いまさら聞けない 人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第53回 「労働契約法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働契約法について取り上げます。前回(2024年12月号)※1で解説した労働基準法と密接に関係するため、あわせて一読いただくと理解が深まると思います。 労働条件の合意に関する基本的なルール  労働契約法は、労働にかかわる法律の総称である労働法の一つで、労働者(使用者に使用されて労働し、賃金を払われる者)と使用者(使用する労働者に対して賃金を支払う者)間での合意によって成立する労働条件に関する労働契約についての基本的なルールを定めた法律です。  まずは、どのようなルールが記載されているか、ポイントを取り上げてみましょう。 @労働契約の締結等…労働契約に共通する原則である、労使対等の原則・均衡考慮の原則※2・仕事と生活の調和への配慮の原則・信義誠実の原則・権利濫用※3の禁止の原則(第3条)、使用者は労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容に関し、労働者の理解を深めるようにし、できる限り書面で確認すること(第4条)。 A労働契約の成立と変更…労働者と使用者が、 「労働すること」、「賃金を支払うこと」に合意すると労働契約が成立すること(第6条)、労働者と使用者が合意すれば労働契約を変更可能となること(第8条)、就業規則※4と労働契約の関係性について(第9条〜第13条)。 B労働契約の継続および終了…懲戒・解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、権利を濫用したものとして無効であること(第16条)。 C期間の定めのある労働契約…有期契約労働者について、使用者はやむを得ない事由がある場合でなければ、契約期間が満了するまでの間において労働者を解雇できないこと(第17条)、有期労働契約期間を通算して5年を超える労働者が、期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は申込みを承諾したものとみなすこと(無期転換ルール※5)(第18条)。  労働契約の内容を考えるうえで注意すべきは、労働条件の最低基準を定めた労働基準法を必ず上回ることが求められている点です。また、第9条〜第13条にある通り、就業規則が合理的な内容かつ労働者に周知されている場合は就業規則の内容が労働条件になるものの、就業規則と異なる内容の労働条件を労働者・使用者間で個別に合意していた場合は合意内容が労働条件になり、その条件が就業規則を下回っている場合は、就業規則の内容まで条件が引き上がる点も押さえておきたいところです。 労働契約法は比較的新しい法律  労働基準法が、1947(昭和22)年に制定されたのに対して、労働契約法は2007(平成19)年に制定されています。労働契約法の制定が比較的最近であることには、かつては労働基準法や就業規則、労働協約などで一律的に労働条件を定めておくことでこと足りていたのが、就業形態が多様化し労働条件が個別に決定・変更されることが増えたことにともない、個別労働関係紛争が増加したことが背景にあります。  それまでは、紛争に関する蓄積された裁判例をもとに形成された民事的ルールをもとに裁判所が判断していましたが、その内容が一般に周知されていたともいいがたい状況がありました。そこで、個別労働関係紛争を防止し、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的として、民事的ルールを一つの体系として労働契約法を制定することになりました。このような経緯から、先に述べた第18条の無期転換ルールが2012年の法改正で追加されるなど、就労状況の変化や労働紛争などの実態に合わせる形で法律は改正されてきました。  労働契約法にかかわりの深い直近の動向として触れておきたいのが、2024(令和6)年施行の労働基準法施行規則・有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の改正です。労働契約の締結・更新のタイミングでの労働条件明示事項が追加されることになりました。 @すべての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に就業場所と業務の変更の範囲を明示すること…全労働者対象 A有期労働契約の締結時と更新時に、更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容を明示、また更新上限を新設・短縮する場合はその理由をあらかじめ説明すること…有期契約労働者対象 B無期転換申込権が発生する有期労働契約の契約更新のタイミングごとに、無期転換を申し込むことができる旨と無期転換後の労働条件を明示すること…有期契約労働者対象  これらの明示の仕方がよくわからないという場合には、厚生労働省のパンフレットに、詳しいルールとモデル労働条件通知書の例が掲載されているため参照することをおすすめします※6。 個別労働紛争解決制度の活用も選択肢の一つ  労働基準法は“公的権限(刑事司法や行政機関)”により法の実現を目ざすため、前号に述べた通り、違反した場合の罰金や懲役などの罰則が定められています。一方で、労働契約法は“私人間の紛争解決”により法の実現を図る位置づけのため、直接的な罰則は存在しません。私人間の紛争解決については、個々の労働者と事業主の間の労働契約や職場環境に関するトラブルを未然に防止し、迅速に解決を図るための個別労働紛争解決制度が設けられています。  具体的には、都道府県労働局や労働基準監督署に設けられた総合労働相談コーナーへの総合労働相談に対して、都道府県労働局長が解決の方向性を示し紛争当事者間の自主的な解決を促進する助言・指導、または都道府県労働局に設置されている紛争調整委員会のあっせん委員が紛争当事者の間に入って話し合いを促進するあっせんにより紛争解決を図っていきます。労働契約について、労働者・使用者間でよく話し合い、理解したうえで運用していくことに越したことはありませんが、トラブルや紛争に至った場合は、労働者・使用者にかかわらず本制度を活用することは、有力な選択肢の一つといえます。 ***  次回は、「労働安全衛生法」について取り上げます。 ※1 ※2 均衡考慮の原則……労働契約の締結・変更において、就業実態との均衡(バランスや釣り合いがとれている等)を考慮し、かつ異なる雇用形態間の均衡も考慮すべきというもの ※3 権利濫用……本来想定されている権利の範囲を超えてその権利を行使するため、権利の行使として認めることができないと判断される行為 ※4 就業規則……本連載第19回(2021年12月号)をご参照ください。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202112/html5.html#page=56 ※5 無期転換ルール……詳細なルールや留意事項があるため、厚生労働省のポータルサイトなどを確認のこと https://muki.mhlw.go.jp ※6 「2024年4月からの労働条件明示のルール変更 備えは大丈夫ですか?」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001298244.pdf