知っておきたい労働法Q&A  人事労務担当者にとって労務管理上、労働法の理解は重要です。一方、今後も労働法制は変化するうえ、ときには重要な判例も出されるため、日々情報収集することは欠かせません。本連載では、こうした法改正や重要判例の理解をはじめ、人事労務担当者に知ってもらいたい労働法などを、Q&A形式で解説します。 第79回 合併後の継続雇用の更新、SNS上での誹謗中傷を投稿した社員に対する懲戒処分 弁護士法人ALG&Associates 執行役員・弁護士 家永勲 Q1 会社が吸収合併される場合、継続雇用社員の労働条件および契約更新はどのようになるのでしょうか  当社の事業が不振の状況であることから、吸収合併により会社が吸収され、消滅することになります。従業員のなかには、定年後の継続雇用を行っている者がいるのですが、吸収合併により事業を継続する企業とは、継続雇用における労働条件が合致しておらず、吸収後に条件を調整する予定になっています。他方で、継続雇用の従業員からは、労働条件の引き下げに反対する意見が出ていますが、どのように対応すべきでしょうか。 A  合併後の労働条件の統一とも関連する状況ですが、継続雇用という事情から提示される継続雇用の労働条件には合理性が認められる内容である必要があります。従前の労働条件を必ず維持しなければならないというわけではありませんが、合併に至る手続きのなかで労働条件の変更について納得感を得られるていねいなプロセスを経ることが必要です。 1 吸収合併と労働契約の関係  事業が不振となった場合には、会社について破産または解散するなどによって清算するほか、事業について関心を有する企業などがある場合には、合併や事業譲渡などによって事業を承継するといった可能性もあります。破産または解散によって清算するときは、従業員との間の労働契約も解消することが前提になるため、全員が失業することになりかねませんが、合併や事業譲渡などで事業が承継される場合には、事業活動を支える従業員との労働契約も承継することが前提とされることが一般的です。  特に合併手続きによる場合には、包括承継と呼ばれており、清算する会社(以下、「旧会社」)、合併により事業を継続する会社(以下、「新会社」)における契約内容を包括的に同一の内容のまま引き継ぐことが可能となっています。したがって、合併契約により承継される時点においては、継続雇用の対象となっている従業員は、旧会社における労働条件を維持したまま、働き続けることができるのが原則となります。  しかしながら、新会社では、継続雇用にかぎらず、労働条件を定めた就業規則およびそれに付随する各種規程が定められていることが通常であり、旧会社で定められていた労働条件を維持し続けることは同一企業内での不公平を生じさせることにもなりかねず、労働条件の統一が課題になることがあります。したがって、合併後に旧会社から承継した労働者について、就業規則の変更や個別の同意を得ながら、労働条件を変更することによって統一を図ることになります。  継続雇用の従業員についても、同様に労働条件を統一することも可能ですが、期間の定めがある労働契約であることから、次回の更新時に労働条件を調整するような方法がとられることがあります。 2 裁判例の紹介  合併によって承継した継続雇用の対象者から継続雇用の希望が示されたことに対して、契約更新時に労働条件を変更した内容で提案したものの、この申出を従業員が断ったため、契約を更新しなかったところ、継続雇用の期待を有していたにもかかわらず、これを合理的な理由なく拒絶されたとして、従前と同一条件による継続雇用の維持を求めて訴えた裁判例があります(東京地裁令和6年4月25日)。状況としては、質問と同種であり、事業継続困難な状況から、合併により事業を継続し、従業員も承継されていた新会社において、継続雇用の更新時に労働条件を変更する提案をしたというものであり、合併後の状況としては、よくある内容であると思われます。  労働契約法第19条は、有期労働契約について、「契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することが合理的な理由があるものであると認められる」ときには、有期労働契約更新の「申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」と定めています。したがって、更新されるだろうという合理的な理由のある期待を保護し、更新拒絶には客観的かつ合理的な理由と社会通念上の相当性が必要とされています。  紹介する裁判例では、この規定の解釈として、更新されることへの期待とは、その法的効果が同一の労働条件で更新したものとみなすものとされていることから、合理的な期待として保護される対象となるのは「同一」の労働条件で更新されることが期待されていることをさしていると解釈しました。そして、合併に至る手続き内において、継続雇用対象者に対しては、新会社の定める規程が適用されること、それによって労働条件が不利に変更されることになること、新会社の規程では継続雇用においては2種類の働き方(管理職相当を維持するか、一般職として業務軽減するか)があり、それぞれの労働条件を比較して選択することが説明され、また、規程はイントラネット上に掲載して内容を確認可能であったことなどから、従前と「同一」の労働条件が維持されることは期待されていなかったとして、労働契約法第19条の適用を否定し、継続雇用をしなかったという新会社の判断を肯定しています。  なお、労働条件の変更の程度としては、管理職相当の地位を維持する場合には労働日が週4日から週5日に増加する一方で基本賃金が15%減少するというものであり、一般職相当になる場合には週4日の労働日が維持されつつ賃金が約51%減少するというものでした。  さらに、仮に労働契約法第19条の適用があるとしても、客観的かつ合理的な理由および社会通念上の相当性が肯定されることも補充的に判決内で示すことで、その結論を補強しています。更新拒絶したことについて客観的かつ合理的な理由があるか否かについては、有期労働契約の更新時に示した労働条件に合理性があるか否かによることになるとし、新会社の規程に沿った内容であることや規程外の条件で継続雇用をしている従業員がほかにおらず一人だけ特別扱いをすることによって定年後再雇用者において不公平感を抱き、士気や意欲の低下を招くことは容易に想像できることや、合併により救済された事業であるものの、そのなかでも細分化した業務内容としては撤退を要する業務を担当していた従業員であったことから業務が多忙になることもないということをふまえると、提案内容には合理性があったと判断されています。 3 継続雇用時に提示する労働条件  定年後の継続雇用においては、著しく不利益な労働条件の提示によって裁量を逸脱した場合には、継続雇用制度と認められずに、高年齢者雇用安定法違反になる可能性があります。ただし、ここでも一定の裁量があることは認められており、つねに従前と同一の労働条件を提示しなければならないわけではありません。紹介した裁判例では、「同一」の労働条件に対する期待がなければ、保護されないと判断していますが、それでは保護の範囲はほとんどないに等しく、同様の解釈を取る裁判例が主流になるとは考えがたく、合併などによって従前の契約当事者から変更があった場合など特殊な状況を前提にしていると考えた方がよさそうです。  新会社の判断が尊重されるにあたって重視されていたのは、合併手続きが進められるなかで説明会が開催されており、その回数や内容も充実していたこと、訴えた従業員以外との間では紛争が生じていないことなど、客観的に見た際に納得感を得ることができるプロセスを経ていたかという点ですので、労働条件を不利益な内容で提示することが許容されたという結論部分だけにとらわれることなく、手続重視の取組みが重要であると考えます。 Q2 SNS上で会社の誹謗中傷を投稿している社員がいるようです。懲戒処分はできるのでしょうか  SNS上で、当社の就業環境について、「サービス残業がある」、「上司からのパワハラも放置」、「ブラック企業」などといった記載が見つかりました。投稿は従業員によるものであろうと考えていますが、どのような対応ができるのでしょうか。投稿者が従業員であると特定できた場合には、懲戒処分を行うことは可能でしょうか。 A  事実ではない情報をSNSによってインターネット上に公表された場合には、法的な手続きで特定または削除の対応が可能です。従業員による投稿と特定でき、名誉棄損として違法な行為に該当するときには、就業規則の定めにしたがって懲戒処分を行うことは可能と考えられます。 1 投稿者の特定や投稿の削除  SNS上の発信については、実名で行われることが少なく、投稿者が社内の従業員であるのか、退職者など社外のものであるか不明なこともあります。発信者を特定するためには、@発信者とおぼしき従業員からのヒアリングを行うか、A情報流通プラットフォーム対処法(旧名称:プロバイダ責任制限法)に基づく発信者情報開示請求を行うことで特定をしていく必要があります。名誉・信用毀損が成立するような場合には、プロバイダやSNSサービスを提供している事業者は、投稿者に関する情報(IPアドレス、タイムスタンプ、ポート番号など)の開示に応じる必要があります。とはいえ、投稿から3カ月程度しか発信を特定するためのログは保存されていないことも多いので、投稿自体が古い場合には、特定がかなわない場合もあります。そのような場合には、せめて削除をするために、プロバイダに対して削除請求をすることで投稿自体の削除を求めるという手続きも存在します。  SNSやインターネットを通じた情報発信の特徴として、@伝播可能性(発信された情報が拡散される)、A公共空間性(不特定多数の閲覧が予定されている)、B情報の保存・維持(一度発信した情報は削除してもアーカイブなどに保存されることがある)、C特定可能性(匿名の発信であっても技術的には特定することは可能)、D発信の安易さ(いつでも、どこでも発信が可能)といった特徴があるといわれています。これらのうち、@伝播可能性やA公共空間性の特徴から、不特定多数の第三者にまで情報が拡散され、会社に対する信用の毀損が生じやすく、閲覧者の反応次第で影響の拡大は予測不可能なほどに大きくなるおそれがあります。 2 名誉・信用棄損に該当する行為に対する懲戒処分  SNSによる投稿は、私生活上で行われたものと考えられ、就業時間中の行為ではないと思われます。労働契約では、あくまでも就業時間中の行為に対する指揮命令権が与えられているにすぎないため、私生活上の行為まで懲戒処分の対象にすることはできません。しかしながら、私生活上の行為であったとしても、その行為が職場の風紀を乱したり、会社の信用を毀損したりすることで、会社に対する悪影響を及ぼす場合には、当該行為を対象に懲戒処分を行う余地はあります。  過去に就業時間外における会社批判を根拠として行われた懲戒処分の効力が争われた先例があります。  就業時間外に社宅に会社を批判するビラを約350枚配布した事例で、当該ビラに記載された内容が事実無根であったことから、就業規則に定める「その他特に不都合な行為があったとき」に該当するものとして、譴責(けんせき)処分を有効と判断しています(関西電力事件 最高裁一小 昭和58年9月8日)。このような判例に照らすと、SNSに会社を誹謗中傷する事実無根の投稿をしたときには、懲戒事由に該当することが前提ではあるものの、譴責程度の懲戒処分を行うことは可能と考えられます。  なお、懲戒処分を行うためには、就業規則上の根拠が必要となり、懲戒事由として、「職場の風紀を乱さないこと」や「会社の信用を毀損する行為をしてはならない」といった内容が定められているか確認しておく必要があります。 3 SNSへの投稿と会社に対する名誉・信用毀損の成立要件  会社の名誉・信用を毀損する場合には、当該投稿を行っている者は、会社に対する不法行為責任を負い、名誉回復措置も命じられることもあります(民法709条および723条)。ただし、公共の利害にかかわる事実を適示する表現が、@適示された事実が真実である場合、または、A真実と信ずるについて相当な理由がある場合には、名誉・信用を毀損する表現であったとしても不法行為責任を負担することはありません。また、公共の利害にかかわる意見や論評については、その意見や論評の根拠とした事実が上記の@やAに該当する場合に加えて、B意見・論評としての許容される表現の域を逸脱していない場合にも不法行為責任を負担しません。このような理由で名誉・信用毀損として不法行為責任を負わないにもかかわらず、懲戒処分を行ったときには、懲戒権の濫用となり、懲戒処分が無効になると判断した事例もあります(三和銀行事件 大阪地裁 平成12年4月17日)。  投稿内容がいずれも事実ではないとすれば、名誉・信用毀損に該当するといえそうですが、懲戒処分等を検討するには当該投稿が名誉・信用毀損といえるかどうか判断するために、表現全体をみたときに意見論評としての域を逸脱しているか否かについても精査する必要があります。