【P6】 特集 65歳以降も働ける職場のつくり方  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。しかし、令和5年「高年齢者雇用状況等報告」によると、70歳までの就業確保措置を実施ずみの企業は約3割にとどまっているという現状があります。  そこで本企画では、65歳以降の雇用・働き方をテーマに、自身の健康問題や家族の介護など、加齢とともにさまざまな事情が多様化していく65歳以降の高齢者の能力を活かし、会社に貢献してもらうための各種取組みのポイントを、企業事例を交えてご紹介します。 【P7-10】 総論 65歳以降(シニア)社員の業務・役割の創出と環境改善のポイント 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 HR第1部 コンサルタント 友野(ともの)雅樹(まさき) 1 労働力確保にはシニア活用の検討は避けては通れない  現在、多くの企業では、労働力不足が問題となっています。労働力不足に対応し安定的・継続的に業務を遂行するには、労働力を増やす、あるいは業務効率を上げる方法を採ることになります。労働力を増やすためには、新卒・経験者の積極採用やシニア社員の活用などがあげられます。業務効率を上げるためには、業務システム導入による自動化や一部業務をアウトソース(外部委託)することなどが考えられます。  労働力不足の解消のためには、前述施策のいずれか一つに集中して着手するだけでは足りず、幅広い施策を自社に適した形で実施することが重要です。今回はシニア社員、特に65歳以降の社員(以下、「シニア社員」)の活躍のために、どのような業務をになってもらうかの検討方法について考えていきます。 2 シニア社員の労働力人口比率は高まっているものの懸念点もある  シニア社員の労働力人口比率は高まっています。図表1の通り、人口に占める労働力人口を示す労働力人口比率は、「65〜69歳」、「70〜74歳」、「75歳以上」の年齢区分で直近10年間、増加し続けています。  その一方で、シニア社員の勤務にあたっては、懸念される事項もあります。身体の衰えは年齢を重ねることで発生しやすくなり、図表2の通り、約2割は階段を上ることやいすから立ち上がるといった日常的な動作に支障をきたしています。加えて、認知機能も衰えやすくなり、約1割の方が請求書の支払いや預貯金の出し入れを自力でできないといった回答をしています。  実際にシニア社員に戦力として働いてもらうには、これらの身体・認知機能の状態に寄り添った業務・役割の付与や就業環境整備が重要となります。 3 シニア社員個人の視点から見た業務の変化  シニア社員個人の視点からは、質・量の双方の視点で「@現役並み」、「A現役から一部軽減」、「B現役から大幅軽減」の3パターン程度※1を設け、これらからシニア社員自身が選べる状態が望ましいでしょう。  質の観点からいえば、部長として部のマネジメント(業績・人材管理)をになっていた方が実力を保持している場合を対象に考えます。「A現役から一部軽減」の場合、新たな部長の補佐(業績・人材管理の部分的な担当や助言)をになう形で業務を軽減する、あるいはマネジメント経験を活用でき、かつ(会社にもよりますが)、部長よりも業務負荷が小さい内部監査業務をになう、などがあげられます。「B現役から大幅軽減」の場合、プレイヤー(担当者)としての業務をになう、などがあげられます。  あわせて、業務量の観点からも調整が必要となります。こちらは、「1週間に何時間分の業務をになってもらうか」、すなわち「1週間の勤務時間をどの程度に設定するのか」を考えます。大まかに分類すると、「A現役から一部軽減」の場合は、週20〜30時間程度勤務し、「B現役から大幅軽減」の場合、週10〜20時間程度勤務するイメージとなります。  また、勤務時間だけでなく、勤務の態様という観点からも、「残業を可能なかぎりさせない」、「交代勤務の場合、夜勤を減らす」など、大きな負荷がかからないような対応が必要です。こちらは、現場に説明し理解をしてもらいながら、運用を現場に一任するだけでなく、シニア社員の配置の時点で、業務を調整しやすい部署に異動させる、夜勤がない業務を割り当てるなど、人事部からのアプローチも重要となります。 4 シニア社員に適用する業務【質の観点】  実際に会社がシニア社員に適用する業務・役割は大きく五つ程度に分けられると思われます(図表3)。一番高いレベル5は組織マネジメントや高い専門性を活用した事業推進があげられます。これらは、部長やITの技術を有しプロフェッショナルとして事業を創出していた方が実力を保持し現役同様の働きをする場合※2が想定されます。  レベル4は組織マネジメントの補佐や経営管理業務があげられます。マネジメント補佐としては、マネジメントの業務の一部代行や、組織運営の助言・補助をにないます。経営管理業務は、内部統制制度の整備など、事業全体を見渡して、健全化・効率化する業務となります。  レベル3〜1は担当者として業務をになうイメージです。そのなかでリーダーとして業務を統括するレベル3、一人前として業務を遂行するレベル2、担当者の補助、あるいは定常的な事務作業をになうレベル1に分けられます。  これらのレベルの5段階と、前項のシニア社員個人から見た質の変化(パターン)がどのように整合するかを考えます。まず、現役時に部長(組織マネジメント)をになっていたA氏を想定すると、現役並みに働く(@)場合はレベル5が当てはまります。一部業務を軽減させる(A)場合はレベル4、大幅に軽減させる(B)場合はレベル3〜1が当てはまります。  次に、現役時に担当者として業務を統括していたB氏を想定すると、現役並みに働く(@)場合はレベル3が当てはまります。一部業務を軽減させる(A)場合はレベル2、大幅に軽減させる(B)場合はレベル1が当てはまります。  同様に担当者としての業務をになっていたC氏については、現役並みに働く(@)場合はレベル2、一部業務を軽減させる(A)場合はレベル1となります。C氏の業務を大幅に軽減させる(B)場合は、業務量の観点で軽減させる対応となります。 5 シニア社員に適用する業務を創出する場合(職務開発)のポイント  前項のシニア社員に適用する業務について、新たに業務を創出することも考えられます。具体的には、業務を新設する場合と、既存業務を体系化・内製化する場合があります。  業務を新設する場合は、例えば、働き方改革推進プロジェクトなどが考えられます。既存業務を体系化・内製化する場合は、個々人の経験やノウハウを形式知化する(ナレッジマネジメント)業務や、現在は外部委託している特殊な公的資格が必要な業務の内製化があげられます。  職務開発を実施する際には、上記の枠組みに当てはまる業務をリストアップし、経営層や現場へのヒアリングで見込まれる効果や必要性を確認します。その結果をふまえて、リストアップした業務を精査します。  ここで確認が必要な点は、シニア社員の活用は労働力不足に対応するために実施している、ということです。そのため、シニア社員に適した職務をつくるために、外部委託している定常業務を内製化するなど、必要性の低い業務を創出しては本末転倒といえます(ただし、労働力が充足しているなど、目的が異なる場合はこのかぎりではありません)。 6 シニア社員に認める勤務パターン【量の観点】  業務量の観点からは、どのような勤務パターンを認めていくか、が論点となります(図表4)。現役並みに働く(@)場合は、現役の社員と同じ取扱いとします。したがって、週40時間で、1日8時間・週5日間勤務となる形が一般的と考えられます。なお、@の趣旨は、現役と同様の取扱いをすることであるため、変形労働時間制やフレックスタイム制度などを取り入れている場合は、現役社員と同様に導入したほうが理にかなっています。  現役から一部軽減(A)し、週20〜30時間勤務とする場合は、「A:1日あたりの勤務時間を減らす」、「B:1週間あたりの勤務日数を減らす」、「C:勤務時間・勤務日数の双方を減らす(AとBの両方)」の三つが考えられます。なお、これらを導入する際には、「社内の連絡窓口業務は、丸1日対応できないと業務に支障が生じる」など、業種や部署の業務特性に応じて適用可能な区分を検討します。  現役から大幅軽減(B)し、週10〜16時間の勤務とする場合は、Aと同様のA〜Cを検討します。この場合の注意点は、勤務時間が1週間に20時間未満となると社会保険の加入要件を満たさなくなるという点です(2024年12月1日現在。導入の際には法律の専門家にご確認ください)。 7 シニア社員の戦力化で競争力強化  高齢化が進む日本において、労働力に占めるシニア社員の割合は増加します。そのなかで、シニア社員を戦力化し、企業全体の労働力を増やすことは、競争力の強化につながります。足元で差し迫った人材不足の環境にない企業においても、将来を見すえた対応が重要となります。 ※1 一般的には50〜60歳の間の役職定年などにより、現役よりも業務の質を軽減することがあります。しかし、今回はより幅広にシニアの業務を考える観点から、役職定年を行わない前提としています(役職定年の導入企業においては、マネジメント経験者の「@現役並み」の選択肢を除いてご検討ください) ※2 実際には、レベル5の65歳までマネジメントや技術者として最前線で活躍する人材はきわめて珍しい存在と考えられます。しかし、近年の職務を軸とした人材マネジメントの考えに照らすと(本人が十分に活躍できる状態を確認したうえで)、年齢に関係なく役割・職務をになう枠組みを検討する余地はあると考えられます 図表1 労働力人口比率の推移 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023(年) 15〜64歳 75.4 75.9 76.8 77.6 78.9 79.7 79.7 80.1 80.6 81.1 65〜69歳 41.3 42.7 44.0 45.3 47.6 49.5 51.0 51.7 52.0 53.5 70〜74歳 24.4 25.3 25.4 27.6 30.6 32.5 33.1 33.2 33.9 34.5 75歳以上 8.2 8.4 8.7 9.0 9.8 10.3 10.5 10.6 11.0 11.5 ※「年平均」の値を活用しています。 ※「労働力人口」とは、15歳以上人口のうち、就業者と完全失業者を合わせたものを指します。 出典:総務省「労働力調査」、グラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表2 65歳以上の日常生活での活動状況 ※択一回答 (n=2,677) (イ)階段を手すりや壁をつたわらずに昇っていますか している55.4% できるが、していない21.0% できない20.5% 不明・無回答3.1% (ロ)椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか している69.7% できるが、していない11.8% できない15.6% 不明・無回答2.9% (ハ)15分位続けて歩いていますか している70.0% できるが、していない15.7% できない11.4% 不明・無回答2.9% (ニ)バスや電車、自家用車、バイク、シニアカーを使って1人で外出していますか している78.9% できるが、していない6.2% できない12.2% 不明・無回答2.7% (ホ)自分で食品・日用品の買物をしていますか している75.7% できるが、していない12.7% できない9.7% 不明・無回答2.0% (ヘ)自分で食事の用意をしていますか している65.9% できるが、していない20.0% できない12.1% 不明・無回答2.1% (ト)自分で請求書の支払いをしていますか している74.4% できるが、していない13.7% できない9.6% 不明・無回答2.2% (チ)自分で預貯金の出し入れをしていますか している75.9% できるが、していない13.4% できない8.9% 不明・無回答1.8% 出典:内閣府「令和5年度高齢社会対策総合調査」、グラフは三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表3 シニア社員に適用する業務例と業務を割り当てる社員イメージ 会社がシニア社員に適用する業務例 レベル5 ■組織マネジメント ■高度専門職 レベル4 ■組織マネジメント補佐 ■経営管理業務 レベル3 ■担当者業務の統括 レベル2 ■担当者業務の遂行  ●一人でこなすイメージ レベル1 ■担当者業務の補助者  ●指示のもとで、業務の補助を行うイメージ ■定常的な事務作業 業務を割り当てる社員イメージ A氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 パターンB 大幅軽減 B氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 パターンB 大幅軽減 C氏 パターン@ 現役並み パターンA 一部軽減 ※三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社が作成 図表4 シニア社員に割り当てる業務の量 シニア社員に認める勤務パターン パターン@ 現役並み ■勤務時間は週40時間を想定  ●8時間/日×5日 パターンA 現役から一部軽減 ■勤務時間は週20〜30時間を想定  ●4時間/日×5日(勤務時間を軽減)  ●8時間/日×3日(勤務日数を軽減)  ●6時間/日×4日(勤務時間・日数を軽減) パターンB 現役から大幅軽減 ■勤務時間は週10〜16時間を想定  ●3時間/日×5日(勤務時間を軽減)  ●8時間/日×2日(勤務日数を軽減)  ●4時間/日×3日(勤務時間・日数を軽減)  ※社会保険に加入できなくなる懸念あり ※三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社が作成 【P11-14】 解説 多様で柔軟な勤務制度導入のポイント 〜短日・短時間勤務制度等の多様で柔軟な勤務制度を導入するうえでの留意点〜 株式会社田代コンサルティング 代表 社会保険労務士 田代(たしろ)英治(えいじ) 1 はじめに  2021(令和3)年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。  企業には65歳以降も社員が働き続けることのできる制度や環境の整備が求められていますが、令和5年「高年齢者雇用状況等報告」によると、70歳までの就業確保措置を実施している企業は約3割にとどまっています。  今後さらに高齢者雇用を推進していくために、各企業において多様で柔軟な勤務制度の導入が求められており、本稿ではその留意点などを解説します。 2 多様な勤務制度の概要  65歳以降の就業を推進するために、体力の低下や病気の治療、家族の介護などさまざまな事情を抱える高齢者が働き続けられるように、下記のような多様で柔軟な勤務制度を導入することも有効だと考えられます。 (1)短日・短時間勤務制度  短日・短時間勤務制度とは、1日の所定労働時間や週または月の所定労働日数を短縮する制度です。  例えば、育児・介護休業法では、子育てや介護などを理由にフルタイムで働くことがむずかしい労働者をサポートするために、次の「短時間勤務制度」の導入を事業主に義務づけています。 @3歳になるまでの子を養育する労働者のための所定労働時間の短縮措置  1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置を含むものとする※。  その上で、例えば1日の所定労働時間を7時間とする措置や、隔日勤務等の所定労働日数を短縮する措置などをあわせて設けることも可能であり、労働者の選択肢を増やすことが望ましい。 A要介護状態にある対象家族を介護する労働者のための所定労働時間の短縮措置  次のいずれかの方法により短時間勤務制度を講じなければならないとされています。 (ア)1日の所定労働時間を短縮する制度 (イ)週又は月の所定労働時間を短縮する制度 (ウ)週又は月の所定労働日数を短縮する制度(隔日勤務や特定の曜日のみの勤務等の制度をいう) (エ)労働者が個々に勤務しない日又は時間を請求することを認める制度 (2)フレックスタイム制度  フレックスタイム制度は、一定の期間についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、労働者が日々の始業・終業時刻を自ら決めることのできる制度です。  「フレックス」は、英語の「flex=曲げる、柔軟性」に由来します。労働者は、仕事と生活の調和を図りながら効率的に働くことができます。個々人の働き方が多様化するなか、労働者の裁量により勤務時間帯を自由に決められるフレックスタイム制度に注目が集まっています。  短日・短時間勤務制度との違いは、一定期間(清算期間)にあらかじめ働く時間の総量(総労働時間)を決めたうえで、日々の出退勤時刻や働く長さを労働者が自由に決定できる点にあります。  2019(平成31)年4月から順次施行された働き方改革法案の一環として、フレックスタイム制度に関する法改正が行われ、清算期間の上限が、1カ月から3カ月に延長されました。  ただし、1カ月ごとの労働時間が週平均50時間を超えた場合は、企業は各月に割増賃金を支払う必要があるため注意が必要ですが、さらに柔軟性のある働き方が可能となりました。 (3)テレワーク  テレワークとは、英語の「tele=離れた所」と「work =働く」をあわせた造語で、自宅など会社以外の場所で情報通信機器を活用して働くことをいいます。  ICT(情報通信技術)を利用し、働く時間や場所を有効活用できる柔軟な働き方により、出産や育児、介護などライフスタイルの変化による影響を受けることなく、業務を続けることができます。  このテレワークには、大きく分けて「雇用型」と「非雇用型(自営型)」があります。 @雇用型テレワーク  業務を行う場所によって「在宅勤務」、「モバイルワーク」、「施設利用型勤務」の三つに分けられます。 (ア)在宅勤務  在宅勤務とは、言葉の通り「自宅を就業場所として働く勤務スタイル」のことです。在宅勤務の場合、子育てや介護、急な病気やけがなどでオフィスに行くことが困難な人でも仕事を続けられるため、柔軟な働き方を促進するテレワークのスタイルとして注目が集まっています。 (イ)モバイルワーク  モバイルワークとは「施設に依存せず、いつでも、どこでも仕事が可能な働き方」のことです。モバイルワークの例としては、カフェでの仕事や新幹線で移動中に作業することなどがあげられます。 (ウ)施設利用型勤務  施設利用型勤務とは「サテライトオフィス、テレワークセンター、スポットオフィスなどを就業場所とする働き方」のことです。 A非雇用型(自営型)テレワーク  注文者から委託を受け、情報通信機器を活用して主として自宅などで成果物の作成および役務の提供を行います。 3 高齢者に柔軟で多様な働き方を整備・運用する際の留意点 (1)高齢者の多様性を知る  高齢者は、年齢を重ねることで多様性が増すことを理解する必要があります。年齢を重ねても若い時分と変わらない高齢者もいますが、職務遂行能力の衰えを感じさせる人もいることを認識すべきです。  また、新しい仕事に挑戦したり、新しいことを学んだりする意欲が低下する高齢者も出てくる可能性があります。  このように働き方のニーズが多様化するのが高齢者の特徴です。高齢者のなかには年齢とともに体力が低下したり、これまでと異なる働き方を希望する人が見られたりするなど、さまざまな面で多様性があらわれます。 (2)高齢者や職場の事情や思いを知る  改正高年齢者雇用安定法による就業確保措置の対象年齢は70歳までとなり、個々の高齢者のニーズは多岐にわたることが考えられるため、労使による十分な協議を行って取り組むことが望まれます。  収入やキャリアを目的に働いている高齢者もいますが、傾向としては家計の足しとして働きたい、空いた時間を有効に使いたいという人も多く、また趣味の時間も取りたいので、ある程度プライベートの時間も確保したいという人もいます。  そこで、職場の管理者や人事担当者が多様な高齢者の一人ひとりの思いを聞いてみることも必要です。実際に、通院や家族の介護、自治会役員の活動や自身の趣味などで仕事以外にあてる時間を増やそうと考えている人もいるかもしれません。  一方、彼らの上司や同僚からも、高齢者に対する期待などを聞き、職場のニーズと高齢者のニーズを結びつけることも必要となります。 (3)高齢者に負担のかからない職場環境をつくる  高齢者をはじめ、だれもが働きやすい環境を整えることは円滑な作業が行えることにつながり、生産性の向上や利益に影響します。それには、高齢者の強みを活かし、彼らに起こりがちな弱みを補うことです。  高齢者の通勤負担軽減のためには、テレワーク(在宅勤務など)やフレックスタイム制度、時差出勤なども有効な手段です。また、高齢者は身体能力・体力ともに低めであることから、長時間労働や連続勤務を避けるなど、無理のない勤務制度とすることも大切です。これまで以上に一人ひとりに有効な勤務制度を考えていくことが求められます。 4 高齢者に向けた短日・短時間勤務制度導入の留意点  70歳までの就業機会の確保を進めるためには、高齢者の多様性を考慮して、安全・健康対策を講じて労働災害を防止しつつ、彼らの事情やニーズをふまえて柔軟に働ける勤務制度を導入することが求められます。  なかでも、高齢者の働きやすさの観点から有効と考えられる「短日・短時間勤務制度」の導入を検討する際の留意点等について、解説します。 (1)短日・短時間勤務制度の内容の整理  短日・短時間勤務制度には、以下のような種類があります。まず、高齢者に導入する場合、これらのいずれをベースとするのかを検討する必要があります。 @短時間勤務制度 (ア)1日の所定労働時間を短縮する制度  例:1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置(その上で、1日の所定労働時間を5時間または7時間とする措置)など (イ)週または月の所定労働時間を短縮する制度  例:1週間のうち所定労働時間を短縮する曜日を固定する措置 A短日勤務制度 (ウ)週または月の所定労働日数を短縮する制度(隔日勤務や特定の曜日のみの勤務等の制度をいう)  例:週休3日とする措置 B柔軟な勤務時間を認める制度 (エ)労働者が個々に勤務しない日または時間を請求することを認める制度  会社の事情を考慮しつつも、先述のような高齢者の特性をふまえると、「B柔軟な勤務時間を認める制度」をベースにするのが望ましいと考えられます。 (2)多様性に応じた短時間勤務制度のメニューを用意する  働き方のニーズが多様化するのが高齢者の特徴です。  短日・短時間勤務制度などフルタイム勤務以外の選択肢を提供する場合、単にパートタイムの働き方を用意するのではなく、午前や午後だけの勤務、週前半・後半の勤務など、勤務形態メニューを複数用意し、充実させるほうが効果的に運用できます。  また、高齢者のなかには早朝や夜間の勤務を希望する人もいるため、たくさんの勤務シフトを用意して選択してもらう制度とするのも有効です。このような多様な勤務形態は、子育て中の社員が高齢者に仕事を引き継いで退社時刻を早められるなど働き方改革にもなります。  さらに、高齢者の健康管理体制も構築していく必要があります。高齢者が元気に見えても、潜在的なリスクが隠れている可能性があります。健康診断の事後措置で就業上の配慮を確実に行い、勤務日数・時間やシフト表の反映などを柔軟に行っていくことが大切です。 (3)短時間シフト勤務制度の導入を検討する  高齢者には、短時間のシフト勤務制度が適しています。特に、業務量に繁閑の差があるような業種では、シフト勤務制度を導入して高齢者を雇用することで、人員の調整がしやすくなります。  実際に、短時間勤務制度を導入し、休憩時間も見直したところ、高齢者や子育て世代を取り込むことに成功した事例(青果卸売業A社、従業員数15人)もあります。 【A社の短時間シフト勤務制度】 ◯高齢者は仕事以外の時間を大切にする人が多い傾向にあるため、最低2時間(週20時間以上)の勤務を可能とし、始業時刻も希望に応じ、朝5時から15時までの選択制とした。 ◯集中力を維持してもらうため、休憩時間を2時間ごとに15分単位で取得できるようにした。  A社では、冬や夏の時期に応じて業務量の差が大きいため、季節ごとの人員調整を行う必要がありました。その対策として短時間勤務制度等の導入により、高齢者も働きやすい環境整備に取り組んだ結果、高齢者や子育て世代からの応募が増加し、人手不足解消につながり、作業の区切りを「2時間単位」としたことが、体力や集中力のバランスもよく、従業員全体の成果量、作業精度も向上したとのことです。  シフト管理者は、ほかのスタッフと勤務時間や勤務日数を均等にするのではなく、高齢者の勤務時間・日数の希望が少なくてもできるかぎり受け入れ、長時間労働を避けるようにしましょう。長時間労働を避けることで、体力的な負荷も少なくなり、集中力を維持しやすいため高齢者でも継続的に働くことができます。  人手不足の状況が続くなかで、「いつまでも働きたい」、「社会に貢献したい」と考える高齢者の存在は、ビジネスにおいて大きなサポートとなるでしょう。ただし、高齢者をシフト勤務などで活用するためには、「時短勤務がメインで、なるべく要望を満たす」ことで、働きやすい職場に向けた環境整備が必要となります。 ※育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律施行規則第74条第1項 【P15-18】 事例1 多様な人財の活躍促進の一環として65歳以降の職員の働きやすさを拡充 京都中央信用金庫(京都府京都市) 人的資本経営の考え方を最重視して人事制度の改定に取り組む  京都中央信用金庫(京都府京都市)は、京都市中央卸売市場において1940(昭和15)年に設立した「京都市中央市場信用組合」を前身とし、戦中戦後の混乱を乗り越えて1951年に組織をあらため、京都中央信用金庫となった。「地域のための金融機関」として、京都府を中心に滋賀県、大阪府、奈良県に135店舗(2024〈令和6〉年3月末現在)を展開。地域に密着した店舗ネットワークを強みとして質の高い金融サービスの提供に努め、預金量、貸出金量ともに全国トップクラスの実績を誇る信用金庫に成長した。現在、「ON YOUR SIDE一緒がうれしい」をスローガンに、多方面から地域の発展に貢献し、そのための人財育成に注力している。  社是の一つに「有為な人材の開発育成に積極的に取り組む」を掲げ、新入職員には2年間の教育プログラムを用意しており、その後もステップアップに向けて、職能・職位に合わせた研修を実施している。また、意欲ある職員が受験できる昇進・昇格の資格試験制度を整え、管理職への挑戦をサポートするなど、職員が希望するキャリアを実現するための支援に力を入れている。  さらに、人材=人財を資本ととらえ、企業価値の向上を目ざす人的資本経営の高度化と職員エンゲージメントの向上に向けて、2023年から積極的に人事制度の改定に取り組んでおり、その一環として、意欲ある職員が年齢にかかわりなく活躍できる職場環境の整備を進めてきた。  同金庫の職員数(パート含む)は、2688人(2024年11月時点)。60歳以上は266人で、全体に占める割合は、9.90%。年齢層の内訳は、60〜64歳が204人(全体の7.59%)、65〜69歳が60人(同2.23%)、70歳以上が2人(同0.07%)である。70歳以降も意欲や能力を勘案し、少人数ではあるが雇用を継続している実績があり、現在の最高年齢者である76歳の職員は、知識とスキル、経験を活かして融資業務を担当している。  同金庫では、50代など中堅以上の年齢層が比較的少ないため、高齢になっても長く働き続けることができる環境整備が大事になっているという。 シニア人財の活躍を促進するため55歳以上の職員の賃金・処遇体系を改定  同金庫における、意欲ある職員が年齢に関係なく活躍できる環境整備の取組みは、高年齢者雇用安定法の改正に合わせて行われてきた。まず2006(平成18)年4月に「定年60歳、一定の基準を満たす職員を65歳まで再雇用する」定年後再雇用制度を導入した。その後、65歳以降も働きたいという要望があったことや、優秀で経験豊富な職員が引き続き働くことができる制度の整備として、2008年10月から「本人が希望し、一定の基準を満たす職員を70歳まで再雇用する」非常勤嘱託職員制度を導入。早くから意欲ある職員が70歳まで働くことができる環境を整備してきた。2013年4月には、65歳までの定年後再雇用制度を「希望者全員」に拡充した。  さらに直近の改定では、2023年4月より、年功的要素の強い55歳未満の「年齢給」を廃止し、成長や能力をより重視した賃金・処遇体系に変更すると同時に、シニア人財の活躍を促進するため、55歳以上の職員の賃金・処遇体系の改定に取り組み、「65歳まで、55歳到達前の職位・賃金が継続される」制度へあらためた。この改定に連動して、同年11月から「65歳以降の職員の勤務形態の拡充」を実施。また、2024年10月に、「定年年齢を60歳から65歳」に引き上げた。  直近の55歳以上の賃金・処遇体系の改定、および65歳以降の勤務形態の拡充、65歳への定年年齢引上げの背景について、人事総務部の松村(まつむら)博幸(ひろゆき)部長は次のように説明する。  「人口減少と少子高齢化が進んでいることから、将来を見すえてということもありますし、業容の拡大にともなう人財の拡充や人的資本経営の考え方があります。そして、健康年齢が上がっているなか、優秀で経験豊かなシニア人財を含めて、職員が年齢にかかわらず、高いモチベーションをもって安心して働くことができる環境を整えるために改定しました」  改定以前は、55歳到達時、および60歳定年再雇用時に役職を降りることや賃金の見直しを行っていたが、その制度を廃止し、さらに定年を65歳に引き上げたことにより、現制度では入社してから65歳まで、意欲ある職員が継続して活躍できる環境が整ったという。  そのうえで、65歳以降の職員についても、これまで以上に活躍できる環境を整備している。 65歳以降の職員の勤務形態を拡充フルタイムをはじめ3種類に  以前の65歳以降の職員の働き方は、2008年10月に導入した非常勤嘱託職員制度により、短時間・短日数勤務を基本としていた。しかし、フルタイムでも働けるという職員もいれば、親の介護などのために短時間勤務を続けたいという職員もいることから、この制度を見直し、意欲ある職員が年齢に関係なく、よりいっそう活躍できる職場づくりを進め、2023年11月から65歳以降の職員の勤務形態を、次の3種類に拡充した(カッコ内は、2024年12月1日時点の職員数)。 ◆嘱託職員T(5人)  月給制でフルタイムの嘱託職員。役職に就くこともある ◆嘱託職員U(7人)  時給制で勤務日数が週4日以上の嘱託職員 ◆非常勤嘱託職員(35人)  時給制で勤務日数が週3日の嘱託職員  嘱託職員T・嘱託職員U・非常勤嘱託職員のうち、いずれの勤務形態で雇用するかは、本人の希望や意欲・能力に応じて決定することとしている。なお、65歳以降の再雇用は1年更新で、毎年面談を行い、勤務形態を決定している。  松村部長は、65 歳以降の職員に期待する役割として、「能力と経験を業務に活かしつつ、若手の育成にも期待しています。マネジメント能力には、いつの時代にも変わらないスキルが求められます。また、現場経験を積み重ねることで得られるスキルがあり、ベテラン職員ならではの持ち味があるので、若手職員の手本として、勤務を続けてほしいと考えています」と話す。 全職員が退職するまで学習できる企業内大学を2023年に設立  同金庫では、65歳以降の嘱託職員に対しても、評価に応じて昇給も可能な処遇制度を導入している。  以前から定年を迎えた職員の多くが、再雇用を希望して継続して働いているが、直近の人事・賃金制度の改定以降、その希望者は増えたという。また、定年年齢の引上げと55歳以上の賃金・処遇体系の改定により、努力次第で65歳まで途切れることなく処遇が上がる可能性もある仕組みとなったことから、中堅層の職員のモチベーションがアップしているという変化も感じられるという。  また、65歳以降も活躍をうながすための取組みとして、51歳以上の職員を対象に、キャリア開発研修を実施している。55歳以上の賃金・処遇体系の改定にともない始めた研修で、これまでのキャリアをふり返り、今後の自身の働き方、ライフプランを考えてもらう機会として、また、職員としての意識をあらためて高める機会としてもらうことを目的としたものだ。  さらに、年齢にかかわりなく受講できる多彩な研修があり、65歳以降の職員も若い職員もだれもが参加できるという。  2023年から取り組んでいる一連の人事・賃金制度の改定について、松村部長は次のように話す。  「人的資本経営の考え方に基づき、すべての世代の『人財』が、自身の成長にチャレンジし、持てる力を最大限に発揮できる職場環境の実現を目ざして取り組んだものです。人財育成やキャリアアップに向けたサポートは、以前から注力していましたが、2023年4月に全職員が学ぶことができる企業内大学を新たに設立しました」  企業内大学「京都中信コーポレートユニバーシティ(KCCU)」は、同金庫の「新たな人財育成体制」として2023年4月にスタート。全職員が入学し、退職するまで学習を続ける場として、「経営戦略と連動した体系的な学び場の提供(業務別・階層別にさまざまな研修を実施)」、「動画学習コンテンツ(8000本以上の動画を提供)」など、自律的に学習できる仕組みが構築されており、就業時間内外で受講することができる。 経験を活かし65歳以降も管理職をになう若手の成長がやりがいに  業務サポート部の沢井(さわい)伸之(のぶゆき)部長(66歳)は、65歳定年以降の「嘱託職員T」の勤務形態の職員としてフルタイム、かつ定年前の役職を継続して勤務を続けている。松村部長は、65歳以降の嘱託職員の管理職の継続について「だれもが継続できるものではない」と話す。沢井部長自身は、「管理職を続けるのは年齢的に少しきついかな」と考えたこともあるそうだが、期待されていることに感謝し、管理職を続けることを決心したそうだ。  「22歳で入職して、勤続40年を超えました。そのうち35年間は支店に勤務し、融資係など現場の業務をいろいろと経験し、うち約10年間は支店長を務めました。異動が多く、12カ所の支店で勤務した後、55歳から本部勤務となり、営業推進部の部次長を経て、約5年前から現職を務めています」(沢井部長)  現在の業務サポート部は、基本的に同金庫の非対面業務全般を担当する部門で、日中に金融機関に行くことができない人をはじめ、インターネットバンキングなどパソコンやスマートフォンのアプリを用いて同金庫を利用するお客さまへの対応やお問合せへの対応がおもな業務となっている。  「現場勤務が長いので、非対面業務は得意なほうではありませんでしたが、必要に迫られながら業務に必須なことを学び、お客さまのニーズの把握・対応に努めています。若い職員はさまざまなアイデアを持って新たな取組みに挑戦したり、研修や勉強にも積極的に取り組んでいるので、そういった職員がやりがいを持って働けるよう、私は一人ひとりとの面談などを通じて現場力を高めること、職員のモチベーションを高めて人財を活かしていくことを心がけています。いまは、若い職員が育っていくことが楽しみであり、やりがいです」(沢井部長)  現在の最高齢職員として働く76歳の嘱託職員については、「よく知っている先輩です。経験を活かして現役を続けられており、そういう道があることを示してくれています。私たちのような再雇用の職員だけではなく、中堅・若手職員にも刺激を与えてくれている存在です」とも話してくれた。  沢井部長や70代の先輩の背中を目の当たりにして、目標にしたり、助けられたり、励みになったりしている職員はきっと多いことだろう。 「人が財産」、多様な職員が働きやすくやりがいのある職場づくりを進める  同金庫では以前から、女性職員の積極的な登用や職域の拡大、育児関連制度の整備や両立支援に取り組んできた。また、直近のさまざまな制度改定では、パートタイマーの賃上げと人事制度改定にも取り組み、その一つとして、65歳以降のパートタイマーの勤務形態の拡充も実施している。  2023年11月からは、65歳定年を迎えたパート職員についても、基準を満たす場合は雇用を継続することができる制度に変更した。また、全パート職員を対象として、ライフステージに応じた両立支援の観点から、1日あたりの最低就業時間の見直しを行い、「1日3時間45分以上」から働くことが可能とするなど、より柔軟に働ける制度を導入している。  また、2024年10月には、「職員一人ひとりが互いの理解と尊重に努め、多様な人財が自身の能力を最大限発揮できる環境整備を行っていく」として、「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)宣言」を行っている。  松村部長は「金融機関は、人が財産です。人財こそがもっとも重要であると位置づけ、人に特化した改革に尽力し、現在では柔軟な働き方ができ、多様な人財が働く職場になってきました。これからも職員が働きやすく、やりがいのある職場づくりを進めて、多様な人財がいることが強みとなる組織づくりを進めます」と今後の取組みを意欲的に語った。 写真のキャプション 人事総務部の松村博幸部長(左)、業務サポート部の沢井伸之部長(右)。企業内大学「京都中信コーポレートユニバーシティ(KCCU)」にて 【P19-22】 事例2 65歳以上を対象とする「エージェント制度」を導入 年齢上限なく意欲と人脈を活かす働き方を提供 東急リバブル株式会社(東京都渋谷区) 不動産売買仲介を軸に多角的に展開する総合不動産流通企業  東急リバブルは、不動産流通に特化した会社として1972(昭和47)年に誕生した総合不動産流通企業。それまで、個人や中小企業が主体だった売買仲介業に大手不動産企業として初めて進出し、以来、数々の先進的なサービス、業界の拡大と信頼性の向上に取り組んできた不動産流通のパイオニアだ。日本国内では、首都圏を中心に、関西圏のほか、札幌、仙台、名古屋、福岡と主要都市で事業を展開している。  「当社は東急不動産ホールディングスグループの中核企業として、不動産流通事業を所管し、社会情勢やお客さまのライフスタイル、住環境に視点を置いてそのニーズに応え成長してきました。創業当時からの中核事業である売買仲買業を発展させ、賃貸仲介、不動産ソリューション、新築販売受託、不動産販売の事業などを開拓し、多様な事業領域でノウハウを活かした独自サービスの提供に努めています」と経営企画部広報課の市川(いちかわ)和也(かずなり)課長は説明する。  また、社員が成長と働きがいを感じられる企業を目ざし、人材育成、働き方改革にも積極的に取り組んでいる。独自の若手育成プログラム『虎の巻プロジェクト』は「標準化・体系化されたプログラム及び評価基準」を用いた育成が評価され、2018(平成30)年に第7回「日本HRチャレンジ大賞」※において「大賞」を受賞している。  同社の社員数は連結で3945人(2024〈令和6〉年3月末現在)。定年は60歳で、2024年10月1日時点での、60歳以上の再雇用者は74人。職務は営業、準営業、事務に大きく分かれ、一般社員は元の職種を継続する場合が多い。管理職に就いていた社員は役職を降りるため、本人の適性、得意分野に応じて営業(準営業含む)、あるいは事務を担当する。勤務形態は週4日、または週5日から選択可能となっているが、3分の2が週5日を選択しているという。  再雇用社員の人事考課は半年ごとに行われ、職種ごとにランクを設け、評価に応じてインセンティブが支払われる。営業職として働く再雇用社員のなかには、定年前と同等のインセンティブを受け取る人もいるそうだ。  「営業経験が長く、高いポジションに就いていた方などは特に人脈が豊富です。学生時代の同級生や知人、仕事を通じたつき合いも含め、不動産のお取引に関する、さまざまな情報やニーズを独自のルートを通じて得ているのだと思います」(市川課長) 指揮命令なしの成果報酬型 65歳以降も無理なく働ける業務委託制度  同社では、2019年4月、65歳で再雇用の年齢上限を迎えたシニア人材を対象とする「エージェント制度」を導入した。  「エージェント制度は雇用ではなく、65歳以上の人材に業務委託で就業機会を持ってもらうための制度です。再雇用契約の終了後、希望者は当社と業務委託契約を締結し、自己完結できる範囲の業務を担当してもらっています。2024年10月現在、エージェントは30人おり、健康であれば70歳を超えた人材も元気に活躍中です」と経営管理本部人事部人事課の進士(しんじ)剛(たけし)課長は話す。  エージェント制度では、営業職と事務職の二つの職務を用意している。営業職は、売買仲介営業の顧客紹介がおもな業務となっており、情報提供後の契約などの業務は同社の社員が行う。エージェントには契約成立時に手数料の一部が紹介料として支払われるほか、月々の活動費を支給する。毎月、活動費があることから、年間を通して一定の紹介の実績がなかった場合は翌年の契約更新は行わないものとしている。  事務職の場合は、不動産事業の定型業務の範囲内の業務を担当する。一例が、契約前の物件の法的な制限の有無などの調査業務である。調査一件あたりにつき報酬を支給しており、エージェントが行った調査内容をもとに、社員が重要事項説明書を作成し顧客に提出する。調査業務自体は不動産業界では一般的な業務であり、特別な業務依頼ではない。件数にノルマなどはなく、自身の都合に合わせて、稼働すればよいという仕組みになっている。  「いずれもフリーランスに適用される法律などを前提に仕組みをつくりました。会社から細かい指示が必要ないレベルの業務を任せています。所用がなければ出社する必要がなく、自分の好きな時間に、好きなように活動ができ、持っている人脈が活かせます。エージェントの方々はやる気のある人たちばかりです。ある程度、自己完結ができる業務ということは、逆にいえば『仕事が相当程度できる』という前提ですので、安心して任せています」(進士課長)  齋京(さいきょう)章隆(ふみたか)さん(67歳)は、65歳で再雇用を終えてからも、引き続き売買仲介の営業として活躍するエージェントの一人だ。30歳で同社に入社し、個人向け不動産売買仲介の営業職をスタートさせた。43歳のときに課長に就くと、東京都・神奈川県内の個人向け不動産売買仲介店舗を任され、最前線で指揮、管理をになった。50代に入り役職を降りてから定年までは、つちかったノウハウを活かし、営業マンとして最前線で活躍してきた。  「いまでも、20〜30年以上前に取引をされたお客さまから指名されて依頼を受けるときがあるのですが、とてもうれしく、モチベーションの源になります。人とのつながりが大切な仕事ですから、年賀状や暑中見舞いは欠かさず送り続けています。お客さまの喜ぶ顔を見るのがやりがいです。これからも働き続けたいと思っていますので、健康には気をつけ、しっかり運動をして、美味しいものを食べ、好きな音楽を聞き、あちこちの温泉に行って元気を養っていきたいですね」(齋京さん) 課長職の役職定年制を廃止しミドル層の将来不安を払拭  同社では、2024年に課長職を対象とした55歳での役職定年を廃止した。実態として、課長職のにない手不足から、8割以上の課長職が55歳を迎えた後も、役職定年を延長して職務をになっていたという背景がある。一方で、40代の管理職のなかには、役職定年後のやりがいに関して不安を口にする人が増えていたという課題も生じていた。役職定年後も役職を延長している実態とミドル層の役職者たちの不安をくみ、課長職の役職定年廃止にふみ切った。ただし、部長職についてはポスト数がかぎられており、にない手に不足はないことから、引き続き役職定年制を継続している。  「ただし、役職定年を廃止したからといって、課長職全員が定年まで役職者ということはなく、60歳の定年を迎える前に評価が下がれば降格することもありますし、優秀な若手がいれば登用していくことが大前提です。また、役職定年によるモチベーションの低下も懸念事項の一つでした。当社の場合、比較的早い年齢、30代半ばころに管理職に就く人もいるのですが、そこから20年間管理職として働き、55歳を迎えてから、再び担当者として活躍するのもハードルがあります。さまざまなことを鑑みて、役職定年の廃止に舵を切りました」(進士課長) 定年後の業務ギャップに向け40代からリスキリング研修を実施  同社では、2032年には60歳以上の社員が、現在の約3倍にあたる約240人ほどに増加すると試算している。そのうちの半数ほどが元管理職になる見込みだ。定年後再雇用になってから業務で苦戦するのは、元管理職であるケースが多いという。  「ずっと管理職でマネジメント業務をになってきた人にとって、定年後再雇用でマネジメント業務から離れ、一担当者として業務を行う場合、ギャップが生じるので、管理職の定年後を見すえたリスキリングは大きな課題と考えています。管理職として働いてきた実績があるので、もちろん高い能力はあるのですが、再雇用後もその能力がそのまま活かせるわけではありません。社内のシステムもどんどん刷新されていきますし、展開するサービスも変化していくので、そこに対応し活躍し続けてもらうためにも、リスキリングは重要です」(進士課長)  そこで、同社ではリスキリング研修を40代から希望制で行っている。  また、キャリアデザイン研修を、40代初めと50代初めの2回実施している。高齢期のキャリア形成を考え始める年として40代に1回目を設定し、「キャリア形成の考え方」を知ってもらう機会としている。50代で行う2回目の研修では、定年後の再雇用制度やエージェント制度といった社内制度や、年金などをテーマに、外部講師を招いて実施する。  「キャリアデザイン研修は全社員が対象です。40代の社員の場合『まだまだ先のこと』と自分事としてとらえられない社員もなかにはいますが、50代になると『定年後の自分の人生を考えるうえで参考になった』と好評です。情報開示をしっかり行ったうえで、安心して働き続けほしいというメッセージになっていると思います」(進士課長) ウォーキングキャンペーンが好評 全社あげて取り組む健康イベント  健康経営○R(★)にも積極的に取り組んでいる同社では、2023年にウォーキングキャンペーンをスタートした。レクリエーションの要素をとり入れた健康促進イベントで、期間は1カ月ほど。全社員が専用のアプリケーションを使って歩数を測り、組織対抗で歩数の平均値を競い合う。参加特典や賞品として福利厚生に対応したポイントがもらえる仕組みだ。ポイントの使い道には、スポーツクラブの利用チケット、ランニングシューズなど健康にまつわるもののほか、自己啓発や業務での活用を目的に、新聞やビジネス書の購読にあてる人も多いという。  「イベント中は、若手社員から高齢社員までたいへん盛り上がります。みんな、毎日アプリケーションにログインして歩数を確認しているのではないでしょうか。特に管理職やエリアの部門長が盛り上げてくれています」(進士課長) 分業化が進む業務の隙間をシニア層のノウハウがカバー  同社において、高齢社員に期待する役割はさまざまあるようだ。業界の流れとして徐々に分業が進んでおり、若手社員が幅広い業務にたずさわれる機会は、以前より限定されてきているという。そこで、豊富な知識と経験を持つ高齢社員の広い視野を活用し、分業化にともなって生じる業務と業務のすき間をカバーしていくため、高齢社員に重要なポジションをになってもらうことも戦略の一つになりうるという。  「かつての不動産営業というと、自分で物件の情報を調べて、物件の所有者に会いに行き、物件を任せてもらえたら、自分でチラシをつくるなど、最初から最後まで一気通貫で仕事を行っていました。そういう意味で高齢社員は、多くのノウハウを蓄積している、不動産取引のスペシャリストでもあります」(進士課長)  また、「家」という人生でもっとも高価なものを扱うだけに、担当が若手社員の場合、不安に感じる顧客もいる。その際には高齢社員と若手社員がペアを組んで担当しているそうだ。  市川課長は再雇用制度が始まった当時を、次のようにふり返る。  「定年後再雇用制度が始まったばかりのころは、課長や部長だった人が、管理職ではなくなった後も部内に残り、実際に一緒に仕事をするとどう接してよいかとまどうことも多かったのですが、いまではそれが一般的になりました。いま定年を迎える立場になる方々は、定年後再雇用制度のもとで業務に取り組んできた経験があるため、再雇用社員はもちろん、一緒に働く若手・中堅社員も、双方がストレスなく働けていると思います」 最後に、進士課長は次のように締めくくった。  「以前は55歳で役職定年を迎えると、それが定年というイメージを持つ人もいました。ですが、いまになってふり返ってみると『まだ55歳』です。本来はもっと働けたであろうと想像すると、本人にとっても会社にとってもロスだったのかもしれないと思うこともあります。『生涯現役』ともいわれる時代を背景に、本人たちの働く意思も含めて、会社としても当然やる気のある方には長く働いてもらう方がよいのです。人事として、そういった環境をいかに具現化していくか。つねにアンテナを高く張りながら、アップデートしていかなくてはいけないと思っています」  時代のニーズに敏感な同社の姿勢は、先駆けた65歳以降の人事施策につながり、再雇用後の高齢社員の意欲と能力を無駄にすることなく活用に至っている。今後の人事施策の動向にも注目したい。 ※人材領域で優れた新しい取組みを積極的に行っている企業を表彰するもの。主催は日本HRチャレンジ大会実行委員会 ★「健康経営○R」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。 写真のキャプション 経営管理本部人事部人事課の進士剛課長(左)、経営企画部広報課の市川和也課長(右) エージェントとして働く齋京章隆さん