Leaders Talk リーダーズトーク No.116 定年後の再雇用制度を刷新 役割と業務に応じた3コースを用意 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社 執行役員 経営企画グループ 人事総務本部 本部長 奥村弘幸さん おくむら・ひろゆき 1991(平成3)年、伊藤忠テクノサイエンス株式会社(現・伊藤忠テクノソリューションズ株式会社)に入社。その後、金融システム企画統括部長、経営管理・IR部長、広報部長、広報・サステナビリティ推進室長を経て、2024(令和6)年より現職。  国内有数の大手システムインテグレーター、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(略称「CTC」)。同社では2024(令和6)年4月、新たな定年後再雇用制度である「嘱託再雇用制度」を導入した。評価・処遇制度の見直しを図るとともに、役割・業務に応じた3コースを設置し、本人の希望や基準に応じて働き方を選択することができる。今回は、同社執行役員の奥村弘幸さんに、その新たな制度についてお話をうかがった。 さまざまな世代とシニアが協業することでイノベーションが起こることに期待 ―貴社では、2024(令和6)年4月に、定年後の再雇用制度の見直しを行い、新たに「嘱託再雇用制度」を導入されました。従来の再雇用制度との違いを含めて、制度見直しの背景と目的について教えてください。 奥村 当社で60歳定年後の再雇用制度を設けたのは2006(平成18)年ですが、それから20年近くが経過しています。当初は対象となる社員も少なく、処遇は60歳定年前の半分程度で、現役社員の補助的な業務や後進の指導・育成といった役割が期待されていました。処遇についてはその後、何度か見直しを行い、一般社員だった人は年収の約7割、管理職だった人は約6割の水準まで引き上げました。今回の制度改定はさらに改善を進め、現役社員と同様の活躍を期待する社員には、役割や評価に応じて同水準の給与を支払う、というものです。  その背景には60歳以上の社員の増加があります。当社の社員数は約5500人、定年を迎える社員は1年で70〜80人程で、毎年徐々に増えており、10年後には150〜200人になることが見込まれています。これだけ人数のインパクトがある以上、会社としても年齢に関係なく、個々の力を発揮してもらい、充実した生活を送ってほしいという思いがあります。  また、根底にダイバーシティを大切にするという当社の理念があります。ダイバーシティ基本方針に「年齢、性別、性自認や性的指向、国籍、障がいの有無等に関わらず、すべての社員を尊重し、ダイバーシティの浸透を図る」ことを掲げ、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)に積極的に取り組んでいます。IT業界は特にエンジニアの不足が深刻化していますが、加えてITの世界は新しい発想などイノベーションが非常に重要です。若手をはじめとするさまざまな世代のなかにシニアが混じり、活発な意見を交わすことで新しい発想に結びつけたいという期待もあります。  一方で、1年前の2023年度から全社員を対象とする人事処遇制度を大きく変更したことも、再雇用制度見直しの背景の一つでした。当社では、2000年初頭に年功序列型処遇制度を廃止し、年齢を問わず等級ごとに求められる役割のレベルに応じて給与を支払う役割等級制度を導入しています。さらに一歩進めて、スペシャリスト職については、等給決定の仕組みにジョブ型の要素を取り入れ、多様な役割に応じた処遇を実現するとともに、若手社員の飛び級を可能とするなど、個人の実力に応じて活躍できる制度としました。  一般社員の主任より上は、課長・部長などの「ラインマネージャー職」と「スペシャリスト職」の二つのコースに分かれ、給与はいずれも同水準です。スペシャリスト職はエンジニア、営業、職能(管理部門)ごとに4等級があり、それぞれ経営への影響度、専門性の発揮、革新性などの役割定義に基づいて毎年点数評価し、役割スコアリングで等級を決定します。また、個々人に期待する役割の内容は全社員に公開されます。自律的にキャリアを形成し、多様なプロフェッショナルを目ざして成果を出し続けてほしいという期待を込めてのことです。  この新制度の導入を機に、60歳定年後に再雇用を希望する社員についても処遇制度を見直し、定年前と同じように活躍していただけるのであれば同じ水準の給与を払うという仕組みに変更をしました。 役割・業務が異なる3コースを設置 65歳以降も勤務可能な仕組みを導入 ―「嘱託再雇用制度」では、「高度専門職」、「専任職」、「専属職」という三つのコースを設けていますね。 奥村 「高度専門職」コースは4等級に分かれ、社員のスペシャリスト職の等級に対応し、給与水準も評価軸も同じです。「専任職」コースは実務担当者として技術・専門性を活かして活躍してもらう職務であり、「専属職」コースは業務量や負荷を軽減した定型的・限定的業務、あるいは実務担当者をサポートする役割をにないます。高度専門職と専任職は社員と同じように賞与も支給されますが、専属職は賞与はありません。いずれもフルタイム勤務を原則としますが、専任職と専属職は週4日勤務も認めています。  コースは本人の希望をふまえて上長と話し合って決めますが、高度専門職については一般社員と同様の役割要件が求められます。現在、嘱託再雇用の人は約230人いますが、高度専門職が約15%、専任職が約80%、専属職が約5%の割合になっています。 ―評価制度はどうなっていますか。 奥村 行動評価と業績目標の達成度を評価するMBO評価の二つがあります。高度専門職は現役社員と同様、毎年役割スコアリングを実施し、その役割に応じた基準で評価されます。専任職と専属職は等級ごとに給与レンジを設定し、行動評価によって基本給が増減します。賞与については社員と嘱託社員は業績連動方式で支給月数が決まりますが、それにMBO評価が反映されます。高度専門職は基本的に絶対評価ですが、高度専門職の一部と専任職は相対評価となり、社員と同一の母集団で評価されるなど一体的に運用しています。 大きな制度改定をするうえで大切なのは社員の声を聞きながら柔軟に対応すること ―新制度スタート以降の社員の反応はいかがでしょうか。 奥村 スタートして1年未満なので、具体的なヒアリングはまだですが、以前の制度は定年前の6〜7割の給与水準だったので、再雇用社員に対して上司は、「仕事を依頼したくても遠慮していいにくい」という雰囲気もありました。しかし、社員と同様の処遇水準になり仕事も依頼しやすくなったという声はあるようです。また、再雇用社員の方も以前よりモチベーションが上がったという声も届いています。 ―65歳以降の働き方の仕組みはどうなっていますか。 奥村 高度専門職コースの嘱託社員については、本人が希望し、会社としても引き続き働いてほしい人は、65歳以降も同じ処遇で雇用を継続します。もともと高度専門職コースで働く社員は、再雇用社員約230人の15%程度と少ないですから、実際に65歳以降も働いている人は十数人程度です。専任職と専属職については65歳で終了となります。 ―高齢社員のさらなる活躍をうながすための取組みがあれば教えてください。 奥村 年齢ごとの節目にキャリア研修を実施していますが、57歳時にはこれまでのキャリアをふり返り、自身の経験や強みを再認識して定年後のキャリアを描き、具体的なアクションを考える研修のほか、キャリアカウンセラーによる嘱託社員の個別面談なども実施しています。  リスキリングについては、自分でテーマを選択して学べるeラーニングメニューを数多く用意しています。世間ではリスキリングが話題になっていますが、当社の社員にとってはいまに始まったことではありません。IT業界は日進月歩で技術が進化していますし、世界で一番新しい技術にキャッチアップするのが当社の強みでもあります。逆につねに学び続けなければ生きていけない世界であり、そのことは社員がもっとも自覚していると思います。 ―これから高齢者雇用に取り組む企業へのアドバイスがあればお聞かせください。 奥村 当社では、徐々に給与水準を引き上げるとともに、になう業務や期待する役割のレベルを上げてきました。会社として社員にどのような期待をしているのか、きちんとメッセージを出していくことが大切だと思います。  ダイバーシティの話もしましたが、シニアの持つ知恵やスキルを活用し、今後広がっていく高齢者マーケットでの新しいサービスの創造も期待しています。やはり人事制度の変更はコストではなく、人的資本への投資と考えるべきなのでしょう。年齢、性別を超えて、いろいろな考えや意見を出し合う土壌を構築することが、会社の成長にもつながっていくと信じています。 (インタビュー/溝上憲文 撮影/中岡泰博)