いまさら聞けない人事用語辞典 株式会社グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之 第54回 「労働安全衛生法」  人事労務管理は社員の雇用や働き方だけでなく、経営にも直結する重要な仕事ですが、制度に慣れていない人には聞き慣れないような専門用語や、概念的でわかりにくい内容がたくさんあります。そこで本連載では、人事部門に初めて配属になった方はもちろん、ある程度経験を積んだ方も、担当者なら押さえておきたい人事労務関連の基本知識や用語についてわかりやすく解説します。  今回は、労働安全衛生法について取り上げます。 労働安全衛生法は労働基準法から派生  本法の目的は、「労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進すること」(第1条)とされています。ここでいう労働災害とは、「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」(第2条)をさします。  背景として、いわゆる高度経済成長期の急速な事業や生産量の拡大等により、労働災害が多発し、労働者が死亡にいたるケースが多々ありました。そこで、労働災害の防止のいっそうの強化を図るために、労働基準法から分離して、1972(昭和47)年に労働安全衛生法が制定されました。本法に記載されているのは、労働災害防止に関する“最低基準”と定義されており、この点も労働条件の最低基準について定めた労働基準法との関連性がみられます。  本法では、労働災害の防止という目的を達成するために、事業者(事業を行う者で、労働者を使用するもの)と労働者(労働基準法第9条に規定する労働者※1)の両者に対して責務を定めている点が特徴的です。事業者には、法に定める最低基準を守ることに加え、職場における労働者の安全と健康を確保することが求められています。また、労働者には、労働災害を防止するため必要な事項の遵守や、労働災害の防止に関する措置に協力するように努めることが求められているため、事業者・労働者ともに内容を理解しておくべき法律といえます。 労働安全衛生法の概要  それでは、本法にはどのような内容が定められているか概要についてみていきます※2。 @事業場における安全衛生管理体制の確立  総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医等の選任、  安全委員会、衛生委員会等の設置(第3章) A事業場における労働災害防止のための具体的措置 ・危害防止基準:機械、作業、環境等による危険に対する措置の実施(第5章) ・安全衛生教育:雇入れ時、危険有害業務就業時に実施(第6章) ・就業制限:クレーンの運転等特定の危険業務は有資格者の配置が必要(第6章) ・作業環境測定:有害業務を行う屋内作業場等において実施(第7章) ・健康診断:一般健康診断、有害業務従事者に対する特殊健康診断等を定期的に実施(第7章) B監督と罰則 ・監督:厚生労働大臣・労働基準監督官・産業安全専門官・労働衛生専門官等による検査・指導等の実施(第10章) ・罰則:違反に対しては、違反した当事者には罰金・懲役が科される場合あり(第12章)。  労働安全衛生法に定めてあるのはあくまで概略です。法律に定める責務の具体的な内容等は、省令(労働安全衛生規則等)で規定されていますが、多くの法令を網羅しておさえるのはむずかしい部分もあります。そこで「職場のあんぜんサイト※3」などに安全・衛生対策方法や補助金申請・相談窓口など豊富な情報が掲載されているため、それらの情報をまずは活用してみてください。 高齢者雇用の推進と労働安全衛生法  高齢者雇用の推進の観点からも労働安全衛生に対する積極的取組みの重要性が高まっています。例えば、業務上の転倒による休業4日以上の対象者は、60歳以上が43%、50歳以上が29%という状況(2021〈令和3〉年)※4となっており、今後高齢者雇用を促進していくためには、けが防止等のよりいっそうの対策が求められます。また、2024年11月22日に開催された労働政策審議会安全衛生分科会では、労働災害による休業4日以上の死傷者に占める60歳以上の割合は29.3%(2023年)に達しており、高年齢労働者に対する労働災害防止対策について、対応が必要となっているとの課題提起がなされています。  これに対して、各事業所の取組みの実際はどうでしょうか。2023年「労働安全衛生調査(実態調査)の概況」の高年齢労働者の労働災害防止対策の取組み状況をみると、そもそも高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいる事業所は19.3%と決して多くなく、うち「高年齢労働者の特性を考慮した作業管理」56.5%が最も多く、「身体機能の低下等を補う設備・装置等の導入」は25.2%と具体的な整備等はまだまだ少ない状況です(図表)。今後、各事業者のより具体的な取組みが期待されます。  次回は、「リストラクチャリング」について取り上げます。 ※1 本連載第52回(2024年12月号)に労働基準法で定める労働者の範囲に関する説明があります。 https://www.jeed.go.jp/elderly/data/elder/book/elder_202412/index.html#page=50→ ※2 厚生労働省の安全・衛生に関するサイト (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/index.html)の「労働安全衛生法の概要」から筆者一部加筆 ※3 厚生労働省「職場のあんぜんサイト」(https://anzeninfo.mhlw.go.jp/) ※4 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「労働者の転倒災害(業務中の転倒による重傷)を防止しましょう」事業者向けリーフレット(https://www.mhlw.go.jp/content/001101299.pdf)より 図表 高年齢労働者に対する労働災害防止対策の取組の有無及び取組内容(複数回答)別事業所割合 令和5年 (単位:%) 区分 60歳以上の高年齢労働者が業務に従事している事業所計1) エイジフレンドリーガイドラインを知っている2) 高年齢労働者に対する労働災害防止対策の取組の有無 高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいる3) 取組内容(複数回答) 高年齢労働者の労働災害防止対策に取り組む方針の表明 身体機能の低下等による労働災害発生リスクに関するリスクアセスメントの実施 身体機能の低下を補う設備・装置の導入(転倒災害防止のための通路の手すり設置や段差解消、パワーアシストスーツの使用など) 高年齢労働者の特性を考慮した作業管理(高齢者一般に見られる持久性、筋力の低下等を考慮した高年齢労働者向けの作業内容の見直し) 労働災害防止を目的とした体力チェックの実施(厚生労働省作成の「転倒等リスク評価セルフチェック票」等を活用した体力の客観的な把握) 個々の高年齢労働者の健康や体力の状況に応じた対応(健康診断や体力チェックの結果に基づく運動指導や栄養指導、保健指導などの実施など) 高年齢労働者の特性に応じた教育(加齢による身体能力低下に伴う労働災害リスクや体力維持の重要性の教育など) その他 高年齢労働者に対する労働災害防止に取り組んでいない 合計 [77.7] 100.0 23.1 19.3 (100.0) (20.3) (29.4) (25.2) (56.5) (10.3) (45.9) (27.7) (1.4) 3.8 (事業所規模) 1,000人以上 [96.5] 100.0 62.1 53.7 (100.0) (27.3) (29.7) (62.5) (55.2) (19.1) (66.1) (31.8) (0.8) 8.4 500〜999人 [99.6] 100.0 54.9 43.4 (100.0) (17.8) (25.5) (42.6) (52.0) (18.2) (52.0) (21.5) (0.2) 11.3 300〜499人 [98.9] 100.0 55.0 41.6 (100.0) (25.8) (25.0) (35.9) (57.2) (18.9) (63.0) (29.3) (1.7) 13.2 100〜299人 [97.3] 100.0 37.3 29.4 (100.0) (19.1) (37.6) (36.9) (45.4) (15.6) (49.6) (37.6) (1.1) 7.6 50〜99人 [93.0] 100.0 29.8 24.7 (100.0) (22.0) (42.7) (42.7) (55.6) (8.7) (57.1) (29.2) (0.8) 5.1 30〜49人 [84.4] 100.0 22.3 18.6 (100.0) (17.6) (23.5) (23.4) (69.3) (6.6) (39.2) (22.9) (4.8) 3.6 10〜29人 [72.9] 100.0 20.3 17.2 (100.0) (20.6) (26.8) (18.9) (55.1) (10.4) (43.7) (27.1) (0.7) 3.1 注:1)[ ]は、全事業所を100とした60歳以上の高年齢労働者が業務に従事している事業所の割合である。 2)「エイジフレンドリーガイドラインを知っている」には高年齢労働者に対する労働災害防止対策の取組の有無不明が含まれる。 3)( )は、「高年齢労働者に対する労働災害防止対策に取り組んでいる」事業所を100とした割合である。 出典:令和5年「労働安全衛生調査(実態調査)の概況」(厚生労働省)