技を支える vol.348 手組みのよさが活かせる作品をつくり続ける 組紐職人 佐々木(ささき)良子(りょうこ)さん(73歳) 「仕立てをしていたころ『人が1枚つくるとき、あなたは2枚つくりなさい』と母によくいわれました。その教えが技能の習得に役立ちました」 引っ張ると伸びるのが手組みの組紐のよさ  複数の糸の束を交差させて組み上げる伝統工芸品「組紐」。東京都練馬区に組紐工房を構える佐々木良子さんは、伝統的な正絹(しょうけん)を使った組紐を一貫して手がけている。  「いまは化繊を使った製品も多いのですが、正絹のよさは手触りと、結びがほどけにくいこと。正絹の組紐は、縦にして持ってもクタッと倒れません」  組紐を使った製品といえば着物の帯締めがあげられる。機械で組み上げられた帯締めもあるが、手組みならではのよさがあるという。  「帯締めは引っ張ったときに伸びないと着崩れしてしまいます。手組みの場合、糸を引っ張るのに使う重りを変えたり、手の力加減によって締め具合を調整することができます。そのため、あらかじめお客さまの要望をしっかり聞いてつくるようにしています」  佐々木さんは帯締めだけでなく、組紐の技術を活かしてアクセサリーや小物も制作している。  「展示会で帯締めだけ並べていても、着物を着ない人には見向きもされません(笑)。お客さまの目に留まるように、毎年一つか二つは新しいものをつくって展示するようにしています」 鎖や天然石などを組み合わせた作品も  組紐は、さまざまな色の糸を用いたり、糸を組む順番を変えたり、糸の本数を増減させたりすることで、多彩な製品をつくることができる。作業の様子を見ると、組み上げる際の手の動きは複雑だが、「この順番で組めばこう組み上がる」というイメージが頭の中にあり、スムーズに手が動いていく。  「左手と右手では力が違いますから、気をつけないと強い方に引っ張られて、ねじれた仕上がりになってしまいます。ですから、つねに同じ力加減で組み上げるように意識しています」  「組紐」といわれるだけに細いものしかつくれないと思いきや、佐々木さんはブックカバーやネクタイなど、幅の広い作品も手がけている。さらに、正絹と鎖やビーズ、天然石などを一緒に組み上げることで、ネックレスなど独自の作品も創作してきた。  佐々木さんの作品を見た人から、「こんなものはつくれませんか」と注文を受けることも多いそうだ。  「例えば、古い軍刀の紐の復元を頼まれたこともあります。図面が残っていないので、古くなった組紐をほどかせてもらって、それを見て図面を起こしてつくりました。オーダーメイドは神経を使いますが、自分では絶対につくらないものをつくらせてもらえるところが楽しいですね」 組紐をつくる楽しさを子どもたちに伝える  幼いころからものづくりが好きで、「手に職をつけた方がよい」という母親の言葉にしたがい、洋服の仕立て職人として働いてきた。しかし、病気で仕事ができなくなり、自宅で療養していたところ、偶然、組紐のチラシが目に留まり「やりたい」と思い立った。30代後半から組紐の先生のもとへ5年間通い、技術の基本を習得した。  「仕立ての仕事をしていたころ、母から『人が1枚つくるとき、あなたは2枚つくりなさい』とよくいわれました。組紐を習い始めたころは、何がわからないのかもわからない状態でした。そこで、できたものを持ち帰って、ほどいて一からやり直すようにしたところ、『こういうときはどうすればよいのだろう』 と疑問がわき、先生に質問ができるようになりました。このとき、母のいっていた言葉の意味がよくわかりました」  組紐をつくるかたわら、展示会に出品したり、見学に来た地元の子どもたちに教える機会も多い。  「子どもたちには組紐や道具を触らせたり、つくらせてみたりして、興味を持ってもらえるように心がけています」  今後も「自分がつくりたいもの、ほかの人があまりつくらないようなものをずっとつくり続けたい」と話す佐々木さん。創作意欲は尽きることがなさそうだ。 組紐工房 葵杏 TEL:03(6321)3809 https://www.kumihimo.net (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英) 写真のキャプション 組紐を組むための「高台」。糸の束を交互に組み上げ、ヘラを使って整える。糸の本数を増やすことで、幅の広い組紐をつくることもできる 何十本もの糸を交互に組み上げることで、組紐ならではの美しい模様ができあがる。糸を引っ張る重りの重さや、ヘラを使って叩く際の力加減などで組紐の伸び具合が変わってくる むずかしい図柄の注文を受けた際は、図面に起こしてから制作する。写真はコブシの花の図柄を書き起こしたもの 佐々木さんの母親の婚礼衣装を加工してつくった暖簾。組紐の菊結びが飾りとしてアクセントになっている 組紐でつくった3種類のひな人形。上の作品は、幅の広い組紐を折り紙のように折ってひな人形を表現している 組紐でできたネックレス。左はピンクパール、右は翡翠との組み合わせ。ねじれないように均一の力加減で組み上げる 組紐の定番、帯締め。左の2本は丸く組まれた「丸組」、右は平らに組まれた「平組」。オーダーメイドでは、デザインはもちろん、長さや伸び具合まで要望を細かく聞いたうえで制作する