高齢者の職場探訪 北から、南から 第151回 群馬県 このコーナーでは、都道府県ごとに、当機構(JEED)の70歳雇用推進プランナー(以下、「プランナー」)の協力を得て、高齢者雇用に理解のある経営者や人事・労務担当者、そして活き活きと働く高齢者本人の声を紹介します。 多様な人材を雇用し、個々の事情に合わせた柔軟な働き方でだれもが長く働ける職場へ 企業プロフィール 株式会社栄久(えいきゅう) (群馬県伊勢崎(いせさき)市) 創業 1958(昭和33)年 業種 リネンサプライ 社員数 305人(うち正社員数70人) (60歳以上男女内訳) 男性(27人)、女性(78人) (年齢内訳) 60〜64歳 39人(12.8%) 65〜69歳 25人(8.2%) 70歳以上 41人(13.4%) 定年・継続雇用制度 定年60歳、希望者全員を70歳まで継続雇用。以降も運用で継続雇用が可能。現在の最高年齢者は81歳  群馬県は、関東地方の北西部に位置し、県西・県北には山々が連なり、南東部には関東平野が開ける内陸の県です。関東地方では栃木県に次ぐ広さを有し、草津(くさつ)や伊香保(いかほ)、四万(しま)など多数の温泉や、世界文化遺産に登録された富岡製糸場などの観光名所が多く、また、東日本最大級の「古墳大国」としても知られています。  JEED群馬支部高齢・障害者業務課の渡辺(わたなべ)秀雄(ひでお)課長は、県の特徴として、「首都圏に近く、交通網が発達していることから各種生産工場が多く、世界でもフランス、アメリカ、日本の3カ国だけにしかない『ハーゲンダッツ』のアイスクリーム製造工場が、当県の高崎市にあることは有名です」と話したうえで、県内企業の高齢者雇用の取組みについて次のように説明します。  「少子高齢化と人口流出により、当県でも深刻な人口減少が続いています。近年、企業経営を悩ませる要因として物価高や人件費などのコスト上昇と並んで、必要な人材を確保できない『人手不足』があげられます。そうしたなか、高齢者の活用は必須であるとの認識が広がり、県下の企業からは、『中途で高齢者雇用を行う際の留意点は』『これから定年を迎え継続雇用となる社員に、何を伝え、何を準備してもらえばよいか』、『他社の好事例を多く知りたい』といった声が多数寄せられています」  このような要望に応えるため、同支部では、県内企業を支援する日々の相談・助言業務の充実を図るとともに、JEEDの「就業意識向上研修」※1の実施などに力を入れています。同支部で活躍するプランナーの一人、児島(こじま)正隆(まさたか)さんは、伊勢崎市に拠点を構えて活動する特定社会保険労務士で、プランナーに就任して5年。各企業からていねいに話を聞き、実情に適した内容で、多彩な業種・業界企業の高齢者雇用の取組みを支援しています。  今回は、その児島プランナーの案内で、「株式会社栄久」を訪れました。 多様な人材が力を発揮して働ける職場  株式会社栄久は、1958(昭和33)に設立されました。もともとは、1875(明治8)年の創業で、「栄久綿(えいきゅうわた)」という綿で布団の綿打ち事業を興したことが原点となります。現在は、「『清潔』を基本理念として、清潔な環境づくりを考え、提案していくこと」を掲げ、リネンサプライ業を中心に事業を展開。伊勢崎市に構える本社を含め三つの工場を有し、リネンサプライ業で北関東一の規模を誇る企業に発展しています。  同社の柴ア(しばさき)貴之(たかゆき)専務取締役は、リネンサプライ業について、「お客さまがホテルや病院などのため休みなく稼働しており、当社工場においても日曜日以外は休まず稼働しています。また、蒸気を使用して製品を仕上げるため、夏の工場内では暑さ対策が必須という厳しい側面がありますが、年間を通じて比較的需要が安定し、景気に左右されにくい業種といえます」と説明します。  また、「機械化は進んでいますが、特に工程と工程をつなぐ作業には人の力が必要です」と語り、「クリーニング作業を通じて、生きがいと自己実現の場を提供する」の方針のもと、多様な人材が働く職場づくりに注力し、高齢者をはじめ、障害者や外国人の雇用を積極的に進めています。  特に障害者雇用には早くから取り組んでおり、本社工場では20人ほどの障害者が勤務しています。各職場には、障害者職業生活相談員の資格を持つ社員が数人いて、それぞれが力を発揮できるよう指導を行っており、職場環境の向上などに努めています※2。 希望者全員70歳まで継続雇用  高齢社員の活用について柴ア専務は、「当社にとって欠かせない存在です。定年は60歳ですが、その後も働ける方には時間や環境を考慮したうえで働く場と仕事を提供します。2024(令和6)年2月に就業規則を変更し、65歳までだった継続雇用制度を、70歳まで延長しました」と最近の取組みを説明します。なお、70歳以降も運用により働き続けることが可能となっています。また、障害者雇用の取組みの一環としてスタートした、短日・短時間勤務制度を高齢社員にも適用するなど、自分のペースで働ける環境を整えています。  児島プランナーが同社を初めて訪問したのは、2019年のこと。「高齢者雇用に注力されていることは知っていましたが、当時、企業内において取り組むべき課題と方向性を整理するために、JEEDの『企業診断システム』を活用し、その結果をふまえて、高齢社員の作業負担を軽減する職場環境の改善などについて、お話ししました」と5年前をふり返ります。  このときのアドバイスもふまえて、同社では工場内の照明のLED化と、スピードの必要な作業や力のいる作業を機械化し、作業者の負荷軽減を図り、熟練度が必要な作業に集中できるようにしました。例えば、洗濯・脱水後のシーツは、数十枚ごとのかたまりの状態で、仕上げ作業場に運搬し、そのかたまりから1枚ずつシーツを引き抜いて、広げた状態で仕上げ機械にセットします。この作業は力がいるうえ、かがむこともあって負担が大きいことから、「シーツ引抜機」を導入しました。かたまりのシーツがこの機械を通ると、1枚ずつにほぐれ、仕上げ機械にセットする作業負担が大きく軽減しました。  今回この機械を見学した児島プランナーは、「すばらしい取組みだと思います。また、制度面も70歳までの継続雇用を実現するなど、着実に取組みを進めており、高齢者と障害者の雇用における、県内屈指の先進企業といえるでしょう」と取組みを称賛しました。  また柴ア専務は、障害のある若手社員と高齢社員がペアで作業をすることで、「高齢社員がていねいに、ときにはくり返しながら指導を行っています。一方で障害のある若手社員は、力のいる作業を担当するようになりました。お互いに補完し合いながら作業ができていて、ペアを組むことで相乗効果があることに気がつきました」と話します。  今回は、障害のある社員を指導しながら一緒に働いているお二人にお話をうかがいました。 みんなが尊重し合う職場  大塚ひとみさん(58歳)は、同社に勤めて25年になります。おもに病院で使用されるリネン類の乾燥・仕上げ、出荷作業を担当する部署で、20年ほど前から班長を務めています。  次々に運ばれるクリーニング後のリネンをたたむ作業を行いながら、班長として進捗状況の確認、出荷作業(伝票整理)、営業担当との打合せ、部署内にかかってくる電話にも対応します。週5日、9時から17時10分(または18時10分)までのフルタイム勤務を続けています。  一緒に働くのは、障害のある社員と外国籍の社員で、大塚さんは一人ひとりに適した指示の出し方や身ぶりを含む接し方でみんなをリードし、まとめています。障害者職業生活相談員の資格を持ち、障害のある社員の相談に応じることもあります。  「大事にしているのは、コミュニケーションです。お客さまにリネンを気持ちよく使っていただけるように、着実に出荷することが私たちの使命。班長として役割が果たせているのは、みんなの協力があるからです。毎日たいへんですが、感謝の気持ちを持って働いています」(大塚さん)  今後については、「後進を育てることが大事だと会社にもお話ししています。後進が育ち、作業だけに専念できるようになったら、ずっと働き続けたいと思います」と話してくれました。  柴ア専務は、大塚さんについて「職場を少しでもよくしていこうと、現場の様子を伝えてくれたり、意見をくれたりする大切な社員です。懐が深く、障害のある社員にとってはお母さんのような存在ではないでしょうか」と語り、信頼を寄せています。  柴ア(しばさき)清吾(せいご)さん(70歳)は、ハローワークで栄久の求人を知り、59歳のときに入社。勤続10年になります。生産部に所属し、洗濯と仕分け作業を担当。おもにユニフォームやタオル類、病院の毛布やマットレスなどの製品を扱っています。  前職でホームクリーニングの仕事を手がけていて、当時からクリーニング師の資格を有しています。現在の仕事はホームクリーニングとは内容が異なるものの、多様な製品を扱うなかで繊維や状態に合わせた染み抜きなどを行う際、つちかった知識と経験が役立っているそうです。  現在の仕事で心がけているのは、「一つひとつの作業を確実に行うことと、報告・連絡・相談を中心とする社内でのコミュニケーションです。この仕事を通じて、少しでも社会に奉仕することができればという気持ちで取り組んでいます」と柔らかな表情で話す柴アさん。  前職と仕事内容が違ったこともあり、入社直後は続けられるか不安があったそうですが、「12歳年上の先輩の働きぶりに刺激を受けて、もう1週間、もう1カ月がんばろうと思い、気がついたら仕事に慣れることができていました。先輩は昨年退職されましたが、見習って、私も80歳過ぎまで元気に働き続けることが目標です」と笑顔で語ります。  柴ア専務は、「柴アさんはやさしい人柄で、障害のある社員も安心してついていっています。力のいる仕事は若い人が代わりにやるという、よい関係ができているようです」と働きぶりを称えます。  児島プランナーは、同社の取組みと高齢社員の活躍について、「高齢社員にとって働きやすい職場は、若手にとっても安心して働ける職場であり、これからの人材確保という点でもとても大事なことだと思います」と高く評価しており、今後も引き続き支援を行っていくことを話していました。  柴ア専務は、「年齢や障害にかかわらず、みんなが長く働ける職場をこれからも目ざします。結果的にそのことが会社のためになり、社員の健康や体力づくり、生きがいになると考えています。職場環境向上に向けて、小さなことから一つずつ取り組んでいきます」と語ってくれました。  多様な人材が個々の持ち味を発揮し、一人ひとりにとって働きがいのある職場に向け、同社の進化はこれからも続きます。(取材・増山美智子) ※1 「就業意識向上研修」の詳細は、JEEDホームページをご覧ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/employer/startwork_services.html ※2 「令和5年度障害者雇用優良事業所厚生労働大臣表彰」を受けました。 https://www.jeed.go.jp/location/shibu/gunma/om5ru80000003na0-att/q2k4vk000003bt6a.pdf 児島正隆 プランナー アドバイザー・プランナー歴:5年 [児島プランナーから] 「プランナー活動では、始めに必ず『答えづらい質問についてはお答えいただかなくても大丈夫です』とお伝えします。この言葉に安心してもらえるようで、ほとんどの質問にお答えいただけます。この仕事は、企業との信頼関係が一番大切だと考えています。これからも企業にとって無理のない提案をしていければと思います」 高齢者雇用の相談・助言活動を行っています ◆群馬支部高齢・障害者業務課の渡辺課長は児島プランナーについて、「群馬支部では2019 年から活動しています。現在、企業が集まる伊勢崎、太田、館林エリアを担当し、気さくな人柄と、『信頼関係が一番』という熱心な姿勢から、企業からのリピート依頼も多い、群馬支部にとってなくてはならないプランナーの一人です」と話します。 ◆群馬支部高齢・障害者業務課は、JR両毛線の前橋大島駅(南口)から徒歩約10分。ハローワーク前橋庁舎内にあります。同庁舎には群馬障害者職業センターも入っており、雇用に関する業務連携が取りやすい環境となっています。かつて1万3000基を超える古墳があった群馬県は、「埴輪(はにわ)王国」とも呼ばれ、当課の所在する前橋市も近代的な施設と古代歴史の名残が同居する街となっています。 ◆同県では、8人のプランナー等が活動し、年間約500件の相談・助言活動を行っています。高い専門性を持つプランナーが揃い、訪問先企業から高い評価を得ています。 ◆相談・助言を無料で行います。お気軽にお問い合わせください。 ●群馬支部高齢・障害者業務課 住所:前橋市天川大島町(あまがわおおしままち)130-1(ハローワーク前橋3階) 電話:027-287-1511 写真のキャプション 群馬県伊勢崎市 株式会社栄久の本社・工場 柴ア貴之専務取締役 周囲に気を配りながら、てきぱきとリネンのたたみ業務を進めていく大塚ひとみさん(左) 軽やかな身のこなしでクリーニング後のマットレスを出荷場所へ運ぶ柴ア清吾さん