地域・社会を支える The Strength of the Elderly 高齢者の底力 第3回 本橋(もとはし)テープ株式会社(静岡県)  少子高齢化や都心部への人口集中などにより、労働力人口の減少が社会課題となるなか、長い職業人生のなかでつちかってきた知識や技術、経験を活かし、多くの高齢者が地域・社会の支え手として活躍しています。そこで本連載では、事業を通じて地域や社会への貢献に取り組む企業や団体、そこで働く高齢者の方々をご紹介していきます。 「細幅(ほそはば)織物(おりもの)」のオールマイティ 地場産業を牽引する会社で35年  静岡県の中部に位置する吉田町(よしだちょう)。東は一級河川の大井川、南は駿河湾に面した、人口約2万9000人、面積約20km2の小さな町だ。櫻井(さくらい)豊(ゆたか)さん(71歳)は現在、吉田町の地場産業である「細幅織物」の専門メーカー、本橋テープ株式会社の営業グループで、出荷関連の業務全般を担当している。細幅織物一筋で、同社が設立(1986〈昭和61〉年)されて間もない、1989(平成元)年の入社から35年。「製品の売りも買いもすべてわかるオールマイティな存在」として活躍中だ。  細幅織物とは、主として綿糸、絹糸、麻糸、レーヨン、合成繊維糸などで製造される幅13cm未満の織物(テープ)のこと。本橋テープは、ナイロンやポリプロピレンの合成繊維糸による、幅0.5〜10cmの製織を得意としており、アパレル分野では、カバンのショルダーベルトなど革や天然繊維に代わる素材として、産業分野でも金属などに代わる素材として、多種多様な用途で活用されている。  櫻井さんはもともと、細幅織物業を個人で経営。関連の組合などを通じて、本橋テープの先代社長と知り合い、同社の仕事を引き受けるようになったそうだ。その後、櫻井さんを含む、地域の細幅織物業者計4人の加盟により、本橋テープが「静岡繊維工業株式会社」を設立したのがきっかけで、同社に入社することになった。  「細幅織物業者を集めて会社をつくるといった例はなく、本橋テープが初めてでした。当時は3交替制で、機械を自動で動かしての24時間操業。忙しかったですね。商品がたくさんあるので、お客さんがどんどん集まってきて注文も増え、会社はずいぶん大きくなりました」と、櫻井さんはふり返る。  本橋テープが地元業者の集約で発展を遂げた一方で、地域の細幅織物業全体は、生産拠点の海外シフトなどにともない衰退傾向。最盛期には、吉田町とその周辺地域で計150社以上あったメーカーも、いまでは15社となり、10分の1まで減少した。  そんななか、本橋テープでは、自社テープを使ったオリジナルバッグの商品開発や独自のアウトドアブランドの展開など、従来の製品に付加価値をつける新分野にも挑戦。好調を保っており、地場産業の牽引役として地域の期待を集めている。 定年後も年齢上限なく雇用 熟練社員の活躍が社業を支える  その本橋テープを支えているのが、櫻井さんをはじめとするベテラン社員だ。同社は2013年度の経営計画書で、社員を「人財」と位置づけ、ダイバーシティ経営を進める方針を打ち出し、女性や高齢者の積極雇用・登用を続けている。  2024(令和6)年9月現在の社員数は49人で、うち60代が3人、70代が5人。最高年齢者は76歳となっている。  現在の定年は60歳だが、2025年5月には65歳に引き上げる予定だ。総務アドバイザーの山本(やまもと)正己(まさき)さんによれば、「定年後の継続雇用は、形のうえでは1年ごとの有期契約ですが、実際には上限を設けているわけではありません」と話す。定年後も、働くことができれば、何歳まででも受け入れる方針で、ハローワークへの同社報告書には「99歳まで」と記載されているそうだ。  櫻井さんは入社後約5年間、製造を担当し、その後は15年にわたり営業職をになった。「おもに問屋さん回りです。東京と大阪に分かれて、最初は大阪を担当していました」という。製造にも製品にも精通していた櫻井さんは、「自分で、その場で結論を出すことができたので、遠方の社長さんに呼ばれるようなこともありました」とのこと。顧客から厚い信頼を寄せられる存在だった。  製造、営業のほか、自社テープを使用した新規事業では商品加工にもたずさわった。60歳の定年を迎えてからは、現在の出荷関連の業務を担当。具体的な仕事の内容は、出荷品のピッキング、点検、荷造で、出荷品管理の統括をしている。さらに、加工グループのサポートや、各現場の連絡・調整役も兼任。本橋テープの広い社屋で、色とりどりのテープが積まれた棚の間をきびきびと移動し、作業を続ける櫻井さんには、熟練社員の風格があった。 楽に楽しく働くのが一番 「なんでも自分でできる」仕事の醍醐味  総務アドバイザーの山本さん、総務グループの本間(ほんま)和幸(かずゆき)さんは、櫻井さんを評し「スーパーマンなんです」と口を揃える。櫻井さんの1日を聞くと、朝は3時に起床し、午前5時半ごろまで日課の外出で、午前6時に朝食を取り、午前6時半からは筋トレとウォーキングを行う。読書家で、登山にバイク、社交ダンス、釣りなど、趣味も幅広い。「食べることも好き」といい、最近は、釣った魚のさばき方を練習しているそうだ。  勤務時間は8時から17時。櫻井さんがつねに意識しているのは「会社が儲かるにはどうしたらよいか」で、作業上では「ムダ(無駄)・ムラ(斑)・ムリ(無理)を避ける」ことをモットーとしている。「仕事が楽しくてしょうがないんですよ」という櫻井さん。「どうやって早く作業をするか、間違わないためにはどうするか。自分の行動を決めて、なんでも自分でできるのが楽しい。働くのが好きなんです」と話した。  櫻井さんについて、「とても貴重な存在です。それだけのキャリアがあり、みんなのお手本になっています」と、山本さんは強調するが、本人としては、技能継承や後身の指導からは一歩引いたスタンスのようだ。「工場に責任者はいるし、営業も技術者もいます。そういう人たちに任せて、出しゃばったことはいわないようにしています。それが長く平和に過ごせる秘訣です」とのこと。  本間さんは、「誠実、堅実で、心がいつも安定しているのがすごいと感じています」と話す。「きっと怒りたくなることもいっぱいあると思うのですが(笑)」と、櫻井さんへの信頼感を口にしていた。  今後について櫻井さんは、「普通の人と同じように働けるうちはいいですが、それよりも衰えれば辞めます」と考えているという。しかし一方で、「慣れている仕事ならまだまだ大丈夫かな」と、生涯現役への自信ものぞかせる。「楽に楽しく働けるのが一番で、それが会社のためになっていれば最高ですね」と、笑顔で語った。 写真のキャプション 左から総務アドバイザーの山本正己さん、櫻井豊さん、総務グループの本間和幸さん