【P6】 特集 生涯現役社会の実現に向けた シンポジウム 〜開催レポートT〜 ▼10月10日開催 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 ▼10月25日開催 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」  JEEDでは、生涯現役社会の普及・啓発を目的とした「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」を毎年開催しています。2024(令和6)年度は、企業の人事担当者のみなさまにとって、特に関心の高いテーマごとに全3回開催し、学識経験者による講演や、先進的な取組みを行っている企業の事例発表・パネルディスカッションなどを行いました。  今号では、2024年10月10日に開催された「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」、同10月25日に開催された「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」の模様をお届けします。 【P7-10】 2024年10月10日開催 基調講演 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 シニア社員の戦力化は「ジョブ型」人事で 学習院大学名誉教授 今野(いまの)浩一郎(こういちろう) 企業にもシニア社員にも求められることは「覚悟」  本日は、「シニア社員の人事はジョブ型が合理的でふさわしい」ということについてお話ししたいと思います。  日本の労働市場をみると、働く人のおよそ5人に1人は60歳以上の高齢者という状況となっています。これは日本の企業の平均的な状況を示しているので、例えば社員1000人の会社だったら200人がシニア社員(60歳以上)ということになるので、企業にとってシニア社員は「大きな社員集団」化していることになります。これだけ大きな社員集団になってくると、シニア社員にがんばってもらわないと経営はたいへんですし、活力ある日本経済のためにも、シニア社員に活躍してもらうことは不可欠な状況にあるというのが労働市場の概況です。  それをふまえて人事管理を考える必要があるのですが、企業にシニア社員を活かす気概がないと、人事管理は形骸化してしまいます。まずは企業が「シニア社員の戦力化は不可欠」という覚悟を持つことが非常に重要だと思います。  一方、シニア社員にとっても同じことがいえます。シニア社員は5人に1人の大きな社員集団化しているので、企業経営からすれば、シニア社員が引退気分で働くことは許されません。シニア社員もしっかり戦力として働く覚悟が必要です。したがって、人事管理をどうするかの前に、企業もシニア社員も「戦力として活用する」、「戦力として働く」覚悟を持つことが重要になります。  日本は先進国のなかで最も高齢化が進んでいるうえ、働く高齢者が多い国なので、シニア社員が活躍できる人事管理をつくることは、世界にモデルを示すことにつながります。人事制度の設計・運用を行うみなさんには、この気概を持って取り組んでいただきたいと考えています。  それでは、具体的な制度の話をしていきましょう。現状は60歳定年制をとり、60歳以降は再雇用とする企業が大半です。そこで、ここでは「60歳定年+再雇用」を前提に人事管理を考えてみます。まずは、人事管理の現状を把握しておく必要があります。活用の面をみると、現職の継続が多く、労働時間ではフルタイムで働く人が多いです。ただし「現職の継続」といっても職責は落とすのが一般的です。さらに働き方については、例えば、転勤なし、長期出張なしなど働き方の制約化が進んでいます。  次に評価・処遇制度について目を向けると、働きぶりを評価する企業が増えつつあるとはいえ、評価をしない企業はまだ少なくない。さらに賃金をみると、定年時に一律に下げ、その後の昇給はないという企業がまだまだ多い状況です。本来は、仕事内容や能力、成果に応じて決めるのが賃金決定の基本原則ですから、その原則から外れた状況にあるのです。つまり、評価しない、あるいはがんばっても賃金が変わらないということになり、このことは、「会社は成果を期待していない」、あるいは「現役並みの活躍を期待しない」といったメッセージを、シニア社員に送っているということになります。  したがって、現状の人事管理は「福祉的雇用型」と呼ぶにふさわしい人事管理といえます。福祉的雇用型の人事管理を行っている以上、シニア社員の働く意欲は落ちますし、働きぶりはそれなりになります。  最初にお話ししたように、シニア社員を戦力化しなければならない状況にあるわけですから、こうした福祉的雇用型の人事管理に将来性はありません。  では、福祉的雇用型をどう変えていくのか。この点を考えるにあたっては、現状をふまえて、「60歳定年+再雇用」を前提に人事管理を考えていきます。シニア社員の人事管理をつくるにあたっては、シニア社員がどういう特性を持つ社員なのかをふまえなければいけません。人事管理は、社員の特性に合わせてつくるものなので、それを確認する必要があるのです。  考慮すべきシニア社員の特性はいくつかあり、特に、定年60歳後の再雇用は65歳までが一般的であることを念頭に置くと、「雇用期間は短い」ということがあげられます。つまり、シニア社員は短期雇用が前提ということになります。定年前の社員のように長期雇用を前提として、最初に教育を行って育て、あとから成果を得るということにはならず、いま持っている能力を、いま活用して、いま払うという特性の社員になります。これをここでは「短期雇用型人材」と呼びます。これがシニア社員の基本特性です。  それに対して定年前の正社員は、若いときに育てて能力を上げ、その後に成果を出してもらい、処遇はそれに対応して長期的な視点に立って決めるという意味で「長期雇用型人材」になります。  そうすると、シニア社員には短期雇用型人材の人事管理が、60歳以前の社員には長期雇用型人材の人事管理が必要になるので、企業全体の人事管理はこの二つを組み合わせた「一国二制度」型の人事管理が必要になります。  この大枠のもとで、具体的に人事管理をどう設計すればよいか。制度設計をするうえでの基本的な考え方をお話しします。 シニア社員の配置は需要重視の「適所適材型」で  ここでは、人事管理で重要な「活用」の面と、「処遇決定」の面についてお話をしたいと思います。  まず「活用」については、「60歳定年+再雇用」を前提にすると、定年で雇用契約はいったん終了し、雇用契約を再締結することとなります。つまり、雇用契約の再契約となるので、再雇用は中途採用の一形態といえる「社内中途採用」といえます。そうすると、通常の中途採用と同様に、企業は「シニア社員から何を買いたいのか」、シニア社員は「会社に何を売りたいのか」を明確にして、活用を決めるという視点が重要になります。これを「シニア社員がいるから仕事をつくる」としてしまうと、「置いてやる雇用」となってしまいます。  したがって、シニア社員の活用の基本は、業務上の人材ニーズは何かを明確にして、その人材ニーズを満たすシニア社員を探して配置するという、人材ニーズに重点を置く「需要サイド型」である必要性があります。つまり、「適所適材型の配置」が必要なのです。現実にはこの通りにはいかない場合も多いのですが、「シニア社員がいるから仕事をつくる」という供給サイド型をとると、どうしても福祉的雇用型になってしまうので、シニア社員活用には需要サイド型の視点を持っていただきたいと思います。  では現実の活用施策はどうなっているのかというと、人事と現場の管理職が相談して決めるやり方が主流になっていますが、これを支えるためにさまざまな試みが行われています。例えばシニア社員向けの社内公募制度を導入する企業があります。これは社内公募ですから、最初に「この業務に、この人材がほしい」と企業が募集をして、あとからシニア社員が手をあげるという順序なので、需要サイド型といえます。  次に処遇面についてですが、賃金を決める際には、「社員タイプにどう合わせるか」と、「活用施策にどう合わせるか」が課題になります。この二つが賃金決定の基本原則になります。すでに説明したように、シニア社員の社員タイプは「短期雇用型」で、活用施策は「適所適材型」です。そうなると賃金は仕事の重要度で決めるのが合理的になります。「仕事基軸の賃金決定」しか手はないと、私は思っています。  したがって、定年を迎え再雇用になった際に、仕事内容に変化があれば、賃金も変わることになります。例えば、現職の継続でも職責が低下する場合は、職責の低下部分だけ賃金が下がるという決定の仕方が必要だろうと思います。  これが基本原則となりますが、日本にはやや複雑な事情があります。それは定年前の賃金が年功賃金を採用している企業の場合です。若いときは成果に比べて賃金を低めに、高齢期は高めに設定するのが年功賃金の理論モデルです。  そのため定年時の賃金は成果を上回る水準になり、上回った部分は、若いときに低めであった部分の後払い部分になります。そうなると、定年後は、この後払い部分を、調整しなければなりません。定年後のシニア社員の賃金は、仕事の内容の変化と年功賃金の調整をどうするか、この二つを考えて決定することになります。  適所適材の活用あるいは配置と、仕事基準の賃金決定を重視する人事管理は、いわゆるジョブ型の人事管理の一形態であると思っています。以上が会社に求めることです。 シニア社員に求める「社内中途採用」の視点  次に、シニア社員に求めることについてもお話ししたいと思います。  先ほど、定年後の再雇用は「社内中途採用」という話をしましたが、シニア社員には、この視点を持って、自分は「何を売りたいか」を、しっかり考えて会社に提示していただきたいのです。業務上のニーズ、つまり職場で何を求められているかを考え、自分はどのような役割を通して会社、職場に貢献するのかを考えてほしいと思います。  これは通常の中途採用であればあたり前のことなので、ぜひともシニア社員の方には「自分は会社に何を売るのか」という視点を持ってほしいと思います。これが一点目です。  もう一つは、キャリアの考え方を転換してほしいということです。65歳、70歳、もしかしたら75歳と、職業生活が長くなってきています。その長い間、「上り続ける」キャリアはありえないと私は思っています。シニア社員のみなさんは、若いころより、よりむずかしい仕事、より高いポジションを目ざしてがんばってきた、つまり「上り続ける」キャリアを続けることでがんばってきたわけですが、それを65歳、70歳、75歳まで続けるのはむずかしいので、キャリアのビジョンを変えなければいけません。つまり「上向指向型」から「水平指向型」、あるいは「降りる指向型」へとキャリア転換が必要になります。こうしてキャリアを転換すると、例えば、責任ある仕事から一担当者への転換など、役割転換が起こることになり、それに対しては気持ちの面の切り替えが非常に重要になります。  つまりキャリアビジョンを転換して役割が変われば、「働く意識・行動と能力」が変わるということを認識し、その再構成の準備をしてほしいと思います。  例えば、部下をしたがえて責任ある仕事をになってきた管理者でも、職責が下がって一担当者になれば、元部下と同じ一社員です。それを意識して行動しなければなりません。あるいは、例えば、苦手なエクセルを使った業務を「これ、よろしくね」と任せられる部下はもういません。エクセルを勉強しなくてはならず、学び直しが必要になってきます。  これは60歳になって取り組んでも間に合わないと思いますので、将来どのような役割を果たしていくのか、そのためにどういった意識・行動・能力の再構成をしていくのか。こうしたキャリアビジョンを描くことに、定年の10年前には取り組んだ方がよいでしょう。 定年の「雇用終了」機能は実質的に喪失している  最後に、定年延長についてお話ししたいと思います(図表参照)。  60歳定年制を採用している企業が多いことから、「日本の企業における定年は60歳だ」と思っている人が多いのではないでしょうか。ですが、法律では「希望者全員65歳までの雇用を確保すること」が義務化されていますので、日本はすでに「実質65歳定年時代」にあると考えてほしいのです。  つまり、年齢を理由にして「雇用を終了する」というのが定年制の基本機能ですが、60歳定年制は、その機能を実質的に失っており、もう従来の定年制ではないという認識が必要です。  では、いまの定年制は、どんな役割を果たしているのか。社員がシニア社員になっていく際にどのようにキャリアや役割を転換するかを考えることを促進する。このキャリア・役割転換促進機能が定年制のもっとも重要な機能になっているのです。  定年延長をどうするかは、こうしたことを前提に考える必要があります。定年延長も再雇用も、シニア社員を戦力化する点では同じですし、その際の人事管理も基本的には何も変わりません。  ですから定年延長をするときは、何を目的とするのかをあらためて考えていただきたいと思います。従来の定年制は、お話ししたようにキャリア、役割転換促進装置として機能しています。定年を延長するとその機能がなくなることになるので、定年延長をする際には、従来の定年制に替わるキャリア、役割転換促進装置をどうつくるかを考えてほしいと思います。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」基調講演は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。 こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=SjCefUqFlsg 図表 定年延長の際に考えるべきこと @定年の機能変化 ・実質65歳定年制時代の到来により定年の機能は「雇用終了」から「キャリア・役割転換促進」へ A変わらない定年延長と再雇用への対応 ・定年延長、再雇用にかかわらずシニア社員のキャリア・役割転換が必要 ・戦力化のための人事管理は定年延長でも再雇用でも変わらない B定年延長の際に考えるべきこと ・何を目的に定年延長を行うのかを考えること ・旧定年制に代わるキャリア・役割転換促進装置をどう構築するのか ※シンポジウム配布資料を基に作成 【P11-12】 2024年10月10日開催 事例発表@ 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 資生堂のジョブ型人事制度について 株式会社資生堂 ピープル&カルチャー本部 変革推進グループ マネージャー 谷(たに)圭一郎(けいいちろう) 現役報酬から退職金・年金に至る総合的な人事制度の改定を実施  当社は1872(明治5)年に創業しました。 「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(美の力でより良い世界を)」をミッションに掲げ、化粧品を中心に、約120カ国で事業を展開しており、4万人弱の社員がいます。リージョン体制をとっており、本社、日本、中国、米州、欧州、アジアパシフィック、トラベルリテールのうち、本日は本社と日本における取組みを中心にお話しいたします。  私は人事部門にて制度の設計を行っていた際に、ジョブ型の人事制度の構築にたずさわってきました。当社では2021(令和3)年に、管理職約1800人と総合職4000人弱に対して、新しい人事制度を導入しました。管理職については2015(平成27)年に役割等級制度を導入しジョブ型制度に転換をしていますが、2021年に一般社員・管理職と合わせて、あらためて見直しを行いました。  新制度では六つの改定項目(@ジョブファミリー※1、Aジョブグレード※2、B報酬水準、C報酬構成・報酬比率、D評価と賞与乗率、E退職金・年金)があり、単純にジョブ型を取り入れるというものではなく、現役報酬から退職金、年金に至るまでの総合的な改定となります。「ジョブファミリー」という専門性・キャリアの軸をベースに、個人に求める職務を「ジョブディスクリプション(職務記述書、以下「JD」)」※3、その職務に求められる専門能力を「ファンクションコンピテンシー」※4で定めて、より高いジョブグレードの職務をにない、成長していくためのキャリア目標、昇格の基準を整理しました。一人ひとりが自分の仕事領域に向き合い、強い個が組織を強くしていくというコンセプトで、制度の見直しを行っています。別の観点でみると、社員の成長と会社の成長が、それぞれ好循環につながるように、意図して制度の改定項目をそれぞれつくり、報酬水準、評価、賞与、退職金、年金を整えたということになります。 ジョブの専門性をさらに高める縦軸方向の人材育成に転換  改定項目は多岐にわたりますが、最初に「ジョブファミリー」という考え方について説明します。「美容」、「セールス」、「ブランドマーケティング」、「財務・経理」などの職域があり、この一つひとつをジョブファミリーと呼んでいます。社員が専門性やキャリアを高めていくための軸を定めて、縦軸方向で育成を行っていきます。この縦軸は、グレード(等級)に分かれており、一般社員から管理職まで約10段階のグレードを定め、より高い役割を目ざせるようになっています。新卒採用の際にも、ジョブファミリーを明示して採用を行っており、その後も基本的にはジョブファミリーのなかで異動・育成を行います。もちろん、ジョブファミリーを越えた横の異動の機会もあります。  次に「JD」について説明します。本人に求める職務、そのポジションに求める職責を定義するもので、通常、JDは1ポジション一つです。ただ、今回の改訂から対象となった一般社員については人数・ポジション数が多く、管理が煩雑になってしまうことから、グループ・課、もしくはジョブファミリーの一階層下のサブジョブファミリー単位で作成し、ある程度管理しやすい形にしています。  また、一般社員のJDについては、グレードごとにどれくらいの職務レベルが求められるのかを定めており、グループ・課もしくはサブジョブファミリーにおける成果責任や職務、職責などについて、全社共通のグレードごとの役割定義に基づき文言を作成する運用をしています。  職務・職責を遂行するためには、どういった専門性が求められるかを定めたものが「ファンクションコンピテンシー(専門知識・技能)」です。自分がどんなスキル・専門性を強化していけば上位グレードの業務・役割がになえるのかを、見える化したものです。  報酬水準については、グレードごとに報酬の上限と下限を定め、そのちょうど中間を競合他社とベンチマークするようにし、競合他社に対して一定の競争力を担保する水準に設定しています。中間からプラスマイナス20%で報酬レンジを決定する形をとっています。 永続的かつ公平性をコンセプトにシンプルな退職金・年金制度を構築  最後に、退職金と年金制度について説明します。将来にわたって、退職金あるいは年金を支給できるように、制度のサステナビリティを高めるというコンセプトで改定を行いました。入社から定年まで勤めた場合をモデルに、一時金水準を維持する形で考えており、在職時、働いた間の貢献に応じて積み上がっていくことで公平性を担保します。  以前の制度は確定拠出年金、確定給付年金、退職一時金、特別退職金があり、非常に複雑だったのですが、その時々の貢献に応じて給与の一定割合が確定拠出・確定給付として積み上がる制度に変更するとともに、自己都合退職の場合に減額となる仕組みの廃止、終身年金から有期年金への変更などを行いました。  新しい制度を導入するうえでは、社員とのコミュニケーションが重要となりますが、社員一人ひとりに対してだけではなく、上司によるマネジメントも大切です。マネジメント層を対象に、定期的にマネージャーワークショップを行い、新制度のポイント解説や制度の運用にあたって生じる悩みの解消などにも努めています。  まだまだ改善の余地はありますが、特に制度のシンプル化が、非常に重要だと考えています。制度が複雑だと社員に伝わりにくいということと、運用においても大きな負担となるので、シンプルにすることは大切だと思います。 ※1 ジョブファミリー……知識やスキルなど必要な能力が類似するジョブをグループ化したもの ※2 ジョブグレード……職務の大きさ(ジョブサイズ)を格づけしたグレード ※3 ジョブディスクリプション……になっている職務・職責、業務内容、必要な案件等を記述した文書 ※4 ファンクションコンピテンシー……職務を遂行するために必要な専門性やスキル ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(株式会社資生堂)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。https://www.youtube.com/watch?v=OMP9rcRr2OE 【P13-14】 2024年10月10日開催 事例発表A 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 経営戦略に連動した人財戦略の実行 ジョブ型人財マネジメントの導入背景を中心に 株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクト シニアプロジェクトマネージャ 神山(かみやま)靖基(やすき) グローバル・メジャープレーヤーへ転換を図り海外グループ全体視点で臨む人事改革  当社は1910(明治43)年の創業で、日本国内を中心に製品やシステムの提供を通じて事業を展開し、国内市場の拡大とともに成長してきました。2008(平成20)年度に経営危機に直面したことから経営転換を図り、従来の製品・システムに加え、データを活用したサービスを提供する「社会イノベーション事業」をグローバルに展開しています。同事業は社会の現在および将来のニーズの探索からビジネスを構築していこうというもので、いわゆるプロダクトアウトのビジネスモデルから、マーケットクリエイト型への転換を行ってきました。これにより、海外の売上高、従業員数ともに2000年との比較で2倍以上に増加し、売上げ、収益、従業員数の60%が海外となっています。  2011年に、中西(なかにし)宏明(ひろあき)代表執行役社長・CEO(当時)から「グローバルメジャープレーヤーへの転換を成し遂げよう。グローバル・グループ全体の視点で人事改革を」という強い要請があり、人財部門は求められる人財・組織を、「さまざまな国籍、性別の多様な人財」、「ワンチームで業務遂行できる組織・人財」、「プロアクティブに自立した人財とその文化を持つ組織」、「変化に速やかに適応できる組織・人財」と定義しました。  人事マネジメントの変革は3段階で進め、2011年から継続して実施しています。第一段階は、グローバル共通の人財マネジメントの基盤を構築しました。第二段階は、特に役員層多様化であり、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)やタレント※の獲得などの人財施策を実行しました。そして第三段階として、マインドセット・企業文化へのアプローチということで、ジョブ型人財マネジメントへの転換を進めてきました。  現在もそれぞれアップデートしながら、継続して推進している施策です。本日のテーマであるジョブ型人財マネジメントへの転換は、成長に向けたマインドセット、企業文化の醸成と位置づけています。 マインド・文化の醸成における要としてジョブ型マネジメントを位置づける  ここからは、ジョブ型人財マネジメントへの転換についてご説明します。日立製作所が目ざすイノベーションが生まれるような組織、文化と人財を育成するために、従来の「推して知るべし」のような日本特有の企業文化を転換する契機として、ジョブ型人財マネジメントを要に据え、現在、推進しているところです。  ジョブ型によって私たちが目ざすのは、組織・個人双方の成長、成長マインド文化の醸成です。会社は組織を見える化し、魅力ある職務、成長機会を個人に提供し、本人は職務に応じた価値発揮、あるいは自律的キャリアを構築していく。そして会社と個人の双方のコミュニケーションにより、適所適材を実現することによって、組織・個人双方の成長を図っていこうというものです。  この転換を進めるため、2013年から2021(令和3)年までの最初の取組みとして、職務の見える化(ジョブディスクリプション〈以下、「JD」〉導入など)、人財の見える化(Workday、リスキル、タレントビューなど)を行い、それらをコミュニケーション(1on1ミーティング、セルフキャリアチェックなど)で連動させることで総合的に展開しました。  それぞれの施策についていくつか紹介します。職務の見える化=JDの作成については、まず標準JDを全職種450種類用意しました。そこに職務概要、求められる能力、期待行動などを記載しており、全従業員がすべてのポジションを閲覧することができます。  次に、人財の見える化については、それまで複数のシステムや紙の書類に点在していた人財マネジメントに関する情報を一つのプラットフォームに統合し、それぞれに閲覧権限を与えて、権限者がデータを見られるようにしました。  次にコミュニケーションですが、これは、なぜ当社がジョブ型を目ざすのか、ジョブ型に転換するとマネージャーの役割はどうなるのか、かなりの時間と回数をかけて、経営層、管理職・一般従業員を含めた全階層で双方向のコミュニケーションを行ってきました。また、会社からの情報として、eラーニングの実施によって、よりジョブ型に対する意識を高めるような情報を現在も発信しています。もちろん、労使の春季交渉および各種委員会においても、ジョブ型による多様な人財の活躍支援策について、継続的に議論を重ねてきました。  ジョブ型推進の議論のなかでは、例えば「日本の企業が持っているチームワークやロイヤリティなど、いままで大切にしてきたものを、ジョブ型によって失うのではないか」という意見も多くありました。しかし、これら一つひとつがじつはステレオタイプ的な理解で、思い込みに過ぎないということを、ていねいな説明を重ね、その払拭に努めてきました。  当社の従業員を対象にジョブ型に関する調査を行ったのですが、自分のキャリアを自分でつくることの必要性に対する理解は87%と肯定的な意見が大半を占めています。また、自分のスキルを高めるための行動をしている人は2022年度からの1年で43%から53%に増加しました。ただ、行動の習慣化ができている人はまだ16%にとどまっているので、まだまだ私たちが目ざすところには至っていない状況です。  2022年以降は、自律的キャリア形成の支援に力を入れており、それぞれの従業員が自ら行動して、その行動変容の具体化、習慣化をねらった対策を進めています。自律的なキャリア形成については、キャリア研修などを通して、入社した時点からWill-Can-Must、自分のキャリアは自分で考えていくような意識づけを図っています。将来的には、ジョブ型人財マネジメントをさらに深化させ、仕事・役割基軸での人財配置・処遇運用の徹底を図っていきたいと考えています。 ※タレント……会社に貢献できるスキルや才能、またはそれらを持つ優秀な人財 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(株式会社日立製作所)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=MXlOlFbh5Hw 【P15-16】 2024年10月10日開催 事例発表B 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 三菱マテリアルの職務型人事制度について 三菱マテリアル株式会社 人事労政室 室長 廣川(ひろかわ)英樹(ひでき) 自律的な人材の確保・育成に向けた人事制度と働き方の改革  当社の創業は1871(明治4)年で、2021(令和3)年に創業150周年を迎えました。従業員数はグローバルで約1万8000人、そのうち日本が約1万1000人です。非鉄金属事業を柱に、加工事業(銅加工)、高機能製品(電子材料、超硬工具)の製造を行っています。社是に「人と社会と地球のために、循環をデザインし、持続可能な社会を実現する」を掲げています。「循環」とは金属資源のほか、われわれが「静脈機能」と呼んでいるリサイクルに注力し、豊かな社会、循環型社会、そして脱炭素社会に貢献することを目ざしています。  私たちの人事制度改革は、HRX(ヒューマン・リソース・トランスフォーメーション)と呼んでいます。2017(平成29)年の品質問題の発生を契機に、ガバナンスの強化、そして組織能力の強化に取り組んできました。2021年には四つの経営改革として、CX(組織・経営管理の改革)、DX(データ・デジタル技術活用改革)、業務効率化、そしてHRXに取り組んでいます。これらは相互に連関しており、HRXは「変化に適応する自律的な人材の確保、育成に向けた人事制度、働き方の改革」をうたい、そのなかでテーマを設けて取り組んでいます。HRXのおもな施策は職務型人事制度、および次世代経営人材の育成、社内公募制度、新たな研修体系、そしてDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進があります。  本日は「職務型人事制度」(以下、「職務型」)についてお話しします。制度適用者は管理職層で、2022年4月1日に導入しており、給与については同年7月からの運用となります。  職務型人事制度の導入に向けた検討を開始したのは2021年1月ですから、1年3カ月のスピード感を持って導入したものです。その間、制度導入までにすべてのポジションについて職務評価を行い、2022年度は移行措置期間とし、給与減となる社員には激変緩和措置として調整給を支給しました。  これは職務型の思想と相違するところではありますが、当社は原則60歳の到達年度末をもって、役職を退くことになっています。当社は長年、年功序列、職能資格制度(以下、「職務資格」)で運用してきた会社ですので、なかなか世代交代が行われず大きな課題となっていました。そういった点もふまえて、役職定年制度は職務型導入後も継続しています。ただ、文化が成熟してきた際には廃止することも検討しています。 人材を「適所適材」で配置する 役割・責任に応じた職務型人事制度  長らく年功序列・職能資格で運用してきたので、職務型を導入するにあたり、人材マネジメント方針をあらためて定めました。「役割、職責、行動、それから目標に対して能力を発揮し貢献した人を、将来を見通し成長していく人として報いていく」ことを重視しています。  職能資格から職務型の変更点として、まず等級名称の変更があります。「職能資格ランク」から「職務グレード」に変更しました。等級については、従来は昇格がメインでしたが、職務グレードの変更ということで、上下の移行が行われます。  職務型のおもなポイントとしては、“人事の3制度”といわれるところの、「等級体系」、「考課体系」、「報酬体系」があげられ、それぞれが関連した仕組みとなっています。  等級体系については、になう役割、責任に基づく新たな職務グレードを設定しました。従来は「参事補」、「参事」、「監事補」などの等級名称としていましたが、「グレード」に統一し、グレード1〜7としています。あわせて執行役員制度も廃止しています。  考課体系については、役割、責任の発揮、成長、育成の促進を評価項目に加えたほか、行動考課と業績考課の二つの軸を設けました。給与は、それらを合わせた総合考課としたベースに改定しています。  報酬体系については、外部市場を参照した報酬、会社業績・個人考課の反映を強く打ち出しています。基本給に、ライフプラン手当を給与として受け取るか、退職金・年金として積み立てるかが選択できます。賞与は基本賞与と業績連動賞与として職務グレードごとに変動幅をもたせています。  また、各職務グレードには四つのゾーンを設けています。ゾーンごとに昇降給のテーブルを設定しており、同一グレード内での昇降給を可能としています。  人材マネジメント改革の取組みは、経営陣が人事課題の議論を行う人材委員会を立ち上げ、年4回の全体会を実施しているほか、年3回以上、次世代経営人材分科会を開催し、臨時会では中長期的な人事課題を討議して人事施策を推進するなど、経営陣が人的資本に関する取組みに積極的に関与しています。  あわせてインフラ整備として、2022年2月よりタレントマネジメントシステムを活用し、人材の管理を行っています。そのほか、社内公募制度や1on1の展開、リスキリングを推進するオンライン学習などのほか、48歳・55歳時に行うキャリアデザイン研修では、キャリアとファイナンスを改めて考えてもらう機会をつくっています。  また、キャリア形成に関しては、毎年11月を「マテキャリ:マテリアルの仕事・人を知る、キャリアを描く月間」と位置づけて有識者の講演、パネルディスカッションを実施してキャリアについて考えるイベントを集中的に展開しています。  制度改定にあたってはコミュニケーションを重視し、タウンホールミーティングを2023年度に全22回行い、直接対話の場を多く設けて経営陣と社員が双方向で話をできるような環境づくりに努めてきました。  今後の課題は、職務をベースにした人材マネジメントの習熟と行動への落とし込みです。「画一的な人事管理」から、一人ひとりの個人の力を最大限引き出す「マネジメントのダイバーシティ」に取り組んでいます。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(三菱マテリアル株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=tkW7BCaM5AU 【P17-22】 2024年10月10日開催 パネルディスカッション 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「『ジョブ型』人事から考える〜シニア人材の戦力化」 ジョブ型人事管理への転換に向けた施策と課題 コーディネーター 学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏 パネリスト 株式会社資生堂 ピープル&カルチャー本部 変革推進グループ マネージャー 谷圭一郎氏 株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 ジョブ型人財マネジメント推進プロジェクト シニアプロジェクトマネージャ 神山靖基氏 三菱マテリアル株式会社 人事労政室 室長 廣川英樹氏 導入の秘訣は経営のコミットメントと従業員のマインドセット 今野 本日は「ジョブ型」人事と、シニア社員の対応という二つのテーマを論点にしたいと思います。まず、論点に入る前に、みなさんがお話しされた事例の理解を深めるために、気になった点についておうかがいしたいと思います。  まず、株式会社資生堂の谷さんにお聞きします。管理職から一般社員までジョブグレードをつくっているということですが、一般職が大きな括りであるのに対し、管理職ではランクが細分化されている理由についてお聞かせください。 谷 以前の等級から新しい等級に移行するにあたり、グローバルのグレーディング基準を設けました。共通の物差しでなければならないというところから、海外の基準を厳密に適用したところ、結果的に一般社員の段階数は以前とほぼ同じであったのに対して、管理職は細かくなり段階数が増えました。ただ、実際にグローバルも含め共通で運用してみると、グレードによってその間にあった差が見えるようになり、共通化した意義があったと考えています。 今野 ありがとうございます。続いて株式会社日立製作所の神山さんにお願いします。450種類のジョブディスクリプション(以下、「JD」)をつくったということで、とてもたいへんだったと思うのですが、どのように進めたのでしょうか。 神山 まず階層別に6階層を75職種に分け、職種ごとに委員会を設けて、有識者に協力いただき、ベースとなる共通の標準JDを準備しました。そこからすべてのジョブに適応できるように、アレンジしていくという形で進めました。 今野 ありがとうございます。三菱マテリアル株式会社の廣川さんは、ジョブグレードをつくる際に職務をベースにしている一方で、研究職は別の基準を設けているということでした。研究職はやはりジョブの価値が測りにくいということでしょうか。 廣川 そうですね。私たちの研究所はそれぞれ専門性があり、その専門性を組み合わせたプロジェクトがあって、1人で複数のプロジェクトを抱えることもあります。それを毎年バリューとしてジョブの価値を測ることはむずかしいので、発揮行動等級として、報酬の体系は同じですが別の尺度にして各々つくっています。 今野 ありがとうございました。では、最初の論点として、ジョブ型をうまく推進していくうえでの秘訣について教えてください。 谷 経営陣がしっかりコミットメントして進めることが非常に重要だと思います。ジョブや職務をベースに考えていくことは、従来の仕組みからは大きな転換となります。それについて、社員としっかりコミュニケーションを図り、理解してもらわなくてはいけません。制度変更の説明についても、経営トップから必要かつ大事な制度変更であること、全社的にとても重要な、経営の根幹を考えていくものとして意識して進めていくとのコミットメントがあったので、より進めやすかったところがあります。 神山 やはり従業員のマインドセットが重要だと思います。なぜ当社はジョブ型に向かっていくのか。これについて、経営・幹部層から一般従業員に至るまで、腹落ちできるかがとても大切です。当社の場合は、経営戦略の流れからの人財戦略として、ジョブ型に進んだわけですが、その文脈で話しても、自分ごととしてとらえられていない人が少なからずいるので、まだ到達すべきところまでたどり着けているわけではありません。それぞれの従業員たちが自分なりのジョブ型をしっかり理解することが重要だと考えています。 制度の浸透と運用のカギは各層とのコミュニケーション 今野 つまり、「社員にどうやって腹落ちしてもらうか」ですよね。そのためには、どんなことが大切になるでしょうか。 神山 やはりていねいなコミュニケーションに 尽きると考えています。2017(平成 29 )年 ごろから議論を始め、改革に向かう施策がほぼそろいつつある現在ですら、ふと議論が頓挫することもあります。とにかくあきらめずにジョブ型に向かう目的をしっかり説明していくことが大切だと思います。 今野 この「コミュニケーション」について、資生堂ではどんなことに取り組んだのでしょうか。 谷 いまふり返ってみると、まず役員層、そのあと部長層、課長層というように、徐々に制度を浸透させていき、最後に社員コミュニケーションを行い、一足飛びではない経緯があったように思います。  また、実際に制度がスタートし、運用が始まると、現場の課長がマネジメントを行う際に、必ず悩みが生じてきます。例えば目標設定において、制度導入にともない初めて作成したJDが目の前にあって、「目標の考え方はどうすればよいのだろうか」とつまずくことがあります。そういった悩みをしっかり拾い上げて、制度導入当初は四半期に一回、その後、マネージャーが新制度に慣れてくると半期に一回と頻度を変えながら、定期的なマネージャーワークショップを行いました。最初は制度の説明から運用のポイントに移行していき、そこで運用におけるむずかしい要所をつかんで、徐々に運用できるようになっていきました。くり返しコミュニケーションを行いながら、改善を重ねてきました。 今野 これらの点について、三菱マテリアルではどのような取組みをされたのでしょうか。 廣川 2022(令和4)年にスタートしたばかりの仕組みなので、まだまだ改善が必要な状態です。制度を導入したらそこで終わりということはなく、さまざまなレイヤー、さまざまな形でくり返し社員に伝えていくことを重視しています。同じことをトップが話し、人事も話し、現場の組織長も話していく。これがあるべき姿だと思います。現場への浸透という意味では、まだまだ私たちも力不足を感じているところはありますが、重要なのは厳しい意見が出ても、やはりコミュニケーションを一生懸命とっていくことではないでしょうか。 今野 ありがとうございました。コミュニケーションが非常に重要であることを、みなさんが感じられているのですね。それでは逆に、ジョブ型人事を推進するうえで、「これはしてはいけない」ということはありますか。 廣川 「制度が決まったから」といった、上位下達的な伝え方は絶対してはいけないとつねづね感じています。そうではなく、制度のねらいや実現したいこと、運用の仕方、すべてにおいてきちんとていねいに説明することと、たとえ説明に満足がいかなくても「がんばっていきましょう」と励ましたりしながら、ていねいなコミュニケーションを心がけています。 神山 「メンバーシップ型」から「ジョブ型」に変わるとなると、個別支援型マネジメントが必要になります。そこは現場の管理者に任せるだけでは、なかなかついてこられないでしょう。「マネージャーになりたくない」という声も世間では聞かれていますから、ファーストラインマネージャーの役割に寄り添う形の支援ということで、想定される問題に対して解決のヒントを示したガイド本をつくりました。とにかくHR(ヒューマンリソース、人事部)が現場の課題に耳を傾け寄り添うことが大切だと考えています。 谷 お二人の話にとても共感しました。違う視点からお話しするのであれば、複雑な制度はよくないと思います。以前の制度から移行する際に、さまざまなタイプの制度があって非常に煩雑になっていました。手当にしてもたくさんありすぎて、共通化を進めたというところがあります。受けとめる社員にとっても、建て増しの制度は、何をねらったものなのかわかりにくくなってしまいます。極力シンプルにして、制度のねらい、もしくは会社が目ざしたい方向があってこの制度設計になっているのだと、簡潔に伝えることができるような制度設計にしていくことが大切だと、旧制度から新制度に移行するなかで強く感じました。 社員のマインドセットのために重要なこととは 今野 ジョブ型を推進するうえで生じた課題などがあれば教えてください。 神山 ジョブ型化においては、「自分のキャリアは自分でつくっていく」ことになるので、そういった文化を醸成していくことが課題だと思います。 廣川 社員のマインドセットは課題の一つです。いままで年功序列、右肩上がりがあたり前で、処遇が「下がる」ということに対して、抵抗を感じている人が非常に多くいます。マインドをどう変えていくかが課題だと感じています。 今野 神山さんのお話も一種のマインドセットだと考えます。キャリアは会社が決めるというマインドセットから、自分のキャリアは自分でつくるというマインドに変えようということですね。いまの廣川さんのお話は、年功的な、あるいはそういう気持ちをジョブベースに変えていく意味のマインドセットですか。 廣川 そうですね。例えば、ポストオフのときに部長から部長補佐になる場合には、そこはやはり納得が得られないこともあるので、自律的キャリアを大切にしていきましょうと伝えているところです。 谷 私自身が個人的に感じていることですが、日本の労働法制のなかで、ジョブ型もしくはジョブベースの制度を採っていくことがむずかしい部分もあると思っています。現行の労働法制のなかで実現するためにどうしたらよいか、社内で議論しながら運用まで含めて組み立てても、論理的にむずかしい部分もあり、それは課題でもあるのですが、ある意味やりがいでもあるかなと思います。 今野 ありがとうございました。廣川さんと神山さんは比較的近いことをおっしゃったのであらためてお聞きしたいのですが、「自分のキャリアを自分でつくる」というマインドをつくるときに、一番重視しているのはどんなことでしょうか。 廣川 重視しているのは「1on1」です。上司と部下とのコミュニケーションをしっかりととり、そのなかでキャリアに関することを話題にしてもらっています。ほかにも、「1on1とは」を議題にして研修をしたり、学習ツールをつくったりしています。また、毎年11月をキャリアを考えるキャンペーン月間にするなどの仕掛けを行い、日ごろから話をしていくことで、「もしかしたら自分はグレードが下がるかもしれない」など自分ごとに感じてもらえたり、身近に考えるようになったりします。こうしたことをもっと深めていくべきだと思っています。実際、そうしていくことによって、みなさんが徐々に腹落ちをしてきているようです。 神山 当社では、2023年にグループ公募制度をリニューアルしてから、部門をまたいで異動する人が増えています。社外に求人を出す際には、必ず社内にも求人を出すというルール改正を行い、これによって社内の公募が活性化しています。手あげ式の制度など、形から変えていくのも必要だと思います。 谷 上司と部下の関係性はものすごく大事だと 感じています。これは労働組合が一番こだわった部分でもあります。ジョブベースの制度を導入するにあたって、部下が上司をしっかり信頼できているのであれば、給与変動をともなう昇降格があった場合に、上司が部下の育成をきちんと考えたうえで、本人の成長機会や次のチャンスなどの意図を含めた上司・部下間の双方向のコミュニケーションができるので、納得性が高くなるかもしれません。当社では、2021年の改定時にダウングレードは入れず、2年間、マネージャーワークショップを行って、環境が醸成されたところで、場合によってはダウングレードもあると追加で導入する形を取りました。最も労働組合としてこだわっていた上司・部下の関係性に関する意見は、その通りだなと思いました。信頼関係があって成り立つということを強く感じました。 ジョブ型人事管理制度はシニアが先行して導入 今野 60歳以降の人事制度について、考えていることがあればお聞かせください。 谷 当社は60歳定年以降も同じような報酬体系を適用する制度になっています。管理職については、グレードごとに競争力のある報酬水準をそのまま適用しています。退職金についてはいったん60歳で精算をしますが、それ以外の報酬はまったく変わりません。  特に管理職に対して同じ体系をとってよかったところは、例えば非常に技術の高い人にそこまでの処遇が提示できず、ある程度諦めて違う形で活躍してもらっていたところ、同じジョブで活躍してもらえるようになりました。  一方で一般社員は、付与するジョブのレベルを少し下げることもありますが、レベル分けをして、段階を分けるという意味ではジョブベースになっています。段階で報酬が分かれることでむずかしくなるのは、段階に分けたジョブのどれを本人に提示するかです。本人がどんなことを考えており、どんなスキルがあるのかなどを含め、マッチングが非常にむずかしいですね。そこはシニアの戦力化の面で悩み、考えながら進めているところです。 神山 当社は再雇用制度を2001年から実施しています。ジョブ型がうたわれる前の2017年ごろから、シニア社員にはジョブを提示して選んでもらっているので、その走りだったと思います。また、当社は役職定年を設けていません。最近、ごく少数ですが、60歳以降にも現役世代と同じジョブ、同じ役割を提示して、賃金もそのままという人も出てきています。現役世代のジョブ型がもっと進めば、今後のエイジフリーに向けた議論も前進するのではないかと考えています。 今野 先にシニアがジョブ型となって、60歳以前の人がそれを追っている、ということですね。 神山 はい。会社がジョブを提示して、本人がジョブを選んで、そのジョブに応じて契約をする、という意味では「ジョブ型」といえると思います。 廣川 われわれは、ザ・製造業でして、労働力不足はきわめて深刻な状況になりつつあります。そうしたなかで、役職定年をゆくゆくは廃止したいと考えていますが、一方で65歳定年にして、選択定年を維持していきたいと思っています。一つのけじめとして定年はありつつも、処遇としてはエイジフリーを目ざしたいと考えています。 谷 当社でも、ジョブ型については高齢社員から先行して行ってきました。ただし、やはり悩ましいのは、会社から本人に提示するジョブが松・竹・梅とあったときに、梅が提示される人というのは、本人が望まないかぎり、非常にショックなわけです。それを提示する側もむずかしくて、本人のスキルと、そのポジションを考えた場合に、提示が非常にむずかしいケースも起こるので、会社として、いかにこのポジションを受けてもらわないといけないのか、もしくは、ほかの活躍機会があるのかを提示する必要があります。本人からすると、自分はどういったことができるのかをきちんと示さないと、会社から提示を受けるジョブのレベルが低くなる可能性があります。今野先生が基調講演でお話しされた「覚悟が問われる」というのは、会社側も本人側もあるなと思います。 今野 本日3人のお話を聞いて、第一に、シニアまで含めてシームレスな人事管理をしようとするとジョブ型しかないと思いました。  第二に、3人の方が共通して強調されていましたが、ジョブ型の人事管理が機能するには、その意味について社員がしっかりと腹落ちしないといけないので、社員とのコミュニケーションが重要だと思います。  さらに、社員はジョブ型の人事管理のもとでは、自分のキャリアは自分でつくるのだというマインドセットをつくっていかないと、上手に職業生活は生きていけないので、企業もそれに対して積極的に支援をするということが重要だと思います。  今日の3人のご意見を聞いて、この三つが非常に印象に残ったので、最後のまとめにさせていただきます。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」パネルディスカッションは、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=lJeVvHFO0IQ 写真のキャプション 学習院大学名誉教授 今野浩一郎氏 株式会社資生堂 ピープル&カルチャー本部 変革推進グループ マネージャー 谷圭一郎氏 株式会社日立製作所 人財統括本部 人事勤労本部 ジョブ型人財マネジメント 推進プロジェクト シニアプロジェクトマネージャ 神山靖基氏 三菱マテリアル株式会社 人事労政室 室長 廣川英樹氏 【P23-24】 2024年10月25日開催 イントロダクション 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」 職業生活(キャリア)の長期化と求められる役職定年制の再構築 玉川大学 経営学部 国際経営学科教授 大木(おおき)栄一(えいいち) 新陳代謝促進とポスト不足解消の機能をになった役職定年制  本日は「役職定年制」をキーワードにしながら、65歳、70歳、あるいは75歳と、職業生活や職業キャリアが長くなっていくなかで、各社がどのような形で人材の育成・活用に取り組んでいるのかのお話を聞いていきたいと思います。  「役職定年制」は、1980年代に行われた55歳定年制から60歳定年制への移行にともない、組織の活性化の問題や人件費抑制の問題が生じたことから導入が進み、1990年代には社員の高齢化によるポスト不足解消の問題などからも導入が進みました。  役職定年制の仕組みは、役職者がある年齢に到達したら、役職を降りてもらうものですが、役職を降りた人のモチベーション低下などの問題から、導入したものの廃止をしたり、一度廃止したものを復活させたりと、歴史とともにさまざまに変遷をたどってきた制度です。  60歳で定年退職となる時代であれば、55・56歳ぐらいで役職定年となり、60歳の退職まで期間は短いのですが、高年齢者雇用安定法の改正にともない就業期間の長期化が進展していくなかでは、役職定年制が少しずつ変わらざるを得ないということでもあります。 定年延長など働く期間の長期化にともない役職定年後のモチベーション維持に課題  役職定年制は、強制的にキャリアをシフト・チェンジをするので、働く側が一生懸命努力して自分のキャリアを重ね、結果として役職に就くのとは異なり、一方的にそのキャリアを降ろされることになるので、当然モチベーションは下がります。  もちろん、だれもがずっと同じ役職に留まることはできません。いまの20〜30代は、学校教育で「自分のキャリアは自分で考えることが必要である」と教わってきています。こういった教育を受けてこなかった50代にはなかなかそれがむずかしく、そのため、役職定年制をうまく機能させるためには、キャリア開発の研修やキャリア支援が求められています。  役職定年制はキャリアチェンジに必要な制度であり、65歳、70歳まで働くとなるときに、その時代、年齢、キャリアによって、組織に対する役割が変わるのだと認識してもらうような仕組みを組み込むことが、この制度を機能させていくための必要な視点だといえます。  それでは、実際に企業や企業で働いている人は役職定年制についてどう感じているのでしょうか。私も参加したJEEDの調査※1では、企業側から見て、役職定年となった人の「仕事に対する意欲」が「下がった」と感じている割合が46.9%、「変わらない」が38.5%で、「上がった」と考える意見はほとんどありません。ただし、60歳以降の職業生活の設計への意欲が高い人、つまり、職業生活のキャリアを少しでも考えているような人たちの意欲が下がった割合は4割程度、逆に考えていない人たちは54%となるので、キャリアを考えた際に、役職定年制のさまざまな意味合いを理解することができた人は、意欲が下がる割合が減ると考えられます。また、役職を降りたあと、面談を実施しているかどうかの状況をみると、面談を行っている企業で意欲が下がった人は45%、面談を行っていない企業は52%ですから、役職を降りたあとに面談をすることによって、役職を降りた人がその後どういうキャリアを歩んでいくかについて、企業と社員がお互いにコミュニケーションをとることが必要だということがわかります。  企業側から見て、役職定年制が60歳以降の職業キャリアを考えるためにどの程度役に立っているかについては、全体の傾向として役立っていると考えているのが55%、あまり役に立っていないと考えているのが40%ほどとなっています。ただし、キャリア相談や役職定年後の面談を実施している企業ほど、「役に立った」が高くなる傾向にあります。  次に、実際に役職定年の経験者に目を向けると(JEEDの別の調査※2)、役職定年制が役に立ったと考える人は4割ほどで、役に立っていないと考える人が6割と、この制度に対する経験者の評価は厳しいといえます。ただし、職業生活やキャリアについてこれまで考えてきた人、あるいはキャリア面談や支援などを受けてきた人ほど、「役に立った」と考える人は多い傾向にあります。  役職定年制がキャリアを変える大きな制度という意味合いを理解できている、理解するための取組みを会社が行っているという層にとっては、この制度の意味が、組織のポスト不足とか組織の活性化だけではなく、キャリアを変えることによって、より長く働いていくことができると考えていると思います。 長期キャリアへの理解の促進が役職定年制に新たな意味を持たせる  役職定年制による社員のモチベーション低下を防ぎ、かつ長く働くことを意識してもらうためにも、キャリアに関する相談や研修、面談などを通して、降りるキャリアへの理解をしてもらうこと、あるいは長い職業人生のなかにはさまざまなキャリア段階があり、若手社員を支援・指導する時期がくることなどを理解してもらうことが重要です。  そのためにも、例えば、働く人のことをよく知るための自己申告制度、あるいは企業がどうしてほしいかを知る仕組み、自分がどうしたいのかを伝える仕組み、相談できる仕組みがうまく機能すれば企業と個人のミスマッチをなくしていくことができると考えます。  ミスマッチが起きたときに足りない能力を学び直すなど、いま流行りのリスキリングなども、キャリアの問題とあわせて役職定年制を考えることができれば、また別の意味で、この制度が働く人にとってよい制度になっていくと考えられます。 ※1 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構『資料シリーズ No.1 調整型キャリア形成の現状と課題―「高齢化時代における企業の45歳以降正社員のキャリア形成と支援に関するアンケート調査」結果―』(2019)  こちらは、JEEDホームページよりご覧になれます。https://www.jeed.go.jp/elderly/research/report/document/series1.html→ ※2 (独)高齢・障害・求職者雇用支援機構『65歳定年時代における組織と個人のキャリアの調整と社会的支援―高齢社員の人事管理と現役社員の人材育成の調査研究会報告書―』(2018) ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」イントロダクションは、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=XKBGZxQybrA 【P25-26】 2024年10月25日開催 事例発表@ 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」 「人を基軸におく経営」に基づく定年延長および人事・処遇制度の見直し ダイキン工業株式会社 常務執行役員 人事 担当 人事本部長 委嘱 佐治(さじ)正規(まさき) 一人ひとりの成長の総和が企業の発展の基盤  当社は1924(大正13)年、大阪金属工業所として創業し、1963(昭和38)年にダイキン工業に社名変更、2024(令和6)年に創業100周年を迎えました。グループ従業員数は約9万8000人(2024年3月末時点)、連結子会社は349社になります。空調事業が売上全体の92%を占め、マーケットのセグメント別にアメリカ、アセアン・オセアニア、中国、ヨーロッパ、そして日本と、グローバルマーケットを五つの極でとらえています。5年ごとに戦略経営計画を策定しており、現在は2025年を目標とした「FUSION25」において重点戦略を設定し、これらを進めています。  現在のさまざまな取組みをお話しするうえで、当社のベースになる考え方が「人を基軸におく経営」です。「一人ひとりの成長の総和が企業の発展の基盤である」とするもので、創業以来、経営陣が脈々とつちかってきた考え方です。「企業は人なり」といいますが、企業の競争力の源泉は、そこで働く人の力であり、そして、人は無限の可能性を秘めたかけがえのない存在として、一人ひとりの成長があって初めて企業が発展するといった考え方です。  これらの考え方のもと、2024年4月より従来の60歳から65歳へ定年を延長しました。定年延長にともなって、人事処遇制度の見直しを進めるにあたり、大きく三つの軸で検討しました。まず、一つめとして「挑戦、成長機会のさらなる拡大」です。今回の定年延長は、ベテラン層の処遇改善、あるいはベテラン層に対する制度見直しだけでなく、年齢に関係なく、すべての人材が活躍できる仕組みにし、そして自らの成長にオーナーシップを持ち、自ら挑戦し、自ら育つ環境をつくっていく、これらを大きな柱にしていく方針としています。  二つめが「貢献する人により厚く報いる制度に見直す」で、これまでも実力主義に基づいて、非常に評価格差がつく人事処遇制度でしたが、さらにもう一段、成果に結びつけた人に対していま以上に報いることを目的に、職能資格制度、それから評価制度や運用を見直し、さらに特別な報酬を加えます。  そして、三つめは「基幹職のマネージメント力の強化」です。当社では、一般的なマネージャー層、管理職を「基幹職」と呼びます。定年延長によって延びた5年間において、一人ひとりの活性化を目ざし、基幹職のマネージメント力の強化を今後も進めていきます。  事業拡大、事業の発展に向け挑戦的テーマが目白押しのなか、にない手である人材が、質、量ともに不足しています。人の確保・育成をはじめとした人材力強化が喫緊の課題であり、採用力の強化を図るのはもちろんですが、いま、社内にいる人材の能力を最大限に引き出して、活かすことが不可欠です。また、社員の年齢構成で見ても、現在60歳以上が全体の11%のところ、2033年には全体の5分の1、20%強になることが見込まれており、ベテラン層の活性化が必須です。高い帰属意識を持って挑戦に向けた熱意や行動力があるベテランの豊富な知識、経験を従来以上に活かすためには、定年延長は必須であると、今回の定年延長にふみ切りました。 定年までシームレスな賃金体系を構築し年齢による一律的な見直しを一切廃止  続いて、定年制度および再雇用制度の変遷について説明します。当社では、1979年に定年を56歳から60歳に延長しています。60歳定年が努力義務化されたのが1986年ですから、それよりもかなり早い段階で60歳定年を実現しました。1991(平成3)年には60歳定年後の再雇用制度を導入しました。その際、63歳まで希望者全員の再雇用の仕組みをつくりました。2001年に希望者全員の再雇用期間を65歳に延長しています。そして、2021年に再雇用期間をさらに拡大し、70歳まで希望者全員再雇用の仕組みを導入しました。さらに2024年に、60歳から65歳に定年を延長しました。  これまで定年が60歳でしたので、職能資格制度の適用も60歳でしたが、5年延ばすことによって資格等級を継続適用としました。また、評価の仕組みも60歳以降65歳まで、それまでの59歳以下と同じ評価の仕組みを適用し、60歳以降も昇格・昇給が可能な仕組みにしました。  賃金体系については、役職者は56歳で役職離任し賃金を見直す仕組み、また一般社員についても56歳で再評価し、賃金を見直していましたが、これらを廃止しました。年齢によって一律的に賃金ダウンをする仕組みを廃止し、60歳到達時においても賃金の見直しを行わず、65歳までシームレスに59歳までの賃金の仕組みを継続する体系に見直しました。退職金についても、確定拠出年金の退職金ポイントを65歳まで継続的に付与する仕組みとしています。  今回の制度変更は、ベテラン層の意欲と納得性の向上、能力の最大限の発揮、加えてすべての世代の能力発揮に目的の主眼をおき、また、定年延長を実施する他企業と比較して優位性のある水準の実現を目ざしました。当社では従来から60歳定年後の再雇用率が約90%と高い水準にありましたが、より帰属意識を持って意欲的に働いてもらうために、定年を延長し、65歳まで社員の身分で活躍できる仕組みにあらためました。65歳まで意欲的に活躍し続けてもらうために、年齢による役職離任は行いません。ただし、組織の新陳代謝、あるいは若返りを維持するため、年齢とは関係なく、各人・各仕事に応じて、役職離任をする仕組みを残しています。  また、経過措置として、59歳までの基幹職・一般社員については、いったんダウンした賃金をこの2024年4月に100%に引き上げました。それからすでに60歳を超えている再雇用者については、再雇用者の報酬水準と今回の新しい報酬水準とのギャップを埋めるため、賞与評価によって思い切った処遇ができる仕組みを導入しました。加えて、若手・中堅層を含むあらゆる層の能力成長や、成果により報いることができるように昇格・昇給評価の運用を見直しています。  今後、年齢にかかわらず、多様な人が活躍し、すべての人が自分の成長にオーナーシップを持って挑戦し、育つ環境づくりを行っていくためにさまざまな施策を新たに検討し展開していく予定です。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(ダイキン工業株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=ThGYtMoRmYU 【P27-28】 2024年10月25日開催 事例発表A 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」 シニア活用の取り組みについて 大和ハウス工業株式会社 経営管理本部 人財・組織開発部長 菊岡(きくおか)大輔(だいすけ) シニア社員が生涯活躍できる雇用制度を段階的に整備  当社は、戸建住宅、賃貸住宅の建設のほか、マンション、商業施設、事業施設などさまざまな用途の建物の建設や街づくりを行っています。  創業者の石橋(いしばし)信夫(のぶお)の「儲かるからではなく、世の中の役に立つからやる」という理念のもと、さまざまな社会課題の解決を通じて、多様な事業を展開し、成長してきた会社です。例えば、介護分野、医療分野においても非常に多くの建物を建てており、当社の一つの強みの事業に成長しています。  当社では、2013(平成25)年に65歳定年制を導入しました。当時は、早いタイミングでの導入と世間から評価していただいたのですが、その背景についてふり返っていきます。  当時、改正高年齢者雇用安定法への対応が必要だったという背景だけではなく、将来的な労働人口の減少、私たちでいえば建設にかかわる人財がなかなか増えることはないだろうという状況のなかで、いかに人員を確保していくかという課題がありました。それ以前は60歳定年、65歳までの再雇用制度でしたが、60歳定年の段階で4割以上の社員はリタイアしており、経験豊富で高い技術力を持った社員が流失することは、会社にとっては大きな痛手でもありました。経験豊富な社員を戦力として囲い込み、残ってもらう以上は高いモチベーションで働いてもらう打ち手として、65歳定年制を導入しました。  ただし当時は、60歳以前と以後で異なる人事制度体系をとっており、60歳以降は大きく処遇が下がる体系でした。  2015年度には、65歳以降も活躍できる再雇用制度として「アクティブ・エイジング制度」を導入しました。そして2022(令和4)年度に本日の本題のテーマである役職定年の廃止、つまり、いままで60歳以前・以後で二本立てにしていた人事制度体系を一本化して、年齢だけを理由に役職を降りてもらう、あるいは、処遇が大きく下がるという体系を廃止しました。  2023年度には、今度は70歳までとしていた嘱託再雇用を、職種は技術系に限定されますが、70歳以降も年齢上限なく働けるようにする制度改定を行っています。  65歳に定年を延ばすことで、いまではほぼすべての社員が60歳以降も継続的に活躍をしています。それからアクティブ・エイジング制度においては、65歳定年後、会社に残る選択をする社員は5〜6割程度となっています。 役職定年の特例とシニア用役職名を廃止 年齢にとらわれず活躍できる環境を整備  次に役職定年制の廃止について詳しくお話ししたいと思います。2013年度に65歳定年にした際に初めて役職定年を導入しました。60歳に到達した年度末で、原則として役職定年になるルールとしていました。残りの5年間は社員ではありますが、いわゆるシニア社員という形で、別体系の人事制度のなかで処遇されていくという仕組みをとっていました。例外的に役職定年後も同等の処遇を維持する「理事」と「シニアマネージャー」のコースを設けていましたが、多くは後進の指導や技能伝承を主業務とする「メンター」コース、一担当者として現場で活躍する「プレイヤー」コースで処遇していました。これを2022年度に見直し、理事・シニアマネージャー制度を廃止、また先ほどの説明の通り2本立ての処遇体系を一本化しました。  決断の理由として、優秀なシニア人財の流出を抑止したいこと。それから、60歳を境に処遇の低下とともに下がっていたモチベーションの維持。最後に採用競争力の強化です。じつはこれが大きいと思っています。「大和ハウスは60歳以降も、年齢に関係なく活躍できる会社ですよ」ということを世の中に打ち出すことによって、他業種、他社のいろいろな経験、さまざまなスキル、高度なスキルを持った方を迎え入れたいというねらいもありました。  2022年度の制度改定のときに、年齢だけを理由とした一律の役職は廃止しましたが、無条件に65歳まで役職に留まれるというわけではありません。むしろ、個別具体的に一人ひとり、役職を降りるタイミングが変わる制度にしています。また、シニア社員に独自に使っていた役職呼称なども、そのときに廃止をしました。当然、60歳以降であっても、ポジションが上がったり、昇格したり、評価が上がれば、処遇が上がる余地も残しています。  65歳以降の再雇用制度については、2015年度の導入時は、一律の処遇にして、週休3日・週4日勤務に、報酬についても月額20万円に固定としていました。社員のニーズが多様化するなかで2023年度に制度を一部見直して、働き方の選択肢を拡充しました。週5日の勤務で報酬は職務内容に応じて、22〜35万まで幅を設ける「現役同等コース」を新設しました。ただし、こちらは、職種を限定し、現業の技術職が対象です。  ここまで制度面についてお話ししてきましたが、本当の意味で生涯活躍できる会社になるためのキーワードは「キャリア自律」だと考えています。つまり、会社がよい制度を設けても、その制度にぶら下がって、あとは安泰という社員が増えてしまっては、逆にその制度が維持できなくなってしまうわけです。長く働く以上はやはり社員一人ひとりがキャリア自律の意識を持って、つねに自分を磨き続けてもらいたいとメッセージを発信していかなくてはいけないと思っています。  私たちは人財育成ポリシーとして「Keep Learning, Growing, and Dreaming.」というコンセプトを掲げています。これは「事業を通じて人を育てる」という社是の精神に則り、あらゆる社員が年齢や属性に関係なく、つねに学び続け、成長し続ける、それが本人の夢、会社の夢、パーパスの実現につながっていくという世界観を表現しています。社員のキャリア自律をうながしていくために、日常の上司・部下の「1on1」を通して、ときにはキャリアについても語り合う対話の場を設けています。  65歳以降を活き活きと生涯活躍するためには「Keep Learning, Growing」の精神で、社員が自己のキャリアを自律的に切り拓き、成長し続ける。私たち人事部門としても支援や、後押しをしていきたいと考えています。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(大和ハウス工業株式会社)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=VxUf93K_1Jw ★同社の取組みについて、本誌2024年7月号の「マンガで学ぶ高齢者雇用」で紹介しています。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202407/index.html#page=34 【P29-30】 2024年10月25日開催 事例発表B 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」 リコー式ジョブ型人事制度 株式会社リコー 人事総務部 C&B室 室長 中村(なかむら)幸正(ゆきまさ) デジタルサービス企業へ変革の一環としてジョブ型人事制度を導入  ベテラン社員も含めて、社員全員が実力を発揮し意欲に応じて活躍できる制度として、リコー式ジョブ型の人事制度、人事制度の根幹、人事マネジメントの根幹の制度の変更についてご紹介します。  リコーグループは国内外に事業展開しており、グループ社員数は約8万人です。今回のジョブ型の人事制度は国内約3万人に対して展開しています。当社は、創業初期から事務機器の提供を通じて業務の効率化に貢献してきました。これまで事業の中心であったコピー機を一つの入出力のデバイスとし、さまざまなデバイス、あるいはアプリケーションを統合したデジタルサービス企業を目ざして変革を進めています。そこがジョブ型の導入の一つのきっかけになります。  具体的な課題は三つあります。一つめは50代半ば〜後半がボリューム層になっており、職能資格制度と相まって、組織編成がやや硬直化している傾向にあるため、高資格者・管理職層のベテラン社員をどう活かすかがポイントになっています。  二つめは、高資格者・管理職層の能力は非常に重要ながら、ものづくりからデジタルサービスに変革するなかで、現在、必要な能力の見極めを重視していかなくてはいけません。  三つめは、結果として高資格者・管理職層の存在が、若手・中堅の昇格や、ポジションアップのチャンスをはばみ、モチベーションの減退を招くのではないかという大きな危機感があることがあげられます。  そこで、過去の実績ではなく、現在の実力と意欲で活躍することができ、また、事業戦略が変化していくなかで、戦力の変化に応じて適所適材のポジションの任用、オン・オフを実現するような仕組みに変え、それらを通じて、むずかしい仕事にチャレンジした人、成果を上げてきた人が報われるような環境を目ざしています。 ローテーションの柔軟性を担保しヒエラルキーを排除したジョブ型  続いてジョブ型人事制度について説明いたします。まず、グレードの体系について、管理職は、一般的には部長・課長クラスのポジションである「マネージャー」に加え、1人でも会社に貢献できる役割を持っているポジションである「エキスパート」があり、マネージャーと同列に位置づけています。それぞれM1〜M4(EX1〜EX4)の四つの階層に分かれており、M1は課クラス、M2は部クラス、M3はセンタークラスのように、組織の階層に紐づいています。  「ジョブ型」というと、大体イスに値づけをしていくイメージですから、役職者がメインになって、部長や課長ではないかぎり、重用されないと考えられがちですが、マネージャーとエキスパートは完全に並列に並んでいます。  また、「アソシエイト・エキスパート」があります。これが「リコー式ジョブ型」とあえて呼んでいる特徴の一つです。アソシエイト・エキスパートは基本的には管理職扱いで、テーマリーダーとして、担当領域での目標達成をにない、管理職を外れた際の、待機的なポジションとして設けています。3年の年限の間に、あらためてマネージャーあるいはエキスパートにチャレンジしてもらう意図を込めたグレードとなっています。  もう一つのリコー式の特徴として、一般層もジョブ型にしました。日本では一般的に実力主義が強い管理職層にジョブ型を導入していますが、当社の場合は考え方の一貫性を重視した結果です。一般層のポイントは、グレードをシンプルに三段階にした点です。従前の資格等級は非常に細かい段階になっており、順番に上がると途中に昇格審査があるなど、とても時間がかかっていました。現在の制度では「スタッフ」という名称でS1〜3に分かれていますが、S2からでもS3からでも、マネージャーあるいはエキスパートに登用したら、昇格試験を経ず、管理職扱いとなり、優秀人材の管理職ポジションへの早期抜擢を行いやすい構造となっています。  ポジションのオン・オフについては、各組織内で必ず合議でさまざまな要素において決定し、ポジションから外す場合は現任者の状態を見ること、次の新任の任用の際には、力量の多面的な評価をして入れ替えを行います。  ジョブ型JD(ジョブディスクリプション)については、マネージャー、エキスパート、すべてのポジションで作成し、すべて公開しています。なお、格づけは変更しましたが、報酬は基本的に大きく変えていません。  ジョブ型の現状としてはうまく進んでいると感じています。課題はポジションオフの本人の意識の変え方だと思います。  役職定年制は40年近く運用しており、ベテラン社員が最後の期間をどう会社に貢献するかと、自ら考えるようになり、役職を外れた後についてもうまく回りつつあったので、特に問題にしていなかったところはあります。今回、このジョブ型導入の議論のなかで、若手の活躍や登用の話と同時に、ベテランの活躍をどう考えるかの議論になりました。やはり年齢に関係なく実力に応じた形が望ましいとなり、マネージャーとエキスパートを対象に役職定年を廃止しました。ただ、若手抜擢を課題としているので、レビューポイントとして、任用、それからポストオフの際に、従来の57歳を確認ポイントに設定しています。  定年後については、ほぼ全員を非管理職扱いとし、報酬をいっせいに落としていました。しかし、それまでのポジション任用を継続する人が出てきて、必要があれば現役続行とし、従来と同じポジションに就いています。当然、報酬もそのままです。代わりに、評価も現役社員と同じグルーピングで評価するという形で、そういう意味では、選択的に一部役職定年を延長しているような形になっています。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」事例発表(株式会社リコー)は、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=CTFElO1UZuA 【P31-36】 2024年10月25日開催 パネルディスカッション 令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム 「役職定年見直し企業から学ぶシニア人材の戦力化」 年齢による画一的な役職定年制の廃止と影響 コーディネーター 玉川大学 経営学部 国際経営学科 教授 大木栄一氏 パネリスト ダイキン工業株式会社 常務執行役員 人事 担当 人事本部長 委嘱 佐治正規氏 大和ハウス工業株式会社 経営管理本部 人財・組織開発部長 菊岡大輔氏 株式会社リコー 人事総務部 C&B室 室長 中村幸正氏 役職定年制の廃止は若手のやる気を削がない運用が大切 大木 今回のテーマである役職定年制については、「廃止」がキーワードになるかと思います。ポストオフの工夫や悩み、課題について、まずは株式会社リコーの中村さんからお聞かせください。 中村 事例発表では「役職を外すには適所適材で」とお話ししましたが、そこが一番の課題です。若手登用をふまえた柔軟な配置ということで、制度を導入してから2年半が経ち、わりとよく進んでいます。ただしいま現在、役職に就いている人のポストオフはむずかしい問題です。制度のなかでよりよい人材を選出するとしても、現在の役職者もミスなく活躍しているというケースもあります。  「役職者の社内公募をやや強制的な形で実施してみる」というアイデアレベルの話があり、例えば57歳という従来の役職定年の年齢から3年などの任期を決めて、任期が終了したら公募するという話を現場としているところです。 大木 ありがとうございます。続いて大和ハウス工業株式会社の菊岡さんはいかがでしょうか。 菊岡 たしかに役職定年は、自分自身がキャリアを深く考えなくても、ある意味平等にゴールが見えてきます。一方でそれを廃止したとしても、だれしもいずれはポジションから降りるときは来ます。すると一人ひとりがポストオフを考えることにもなるし、それぞれが評価されて決まることにもなります。ここに、会社が一歩ふみ出していくためには、評価の仕組みをいままで以上にきちんと整えたうえで、また、自分のキャリアをしっかり考えてもらう環境を整備していかなければいけないと思っています。  また、「役職定年の廃止によって上が詰まって、若手のやる気が損なわれる」といわれますが、これは導入時に一番避けたいところでした。いかに、ふさわしい人に残ってもらい、そうでない人には降りてもらう運用をしていくかが、非常に重要になると思っており、今後の課題として認識しているところです。 大木 ありがとうございます。では、ダイキン工業株式会社の佐治さんはいかがでしょうか。 佐治 一定の年齢でポストオフすることのルール化がされていれば、本人の覚悟もあるでしょうし、それぞれの組織で準備もします。それがいつの間にかあたり前のようになっていた部分はあると思います。しかし、今回思い切って役職離任制度を廃止することで、年齢ではないポストオフということを考えなければいけなくなりました。逆にいうと、例えばいままでは56歳で役職離任していましたが、56歳よりももっと手前でポストオフする人もあってよいわけですし、逆に60歳、60歳を過ぎてからポストオフする人がいてもよいのです。これを周りの納得性も得ながらしっかりやっていくことができれば、一人ひとりの力を本当に最大限に発揮してもらうという、今回の制度の大きな趣旨に合致するのかなと思っています。 管理職研修は任用後のスキル向上に重点を置く 大木 続いて「管理職研修」についてお聞きしたいと思います。管理職になるための研修、あるいはキャリア開発の研修などについては、具体的にどんな研修をされていますか。 中村 キャリアについて考えてもらうという意味では、ジョブ型に変更してからそれぞれのジョブディスクリプションを公開して、どんな仕事で、どんな責任を持っているのか、備えるべき要件は何かなどを明らかにしています。そこにそれぞれ自律的にチャレンジしてもらっているので、一律的な決まった規格の、管理職になるための研修というのは、いまはほぼしていません。一方で、組織職をきちんと育成するためのプログラムとして「マネジメントカレッジ」というものを立ち上げて、そこで全管理職を対象に、マネジメントレベルを上げるような研修を始めたところです。 菊岡 すでにマネージャーになっている人に向けた研修は、いま力を入れている分野の一つです。当社の場合、1人でも部下を持つ管理職者が約2000人おり、全員まとめて研修を行うのはむずかしいので、4年ほど時間をかけて、各人半年ずつのプログラムに参加してもらい、いわゆるマネジメントスキルをリスキリング、あるいはアップデートする取組みをしています。  当然、制度が変わり定年も延びたなかで、マネージャーを務める期間も延びます。一方で、マネジメントから降りたシニアの部下を持っていたり、Z世代と呼ばれる若手も入ってきたりと、いままでの経験則に頼った通り一辺倒のマネジメントでは対応できません。やはり、時代の変化、人員構成の変化に合わせた、より多様性に対応できるようなマネジメントを身につけていかないといけません。いまのマネージャーはたいへんだと思いますが、そのための武器を再インストールしてもらうという取組みをしているところです。 佐治 マネージャーになってからの教育は、数年前から2回に分けて、マネジメント力の向上のための研修を行ってきました。今回あらためて定年延長によって、部下が多様化し、若い部下と同時に、ベテラン層、自分より年上の、あるいは場合によっては以前自分の上司だった人が自分の部下に入ってくるようなこともあるでしょう。従来のマネジメントスキルについて考えるような研修だけでなく、直接的な指導力向上や、対話の仕方など、より日々の実務に直結するような何かを提供できるものがあればやっていきたいと思います。 若手の管理職登用における具体的な目標や基準の見直し 大木 役職定年制の廃止は若手の登用など、若手の活躍の場を広げていきたいという趣旨もあると思います。若手登用を意識した取組みについて教えてください。 中村 リコー式ジョブ型の導入にあたっては、若手の管理職への登用が少ない点を課題としていたので、若手の管理職比率の目標値を設定しています。いわゆる課長ポジションの管理職のなかで、30代の比率を上げることが目標です。導入前は2%程度でしたが、2年で10%超まで増えています。 菊岡 いわゆる将来の経営人財育成に向けた早期選抜のプログラムがあり、30代からスタートするコースをつくっています。こうした特別プログラムも大切ではあるのですが、あくまで各現場、各事業部門のなかで、若手を抜擢できる環境をつくっていくということが重要であると考えています。 佐治 優秀な人材の昇格を早めるために、基準の見直しを行っているところです。現在トップの優秀層が30歳でなれるポジションについて、その基準を2年早め、20代でマネージャー登用を可能にしたいと思っています。 配置転換(ローテーション)はなお必要な経験を積む仕組み 大木 これまで日本の企業は、配置転換(ローテーション)を行うことによって、さまざまなことを経験させて、人材を育てていくというやり方が一般的でしたが、このやり方は限界がきているという声もあります。ローテーションを巡る問題についてお聞かせください。 中村 ローテーションは、さまざまな経験をするという意味では必要だと思っており、会社として変える必要はないと思っています。仕事、キャリアが多様になることで、さまざまな課題も生まれるので、その意味でローテーションは必要です。  ただし、かつてのように「何年勤務したら転勤をする」というような、機械的に配置を変えていくという発想はもうありません。社員が自律的にキャリアを考えられるよう、マネージャーが本人と話をしたうえで、ローテーションを考えていくことが必要だと思います。 菊岡 当社はローテーションがあまり活発ではない会社で、スペシャリスト志向の育成を昔からやってきた会社といえます。街の開発や、大きな建物をつくるといった、規模の大きい仕事が多く、一人前になるには年数がかかるところが影響しているのかもしれません。エンゲージメントの調査をすると、非常にスペシャリスト志向が強く、自分が手がけている仕事に誇りを持って愛している社員が多いです。  スペシャリストで同じ仕事にずっと就いている人にとっては、ジョブチェンジはハードルが高いですから、副業という機会を使って違う世界に触れてみようという意図から、2022年度に社内外の副業制度を導入しました。 大木 もともとジョブ型に近い仕組みなのですね。 菊岡 人事制度体系自体は職能資格制度、職能資格がベースになっており、ジョブ型に移行したというわけではありませんが、ジョブ型的に採用・配置・育成を伝統的にやってきたところはあるかもしれません。 佐治 当社でもルールに基づいてローテーションや配置をするという仕組みはありません。私は入社してからずっと人事の仕事をしていますが、そのような人もいれば、3〜5年で違う職場に変わる人もいます。もちろん、一人ひとりの力を最大限に発揮してもらうことが大前提です。一方で知恵の偏在というのは明らかにあるので、人材育成という観点からも、会社主導の配置転換は絶対に必要だと思っています。  ただ、今回の定年延長で働く期間が長くなり、いままでとは違う仕事にチャレンジできるような仕組みがあったほうがよいのかなと思っています。例えば、将来ベテラン層になったときに、思い切ってやってみたいこと、じつはチャレンジしたかったことなどがあれば、本人の意向を確認したうえで、その準備ができる場は用意していく必要があると思います。長い目で見て本人の希望をかなえられる人材育成ということにもつながりますし、リスキリングというのを切羽詰まって目の前の問題になってからやるよりも、長い目で見て、自らのキャリア形成を目的とした取組みとして推奨できないかなと思っています。 管理職研修、社内副業、技能伝承、各社の特徴的な取組み 大木 ここからは、個別に質問をさせていただきます。リコーの中村さんには、先ほど話に出た「マネジメントカレッジ」について、詳しくおうかがいしたいと思います。 中村 マネジメントカレッジを始めたのは2021年度からです。各単元にテーマを設け「管理職とは」から始まって、「評価」、「ダイバーシティ&インクルージョン」など、3年間で7〜8個の単元を履修します。コロナの余波があったころにスタートしたので、リモートで実施しています。全管理職が一巡したので、2024年度の10月から単元を組み直してあらためて始めたところです。  近年は、“マネージャー次第”という場面が本当に多くなっています。人事評価をして、それをフィードバックしていくことがとても重要なので、リスタートしたマネジメントカレッジでは、「評価とフィードバック」を単元の一番目に据えました。  キャリア形成をするにしても、それから成長するにしても、いまどういう状態なのかを自己認識することが大切です。評価の結果を正確に、特に改善部分がある人に対して、いかにフィードバックしていくか。これが苦手な人が多いので、第一のポイントとして、最初の単元に設定し、レベルアップを図っているところです。 大木 ありがとうございます。続いて、大和ハウス工業の菊岡さんには、「越境キャリア支援制度」についてお話をいただけますか。 菊岡 「越境キャリア支援制度」は、いわゆる副業制度になるのですが、社外副業、社内副業など、いくつかのメニューがあります。導入して2年半ほどで、参加した社員はおよそ200人、社員全体の1〜2%程度です。参加者が経験したことを社内に発信していく仕組みもつくっており、これからもっと盛り上げていきたいと思っています。  そのなかで非常によかったなと思う取組みの一つが「郊外型住宅団地(ネオポリス)の再耕」です。昭和の時代に、当社が郊外につくった大規模な住宅団地があるのですが、街も住民の方も年齢を重ね、さまざまな課題が生じています。そこで、その街を再び元気にするのも私たちの責任ではないかということで、さまざまな職種、事業部、そしてさまざまな年代の社員が手をあげてこれに参加しました。住民の方と対話しながらプロジェクトを進めています。  この取組みにはシニアの社員が大勢参加しており、これまでつちかってきた経験を活かしています。事業をまたいで、年代をまたいで、さまざまなことを考える場として、うまく運用できているという実感があります。 大木 ありがとうございます。続いて、ダイキンの佐治さんには「卓越技能制度」について、シニア人材との関係も交えて教えていただけますか。 佐治 「卓越技能伝承制度」は、社内では「マイスター制度」と呼んでいます。競合他社に対して競争力を高めるために必要な工場の生産技能を、戦略技能として10職種定め、それぞれについてレベルの高い人材を育てるために始めた制度で、現在ではグローバルに展開している制度です。当初はベテランの方にスポットライトをあてる、いわゆる通常のマネージャーに昇進するルートとは別枠の、自分を磨くルートをつくるためにスタートしました。マイスターの下には「トレーナー」という資格があるのですが、最近では37歳の社員が認定されるなど、以前のようにベテラン層のみにスポットがあたる制度ではなくなってきていますが、いずれにせよ地道に現場で技を磨いてきた人が認められ、人に教える立場になっています。国内も海外も同じ枠組みで実施している制度で、愚直に取り組んできたことがいま、実りつつあると感じています。 大木 最後に、働く期間が徐々に伸びており、60歳以上の人たちを長期にわたって活用していくための取組みや課題について教えていただけますか。 中村 当社は役職定年、定年延長を行っておらず、シニア全員の実力、やる気に沿った活躍、活用を形にするにはまだまだ不足しているのかなと思ってます。ただ単純に定年延長が本当に当社にとって有益なのかどうかということ、再雇用の人が幸せなのかどうかも含めて、検討しなくてはいけないと思っています。 菊岡 長く活躍するために土台になるのは、やはり健康であることだと思っています。そういったところの支援はまだまだ検討の余地があります。65歳、70歳、それ以上も含めて働き続けるということを前提に、健康やウェルビーイングの取組みを、今後、人事部門としては充実させていかないといけないと思っています。 佐治 やはり長く働いてもらう、しかも間違いなく業績に貢献してもらうためには、挑戦と成長をくり返すということを、ひたすら行っていく必要があると思っています。ですから、挑戦できる機会の提供ということが、人事から事業部門に対してお願いしていく最大のポイントかなと思っています。 大木 ありがとうございました。本日は、「役職定年」をキーワードに、みなさんにお話をうかがいました。これまでの上がっていくキャリアのなかで、管理職に就いた後にどう活躍してもらうか。あるいは働く期間が長期化するなかで、役職を降りた後にどうやって自分の職業人生を続けていくのか。本日ご登壇いただいたみなさんのお話のなかにもありましたが、一人ひとりに自分のキャリアをきちんと考えてもらい、それに対して会社がさまざまな形でサポートしていくことが必要となります。ご視聴いただいたみなさんにも、そういったことに取り組んでいただきたいと思います。  本日はありがとうございました。 ★「令和6年度 生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム」パネルディスカッションは、JEEDのYouTube公式チャンネルでアーカイブ配信しています。こちらから、ご覧いただけます。 https://www.youtube.com/watch?v=AaJ5fI6gMOg 写真のキャプション 玉川大学経営学部国際経営学科教授 大木栄一氏 ダイキン工業株式会社 常務執行役員 人事 担当 人事本部長 委嘱 佐治正規氏 株式会社リコー 人事総務部 C&B室 室長 中村幸正氏 大和ハウス工業株式会社 経営管理本部 人財・組織開発部長 菊岡大輔氏