技を支える vol.347 肉本来の味を大事にしたハム・ソーセージづくり 食肉加工 中山(なかやま)一郎(いちろう)さん(76歳) 「いまは何でも全自動で簡単にできてしまうが、それではつまらない。試行錯誤を積み重ねることに、ものづくりのおもしろさがある」 世界最高峰のコンテストで日本人初の金メダルを獲得  1987(昭和62)年、横浜市青葉区で手づくりハム・ソーセージの専門店「シュタットシンケン」を創業した中山一郎さん。食肉加工の高い技能を有し、1999(平成11)年には、世界最高峰といわれるドイツの食肉加工品コンテスト「SUFFA(ズーファ)」の3部門で日本人初の金メダルを獲得した。本場ドイツ製法のハム・ソーセージの普及に努めるとともに、国家技能検定委員や厚生労働省認定の「ものづくりマイスター」として若手技能者の育成にも貢献し、これまで「横浜マイスター」、「現代の名工」、「黄綬褒章」など数々の表彰を受けている。 品質・味を一定に保つために独自の方法を考案  ハム・ソーセージづくりでは、季節などに左右されず、つねに一定の品質を保つことがむずかしいという。「ドイツで何十年も経験を積んだ職人でも、4年に一度でも同じ味が出せればよいほうだといわれています。添加物を目一杯入れてつくれば別ですが、手づくりでつねに同じ品質や味を保つのは、それほどむずかしいのです」  季節による違いがあらわれやすいのが、ソーセージの生地を練ったりほかの材料と混ぜ合わせたりする「カッティング」の工程だ。カッティングには、刃と皿がそれぞれ回転する「カッター」と呼ばれる機械を使う。一般にカッティングでは、生地の温度をみて14℃を超えないように調整する。14℃を超えると肉が分離してしまうためだ。しかし、その方法だと温度の上がりやすい夏場は練りが少なく、逆に冬場は温度が上がらない分、練りすぎて肉の味がしなくなってしまう。  そこで中山さんは、温度に左右されずにすむよう、刃の回転と皿の回転を考慮したカッティングの計算式を考案。ソーセージの種類ごとに最適なカット数を決めることで、夏場も冬場も一定の品質を保つことに成功した。  また、肉本来の味や食感を大事にするため、添加物をなるべく使わないことにこだわっている。  「添加物をできるだけ少なくするため、塩漬け期間を長く取るようにしています。当店でも微量の添加物は使用しますが、その量はごくわずかです」 子どものころ抱いた夢を実現 身につけた技能を後進に伝える  食肉加工の道を志したのは小学校2年生のとき。食肉卸業を営む父が買ってきたソーセージの味に感動し、「いつかこの味を超える、世界に一つのソーセージをつくりたい」と思ったのがきっかけだった。  18歳で家業に就くと、屠殺(とさつ)から解体、精肉まで一通りの技術を習得。肉を見ただけで、どのような加工に向いているかを見きわめる能力も、卸業を通じて身につけた。  そんななか、ハム・ソーセージづくりの名人の存在を知って弟子入りし、5年間、研鑽を積んだ。名人のお墨つきを得て店を始めたものの、当初は製品が売れず、閉店後に近所を回ってチラシを投函した時期もあった。やがて、「あそこのソーセージはおいしい」という評判が口コミで広がり、3年ほどで店は軌道に乗るようになった。  現在は本店を息子に任せ、市街地から離れた場所に自身の店である緑山店を開いた。  「親が一から十まで指示すると子どもは育ちません。ですから、一通りのことを教えたら、あとは本人に任せ、親は引っ込んで口を出さない。それが子どもを育てる秘訣かな」  店舗運営のかたわら、地域のイベントに積極的に出店したり、子どもから大人までを対象としたソーセージ教室を開催したり、子どもたちに正しい食肉加工の知識を教える活動にも力を注ぐ。  「安心安全でおいしいソーセージやそのつくり方を、もっと多くの人に知ってもらいたい」と中山さん。人とのふれあいを楽しみながら、おいしいものづくりに励む、充実した毎日を過ごしている。 株式会社シュタットシンケン青葉台本店 TEL:045(981)5584 緑山店(マイスターの工房) TEL:045(511)7876 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション ソーセージの腸詰め作業。練ったばかりの生地を腸に充てんした後、均等な長さでひねって成形していく 店名の「Stadt Schinken」はドイツ語で「街のハム屋さん」という意味。緑山店は、市街地から離れた場所にある隠れ家的な工房兼店舗だ 店内に飾られている、中山さんの知人が描いたシュタットシンケン緑山店の外観。黄色い壁が目印 ソーセージの生地を腸詰めする際は、指先で腸の伸び具合を確認、調整しながら詰めていく ロースハムやボンレスハム、ベーコンなどは、塩漬けに3週間かけて、じっくり熟成させる ソーセージの生地。この日つくっていたのは、人気の「だだちゃ豆フランク」。このほかにも、地元産の野菜を使ったソーセージなど、さまざまな製品を開発してきた 開発に最も苦労したという白カビサラミ。カマンベールチーズと同じ白カビ菌を使用。徹底した湿度・温度管理が必要で、失敗を何度もくり返し、製品化まで3年をかけた 白カビがきれいについた白カビサラミ。この後、湿度70%、温度12℃で1カ月熟成させる