業務課 〒730-0825 広島市中区光南5-2-65 広島職業能力開発促進センター内 082-545-7150 山口支部高齢・障害者業務課 〒753-0861 山口市矢原1284-1 山口職業能力開発促進センター内 083-995-2050 徳島支部高齢・障害者業務課 〒770-0823 徳島市出来島本町1-5 ハローワーク徳島5階 088-611-2388 香川支部高齢・障害者業務課 〒761-8063 高松市花ノ宮町2-4-3 香川職業能力開発促進センター内 087-814-3791 愛媛支部高齢・障害者業務課 〒791-8044 松山市西垣生町2184 愛媛職業能力開発促進センター内 089-905-6780 高知支部高齢・障害者業務課 〒781-8010 高知市桟橋通4-15-68 高知職業能力開発促進センター内 088-837-1160 福岡支部高齢・障害者業務課 〒810-0042 福岡市中央区赤坂1-10-17 しんくみ赤坂ビル6階 092-718-1310 佐賀支部高齢・障害者業務課 〒849-0911 佐賀市兵庫町若宮1042-2 佐賀職業能力開発促進センター内 0952-37-9117 長崎支部高齢・障害者業務課 〒854-0062 諫早市小船越町1113 長崎職業能力開発促進センター内 0957-35-4721 熊本支部高齢・障害者業務課 〒861-1102 合志市須屋2505-3 熊本職業能力開発促進センター内 096-249-1888 大分支部高齢・障害者業務課 〒870-0131 大分市皆春1483-1 大分職業能力開発促進センター内 097-522-7255 宮崎支部高齢・障害者業務課 〒880-0916 宮崎市大字恒久4241 宮崎職業能力開発促進センター内 0985-51-1556 鹿児島支部高齢・障害者業務課 〒890-0068 鹿児島市東郡元町14-3 鹿児島職業能力開発促進センター内 099-813-0132 沖縄支部高齢・障害者業務課 〒900-0006 那覇市おもろまち1-3-25 沖縄職業総合庁舎4階 098-941-3301 【裏表紙】 定価503円(本体458円+税) 令和7年度 高年齢者活躍企業コンテスト 〜生涯現役社会の実現に向けて〜 ご応募お待ちしています 高年齢者がいきいきと働くことのできる創意工夫の事例を募集します 主催 厚生労働省、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)  高年齢者活躍企業コンテストでは、高年齢者が長い職業人生の中でつちかってきた知識や経験を職場等で有効に活かすため、企業等が行った創意工夫の事例を広く募集・収集し、優秀事例について表彰を行っています。  優秀企業等の改善事例と実際に働く高年齢者の働き方を社会に広く周知することにより、企業等における雇用・就業機会の確保等の環境整備を図り、生涯現役社会の実現に向けた気運を醸成することを目的としています。  高年齢者がいきいきと働くことができる創意工夫の事例について多数のご応募をお待ちしています。 取組内容 募集する創意工夫の事例の具体的な例示として、以下の取組内 容を参考にしてください。 1.高年齢者の活躍のための制度面の改善 2.高年齢者の意欲・能力の維持向上のための取組 3.高年齢者が働きつづけられるための作業環境や作業の改善、健康管理、安全衛生、福利厚生の取組 主な応募資格 1.原則として、企業単位の応募とします。グループ企業単位での応募は不可とします。また、就業規則を定めている企業に限ります。 2.応募時点において、労働関係法令に関し重大な違反がないこととします。 3.高年齢者が65歳以上になっても働ける制度等を導入し、高年齢者が持つ知識や経験を十分に活かして、いきいきと働くことができる環境となる創意工夫がなされていることとします。 4.応募時点前の各応募企業等における事業年度において、平均した1カ月あたりの時間外労働時間が60時間以上である労働者がいないこととします。 各賞 【厚生労働大臣表彰】 最優秀賞 1編 優秀賞 2編 特別賞 3編 【独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構理事長表彰】 優秀賞 若干編 特別賞 若干編 クリエイティブ賞 若干編 ※上記は予定であり、各審査を経て入賞の有無・入賞編数などが決定されます。 応募締切日 令和7年2月28日(金) お問合せ先 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 各都道府県支部 高齢・障害者業務課 ※連絡先は65 ページをご覧ください。 2025 1 令和7年1月1日発行(毎月1回1日発行) 第47巻第1号通巻542号 〈発行〉 独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED) 〈発売元〉労働調査会