新春 特別企画@ 「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演 ミドル・シニア社員を活かす経営の新常識 株式会社FeelWorks代表取締役/株式会社働きがい創造研究所 会長/青山学院大学 兼任講師 前川(まえかわ)孝雄(たかお)  2024(令和6)年10月4日に開催された「高年齢者活躍企業フォーラム」より、株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏による基調講演の模様をお届けします。現代の企業に求められている「人を活かす経営」のポイントとして、ミドル期以降のキャリア自律の支援、シニアのモチベーション変化、リスキリングについてお話ししていただきました。 シニアの活躍が求められる時代背景 ダイバーシティ時代の到来  本日は、シニアの活躍が求められている時代背景や、現在の日本企業におけるミドル・シニア社員の状況について整理するとともに、それらをふまえて、シニア社員を含む「人を活かす経営」の常識を見直すことをテーマにお話をしたいと思います。  まず、時代背景についてですが、少子高齢化により、生産年齢人口の減少がいちだんと進んでいます。生産年齢人口を1990(平成2)年と2021(令和3)年で比較すると、9000万人弱から7500万人に減少しています。その一方で就業者は増えています。女性のほか、シニアが長く働くようになってきていることが大きな要因です。  昭和の高度成長期にできあがった、現在も多くの企業で取り入れられている組織モデルは、20代〜50代半ばぐらい、かつ、おもに男性の力に頼って成り立ってきました。育児や親の介護といったプライベートな事情にあまり制約・制限を受けない労働力として、会社は男性に頼ってきたわけです。  時代は流れ、現代は女性やシニアも働くようになり、ライフイベントに影響を受ける人々が増えているので、そうしたことに配慮をしながら総力戦で働くという時代になりました。  2021年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、70歳までの就業確保措置が企業の努力義務となりました。法律では、65歳以降は就業確保という枠組みで、自身が望めば個人事業主になる、1人社長になって会社と業務委託契約を結んで働くということも視野に入っている、そういう時代になっています。  世界11カ国で「何歳まで仕事をしたいですか?」とたずねた調査結果※1によると、「働けるうちはいつまでも」と答えた人の割合は、日本が最も高く20.1%。韓国も15.3%と高いのですが、そのほかの国は高くても5%台となっています。日本は、就業意欲の高いシニアが多い傾向にあり、実際に、すでに60代後半でも半数以上の人が働いています。  これまでの会社は、男性が年功的にピラミッド型で働いているというイメージでしたが、いまはシニアも含めて多様な人々がともに働くという、いわゆるダイバーシティ時代が到来しています。人を活かす経営の考え方も、変えていく必要があると思います。 ミドル・シニアを活かしきれていない企業  日本企業や社会はミドル・シニアを活かしきれていない、という問題意識を私は持っています。  50代以上の働く人々を対象とした、仕事やキャリアに関するアンケート調査※2によると、「現在の仕事のモチベーション」について、キャリアのなかで一番モチベーションが高いときを「5」だとすると、現在は「5」と回答したのは残念ながら全体の3.4%に過ぎませんでした。50代以降のモチベーションは、そう高くはないのです。  その理由を見てみると、50代後半では「求められる役割が変わった」が最も多く、60〜65歳では「給与が下がった」が最多となっています。ほかにも「やりたい仕事ができなくなった」も多くなっています。経営者や人事は、「シニア本人に見合う仕事、あるいは役割を任せているか」ということを考える必要があると思わされる調査結果です。  また、シニア就業者の意識・行動の変化などを聞いた調査※3では、高齢期に働きたい理由について、1位は「働くことで健康を維持したいから」、2位は「収入」、5位は「仕事を通してやりがいを得たいから」です。60歳までと71歳以上と比べてみると、71歳以上は1位と5位が5倍に伸びています。このあたりが、シニアを活かす重要なヒントになるのではないでしょうか。  いま、国をあげてミドル・シニアのリスキリングを推進しています。リスキリングとは、経済産業省の定義では「新しい職業に就くために、あるいは、いまの職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する・させること」となっています。  私は前職のリクルート時代に、『ケイコとマナブ』という雑誌の編集長をしていたのですが、「学ぶことは楽しい」ということを伝えていくことをコンセプトとしていました。一方でリスキリングの定義はどうでしょうか。私はリスキリングに対して、抵抗感を抱いている方が多いような印象を受けています。なぜかと考えると、経済産業省の定義は、主語が働き手側ではなく、政府や企業になっているからです。また、「これまでのスキルは使えません。だから新しいスキルを身につけましょう」と、ミドル・シニアのプライドを傷つける印象があることもその要因ではないでしょうか。  ただ、希望の持てるデータがあります。雇用者にかぎらずに働いている人々を対象に、仕事に満足している人の割合を1歳ごとに調査した、リクルートワークス研究所の調査※4によると、仕事に満足している人の割合が底なのは「50歳」なのです。そこから加齢とともにじわじわと数値は上がり、「75歳」で仕事に満足している人の割合は、50歳の1.7倍となっています。  50歳と75歳の方々の働いている状況を比較すると、50歳では、就業形態は正社員が多数で、高年収の方も多い一方で、長時間労働が比較的多くなります。75歳では、就業形態のトップは自営業で、年収は高くないのですが、働いている時間が短くなります。  自営業という働き方も大事なポイントです。シニア期に独立された方にお会いすると、とても活き活きとされています。自分のやりたいことを、自分のペースでチャレンジしているからでしょうか。ここにも、シニアを活かすヒントがあるような気がします。 「働きやすさ」よりも「働きがい」を重視した経営を  人を活かす経営、特にシニアを活かす経営をどのように考えていくのかについて、五つの観点からお話ししたいと思います。  第一の観点は、「『働きやすさ』より『働きがい』を重視する」ことです。この十数年で働き方改革が進みました。働く人が多様になり、それぞれの事情に対応するなかで労働時間を短くしたり、休暇も取れるほうがよいという風潮になりました。現在の有給休暇の取得日数は、1984(昭和59)年以降、過去最高となっています。  アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグは、職場環境や労働条件、給料などの「働きやすさ」を改善すると不満足は減るが、満足にはつながりにくい、ということを指摘しています。人は、一度獲得した権益はすぐにあたりまえになり、より好条件を求めるようになります。シニアはもちろん、会社で働く多様な人材が、それぞれ「もっと就業条件をよくしてくれ」と主張し始めたら、会社は崩壊するのではないでしょうか。  一方で満足度を高めることにつながるのが「働きがい」で、その要素としては仕事内容や、組織内における責任、達成感などがあげられます。働いている人々の幸せを考えると、ここに着目して、人を活かす経営を実践していくことが大切ではないかと思います。  ただし、特に高齢期に入ると、労働条件のケアは必要ですので、まずは「働きがい」を考え、その実現のサポート要因として「働きやすさ」を考えていくことが重要ではないでしょうか。  第二の観点は、「人材囲い込みから流動前提の経営へ」です。ジェームズ・C・アベグレンという研究者が昔、日本型雇用の三種の神器として、「年功序列」、「終身雇用」、「企業内組合」をあげました。これは昭和の時代の話で、いまは大きく変わっています。  「年功序列」よりも労働市場でどう評価されるかという「市場価値序列」、「終身雇用」よりも自分で自分のキャリアをつくっていく「終身キャリア自律」が重要になってきています。また、「企業内組合」より、個人が会社の枠を超えてつながっていく社会になってきていると思います。  「人を大切にする経営」とは、これまでは雇用を守ることだと考えられてきたと思います。もちろんそれも大切ですが、そのうえにいまは、「社外でも通用するプロを育てること」が大切で、その仕組みをどのようにつくるかが重要になっていると考えています。 ミドル期以降は「キャリア自律」が重要に  第三の観点は、「ミドル期以降のキャリア自律を応援する」です。日本ではいま、人的資本経営やリスキリング、人材流動化が進もうとしています。特に大企業などは、「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」がトレンドになってきています。  メンバーシップ型では、入社後に配属地や職種が決まり、その後も人事異動や配置転換があります。対してジョブ型は、この地域・この職種・この仕事、という契約を会社と結んで働くことが前提になっています。  メンバーシップ型の強みは、未成熟な若者を一人前に育てていく仕組みです。メンバーシップ型のほうがよいのではないかと、慣れ親しんできたミドル・シニアの方々は思いがちですが、じつは若者はメンバーシップ型でしっかり育てて、ミドル・シニアはプロとして会社と対等に契約を結ぶような形で働くことがこれからは求められていくのではないでしょうか。そこで、ジョブ型・メンバーシップ型のハイブリッド型がよいのではないか、というのが私の考え方です。  ミドル期以降は、本人の経験値を活かして、本人が働きがいを感じられる仕事・役割を本人と相談して決めるなど、本人の意向をふまえて活躍するステージをつくっていくことが重要なポイントになると思います。最近「キャリア自律」という言葉を耳にする人も多いと思います。自分が立てた規律や規則に則って働ける人材であることが、ミドル・シニアになると特に重要になると思いますし、それを会社としてどう支援していくかが大切になると考えています。  第四の観点は、「シニアの『モチベーション』変化に寄り添う」ことです。早稲田大学の竹内(たけうち)規彦(のりひこ)教授の研究から、わかりやすいモチベーションの変化の定義を紹介します。若いころのモチベーションは「資源獲得の最大化」で、経験を積んで自分の知識・スキルを身につけていくことがモチベーションにつながっていきます。  一方でシニア期は、「資源損失の最小化」にモチベーションを感じるそうです。自分がつちかってきた人生や経験値を守りたいという意識に変わっていくのです。このモチベーション変化に寄り添い、本人の意向を聞きながら役割をつくっていくことが大切になります。  そういう意味でリスキリングを考えると、ミドル・シニアの経験をリスペクトし、それを活かしたうえで、変化に対応していくことが大切ではないでしょうか。  まずはミドル・シニア本人が、どう生きたいのかを考え、そのための希望の仕事、キャリア、働き方をするためには何を学んだらよいのかを考えていく。この順番でリスキリングを考えることがとても重要だと思います。「学ぶ」ということは、本当の自分を知っていく旅なのだと思います。そういう喜びを感じてもらえる場をつくっていくと、シニアの方々の活躍に必ずつながると私は信じています。  第五の観点は、「社員全員に『私だからの役割』がある組織へ」です。会社の理念のために一人ひとりがかけがえのない存在として、持ち味を活かして役割をにない、それがつながり合って円のようになっていく。すると、多様な人が活き活きと働く組織になっていくと思います。ポストと報酬で動機づけするピラミッド型の組織から、「組織の目的」と「個々の尊重」で動機づけするサークル型の組織へと変えていくのです。  社会心理学者のエドワード・デシが、内発的動機づけという概念を打ち立てています。内発的動機づけとは、心の内側から出てくるエネルギー、モチベーションで、これが整うためには二つの条件、「有能感」と「自己統制」が必要です。有能感とは、「私だからこの仕事をやるんだ」、「私だったらできる」という感覚、自己統制はそれが任されて自己裁量でできる状況です。これをいかにつくっていくか、マイペースに自己裁量で働ける環境整備をしていくことが大切ではないかと考えます。  最後に、シニアの方々を含めて多様な社員のみなさんが、「この会社で、この仕事をやりたいんだ」という気持ちになる、そういう組織をつくっていただければと思います。 ※1 リクルート・Indeed「グローバル転職実態調査(2023)」 ※2 株式会社日本能率協会マネジメントセンター「50代以上のビジネスパーソンに聞く『仕事やキャリアに関するアンケート調査』」(2024年) ※3 株式会社パーソル総合研究所「働く10,000人の成長実態調査/シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント」(2023年) ※4 株式会社リクルート リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」(2021年) ★「令和6年度 高年齢者活躍企業フォーラム」基調講演は、JEED のYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。  こちらからご覧いただけます。https://www.youtube.com/watch?v=-hhbczkIHCg 写真のキャプション 株式会社FeelWorks代表取締役の前川孝雄氏